始皇六年、邯鄲の官僚改革に対して一定の区切りをつけた李牧は、遂に秦に対して戦争を仕掛けることにする。楚の宰相、
合従軍とは、中華の七国の内、一国を攻める為に六国が手を結び組織する軍のことを指す。
これにより、趙の宰相が長期間、趙から居なくなるという問題が生じることになった。
「そこで、是非楚から廉頗将軍を呼び戻して頂きたいのです」
「断る、何が悲しくてあいつを呼び戻さねばならん。強い将軍なら他にもいるであろうが・・・」
「そこを何とかお願いいたします」
平身低頭、頭を下げる李牧を心底嫌そうな顔で見ていた悼襄王。邯鄲の謁見殿で、二人が議論を交わすのを縁壱はぼうっと見ていた。ふと気になり、小声で隣の男に話しかける。
「
「蚩尤様はご存じないか、廉頗将軍はかつての三大天が一人。この中華においても三本の指に入るほどの戦上手であろう」
趙の都、邯鄲の守護神と呼ばれる扈輒は、王都を守護する邯鄲軍の大将軍である。縁壱は扈輒の話を聞いて、ふむと頷いた。
「そういえば・・・劇辛将軍がそんなことを言っていたような・・・」
「まあ、奴はよく知っておるだろうな」
縁壱と扈輒が話していると、玉座の方から悼襄王の叫び声がした、二人でそちらへ意識を向ける。
「あ゛ー!もうわかった、好きにせい・・・その代わり・・・」
「っ!?有難うございます!・・・その代わり?」
「趙の美少年を全て集めよ、私だけの軍隊を作る。ふふん、良い計画であろう?王の親衛隊だ」
得意げに笑う悼襄王をひきつった顔で李牧が見る。
「そ、それは、何と言いますかその・・・」
「なんだ?」
「・・・いえ、畏まりました」
会談が終わり、楚へ亡命している廉頗へ帰還を要請する使者が送られる運びになった。謁見殿から将たちが去っていく。
廊下を歩いていた縁壱に後ろから声が掛かった。
「蚩尤殿」
「?・・・ああ、李牧殿。これから合従軍を行うとか」
「ええ、蚩尤殿は嫌でしょうね・・・ですが、先んじて攻めておかなければ趙の国土を戦火に晒すことになります」
「理屈はわかりますが・・・勝算はあるのでしょうか?」
「・・・おそらくは勝てるかと、何か私の知らない強力な伏兵や想定外のことが起きなければ・・・」
「そう、ですか・・・」
愁いを帯びた顔で話す縁壱を見て、李牧も申し訳なさそうにする。すぐに李牧は表情を引き締め、縁壱に三大天としての仕事を依頼する。
「蚩尤殿、私が秦へ行っている間に解決してもらいたい問題が一つあるのです」
「問題ですか?」
「ええ、秦と趙の国境付近に橑陽と呼ばれる地があります。険しい山々が連なる自然の要害です」
「ふむ」
「そこに
「犬戎、確か劇辛将軍が率いていましたね」
「ええ、彼らの仲間ではありませんが、祖を同じとする部族です」
李牧は、縁壱に趙と犬戎との関係性について語りだした。犬戎は橑陽の山間に城を築いている完全に独立した部族であり、李牧が宰相になってからは一年に一度、橑陽へ行って羊を振舞っている。
犬戎と趙は何とか関係を保ってはいるが、それは非常に脆くいつ切れてもおかしくないものであった。橑陽の犬戎は非常に狂暴かつ好戦的で、縄張りに入った敵は全て皆殺しにするという。
「そんな部族が・・・」
「・・・実は彼らの王はかなり凄惨な恐怖政治を敷いていることがわかっています。そこで蚩尤殿、貴方に解決してもらえないかと・・・」
「それは、犬戎を趙の支配下に入れるということですか?」
「そうですね。そう捉えてもらっても構いません。・・・今は一人でも優秀な戦士が欲しいのです。どうかお願いいたします」
縁壱は一つ間違えば侵略行為になるような気がして悩んだ。だが実際に橑陽は趙の領土であり、趙の人々も住んでいること、友人李牧の頼みであることを考慮して、承諾することにした。
「わかりました。引き受けましょう」
「!・・・感謝します!それと、彼らは言葉が我々と異なりますので通訳を一人送ります」
李牧は縁壱にもう一度深く頭を下げ、合従軍の準備へ戻っていった。
縁壱は通訳であり、将の一人である
「囲まれている」
