継国キングダム    作:パプリカ23

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蚩尤の里

 縁壱が蚩尤族を束ねてから、およそ二年が過ぎた。

 

 山間に作られた新しい集落は、里へとその規模を変えた。たった二年の月日であれど、平和に発展する里は近郊の村や商人達から少しずつ、人を集め始めていた。

 

 しかし、集まるのは善人ばかりではない。女性と子供だらけの集落を狙う賊は、蚩尤の里にとって差し迫った問題であった。

 

「こ、降参する!頼む!」

「黙れ、寝てろ雑魚」

 

 幽連が最後の男を気絶させた。縁壱から貰った刃引きされた刀を腰に戻す。幽連はくるりと周りを見た後ため息を吐いた。

 

「多いな、二十くらいか?」

「えーと、二、三・・・二十四人だね。今までで一番多かったかも」

 

 指折りしながら数えていた羌象が、倒れ伏す賊達に縄をかけながら言った。

 

「面倒だ、首を斬って捨てた方が早いだろ」

「まーたそういう・・・縁壱様が駄目って言ってたでしょ!それに、軍に引き渡せばお金も貰えるんだから」

「金つっても端金じゃねえか、この前なんか五人引き渡して鶏一羽しか買えなかっただろ」

「まーまー、じゃあ今回は鶏が・・・・・五羽?買えるんじゃない?」

「・・・あ?買えるのか?わりざんはまだよくわからん」

「えー・・・多分あってると思うけど・・・あとで縁壱様に聞いてみようよ」

 

 二人で計算に手間取りながらも、手際良く賊を拘束していく羌象。少しして、周囲の警戒を終えた幽連も縄を片手に手伝い出した。

 

 すると里の方から、二人の少女がやってくる。

 

「ふふふ、象姉。この礼様が手伝いに来てやったぞ」

「識も」

 

 礼が腰に手を当てて、胸を張って笑う。その隣で物静かに立っている識。羌族の子供、羌識と羌礼。羌象にとって妹のような存在である。

 

「おーご苦労!じゃあ一緒にこいつらを檻まで運ぼうか」

「ん?・・・待て羌象、誰か来たぞ」

 

 街道からの気配を感じた幽連が全員に警告する。羌象が顔を向けると、遠くに山道を登ってくる二人組が見える。身なりの良い男と羌象と同じくらいの女性だった。

 

 足場の良くない山道をすいすい進む二人組に、今しがた壊滅させた賊以上の脅威を感じとる。

 

「本当だ・・・識、礼、悪いけど二人でそいつら運んどいて。行くよ幽連」

「ああ」

「ちぇー私も戦いたいぞ」

「礼、早く連れていくよ。象姉、幽連気を付けてね」

 

 羌象は羌識と羌礼の頭を撫でた後、幽連と共に気配を消して歩き出す。 

 

 

 

 

 李牧は従者であるカイネと共に、蚩尤の里へ向かっていた。

 

「李牧様、やはりもう少し護衛が必要だったのでは?相手は元は暗殺集団です、危険ですよ」

「その暗殺集団が剣ではなく農具を持って、襲ってきた賊を殺さずに引き渡している。面白くないですか?彼らのここ最近の行動を鑑みれば、危険もないと思いますよ」

 

 楽しそうに笑みを浮かべて歩く李牧の後を、心配そうな顔でカイネが付いていく。

 

「その全てが嘘だったらどうするんですか?李牧様を討つ策かもしれません!」

「流石にその策は遠回りしすぎですね。・・・まあ危険そうならすぐに逃げますよ」

「・・・信じますよ、その言葉」

「ええ、信じてください。ところで、里への道はこの方向で合っていますか?お二人さん」

「え?・・・は!いつの間に!?」

 

 李牧の問いかけに現れた二人の少女に、カイネは慌てて剣を抜く。前に一人、後ろに一人。囲まれていることに緊張するカイネをしり目に、李牧は興味深そうに彼女たちの格好を見ていた。

