ひぃぃっ。海未ちゃんが怒ってる。
そんな……避けるとか言わなくていいじゃん、せっかく仲直りできたんだからさ。もうその言葉、穂乃果てきには禁句ワードだよ。
今も「説明責任を」なぁんて口をとがらせてるし。ぶぅ、まるでどっかの政治家みたい。
もう。穂乃果だって海未ちゃんへ何の相談もなしに勝手に口をきかなくなっちゃったのは悪い事したぁって反省してるよ。いまさら掘り返さなくたって、あっ…
『穂乃果、説明責任を』
海未ちゃんに鉛筆取られた……。
もうっ!分かったよ分かったよ分かったってば~~!!
穂乃果としてはこの日記帳にもうちょっと楽しいこと書くつもりだったのになぁ~。なんだか悲しいのばかり書いてます。
今これは穂むらの店頭で書いてます。部屋に戻ったらって思ったんだけど海未ちゃんいわく
「穂乃果のことだから自室でやろうとしても漫画を読むとかするにきまってます!」
だって。海未ちゃんってばお母さんとおんなじこと言う。
ことりちゃんは味方してくれるけど、
「仕方ない……かな、今回ばかりは。頑張ろう穂乃果ちゃん。できればことりも知りたいし」
ことりちゃんも海未ちゃんと同じ知りたい派です。
うわぁーーん!もう書くしかないよぉ~!
えっとね、説明責任を!なんてせまられてるから少しだけ振り返るね。
確かにミューズの活動が終わっちゃってからの穂乃果はとても悲しかったよ。あんなに頑張ったμ’s。
UTX学院のA-RISEを目標に、我がオトノキも廃校阻止だぁって海未ちゃんとことりちゃんを巻き込んで、ゼロから始めたアイドル活動。穂乃果はオトノキが大好きで、もう決まっていることだから仕方がないって言われても全然受け入れられなくて。真姫ちゃん、花陽ちゃん、凛ちゃん。絵里ちゃん、希ちゃん、ニコちゃんと私たち3人でなんとか始めたμ’s。暑い空の下、学校の屋上で練習する毎日。
踊りを踊ってステップ覚えて、ライブの時には全員が一丸となってステージに向かう。
ステージ以外でも、放課後は秋葉原でご飯食べて帰ったり。あ、そういえば真姫ちゃんが一度お父さんにアイドル活動を辞めさせられそうになったこともあったよね。みんなで説得しに行ったりしたし。他にも学園祭でアイドルメイドカフェやったり。
μ’sをやったことを含め、オトノキでの3年間はもう全部が全部、穂乃花にとってはかけがえのない宝物だった。あんまりにも輝き過ぎてて、ずっと終わらしたくないって思っちゃいそうになるぐらい素敵な毎日。
でも、穂乃果だってこう見えて少しは卒業した後のこと考えたりしてたんだよ。お父さんとは穂むらを継ぐって約束だってしたし。ただ、そうだなぁ。うん、そうなの。μ’sが終わって、最初はステージがわった達成感で泣いて、その次はもう穂乃果はμ’sが出来ないんだなぁっていう心に空いたぽっかり感から泣いて。そうして泣いて泣いて好きなだけ涙をこぼしちゃったら、急にこれからの事が目の前に広がりだしたの。
穂乃果は穂むらで就職。ことりちゃんは被服の専門学校に。海未ちゃんは日舞の園田流の後継者としてお家に。
学校でいっつも顔を合わせ、3人一緒に行動してたのが当たり前だったのに、これからはそれが出来なくなる。みんなバラバラ。バラバラの時間を過ごさなきゃいけない。そんなの、すっごく寂しいよ。オトノキでの生活が楽しかったから余計に寂しく感じちゃう。いっつも3人一緒が、穂乃果の生活だったのに……。
それでもことりちゃんとは夕方、被服学校が終わればなんとか会えるよ。けど海未ちゃんは?
