キルヒアイス推しの女オタクが作中に転生したので推しの幸せを守るために奔走したいと思います   作:響谷

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ロイエンタールに主君を裏切っているという感覚はなかった。だってローエングラム侯はブラウンシュバイクの娘になんの興味もないのである。なんの興味もない娘がどこの誰と関係しようと誰を想おうとどうでもよすぎてあくびが出るに違いない。ひとまわりほど年の離れた小娘など、普段のロイエンタールであればやはり主君と同じように相手にしなかったであろうが、その収まった地位がよくなかった。別に嫉妬というわけではない。ただその凡庸さに見合わぬ過ぎた地位を手に入れて誰にも咎められることがないのは、この世の不公正を放置するのとほぼ同義だろう。いっそのこと正義感や義侠心まで含んでいたと言っても間違いではない。身の程を知って泣けばいいと思ったし、そのままどこぞに逃げ出したらひっそりと内心でほくそ笑むこともあっただろう。度を過ぎた加虐心が無ければ明らかに処女の、17になる前の少女を加減なく踏み躙ることはできない。傷つけてやろうと思ってやったのだし、実際その通りになった。女というものを憎みながら女に興味を持たないという性質も併せ持つロイエンタールは性暴力以外にその存在の傷付け方がわからない。もっと女というものの生態に興味があれば他の手段も取り得たのだろうが、その所業に反してどこか無垢で幼いところのあるロイエンタールは加虐のやり方というものを知らないまま他の選択肢など思いもよらないでエリザベートを押し倒した。

この女の気に食わないところはそれこそ無限に論うことができるがおそらく彼がもっとも腹を立てたのは"ローエングラム侯を慕っていない"という点なのだ。もしこの点を満たしていたならば、いくらロイエンタールでも直接蹂躙しに行くことはなかっただろう。本気で求めているわけでもないのに、他の誰かがそこに収まる可能性を潰して、ローエングラム侯の伴侶の座を占拠している。ロイエンタールにとって、これは許し難い冒涜であった。他の僚友たちだってこの点を見抜いていないからエリザベートに対して一応の礼節を保つ気になっているだけだ。見抜いてしまったロイエンタールはひとりきりで順当な怒りをあの厚かましい女にぶつけている。そして苛つくと同時に、疑念を覚えるのだ。それではなぜ、この女は身内とその身の純潔を売ってまで今の地位を手に入れたのか。

心地が悪い。女の隠し事とはたいてい碌なものではないのだ。その思惑がローエングラム侯を害するものであったら一大事であるし、可能性はじゅうぶんにある。エリザベートに言ったことも嘘ではないのだ。何を考えて何を求めているのか、把握する必要がある。平凡ではあるが、どこか肝が据わっているところがあるし、放置するわけにもいかんだろう。そうして何かにつけ皇帝の周りをうろついて彼女を観察することはむしろローエングラム侯に対する忠誠心の表れでもあった。まぁ、性的な関係を持っているという点は言い訳のしようがないのだが。主人を差し置いて自分だけがあの女の危険性に気付いているという優越があってこそ、ロイエンタールは自身の野心と誇りの手綱を取れている部分まである。矛盾を孕みつつ、ロイエンタールはいっそ純粋なほど歪みなくエリザベートを犯し、陰に日向にラインハルトを支えていたのだ。

「皇帝陛下は何処におわす」

ブラウンシュバイク公オットーとその妻アマーリエの合同葬儀の日。曇天のせいで薄暗くなっている皇宮の回廊を行き、高すぎる天井と同じく大きすぎる扉の前でロイエンタールは衛兵にそう声をかけた。

