バーチャルの世界にある男がいた。
オタクで社畜、ネットの海では個性と言えるほどの目立った特徴はない。それでも、家族守るため、それが仮初めのものだったとしても男は己の個性、この世界に置ける自分の全てを犠牲にして家族を守り抜いた。
バーチャルの世界にある男がいた。
自分の記憶がなく、個性と言われるものは何も持っていなかった。それでも仲間のため死力を尽くし、その身を犠牲にして守り抜いた。
病室の中に4人の人影。
一人の男がベッドに横たわる。女性、青年、少女の三人がその周りを囲う。
ベッドに横たわる男は記憶と個性を無くし、戦う術持たなかったのにも関わらず、仲間を守るために戦い、生死を彷徨っている。
少女はベッドに顔を埋めるように寝ている。先ほどまで泣いていたのか目を張らし、不安と悲しみが混じった表情している。
その姿を見ていた女性は目を閉じ、眉間にシワを寄せ何かを考えると、覚悟を決め、青年に話しかける。
「葛葉、もう甘えるのは止めよう。ワシらは長い間幸せな夢を見すぎた。」
葛葉と呼ばれた青年はその言葉を聞くと、ちらりと少女と男を見る。そして、取り繕うようにどこか違和感を残しながらひょうひょうと何かを小馬鹿にするように笑った。
「そうだな、家族ごっこも飽きてきた頃だし、ここいらで締めにしますか!あーあ、やっと一人っきりのニート生活に戻れますわ!」
葛葉はジャージのポケットに入っていたスマートフォンを手に取ると
「このスマートフォンはもう必要ないし置いてくわ。ドーラはどうする?」
ドーラと呼ばれた女性は少しの間、思い出に浸るように握りしめていたスマートフォンを見つめる。表面のヒビやアクセサリーを指でなぞり思い出に浸る。そして、それを振り払うように首を振った。
「ワシも置いていく、もう人間と関わるつもりも、この世界にいる理由もないからな。」
葛葉とドーラはスマホをベッドの傍らに置き男性と少女に向かって「今まで、ありがとう」と言葉を残し部屋を後にした。
二人は戦いに赴く、4人で挑んでも勝てなかった相手に。個性を全て失った男が瀕死になりながら私たちを逃がした。私たちはもう家族ではないのに。彼が約束を思い出す時まで一緒にいられなかったことは悔いは残るが、私たちがこの世界にしがみつけばつくほど、周りの人が、大切な人が傷ついていく。瀕死の彼を見て二人は決めた。家族を守るために、家族を捨てよう。二度と戻れなくなっても。
「葛葉行くよ、化け物は化け物らしく暴れるべきだった。」
「おう」
とても長い夢を見ていたようだった。ベッドの上で目を覚めした男性、『社築』はそう思った。
家族を守るために無理をし、そして、また、仲間を守るために無理をした。体中が痛い、ここはどこだろうか、目覚めたばかりだからか寝る前の記憶が曖昧だ。思い出す記憶は夢なのか現実なのかわからない。もし、現実ならば、少し不味い状況だろう。それを確かめるために誰かを呼ぼうと回りを見渡すと知らない天井だった。
人生で一度は言ってみたいセリフだったが、いざ、言う側になると、笑っていられる状況ではないなと苦笑いをする。
痛みを我慢し、起き上がろうとするも上手く起き上がれない。起き上がるために手元に目線を送るとベッドに伏している少女を見つけた。
混濁している記憶の中でもはっきりしている、少女の名は「本間ひまわり」自分の娘だ。
今の状況を聞くため体を揺すり、声をかけると少し唸りながらも目を覚ました。
ひまわりは少し寝ぼけた様子だったが自信を起こしたのが誰かわかると驚き、涙目になりながら社の腰に抱きついた。
「うわぁーん!!、やっと起きたぁ!。もう起きないかと思った~!」
衝撃で痛みが走るが記憶を整理するためにひまわりに話しかける。
「ひまわり、なんで俺がベッドにいるかわかるか?後、他のみんなはどこにいる?ドーラと葛葉は?」
社の言葉を聞いたひまわりは目を丸くし静止した。そして震える声で
「今、ひまわりって…!それにドーラと葛葉って!
