Lycoris Recoil  花守のうた   作:RoLeRuLiRA

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#02 The more the merrier
#02-1 Transporter


 

 

 ある夜 アメリカ合衆国 ニューヨーク市内にて

 

 真夜中のNY。眠らない大都市のネオンから少し離れた路地裏を男が走っている。

その男、ジョナサン・デイビスは自分を追ってくる何かから必死に逃げている所だった。

郵便配達人である彼には自分が誰かに追いまわされる原因に心当たりなど無く、また追っ手から逃れる術も持っていなかった。どこかに隠れようとも思ったが上手い場所が考え付かず、ひたすら人通りのまだ多い地域である歓楽街に向けて走り続けていた。後ろからの足音はまだ聞こえている。どれだけ逃げても後ろから付いてくるソレはこうして走り出してもなお一定の距離を詰めずにいる。弄ばれているのか誘い込まれているのか。どちらにしてもジョナサンにとっては同じだった。本当なら今頃は最後の配達も終えて家に帰っているはずなのに。と思った所でふと鞄の中に入っている包みを思い出す。そこで今更ながらハードカバーかDVDひとつ分くらいの大きさのソレが原因で追われている可能性に思い至ったジョナサンが走りながら鞄を体から離して道端に置こうとした瞬間、前方に転がっていたゴミ箱に躓いて転倒する。膝を強く打ってしまい痛みに苛まれながらも起き上がろうとした彼の目の前に、人が立っていた。トレンチコートのようなものを着てフード目深に被ったそいつは無言でジョナサンを見下ろすと彼が持っていた鞄を一瞥しておもむろに懐からナイフを取り出す。ゲームオーバーだ。ジョナサンはそう悟って最後の無駄な足掻きに出る。成り振りなどかまってられない

 

「待ってくれ!俺はただの郵便屋だ!その荷物なら持っていってくれ!金が欲しいなら、少しは持ってる!だからっ」

 

何を言ってもダメそうだったが言わずにはいられないし走り続けてへろへろな体で抵抗出来るわけもない。ジョナサンは必死に懇願した。

相手はひたすら無言にジョナサンの言葉を流して彼に近付いていく。ああ、やっぱダメだ。神様、俺は何かしましたか。信仰が厚いわけではないが悪いことはしてこなかったつもりです、どうか。などと普段はしない神頼みを心の中でしながら彼は観念して眼を閉じる。

 

 直後にドスッという鈍い音と閉じた瞼越しにも分かる閃光を感じたジョナサンは恐る恐る眼を開けた。

「な!?」

 さっきまでいたはずの追跡者はそこにはおらず。彼の鞄も残っていた。自分の身体を確認するが特に何かされたわけでもない。鞄の中身を見れば最後の配達物であったあの小包が無くなっていた。どうやらこれだけ盗んで帰ったらしい。助かったということでいいのか彼には判断が付きかねたが、その前に郵便を強盗に盗られたと報告しなければならないことを思って憂鬱になった。ついさっきまで命の危機だったのに打って変わって随分と呑気なことで悩むジョナサンだったが、ともあれここにずっといるのもマズイと思い鞄を手に膝を打ちつけて痛む足を引きずりながらまた歩き出した。

 そこの道のいくらか離れた路地裏に二人の男。二人の足元には先ほどまで郵便配達を追いまわしていた追跡者が気絶して倒れていた。

 

「いいのかこのままで?」

 

「こいつが追いまわしてくれたおかげもあるからな。それに目的は達成してるし幸いにもどちらにも見られてない。殺すこともないだろ。」

 

「まあ判断は任せる。」

そこで会話が途切れた二人は路地を出て通りの道を歩き出した。通りの街頭が彼らを照らす。黒髪の男と金髪の男だ。年は二十代なのだろうが黒髪の方はアジア系特有の童顔で十代にも見える。警官に見られれば止められるかもしれない。尤も、二人の来ている清掃員の服装とキャップ帽がそれを防いでいる。

 

「この荷物を届けて終わりか。」

 

「ああ、全くラングレーのアホタレに直接渡してやりてえぜ!国家犯罪の捜査資料を一般の郵便で送るか普通?天下のCIA様も人材不足なのは俺らと同じなのかね?」

 

