キルヒアイス推しの女オタクが作中に転生したので推しの幸せを守るために奔走したいと思います   作:響谷

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本編から溢れたエピソード


今回はキルヒアイスとラインハルトのわちゃわちゃです


断章
番外編 -1-


 

 

 

「初夜をすっぽかした!??」

 

帝国暦488年1月某日。出征から帰ってきた直後のキルヒアイスがその品行方正な態度に見合わぬ素っ頓狂な声を上げていた。

 

「このような事柄に関する女性の恨みは深いものですので、なんとしても部屋を訪ねるよう説得はしたのですが。すっぽかしましたな」

 

オーベルシュタイン中将から内密な話があると呼び出されたから本当に何事かと思った。それはある意味どんな政治的談義より重要で抜き差しならぬ話題ではあったのだが。

 

「殿下は至極面倒そうな顔をして鼻に皺を寄せ、おまえは私とブラウンシュバイクの娘がまぐわうのを見て喜ぶ輩か。ずいぶんと」

「……難儀な趣味をしているのだな、などと申したのでしょう」

 

はぁ……と盛大なため息を吐いて顔に手をやりつつ、キルヒアイスは総参謀長に謝罪した。

 

「申し訳ありません、あの方はそういう子どもっぽいことをあなたにまで……よく言って聞かせますのでどうかご無礼をお許しください」

「閣下が謝罪するほどのことでは。陛下の居室を訪ねてくださるのならば別に小官の趣味がどういうことになっても構わなかったのですが。何を言っても聞かないという強硬な態度でしたので、これは後日閣下のお力を借りねばならぬと考えておりました」

 

薄々そんな気はしていたが本当に花嫁を放置するとは。どんなに相手に興味がなくても、嫌いであったとしても、そもそも部屋を訪ねないというのは無礼すぎる。男としてあり得ない。プライドの高いラインハルト様のことだから、男としての格が下がることを嫌って渋々出頭するのでは、との目算も半分はあった。キルヒアイスが希望するよりも遥かに、ラインハルトにとって男としての格とか見栄とかはどうでも良い事柄であったのだ。あの方にとって重要なのは徹頭徹尾武人としての見栄であって、他の評価基準など存在を想定したことすらないのだろう。

はぁぁ、と何度目かわからぬため息を漏らしつつ、キルヒアイスはオーベルシュタインに向かって手を上げてみせた。

 

「わかりました。あの方はご結婚するにはまだ早かった……プライベートなことに踏み込むのを躊躇った私の責任でもあります。きちんと話して、何かしらの妥協をあの方から引き出してみせましょう」

 

キルヒアイスの言葉に頷いたオーベルシュタインが、それと、と注文を付け加えてくる。

 

「陛下にお会いして、閣下の口から殿下の擁護をしていただきますよう。おふたりの関係が破綻しては、国に多大な害をもたらします」

 

頷きつつ、キルヒアイスはわずかに眉を下げた。ラインハルトを差し置いて自分が皇帝に謁見するなど、当人たちに失礼な気がするし何よりこのオーベルシュタインが嫌がりそうだと思ったのだ。

キルヒアイスの困惑を理解して、オーベルシュタインは事務的に言葉を重ねた。

 

「小官が陛下にお会いしても、慰めるとは程遠い結果をもたらしましょう。そういう仕事は、私には向いておりません。それに陛下は、殿下のご友人であられる閣下を信頼し好ましく思っておられるご様子。傷心の花嫁の心を癒すに、閣下以外の適任はおられないと考えます」

 

なるほど確かに、もっとも効率がいい人選なのかもしれない。フロイライン……もとい陛下が自分をそこまでお信じになられているかは自信がないが、他の誰かに任せるよりは自分でやった方がマシなこともこの世にはある。

 

「了解いたしました。誠心誠意尽くさせていただきましょう」

 

そうしてラインハルトのやらかしに対する、各々の尻拭いが始まった。

 

***

 

「おまえまでそんなことを言い出すとは思わなかったぞ」

 

予想通りラインハルトは憮然として、その腕を組み唇を尖らせていた。

 

「あの娘に割く時間などおれには貴重すぎる。それに万が一、子でもできたらどうするのだ。堕ろさせる以外に選択肢はないぞ」

 

残酷なことを言えばキルヒアイスが引き下がると思っているようだ。彼の思惑通り赤毛の青年はわずかに傷ついた顔を晒して怯んだが、今日ばかりは引き下がるわけにはいかなかった。

 

「いい加減になさい、ラインハルト様。フロイラインは……陛下はその身を捧げて我らを支えてくださったのです。すべてはあなたの好意を得んとせんがため」

「その結果おれがあれに興味を持つに至っていないのはただ単にあれの力不足が原因だ。おれの責任ではないし、おれが甘やかさねばならん理由もない」

 

取り付く島もないし、頑固にも程がある。キルヒアイスは本格的に叱らなければならないことを悟って、鬼保護者モードに入った。

 

「お分かりですかラインハルト様。現在のあなたは最低限の礼儀すら弁えない幼児です。いえ、幼児の方が弁えています。あなたはただこうして存在しているだけで陛下の、いえそれどころかあなたの名誉を損なっているのですよ」

 

