これは4月頃の話である。
―――――――――――――――
教室内はいつもよりも騒がしいようだった。
「くぅーー、今日という日をまってました」
「そうだな、待ち遠しいぜ」
クラス内の男子二人組が大きな声でお話をしている。何か楽しみなことでもあったのだろうか?
「ぐへへ、今日の水泳の授業が楽しみすぎて早く起きてしまった」
「このクラスの女子はレベル高いからなぁ。今から興奮がおさまらないよな」
どうやら今日の水泳の授業が楽しみなようだった。よくわからないけど、楽しいことはいいことだね。
思いの外二人の男子は盛り上がっているようで、その声はクラスに響いていた。その様をクラスの女子は冷ややかな視線で見つめていた。それは僕の親友である鈴音も例外ではなかった。
「鈴音、どことなく不快そうだね♪どうかしたの?」
「あなた、あの会話を聞いて何にも思うことはない訳?……あぁ、忘れそうになるけどあなたは男子だったわね」
鈴音はため息をついて頭を抱える。鈴音にそっとイヴを渡した。
「少しだけ気になっていたのだけど、あなたって男の子が好きなの?」
「僕が好きなのはスキップだよ?」
「……あなたに聞いた私が馬鹿だったわ」
またまたため息をついて頭を抱える。鈴音にそっとイヴを渡した。
「女子のおっぱいランキングを作るのがたのしみだ」
「本当にな。それならついでにそのランキングの結果を賭けようぜ」
がやがやと二人以外の男子も集まりだす。どうやらおっぱいランキングなるものを作成するにあたって、その結果を賭けるというものだった。女子の視線は更に冷ややかなものになった。
「綾小路君、どうしたのそんなにそわそわして♪」
どことなくそわそわしている綾小路君に話しかけてみた。
「いや、なんでもない」
「あなた、もしかしてあそこに混ざりたいんじゃないでしょうね?」
鈴音はどこか軽蔑してそう言った。
「そんなことはない。誤解だ」
綾小路君はどことなく目線をそらした。
「おーーーい、綾小路。お前もこっちに来て賭けに参加しろよ」
「呼ばれたからには仕方ないな。行ってくる」
男子たちに呼ばれた綾小路君はどことなく嬉しそうに歩いて行った。
「綾小路君嬉しそうだったね♪」
「はぁ……世も末ね。あなたも混ざりたいんじゃないのあちらに?」
「?僕は鈴音と話していたいけど?」
「……何か調子が狂うわね」
どことなくそっぽを向く鈴音。そこからは会話はなかったが、どことなくこの無言の空間は居心地がよかった。なので鈴音の周りをスキップした。
全力で殴られた。痛い。
……………………
…………
……
僕が更衣室で着替えようと思っていると、男子たちが騒然としだした。何故かはわからないけど、着替えることを禁止されてしまい、誰もいなくなるまでその場で待機する。なじぇ?
とりあえず着替えも終わりプールに向かうと、男子たちが不思議そうにこちらを見ている。どうしたんだろうか?
綾小路君がこちらに向かってきた。
「山田、何だその恰好は?それに、その背中に背負っているものも。いろいろとおかしい」
「おかしいって何が?ダイビングウエットスーツに酸素ボンベは必須でしょ?」
「……いやそういう事ではないのだが」
綾小路君はどこか困っているようだった。ぶつぶつと、「知らないだけでウエットスーツを着て授業を受けるのもいいのか?しかし酸素ボンベまで?泳げない人などはもしかしてこういう格好をしてアピールするものなのか?」などとつぶやいていた。
そうこうしているうちに女子がやってくるようだった。
「うぉおおお、お待ちかねの時間だぜ」
「うぉおおお、……あれ、長谷部がいない、なんでだ?」
「それに、数々の巨乳らしき奴がいない」
「おい、みろ、見学席を。ほとんどの女子が見学だ」
「なぜだーーーーー巨乳がたのしめないーーーー」
そんな様子を見て見学席からサイテーっ、キモっ、という声が聞こえた。
「……あなた、何なのその恰好は?」
いつの間にか僕たちの近くに鈴音がやってきていたようだ。
「あ、鈴音来たんだ。似合ってるね水着♪」
「あ、ありがとう、ではなくて。なんでウエットスーツに酸素ボンベなのよ。ダイビングの授業じゃないのよ!?」
「堀北、泳げない奴はこの格好をして授業を受けるルールでもあるのか?」
「そんなわけないでしょ!?綾小路君も何を言ってるの!?」
「……やっぱりおかしいよな」
「……頭が痛くなるわ」
「ご、ごめん鈴音、ここにはイヴをもってきてないよ」
くっ、不覚。どんな時でも常備しておくべきだった。親友失格だな僕は。
「別に要らないわ、妙子さんのせいだし……そんなことよりその恰好は何?潜るの?馬鹿なの?」
「この格好をしてれば水中でスキップできるでしょ♪水泳の授業にこの装備は正解だよね」
「正解じゃないわよ!?どれだけスキップがしたいのよ!?」
鈴音がものすごく興奮している。よっぽど水泳の授業が楽しみなようだ。スキップもこれくらい興奮してやってもらえたら妙子嬉しいな。無理強いはよくないけどね。
「楽しそうだね、何の話をしているの?」
突然後ろから声をかけられた。はて?この女の子は誰だっけ?
