継国キングダム    作:パプリカ23

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深森の太陽

 彼が気がつくと、深い森の中だった。雲の掛かった太陽が樹々の隙間から見えた。

 

 記憶が混濁していた。戦国の世で、ただひたすらに鬼を斬っていた記憶。大正の時代に、鬼狩り達の死闘を遠くからぼんやりと眺めていた記憶。平成の平和な世界で医者になり、愛する妻と子供と共に幸せな生涯を送った記憶。

 

「私は・・・継国、縁壱」

 

 下を見れば見慣れた着物を着ていた。

 赤い羽織に薄茶色の着物、腰には一本の日本刀が差してあった。

 

「日輪刀・・・」

 

 日輪刀、鬼を狩るための特別な刀の総称である。人によって刀身の色が変わるそれは、縁壱の場合漆黒に染まっていた。

 

「此処は、何処か・・・?樹海?」

 

 辺りを見渡せば、頂の見えぬほどの樹々が立ち並んでいる。どれも齢数百はくだらないだろう立派なものであった。縁壱の記憶にここまでの森は無かった、例え戦国の世ですらある程度の老齢の樹木はみな伐採されてしまっていた。

 

 少なくとも知っている土地ではないそう思った。

 

「?・・・何か聴こえる・・・剣戟か」

 

 森の匂いを嗅いでいた縁壱の耳が誰かの戦いの音を捉えた。剣の擦れあう音に混じって、叫び声も聴こえる。しらず縁壱は走り出していた。何を考えたわけでも無かったが、走り出した後に思えば鬼を警戒したのだろう。柄に触れる右手に力が入る。

 

 木漏れ日の中、森の中を駆ける、剣戟の音はすぐそばまで近づいていた。

 

 木々が生えていない広めの土場が見えた。意図的に木が生えないように整備された場所だ。

 

 その中央で齢十五ほどの少女たちが集まってる。一人の少女が膝をついて、その周辺を十七人の少女が囲んでいる。さらにその周りで少女の骸が二十、転がっていた。

 

 殺し合いだ、と縁壱は理解した。剣についた血や、衣服の乱れから、おそらくは膝をついた少女一人と他の少女たちが殺しあった。

 

 同時に囲んでいる少女同士でも、お互いに殺気を出しあっている。この後どうなるかを縁壱は正確に把握した。

 

「フフフ、眠れ」

 

 口元を布で隠した少女が、膝をついた髪飾りの少女の首元へ剣を振った。縁壱は足に力を込めて一歩跳んだ。

 

「っ!?何だ貴様ぁ!」

 

 剣は少女の首元すれすれで縁壱の左手の指に摘ままれていた。突如現れた男に口元を隠した少女が叫ぶ。

 

(なんだこいつ!?私の剣を摘まんで止めやがった・・・いやその前にどうやって現れた!?)

(鋳鉄か・・・鋼だが鍛えていない。装飾は見事だ、(ぎょく)は何か特殊なもの・・・?)

 

 縁壱は少女の誰何を無視して、剣のつくりを見ていた。

 

 剣を見終わった縁壱が辺りを見れば、少女たちに交じって十九人の老婆が見える。縁壱は老婆が少女たちの強い気配に紛れて見えていなかった。

 

「くそっ!なんで動かねぇ!・・・お前何なんだ!?」

 

 どれだけ力を入れてもピクリとも動かない剣に四苦八苦しながら、もう一度男に問いかける少女。しかしそれは相手のことを知るためというよりも、むしろ自身の内面から漏れ出る恐怖を隠すためであった。

 

 周囲を囲んでいた少女たちも、縁壱から溢れる気の奔流に呑まれて動けなくなっている。そんな中、唯一動けたのは皮肉にも縁壱の力を読むことができない老婆たちだった。

 

「何を遊んでおるかっ!その部外者をさっさと殺せぃ!(さい)の途中ぞ!」

「っ!・・・はぁっ!」

 

 老婆の声で弾けるように動き出した少女たち。乱入者である縁壱を殺さんと剣を振る。

 

「っし!・・・は!?」

「くそっ!当たらない。え!?嘘・・・」

 

 縁壱に向かって振った攻撃はすべて空を切った。彼女たちの持っていた剣は縁壱に届く前に、一つ残らず根元から切り落されていた。何が起きたかわからずに困惑する少女たち。

 

 縁壱の右手にはいつのまにか見慣れぬ形の剣が握られている。

 

(え・・・今この人、剣を切った・・・?速すぎて剣筋が見えない・・・)

 

 膝をついていた少女が、微かに見える男の太刀筋を見て震える。彼女の眼には男が無表情で全く動かないまますべての攻撃を切り落したように見えていた。

 

「な、なにが・・・幽連(ゆうれん)っ!殺せぃ!」

「くそが!わかってんだよぉ!」

 

 老婆に幽連と呼ばれた、口元を隠した少女が縁壱に向かって蹴りを入れる。蹴りを躱すため、縁壱は摘まんでいた剣を放した。

 

赤鶴(せきかく)!舞うぞ!」

 