お家で日舞の他に、剣道や弓道まで出来る海未ちゃん家は有名で、μ’sを始める前からすでにたくさんお稽古をやっていた海未ちゃんは、これからもっともっとさらにお稽古が増えるんだって言ってた。
和菓子屋の娘っ子の穂乃果としては、家はどこからどう見ても町人で商人の家柄で、それは逆立ちしたって変わらない。海未ちゃんは本来、穂乃果がむやみにお付き合いしちゃいけないぐらいお武家のお姫様なのかもって考えちゃう。……っていうか、昔の士農工商でいったら1番は海未ちゃん家で穂乃果の家は4番目じゃん!さ、最下層……。
穂乃果は海未ちゃんと偶然幼なじみで、母親同士も偶然幼なじみで仲が良かったから、今まで何の疑問も抱かず海未ちゃんに話しかけることができたよ。だってそれが当たり前だったもん。でも、これからはどうなんだろう?下町の娘とお武家のお姫様が一緒にいられるなんていうお話、お婆ちゃんが好きな時代劇のTVじゃやってるとこ一度も見たことがないよ。
……穂乃果は思いました。海未ちゃんは優しくてしっかりしてるから、いっつも考えなしで行動する穂乃果の我が儘なんかにもちゃんと付き合ってくれる。いけないことは駄目ってはっきり忠告もしてくれる。怒った時は怖いけど、海未ちゃんの目にはいっつも誠実さが宿ってて、だから穂乃果はそんな海未ちゃんが大好き。今までも、これからも、その気持ちは変わらないと思う。ずっと。
最初は嫌がっていたけど、μ’sだって、一緒にやってくれた……。
………でもね、もうそろそろ海未ちゃんをさ……、海未ちゃんを、穂乃果の我が儘から解放してあげなきゃ。
海未ちゃんが本当にやりたいこと、本当にやるべきことを、もうそろそろ穂乃果はやらせてあげなきゃいけないんじゃないの?今までずーっと穂乃果の思いつきに付き合って支えてくれた海未ちゃん。今度は穂乃果が海未ちゃんを支える番にまわる頃じゃないのかな?
ことりちゃんと海未ちゃんが心配して初めて様子を見に来てくれた時、穂乃果はそんな風に思ってたから2人にうまく甘えることが出来ませんでした。特に海未ちゃんには……。
海未ちゃんは普段の穂乃果とちょっと違うって気づいたと思います。……だとしたら作戦成功?イェーイ!って喜んでも良いはずなのに、実際はそんな気分少しも浮かんでこなかった。穂乃果はもう海未ちゃんに甘えちゃいけないんだって思ったら、ただただ悲しいだけ。μ’sが終わって出来ちゃった心のぽっかり感が、さらに大きく口を広げたような感じ。そしたらますます部屋から出られなくなっちゃった。
でもでも、辛いけど我慢。穂乃果が我慢すれば、海未ちゃんはそのぶん自分の事に専念できるんだから。1~2度、海未ちゃんが着物姿でどこかに出かけていくのを部屋の窓から見たよ。頑張れ海未ちゃん、穂乃果は応援してるよ。
穂乃果が最初に立ち直ったきっかけはね、泊まりに来てくれたことりちゃんと一緒に聴いたラジオ放送だった。
曲の冒頭から拍手なのか分からないけど、ザァーっていう雨が降るような音が流れてた。その日のお外はちょうど雨模様、だからきっと穂乃果たちと同じようにラジオを聞いてた誰かがこの雨音にならってリクエストしてくれたんだと思う。
すごく綺麗なメロディだったのを覚えてるよ。歌っている人は外国人だよね、歌詞が全部英語だったもん。ラジオから流れるくらいだから穂乃果の何倍も歌がうまいのが当たり前。
この時、部屋に穂乃果1人だけだったら間違いなく良い曲だなぁで聞き流しちゃってたと思う。隣にことりちゃんが居てくれたから、穂乃果の興味にいち早く気づいてくれて、この曲だよってかいがいしく世話を焼いてくれた。おかげで穂乃果は好きなだけ音楽を……、なんだか泣き過ぎて足りなくなった水分を補給するみたいにごくごく聴いちゃった。うう、ありがとうことりちゃん。ことりちゃんは穂乃果のナイチン・ゲールだよ。
それでようやく穂乃花はこのままじゃいけないってふんぎりついたの。ことりちゃんだけじゃなく、家のお母さんにお父さん、雪穂にお婆ちゃんだって心配してるんだから、もういい加減立ち直らなきゃって。海未ちゃんも頑張ってる、なら私も頑張らなきゃね。なにももう会わないって決めたわけじゃないんだし、次に海未ちゃんと会う時は少しでも成長した穂乃花を見せるんだ!