事故が起きてから既に3週間ほど経過しているがそれは仕方のないことだ。宇宙空間で爆発を起こし乗組員全員が行方不明扱いだったのを、法に従い鬼籍に移したのが2日前。空の棺を担いで葬送を執り行い、公爵家の墓地に埋葬した。どんなに鈍感な者でも、例えばビッテンフェルトでも今回の件に裏工作の臭いを感じ取っているらしい。ラインハルト麾下の諸将たちは儀礼的に参列しながらも最前列で花を手向ける17歳の皇帝を直視できずにいた。確かに、女帝の権威を裏付けるブラウンシュバイクは邪魔だった。その存在のせいで内乱がいくつか起こったし、部下も大勢死んだ。だが、17歳の少女からいっぺんに両親を奪ってしまえるような決断をすることは、それらの恨みと直結しないのだ。あの少女から見れば我々は仇同然なのではないか。その自認に耐えられないほど潔癖で善良な提督たちは実際に冷徹な判断を下してしまったと思しきオーベルシュタインを畏れて、憎んだ。

「皇帝陛下はサンルームにおいでです。副宰相閣下がお見えになられたので、そのお相手を務めていらっしゃるはずです」

「そうか」

ではしばし待たせてもらう、と躊躇なくドアに手をかけるロイエンタールに衛兵は息を呑んだが、何を言うこともなかった。ロイエンタールが皇宮守護の任にあった5ヶ月弱の間に、ここの衛兵たちには皇帝よりローエングラム侯の方が偉いのだときっちり叩き込んである。ローエングラム侯の名代とも言えるロイエンタールに逆らうような親衛隊員はもはやひとりも存在しない。

おまえは遠からずオーベルシュタインに殺されるぞ。そう伝えに来たのだ。実際は言わずとも、とにかく別れを告げようと思った。勝手にどこぞで殺されていろと、常であれば無関心と無干渉を決め込んだに違いない。生きてるうちにその顔を見ておこうと衝動のままここに来たのは単なる気紛れか。悼みを覚える程度には、あの娘に"入れ込"んでしまっていたのか。まぁどうでもいいことさ、あの娘は近々死者になるのだから。キルヒアイスもよく構う気になるものだ。面倒見がいいというより、ここまで行くと厚顔無恥と罵る相手も出てきそうだな。ブラウンシュバイクはいずれ排除せねばならない。その方針に確たる反対もせずにいたはずなのに、今頃はあの娘を慰めて気遣っているのだろう。偽善、とまでは言わないが。

「我々も簡単ではなくなってしまったな」

そう嘆くような、嘲るような呟きを口に上らせながらロイエンタールは手前勝手に皇帝の居室を移動する。ふと手をかけた書斎へのドアに、鍵がかけられていないことに気付く。皇帝なんて、プライベートの存在しない生き物だ。不用心な方が悪い、と内心言い訳しつつ初めて踏み入る領域の扉をロイエンタールは開いた。

今にも雨が降り出しそうな灰色の雲が垂れ込めて、書斎の中も薄暗い。サンルームはたしかこちらの方角だったな、とそれほど広くはない私的な空間を横断し窓辺に向かう。曇りガラスの混ぜ込まれた飾り窓からは当然ふたりの姿も見えないし、サンルームの輪郭さえ視界に入れることはできない。無駄な行動を取っている己をふと蔑んで、ロイエンタールは書斎の中を振り返った。公爵家の令嬢、といった程度の教養と発想しか持たぬ娘の書斎だ。特に面白いこともあるまい。優雅かつ気ままに足を運びつつ、ロイエンタールの長い指が文机の上を撫でる。興味もないまま手元を見下ろすと、蝋を押される前のレターセットが広げられていることに気がついた。通り過ぎていくはずの景色に意識を取られてしまったのは、そこに自分の名前を見つけたからだ。そうでなければ他人の手紙を盗み見るような品のない真似をすることはなかった。オスカー・フォン・ロイエンタール、と封筒の表側、つまり宛名にそう記されている。何枚かの書面を避けてみると手紙は何通りかの書きかけが混ざっていることがわかり、宛名だけ記された封筒が4つ見つかった。ロイエンタールの他、ウォルフガング・ミッターマイヤー、ジークフリード・キルヒアイス、フランツ・フォン・マリーンドルフ。その名の示す物々しすぎる面子に眉を顰めて、ロイエンタールは一番上に重ねてあった手書きの紙面に視線をやる。灰色の意識の遥か遠くで、雷の落ちる音が響いた。

Abschiedsbrief──遺書。

1行目には、4通とも等しく感謝の言葉が述べられていた。

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