理想のシチュ   作:モン娘好きの勿忘草

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ある男の子が人形展で見つけた陶器の彼女
彼は彼女の為に、彼女は彼の為に生き続けます。
※彼女一人称視点の為会話のシーンなどはほぼありませんのでご注意下さい


ドールとのシチュ

わたしが初めて見た光景はとある工房でした。

硝子の瞳を覗き込み綺麗に磨き上げ、満足気の顔。

わたしは出来上がっていくわたしの陶器の身体、腕、脚を眺めながら産まれたのです。

 

あなたにお会いしたのは小さな人形展でしたね。わたしは綺麗なドレスを着て座っているとあなたが近寄ってきました。あなたはまだ小さな子供でしたがお父様とお母様が女の子向けだからという反対を押し切りわたしを選んで下さいました。

あの時のキラキラした瞳ととても眩しい笑顔はきっとわたしの瞳に反射していたことでしょう。

 

あなたとはどこへ行くのも一緒でしたね。

時には男のくせにとご学友の方々に馬鹿にされていましたが気にも留めずにわたしを色々な場所へと連れて行ってくださいました。

鳥が優雅に泳ぐ公園の池のほとり、季節によって青々としげたり赤や黄色に色付く木々たち。

自分こそ美しいと咲き誇る花々。

わたしに世界が美しいと思わせてくれたのは間違いなくあなたでした。

 

雨の日にもあなたは世界を見せようとして下さいました。雨が奏でる様々な音色は葉っぱ一枚違っても変わっていて今でもどんなオーケストラよりもわたしは好きです。

ですがあなたは雨の中で熱を出してしまって…。

お母様の看病を見ながらわたしのせいで、わたしもあなたの力になりたい、あなたを支えたいと願ったものです。

 

…あなたのご両親が亡くなったのも雨の日でしたね。

大学生になったあなたはご両親が事故で亡くなられて塞ぎ込んでしまって何日も机に突っ伏していましたね。

あなたを支えたいと心から願ったわたしは割れてしまってもいいと思い精一杯手を伸ばそうとしました。

あの時の出来事は今でも忘れません。あなたに握って貰わなければ動かせないわたしの空っぽの冷たい腕に確かに力が入ったのです。

わたしは泣いているあなたの頭に手を伸ばしました。あなたの熱がわたしの腕を通してじんわりと伝わってきます。

 

泣かないで、わたしがそばにいるから

 

わたしはあなたにそう伝えようとしましたが動かないはずの口は話すことなどしたことが無かったので言葉にはならない様なかすかな声にしかなりませんでした。

ですがあなたは少し驚かれたあとに泣き腫らした目を擦りいつもの愛しい笑顔でわたしにありがとうと言って下さいました。

あなたはわたしが動いて喋ったことを神様のくれた奇跡だと喜んでいましたがわたしはそうは思いません。あなたがわたしを想って下さっていたこと、わたしがあなたを想っていたことが奇跡を生んだのだと今でも思っているのです。

 

わたしが動く様になってからは毎日が変わりましたね。わたしの為に言葉を話す練習、歩く練習に物を掴む練習…。

あなたは1つのことが出来る毎にまるで自分のことの様に喜んで下さいました。

わたしはあなたの喜ぶ顔が見たくてもっと頑張る様になりました。あなたがわたしに見せる笑顔はわたしだけのものだったから…。

 

ですが張り切りすぎてしまったのでしょうね。

あの日あなたの食器を並べようと足場を用意して棚のお皿を取ろうとした時にもっと注意するべきでした。不安定だった足場はぐらつき軽いわたしはバランスを崩して…。

手をついたのは良かったのですがわたしの身体は陶器で腕は空洞、響く音と共にわたしの左腕は粉々に割れてしまいました。

あなたはすぐに駆けつけてわたしを力いっぱい抱きしめてくれましたね。何度もごめんと謝りながら割れた腕の付け根で手を切っても気にも留めず…。

わたしは無くなった腕よりもあなたの辛そうな顔で空っぽの筈の胸が痛みました。

 

あれからあなたは人形師に弟子入りをすると言ってわたしと家を出ましたね。

あなたは家族との思い出がある家を出るのは辛くないのかと聞くわたしにあなたは君といることが幸せなんだ。君の腕も治すしこれからも一緒にいる為に人形師になるんだと言ってくれましたね。

わたしはあの時、嬉しさで満たされていく気持ちになりましたが同時にあなたの人生を狂わせているんじゃないかと少し不安になりました。

 

あなたが弟子入りに向かった工房を見た時は驚きました。そこは紛れもなくわたしが産まれたあの工房だったからです。

人形師の方も少々皺が増えましたが間違いなくわたしの硝子の瞳が最初に映したあの顔でした。

人形師の方はわたしのことを覚えていました。修行時代に作り上げた渾身の一作とのことでした。

あなたはわたしを買ったことからわたしが動いたこと、話が出来ること、食器を取ろうとして左腕が割れてしまったことをお話しになりました。弟子になるのなら真実を話そう。それはここに来る前に2人でした約束でした。