「俺らみたいなのが食いっぱぐれないためにはそういうアホタレがいてくれた方がありがたいさ。さっさと届けちまおう。腹が減った。」

 

「たしかにな。今日はロブスターの気分だ。あ、それと次の仕事が来たぜ。」

 

「次の仕事?急だな」

 

「明日の今頃にはこの国ともおさらばだ。」

金髪の男がそう言うとアジア系の方が少し興味を持ったのか聞き返す。

 

「次はどこだ?」

 

「ホーム。我らが故郷だ。」

 

 

 

 

 日本 都内某所

 

 セーフハウスにしていたビルが吹っ飛んだのは全く予想外というわけではなかった。事実こんなこともあろうかと思ってそのセーフハウスから移って仕事をしていたし必要なものは殆ど自分の手元に置いていた。とはいえ正直に言えば誤算だった。あんな派手な手を使う相手のことも知り合いに売られたことも完全に想定出来ていたわけじゃない。なにはともあれ一刻も早くこの国から出て身を隠す必要がある。僕にはまだ、やることがあるから。

 そうだ、僕には使命がある。

 

 

 

  Third Session Transporter

 

 

 お前には使命がある。ああ、まただ。これが夢であると安喜にはすぐに分かった。時折見る夢。いつからか眠りにつくと聞こえてくる男の声。誰だかは分からない。言う事はいつも同じ。使命。なんのことを言っているのか安喜には判断出来ない。使命ならある。だけど夢での声はひたすらに繰り返し伝えてくる。まるで自分が使命を忘れていると言いたげに。俺の使命は俺が決める。そう言おうとして、言えない。夢での発言権は安喜にはなく、常に語りかけられる側でしかいられない。

 

お前には使命がある。

また言った。何だ?何を伝えようとしてるんだあんたは?

あんたは、誰なんだ?

 

そう言おうとした瞬間に夢は終わった。目覚めた視界には部屋の天井。安喜は自室のベッドで寝ていた。時間は大体2時前。そうだ。例によって千束が部屋を占拠し何やら映画を見だしたのを尻目に寝たのだった。今日の仕事は少し始まりが早いので寝坊よりはマシだが、少しばかり早過ぎたなと思っていると横から人の気配。見れば明らかに寝落ち寸前の千束がベッドへと近付いてくる。

「安喜~入れて~」

寝ぼけ眼でそんなことを言いながら安喜の寝ているベッドにもぞもぞと入りこんできた。

何故か下着姿になっている千束に安喜は一瞬迷って聞く。

「まだ寝てなかったのか、寒くないのか?」

本当はもっと聞くべきことがある気がしたが、千束は今にも寝そうだし布団をかぶせればいいかと思い言わずに置いた。正直目には毒だが言ったら言ったで気まずいだろう。

 

「へーき。安喜こそ、うなされてた。また夢?」

だからさっきまでの自分の様子を見られていたことを認めるのに数秒時間を要した。

「まあ、そうだな」

そう答えるより先に安喜の隣のスペースにすっぽり収まった千束は勝手に安喜の腕を枕に寝息を立て出す。

「だいじょうぶだよ、だいじょうぶ」

寝言のようにそう言って完全に眠りについてしまった少女を前に安喜はそっと彼女の髪を撫でた。

 何でお前さんがそんなことを言うんだと安喜は思う。本来なら大丈夫と彼女に言ってやるべきは俺たちのはずなのに。そんな気休めを言った所で彼女を救うことは出来ないのは分かっている。それでも約束をしたのだ。俺はそれを果たすしかない。そうとも、俺には使命がある。俺が決めた使命が。

 安喜はもうひと眠りすべきかと思ったが、寝ればまたあの夢を見る気がして眠れないまま時間が過ぎる。ふと、隣を見る。すうすうと静かに寝息を立てる少女が彼に抱きつくようにして寄ってくる。されるがまま抱き枕になることにした安喜だったが、17歳の女性らしさを日々増していく彼女の感触を感じて少し気まずさを覚える。今に始まった事でもないし安喜自身女性経験が無いでは無いので中学生の如くドキドキはしなかったが、妙な背徳感と罪悪感は感じていた。こんな時でも常人に比べて反応の薄いこの身体がありがたいような恨めしいような複雑な感情も加わり安喜は今度こそ寝れなくなった。結局その後3時間ほど安喜はベッドに横になりながら一睡もすることは無かった。

