キルヒアイス推しの女オタクが作中に転生したので推しの幸せを守るために奔走したいと思います 作:響谷
続きを書くテンションを高めるためにロイエンタール過去編を掲載します
いつも通り捏造しかしてないです
※※※未成年児童への性的虐待描写を含みます※※※
「ふていなやから」、「けがらわしいうらぎり」、「つみのあかし」、これらの音の意味を理解するのには多少時間がかかった。おそらく6歳くらいにはこれらを品詞分解できるようになっていて、父が自分に語る物語のあらすじを心象風景に思い描くことができるようになっていた。その歳で知っていていい単語ではなかったな、とわかるのも遠い未来でのことだ。生まれてくるべきではなかった、は簡単な言葉だったので物語よりもずっと先に男の子の胸に届いた。お父さまはぼくのことが嫌いなんだ、と自衛のために認識したのはもっと早い。一番古い記憶の中では既に父を恐れて逃げ回っていたので、たぶん物を掴んだり、立ち上がったり、そんな段階から自分に向けられる嫌悪と憎しみを感じ取っていたのだ。
「目に悪うごさいますよ、坊っちゃま」
有り余る金が湯水のように流れ出していくのを止める気力すらないのか、勝手に上がり込んだ家庭教師たちは取っ替え引っ替え自分を取り合って教養とやらを教え込んでいった。家庭の機能不全には目を瞑って、彼らは貴族の子弟の良き教育係を演じている。きれいに整えられた髪をいじって右眼を隠す少年を、そうして教師たちは何度となく注意した。
自分がどんなに優秀な成績を叩き出しても、教師たちは執事にそれを報告して帰る。父がもはや使い物にならないことを知っているからだ。執事も、父には求められるまま酒を提供するだけで何も報告したりしない。彼らは父を見放しているのだ、と幼い少年は思った。所詮金のつながりだ。愛する義務のない人たちだ。たったふたりの家族なのだ、自分が父を愛さなければ、父が自分を愛してくれなければ、ぼくたちはこの世界にひとりであることを受け入れることになってしまう。そう、焦りに駆られること自体自分が弱かったことの証左なのだが、6歳の少年はある日テストの点数を彼に見せに行ったのだ。
「お父さま、ぼく、とてもよくできたって言われました」
その匂いが、酒のものだと既に知っていた。咽せ返るように重苦しくて、少年は咳き込むのをどうにか我慢して父に近寄り、病人にそうするかのようにそっとその顔を覗き込む。ソファーに深く体重を預けたその男の顔は、土気色と表現するのが相応しい。唇は濡れ、目元も潤んで、彼はほとんど空になったボトルを右手に持っていた。
「お父さま、ぼく……」
「そうか。そいつはよかったな」
唐突にその声帯を震わせた声に、感情は感じられなかった。身体の芯が怖がっているけれど、父が意味の通じる言葉を話してくれた。そう思ったオスカーは必死に笑ってテスト用紙を差し出した。
「うん。あのね、お父さま、ぼくはもう幼年学校の卒業試験の問題も解けるって、先生が、」
「はは」
それが普通の笑いでないことは、きちんとわかった。嘲るような響きを隠しもしないで、彼は数回声を上げて笑った。
「そうか。おまえは優秀なのか」
突如その男はオスカーの手の中にある数枚の紙面を引ったくって、高笑いをしながら立ち上がった。驚いてその場に尻もちをついてしまった少年が父を見上げると、彼は不眠のせいでひどく血走った目をしていた。
「そうか。まったく、誰の血なのだろうな!!」
そう絶叫して、彼はテスト用紙を引きちぎった。何度も、何度も、ぐちゃぐちゃになったそれを持ち直して可能な限り細かく裂いていく。恐怖で声も出なくて、オスカーは尻もちをついたまま後ずさった。
「は、はは、そうか、ロイエンタール家は、安泰だな、」
そのあとの言葉は聞き取れなかった。ぶつぶつと呟く父が別人のように力強い右手で酒瓶を拾い、それをぐひっと呷る。自分がなんと感じたのかは、そのときはわからなかった。ただ泣き声の上げ方も忘れて、その光景を見上げながら少年は涙を滴らせていた。