とは息巻いたものの、さて、これが自分でもビックリするぐらいうまくいかない。店番やってたらつり銭間違えちゃってお得意のお婆ちゃんが後から届けてくれたり。お父さんのお手伝いしようと厨房に入ったら、餅粉が入ったボウルを盛大にひっくり返しちゃって辺り一面真っ白とか。もう本当に失敗続きの連続だった。なんだろう、自分の身体なのにどこかで何かが噛み合わない感じで、それまで当たり前に出来てたことが急に何一つ出来なくなっちゃった。
もう本当に大変。焦って挽回しようとすればするほど、余計深みはまっちゃってさ。あーまたやった、あーまたやった、こっちでもやらかしたって感じで空回り。……あれ、でもμ’sの時もこんなだったかも、なんて気のせいだよね。えへへ。
「バッカヤロー!お前はもう厨房から出ていけー!」
「うわぁ~~ん、ごめんなさいーー!」
穂乃花が失敗ばっかりしちゃってたらついにお父さんもドカーンって雷を落としちゃった。だからワザとじゃないのに~!
さすがに穂乃花もへこみました。子供の頃から家のお手伝いはしてたから、もうちょっとうまくやれるって自分では思ってたのに。それが全然出来なくて。
変だよね。原因はなんだろう?
首をひねって考えてもよく解らない。そもそも、今まで普通にやれたことが急に出来なくなるってどういうことなの?もしかして穂乃花はずっとこのままなのって思ったら、胸が急にザワザワ、不安でたまらなくなりました。
穂乃花が目指す理想の自分は、穂むらの仕事をきっちりこなしてもうすっかり1人前。海未ちゃんが困った顔をしてたら今度は穂乃花が支えてあげる。
そんな風になりたい。ううん、ならなきゃいけない。だっていつまでもお馬鹿な穂乃花じゃ、どんどん前へ進んでいく海未ちゃんにいつか呆れられちゃうもん。そんなの絶対嫌だから。だから頑張る。
だけど……、ああもうっ、この時はだけは『でも』とか『だけど』とか反対言葉がついてきちゃった!
厨房のお手伝いをして1週間が経とうとしてた頃、失敗続きで凄く自分に自信を失いかけていた穂乃花はまたしても、ガシャーン!って手に持っていたボウルを盛大に落としちゃった。この時のお父さんの鬼の形相は今でも忘れられません。確かにお父さんが怒ると怖いのは知ってたけど、なんかもうとりつくしまもないっていうか……。
「馬鹿野郎!大事な材料をまたひっくり返しやがって!やる気がないならもう厨房に入るんじゃねぇ!」
それまで聞いたことのない普段よりも一回りも二回りも大きいおっきな雷が穂むら全体に響き渡りました。
穂乃花は怖いのもあったけど、お父さんがこれまでにないぐらい本気で腹を立ててるんだっていうのが伝わってきて、そこまで怒らせちゃうぐらい何も出来ない自分が情けないやら悔しいやら。もう頭の中が大パニック。気がついたら厨房から飛び出しちゃってた。そうしていきおいよく店頭に出てきたら、これまたなんと海未ちゃんがいてばっちり目が合っちゃってさ。ふぁぁぁ、神様、あんまりです、うぅ~~。
海未ちゃんの悲しそうな眼差しにいたたまれなくなった穂乃花は、すぐさま踵を返して2階にある自分の部屋に閉じこもっちゃいました。それからしばらく1階から海未ちゃんが穂乃花を呼ぶ声がしましたが、穂乃花はお馬鹿だから素直に返事をすればいいのに、なぜかこの時はそれに反対する自分が心のどこかにいて。しだいに弱くなる海未ちゃんの声。お馬鹿な穂乃花は泣いて、泣いて、結局海未ちゃんの呼びかけに答えられないまま……帰しちゃいました。
どうして?なんでこんなふうになっちゃったんだろう?