まるで頭のおかしなやつだという目をむける人形師さんにわたしは目の前でスカートを軽く持ち上げながら挨拶をしました。

その時のあの顔といったら、ふふっ、今でも思い出すと少し可笑しいです。

人形師さんは少しした後に落ち着いた様子であなたの目をしっかりと見ながら弟子入りを認めて下さりましたね。あの後、わたしの腕を治そうかとわたしに実は聞いて下さったんですよ。

もちろんお断りしました。わたしの腕はあなたが治して下さると約束しましたから…。

 

そこからは毎日あなたは大変そうでしたね。

人形についての1からの勉強、人形師さんの仕事を見て学びながらも身の回りのお世話…。そして陽が沈んでからは工房での練習で夜中に寝ては早朝に起きる。

毎日気を失う様にベッドに倒れるあなたを見るのは心苦しかったですがあれほど生気に満ちたまるで燃える様な瞳を見てしまうと止めることなんてわたしには…いいえ、きっと誰であっても出来なかったと思います。

 

あなたが人形師として一人前として認められた日のことは昨日のことの様に鮮明に覚えています。人形師さんから独り立ちを告げられわたしを早く直す様に言われた時の力が抜けた様なそれでもやりきった誇らしそうな顔には最初の頃の幼さなど無くなり1人の立派な職人としての風格があったと思います。

人形師さんはこの工房をあなたに渡す、自分は旅に出ると告げられるとすぐにここをあとにしました。あなたはすぐにわたしの左腕の修理に取り掛かって下さいましたね。でもわたしは決めていたんです。あなたが一人前になった時にここを去ろうと…。だってあなたも結婚してもいい歳になったのにわたしがいたらそういった機会も逃してしまう…。

なのでわたしはあなたに手紙を残して出て行こうとして深夜に扉へ向かうとあなたが立っていた時には本当に驚きました。あなたは全てお見通しだったのですよね。あの時あなたは

 

君は勘違いしている。自分が結婚しないのは君が邪魔だからなんかじゃない。君が好きだから他の人には目がいかないんだ。君さえ良ければずっと一緒にいて欲しい。

 

そう言われたあとにわたしの新しい左腕を見せて下さいました。薬指には装飾として綺麗なジャスミンの花の指輪をつけて…。

わたしはずっとあなたの人生を狂わせたと思っていましたがあなたはずっとわたしを支えにして下さっていた。その事実だけで今日にでも壊れてしまってもいいと思えました。

わたしはあなたに左腕をつけてもらい永遠の愛を誓ったのです。

 

それからはあなたは色々な人形を作ってこられましたね。それはどれも美しいもので様々な人を虜にしていきました。中では高額で取引されているものもある様ですね。

でも嫉妬なんてするはずがありません。あなたはわたしの瞳が傷ついた時には新しく綺麗なサファイアのような瞳を身体が劣化してきたら今まで以上に美しく作り直して下さいましたから。

でもわたしは決して左の薬指だけは交換は断りました。だってこの指の装飾だけはわたしの誓いですもの…。

わたしはあなたが作った小さなオルゴールが大好きでした。その曲に合わせて踊る時間は2人の結晶の様だと思っていました。あなたはそんなわたしをずっと愛おしそうに見ていましたね。

あなたのために踊りたい。この気持ちだけは絶対に壊れないものです。

 

やがてあなたの髪が白く染まり顔には幾つもの皺が刻まれ腕も上がらなくなってベッドにいる時間が長くなっていきました。

もう人形を作る力も残っていません。

息をするのも苦しそうな様子でしたがあなたはわたしに踊ってほしいと言われました。

わたしはオルゴールの音に合わせて踊りました。あの時の踊りは今までの中で最高の出来だったと思います。あなたはそんなわたしを小さな頃に見た様なキラキラした瞳ととても眩しい笑顔で見られたあとゆっくり眠られました。

 

あれからもう何年経ったでしょうか。あなたは街の人がベッドで眠られているのを見つけられ、どこかへ運ばれたまま帰って来ません。

…ええ、わかっています。きっとあなたはもう帰ってこないだろうと言うことを。

それでもわたしはあなたの帰りを待って今日もオルゴールの音色に合わせて踊るのです。あなたが帰ってきた時に最高の踊りが見せられる様に。

人形が動く奇跡があるんですもの…。

あなたがわたしの大好きなあの笑顔で帰ってくることだってきっとあるはず…。




ドールのシチュはある程度展開は考えていたのですが構成にかなり時間を費やしました。
我儘かもしれないですがもし自分がいなくなった後でも何か生きていた証が欲しい…。
それが愛なら素晴らしいなと思います。
寿命シチュが好きなのはそこから来ているのかもしれません。
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