続くかは神のぞ知る
深夜の中央海に巨大なクジラが浮き上がる。
否、巨大な潜水艦だ、
アルキリア連邦潜水軍所属アルキメリア級潜水艦 「ユヴェントス」
全長175メートルの巨体に似合わない機動性と核をも持ち得る凶悪な破壊力を持つ、原子力のクジラだ、
今しがた6ヶ月の任務を終え、母港であるサルーニャへ帰投するため一度浮上し、天候情報などを確認ため浮上したのだ。
見張り員が燻らす煙草の光のみが周囲を照らす深夜、ブリッジには艦長のアルヴァン大佐と副長のユーフォル中佐が周囲に目を配りつつ雑談していた。
「15分後に再び潜航し、その後は浮上無しで一路サルーニャへ向かいます。 到着は25日後」
「交代の艦は?」
「8分後に到着予定。 到着が遅れた場合は到着するまで本艦が待機」
再び沈黙が訪れる
かすかに流れてくる古いカントリーミュージックが乗員たちに望郷の念を抱かせる。
「この曲は、エーヴェの誓いか、」
「どこから流れてるんでしょうか、」
「東マーシャルのジルハルからのラジオかな、
1番近い」
皆が耳をすませ、どこかから流れてくる音楽を聴いていると、突如二体目のクジラが艦の真横に上がった。
「交代の潜水艦だな、」
「後は任せて我々は潜りましょうか」
「ユヴェントス」は2〜3分後に完全に姿を消した。
3時間後 ユヴェントス発令所
「本艦現在深度23メートル 潜望鏡深度です」
潜水艦乗りは通常5、6ヶ月もの間潜水し続け、世界が終わる日に備えている。
今日の世界情勢は既に核戦争の一歩手前、軍本部はデフコン3を発令しており、偶発的な衝突はすなわち核戦争を意味しているのだ。
「軍本部より特例通信、本艦にです」
通常、特例通信は単艦に発されない筈だ。
怪訝に思いながらもアルヴァンは通信を読み上げさせる。
「航路を方位235にとり、アルキリア海峡にて空中艦隊所属、輸送艦フィナーフィフより機密書類、ならびに補給物資を受領せよ。」
確かに、通常ではありえない命令だ。
しかし、この緊急事態下において軍本部の命令を無視するわけにもいかない。
ユヴェントスは進路を変え、アルキリア海峡へ向かうべく潜行した。
ユヴェントスの艦内は異様な雰囲気に包まれていた。
通常ならこんなことはあり得ないからだ。命令無視や反逆行為とみなされれば、即軍法会議にかけられ銃殺刑もありうる。
それほどまでに今回の任務は異質だった。
そんな中でもユヴェントスの乗組員達はいつも通り業務を遂行していた。
そして彼らは今、その職務を全うしようとしていた。
潜水艦ユヴェントス艦橋
艦長であるアルヴァン大佐は、副長のユーフォル中佐に言った。
「諸君らに集まってもらった理由は他でもない。
我々がこれから行う任務についてだ。
本作戦は極めて特殊かつ極秘であり、万全の準備をしなければならぬ。
そこで諸君の協力が必要だ」艦長の言葉に乗組員たちは一斉にうなずいた。
「まず、各部署の責任者を集めようと思う。
ユーフォル中佐頼む」
「はい。
本艦は現在深度22メートルで航行中。
これより潜航し、目的地に向かいます。
その際、浮上時に発見される可能性が考えられますので、それに対応する為、本艦の機関室には緊急時用の核シェルターを設置します」
「よろしい。続いて、戦闘時における指揮権についてだが…………」
「艦長、私に任せてください。」
ユーフォル中佐が言う。
「わかった。
貴官に一任する。
それでいいかね?中佐」
「はい、問題ありません。」
「よし、では次は、」
「艦長!ソナーが反応しました!」
「なんだと!?」
「これは…….潜水艦です。
本艦の真下にいます」
「馬鹿な!何故そんなところにいるんだ!」
「わかりません。
ただひとつ言えるのは、このままだと本艦との衝突は免れないということです」