穂乃花は別に海未ちゃんが嫌いなわけじゃないのに。今まで迷惑ばっかりかけてきた穂乃花だから、今度は海未ちゃんを支えられる穂乃花になろうって思ったのが最初のはずだったのに。それなのにいつの間にか、海未ちゃんの呼びかけに答えられなくなってる穂乃花がいる。解らないよ。どこで失敗しちゃったの穂乃花は。
「……ふんっ!」お父さんはもうあんまりにも不甲斐ないからって口をきいてくれません。
「和菓子屋の厨房に立つならいずれは通る道だから」お母さんはそう言うけど、でもやっぱり穂乃花にがっかりしてるんじゃないかな?
「人生山あり谷あり、良い時もあれば悪い時もあるさ。そのどちらも、穂乃花の成長にとって必要なことなんだよ。何事もまっすぐ受けなさい」落ち込むなか、お婆ちゃんから言われたこの言葉は、少しむずかしいけど胸にストンと落ちる感じがしました。
人生山あり、谷あり、良い時もあれば悪い時もある。じゃあ穂乃花にとって良い時って……たぶん一生懸命ミューズをやってた頃かな。ただまっすぐに前を向いて、みんなと一緒に歌ってダンスして。眩しくて、眩しくて、きらきらと宝物のように今も穂乃花の中で輝いてる。じゃあ悪い時は、今……なんだろうな。
手にしたお盆からばららって落ちていくお饅頭。穂むらの代表的名物である穂むまんが地面に転がっていくさまは、なんだか今の自分を表現しているみたい。穂乃果はまた失敗しちゃったという情けなさより、ひどく落ち込む気分になりました。
「ああ。またやっちゃったぁ」
「大丈夫だよ穂乃花ちゃん、包装紙に包まれてるし、すぐ拾おう」
ことりちゃんが優しい笑顔で励ましながら、穂乃花と一緒に落ちてしまったお饅頭を拾ってくれる。
形が崩れてないのもあったけど、ぺちゃんって半分潰れちゃってるのはさすがにもう商品としては無理だろうなぁ。
お父さんがせっかく作ってくれたお饅頭。お店のショーケースに並べるだけっだのに、なぜか盛大に転がり落ちてころころと土間の真ん中辺まで1人歩き。
……本当に。……本当にどうしてこんなことすら出来ないんだろう。
穂乃花のささくれだった心にまたジワッと痛みが広がります。隣にしゃがむことりちゃんへ向け、穂乃花の口が意識もしてないのに勝手に動きました。
「ねぇ、ことりちゃん。ことりちゃんは、穂乃花のこと呆れない?」
言われて、ことりちゃんはお饅頭を拾う体勢で地面に俯いたまま、首を横に振る。
「どうして?いっつも失敗ばっかりして、怒られてばっかりで。今の穂乃花は情けないばっかりなんだよ」
言葉を重ねるとことりちゃんはさっきよりも大きくもう一度首を横に振りました。もう、そこに笑顔はありません。何かを堪えるように、我慢するように穂乃花を手伝ってくれることりちゃん。
「……本当にごめんね。でも、いつもありがとう」
「……ううん。だって穂乃花ちゃんだもん。私の大事な大事な、穂乃花ちゃんだもん」
そこでようやく顔を上げてくれたことりちゃんは穂乃花に続けて何かを言おうとした。唇を震わせて、何かを。けど、ことりちゃんは結局口にしないまま言葉を呑み込むと、かわりに「拾い終えたよ」とお饅頭の乗ったお盆を掲げてみせたの。
……ことりちゃんもきっと、傷ついてる。穂乃花のせいでたくさんたくさん傷ついてる。
普段なら言いたい事があったら遠慮なく言って良いんだよって気安く言葉をかけられるのに。たとえ穂乃花が言わなくても、そういう時は穂乃花に代わっていつも海未ちゃんが言葉をかけてくれた。でも、今は海未ちゃんが傍にいないから……。
ことりちゃんはきっと、海未ちゃんをこの場に呼びたいんだろうな。それぐらい、付き合いの長い穂乃花だから分かるもん。
いっつも3人一緒だった穂乃花たち。穂乃花のこの不調の原因はもしかしたら、海未ちゃんが傍にいないから起きてるんじゃないかって考えてるかもしれないね。
……とはいえ、穂乃花は海未ちゃんに頼るつもりはありません。意地になって馬鹿みたいって自分でもどこか穂乃花に対し呆れてるけど。でも、でも、どうしてもそれを遮るものが心にあるの。素直になることへ踏み出せまいとする気持ち。それが常に頭の片隅にうずくまり、こういう時、穂乃花の胸の内に風を巻いて暴れます。
