キルヒアイス推しの女オタクが作中に転生したので推しの幸せを守るために奔走したいと思います   作:響谷

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おじいさまが亡くなったと最初の報が入ったとき、お父さまはわたしの前に跪いたかと思うとこの手に口づけをして「皇帝万歳」と言った。その願望が現実にならなかったときのことなど考えもしないし、それ以外の在り方を娘に用意する気も許す気もないのは記憶の中の原作と同じだった。この人の中にはすべてを手に入れる道筋しか存在しない。転落するなら、彼の想像も及ばないほどの虚無が待っている。葬儀の日の夜、皇宮内を移動する馬車の中でわたしはお父さまの隣に座った。

「お父さま。わたしに皇帝になってほしい?」

肩も触れ合うほどの近くに寄り添ってぽつりとそう呟く。彼は鷹揚に頷いてもちろんだ、と言った。

「おまえはなりたくないのか? エリザベート」

わたしが駄々をこねても丸め込んでしまうだけだろうけれど、彼は心配そうにそう訊いてきてくれた。いいえ、と首を振ってエリザベートは父の顔を覗き込んだ。

「わたし、皇帝になりたいわ、お父さま。絶対に皇帝になりたいの」

新しいおもちゃを強請るように無邪気な笑顔でそう断言する娘に、父は少し目を見開いて、それから満足そうに頷いていた。

「さすがは私の娘だ。いや、先帝陛下の孫娘、と言うべきかな。生まれる前からその手に持った当然の権利を、ティーセットのように弄ぶ姿こそおまえには相応しい」

喪服姿のまま月夜のダンスに招かれたかのように笑う娘の言葉を、今なら彼はなんだって聞くだろう。

「だからね、絶対に勝ちたいの。エルウィンにも、サビーネにも負けたくないわ。そのためにはどうすればいいか、お父さまにはお分かり?」

首を傾げて、なんの心算もないような素振りで無垢に尋ねてみる。彼はううむ、と唸ってその手を顎にあてた。

「今のところ、三者ともに決定打に欠けるのは事実だ。リヒテンラーデには武力がない。わしとリッテンハイムの武力は拮抗しているが決裁権がない。どれだけ味方を増やせるかにかかっているだろうな」

彼の言っていることは正しい。生理的な次元で意識から除外してしまっている勢力があること以外は。

「ねぇお父さま。リヒテンラーデ侯にはなぜ武力がないの?」

「うむ? それはな、エリザベート。奴が国務尚書であるからだ。国璽を皇帝陛下からお預かりし決裁権を保持する身ではあるが、実効的には宇宙艦隊司令長官が帝国軍を統べる軍事の長なのだ。今ではあの金髪の孺子が副司令長官として宇宙艦隊の半数を指揮しておるがな」

自ら口にした最後の一文に著しく機嫌を損ねたらしく、父は顔を顰めた。そんな父を心配するように、エリザベートはその手を握る。

「お父さま。なら、そのローエングラム伯を手駒にしてしまいましょうよ。今はまだ旗色を明らかにしていないけれど、あの方だっていずれどこかの陣営につくわ」

悪戯っぽく首を傾げる娘の提案に慄いて愕然とその身を退け反らせる父は、娘に掴まえられた手のおかげで辛うじて背後に転がらずその体勢を維持することができた。

「宇宙艦隊の副司令長官がわたしたち以外の陣営についたら、勝つのはとても難しくなるんじゃないかしら……お父さま?」

「あ、あのような孺子……だが、確かに敵にまわせば厄介かも知れん」

「わたし、絶対に皇帝になりたい……必ず勝つって、お父さまは約束してくれる?」

ショーウィンドウの向こうに欲しいものを見つけたのに、他の人がそれを横取りしていってしまったかのように目を潤ませる。随分と久しぶりの娘からのおねだりに、父は安心させるようにああ、と深く頷いた。

「無論約束するとも。おまえに玉座を与えるためならなんだってしよう」

「なら、お父さま。次期皇帝の夫の座を、おまえにくれてやるとローエングラム伯に仰って。それで彼を味方にできるわ」

ぎょっとして、今度こそブラウンシュバイク公はその身を退け反らせた。正気を疑うように娘の顔を見て、それからひどく心配そうに肩を揺すってくる。

「そのような、エリザベート、おまえは畏れ多くも銀河皇帝の血を引く身、あのような下賤の者を身内に迎え入れるなど、」

「お父さま、聞いて」

両手でその頰を包み返して、エリザベートは父の目を直視した。子どもに言い聞かせるように優しく、ただし強い意志をこめて言葉を紡いでいく。

「これは計略なのよ。約束を破ったってかまわないじゃない、彼はしょせん下級貴族の出なんだもの。わたしとつり合うわけないわ。だからこそローエングラム伯はお父さまの提案を千載一遇の好機と捉えて食らいつく。わかるわよね?」