「蚩尤様、いざとなれば私達を置いてお逃げください。私は彼らの言葉を話せますので切り抜け方も心得ています」
「・・・それは、切り抜けられそうであればそうしましょう。舜水樹殿、危険な場所へ付いて来てくださり感謝する」
「それは我々の台詞です。李牧様の頼みを聞いてくださり、感謝を・・・・・・見えました、あれが橑陽城です」
森の中を行く縁壱の視界が開けると、とつぜん山と一体化した巨大な城が現れた。もし通常の軍であの城を攻めれば、凄まじい被害を被るであろうことは想像に難くない。
縁壱は城の麓まで移動する。すると城から幾人かの犬戎が馬に乗ったまま降りてきた。犬戎達は皆、狼の毛皮を使った被り物をしており、血走った眼をしている。荒い息遣いが、彼らがひどく興奮していることを伝える。
犬戎が何事かを話す。縁壱には理解できなかったが、舜水樹が話をする。
『何のようだ、貴様ら』
『落ち着け、我々は趙の李牧様の依頼で来た。王はいるか?』
『・・・少し待て』
縁壱の方をじっと見ながら舜水樹と話していた男は、すぐに城を登っていく。
「・・・蚩尤様がいるからか、かなり話が早く通りました」
「そうなのか?」
「はい、かなり警戎していました。獣に近い生活をしているので、本能的に危険な相手は解るのかもしれません」
「・・・私は別に危険では無いのだが・・・」
ほぼ初対面の舜水樹に突然失礼なことを言われて、縁壱が一人静かに落ち込んでいると、城から見上げるほどの大男が降りてきた。
『犬戎の王、ロゾである。強き者よ貴様は何者か?』
「三大天、蚩尤だ」
大柄な犬戎達の中でも一際巨大な男、ロゾは興味深そうに縁壱をじっと見ていた。やがて一度鼻を鳴らして話し出す。
『我らの土地へ何の用だ?』
「貴殿が悪政を敷いて仲間を殺しているという話を聞いた。ここは趙の土地、無法は許されぬ」
無表情のまま、淡々と告げる縁壱に、ロゾは大口を開けて大笑いする。
『ぶっはっはっは、何故、我らが貴様らの理に従わねばならんのだ?寝言は寝て言うがよいわ』
「・・・何故、仲間を殺す?」
『ふん、逆に訊こう。何故殺してはならぬ?我ら大犬戎は遥か昔からこうやって生きておる。余所者風情が偉そうに上から物を言うでないわ』
「犬戎達は皆、納得しているのか?」
『そんなものは要らぬ。強き者よ、我々を従えたいのであれば、このロゾごと犬戎を打ち倒す他は無い。血沸くような戦争をしようではないか』
獰猛に歯を見せて笑うロゾ、溢れ出る強者の絶対的な自信をそこに見る。
縁壱は城から見下ろしている犬戎達の表情を見た。恐怖による統治はあるのだろう、だがもしここでロゾを打ち倒したとしても彼らが生き方を変えることは無い。そう確信できるほどに暴力は彼らの生活に溶け込んでいた。
「舜水樹殿、一度帰還する」
「・・・蚩尤様がロゾを斬ってしまえば彼らは従うかと」
「だがそれでは彼らを変えることはできない。結局、次のロゾが生まれて、その繰り返しだ。何か、別の手を考える」
「畏まりました」
縁壱は舜水樹と共に一旦橑陽を去ることにした。ロゾは舜水樹が持って来ていた土産の羊を受け取った後、城へと戻っていった。
蚩尤の里へ帰ってきた縁壱は、そこで珍しいものを見た。
「羌瘣、帰って来ていたのか・・・」
「お師匠様、お久しぶりです」
秦で飛信隊に入り活躍していた羌瘣が、里へと帰郷していた。羌瘣は縁壱に挨拶をしたあと、ちらと縁壱の後ろにいた舜水樹を見た。
「・・・では蚩尤様。我らはここで」
「ああ、また呼ぶと思う。その時はよろしく頼む」
舜水樹は羌瘣を目を細めてじっと見た後、縁壱に別れを告げ、部下と共に去っていった。
「お師匠様、今の人は?」
「舜水樹殿だ、私の仕事を手伝ってくれている・・・ところで、確か秦は今ちょうど趙に攻められているはずだが?」
「あ、うん・・・実は危ないから帰れって・・・」
目を逸らしながら、羌瘣が話す。縁壱は成程と納得し、羌瘣の頭を撫でる。近くにいた羌象に幾つか話をした後、自宅へと歩いていく。
縁壱が去った後、羌瘣を胡散臭そうに眺めていた羌象が口を開いた。
「秦がこの非常事態に最高戦力級のあんたを帰らせるぅ?・・・瘣、あんたもうちょっとマシな嘘つけないの?」
