キルヒアイス推しの女オタクが作中に転生したので推しの幸せを守るために奔走したいと思います   作:響谷

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ロイエンタールはわたしのことを買い被りすぎだと思う。わたしはただ行き当たりばったりにそのときダメだと思うものを避けていっただけで、結果にはまったく満足していない。諦念と悟りを織り交ぜた歴史の上に今日という日があるのであってわたしはぜんぜん万能などではなかった。

リップシュタット戦役を起こさせてはいけないと、焦りからラインハルトと同盟を結んだ。他者を思いのまま操る、なんて能力があれば他の道も選べたのだろうが、あいにく凡人だったので自ら動くことでしか未来を変えられないとわかっていた。結婚しなければと考えたのも作中でお父さまが「エリザベートをくれてやる」と言っていたことを思い出したからで、自分の発想なんかどこにもない。漠然と、アンスバッハの言った通りその時期を早めることができたら、と思っただけなのだ。皇帝になんてなるつもりはなかったけれど、そうしなくてはお父さまを説得できないと気付いたから一度帝冠を譲り受けることにした。形だけの摂政位に満足してくれればと、希望的観測、いや、祈りにもなっていない甘い夢を見ていたが、父は当たり前のようにラインハルトを敵と認識し続けた。どうすれば家族を、臣下たちを守れたのか今でもわからない。皇帝になったあとは、適当に退位宣言書でも書いてラインハルトにその位を譲ろうと思っていた。だが、即位式を迎えて初めて知ったのだが、民衆はなぜか自分という新たな皇帝の誕生を祝福し歓迎しているらしいのだ。何も好かれるようなことをしていないのに無条件で信仰と崇拝の対象になっている。門閥貴族は民衆の憎悪の対象だ、という前提が記憶という形で流入したから混乱したのであって、本来のエリザベートならこれこそが当然の待遇だと思い込んだかも知れない。ここに来てようやく、なぜオーベルシュタインが一時とはいえわたしに皇帝位を譲る気になったか悟った。威光とか権威とかそういう得体の知れないものをエリザベートという器が持っていることを知っていて、それをラインハルトに受け継がせようとしているのだ。国内を二分する内戦を起こして門閥貴族を駆逐するのでなければ、その権力の源泉を跡形もなく吹き飛ばす道を選ばないのであれば、ラインハルトはゴールデンバウム王朝の正統な後継者でなければならない。ああ、わたしは殺されるのか、となんとなく感じたのは婚儀を済ませてからなのだ。伴侶となれば、その遺産の正統な後継者だ。わたしの好きなキャラクターたちに相応しい未来に進むためなら、生贄にされるのも仕方ないのかな、という諦念が指先にじわりと滲む。でも、死ぬのは怖かった。キルヒアイスが助けてくれると言うのなら、当たり前にその手を取ってしまうくらいには自分の命が惜しかった。しかし父も、家族も、後戻りできないところまで来てしまっている。諦めきれない父のために、もう何万人もが命を落とした。千里眼とかそういう特殊能力を持っていればこんなことにはなっていないし、どうせ転生するならなんらかのボーナスがほしかった。何も思い通りにならないし、取りこぼしたものは多すぎる。結局わたしは父を死なせることでしか内戦を止められなかったのだ。

お父さまもお母さまも、アンスバッハももういないんだ、と思うとあまり怖くなくなった。キルヒアイスに語ったことは本心だ。もう死ぬことでしか解放されないとわかった。これ以上罪を重ねる前に、わたしは死んだ方がいい。そうして自分の結末を定めてみるとほんの少し視野を広く持つ余裕ができた。どうせ殺されるなら、それを口実にオーベルシュタインを排除できないだろうか。どうやらキルヒアイスとオーベルシュタインはどうあっても仲良くできないようだし、彼らをこのままの状態で残していくのは危険だろう。自分がやったことだって確定事項を先送りしただけということになりかねないし、オーベルシュタインをどうにかしてラインハルトから遠ざけることはできないかしら。そうして無い知恵を絞って導き出した、オーベルシュタインと同格の力を持ち、オーベルシュタインが失脚すれば得をする面々に遺書を書いた。それをロイエンタールに見つけられてしまったのはわたしの不注意だったが、しかし彼があの手紙にここまで過剰に反応するとは思ってもみなかったのだ。

「陛下。何かと不自由はございませんか。私どもに叶うことであればなんでもご手配いたします」

マリーと協力しながらエリザベートの寝台を整えている壮年の夫人が、にこにこと柔らかく目もとの皺を弛めてそう話しかけてくる。壁際の置物になっているエリザベートは、自動人形のように微笑んで首を振った。

