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あの悪魔との出会いから1ヶ月が経った。
僕の「何でも屋」を利用した賭けに対して僕が(正確には僕に乗り移った悪魔がだが)力いっぱい蹴り飛ばしたことは向こうも言うに言えない様で特に話題になることはなかった。
けれども僕の家に一緒に暮らしていて一緒に登校して「メア」を名乗る悪魔のせいで僕の学校生活は大きく変わってしまった。
誰かに頼まれごとをされると必ずメアが来て
「ごめ〜ん、この後私と一緒に用事があるの。」
と断り、僕しかいない時はどこからか僕に乗り移り断っていく。そんなことを繰り返していくうちに僕に頼ろうとする人はめっきり少なくなってしまった。そして学校で僕の周りにはメア以外だれも来なくなった。
今日も帰り道には悪魔がいる。放課後に叔母が寝込んで看病がしたいから掃除をお願いしたいというクラスメイトの女子にメアが
「へ〜、叔母さんてカラオケで寝込んでるんですね〜。さっきお友達とカラオケに行こうって話してましたもんね。家がカラオケ屋さんなんですか?」
と聞くとそそくさと離れていった。
「今日は一体何のゲームをするのだ?我はあのイカ同士で壁や床を汚し合うのがやりたいのだが…。」
そんなことを呑気に聞いてくる悪魔にうんざりしてくる。ずっといてわかったことだがこいつはなんだかんだ日常を楽しんでいる。僕の漫画やゲームも気に入っているしそれを話題に他のクラスメイトとも盛り上がっているのをよく見る。
「なぁ、お前は何故僕の願いを叶えたいんだ?魂を貰うって言っていたけどそれをどうするつもりなんだ?そもそも何故僕の魂なんだ?」
僕の質問に悪魔はクックックと怪しい笑みを浮かべるとゆっくりと答えだした。
「なんだそんなことか。悪魔にとって人間の魂とは宝石みたいに輝いて見えるものなんだよ。だからより美しく輝いている魂こそ願いを叶えて堕落させ自分のものとして印をつけて報酬として頂く。貴様の魂はとても輝いてみえたからな。」
…なるほど。僕の魂は何が基準かはわからないけれど綺麗に見えるのか。でもそれって
「僕にそのことを言って良かったのか?」
僕が聞くと悪魔はハッとした顔をして
「しまった!これを言ってしまうとより願わなくなってしまう!何ということだ…。」
そう、この悪魔は側から見れば妖艶でミステリアスな雰囲気なのだが結構抜けている。
この一ヶ月だって最初の方こそ願いをしつこく聞いてきたが僕の漫画やゲームにすぐにハマりだし熱中していき時々思い出した様に聞くくらいになった。
僕は横で頭を抱えて唸っている悪魔を尻目にゆっくりと帰路につくのだった。
今日は日曜日、僕は特に予定も無いので母さんと悪魔と僕の3人分の朝食を作っていた。今日は母さんも仕事が休みなので久しぶりに揃ってご飯が食べられる。
盛り付けも終わり皿を準備しているとバタバタと慌ただしい様子で母さんがリビングにやってきて並べられた料理を見ると
「今日、出掛ける日なのよ!悪いけど朝ごはんは時間がないからいらないわ!」
と言って家を出て行こうとする。
「待ってよ!それなら前もって言ってよ!それに今日は仕事は無いはずだよ?」
僕が咄嗟に言うと母さんはイライラした様子で
「文句ばっかり言わないの‼︎早くしないと待ち合わせに遅れるでしょ⁉︎ちゃんと『いい子』でいてよ‼︎」
そう怒鳴ると家を飛び出していった。
「なんだ、朝から騒々しいな。我は昨日アニメを観ていて寝てないというのに…。」
悪魔が寝ぼけ眼でリビングにやってくる。外面じゃなくなっている…が、今はそれどころではない。
「やっちゃった…。『いい子』じゃなきゃいけないのに…。ごめんなさい…ごめんなさい…。」
俯いているが身体が震える、歯がカチカチ鳴っている、目から涙が溢れてくる。駄目だ、泣いたら駄目だ。『いい子』でいないと…。
「てい!」
頭に軽い感触がくる。悪魔が僕の頭に小さくチョップしていた。
「何を考えているか…。大体わかる。だがそれを踏まえて言わせてもらうぞ。辛ければ泣いてもいいし、腹が立ったら怒ってもいい。むしゃくしゃするならやけ食いしたらいい。言いたいことは言えばいい。」
そう言いながら僕の頭を悪魔はゆっくり丁寧に撫でる。
顔を上げると温かい、それでいて優しい目が僕を見つめていた。
「前に…、父さんが自分勝手だったって話しただろ?それに母さんは散々振り回されたんだ…。ある時はお金を借りてきたと思えばベロベロに酔って朝に帰ってきたこともあった。僕はその度に謝っている母さんを見てきた。だから『いい子』になろうって努力した。少しでも母さんの負担を減らしたくて…。父さんが死んだ後も頑張った。でも…この前母さんが酔って帰ってきた時に僕の顔が父さんに似てきて見てるとイライラするって…。」
