キルヒアイス推しの女オタクが作中に転生したので推しの幸せを守るために奔走したいと思います   作:響谷

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「リヒテンラーデ侯に大義を与えてはならない。よって我らは速やかにリヒテンラーデ侯を拘束し、国璽を奪わねばならん」

ラインハルトの言葉にその場の全員が頷いて了承を示す。内々にブラウンシュバイク公からの協力要請があったのが昨日のことだ。その動きは異様に早く、本日で先帝の葬儀から3日目を数えるところだった。

「三長官も拘束する手筈だったが、宇宙艦隊司令長官のミュッケンベルガー元帥はすでに退役を願い出ている。彼を除き、国務省、軍務省、統帥本部、各目標の邸宅を同時に押さえる。オーベルシュタイン、作戦説明を」

「は」

前に出たオーベルシュタインは各将の配置発表と併せ、連絡手段の確保とその維持方法について説明した。総参謀長の以上です、という台詞まで聞き届けたロイエンタールがラインハルトと、オーベルシュタインの中間辺りの空間に向かって少々意地の悪い笑みを浮かべる。

「大義、という話をするのなら我々は如何なる大義をもって今回の行動に出ることになるのですかな? 小官個人の感性で言うのなら簒奪、大いに結構ではありますが」

傲岸な門閥貴族に対する軽蔑や、ひとかたならぬ自信と野心が覗く妖しげな笑みには、同性であろうと魅入ってしまう魔力がある。その魅了に抗し得るのは、やはり己がうちに命を燃やすほどの輝きを宿す英雄たちだけなのだろう。美の概念を現世に写したギリシャ彫刻そのものの、寒気がするような美貌を澄まして、ラインハルトは沈黙に徹するオーベルシュタインの台詞を引き継いだ。

「リヒテンラーデ侯は幼帝を擁立し国政を思うがままにするために、先帝を病死に見せかけ暗殺したのだ。彼を排除するのは帝臣として当然の義務であり、それを全うすることこそが帝室の恩顧に報いる唯一の道である」

その迷いなく冷たい声音に一同は愕然として、その足を半歩退がらせる者も少なくなかった。皮肉げな笑みを深めたロイエンタールは一瞬オーベルシュタインに視線を走らせて、それから主君に向かいなるほど、と口にした。

「ブラウンシュバイクとの同盟は秘密裏に結んだものである。他言は無用だ。我々がどこに与して誰を擁立しようとしているのか、明かさぬままでいる方が敵の動きも鈍る」

オーベルシュタインからの注意を意識に留めて、解散した諸将はいっせいに動き出した。自らの指揮する陸戦部隊を招集しそこに向かおうと地上車に乗り込んだロイエンタールは、目的地の方角が同じミッターマイヤーの同乗を二つ返事で許可した。

「なんと恐ろしいお方か。敵に回したくないとはこういうことを言うのだろうな」

畏怖に少々強張っている友の横顔を見下ろしてロイエンタールは一瞬柔らかく微笑み、それからすぐにそれはどうかな、と腕を組んだ。

「と言うと?」

「この状況を作り出した主体は誰か。考察の余地があるとは思わんか?」

夜の闇の中を疾走しながらときおり街灯に照らされるその横顔にハッと警戒心を浮かべて、ミッターマイヤーがロイエンタールを振り返る。

「……オーベルシュタインか」

「少なくともキルヒアイスからは出てこん策謀だろうよ。閣下はキルヒアイスがいるのにオーベルシュタインを参謀として抱えられた。実際キルヒアイスには冷徹さが不足していると感じておられたのやもしれんな。卿の評する通り、やつは恐ろしいまでに見事な陰謀家だ」

苦虫を噛み潰したような表情をして、ミッターマイヤーは顔を逸らす。やつから出てきた作戦かと思うと途端に唾棄すべきもののように思えるのはロイエンタールも同感だった。

「臣下の功績は主君に帰するものと言ってしまえばそれまでだが……はてさてどちらが主であるのか」

「……っ、卿は閣下がオーベルシュタインの傀儡に成り下がっていると言いたいのか!?」

声量を抑えながら、ミッターマイヤーは頭に血が昇るまま叫んだ。意識的に口端を緩め穏やかな表情を浮かべて、ロイエンタールは肩を竦めつつ親友を宥めた。

「警戒するに如くはないが、これまでのところ閣下はオーベルシュタインを利用できている。あの方の、いや、おれたちの目指す道をやつに舗装させているのだ」

卿がそういうなら、そうなのだろう、とミッターマイヤーはとりあえずの冷静さを取り戻して深く席に座り直した。

「どちらが主であるかというのは、それほど明快な答えがある問いではないかもしれんしな。みなが自らの思惑を抱えて誰かを利用しようとしている、それは当然のことだ」

ロイエンタールの達観した台詞に、うむ……と唸ってミッターマイヤーは腕を組んだ。彼の中にはなんの歪みもなく誰かに忠誠を尽くす、という選択肢が自然と存在するのだ。オーベルシュタインやロイエンタールを理解できない、真っ直ぐで気持ちのいい男だからこそ、複雑で残酷な世界を健全なままで生きていけるのだろう。

