そして奈落へ墜ちてゆけ   作:しゅないだー

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#6 遠くに在りて思うは

 

 

──月笛昇格、おめでとうございます。

 

 あれは祈手に所属して数年が経った頃だっただろうか。

 仮面越しの声はいつも優しかった事を覚えている。凡そこれまで、先生が声を荒らげる所を見た記憶がなかった。それが普段の実験や探窟の際に見せる残酷さと結び付かなくていつも困惑していた。いや、きっとあの人にとってそれは残酷でも何でもなく。自分への労いも、人道を外れた行いも等しく"必要"な事でしかないのだろう。

 

 ひとまず祝いへの礼を言うと、彼から白い外套を手渡された。祈手(アンブラハンズ)においてそれは死装束(シュラウド)である事を示すものだ。上手く状況を飲み込めず、手に持ったそれと先生の顔を交互に見ている自分の頭にぽんと手が置かれる。恐る恐る顔を上げると、先生はゆっくりと口を開いた。

 

──君の特性に合わせた『暁に至る天蓋』です。動作を阻害しないように防御性能を維持しつつ、軽量化を行いました。機動性にも問題ない筈です。

 

 着てもいいんですか、と尋ねると先生は黙って頷いた。逸る気持ちを抑えながら袖を通す。少しサイズが大きく、どちらかと言えば服に着られているようだった。重量感のある見た目に反して軽い。軽く肩を回しても引っかかる感じも無く、すんなり馴染んだ。破顔するのを隠し切れず、そわそわとする様はまるで玩具を買い与えられた子供のように見えただろう。

 

──君は前線を張ってくれていますから。いつも助けられていますよ。

 

 何と返すのが正解なのか分からなくて押し黙る。本当に自分にこれを着る資格はあるのでしょうかだとか、とても嬉しく思っていますだとか。伝えたい事は山程あるのに、胸が一杯になるとすぐに言葉が出なくなるのは自分の悪い癖だった。

 

──そういえば一つ尋ねたいのですが、君はどうして率先して前に立つのでしょう? リスクも相応に多いと思いますが。

 

 その頃から自分は今の立ち回りを確立しつつあり、戦闘の際にも陽動などを担当するようになっていた。口調からして、本当に単なる疑問だったのだろう。そんな事を聞かれても自分でもよく分からないのだが、それでも自分なりに考えてみる。

 

「あの、何て言うか、自分のやり方に合っているというのもあるんですけど……祈手に入るまでずっと自分は一人だったので」

 

 一つ一つ選ぶように言葉を絞り出す。人と話すのが苦手だった。孤児であった時も大人に口先で煙に巻かれ、探窟で得た利益を掠め取られた事も少なくない。沈黙は、自分がこのアビスで生きていく為の一つの手段だった。

 祈手に所属して初めて、人と会話するメリットと楽しさを知った。祈手に所属している人間は年齢も生い立ちも様々だ。手本にできる者が沢山いる中で敢えてこの拙い敬語を自分の言葉として選んだのは、きっと先生の見様見真似だった。

 

「皆が死ぬの、嫌なんです。先生も先輩もギャリケーさんも、自分にとって大事だから。自分が前に出ればその分、他の祈手が狙われなくなるので」

 

 そう答えると先生は仮面に手を当て、暫く考え込んでいた。

 

──申し訳ないのですが、一旦それを脱いで頂けますか? 

 

 何か粗相をしてしまったのだろうか。一度与えられた期待を取り上げられる事は、その頃の自分にとって最も恐ろしい事だった。それを察したのか、先生は優しげな声色で理由を説明する。

 

──いいえ、君の優しさは美徳です。けれどどうも無茶をしてしまうようですから。それを踏まえてもう少し改良します。大丈夫、必ず良い物に仕上げますよ。

 

 その約束は果たされた。

 あの人は地上で言われているような冷血漢ではない。人並みに笑い、人並みに悲しみ、人並みに憧れを抱く。ただ、それが少しズレている。

 人は生きている限り、自分の感情に縛られずにはいられない。平等に接しているつもりでも無意識下では全てに優先順位を付けてしまう。だが先生にはそれがない。本当に全てを『等しく』扱っている。