話していくうちに涙が止まらなくなる。もう嗚咽も混じって何を言ってるか自分でもわからない。絞り出す声を悪魔は何も言わずに頭を撫でながら聞いていた。
「ごめん…。ありがとう。聞いてもらってちょっとすっきりした。」
僕は腫れた目を擦りながら悪魔…メアにお礼を言う。
「気にするな。我はただ聞いていただけだ。特に何かをしていた訳ではない。…何かをするのはこれからだ!」
そう言うとメアはニヤリと歯を見せて笑うととんでもないことを言い出した。
「頭を撫でている時に貴様に呪いをかけた!『いい子』でいようとすると本当にやりたいことをしてしまう呪いだ!まずはそうだな、貴様の作った朝飯を食べた後は昨日観たアニメの映画を観に行くぞ!そのあとはゲーセンと古本屋巡りで漫画を買いに行くとしようか。」
おいおい…、と思いながら呪いのせいだろうか。メアと一日遊ぶことにワクワクしている自分がいた。
メアの呪いで遊び歩いた1日…。今日は色々買ってしまった。アニメのグッズに面白そうな漫画一式。ゲーセンではメアと遊び続けてもう小遣いなんてもう残っていない。
帰る頃には真っ暗になっていた。『いい子』でいる様なことは全くしてないけれど今日は凄く楽しかった。メアも隣で満足そうにグッズを抱きしめながら歩いている。
晩ご飯は何にしようか…。いっそピザでも注文しようか?そんなことを話していると家の前に着いた…と同時に一気に心臓が凍る様な感じがした。
家の灯りがついている…。家を出る時には灯りは全て消した…つまり…。
玄関の扉を急いで開けると母さんが仁王立ちで立っていた。
「どういうこと⁉︎母さんが帰ったら誰もいないし家のことも何もやって無いしそのおもちゃはなんなの⁉︎どうして『いい子』に出来ないの‼︎⁉︎」
顔を真っ赤にして怒鳴り続ける母さんがグッズを叩きつける。
僕の横のメアの顔に青筋が見える。
僕はと言うと何故かその様子を落ち着いて見ていた。
普段なら『いい子』でいられない自分が駄目だと謝り続けるのに今は不思議と何も悪いとは感じない。それどころか言いたいことがどんどん湧いてくる。
…そうか、これもメアの呪いか。それなら仕方ない。
「母さんにとっての『いい子』ってなんなの?母さんが勝手をしても僕を父さんと似ているからって言いたい放題言っても何も文句も言わず全部はいはい従うロボットなの?」
僕の言葉に母さんが一瞬怯む。きっと僕が言い返すなんて思ってもなかっただろうな。その隙を逃さず
僕は続ける。
「僕は『いい子』でいようとしたよ?母さんが男の人とデートに行って代わりに全てを押し付けても母さんの都合で八つ当たりされても文句も言わずに頑張ったよ?でも母さんは僕が思い通りに一回でもならないと気が済まない。それって『いい子』じゃなくて『都合のいい子』じゃないか‼︎」
僕が語気を荒げると母さんは親に向かってなんで口を‼︎と叫びながらぶとうとしてくる。
僕は咄嗟に目を閉じて身構える…がその手が来ることは無い。恐る恐る目を開けると母さんは恐ろしいものを見た様に口を開けて固まっている。視線は…僕の横…、そこにはメアがいる。しかしメアはいつもの外面では無い…。それどころでは無く人間を装ったいつもの姿ですら無くなっていた。
初めて会った時に見た銀色の髪はバチバチと音を立てながら揺れ動き真紅の角からは轟々と炎が燃え青い肌の顔の真っ暗な目の中の黄色い瞳はまるで獣みたいだった。
手を上げようとして止まっている母さんにメアは話し始めた。
「我は今日は気分が良い。一日楽しく過ごした上にこいつが自分の気持ちを話したんだ。水を差す様な真似はするなよ。」
まるで氷の様な冷たい声に母さんはカタカタ震えながら頷く。その様子をメアは静かに見ていた。
あれからは特に何も無く僕たちは夕食を注文して食べた。
母さんはメアの姿を覚えていなかった。僕が怒った迫力に気圧されたということになっていた。きっとメアが記憶をいじったんだろう。
今は僕の部屋でメアと2人で買ってきた漫画を読みながら話している。
「しかし貴様があの母親にくってかかるとは思わなかったぞ。よく言ったな。見直したぞ。」
嬉しそうに笑うメアに僕は呆れながら答える。
「何言ってるのさ、メアがそういう呪いをかけたって言ってたじゃないか。だからこれはメアのおかげだよ。」
そういうとメアの顔が焦ったような何とも言えない表情に一気に変わる。
「…実はな、それはウソなんだ。そんな呪いはかけてない。貴様と遊べる様にと…。」
そう言って目を逸らす。
…え?あれは呪いじゃなかったのか?
じゃあ僕の今日一日は僕がしたかったこと…。
…それだとしても、嘘だとしても
「それでも今日楽しかったのは、言いたいことが言えたのはメアのおかげなんだ!だからありがとうメア!」
僕の本心からのお礼にメアは少し目を逸らすと照れくさそうに笑うのだった。