「お気遣いありがとうございます、夫人」

「なんということもございません。不敬とお思いになるかもしれませんが、娘がもうひとりできたようでついこうしてお世話をして差し上げたくなるのです」

言葉の通り本当に楽しそうに見えるので、彼女のその感情を否定するのはやめておいた。曖昧に微笑んで口を閉ざすエリザベートに一礼して、丸めたシーツを抱えこんだ夫人は将官用居室の出口に向かう。そのとき二つほど空間を挟んだ向こうから、失礼いたします、という凛然としながら渋みを帯びた声が聞こえてきた。

「あら、うちの人だわ」

夫人がそう呟いてダイニングルームに消えていく。一瞬開いた扉の向こうの、窓から覗くのは永遠の夜に浮かぶ星々の群れだ。ひと言ふた言交わされた気配がして、壁の向こうから紳士的な問いかけがなされる。

「陛下。拝謁のご許可をいただけますでしょうか」

マリーがわたしの様子を頭から爪先までしっかり観察して、それから客人へと声をかけた。

「お入りください」

姿を現したその男性は、銀の頭髪を軍人然と短く切り揃えつつ品のある雰囲気に整えている。軍服の示すその階級は上級大将。一目でそれとわかる軍人の所作で、彼は年齢を感じさせないほど優雅にエリザベートの前に跪いた。

「このような場所に玉体をお留めいただくこと、すべては小官の力が及ばぬ故。新無憂宮とは比べるべくもございませんが、どうか今しばらくご辛抱いただきたく……」

頑固で、融通が利かなくて、そして、どうしようもなく強い。帝国を代表する宿将に顔を上げさせて、その目を見る。真っ直ぐすぎる忠臣の視線が痛くて、目の奥に刺さって、エリザベートの双眸からはまた熱い涙が溢れてきた。

「メルカッツ、提督」

 

 

 

「いかがでしたか……陛下のご様子は」

ベルンハルト・フォン・シュナイダーは胃が痛くて仕方なかった。現状をひと言で説明すると、ローエングラム侯の意を受けオーディンの衛星軌道上を警備するメルカッツ艦隊はロイエンタール提督が誘拐してきた皇帝を匿っている。正直凡人であれば既に胃に穴が空いているだろう。

「涙をお見せになった。よほど追い詰められておられるようだ」

その心を痛めてわずかに項垂れるメルカッツに、シュナイダーも胸が絞られるような思いになる。自分が忠誠をまっとうしたいと願うように、この方もその忠誠を尽くそうとしておられる。ならば、それが茨の道でもシュナイダーは付き従うのみであった。

「では、提督はお信じになるということですね。陛下がローエングラム侯に、命を狙われているというお話を」

「うむ……」

メルカッツ提督ですら、逡巡はするらしかった。どこか遠くを見て、彼はシュナイダーだけに語り聞かせる。

「この先に、道はあるのだろうか。ロイエンタール提督は野心家で、しかも実力を備えた野心家だ。彼は陛下の身の安全など考えてはいない。その権威を利用して、第二のローエングラム侯になろうとしているだけだ」

頷いて、上官の意見に同意を示す。だが、そうだとわかっていてもメルカッツはロイエンタールの思惑に乗らざるを得ない。ロイエンタール提督は、絶対に皇帝を裏切らない人材としてメルカッツ提督に目をつけたのだから。

「陛下は真の後ろ盾を失ってしまわれた。あの方はこの先、心安らぐ居場所を得られることがあるのだろうか」

廊下の壁一面を覆う星空に、メルカッツは手を伸ばす。その指先を阻むガラスに触れて、彼は憂いのままその息を吐いた。

「私は……ブラウンシュバイク公の誘いに応じるべきだったのだろうか。ローエングラム侯には、妻と娘を救っていただいた。個人的には恩すらあるのだ。しかし、しかし……私が公の軍に参じていれば、陛下は慕った伴侶から命を狙われるなどという痛みを知らずに済んだのではないか」

その目を閉じて、メルカッツはシュナイダーだけにわかる程度にその顔を歪めた。その表情があまりに痛ましくて、副官は必死に彼を肯定しようとしてしまう。

「閣下はあれを無駄な内戦と知っておいででした。そして今は陛下のお命をお救いしようと自ら危険を犯していらっしゃいます。私は、小官は、閣下が間違った判断をしたと感じたことは一度としてありません」

懸命に手振りをもって訴える副官に、メルカッツはその目をわずかに開けた。そうだな、と心なしか穏やかになった表情で溢して、彼はまた歩みを再開する。

「思い悩んでも仕方あるまい。私は軍人だ。差し当たっては最悪の展開、そうさな、つまりローエングラム侯と戦うことになった場合の戦略でも考えていよう」

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