 だから祈手を労うのも、これまで数多の探窟隊が積み上げてきた伝統を踏み潰しながら底を目指すのも、本質的には同じなのだと思う。恐らくその思考を自分は一切理解する事はできないし、理解したいとも思わない。ただ、それでも。

 

 どれだけ皆に悪し様に言われようとも、どれ程人の道を外れようとも。あの日、ただ死ぬのを待つ事しかできなかった自分にとって。

 あの人は、たった一人の夜明けだったのだ。

 

 

 ─────────────────────────────────

 

 

 外套の内側に仕込まれた注射器(シリンジ)の針が突き刺さる痛みで目が覚めた。一拍置いて薬剤が流し込まれ、身体が沸騰したように熱くなる。単独で動く事が多く、遺物の特性から上昇負荷を受けやすい自分に対して先生が『暁に至る天蓋』に搭載した機能の一つだ。

 意識が消失した時、自動で体内に薬剤を注入し強制的に覚醒させる代物で回数に限りがある。使えて確か、あと二回だ。

 ぬるりと目に流れ込んでくる血を拭い、状況を整理する。

 

 

 

 

 先輩を逃がし、タマウガチと命懸けの鬼ごっこをしながら自分は奴をある場所に誘い込もうとしていた。大断層の中でも下部に当る『落石回廊』だ。アビスに於いて上に登る事はかなりのリスクを負う以上、極力行動範囲が狭くなる行動は取りたくないのだが。

 "枢機へ還す光(スパラグモス)"が現状当てられない以上、撃退手段を他に頼るしかない。そこで選んだのが地形を利用する方法だった。落石回廊はその名の通り、壁面に空いた穴から常に大量の落石が底に向かって雪崩落ちている。

 

 これまでタマウガチと会敵した経験から、奴はこちらの意識その物を先読みしているのではないかと予想していた。だから自分が攻撃しようと考えた時には既に回避行動を取られている。ならば、自分の意志が介在しない自然現象であればダメージを与えられるのではないか。

 分の悪い賭けではあったが、他に策を思い付かない以上それを実行する他なかった。触腕を器用に操り、紙一重でタマウガチの針毛を避けながら目的地を目指す。普段はダイラカズラの上、凡そ1000m以上を縄張りとする獰猛さは健在で、足場を所々伝いながらも猛烈な勢いで崖をほぼ垂直に降りてくる様は四層で出会った時以上に脅威だった。

 その様に気圧され、あわや追い付かれるという時。すんでの所でタマウガチが動きを止めた。落石回廊に差し掛かり、これ以上の追撃は自分の身に危険が生じると判断したのだろう。針毛をハーケン代わりにしながら崖を登ると、横穴の一つにその姿を消した。

 

 ひとまず安堵した途端、がくんと姿勢が崩れる。靴に仕込んである遺物が完全に沈黙していた。

 

「こんな時に……!」

 

 最早相棒とも言える"泡沫に沈む(テンペスト)"は、深層で酷使し続けた事の代償なのかたまに"空気詰まり"を起こす。吸い込むだけ空気を吸い込んだあと、うんともすんとも言わなくなる異常に悩まされた事は決して少なくない。

 遺物の補助無しに触腕だけで全体重を支えるのは不可能に近く、況してや上から幾つも転がり落ちてくる岩に対して適切な処置など取れる訳がなかった。

 必死で身を捻るも避け切れず、背中に岩が激突する。打ち込んである千人楔のお陰で骨こそ折れずに済んだものの、衝撃で呼吸が出来なくなり、意識がふっと途切れた。

 

 

 

 

 

 時間にして数秒だが、それを"暁に至る天蓋"によって強制的に叩き起こされた。ちゃんと覚えている、意識も朦朧としていない。だが事態は最悪を更新し続けていた。

 

 二級遺物『月に触れる(ファーカレス)』。

 腕に装備した装置から黒い触腕を伸ばす汎用性の高い遺物だが、あまりに扱い辛い事から死装束(シュラウド)の中でも使っていたのは自分とビドゥーくらいだ。

 そして何よりの問題点として、この触腕は原生生物由来の物である事が挙げられる。つまり彼ら自身の存在を脅かすものに対峙した際、本能的に自らを守るような行動を取る時がある。端的に言えば、言う事を聞かなくなるのだ。