「うぐっ・・・」
「はぁ、大方蚩尤の里の見張りでも頼まれたんでしょ?万が一にでも縁壱様が合従軍に参加したら、それで秦は終わりだから」
「がふっ・・・」
情けない妹の姿を見て、大きくため息を吐く羌象。
「ほんと、わかりやすいね瘣は・・・ところで久しぶりに里まで帰ってきて思うことは?」
自慢するように胸を張ってニヤリと笑う羌象。羌瘣はへこみながらも、姉の質問に答える。
「凄い変わってる。人も多いし、珍しいものもいっぱいあった」
「ふふん、当たり前よ。私たちが頑張ったんだから・・・あんたは何やってたの?」
「秦でずっと戦ってた」
「はぁ・・・相変わらずね」
がっくりと肩を落とした羌象だったが、ふと何かを思いついてすぐに切り替えた。
「じゃあ、そんなに長いこと戦ってたんだったら強くなってるでしょ?私とやってみようか」
「・・・いいよ」
不敵な笑みを浮かべて、自信満々に言う羌象。戦場で本物の殺し合いを経験していた羌瘣は、自分が舐められていることに不快感を覚える。
二人は里のはずれにある開けた場所まで移動して、軽く準備を整える。二人は峰打ち用の刀を持った。
「じゃ、いつでもかかってきなさい」
「・・・・・・」
余裕綽々で告げる羌象に、羌瘣の中で怒りが生まれる。そして怒りが逆に羌瘣を冷静にさせた。
(怒らせようとしてる・・・?いや、どうであれいつも通りにする)
深く、息をする。体を血が巡り、信じられないほどの力が湧いてくる。漂う高揚感と万能感を鋼の意思で押さえつけて羌象へ斬りかかる。
「遅い」
「っが!?」
横薙ぎの一撃は呆気なく躱され横合いから蹴りを入れられる。腹に衝撃が走り地面を転がる。
「ほらほら、掛かってきなさーい」
「ぐ、げほっ・・・」
(なんで・・・?象姉の呼吸は私と大して変わらない・・・戦闘経験は絶対に私の方が上)
腕を振り回して踊っている羌象を見ながら、羌瘣の頭は疑問符で溢れていた。見る限り、そこまでの実力差はない。だがたった一撃で格の違いが解ってしまった。
「くそ!」
「お、良い太刀筋!・・・てい」
「くっ!?・・・なんで、そんなに強いの?」
渾身の一振りを呆気なく受け止められ、逆に信じられないほど重い一撃を何とか防ぐ。種のわからない強さに、焦燥感と恐怖を覚えてしまう。
「ふふふ、知りたい?」
「・・・教えて」
「ふふ、ふっふっふっふ、わっはっはっは」
この力があれば、もっと飛信隊で戦える。そう思った羌瘣は強さの秘密を素直に訊く。自慢げに、楽しそうに羌象は笑い、羌瘣に告げる。
「愛よ」
「・・・?何?」
「だから、愛の力。ふふふ、幽連とさぁ?結託してぇ、作戦立ててぇ・・・きゃっ言っちゃった」
可愛い悲鳴をあげて、嬉しそうに小躍りする羌象。意味の解らない説明に、羌瘣は困惑する。
「???・・・わかんない」
「は?あんた、何で今ので、あー・・・瘣ちゃんは信くんとまだなんだぁ・・・ふふ」
「信?信と何かすれば強くなれるの?」
「そうねぇ・・・どうしようかなぁ?・・・ま、教えてあげるか」
羌象は羌瘣の耳元に口を当てぼそぼそ話す。羌瘣の顔が赤くなっていき、ぼんと爆発した。
「え!?でもそんなの!だって象姉、子供は高い山に登って何かを炸裂させたらって・・・」
「あん?あんたあんなのまだ信じてたの?・・・まあ、高い山に登るってのはあながち間違ってもないけどさ。炸裂しちゃうのも・・・ふへへ」
えへえへと笑いながら、羌象が何かを思い出していた。
「ま、これが愛の力ってわけよ。今の私は無敵で最強、条件次第で龐煖ともサシでやりあえるし」
「ほ、龐煖とも!?・・・ていうか象姉、龐煖のこと知ってるの?」
「そりゃ最近まで里にいたからね。今は邯鄲にいるけど」
「さ、最近までここに・・・」
何かをぐっと堪える仕草をした羌瘣は、目を瞑って数秒悩んだ後、羌象にお願いをする。
「象姉、しばらく私に修行つけて」
「え?縁壱様に頼まないの?」
「もちろん頼むよ、でもお師匠様が居ない時は象姉につけてもらいたい」
「んー、良いよわかった」