 

「へぇ、気付くんだ、やるね。あんたたち何者?」

「やー、どーも。私は李牧と申します、こちらは従者のカイネです」

「ふーん、じゃあ李牧さん。私たちの里に何か用?」

「きさまっ!李牧様に対してその態度!」

 

 羌象の値踏みするような視線と雑な言葉使いに激高するカイネ。剣を向けようとするカイネを、振り返ってまあまあと抑える李牧は、後ろにいる幽連にも目を向ける。

 

(強い、どちらも生半可な武将では歯が立たないほどに・・・蚩尤の里、これほどか)

「落ち着いてくださいカイネ、我々はここでは不審者ですから。剣をしまってください」

「く・・・わかりました」

 

 しぶしぶと剣を収めるカイネ。李牧はカイネが収まったのを確認してから、羌象に立ち直って口を開く。

 

「この里へやってきた理由は二つあります。一つは里の認可のため、もう一つは私が面白そうだと思ったからです」

「面白いかどうかは知らないけどさ。認可って、ちゃんと税は払ってるでしょ。賦役分も払ってるんだからこれ以上は払わないよ」

 

 蚩尤の里ができたとき、縁壱は長として税を趙の県令へ支払った。本来、この時代の平民には賦役、つまり戦争などへの男手の強制徴用にたいする義務が課せられている。しかし蚩尤の里では男の少なさを理由に、余分に税を払うことで賦役を回避していた。

 

「もちろんわかっています。蚩尤の税は高品質で素晴らしいと、徴税官たちの間でも話題になっていましたよ」

「ふふふ、まあね。うちの里は最高級品戦略を採用してるから。ぶらんどよぶらんど!」

「羌象、里長からの聞きかじりを偉そうに語るなよ」

「うぐっ!幽連あんたどっちの味方よ!」

「ぶ、ぶらんど?・・・よくわかりませんが・・・ふむ、最高級品戦略、ですか」

 

 耳慣れない言葉に困惑する李牧。ただ、最高級品戦略については少し思うところがあった。

 

(あえて質の高い品を送り込むことで、里の名を上げるつもりか?これだけの腕利きがいるなら賊も怖くはないでしょうし。・・・やはり里長に会ってみたいですね)

 

 考え込んでいた李牧だったが、少女たちが出した名前にふと気が付く。

 

「おや?キョウ?それにその衣装・・・もしかして羌瘣という少女をご存じでは?」

「えっ!?あなた羌瘣知ってるの!?今どこにいるかわかる?」

「ええわかります、丁度少し前にその名前を聞いたばかりでして、今は秦にいるそうですよ」

「秦!?戦争国家じゃない!?あんの馬鹿・・・何やってんの・・・」

 

 頭を抱えながらうごごと唸る羌象。後ろで幽連も溜息を吐いていた。どうやらかなりの問題児らしい。

 

「ねえ李牧さん、あいつもしかして戦争に参加してる・・・?」

「あー・・・はい、つい先日馬陽で戦争に参加して活躍しましたね・・・」

 

 額を掻きながら言いづらそうに話す李牧に、羌象は更に衝撃を受けて後ろへ倒れこんだ。

 

「あー幽連、一生のお願い・・・縁壱様にはあなたから話してくれない?」

「断る。お前の妹だろうが、私は嫌だぞ」

「最悪・・・・・うみゃあぁあぁ・・・」

 

 呻きながら地面を転がる羌象を、李牧が心配そうに見つめ、カイネが不気味そうに見ていた。しばらくして立ち上がった羌象は、よたよたと李牧たちを里へ案内しだす。

 

「こっち・・・ついてきて・・・」

「あー有難うございます。いいんですか?中へ入っても」

「いいよ別に、はじめから立ち入り禁止にしてるわけじゃないし。それに瘣のこと教えてもらったから」

「ちっ!おい羌象とやら、お前の妹は趙に敵対しているんだぞ!謝罪の一つもないのか!」

 