 使い手(自分)が弱っている事を察してか、普段潜んでいる装置の中に身を隠して出てくる様子がない。

 突如として崖に張り付く手段をも失い、空中に投げ出される。必死で触腕を伸ばそうとしても一切反応が無い。となれば、後は不調気味の相棒に頼るしかなかった。履いているそれを渾身の力で殴り付ける、荒療治だが仕方ない。

 だが一撃加えても反応する様子は無く、焦りと苛立ちが募ってくる。ここまでの速度で落ちれば小手先の着地法など焼け石に水、確実に死ぬ。

 

「動け!!」

 

 哀願にも似た絶叫に応えたのか、何かが弾けるような音がした。

 それが"泡沫に沈む"の異常である事に気付いた時には手遅れだった。詰まった空気が一気に放出されたからか、物凄い速度で上に向かって(・・・・・・)吹き飛ばされる。

 

 三層の上昇負荷。

 それは二層の負荷である重い吐き気や頭痛に加えて平衡感覚に異常をきたし、幻覚や幻聴に苛まれる事を意味している。基本的に上昇負荷は受ければ受けるほど、多少はそれに慣れてくる。

 

 ただ、何mだ? 今何m自分は上昇した? 

 

 視界が上下左右反転し、胃の内容物がせり上がる感覚に耐え切れず吐き戻す。もろに上昇負荷を受けているという事は、少なくとも20m以上は打ち上げられている。頭が鉛を流し込まれたように重くなり、そんな思考すら酸欠で纏まらなくなる。

 今、自分は天に向かって落ちているのだろうか。回転しながら落下しているせいか、吐瀉物が喉に詰まって上手く吐き出せない。胸を掻き毟るも、意識は段々遠退いていく。

 

 そんな折に突然何かに外套の襟を掴まれ、引き摺り込まれるようにして横穴の奥に放り投げられた。

 受け身も碌に取れず、全身を強かに打ち付けて悶える。排水溝のような音を立てながら呼吸を妨げていた吐瀉物を全て吐き出すと、地面に身体を投げ出す。

 

「底から飛び上がってくるイカれたのがいると思ったら……なんだ、あのろくでなしの取り巻きじゃないか」

 

 溜息混じりの絡みつくような声が耳に残った。

 気分が悪い。割れそうな程に痛む頭を誰かが揺さぶっている、やめてくれ。

 弱々しく手を払い除けると、その何十倍もの力で頬を張られた。衝撃で視界が白く染まるものの、痛みで意識自体ははっきりしてきた。気付けにしてはあまりに手厚い一撃に辟易しながらもゆっくりと身体を起こして張り手の主に目を向ける。

 

「あ……え……?」

「命の恩人に挨拶くらいしても良いだろうに。それとも祈手は皆、君みたいな輩の集まりなのかい」

 

 幾度ものアビス深層からの帰還を物語るうねり曲がった奈落髪。2mは優に超える巨躯。そして空中で制御不能になっていた自分を掴み、片手で投げ捨てる剛腕。

 そのどれもが間違いなく、目の前の探窟家がある人物である事を示していた。

 

 全探窟家の憧れ、奈落の星(ネザースター)、白笛。

 その中でも一二を争う実力を持つと言われている、"不動卿"動かざるオーゼン。

 生ける伝説が其処に立っていた。

 

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『暁に至る天蓋』

 

 ボンドルドが探窟や戦闘用の祈手用に誂えた全身鎧。

 祈手一人一人の性質に合わせて調整されており、内蔵されている装備なども様々。モルグに充てがわれた一着は耐刃性など防御力を最低限維持しつつ限界まで機動性に特化しており、灰のギャリケーとの連携を意識してか耐熱性に特に優れているのが特徴である。

 内部には意識消失の際にリカバリーの役割を果たす薬剤を注入する機能や、ナイフなどの近接戦闘用の武器を格納する設備、『泡沫に沈む』による姿勢制御を補助する仕組みが備わっている。

 死装束である事を示す白い外套と一体化しており、オーバーサイズのフードがチャームポイント。

 

 

 

 

 

 

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