迫真の表情で説得してくる娘に、彼は少々面食らって無防備に相槌を打っていた。

「勝てばわたしは皇帝。なんでも好きにしていいのでしょう? だから、ね、お父さま、お誕生日プレゼントは帝冠がいいわ」

彼の頰から手を離して、夢見るように目を閉じる。父は数秒沈黙していたが、やがてひどく愉快そうに大きな笑い声を上げた。

「ふ、ははははは!! エリザベート、おまえはゴールデンバウム王朝開闢以来稀に見る賢帝として名を残すぞ!」

娘の目の異様な輝きを、その身に取り込んでミラーボールのように反射し始めた。そういう性質だけは生まれてこのかた一時も止むことなく鍛え続けているのがこの銀河帝国の公爵というものであった。

「よしわかった、あの金髪の孺子にも声をかけてやる。のこのこと黄金の大魚に釣られてやってきたところを最大限に利用してやればよいのだ、リッテンハイムもこればかりは考えつかぬだろうよ!」

さっそくその思い付き(娘のものであったが彼の中では既に自分のものとなっている)を命じようとそわそわ大きな身体を揺らせる父を見上げて、エリザベートは極限まで押し殺したため息をひとつ漏らしていた。

 

 

 

「皇帝は後継者を定めぬまま死にました」

ローエングラム元帥府。オーベルシュタインの言葉遣いにざわついた諸提督たちであったが、それはこの瞬間から誰に忠誠を誓うか明らかにせねばならない、という総参謀長からの言外のメッセージなのだと瞬時に誰もが気がついた。

「ブラウンシュバイク、リッテンハイム両家が結べば厄介な敵となる。オーベルシュタイン、ブラウンシュバイクを我々の側に取り込む工作はどうなっている」

「は。陸戦部隊の長を押さえましたので、ここオーディンにおける武力抵抗の危険はほとんど排除できたと考えてよいでしょう。あの娘さえ父親を説得できれば、向こうから閣下に頭を下げにきます」

元帥と参謀長のやり取りを見て、諸提督はいっせいに眉を顰める。どうやらこの方はブラウンシュバイク公と手を組むことを前提としているようだが、双方はもっとも遠い場所に位置しているのではなかったか。

「失礼ながら閣下は、三者のうちブラウンシュバイク公と手を組むおつもりなのですか」

驚きを全身で表現しながらビッテンフェルトが思ったことをそのまま口に出す。そう尋ねられることはわかっていたのか、ラインハルトはどこか穏やかに薄く微笑んだ。列の一番前にいる赤毛の幼なじみは、なにやら訳知り顔でラインハルトのやりようを傍観している。

「不満か? 卿らは」

ぐむ、と口を噤んでなんと答えるべきか考えているビッテンフェルトを横目に見て、それぞれが自慢の頭脳を猛回転させ現在の状況を把握しようと努めている。好悪を聞かれたらそりゃあ大嫌いだ。門閥貴族なんか。その頂点にいる、あの人のかたちをした家畜とは同じ空気も吸いたくない。だが、と彼らの列の中でロイエンタールが一歩だけ早く結論らしきものに辿り着いた。

「閣下は皇統を継ぐべき正当な身分をお持ちではありませんからな。おそらくその辺りでしょう、"娘"をもつ両家のうちから同盟先をお選びになったのは」

少々皮肉げな声音にミッターマイヤーがはっと顔を上げ、他の提督も息を呑んだ。つまり、ということは。

「そう。皇帝の孫娘の夫となれば、完璧な舞台が整う。諸将らにも、ご理解いただけたようですな」

オーベルシュタインの淡々とした声音は、無慈悲に振り下ろされる刃に似ている。ここからはただの戦争ではない。政争だ。そう覚悟を決めて各々視線を鋭くする中、誰もが呑み下しきれない毛玉のようなものが喉に詰まっているの感じていた。

はたしてローエングラム伯の伴侶たる地位を、門閥貴族の小娘如きが占めても許されるのだろうか、と──。

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