 黙って話を聞いていたカイネだったが、羌象の妹が秦で活躍していることに我慢ができなくなった。羌象を睨みつけ、詰問する。

 

 羌象は興味が無さそうにカイネのほうを見た後、視線を外して面倒くさそうに話す。

 

「なんで謝罪しなきゃいけないのよ、今この里がたまたま趙の領域にあるだけでしょ?別に私たちは趙の人間じゃないし」

「なっ!?李牧様!やはりこの里は危険です!帰りましょう!」

「まあまあ、カイネ。我々は国に仕える臣ですが、彼女たちはそうではありません。中立は立派な戦略ですよ」

 

 カイネを宥めすかし、李牧は羌象の後を付いていく。ふと彼女の腰にある見慣れぬ形の剣を見た。

 

「面白い形の剣ですね、蚩尤の伝統的なものでしょうか?」

「ん?ああ、これ?違うよ蚩尤はこっち」

 

 羌象は背中に差した剣のほうを指で示す。

 

「これは刀っていうんだって、縁壱様が贈ってくれたの。刃を潰してある手加減用の剣なの」

「なるほど。手加減用ですか。その・・・ヨリ、イチ様?がこの里の長ですか?」

 

 少し言いづらさを感じながら、李牧が人名を口にする。李牧はこの辺りの名前では無い発音に、どこか遠くの国の人間だろうと当たりをつける。

 

「蚩尤でも良いよ、縁壱様の呼び方。本名は慣れないと言いづらいから、里の皆も蚩尤様って呼んでる人多いし」

「そうですか、では蚩尤殿と呼ばせてもらいます。蚩尤殿はどこの国の方なので?」

「さぁ?ずっと東って聞いたけど・・・もう無いって言ってたから」

 

 それっきり黙った羌象に、あまり触れてほしい話でも無かったかと李牧は自省する。話題を逸らすために、里のことを話すことにする。

 

「それにしても、蚩尤殿は素晴らしい方のようですね。少し調べましたが、この辺りには何もなかったはず。それをたった二年で品質の良い農作物を出荷できるほどに成長させるとは」

「んふふふ、まあね!縁壱様は凄いから!それに農作だけじゃないよ、医術も凄いし、他にも色々作れるんだから。この前なんか二つ向こうの山から温泉引いたんだよ!」

「ほー、温泉ですか・・・水道のようなものを作ったと・・・」

(はるか東方の医術に、技師の技も持ち合わせているのか)

 

 李牧は技術や能力次第では、この里を確実に趙に引き込んでおく必要があると感じた。

 

「はい、着いたよ。蚩尤の里へようこそ」

 

 羌象が立ち止まって振り返る。李牧たちの目の前には木で作った門と柵が見える。それほど巨大ではないが、それでも攻めるのには難儀するだろうと李牧に思わせるほど、堅牢な里だった。

 

「これは、素晴らしい、ですね。ここまでの防備は村や里ではなかなか見れませんよ」

(門の上の見張り台もかなりしっかり作っていて、所々に見たことのない石組みがある、まだ防備を拡張しているのか)

「まあね、縁壱様がいないときに何かあったら、あれで時間を稼ぐの」

 

 頑張ったんだから、と得意げに胸を張る羌象。

 

 里の門が開き、羌象たちが中へ入る。辺りを見回す李牧は、興味深い品々を見て興奮していた。度々道を逸れて話を聞きに行こうとする李牧を、カイネがなんとかおしとどめる。

 

「いやぁ、大変面白い!まさかここまでとは思ってもみませんでした」

「はぁ、り、李牧様お願いですから落ち着いてください。まずは里長殿に挨拶致しませんと」

「あぁ、そうですね。すいません私としたことが・・・ところで羌象さん、この里は女性が多く見受けられますが、何か理由が?」

 

