キルヒアイス推しの女オタクが作中に転生したので推しの幸せを守るために奔走したいと思います   作:響谷

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ファーレンハイトは民主教育を受けた同盟市民ではないため、自然その主義主張ではなく地縁血縁によって陣営が決定された。具体的には兄の嫁の叔父の従兄弟が門閥貴族の領地で名士をやっており、その名士が上からの無言の圧力によりほとんど思考することなくブラウンシュバイク公陣営につき武力蜂起の必要性に迫られたときどうやら親戚筋に正規の艦隊司令官がいるらしいぞとなりお呼びがかかったのだ。先帝が死去した頃、ローエングラム元帥府の外でラインハルトの壮大な改革の理想を見抜いていた者はヒルデガルド・フォン・マリーンドルフくらいのもので、傍から見ればすべての諍いは500年飽きることなく繰り返されてきた権力闘争に連なるそれにしか見えなかった。そのためファーレンハイトがため息ひとつで親戚の頼みを受け入れてしまったのはまったく仕方のないことと言える。彼は政治うんぬんする活動家としてより道具に徹する軍人としての色合いが強いし、むしろその力を頼られたとあっては旗艦の船首を敵の血に染めて凱旋し功を示さずにはいられない生粋の武人でもあった。

「ファーレンハイトか……」

シャンタウ星域が武力蜂起したことと、その反乱勢力の戦闘顧問兼艦隊司令官がアーダルベルト・フォン・ファーレンハイトであることを報告で知ったラインハルトはその顎に指をやって頬杖をついた。

「殿下は彼を指揮下に加えたことがおありでしたな」

1月15日。首都に残っている提督たちを招集した幕僚会議にて、オーベルシュタインが最上座に収まる主を見やる。ラインハルトの隣に立つ参謀長以下、ロイエンタール 、ミッターマイヤー、メッカリンガー、ビッテンフェルト、ルッツ、ワーレンが席に着く。つい先日ルッツ、ワーレンの両名と交代させる形でケンプを出撃させており、前線指揮官のキルヒアイス提督も帰還途上にある。人事の再配置の間隙を突いての武力蜂起であり、これだけでも感情に任せて激発したこれまでの反乱とは質が異なることが察せられた。

「ブラウンシュバイクなどに与するとはな。彼らしくもない不明だ」

その顔を顰めつつ、ふと漏らしたひと言でファーレンハイトへの評価が高いことを明かしてしまう。反乱軍に対する政策を決定するためにもキルヒアイスにはこのまま戻ってもらわねばならないし、と続けるラインハルトの台詞が終わるか終わらないかくらいのタイミングでビッテンフェルトが元気よく席を立ち身体の前に拳を作った。

「反乱勢力は現在のところ2万強、ケンプ提督に任されている艦隊は1万5千、このままでは数的優位の状況を作り出すべしという戦の定石に反します! つきましては殿下、ここは満を辞して我が黒色槍騎兵艦隊に出撃をお命じいただきたく!!」

アムリッツァ星域会戦からこちらずっと出番のないビッテンフェルトは一目散に獲物に向かって走り出した。彼の瞳は少年のよう、と形容するには躊躇いを覚えるほどギラついておりほとんど飢えた獣のそれに見える。政治闘争などという手段を取ることで一番割りを食っているのは彼かも知れなかった。

「ビッテンフェルト。黒色槍騎兵艦隊は粉砕するかされるかだからな、卿ほど内乱の鎮圧に向かぬ人材もなかなかおらぬだろうよ」

呆れたように、しかし親愛を滲ませて笑うラインハルトに一同が同意を示して苦笑する。納得はいかぬが主君に直接制されたとあっては引かざるを得ない。むぅ、と唇を引き結んだまま席に腰を下ろしたビッテンフェルトに視線を向けて、メックリンガーが穏やかに口を開いた。

「相手は同じ帝国軍だからな。卿は外の敵にこそその破壊力を発揮しておればよいのだ」

そうそう、と頷いて肩を竦めるワーレンが猪を宥めるように言葉を継ぐ。

「黒色槍騎兵艦隊の辞書には【ほどほど】などという言葉は載っておらんのだろう?」

親しげな僚友たちの言に反論できずに、ビッテンフェルトは不本意ながらその覇気を萎ませていく。確かに自分が出てしまっては被害を半壊で止める自信はまったくなかった。

「そこで今回はミッターマイヤーに前線の総指揮を任せようと思う。総参謀長、どうか」

「よろしかろうと存じます」

突然名指しされた蜂蜜色の髪の将が、その目をぱちくりとさせて主君とオーベルシュタインを見比べる。事前に要請がなかったのだろうということは、彼のその反応で皆に察せられてしまった。

「ご信任はありがたいことですが、殿下、小官はそれほど政治的判断とやらに自信はございません。ここはロイエンタールの方が適任かと思われますが」

正直に思うところを述べるミッターマイヤーに、ラインハルトは困ったような微笑みを返した。

「いま宮廷からロイエンタールが抜けてみろ、ただでさえ細い社交界へのつてがいよいよ吹けば飛ぶ蜘蛛の糸さながらになってしまうではないか」

自虐とも言える彼の言葉は真実を突いており、ミッターマイヤーは再び開きかけた口をぐっと閉じるしかなかった。どこか迷うような視線を落とす親友の背中を、向かいに座ったロイエンタールが標準装備の冷笑をそのままに心なしか柔らかな声音で押してやる。