「櫛田か。櫛田は山田の格好をどう思う?」
どうやらこの人は櫛田?さんというらしい。覚えられるかな?忘れそう。
「え?あ、あはは、独特、な格好だよね」
「独特、いい響き。ありがとう♪」
「ど、どういたしまして。それより堀北さんって泳ぐの得意?私は苦手だけど頑張って泳げるようになったばかりなんだ」
「……得意でも不得意でもないわ」
おや?どことなく鈴音の機嫌が悪くなったような気がする。
「そうなんだ。今日の水泳の授業で泳ぐだろうから、頑張って泳がないとね」
「どうでもいいわ。もう私に話しかけないで」
「あっ、堀北さん」
鈴音はここから離れていった。どうしたんだろう鈴音?
「行っちゃった堀北さん」
「櫛田はよくめげずに堀北に話しかけられるな」
「仲良くなりたいからね。綾小路君は堀北さんと仲がいいから羨ましいよ」
「別に仲は良くないだろ。それを言うなら山田の方だ。何せ親友だからな堀北の」
「え?親友?」
一瞬櫛田?さんから負のオーラが出た気がした。
「うんそうだよ♪僕と鈴音は親友なんだ♪もちろん綾小路君とも友達♪」
そう言ったときの綾小路君はどことなく嬉しそうだった。
「そ、そうなんだぁ。へぇ、堀北さんと親友なんだ」
何だろう。笑顔なのにものすごい機嫌が悪い気がする。
「そうだ。私山田君?さん?ともお話してみたかったんだ。よかったら仲良くなりたいし、後で連絡先交換しよ」
「そうなんだ?じゃ後で一緒にスキップしようね♪」
「あ、それはその、また今度、一緒にね」
「ほんと!それなら今度一緒にスキップしたときに連絡先を交換しようね」
「えっと、先に連絡先を交換したいかなって」
「ダメだよ、やっぱりスキップをした後じゃないと絆は深まらないからね。それじゃ、とりあえず鈴音の方に僕は行くね♪」
「あ、ちょっと待って」
櫛田さんの声を背中に僕は鈴音のもとに向かった。
そうこうしているうちに水泳の授業は始まり、先生がやってくる。先生は唖然と僕の姿を見た後、酸素ボンベを没収した。解せぬ。
授業では普通におぼれた。スキップができない水中では僕は無力だった。無念。
その後、補修となった山田がスキップで泳げるようになったのはまた別のお話。先生は驚愕していたとさ。
―――――――――――――――
とある日のコンビニにて、僕は女の子が万引きをしようとしている姿を発見した。こんな場面にめったに遭遇することがないため、記念にと思いそれを撮影することにした。ラッキー。
その後万引きした女の子は商品を隠し持ったままコンビニから出て行く。せっかくなので声をかけることにした。
「こんにちは」
「……何の用?あんた誰?」
「僕の名前は山田妙子♪スキップを愛し、スキップに愛されるもの」
「スキップ?あぁ、あんたね、学校で噂になってるスキップする変な奴って。そういえば何回かスキップをしているところを見かけたわ」
学校で噂になってる。嬉しい。でも変ではない。失礼しちゃう、ぷんぷん。
「ところで君の名前は?クラスは?」
「……一年Aクラス、神室真澄」
「神室?さん、一緒にスキップしよ」
「は?なんで?」
「たのしいよ?」
「嫌だ。なんで好き好んでスキップしなきゃいけないのよ」
残念。スキップを一緒にすると楽しいのに。そう思っていると、カツ、カツと音が聞こえてきた。その方向を向いてみると、杖を突いてこちらに女の子がやってきていた。
「こんにちは。神室さん」
「坂柳……何の用よ」
「ふふ、そう邪険にしないでください」
「神室?さん、この人と友達?」
「同じクラスの坂柳よ」
「初めまして坂柳?さん。僕は山田妙子だよ♪」
「初めまして山田妙子さん。あなたはもしかしてDクラスですか?」