 里を歩く人の殆どは女性、それも十代前半の子供が多かった。男もいないことはないが、数えるほどしか見ていない。老婆や老父に至っては、全く見当たらなかった。いくら出来立ての里とはいえ、あまりな人口比である。

 

「蚩尤族はもともと女しかいないから、女が多いのは当たり前だよ。男が入りだしたのは、この半年くらいかな?みんな何処かからの難民だとか、訳ありばっかりだよ」

「ああ、それで。蚩尤というのは女性しか成れないという伝説を聞いたことがありましたが・・・もしや蚩尤殿も女性ですか?」

「違うよ、縁壱様は男性。凛々しくてぇ、物静かでぇ・・・とにかく強い!」

 

 腕を振り回し、謎の構えをしながら自分の里の長を褒めたたえる羌象。李牧がちらと視線を後ろへやると幽連も少しだけ頷いていた。仕える人間にここまで慕われている。李牧は縁壱の評価をもう一段上げる。

 

 李牧が熱心に話を聞いていたからか、それに先に気が付いたのはカイネだった。

 

「李牧様、あれは・・・?」

「ん?どうかし・・・なんでしょうか?川に車輪?」

「あれは水車だよ。凄いでしょ!縁壱様が二か月前にやっと完成させたんだ」

 

 川沿いの道を進んでいた李牧たちの前に、音を立てて勢いよく回る水車が現れた。李牧は水車の形をみて何故回っているのかはすぐに理解したが、なぜ回しているのかはわからなかった。

 

「あれは何故回しているのでしょうか?」

「小麦を挽いてるの、あの小屋の中に臼があって小麦入れたら勝手に挽いてくれるんだ。凄い便利」

 

 羌象が身振り手振りを交えて説明する。

 

「はぁー、是非後で中を見せてもらいたいですね」

「多分良いっていうと思うけど、一応縁壱様に聞くといいよ」

「ええ、そうさせてもらいます」

 

 李牧はにこやかに笑っていた。しかし内心ではこれ以上ないほどに感動していた。

 

 この時代、技術の進歩は凄まじかった。理由は戦争の時代だから。人々は次の戦争を有利にするために、留め金に始まり巨大な車輪、精鉄、鋳鉄などあらゆる技術が加速度的に進んだ。だがそれはあくまでも戦争のためであった。

 

 そんな世界で、この里の長は人の生活を助けるためだけに高度な技術を使っている。その尊さに、人知れず李牧は心を打たれていた。

 

「あそこが縁壱様の家」

 

 羌象が少し遠くにある家を見ながら、李牧へ話しかけた。小さい家だった。造り自体はしっかりしていたが、およそこの規模の里の長が住む家ではなかった。あまりの小ささにカイネが訝し気につぶやく。

 

「小さすぎないか?里長の家だろう?」

「縁壱様があれで良いって言うんだよ、私たちも縁壱様のために新しい家を建てるつもりだけどさぁ。この二年は他にやることが多すぎて手が回らなかったんだ」

「ふーん・・・李牧様、蚩尤の里長はかなりお人よしのようですね」

「ええ、私もそう思います」

 

 李牧たちは家へ近づいていく、羌象が先に入って縁壱に声をかけた。家の中で少しだけ話す声がした。壁が厚いのか、くぐもってよく聞こえない。すぐに羌象が外へ出てきた。

 

「あ、縁壱様が入ってもいいって。私と幽連でお湯沸かしてくるから、なかへどうぞー」

「ありがとうございます羌象さん、幽連さんも。・・・失礼します」

 

 意を決して中へ入った李牧は、座卓の前に正座して、筆を執っている男を見た。豊かな髪、顔の痣、見たことの無い衣装、気になるべき箇所は多かったが、李牧はただその瞳を見ていた。しらず鳥肌が立ち、額から汗が垂れる。

 

 紅玉のような瞳が、李牧を見透かしていた。

 

 




水車・・・中国では後漢の時代に少し見られる。本格的に使われだしたのは七世紀の唐の頃(wiki調べ)



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