「穂乃花ちゃん……」
ことりちゃんがとても心配そうな調子で穂乃花の名前を呼びました。
いつの間にか、すっごく思い込んでいたみたい。気づくと穂乃花の手にするお盆からせっかく拾ったはずのお饅頭が、また全部こぼれ落ちて散らかっちゃってた。
「あ、あははは。ごめんごめん。私ったら何やってんだろう、お馬鹿だなぁほんとに」
慌てて拾い直そうとかがみ込むと頭の上でことりちゃんの息を吸う音が聞こえました。
「……あのね穂乃花ちゃん、やっぱり海未ちゃんに、」
「駄目だよ!」
言いかけたことりちゃんの言葉をとつぜん遮る強くて低い声。最初自分の声だって気づかなかった穂乃花は、顔色を真っ白にしてることりちゃんを見てようやく、それが今の声は自分のだってことに気づいたの。ことりちゃんの目にはみるみる大粒の涙か溜まっていきます。
「でも、別にお家は近くなんだし、ちょっと呼ぶくらい」
「駄目だよ。駄目、駄目、ぜったい駄目」
「どうして?穂乃花ちゃん、いつの間にか海未ちゃんのことが嫌いになったの?」
「そうじゃないけど、でも駄目。ぜったい駄目なんだから」
穂乃花が強く言い張るとことりちゃんはますます困り果てた顔をしました。「じゃあ、どうして?」と眉を下げてたずねられても、穂乃花だってはっきりした答えがうまく言えない。ただ心のどこかで海未ちゃんを遠ざけようとする穂乃花がいる。その悪い穂乃果がブレーキをかけようと駄々をこね、今だってこうして勝手に穂乃花の口を動かす。
「お願いだからことりちゃん、海未ちゃんにはこんな情けない姿の穂乃花を見せたくないの。だから呼んじゃ駄目だよ」
「穂乃花ちゃん、海未ちゃんはたとえどんな姿だって、」
「そういうことじゃないんだってば。海未ちゃんはμ’sを終えて一生懸命頑張ってる、だから穂乃花も頑張らなきゃ。一生懸命頑張って、穂乃花がもう一人前にならなきゃまた音ノ木坂にいた頃と同じことの繰り返しになっちゃうから、だから穂乃花はもう……」
「穂乃花ちゃん、海未ちゃんは、」
言いかけることりちゃんの言葉に対し穂乃花は首をぶんぶん振って拒絶しちゃう。頭をめいいっぱい左右に振って、目の前がくらくらしちゃうくらい。
「海未ちゃんは、もうちゃんと自分の道を歩むべきなんだよ。いつまでもお馬鹿な穂乃花になんかかまってちゃいけないの。海未ちゃんの家は大きいもん。立派だもん。穂乃花の家はただの町のお饅頭屋さんだけど、海未ちゃんの家は違うから。この間だって綺麗な着物を着て、お車に乗って出かけてくのを穂乃花は見たんだよ。車の中の海未ちゃんは真剣な表情で、本当に別世界の人みたいだった。……ううん、違う、海未ちゃんはとっても無理してるように見えた。穂乃花と違って海未ちゃんはしっかりしてるから、自分が何をしなきゃいけないのかっていうのがちゃんと分かってるんだと思う。そんな頑張ってる海未ちゃんの前に、穂乃花がいつもの調子でのこのこ頼っていったらいつか海未ちゃんは穂乃花のこと見捨てて、嫌いになっちゃうかもしれない。だから……」
口からぺらぺら、自分でもどうかと思うほどこの時の穂乃花の口はよく動きました。なんとなく頭に散らばっていた言葉、考えが、この時ばかりは水道の蛇口をひねったみたいにどんどん出てきて、ああそうだ、私は最初そういう思いで頑張らなきゃって決めたんだと、ここにきてようやく思い出したりしてて、正直、ことりちゃんに対し説明しているのか、自分に対しあらためて言い聞かせているのか喋ってて途中から分からなくなってきました。
「じゃあ、穂乃花ちゃんがちゃんと一人前になったと自分に自信を持って顔を上げた時、そこにもう海未ちゃんの姿がどこにもいなくなっててもいいの?穂乃花ちゃんは自分が一生懸命でそれでいいかもしれないけど、なんの説明もないまま待たなきゃいけない海未ちゃんは、それでいいの?」
ガーンッ!この時、ことりちゃんの言葉で頭の中にピアノの鍵盤が盛大に叩き鳴らされた気がしました。よくTVなんかで見る、自分の背後が暗幕でぽーんと暗くなる感じ?