 

 時間が来て安喜は千束の腕を静かにどかしてベッドから出る。身支度を整えて出ようとした時にふとリビングの紙袋が目に入り見てみると千束セレクションの文字。どうやら新しい相棒のたきなに勧めるお気に入りの映画を選んでいたらしい。それで夜更かししてたのかと一人ごちると安喜はミカの携帯に千束へのモーニングコールをするようにメッセージを送る。あの様子では十中八九寝坊するだろう。新しい相棒の手前それは困る。

 

 家を出た安喜がリコリコに着くと既にミズキが準備を始めていた、謎の着ぐるみを手にして。

 

「なんだそれ?」

思わず聞いてしまった。

「ああ、アキおはよ。これ着てくれって言われてさ。」

そう言ってミズキは黄色と茶色が主体の着ぐるみを着始める。

 

「影武者役なのはわかるがなぜ着ぐるみ。リスかそれ?」

 

「お、よくわかったじゃん私最初犬かと思った。」

犬は、まあ無くもないが、せめて熊だろうと安喜は思った。

「ウォールナットって名前だったからな。まんま過ぎるとは思ったが。」

 

「さすが、今日の内容は確認した?」

 

「確認してる。最終的に羽田まで送ればいいんだろ?ミカさんは?」

 

「裏で準備中。あんたは準備出来次第、端末に送った場所に行って依頼主と合流して。」

 

「随分と気前の良い依頼主みたいだな。」

今回の依頼であるハッカーの国外脱出支援は直接リコリコの方に来た依頼で額が相場の3倍、ミズキが張り切るのも頷ける。

 

 「伝説のハッカーらしいからね。金は持ってるでしょそりゃあ」

 

そう言ってミズキが着ぐるみを着て準備を整える間にアキはリコリコの地下にある武器庫にいたミカに今日の道具を出してもらう。

 

「今日は頼むぞ安喜。」

ミカはそう言ってライフルと弾薬の入ったマガジンを渡してくる。グレネードランチャー付きのG36アサルトライフルを受け取って確認しつつ安喜が訝しんで尋ねる。

「そんなに火力がいるのか?」

安喜としては使いやすい銃でありがたかったが、

「DAからの情報だ。都内でライフルで武装してる連中が確認されてる。プロと言うほどじゃないが充分に脅威だ。」

以前に聞いた傭兵の流入ルートに乗った連中かと当たりを付けた安喜は面倒だなと呟いた。

「ペイント弾も出してもらえるか。」

ミカは頷いて3個ほど黄色テープが巻かれたマガジンを出してくる

「出来れば高速道路でドンパチは避けてくれ。」

そうしたいのは安喜も一緒だがどうなるかといった所だった。

「それは敵さん次第だな。何か変更事項は?」

 

「後からみんなには伝えるが、先に伝えておくと、二人、協力者がいる。」

唐突な話に安喜は少し面喰らう。

「協力者?DAから?」

ミカは首を横に振って続けた。

「CAのリリベルだ。」

DAの姉妹組織の名前だった。だが

「国外担当の組織がなんでまた?」

国内の治安維持担当のDA(Direct Attack)とは反対にCA(Counter Attack)は国外での活動が主任務だった。その為国内にいること自体が大分レアなのだが。

 

「依頼主はウチ以外にも複数依頼を出していたらしい。そのツテだろうな。」

 

「楠木さんからまた文句を言われそうだ。」

 

秘密組織同士といえど縄張り意識というのは意外と厳格だ。国外案件にリコリスが関わらないのと同様にCAのリリベルも国内では基本的に活動していない。国内にいるリリベルはDAの上層部が擁する人員が主だ。

 

 「顔とかの情報はもらえてないのか?」

敵と判別出来ないようなのだったら正直困る。

 「無い。現地で合流だ。撃つなよ。」

本当に面倒だなと安喜は思ったが言わずにおいた。別にミカの落ち度ではない。昔っからこの手の現場での急な話というのはよくあることだ。

 

「・・・わかった。上手くやるよ。」

そう言って安喜は装備を整える。銃を鞄に仕舞って拳銃を懐に入れるとそれを覆うようにウインドブレーカーを着てカバーする。

 

 「ミズキが逃走ルートを確保してある。お前さんはミズキが拾いに来るポイントまで依頼主を連れいってミズキに渡せ。その後は千束たちが護衛するからその援護だ。」

 