「しかしそう言うなら後顧の憂いはブラウンシュバイクだ。卿の言いように倣うならどちらが主であるか、次の展開に至るまでに見極めねばならん」

ミッターマイヤーの思慮深い一面に、ロイエンタールは首肯して同意を示す。歪みを理解しないくせに見逃してはならぬものを絶対に見逃さない、そういうセンスにも天賦のものがあるのがミッターマイヤーという男である。

「その通りだ。まさかブラウンシュバイクに我々の陣営と結ぶ判断をするだけの冷静さと戦略眼があったとは。いずれ家臣のうち誰かの進言だろうが、それを容れる器を残していたとは案外馬鹿にならんかもしれん」

そう言葉にしつつ確か娘が説得する、などと聞いた気がするな、と思い出していたロイエンタールであったが、女が政略の舞台に躍り出てくるなどあり得ないと生理的な次元で答えを排除したために、彼がその存在を意識に収めるにはしばらくの時間を要することとなった。

 

 

 

「わたしが、いえ、わたくしがローエングラム伯に全面的に協力するのに、ひとつ条件を出させていただきたいの」

姿を忍ぶための黒いフードでさえマリーはシルクの裏地がついた上等なものを用意してしまう。嫁入り前の娘が男の家を訪ねるのは差し障りがあるとしてオーベルシュタインが気を遣った結果、密会場所はアンネローゼ様に与えられた別荘のうちのひとつと指定された。

「何かな」

互いにどう動くか、それを知らせてこれからのことを打ち合わせるにはどうしてもトップ同士が対面しておく必要があった。我々は今のところ、そしてこれからも、そこまで強固な信頼関係というものを築くことはできないだろうから。

「サビーネとエルウィンを、それぞれ無傷のまま同盟に亡命させてほしいの。わたくしからの条件は、これだけよ」

エリザベートの口から出た言葉に、ラインハルトは軽蔑を隠しもせずその目を眇めた。馬鹿馬鹿しくて答える気にもならない主君を補って、背後に控える二つの影のうちオーベルシュタインが口を挟んだ。

「皇帝に逆らった叛逆者として捕われる前に、謀殺を装ってその身を保護することは叶いましょう。フロイラインのお望み通り事を処することは我々がお約束します」

オーベルシュタインだけが言うのであれば信用ならないところだが、 もう一つの影であるキルヒアイスがわたしに向かって頷いてくるのでこの件は任せてもよいだろう。それぞれ5歳と14歳の子女にすべての責任を負わせて処刑するなど、優しい彼が許すはずがない。

「任せましたよ。逃れた先でもきちんとした教育を受けられるように、計らってやって」

「努力しましょう」

地下室には静かに揺れる蝋燭しか光源がない。いや、ラインハルトの金髪も光源のようなものか。剥製品の展示室として利用されているここは、いかにも不気味で密会に適した空間だった。

「では、フロイライン。私からの要求もお聞きくださるかな」

冷たい微笑みを浮かべて試すように顎を上げる相手に、気圧されている内面を必死に押し隠しつつ頷いて見せる。

「どうぞ」

「国璽は我々が押さえる。以後もブラウンシュバイク家に渡す気はない。あなたを皇帝位につける印璽は確約しよう。だがそれ以後、国内におけるすべての物事に対する決裁権は私が保持する。よろしいかな」

流れるように最高権力を要求、いや、恫喝してくるラインハルトだがこれでもかなりの譲歩をしているのだ。いったんは門閥貴族の小娘に帝位を譲ってやろうと言っているのだから。

「承知します。ですがそれを要求するということは、わたくしの夫になることを承諾するお返事と取ってよろしいの?」

「構わない。ブラウンシュバイクについた他の貴族らとの間に線引きが必要なのはおれも認めるところだ。王配にでもならなければ宰相の座につくことは許されんだろう」

火花が散りそうなほど鋭い視線が交わされる中で、エリザベートとラインハルトの婚姻は内定した。逆にロマンチックと言えなくもないと思う。互いを利用することに徹した婚姻関係とは、ある種の信頼があって初めて成立するものなのだから。

 

 

 

「よろしいのですか? ラインハルト様……」

彼女の前で訊いては失礼すぎる。故にキルヒアイスがそう主人に問うのは帰りの地上車の中でだった。

「何がだ?」

「ご結婚のことです。あなた様はフロイラインを、愛しておられないのでしょう」

痛ましいような、心配するような、おもしろいくらいに人らしい顔をしたキルヒアイスがラインハルトを見つめている。彼の主人はしばしきょとんとした表情を晒したが、すぐに呵々として親友の問いを笑い飛ばした。

「おまえはロマンチストだな、キルヒアイス。おれは結婚に夢見る10代の少女ではないのだぞ」

「ですが……」

「配偶者の座くらい、いつでもくれてやる。おれにとっては何の価値もないものだからな。わかっているだろう?」

ラインハルトがいくら軽快に笑っても、 キルヒアイスは自らの沈んだ表情を消せなかった。この方には幸せになってもらいたい。そうして願う幸せというものの中に、誰か素敵な方と想いを確かめ合って、いずれ家庭的な暖かさをアンネローゼ様以外にも覚えるようになってもらいたい、という要素が含まれていたのだと、キルヒアイスはことここに至ってようやく自覚していた。

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