穂乃花は一人前にならなきゃって思ってる。今も思ってるよ!
けれど、頑張って、胸をはって、海未ちゃんに会いにいけるようになっても自分の都合だけを優先させていた穂乃果。それなのに後になってから海未ちゃんに良くしてもらおうなんて、情けないままの穂乃花がのこのこ頼って迷惑かけるのとどんな大差があるんだろう?ことりちゃんの真剣な訴えを前にし、穂乃果はそう思っちゃいました。
ことりちゃんは猪突猛進の穂乃花なんかとは違う。周りに目を向けて考えることができる、本当に頭が良くて優しいんだなぁってしみじみ感じました。
こんなことりちゃんが言うんだから、穂乃花がこうと決めて今やろうとしていることは……、きっと間違ってるんだと思います。
「……でも、だからって……、穂乃花がこのままじゃ」
そう。でもだからって穂乃花がこのままじゃ音ノ木坂学院にいた頃の繰り返し。μ’sに巻き込んだみたいに、遅かれ早かれ海未ちゃんを穂乃花の我が儘に付き合せちゃう。
それは……。それだけは駄目だと思う……。無理をしている海未ちゃんを、穂乃花がまた……。
タッタッタッタ。
その時、誰かがお店の外を走り込んでくる音が聞こえた。かと思うと、玄関の戸口がガラッといきおいよく開きました。
逆光が眩しくて、思わず目を細めちゃったけどそこに立っているのはなんと海未ちゃんでした。珍しく息をはずませていた海未ちゃん。さらにびっくりしたのは靴だって履いていなかったこと。まるで着の身着のまま飛んできたみたい。
光りの中に立つ海未ちゃんはむっとして怒った表情でいて、そしてお店の真ん中にしゃがみ込む穂乃果たちの姿を見たとたん表情を哀しくさせました。
そういえば商品の大事なお饅頭を落としたまんまだっけ。穂乃花は慌てて地面に転がっているいくつかへ手を伸ばします。
「海未ちゃん……」
ことりちゃんは呆けたように名前を呼んだけど、穂乃花は恥ずかしくて顔を上げられません。見られたくないところをまた見られちゃって、顔に血が登っていくのが分かる。
「穂乃花」
海未ちゃんが張り詰めた声で穂乃花を呼びます。
穂乃花の心臓は戸口からまっすぐ近づいてくる海未ちゃんにもうばっくんばっくん。ことりちゃんと何か喋っているのも耳に入らない有り様。
そんな自分を認めたくなくて、なかばもう意地になって目の前のお饅頭をひっつかむ穂乃花。海未ちゃんはそんな穂乃花の真ん前に容赦なくしゃがみ込みます。息遣いが聞こえてきて、顔を上げれば穂乃果をまっすぐ射抜くように見てくる海未ちゃんの瞳があるのが嫌でも分かっちゃう。
意固地になって顔を上げない穂乃花へ、海未ちゃんは感情を押し殺したように震えた声で言います。これからする質問にイエスかノーで答えてほしいって。首を動かすだけでもいいって。
1、穂乃花が海未ちゃんのことを想って避けるような態度をとっているのか?
2、自分が忙しくしているから、もう甘えないつもりなのか?
3、そうやって今も目すら合わそうとしないのは、そんな海未ちゃんのことを穂乃花なりに考えて、いつか海未ちゃんを応援できるようになりたいため努力しているのから?