その後、しばらく戦った二人は里へと戻っていく。羌象はそのまま縁壱の家まで行った。少し前に立て直した家は、最初の小屋に比べて随分大きくなっていた。
「縁壱様?何か用事があるって聞いたんですが・・・あら?幽連もいる」
「ああ、象。こっちへ」
促されるまま、部屋へと入っていく羌象。中には幽連がすでに座っており、茶を飲んでいた。
「二人とも、急に呼び出して済まない。実は相談したいことがあって・・・」
縁壱は三大天の仕事として受けた犬戎について、二人に話す。縁壱は犬戎達の境遇がかつての蚩尤族にほんの少し似ていることにどこか縁を感じていた。
「なるほど・・・恐怖政治、でも暴力的な生活はそいつら自身の文化・・・」
「連、私は彼らから文化を奪っていいのか解らない。それは彼らの生活を一から変えてしまう」
縁壱の脳裏には、変わる生活を受け入れられずに、里から離れ死んでいった老婆たちがいた。
「んー・・・私はほっといてもいいと思うけど。別に近くの村を襲ったりはしてないんでしょ?」
「羌象、今は襲って無くたって、いつかは襲うぜ。狩猟中心の山暮らしだぞ。思い出せよ、そんな生活してた奴らが暗殺者になっただろ?」
幽連の言葉に、はっとした顔で羌象が納得する。
「あ、確かに・・・」
「縁壱、私は戦争するべきだと思う。でも私たちのときみたいにあんただけ行くのは駄目だ」
全て一人で解決するつもりだった縁壱は、意外そうな顔で幽連を見た。
「どうして?」
「説得力だよ、あんたみたいな暴力の化身に無理やり従わせられても意味ないだろ?」
「・・・暴力の、化身・・・」
「私たちも説得に行くぜ、暴力だけだった人間でも生活できるって手本を見せてやるのさ・・・まあ、その前に戦争は必要だろうけど」
落ち込んでいた縁壱だったが、幽連の最後の言葉に反応して顔を向ける。
「それは結局、暴力に頼るのでは?」
「ちげえって、そういう奴らは戦争が会話と変わらないんだ。まずは向こうの言葉で
ぴっと指をたてながら計画を立てた幽連に、羌象がおおと胸の前で小さく拍手した。
「流石、実績ある策謀家は一味違うねえ。よっ!腹黒!陰険!卑怯者!」
「ぶち殺すぞお前」
「・・・つまり、蚩尤の里と犬戎で戦争をすると?相手は何万もいると聞いているが・・・」
縁壱が心配そうに話す。蚩尤の里は人口こそ増えたが、呼吸を使う戦闘員の数はそれほど増えていなかった。五百程が限界である。
「味方は少ないほうが良いだろ。そもそもの目的は強い趙の戦士を増やすことなんだろ?短期決戦で一気に終わらせないと被害が増える」
一気に城を登って、大将首を狙う。そして、その後は蚩尤族が説得する。
「蚩尤族には後から来てもらえば・・・」
「後からのこのこ来たやつの話を真面目に聴く馬鹿は居ねえ」
「・・・わかった」
心底嫌そうに、心配そうに、縁壱が認める。羌象と幽連はニヤリと笑ってお互いを見合った。
落ち込む縁壱を慰められること、最近暴れられてなかった不満をぶちまけることができる絶好の機会の到来に喜んでいた。
丁度、李牧が函谷関を攻めているとき、もう一つの戦争が趙国内で始まる。
春申君
楚の宰相、戦国四君の一人。原作キングダムでは暴言キャラという謎のキャラ付けをされた上、全く良いところなく、暴言も生かせずに退場した。
あんまりに可哀想じゃないかと思って調べたが、他の戦国四君と比べても圧倒的にエピソードを持っていない。史実とキングダムで扱いが似てた。
扈輒
歴史資料にも殆ど出てこない人。突然出てきて負けて戦死して十万人の捕虜の首を斬られた。
原作キングダムでは顔中にピアスのようなものをつけるという謎のキャラ付けをされて登場。
ピアスで過去の痛みを忘れないようにするというハイパー臥薪嘗胆を実行していた。
なおその痛い過去については特に触れられずに終わった。
舜水樹
しろなすび。非常に描きやすそうな頭が特徴。
原作キングダムのオリジナルキャラであり、濃いキャラの多い趙将の中でもぶっちぎりの危険思想の持ち主。大した出自も持たず、また目を見張る偉業も成していない原作リーボックを王にたてて国を興そうとした。作中最大の危険人物である。