そして奈落へ墜ちてゆけ   作:しゅないだー

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感想評価等いつも励みにさせて頂いております。なるべく週1更新できたらなあとは思っています。


#7 交渉

 

「えっと、今回は窮地の所を救って頂きまして……」

 

 硬い岩床に正座して粛々と礼を述べる。乾いた吐瀉物が襟に付いて何とも言えない臭気を漂わせるのを、何でもないという顔でやり過ごす。三層に不動卿が滞在しているという事は予め聞いていたが、まさか出会(でくわ)すとは思っていなかった。

 

「私はてっきり自殺志願者だと思ったんだけどね。要らないんならあの時売ってくれなかったその千人楔、置いて行ったらどうだい」

「それは本当にこう……失礼を……はい……」

 

 ねっとりと絡み付くような視線で見下される。いや、本人には見下すつもりはないのかもしれないが如何せん身長差が過ぎる。達人と称される黒笛の唯一上を行くのが彼ら白笛であり、そこには文字通り天と地ほどの差がある。

 そして白笛が所持を許されているのは一級遺物まで。つまり本来それより格下である黒笛が千人楔(一級遺物)を所持しているのは、端的に言って違法という訳だ。

 自分に刺さっている千人楔は以前の探窟で偶然発掘した物だが、競売にかける前に先生が買い取って貸与してくれた。つまり建前としては一応白笛の所持物であり、合法ではあるが。実利を兼ねた千人楔蒐集家である不動卿にとって面白くないのは道理だろう。事実として地上で何度も売らないか、と圧を掛けられたのを覚えている。

 

「オーゼンさん、あまり虐めてあげないでくれよ」

「ん? 人聞きが悪いねぇ……まあいいさ」

 

 そう不動卿に声を掛けてくれたのは黒笛のシムレドさんだった。

 脛に傷持つ者達の集まりである地臥せりに所属しているとは思えないほど温厚な人であり、屈託無く話しやすい事から合同探窟隊が編成される際も重要な役割を果たしている。笛の色からも察せられるように実力も申し分ない。

 三層の異変を鑑みて不動卿は数を集めるのではなく、少数精鋭で事を片付けようとしたのだろう。イレギュラーな事態であり、並の月笛では無駄な犠牲を増やすだけである事は火を見るよりも明らかだ。

 

「お二人がこちらにいらっしゃるという事は……やはりタマウガチですか」

「君も見たんだろ」

 

 自分が頷くと、怠そうに彼女は一言だけぽつりと洩らした。洗濯物を家に干してきているのに天気が悪くなってきた、そんな気の抜けるような声色だった。四層の死神を相手取っているとは思えないこの様が白笛たる所以なのかもしれない。

 

「最初に言っておくとあの針は私には通らない。けれどねェ……この岩場であちこち飛び回られたらこちらも決定打に欠けるんだよ」

 

 不動卿が白笛の中でも一目置かれているのは、(ひとえ)にその生命力の強さだ。身体中に打ち込んでいる無数の千人楔によって人間とは思えないほどの強靭な肉体に、真正面から挑んで打ち勝てる生物はそういない。

 ただ接近戦主体であり、今回のように上下の移動を強制される事案は相性として最悪なのだろう。

 

「君、黒笛ならタマウガチ討伐のセオリーくらい頭には入ってるだろ」

「……回避される事を端から織り込んで広範囲をカバーできる攻撃手段を用いるか、少なくない犠牲者を許容して数で攻める。現状はそんな所でしょうか」

「模範解答だ。ライザがいれば無尽槌(ブレイズリープ)で手当り次第に足場を崩して追い込めたんだけどね」

 

 きっとこれから先も殲滅卿がいたならば、という事態に多くの探窟家が遭遇するに違いない。それほどまでに彼女の戦闘力は異質であり、この深淵における光となっていた。

 

「で、どうするんだい? 四層に降りるなら今の内だと思うよ」

 

 タマウガチが不動卿の事を警戒して近付かないなら、確かに彼女の言う通りだった。あくまで自分の目的は三層の安寧を守る事ではなく、五層の前線基地(イドフロント)に辿り着く事だ。ただ、まだ退く訳にはいかない。

 

「お二人を手伝わせてもらえませんか」

「手伝う? 間抜けな花火みたいに打ち上げられていた君が?」

 

 意を決して呈した申し出に対して、不動卿は冗談はやめてくれと言わんばかりの口調で返す。それに危うく呑まれそうになりながらも食い下がる。

 

「自分はタマウガチに致命傷は与えられませんが、誘い出す事くらいはできます」

「……へえ。君が役に立つかどうかはともかく、そこまでする理由はあるのかい?」

 

 機動力だけなら白笛にも劣らない自信があった。上手くタマウガチを誘導し、不動卿の元へぶつける事ができれば討伐の目はある。

 

「まだ上に連れがいるんです。置いていけない」

 

 沈黙が流れた。先生と不動卿は恐ろしいほど馬が合わない。元とはいえ、その側近とも言える自分の提案など突っぱねられてもおかしくなかった。

 