「あなたはそんな覚悟で、私を……!」
言葉尻が激しくなって、ついに喉を詰まらせる海未ちゃん。穂乃花の肩を掴む手は熱くて、力強くて、これまで頑なだった穂乃花の『悪い穂乃果』の部分がみるみる溶かされていきます。最後に……、最後に頭を抱え込まれ、
「バカ穂乃果…」
そう囁かれたらもう限界。
ことりちゃんに教えられ、海未ちゃんにまで叱られたら穂乃花の涙腺はあっさり崩れ崩壊の一途。わんわん泣いちゃった。
「海未ちゃん、海未ちゃぁ~~ん、うわぁあああぁぁ~ん」
当たり。海未ちゃんがした質問の答えは全部当たりのイエスなんだもん。せっかく穂乃花がここまで頑張ってきたっていうのに、それがこうも見抜かれちゃうなんて。あ~あ、やっぱりかなわないよ、海未ちゃんには。
穂乃花が海未ちゃんにしがみついてわんわん泣いてると、そこにいつの間にかことりちゃんも加わり、結局3人で泣きました。
お店の中なのにいいのかな、お父さんにまた怒られないかなってほんの少し思ったけどこんなの無理だよね。だって止まらないんだもん。
なんだかなぁ。なんだか穂乃花はまたやっちゃったみたい。頭をひねって自分なりにこうしようって考えたのに、あとちょっとで一番大切なものを無くしちゃうところだった。
大事な人のために頑張ってるのに、結果としてその人を傷つけてるんじゃ意味ないよね。
ことりちゃんと海未ちゃん。穂乃花はこの2人が近くにいてくれて本当に良かったなぁって思います。3人一緒、それぞれの人生の舞台が今はお互いに違っちゃってるけど、これからさき成長していくのも、うん、やっぱ3人でっていうのが穂乃花は一番いいなぁ。
それから3人で泣いて、そのうち泣き笑いに変わって、そのうちに笑い声だけになるころ、またお店の玄関の戸が大きく開きました。いけない、お客さんかなって思って振り
向いたら玄関に何人もの人だかりができてて、その先頭になんと絵里ちゃんが立ってました。隣には希ちゃんが。
「聞いたわよ、落ち込んでるっていうじゃない」
「ほんまやなぁ、そんなの穂乃果ちゃんには似合ってへんで」
さらにその脇からニコちゃんが顔を出して、
「ま、気持ちは分からなくないけどね」
それでよく見たらお店の外には真姫ちゃんと花陽ちゃんと凛ちゃんまで。なんとμ’sメンバー総出で穂乃花を元気づけにきてくれたみたい。
穂乃花はわぁ~って嬉しくなるとそのまま立ちあがり、いきおいよく絵里ちゃんのふところにダッシュ。それで次々交代にみんなのところに抱きついてたら、ふと視界のすみに淡いピンク色の小粒な花が咲いてるのに気づいたの。それはお店の店先にこの時季、毎年飾りとして置いている桜の植木鉢。家のお婆ちゃんが丹精込めて育ててる秘蔵の品です。今年は雨が多いせいか4月になってもぜんぜん咲かないなぁって思ってたんだけど、ここにきてようやく蕾を開いてくれたみたい。
こんな小さい花も頑張ってる。そう思ったらなんだか穂乃花、嬉しくなっちゃって。心がもうウキウキ。
「ねぇみんな、桜餅食べてかない?ピンク色のお餅に桜の葉っぱがくるまったやつ」
「そういえば、今年は食べてないわね」
「でしょでしょ。じゃあ決まり。ちょっと待っててね、いま用意してくるから。あ、適当にお店の座席に座っていいから。ねーお母さぁーん、桜餅ってまだあったでしょー!あれどこー?」
穂乃花がばたばた店の奥に駆けて行くと追いかけるように、
「ちょっと穂乃花、店の中で急に走ったら危ないですよ。それにみんなの予定をよく訊きもしないで」
「あー、じゃあことりはお茶の用意をするね」
海未ちゃんとことりちゃんが追いかけるように、じゃなくて、じっさい追いかけてきてあれやこれやと手伝ってくれました。
穂乃花たち3人の急なおしかけに厨房にいたお母さんは目を丸くしてたけど、でもどこか朗らかで嬉しそう。お父さんもハメを外し過ぎるなよって言ってくれたし。 穂むらの長であるお父さんが公式にOK出してくれたからこの日は穂乃花、久々に楽しく笑って過ごせました。
これからも海未ちゃんとことりちゃんの3人一緒。たまにはこうしてμ’sメンバーみんなと一緒にわいわい楽しく集まれると、穂乃花は本当に嬉しいし、たくさん元気が出ちゃうなぁって思います。
おしまい。
できたー!書いたよー!