「卿ならば殿下のお心にそぐわぬ判断などせぬよ。おれは毎日宮廷のご婦人方の相手を務めるのに多忙だが、卿は奥方の手前そちらの方面での戦果を上げるわけにもいかんだろう?」

皮肉屋というか天邪鬼というか、そういう風にしか友人に対する信頼を言葉にできないのかこの男は、とその場にいる全員が呆れたがミッターマイヤーだけはきちんと彼の口車に乗ってあげた。

「暇で悪かったな! おれが輝かしい武勲を上げても羨ましがるなよ、もっともおれが帰ってくるまでご婦人に刺されなかった場合の話だが!」

公の場でいちゃついているふたりの大将を丸ごと無視して、ラインハルトは話を続ける。

「ファーレンハイトは攻勢を得意とする猛将だ。黒色槍騎兵艦隊を出すわけにいかぬ理由のひとつだな。双方食い合って最後の一隻まで撃ち合いかねん。ミッターマイヤー、特に加減しろとは言わんがファーレンハイトを生きて捕らえることが叶ったならオーディンに連れ帰ってくるように」

主の人材収集家としての面が垣間見えて、少なからぬ面々が嫉妬を露わにしたがミッターマイヤーは素直に命令を受諾した。政治的な面を補うならメックリンガーを補佐につけよう、というラインハルトの発案もあり反乱軍討伐にはミッターマイヤーを総司令官として3艦隊をあてることと決定された。

 

 

 

1月17日。キルヒアイス上級大将の凱旋を出迎えたラインハルトは、その足でアンネローゼの待つ邸宅へと彼を連れ帰った。

「姉上! キルヒアイスが戻りましたよ!」

庭に出て花に水をやっていた姉に駆け寄っていくラインハルトは、10歳のあの頃からまったく変わらない。主の後ろから落ち着いた足取りでやってくるキルヒアイスを認めて、アンネローゼは弟と彼を見比べた。

「まぁ、ラインハルト。あなたはいつまで経っても子どものままなのね、ジークはこんなに大きくなったというのに」

「ご安心ください、アンネローゼ様。ラインハルト様がこのように幼くおなりなのは姉君の前でだけですので」

このふたりにかかるとラインハルトは最年少のかわいがられるべき少年になってしまう。笑い合うふたりの間に挟まって、ラインハルトはキルヒアイスを横目に見上げた。

「いいのかキルヒアイス、それではまるでおまえの前ではきちんと大人であるように聞こえるが」

「まぁ、甘えておられる自覚があったのですか!」

柔らかい陽光の中ひとしきり笑って、アンネローゼは彼らをお茶の席に招いた。サンルームでのアフタヌーンティーに、姉手作りのケーキが並べられる。その甘い香りが立ち込める、愛する人たちだけが存在する空間で、彼らは間違いなく宇宙一幸福だった。

「今回もまた苦労をかけましたね。30もの星域を鎮定して回っていたのだとか」

ラインハルトには白ワインを取りに行かせて、ようやくアンネローゼはキルヒアイスを労うことができていた。気遣わしげな彼女の表情に、キルヒアイスは胸が詰まるような心地を覚えながらとんでもない、と首を振る。

「ラインハルト様の方をこそ褒めてあげてください。あの方がその身に漲る覇気を抑制して宮廷闘争に挑まれるのは、おそらく想像を絶する忍耐と努力を必要とすることでしょうから」

キルヒアイスの言葉に、アンネローゼはそうね、とどこか憂いを帯びて優しく微笑んだ。何かご心配ごとがおありですか、と声をかけると彼女はええ、とその目を手元のティーカップに伏せた。

「皇帝陛下のこと、私にも相談せず決めてしまって。ラインハルトが女の子の扱いを知っているはずがないの、寂しい思いをなさっていなければいいけれど……」

アンネローゼ様と皇帝陛下とでは比較になる点は少ないと思うが。そう感じつつこの方はお優しいからな、と考える必要のないところで納得してキルヒアイスは彼女の心配事に相槌を打った。

「確かに、ラインハルト様には人並みの家庭生活を送る気は今のところございません。フロイライン……いえ、皇帝陛下はラインハルト様を慕われているのですし、アンネローゼ様のご心配はもっともですね」

「ラインハルトは、すべて自分の思い通りになると思っているのだろうけれど、人の心というのはそんなに簡単なものではないの。あの子にはそれを蔑ろにするような真似はしてほしくないわ」

ええ、と同意を示してキルヒアイスは頷いた。ラインハルト様の伴侶に相応しくないのでは、と思ってきたが一度結婚してしまった以上相手の幸福には責任を持つはずだ。出来るだけ穏便に、平和的な関係を築いて、ゆくゆくはきちんとした信頼関係のもと協力体制を築いていきたい。そう自分の考えを整理して、赤毛の半身は意思の強い表情を浮かべた。

「近々イゼルローンに使者として赴かねばなりませんが、帝都にいる間は、私がラインハルト様と陛下の仲を取り持ちます。男女の仲ゆえ、どれほどのことができるかはわかりかねますが、どうか私をお信じください」

キルヒアイスの力強い言葉にアンネローゼは安堵を滲ませたが、すぐに申し訳なさそうに眉を下げてしまった。

「ごめんなさい。あなたには頼み事ばかりになってしまうわね」

気になさらないでください、そんなこと、と謙遜している間にラインハルトが帰ってきてその日のふたりの会話はここまでとなった。この瞬間のまま永遠に刻を止めてしまわなかったことを、己が能力の及ぶところではないと知りながら彼らは長く後悔することになる。

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