思い出したの?!」
驚き跳び跳ねるひまわりを落ち着かせ話を聞くとどうやら自分は記憶を失っていたらしい。眠っている間に見ていた夢はどうやら現実だったようだ。ひまわりから自分の状況を聞き、記憶の整理をつけたところで、いつもいるはずの
二人、ドーラと葛葉について聞くとひまわりも少し困惑した表情をした。
「あれ?うちが起きてたときは一緒にいたのにどこか行っちゃったのかな?」
ひまわりが少し考えている姿を見ているとベッドの上にスマートフォンがあることに気付いた。よく確認をしてみるとそれはドーラと葛葉のスマートフォンだった。二人がなぜスマートフォンを持たずこの部屋から出ていったのか、嫌な予想が頭に浮かぶが頭振り考えないようにする。とりあえず現状の確認をするためにひまわりに話を聞こうとしたとき、遠くから爆発音が聞こえ、スマートフォンが鳴った。
ドーラと葛葉は少しずつ壊れていく自分の体を感じながら戦っていた。4人が敗北した理由にスマートフォンがライバーの力を制限していた事実がある。それは、ライバーがこの世界、『バーチャルの世界』で生活するには必要不可欠だった。二人は本来の力を行使する。二度とこの世界に立つことが出来なくとも、二度とあの二人に会えなくとも、家族を守るために敵に挑み続けた。
葛葉が大地を駆ける。この世界に来た葛葉と言う人物は運動が出来ないイメージを他者から多く受けていた。それは事実であり、真実ではない。このバーチャルの世界では他者からのイメージが当人の能力に少なくない影響を与える。この世界に降り立った時点で葛葉本来の『吸血鬼』としての能力の多くは失われていた。それでも、この世界の人間と比較すれば、化物と呼んでも相違ないほどだった。しかし、引きこもりかつニートというイメージがさらに葛葉の運動能力を低下させていた。
しかし、スマートフォンを手放し、この世界との繋がりがなくなりつつある今の葛葉は、本来の吸血鬼としての能力を取り戻し、他者からのイメージによる弱体化から逃れていた。今の葛葉は敵の攻撃を避ける必要はない。敵の体が伸びる黒い帯が葛葉の体を貫く。葛葉はそんな事もお構い無しに敵に向かって駆ける。貫かれた箇所が霧となって散乱し、元に戻る。葛葉がより吸血鬼としての能力を取り戻した証拠であり、この世界にいられる時間が残り少ないことを示していた。
ドーラも同様に徐々に能力を取り戻しつつあった。
ドーラはこの世界に降り立ったことで、本来のドラゴンの姿に戻ることが出来なくなっていた。そして、人間と同じ姿で過ごすうちに他者から怖れられることが減り、野生の凶暴性由来の力がなくなり、この世界の女性程度の力しか発揮することが出来なかった。
力を抑えるものが無くなった二人の力は一時的に敵を上回った。しかし、体の崩壊が徐々に進むにつれ二人は劣性に追い込まれた。
「ダメだぁ~、もう時間無さそうだし、一か八かで自爆っぽいことしてみるか?」
葛葉が首を傾げながら、冗談交じりに言う。
「そんなんで倒せたら苦労しとらんじゃろ…。どうにかして社とひまわりを守りたかったんじゃが、力及ばずじゃったな」
二人は敵の攻撃をかわす余力も無く、二人にとって最後の会話を終え、敵の攻撃が二人をこの世界から消え去ろうとした時、一人の少女が二人の前に飛び出す。
「『ライン越えやぞ!』」
少女がそう叫び、両手を地面に着けるとひまわりの文様が浮かぶ透明な壁が敵の攻撃と二人の間に立ち塞がり、攻撃を防いだ。
「「ひまわり!?」」