すごい、何故分かったんだろう。
「なんでわかったの?エスパー?すごいすごい♪」
「たまたまですよ。どこかおバカそうでしたので」
すっごいなぁ。エスパーってほんとにいるんだ。何か失礼なことを言われた気がするけど。
「ところで神室さん。あなたに見せたいものがあるのですが」
「何?」
坂柳?さんは端末を取り出すとそれを神室さんに見せる。すると神室?さんが驚愕したようにそれを見ていた。
何だろうと覗いてみると、それは僕が撮影したのと同じように、神室さんが万引きしている動画だった。坂柳?さんも僕と一緒に記念撮影をしていたんだ。お仲間だね。
「あ、僕も同じの撮影してるよ。お仲間だね坂柳?さん」
「へぇ、あなたも。意外と抜け目がない方なのですね。少しあなたを侮っていましたよ」
「……二人して何?何が目的なの」
「今回は私は帰らせていただきます。どうやら先に目をつけていたのは山田さんみたいですから。また明日学校で詳しくお話ししましょうね神室さん」
「ばいばい坂柳?さん。今度一緒にスキップしようね」
「えぇ。機会がありましたら是非とも。もっとも私は体が弱いのでご期待に添えるかはわかりませんが」
そういって、坂柳?さんは帰っていった。
「あんた、意外とひどい奴だったんだね」
「えぇ、なんで?そんなことないよ♪」
「くっ……まぁいいわ。何が目的なの」
「一緒にスキップしたいな」
「ふざけてるの?本当の目的は何?」
「え?スキップしたいな♪」
「……」
「……」
「え?まじなの?本当にスキップがしたいの?」
「え?初めからそう言ってるじゃん。神室?さんはお茶目だなぁ」
少しおかしくなり笑ってしまう。本当にお茶目な人だ。
「……スキップすれば動画を消してくれるの?」
「え?い、いやだよ消したくないよ、せっかくの記念なのに」
「もう、なんなのよ!?記念って何!?消してくれないならスキップやらない」
「えぇ……わかったよ、消すから一緒にスキップしよ?」
「どれだけスキップしたいの!?」
「それではお手を拝借」
「え?なんで手を、ってなんで体が勝手に動くのよ、なんで?なんなのよもう」
こうして神室さんとスキップを滅茶苦茶楽しんだ。
……………………
…………
……
僕たちは沢山スキップで遊んだ後、ベンチに腰かけていた。
「あれはいったい何なの、何だったの?」
「スキップだけど」
「そういうことじゃ!?……もういい」
ため息をついて頭を押さえる神室さん。鈴音のほかに頭痛もちがいたようだ。とりあえずバファリンを渡した。
「なんでバファリン?」
「半分は優しさでできているよ」
「意味が分からない」
なじぇ?
「……」
神室さんはうつむいて暗い顔をしていた。さっきまでちょっと元気だったのに、心配になる。
「どうしたの神室さん?」
「明日のことを考えるとね。……きっと坂柳に脅される。何をさせられるのか考えたら気が気じゃない」
「なんで脅されるの?何か悪いことしたの?」
「あんた分かってて言ってるでしょ。意外と意地が悪いねあんた」
ジトっとこちらを見る神室さん。はて?本当になんでかわからないんだけど。
「よくわからないけど、困ったらいつでも言ってね。なんたって僕たちは友達なんだから」
「友達?私と、あんたが?なんでそうなるのよ」
「スキップを共にしたからもう友達だよ神室さん」
僕は笑顔でそう言った。神室さんは少しだけ戸惑っていた。
「そんなスキップしたからって友達とか、単純すぎるでしょ?」
「え?でも友達でしょ?」
「あぁ、まぁ、いいか。友達か……」
神室さんはこちらを見て少しだけ微笑んだ。ちょっとだけ元気出たかな?