幼年学校に入らなかったのは、軍人になることを望まれなかったからだ。実業家の跡取りとして、伯爵家の血を引くものとして、社交界に出ることを両方の家から望まれた。10歳では自身の進路を自身で決められるわけがない。早く家を出てどこかに消えてしまいたいと思っていたはずだが、どこに行けばいいのかはわからなかった。父は自分の存在そのものを受け入れないのだ、と理解してからというものオスカー少年は本の虫になった。髪をいじり、右眼を隠し、もう使われることのなくなった書斎に入り浸って、知識で自分の中身を埋めようとした。幸い勉学は嫌いではない質だったようで、そうしている間は楽しいとか答えが気になるとか、前向きな情動を抱ける。家庭教師たちはみな母方の伯爵家から遣わされてくる人材なので総じてレベルは高く、スポンジのようにすべてを吸収し高度な思考回路を備え始めた少年のために次々と課題のステージを上げていった。自分は優秀なんだ、という自認だけが自身の存在を許している。誰かぼくを愛して、なんて、望んでいる自覚も持てなかった。自分に対して自分の価値を証明するので精一杯で、高みを目指し一段昇るたび自身に向かって安堵の息を吐く。もう、誰に愛される必要もない怪物が出来上がりつつあった。
12歳の夏、なんだかんだあってようやく本人の希望が通り進路の話が決着する。嫁に入った女の不義理をネタに金を強請られている伯爵家と、これ以上児童への虐待を重ねたくないロイエンタール家が、双方理想と現実のギャップを受け入れ妥協を呑んだからだ。士官学校に上がる前に社交界デビューを済ませておこうと母方の親戚が家に迎えにきた。おまえは私の甥だからな、と伯爵号を持つその男は自身のアクセサリーとして少年を同伴者に選んだのだ。いつものように前髪を崩して右眼を隠していると、何だその乱れた髪は、と不機嫌そうに言われて元通りに整えられた。その癖をやめなさい、と車の中で厳しく言い含められてオスカーは口ごたえするのも面倒になりはい、と頷いた。
酒の匂いには嫌悪感があった。これは父の匂いだからだ。これに溺れると、人はああなる。成長途上の少年に渡されたそのグラスは、ひと口だけ減らされてあとは飾りになった。変な味。酸っぱいし、苦いし、美味しいとは思わない。大人はみんなこれを好んで飲んでいるのか、と不思議な気持ちになって半透明の白いそれをしげしげと観察した。伯父の挨拶に付き合わされた後、特にやることもなく壁際の花になる。人の集まる場所は好きじゃない。無遠慮な好奇の視線がいく筋も自分に寄せられているのを感じながら、前髪をいじる。それでもその視線の中に、まさか情欲や情愛が潜んでいると感じ取ることができなかったのは、彼がまだ純粋培養の優等生だったからだ。
「あら、これは失礼!」
前を横切った見知らぬ夫人の、絹のストールが引っかかってワイングラスの中身が跳ねた。夫人、とひと目でわかったのは明らかに夫である中年の男が彼女をエスコートしていたからだ。側にいた給仕係が飛んできて、ナプキンを差し出してくる。
「どうぞお気になさらず」
誰にともなくそう言って、ジャケットの袖口に白いそれを当てる。ため息も出そうだったが、ナプキンを持つ手を夫人に取られて少年はそれを呑み込んでしまった。
「いいえ、申し訳ないことをしてしまったわ……替えのシャツを用意させますから、控えの間をひとつ空けて下さる?」
30歳前後のように見える。いや、本当はもっと歳上だったかもしれない。オスカーの手を取ったまま給仕を振り返るその横顔を見て、少年は体温が低くなるのを感じた。乳母やメイド以外の、女、に触れられるのはこれが初めてのことだった。
「結構です、夫人」
「いけないわ、風邪を引いてしまう」
その背後で突っ立っている、夫人の夫らしき男が底冷えのする目でこちらを睨んでいる。それがどういう意味の視線なのか、このときは判断がつかなかった。
控えの間に連れ込まれてからのことは、ほとんど覚えていない。気持ち悪くて、生ぬるくて、何度も吐きそうになってその度に口を塞がれたことは覚えている。その女は少年の未熟な男根を摘んで刺激しながらドレスを脱いで、無邪気なほど楽しげに笑っていた。かわいい、かわいい、と頰を撫でながら何度もペニスの先をほじくってくる。何が起きているのかわからなかった。自らの尊厳、というものの存在すらも確信できていない年頃だった。きれいな目、こっちを見て、と髪を掻き上げられて目尻に唇を押し付けられては胃から逆流してくるものを感じて嗚咽した。何も食べていないから、吐けるものがないのだ。咳き込む少年を大丈夫よ、とソファーに寝かせて女はその乳房を月夜に露わにした。未知への恐怖と嫌悪が溢れて止まないのに、その悍ましいものから視線を離せない。
「男の子は正直ね」