 幽連がそう叫んだあと、まるで踊るように体を動かしだした。トーン、タンタン。独特な呼吸法と調子を持った舞。

 

 蚩尤(しゆう)族に伝わる戦闘技術、巫舞(みぶ)である。

 

 天に捧げる舞を行い、天から神を一時的に降ろし人知を超えた力をその身に宿す。その力は春秋戦国の世でも恐れられる、化生のごときものであった。

 

 縁壱は巫舞を見て、呼吸の仕方が間違っていると思う。

 

(上手く体に酸素が回っていない、肺機能も弱い、あれでは常中ができない)

「なぜ戦っている?」

 

 縁壱が初めて口を開いたことに、幽連は驚きながらも巫舞をやめない。そのまま高速で縁壱へと向かった。

 

 幽連の剣は全く動く気配の無い縁壱の首元へ吸い込まれていった。だが切っ先が皮膚に触れる直前、しっかりと相手を見ていたはずの幽連の視界から男が消えた。

 

(馬鹿な!?私は見ていたはずだ!消えた!?)

「呼吸が浅く弱い。それでは鬼と戦えないだろう?」

「っ!?くそ、離せ!」

 

 幽連の警戒を嘲笑うかのように背後へと移動していた縁壱は、幽連の肩を掴んだ。たったそれだけで、全身を縛られたかのように幽連は体を動かせなくなってしまった。

 

 呆然と成り行きを見守っていた膝をついた少女が、戦闘が強制的に終わらせられたことを察して、縁壱に話しかける。

 

「・・・あ、あの、貴方は・・・?」

「継国縁壱・・・中国語か?いや、それにしては・・・」

 

 戦いが終わり、他のことに気を回す余裕のできた縁壱はそこで初めて自分が中国語のような言語を話していることに気が付いた。そしてそれが平成の時分に学んだ中国語ではないことも気が付いた。

 

(まあ、会話ができるならそれで良い)

「君の名前はなんという?」

「あ、わ、私は羌象(きょうしょう)です!」

 

 羌象は自分の名前を訊かれたことに焦りながら答える。彼女はそこで初めて正面から縁壱を見た。左の額から頬にかけて刺青のような痣がある。無表情だが、玲瓏で、耽美な顔をしていた。

 

 豊かな頭髪を後頭部で雑に纏めており、この辺りでは見ない意匠の服がよく似合っている。

 

 羌象は自らの心臓が痛いほどに鳴るのを聴いた。耳が赤くなっているのが触らずともわかった。

 

「羌象、なぜ戦っていた?」

(な、なまえ、名前呼ばれた!?)

「はひっ!私たちは祭をしていました!あ、祭というのは私たち蚩尤族に伝わる儀式です!」

 

 羌象の口からぽろぽろと漏れる一族の機密。蚩尤族の老婆たちは何とか止めようと叫ぶ。 

 

「な、なにを話しておるか愚か者!羌象!そやつはよそ者じゃぞ!」

「老婦殿、少々控えられよ」

 

 縁壱が老婆たちに声をかける。老婆たちはなおも言い募ろうとするが、ちらと向けられた縁壱の刺すような視線に恐怖を覚えて口をつぐんだ。

 

「なぜ祭をしなければならない?殺し合いなどするべきではない」

「その・・・蚩尤を決めるためです。祭で唯一生き残った者が蚩尤となります、それで・・・」

 

 羌象はつらい表情をして、一度言葉を区切った。

 

「それで、蚩尤は王や貴族に暗殺者として雇われます。それが、私たちの掟・・・」

「そうか」

 

 縁壱は話を聞いて、もう一度周りを見渡した。

 

 豊かな自然、土も悪くない。野生の生き物も多いだろう。にもかかわらず、彼女たちは暗殺者になるしかないと思い込んでいる。

 

 いや、思い込まされている。縁壱の視線が老婆たちへ向いた。老婆たちの指先に光る指輪の数々が、顔にはめられた玉が、暗殺の報酬の行き先を語っている。

 

「幼い少女を殺し合わせ、生き残った者に金を稼がせているのか」

「貴様っ!我らは千年以上の永きに渡ってこの伝統を守り続けてきた、誇り高き蚩尤族ぞ!」

 

 縁壱の目線と言葉の毒に、老婆の一人が激高した。目を血走らせ、縁壱に向かって啖呵をきる。

 

「この儀も、神に捧げる重要なもの。何も知らぬ余所者が好き勝手に言うでないわ!」

 

 その啖呵に乗せられたのか、それとも俯いて黙っている縁壱をみて調子づいたのか、老婆たちは口々に縁壱を批判し始めた。

 

「千年・・・」

「なんじゃ?聞こえぬぞ!貴様、祭を台無しにしおって、ただでは済まさ・・・」

 

 老婆の言葉が途切れた。縁壱の特異な形の剣が赫く染まっていたからである。恐ろしさと同時に色気すら感じる美しい刀身は、その場にいた全ての女性の目を奪った。

 

「千年も、こんなことを続けたのか?」

「っか・・・!?」

 