「ねぇ、本当に困ったら頼っていいの?」
「うん、いつでもスキップを一緒にやってあげるよ」
「なにそれ、全然解決しないじゃん!?……でもまぁ、ストレスがたまったらまた馬鹿みたいにスキップするのも悪くないかもね」
そう言って神室さんは笑った。いい笑顔だ。やはりスキップをすると人間はきれいになるのだ。神室さんはものすごい綺麗だった。
その後神室さんと連絡先を交換した。
「今日は帰る。またね、妙子」
「うん、またスキップしようね。今度はスキップ同盟の二人も連れてくるね。そして一緒にスキップ同盟の仲間になろう」
「それは遠慮する。絶対に呼ばないで」
解せぬ。
「それに、あんたと二人で気楽にスキップする方が私はいいよ」
「うーん、まぁそれもいいかもね」
「そうそう。それがいい」
顔を見合わせて二人で笑った。
「じゃあね」
神室さんはどこか晴れやかな顔で寮に帰っていくのだった。
この時の二人はまだ知らない。クラス間の争いが始まり、気軽に会えなくなることを。その時になって、二人は少し悲しみに暮れるのは別のお話。
【4月にあった出来事 Fin】
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勉強会の時の話
side 堀北
「ちょ、太郎、あなただいじょう、」
様子がおかしいと思っていたら、突然に太郎が机に倒れこんだ。突然の出来事に私は頭が真っ白になる。
「太郎、太郎!どうしたの、ねぇ、返事をして」
いつの間にか私の目からは涙が流れていた。訳が分からないまま、太郎を揺らして必死に呼びかける。どうして?なぜ?あんなに元気な太郎が何故?
「堀北、揺らしちゃだめだ。落ち着け」
「太郎が、太郎が!ねぇ、どうしよう、どうしたら、太郎、太郎」
「落ち着け!!」
少し大きな声で私を綾小路君は一括した。そのおかげで少し冷静になり、私は太郎を揺らすのをやめる。
「頭は打ってないはずだ。ゆっくりと床に寝ころばせよう」
そう言うと綾小路君はてきぱきと太郎を床に寝ころばせ、気道を確保して胸に頭をつけていた。その後、呼吸を確認して、腕を取り脈を測る。綾小路君はとても冷静に太郎の処置をしていた。
「すべて正常。特に異常は見られない。恐らく精神的ショックで気絶しただけだろう。眠ってるようなものだ。頭は打ってないだろうからこのまま保健室まで運ぼう」
綾小路君は軽々と太郎を抱きかかえる。私は、うろたえるだけで何もできなかった自分がとても悔しかった。
「堀北、俺一人でも大丈夫だが、万が一があっても困る。山田を落とさないように一緒に保健室まで運んでくれ」
「えぇ、わかったわ」
私は綾小路君と共に太郎を抱える。
「櫛田、すまないがしばらく勉強会はお前が仕切って面倒を見ていてくれ。山田を保健室に運んだら戻ってくる」
「う、うん。わかったけど、大丈夫なの山田君?」
「問題ないだろう。一応保健室には連れて行った方が良いだろうがな。行くぞ堀北」
綾小路君と私は、保健室まで太郎をなるべく揺らさないように急ぐのだった。
……………………
…………
……
保健室のベッドに太郎は横になっている。眠ってるだけのようなものとはいえ、心配は収まらない。私はそっと太郎の手を握った。
「俺はいったん図書室に戻る。堀北はそのまま山田を見ていてくれ」
「わかったわ。ありがとう綾小路君。私は何もできなかった。太郎の親友なのに、なにも」
「突然の出来事にパニックになることはよくある。相手が大切だと余計にな。俺も冷静ではなかった」
「あんなに冷静に対処していたのに?」
「俺も必死だっただけだ。興奮して、知っている知識を総動員して、目立っていることを気にする余裕もなかった。俺は事なかれ主義なのにな」
綾小路君はどこか自虐めいた感じだった。
「堀北、精神的ショックでこのようなことになるのは異常だ。普段はおちゃらけで、能天気な奴だが、山田は何かを抱えてるのかもしれない」
「そうね……」
「もっと山田を知る必要があるのかもな」
「スキップしか知らないものね」
「違いない」
二人して笑いあう。綾小路君でも笑うのね。少し驚いた。いや、太郎が綾小路君を変えたのかもしれない。本当に不思議な人。綾小路君は保健室を出て図書室に向かった。
ふと考える。兄さんが言っていたあの言葉。
―山田、スキップという枷がありながらその身のこなし大したものだ。お前がいれば、面白いことになりそうだな―
スキップが枷?
―お前が知らないのも無理からぬことだ。スキップの真実。お前が今使えるのは変装とスキップとあと一つしかないことをお前は知らない。真相が知りたくなったとき、生徒会室までくるといい。真実を語ってやる―
スキップの真実とは何?
太郎、あなたはいったい何者なの?
私は、太郎が起きるまで、兄さんが言った言葉について考えるのだった。
side out 堀北
スキップで泳げるようになった太郎はもはや水陸最強の生物なのかもしれない。スキップで泳ぐってなんだよ。どんな絵面?