そう揶揄うように笑って女は少年の手を自身の胸へと導いた。蛞蝓の這い回る壺に手を突っ込む責め苦のようだった。初めて見る女の陰部を勃ち上がったものに押し付けられて、この夜のオスカーはまさに頭のてっぺんから足の先まで穢らわしい蟲に犯され抜いた。
この日まで、女というものを概念でしか知らなかった。憎めるほど、相手を知らなかったのだ。この日、少年は完璧に女という生き物を理解した。父を裏切って壊したのは、こういう生物だったのか。あれは人間ではない。人のかたちを真似た蛞蝓だ。ぬめぬめした下等生物だから、平気で男を裏切るし、見目の良さで相手を選ぶし、快楽に溺れて無邪気に笑っていられる。そうやって相手を分類すれば、あの夜の拷問は虫に刺された程度のことだと認識できた。このときから急激に父と母と、彼らの関係への理解が深まって父に同情し母を憎むようになった。語り聞かされた物語に血が通って温度が生まれた。裏切りとは、こういうことを言うのだ。不貞な輩とは、このような女を指すのだ。おれの母も、さぞ穢らわしい生き物だったに違いない。父がおれの存在を認めないのは、その女が犯した罪を考えれば当然のことだったのだ。
「かわいいオスカー。私のこと好き?」
2回目、3回目と行為を重ねていくうちに性交の意味とやり方を学習した。オスカーを別邸に招いて何度も肌を重ねるその女は、同じように何人かの少年を囲っているらしかった。
「そうだね」
士官学校に入ったら、その顔も名前も忘れるだろう。そう考えながらも少年は、自宅の前にその車が止まるたびに誘いに乗った。女の隣で、ベッドに横になっている間だけは、少年の存在は誰にも否定されないからだ。この下等生物はおれに相手にしてもらえると喜ぶ。それが何の意味も結果ももたらさないことだとわかっていても、その中毒性はすさまじいものだった。なんでこんな穢らわしいものに触れていたいと思うのか。それはやはり、自分の中にも穢れた血が流れているからだろう。
15歳の夏、特殊性愛の範囲からは外れたのかその女とは別れた。交際しているとは言い難い関係であったし、士官候補生と遊び続けるほど節度は外していないようだった。そうして他者に求められる感覚に飢えた少年は、自宅のメイドに手を出した。自分を見る目に熱が浮かんでいたメイドだ。喜ぶことはわかっていた。口説くなんて面倒なこともせず、押し倒して雑に抱いたがそのメイドはオスカー様、と甘く鳴いて背中に手を回してきた。所詮、こんな生き物だ。嬉しいか、そんなに気持ちいいか、と独りよがりに腰を打ちつけるだけで相手は泣いて悦んだ。蔑んでいるのに、彼女らが自分を求める声や視線には抗い難い誘惑がある。空腹でたまらないのに、飴玉でそれを誤魔化しているような感覚だった。学校に上がるまでの短い時間、その女で底の抜けた自尊心を湿らせて、入学と同時に捨てた。寄越される手紙はすべて無視したし、一度も開けることなくシュレッダーにかけた。冬の長期休暇に入っても自分が帰らないことに絶望して、そのメイドは辞めたと執事に聞いた。あからさまに安堵して、オスカーはやはり次の蛞蝓に手を出した。士官学校の近くに勤める飲み屋の店員だった。そうして毎週末女の隣で寝明かして、空虚な中身に油を塗っていった。
「きれいな目」
どいつもこいつもそんなことを言う。知性の劣る生命体だから、それがどんな質のものかは関係ないのだろう。入学以降、前髪で目を隠すことはしなくなった。誘蛾灯のように、これに釣られて今夜も虫が寄ってくる。おれが視線をやれば悲鳴を上げて、手を差し出せば腰も砕ける連中だ。そうして足もとに集る虫けらを見下ろして、暗く艶めく美貌を湛え始めた少年は冷酷に笑う。その笑みには、確かに愛おしさが滲んでいるのだ。憐れみの方が遥かに、濃い笑みだとしても。クラスメイトが言うには、おれは狡いそうだ。そんなに羨ましいなら1匹2匹、好きに取っていけばいい。目を隠さなくても平気になったのは、比較対象を手に入れて自分の優位性を確信したからだ。同級生はもちろん、上級生の誰よりも、少年は優秀だった。呪われた目を持っていても、軍人としての価値はおれの方が上だ。そうやって自分を守って、周囲の男に対しては余裕ある態度を保つことができた。
士官学校の三年時、父は入院先の病院で亡くなった。信じるに値しない女を愛してしまった、哀れな人。もう誰も自分を満たすことはできないんだと、その報せを読んだロイエンタールはどこかで漠然と納得した。この空腹を解消してくれる食事を出せるのは、宇宙が終わるまでただひとり、少年の父だけだった。