「乗ろう。どの道八方塞がりなんだ、仕方ないね。少し辺りを見てくるから考えをまとめておきな」

 

 ほっと息を吐く。不動卿の助力がなければ先輩との合流は恐らく難しい。帰路の事を考えればリスクを背負ってでもここで討伐しておきたいのも本音だ。水場でまだ吐瀉物で汚れている口を洗いでいると、後ろから軽く背中を叩かれた。

 

「……シムレドさん」

「さんは付けなくていいよ、笛は同じだろ。それにしても下から飛んできた時は流石に驚いた、災難だったな」

 

 アビスに潜ってから先輩以外と初めてまともに交わす雑談だった。祈手に所属した当初、先生からよく言われた事を思い出す。

 

──会話、食事、睡眠。いずれも私達が"人"として生きていく上での基本ですよ。怠ってはいけません。

 

 そう言って開発したのがあの味気無い行動食である事を鑑みると、やはり先生はズレているのだろう。それでも今もその言葉は自分の中に息づいていた。頬を軽く叩いて立ち上がる。

 

「ご飯食べませんか、腹が減っては何とやらですよ。自分が作りますから」

 

 ─────────────────────────────────

 

 薄切りにしたネリタンタンの肉を軽く炙る。味付けはシンプルに岩塩のみで決め、彩りに軽くサイノナを散らせば完成だ。

 本当ならもっと凝った料理を振る舞いたいが、深層に潜る際は如何に荷物を減らすかが生存率にも大きく関わってくる。保存料としても使える塩や一部の香辛料を除いて、美味しい食事に必要な物など嵩張る荷物でしかない。行動食なんて物が持て囃されるのも道理だろう。

 

 三人で大した会話もないまま黙々とネリタンタンの炙りを口に運ぶ。とろけるような脂についつい顔が綻んでしまうのを気合で引き締めていると、気を使ってくれたのかシムレドさんが話を振ってくれた。

 

「そもそもなんで五層へ行きたいんだ? 風の噂じゃ"墜星"は祈手を辞めたって聞いてたんだが」

「辞めた……というか逃げ出しただけで。だから筋を通しに行きたいと思ったんです」

 

 そういうもんかね、と首を傾げる彼に愛想笑いを返していた時だった。ぽつりと不動卿が口を開いた。

 

「君、自分が"おかしい"ってちゃんと自覚してるのかな」

 

 暗く淀んだその瞳に息を呑む。その真意を計りかねて言葉を紡げずにいると、彼女は小さく溜息を吐いた。

 

「まあいいや、”顔欠け"についてだけど」

「ちょっ……と待って下さい」

 

 口に付いた脂を指で拭っている不動卿の一言に割って入る。知らない単語が出てきた事にもそうだが、それ以上に先程の発言の真意が気になる。狼狽しながら尋ねると彼女は露骨に面倒臭そうな顔をした。答えるつもりはないらしい。

 

「タマウガチを見たんだろ? 顔、欠けてなかったか?」

 

 そう言うシムレドさんに促されるまま、仕方無くタマウガチと対峙した時に思いを馳せる。正直目の前の状況に対処する事に精一杯で、顔がどうこうまで覚えていない。言われてみれば欠けていたような気がしなくもなかったが、確信は持てなかった。

 

「覚えて……ないですね」

「あいつらは一匹で縄張りが1000m近くあるからな。俺達は追いやられて縄張り争いに負けた個体が三層に登ってきたと睨んでる」

 

 肯ける考察ではあった。そもそもこの状況自体がイレギュラーであり、確信に足る物など一つもないが。とにかくタマウガチ一匹に狙いを絞って作戦を練るしかないだろう。限られた時間の中では不測の事態にばかり気を配っていられない。

 簡略化された大断層の地図を広げ、作戦地点に印を付けていく。

 

「四ツ辻……四つ組縦穴窟付近で決着を付けます。あの辺は比較的足場が多いのと恐らく自分の連れがいるので。人手は多いに越したことはありません」

「笛は?」

死装束(シュラウド)ではないですが黒笛です。少なくとも足手まといにはなりません」

 

 作戦と呼ぶには拙いそれを口頭で軽く説明すると、荷物をまとめる。大きく息を吸い込むと、上へ繋がる横穴の奥へと足を踏み入れた。イワアルキを避けるようにして緩やかな坂道を上る。上昇負荷による幻聴が微かに聞こえてくるのを頭を振って掻き消しているうちに、目的地へと辿り着いた。

 

 五層に降りるまでに想定される難関の一つ、タマウガチ。それがまさかアビスに戻って最初に正面からぶつかる相手だとは思わなかった。白笛が付いているとは言えど、三人揃って五体満足で切り抜けられれば奇跡といっていいだろう。

 その先に待ち受けているのが果たして最良の結果なのかは分からないが、とにかくやれる事をやるだけだ。そう言い聞かせると横穴の出口から射す光へ向けて足を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

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