海未ちゃんどーお?ちゃんと書けてるでしょう、これでもうしっかり説明責任なんて果たしてるよね。
あれ、海未ちゃん?おーい。
「……ま、まぁそうですね。作文が苦手な穂乃花にしてはよく書けてると思います。理由もちゃんと説明されてますし」
日記から顔を上げた海未ちゃんの目が赤い。それに鼻声だし。もしかして風邪?あいにく穂乃花はティッシュとかハンカチなんてポケットにないし……。
「ことりちゃん、ハンカチある?」
「ごめんね穂乃花ちゃん、さっき海未ちゃんが」
「なぁんだもう持ってるんじゃん」
安心して思わず笑ったら、持ってない穂乃花に笑われたくありませんって海未ちゃんがぴしゃり。
ぶぅ。海未ちゃんすぐ怒る。
「まったくあんたたちは。音ノ木坂にいた頃とほとんど変わらないんだから」
「あっ、絵里ちゃんだ。この間はありがと~!」
「絵里、この度はなにからなにまで、なんとお礼を言ったらいいか。おかげで助かりました」
「どういたしまして。ことりも、お疲れ様」
「ことりは……右往左往してばっかりだったから、たいしたことしてないかなぁーって……」
「えー、そんなことないよー。ことりちゃんが穂乃花のそばに居てくれなかったら、きっと穂乃花はもっと早くに挫折とかしちゃってたもん」
「たいしたことしてないのは私も同じよ。海未の家に呼ばれて事情を聴いて、あとはメンバーのみんなを呼んだだけ。でもまぁ、おかげで誰かさんが恥も外聞もないくらい号泣するっていう、珍しいところを見させてもらっちゃったけど」
「いやぁ~面目ない。穂乃花ももうお店の中であんなふうに大泣きすることないよう気をつけるよ」
「そうね~、意地になってたっていう点では、誰かさんにも同じこと言えるかもね~」
「ほえ?誰かさんって……ひょっとしてことりちゃん?」
「ま、まさか。ことりは知らないよ。そりゃ、少しぐらいはそうだったかも、だけど……」
「ふふ。誰でしょう」
「……絵里っ、意地悪です」
「あっははは。海未ったらイジメがいがあるから好きだわ」
「もうっ。……そりゃあ、自分の気持ちに蓋をしてたっていう落ち度は認めますけど。でもそれは、穂乃花だって」
「ええ?海未ちゃんももしかして穂乃花みたいに何か我慢してたの?よし、じゃあ説明責任を」
「穂乃花、それはもういいですから」
「あ、あははは……。ことりもそう思うな~」
えー!穂乃花にはあんなに強く求めてきたくせに、ことりちゃんまで一緒になってもういいとか、海未ちゃんずるい気がする。
「でね、今回のことのお礼をってわけじゃないんだけどさ、ちょっとだけ海未にちかぢかお願いがあるの。聴いてもらえる?」
「絵里が私に、ですか?……それは、協力できることであればやぶさかでもないですが」
「ふむふむ。よし、じゃあ次回は絵里ちゃん。説明責任を」
「え、私が説明責任?……って、もしかして」
「ああ~、いよいよ絵里ちゃんまで穂乃花ちゃんの『穂むら日記帳』を書くはめに」
「だって穂乃花はもう今回たくさん書いたも~ん。次はやっぱり絵里ちゃん。むふふふ。『元μ’s、現役美人モデルの華麗なる生活』っていうタイトルでもいいよ」
「待ってよ。私が穂乃花の日記を書くことと海未に個人的なお願いをするのはまったくの別物でしょ。だいいち、それは穂乃花の私物で、」
「絵里、ご愁傷様です。そんな言い訳が通用するぐらいなら私たち、μ’sなんてもとからやってなかったと思うんですけど」
「うぐ。それは……言えてるわね。もーう、分かったわよ。だけど、そんなに期待なんかしないでね。私もまだ駆け出しだし、きっと穂乃花たちが思い描いているようなのと
は全然違うんだから」
「うんうん。大丈夫だって。穂乃花は絵里ちゃんも参加してくれるのが嬉しいんだし、細かいことなんかたいして気にしないから」
「あ~あ。やっぱりみんな穂乃花ちゃんっていう台風には巻き込まれちゃうんだね」