「ばいぶす(仮)」   作:あび@ウマ娘

1 / 1
第一章(導入)

「ばいぶす(仮)」

 

 

()()()が初めて()()()を屋敷にお連れになった折、控え目に言いましてもこの私めが驚きを隠せたかと言えばそれはやはり真実ではないということになりましょう。

 

 我らがメジロ家のお嬢様方がご学友を屋敷にお招きすること自体は珍しいことではありません。一介の執事という卑小な身としましては恐縮極まりありませんが、恥ずかしげもなく己の考えのようなものを披露させて頂きますと、トレセン学園での学びを通じて交友関係を広げるのはお嬢様方にとって少なからず益となるに違いない、と、そう私めなどは考えております。例えばライアンお嬢様とアイネスフウジン様――互いに「親友」と称されるお二人は、僭越ながら申し上げれば出自や立場に違いはあれど、お二方の間で育まれる親交には心温まるものがあると、当時トゥインクル・シリーズへと歩みを進められたライアンお嬢様のお姿を遠巻きながら見守らせて頂いた私めなどには思われたものです。

 

 あるいは、かつてマックイーンお嬢様が初めて屋敷にあのゴールドシップ様をお連れなさった折も――その際もお嬢様は「この方が勝手についてきただけですわ」と仰っていましたけれども――確かにゴールドシップ様という方はいわば「常識に囚われない」と言うべきでしょうか、恐れ多くも申し上げればどこか「破天荒」なところがあり、正直に申し上げれば私めもはじめ面食らってしまわなかったと言えば真実ではないということになりしょう。ですがこのゴールドシップ様はなにぶんどこか人好きのするお方と言いましょうか、初めて屋敷を訪れた際も「懐かしい感じがする」と仰ってすぐに馴染んでしまったように思われます。

 これは家中の者の間で語り草になっているのですが、数ヶ月ほど前、そろそろ秋も深まってゆこうかとする頃、マックイーンお嬢様の不在の折に敷地の庭でゴールドシップ様が庭師の者と談笑しているのを私めが見かけたのです。私どもはあくまでメジロ家に仕える身ですから、お嬢様方のご学友であられるウマ娘の御子女にあまり馴れ馴れしく接するべきではありません。訝しんだ私めがそれとなく訊ねてみれば、どうやらゴールドシップ様はトレセン学園の秋の催し物の一環でお作りになられた焼きそばをご持参され、寛大にも庭師にまで振る舞われていたということでありました。なんたるお心の広さでありましょうか、私めもすっかりゴールドシップ様のお心の広さ、そのお気遣いの深さに感服致してしまいました。それにあの焼きそばの美味たること……ゴールドシップ様に強く勧められるままについつい私めもご相伴に預かったのですが、下町に育った私めなどにはどこか郷愁に訴えかけるような素朴さと言いますか……。

 いえ、私めも不祥ながらメジロ家に仕える者でありますから、洋の東西を問わずお嬢様方のお口に上るような一流の食文化については、家中の料理人などとの付き合いを通じて少なからぬかたちで通じていると自負しております。例えば我らがメジロ家の使用人の筆頭にも名前が挙がるあの男、マックイーンお嬢様が「爺や」と呼ばれ、お嬢様を専属として担当しております彼などには確かに極めて洗練された趣味嗜好や立ち居振る舞いが見られると認めるのにこの私めもやぶさかではありませんが、この私も彼にも劣らぬ趣味や振る舞いを身につけているはずだと述べるとしてもそれほど傲慢という誹りを受けるはずはないと信じております。

 いけません、図らずしも脱線的になってしまいました。兎にも角にも、確かにゴールドシップ様のようなお方は奇抜……いえ、「個性的」と言いましょうか、そのお考えも私めのような不肖の身には図りかねるところがあります。お話になられることの意図されるところを考えあぐねることも少なからずありました。その裏にはきっと必ずや深いご思慮があられるに違いありません。

 

 ところが、()()()はどうにも事情が異なるのです。()()()があの方を初めて屋敷へとお連れになった際、私めは思ったものです――なんと言いましょうか、そもそもあの方の発せられるお言葉のひとつひとつが私めにとって全き謎だったのであり、皆目見当もつかなかったのでございます。

 その日お嬢様があの方を屋敷の庭を案内された際、あの方はしきりに「てんあげ」や「ばいぶす」なる言葉を発せられたのです。それらが何を指すのやら、私めには全くもって図りかねるところでありました。一体、「てんあげ」とは何か揚げ物……揚げ天の一種であったのでしょうか? しかし私どもは屋敷の庭におりあの方をご案内していたのですから、晩餐の話をしていたわけではなかったはずです。あるいは「ばいぶす」などというのは正直に申し上げれば私めなどにとっては到底我が国の言葉のようには思われません。無論、僭越ながら申し上げれば私めもまたメジロ家に仕える身でありますから、多少なりとも西欧の文化にも広く親しんでおります。若きお嬢様方の話題に上るのですから、食事やカテラリーの話題でないとなればきっと装いやファッションのことでしょう、「ばいぶす」というのも確かそのような婦人用の履き物があると、以前ライアンお嬢様がドーベルお嬢様並びにブライトお嬢様とお話しなさっていたのを耳に挟んだ際に聞いたような記憶がございます。いえ、しかしそれは確か「パンプス」であったはずです。であるならば、「ばいぶす」とは一体何のことでありましたのでしょうか? あの方は「ばいぶす」が「あがる」と仰っておりました――一体、何かお履き物に問題がございましたのでしょうか? そうであったならばメジロ家にお仕えする執事たるもの、それとなくお助けすべきであったはずですから、悔いも残るというものです。

 

 私めもこのメジロ家にお仕えして幾星霜、お嬢様・・・の専属の執事としても短くはない年月を務めさせていただいております。メジロ家の若きお嬢様方のご交友の関係についても、他の執事同様、プライバシーというものを尊重させていただいた上で職務執行のために少なからず――とはいえ十分なかたちで――把握していると自認しております。しかし、いやはや全く、自身の不勉強を恥じれど、あの方の仰ることは私めなどにとっては全くの謎であったのでした。

 

 ですからこの私、不肖ヤマギシの長らく担当させて頂いております()()()()()()()()()()が初めて()()()を屋敷にお招きし、直にお話させて頂く機会がありました際、私めはいわばすっかり面食らってしまったのでした。

 あの方――そうです、あの()()()()()()()()()のことであります。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。