二人は本来ここにいないはず、いてほしくない人物の登場に驚く。
「ひまわり!なんで来た!!私達はいいから逃げろ!」
ドーラは必死にひまわりに訴えかける。その言葉にひまわりは怯むこと無く、手を地面に着けながら二人に振り向く。社が倒れ、長い間不安に押し潰されそうな中、気丈に振る舞っていた痛々しい笑顔ではなく、本来の自信が溢れている顔で答える。
「大丈夫やで、うち一人だけやない。やっと戻って来たんや。ね!」
ひまわりが答えながら向いた方向を二人が見ると一人の男が息を切らしながら、立っていた。
「ハァっ…、やっぱり、バカなことしてやがったな…。夢の出来事は現実だったみたいだな…。」
「「社!?」」
「どうしてここに!?、それにその話し方…。記憶が戻ったのか!?」
ドーラと葛葉は社がこの場に立っていることに驚き、ドーラは本来戻るはずのない社の記憶について疑問を投げ掛ける。
「大丈夫、全部戻ってるよ。だいぶ延期なってしまったけど、約束を、果たしに来た…。」
社は家族のために自信を犠牲にした結果、家族をどれだけ悲しませたか、夢の中で痛感した。家族全員の力を合わせ、もし、敗北することになっても誰かを犠牲にすること無く潔く散ろう、そして、そうならないために全力を尽くそうと覚悟を決めた。
その言葉を聞き葛葉はニヤリと表情緩めからかいながら
「何カッコつけてんだよ、遅れてきたくせに。俺はもう疲れたから枠取らねぇからな。力は貸すけど一人で突っ込めよな。」
葛葉の言葉にドーラは一瞬、目を点にしたが真意を理解し、ニヤリと笑いながら言う。
「わしも自分の枠取らんからな。というか取るだけの元気はない!ひまわりも自分のスマホとわしらのスマホをそいつに渡して気楽にやろう。遅れてきた罰じゃ。」
葛葉とドーラはそう言い地面に寝っ転がった。
ひまわりは二人の行動に戸惑うも意図を理解したのか、二人の横に腰かける。
「うちも休も!遅刻してきたオタク君には頑張ってもらおう!」
ひもわりはずっと楽しみに待っていたことが目の前にあるかのようにソワソワしながら言った。
「ひでぇ…。けど、俺の枠でやる約束だったな…。ボロボロなんだから、ありったけ力を貸してもらうからな!」
そう言うと社は自分のスマホを操作し天に掲げる。
「社築、『オンエア』!」
社の叫びに反応してスマホから電子音声が鳴る。
『検索…。検索…。』
『チャンネルを発見。アーカイブに接続…。』
『失敗…。失敗…。成功。』
『待機所を発見…。』
『コラボ開始します。』
4人の体が光に包まれ、配信が始まる。
『コラボ名は「ド葛本社」』
光が広がり、4人の光が1つになる。徐々に光が消えるとそこに立っていたのは一人で戦い悩む愚かなオタクではなく、家族の力を一身に受け家族と共に戦う父の姿があった。
「行くぞ。こっから先は教育的指導の時間だ!」
社は前に飛び出す。かつての同僚、世界中の悪意を向けられ、闇に囚われてしまった少女救うため。家族との約束を果たすために。
社は一直線に少女に向かう。敵の攻撃が社に降り注ぐ。敵の攻撃をひまわりの形をした浮遊する物体が的確に防ぐ。そして、コウモリのような羽と西洋のドラゴンを彷彿させる赤い翼を背中に生やし、加速しさらにに距離を詰める。
「お前のありきたりなノーツは全て読めてんだよ!」
敵の目前まで来た社は敵の体に手をかざし、訴えかける。
「目を覚ませ!ロアちゃん!」
敵の攻撃を家族の力で防ぎながら、社はロアの精神世界に入り込む。