「くそっ!すぐに回避行動をとるぞ」
「いえ、それは危険です。
ここは本艦が先に動き、向こうの動きを見てから対処すべきです。下手すりゃ核戦争ですよ!」
突如現れた正体不明の潜水艦は真っ直ぐ浮上してくる。避けようがない。
「あいつぶつける気かっ!」
刹那、正体不明の潜水艦は突如停止、そのまま「ユヴェントス」の艦底部に艦首を向ける。
聴音士が悲壮な声で叫ぶ
「ま、まずい、アンノンは魚雷発射口を開けました!」
潜水艦の戦いにおいて、魚雷発射口を開けるというのは突きつけた銃のトリガーに指をかけるのと等しい。
「くっ… 降伏勧告のつもりか…」
「いいや、これでいいんだよ」
「潜水UAV、発進!体当たりだ!」
アルキメリア級戦略攻撃型母艦潜水艦、その名が示す通り、この艦は母艦なのである。
搭載数は驚異のUAV3(予備1)
水陸両用装甲車×2
大型人員輸送ホバークラフト(潜水可)×3
ブロティカ ファンヘリコプター×1 分解1
艦側面の巨大なバルジにこれだけの数のドローンや兵員輸送艇が格納され、単艦でも作戦行動を行える多目的艦なのだ。
「しかし…」
「当てはしない 追い払うんだよ」
ほぼ同時に艦側面からUAV2機が飛び出した。
水中速度150ktの機械仕掛けのシャチが国籍不明船を追う。
国籍不明艦は必死で逃走するが、機動力のある艦でもUAVを振り切ることはできない。
「今のうちに攻撃位置につけ、魚雷1.2.3.4番発射用意」
「アンノウンのデータを確認、アールティ王国軍のSU型潜水艦です!」
アールティ王国軍 SU型潜水艦は、小型軽量の通常動力潜水艦、性能が圧倒的に負けているアルキメリア級と出会えば通常は一目散に逃げるだろう。
しかしこの艦はユヴェントスを殺す気だった。
「特例任務はなんだというのだ…」
「UAV自爆!敵潜に被害なし!」
現在の位置関係は、SU型潜水艦のバッフルズ(自艦のエンジン音で聴音不能な区域)にユヴェントスがぴったりとくっついている。
「ピンガー打て!」
ピンガー、それは潜水艦に装備されている音波機器で、広大な海域に音を発信することができる。
しかし、ピンガーの反射で敵艦を捉えることができる反面、潜水艦にとって最も隠すべき自艦の位置が露呈してしまう。
「し、しかしピンガーだと本艦の位置が相手にバレます。 本艦は現在奴さんのバッフルズに追走しているのですから、ここはソナーで計測後に魚雷を…」
しかしアルヴァン大佐は首を縦に振らない
「我々が奴を撃って撃沈すればアールティ王国と安全保障条約を締結している帝国が動く。
そうなりゃ戦争だ。
だから教えてやるんだよ。 本艦が奴のケツにひっついていることをな」
「りょ、了解。 ピンガー打ちます。」
イルカの鳴き声のようなピンガー音が周囲の海域に響き渡る。 これでユヴェントスを捕捉できずにいたSU型潜水艦もユヴェントスの位置に気付くだろう。
第1、気付いたとしても完全にキルゾーンについている狩人を振り切ることは不可能だが。
「奴さんは尻尾を巻いて逃げていきます。」
画面端、ソナーで追跡できる限界距離にSU型潜水艦を表すフリップが消滅する
「奴をロスト まあ追ってこないでしょう。
一応警戒のためにUAVと潜水装甲艇を出しておきますか?艦長」
「ああ、そうしてくれ、潜水装甲艇はローテを組んで警戒だ。貴重なUAVを2機も失ったのは痛い、予備機を出しておいてくれ」
なるべく音を出さないように静まり返っていた艦内に活気が訪れる。
左右バルジのハンガーでは、急ピッチでUAVの出撃準備を行っていた。
ずんぐりした装甲艇も誘導員の指示のもと発艦シャッターへ移動して射出される。
その様はまるで一つの街と称され流のも頷かれる。
しかし、装甲艇は深度1500を超えると使用不可能となってしまう。