 先ほどの刺すような視線が生ぬるく感じるほどの殺気が老婆たちを襲った。たまらず杖を取りこぼす。支えを失った両手が何かを探すように空を藻掻いている。

 

 枯れて皺だらけの老婆たちの皮膚から、流れるような汗が噴き出した。いつの間にか腰が抜けて、老婆は一人残らず気を失った。

 

 殺気を受けていなかった少女たちには、何が起きたのかわからなかった。

 

 少女たちにはただ、この縁壱と名乗る男がいる限り祭は起きないのではないか、という漠然とした希望があった。

 

 縁壱が幽連に顔を向けた。幽連は思わず姿勢を伸ばし、一歩さがった。

 

「幽連、であっているか?」

「・・・ああ」

「そうか、なら幽連・・・君は祭をしたいのか?」

 

 質問の重さと裏腹に、何の気負いもない調子だった。済んだ瞳が幽連を貫く。

 

「したい、わけがない・・・妹もいる。だがやらなければ・・・」

「やらなければ?」

「私は・・・自由になれない・・・」

 

 長い時間をかけて、少女たちの心には呪縛が掛けられていた。

 

「羌象、君は?」

「わたしも、したくない。でも街に行ってみたかったし・・・恋だって」

 

 最後の方でちらちらと縁壱のほうを見ながら答える羌象。視線の意味に気づかず、縁壱は少女たち全員に同じ質問をした。彼女たちの誰もが、内心で祭には反対だった。

 

 縁壱は、話を聞き終わると視線を青空へ向けて考える。思い返すのは、戦国の、もしくは大正の世の記憶。あの陽だまりのような少年だった。

 

(・・・私の大切な、古い友人ならきっとこう言うだろう)

 

「大丈夫、そんな儀式はやめていい。私が責任を取る。君たちが幸せに生きられるように私が守る」

 

 少女たちに向かって、縁壱は宣言する。その時初めて、縁壱はなぜ自分が此処にいるのかを理解した。

 

(そうか、彼女たちを守るために、私はここへ生まれ落ちたのだ)

 

 日が天に高く昇っている。

 

 雲間から薄明が降り注ぐ、その一筋が縁壱を照らしている。陽だまりに立って優しい眼差しを少女たちに向ける男は、暗い世界で生きてきた彼女たちにとって、正しく救いそのものであった。

 

 

 

 

 

 

「象姉!」

 

 夕暮れ、縁壱達が亡くなってしまった少女たちの遺体を埋葬していると、少女が走りこんできた。少女の顔は汗と涙で濡れている。

 

「瘣!こっちこっち!」

「象姉!あぁ!良かった!怪我は?祭は!?」

 

 羌象を姉と呼ぶ瘣という少女は、羌象の無事を確認してすぐに周りの蚩尤族たちを警戒する。グルルと唸る瘣を落ち着かせながら、羌象が説明する。

 

「あはは、大丈夫だよ瘣。祭は中止になったから」

「祭が!?象姉、何があったの?・・・何かすごい嬉しそうだけど」

 

 遠目からでもわかるほどにニヤついている羌象をみて、羌瘣が少しワクワクしながら質問した。

 

「うーん?ウフフ、ヒ・ミ・ツ。遅れてくるような子には教えませーん」

「なっ!?眠り香を焚いたの象姉でしょ!教えてよ!」

「ま、あとで話したげる。今はほら手伝って、十九氏族の子供たち全員集めないといけないから」

「全員!?もー全然わかんないよ!」

 

 縁壱は蚩尤の子供たちを全て集めて面倒をみるつもりであった。殺しをやめさせ、畑を耕すことを教える。できれば、命の尊さを教えたいと思っていた。

 

 蚩尤族は全部で十九氏族、一つの氏族は二十弱の人口で成っているため、子供は総計三百五十ほどになった。

 

「羌象、その子は?」

「あ!縁壱様、私の妹で瘣っていいます!」

「そうか、羌瘣、私は継国縁壱だ」

「・・・・・」

 

 羌瘣は、なぜか姉が懐いている縁壱を警戒して、姉の背に隠れた。縁壱が子供から避けられたことに内心傷ついていると、羌象が説得しだす。

 

「こら、瘣!この方は私の命の恩人なんだから!失礼なことしない」

「命の・・・?象姉、やっぱり最初から説明してよ」

「んもーしょうがないなぁ、じゃあ話してあげよう!縁壱様の輝かしいお話を!」

 

 二人で盛り上がりだす羌象と羌瘣を横目に、縁壱は今日寝るところを探しに行くことにした。

 

 

 氏族同士の蟠りは簡単には抜けないだろう、農業だって上手くいくとは限らない、だが縁壱のやるべきことははっきりしていた。

 

 

 

 

 紀元前246年、始皇元年。継国縁壱が中華の片隅に降りた。彼は蚩尤の子供達を引き連れて、のちに蚩尤の里と呼ばれる里を作った。

 

 秦王嬴政が信と漂に出会うおよそ一年前のことである。

 

 




正真正銘の初投稿なので、書き方、設定等に間違いなどがあれば教えてくれると嬉しいです。
よろしくお願いします。
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