そのプライドをあえて逆撫でるように言葉を選んでいるのに、ラインハルトにはそれでもイマイチ響かないらしかった。不機嫌そうに顔を顰めただけで、彼はキルヒアイスを睨んでくるに留まった。

 

「名誉だと? そんな、カビの生えた貴族どもが好んで身に纏いそうな名誉などにおまえが逐一価値を見出しているとは知らなかった。やれあの家は夜の営みが途絶えて久しいだとか、やれ夫人は若い愛人のもとに通っているのだとか、そんなくだらぬことしか話題がない低脳どもに、おれに真面目に付き合えと言うのか!」

 

聞き分けのない主人を相手に、キルヒアイスはやれやれと肩を竦めてふと彼がここまで意固地になる理由に思い至った。ああ、そうか。そういえばそうだ。なんというか、さすがに踏み込んではいけないだろうと自制して考えなかった領域がある。

 

「……ラインハルト様。性行為が恐ろしいのですか?」

「はぁ!?」

 

立ち上がった。立ち上がってその整いすぎた顔立ちを朱に染めている。ようやくことの真髄を突いたようである。なるほどこの方は、こういう方面においては10歳の頃より何も成長されていないようだ。

 

「それとも女性に興味がない性質なのでしょうか。だとしたら無理に押し付けるのも酷ですね……私も配慮のないことを申しました」

「なっ、なっ、なっ……!」

 

言葉もなく激怒して、ラインハルトはクッションを豪速球で投擲してきた。ぽふん、とそれをキャッチしながらキルヒアイスはくさい小芝居を続ける。

 

「いざベッドに入って事を成そう、というときにあなたのそれが奮い立っていなかったら、それはそれで深く陛下を傷つけ奉ることになりましょう。むしろ初夜をすっぽかす方がマシかもしれません。あなたも彼女も恥をかくことになる」

「キルヒアイス!!」

 

激怒したラインハルトが顔を真っ赤にしたまま地団駄を踏んで、わーわーと喚き立てる。その姿も、不敬ながらかわいいなと思うキルヒアイスであった。

 

「ば、馬鹿にするな! おれだって女に興奮することくらいできるわ! あの娘相手であろうとも抱くくらい造作もないわ! なんというかそう、唇を重ね合わせて、適当に胸部とか触って、下の方になんかするのだろう!」

 

……。ぼかしているわけではなく、これがこの方の性知識のすべてなのだろうか。深刻な懸念に襲われて、キルヒアイスはかわいらしい主人を堪能する気持ちをとりあえず脇に置くことにした。

 

「……下の方になんか、とは」

「なんか、こう……入れるのだ。穴が、あって」

 

ますます煮えたようにその顔を赤くして、ラインハルトはそこで言葉を止めてしまった。羞恥心が限界なのか、彼はキルヒアイスを指差してきゃんきゃんと怒鳴ってきた。

 

「というかなんだ、おれを試すようなことを言って! おまえだってなんの経験もないくせに、偉そうに!」

「えっ」

「えっ?」

 

目を丸くしたキルヒアイスに、ラインハルトは驚愕し、それから心底傷ついた表情を晒した。キルヒアイスは自分と同様の経験しかしてきていないのだと、この瞬間まで無邪気に信じてきた人の顔をしていた。

 

「えっ……なんだ、おまえ。まさか、何かしらの経験でもあるとか、言うのではなかろうな」

 

否定してくれ、とその顔に書いてあるのでその希望を裏切るのは非常に心が痛んだ。だがあるにはあるので嘘はつけない。

 

「……あります。女性と褥を共にした、という意味であれば」

 

キィーッと、文字にすればそのような音を立ててラインハルトはキルヒアイスに襲いかかった。がたがたと肩を掴んで身体を揺らしてくるラインハルトは、いつの間に、とか、なんで言わなかった、とか、そんなようなことを問い詰めてきているようだった。

 

「やめっ、おやめくださいラインハルト様、2、3度、夜のお供に誘われたというだけでっ」

「くっ……おまえ、姉上というものがありながら!!」

「なぜここにアンネローゼ様が出てくるのです!??」

 

同じ建物の中で、彼の姉君は既に就寝している。その名が出てきたことでキルヒアイスも動揺し、しばらく彼らは収拾のつかない掴み合いを繰り広げることになった。

 

「……。うむ。あの娘、エリザベートと夜を共にしろというおまえを主張を入れるわけにはいかんが、おまえは経験済みでおれは未経験だという事実には我慢がならん。どこぞ適当な女でもいないものか」

「あなたは本当に、女性に対して失礼千万な言い方しかできませんね……しかしまぁ、新婦は結婚式の夜まで純潔を守ることがステータスとなっていますが新郎は別、慣れていた方が格好がつく……というのもまた事実ではあります。陛下には申し開きのしようもありませんが、ここは結婚前の予行演習だと思って見逃してもらうことにしましょう」

 

というわけで取っ組み合いに飽きた彼らは娼館に繰り出すことになったのであった。

 

明朝、キルヒアイスはマナーを守って女性の肢体の柔らかさを楽しみつつ、一夜の戯れを嗜みローエングラム侯爵邸に帰宅した。そこで彼は灰のようになったラインハルトがもう二度と女と遊んだりしないと呟きながらソファーに埋もれている現場に遭遇することになるのだが、それはまた別の話である。


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