そのため、限界運用深度ギリギリである深度1400mに留まることを余儀なくされている。
同日同時、ユヴェントス第1会議室
ここには艦の主要なメンバーが集まり、会議が行われていた。
「艦長、やはり艇を収容して本艦の潜れる最深部、深度2000mまで潜航すべきかと…」
航海長のテイラー大尉は体格に似合わず安全な航海をお望みのようだ
「たしかに本級の潜航深度は世界1だ、しかしながら、帝国軍の新型潜水艦 156型は本級並みの1900mまで潜航できるという情報がある。
いくら本艦の静粛性が高くても、万一発見されてバッフルズから魚雷を放たれたら対応のしようがない。」
帝国連合は我々を殺す気なのだ。あくまで中立国であるアルキリア連邦の軍艦を属国を使い攻撃する程には。
「次に、日程の説明です。 現在本艦は中央海北部、アルブエッタ水中山脈を航行中です。
哨戒中の各機からは敵発見の連絡はありません。トーラワトット級駆逐艦と思われる音紋は確認されましたが、おそらく母港へ戻っている最中で、追っ手ではありません。
現在位置から輸送艦フィナーフィフとのランデヴーポイントまで3000㎞ 1ヶ月はかかります。昨日の定時連絡により補給後の本艦の目的地はガブエ海ということが判明、 フィナーフィフの待機する開拓地 1からさらに4500㎞で、乗員の休養などが必要となります。」
いくらユヴェントスが潜水艦にしては居住設備に優れているとはいえ、6ヶ月間の警戒任務の後に7500㎞に渡る戦闘航海を行うのは無理がある。
軍本部もそれくらいはわかっているだろう。
翌日 05.00時 アルキリア海峡北端部
マルフェーヴ基地
もともと寂れた小基地だったマルフェーヴ基地に、最近になって大規模な部隊が駐屯している。
基地のサイズに見合わない空軍の空中艦隊だ。
世界各国に展開するアルキリア軍の一番の特徴、それは水上艦艇保有数が0ということだ。
大型潜水艦からなる水中艦隊以外、主力の艦艇は全て雲の海で戦う空中艦なのだ。
アルキリア北部、ウェザリオ山脈からしか出ない空に浮かぶクリスタル エルファ ドライヴを使用して空を飛ぶのだ。
その虎の子の空中艦隊が、何故か寂れた小基地に展開しているのだ。
不思議ではない筈がない。
到着して数日は好奇心にさらされ続けていたが、何も動きを起こさず、定期的に対潜哨戒機と戦闘機を中央海へ飛ばす以外の動きをしないため、基地要員も次第に興味を失っていった。
早朝、いつものように哨戒機が飛び立った。
「機長、我々は何を探しているのでしょうか?」
副操縦士のウィリアム少尉が尋ねる。
彼はまだ20代前半の若手だが、ベテランパイロット顔負けの飛行技術を持っている。
そして、今回の任務に抜擢された。
彼の乗る最新鋭機は、アルブエッタ海中山脈の上空を飛行していた。
高度8000メートルを巡航速度で飛んでいるため、眼下に広がるのは真っ青な海水だけ。
しばらくすると、アルブエッタ海底山脈の北端に小さな影が現れる。
高度を下げながら近づくにつれてその全貌が明らかになる。
全長200メートルの巨大な箱型の物体だ。
その構造物は海面上に突き出すようにそびえ立っている。まるでクジラの口の中に入り込んだような気分になる。
しかし、この箱型の建造は、現在の人類の技術水準では不可能なはずだ。
その疑問が浮かんだ瞬間、通信士が叫ぶ 《こちら哨戒機6号!未確認艦を発見、繰り返す、未確認艦を……》 直後、轟音が鳴り響き、機体が大きく揺れる。
機体は制御を失いきりもみ状態で落下していく。
コックピットの中は地獄絵図と化していた。
エンジンからの炎が噴き出し、酸素マスクが赤く染まる。
操縦桿は動かず、視界は赤い光に塗りつぶされていく。
やがて、意識は途絶えた。