「了解。」

安喜は了承するとそのまま店を出る。ミズキ扮するリスの化け物はもう店内には居なかった。車を取りにいったのだろう。

 

 

 安喜は歩いて指定された場所へと向かう。錦糸町から電車でおよそ30分。早朝の通勤ラッシュで多少は混んでいたが、さほど支障なく到着した安喜は端末の情報に沿って廃ビルの中を進む。曲がり角を過ぎた所でシャッターの下りている入り口。ここだ。

聞いていた手順通りにノックを5回、3回早く、2回ゆっくり。えらくアナログだが指示通りなので信じるしかない。

 

 幸い通じた様でシャッターが上がりそこにはドア。ドアを開けて中に入った安喜の前には黄色い大きめのスーツケース。よく空港で見かけるタイプのそれとモニターが置かれている。部屋を見渡すが特に何も見当たらない。合図に反応したなら手遅れとい言う事は無いだろうが、これはちょっと予想外だと安喜は頭を掻く。すると唐突にモニターが点いて画面にリスのエンブレム。どうやらこれがウォールナットの目印らしい。モニターから機械音声が発される。

 

『来てくれてありがとう。私はウォールナット。早速だがそのケースを持ってここを出てもらう。そのスーツケースが今回の荷だ。僕の全てが入っている。これを無傷で届けてくれ。』

「・・・わかった。手順は聞いてるか?」

 

『おまえが荷をドライバーに渡してくれると聞いている。』

 

「なら良し。車に乗せてからはうちの腕利き二人が護衛に就いて空港まで送る。あんたが呼んだ協力者もな。」

 

『二股をかけるような真似をしたのは謝るよ。その分は支払いで誠意を見せたということで納得して欲しい。』

 

「依頼を受けた以上不満は言わない。じゃあ行こうか。」

 

そう言って安喜はスーツケースを押しながら部屋を出る。ドアを閉めて少し歩けば後ろからシャッターの降りる音がした。

 

 廃ビルから出てしばらく歩くと視界に数台の車がちらつく。明らかにこちらへの視線を感じた安喜は首に着けていた骨伝導のインカムでミカに連絡する。

 

《聞こえるか?》

 

 

《聞こえてる。敵か?》

 

「恐らくは。視線を感じるな。不審な車両が3台ほどうろついてる。ご丁寧に白いハイエース。一台はナンバープレートの番号がおかしい。クロだ。」

 

《今どこだ?》

 

「北千住から大体1kmくらいか。駅まで無理かもしれん。ミズキは?」

 

《車でそっちにいかせる。20分ほど時間を稼げ。》

 

「了解。CAの協力者から連絡は?」

 

《無い。》

そこまで話したところで安喜はこの辺にあった小さな廃車場を思い出した。取り壊しは確か来年、まだあるはずだ。

「合流場所を送った。そこに車を来させろ。」

 

《了解。向かわせる。》

 

「聞いてた通りだ。ちょっと寄り道するぞ」

 

『任せるよ。荷物さえ無事ならいい。少し落ちる。後は任せた。』

ウォールナットは落ち着いた声で答える。

 安喜の後ろに車が一台、着かず離れず。恐らくスーツケースだけなので依頼主本人を探すために残りは他で動いているのだろう。個人を尾けるのに車だけで来る辺りたしかにプロではないなと安喜は思いつつ油断無く気配を探りつつ歩いていく。廃車場は果たしてまだあった。廃車になった車の群れが積み重なり鬼ごっこに丁度いい。安喜は適当な場所に隠れると持っていた鞄からG36ライフルと弾倉を出して上着のポケットに入れた。

 

 「しばらくしたら仲間が車で迎えに来る。そこからはドライバーと一緒に羽田まで行け。」

返事は無いが聞こえてはいるだろう。

中身の無い鞄を捨てて安喜はスーツケースと銃を抱えて廃車場の際にあるダストボックスまで行きそこにケースを入れる。後はミズキが回収するまで奴らを引っかき回せばいい。

 

 入口の方から車の音。恐らくは尾行してきたハイエースだろう。安喜は銃を手に敵の方へと向かった。

 

 

 安喜とミズキが動き出してしばらく経ったリコリコではリコリスのコンビ(千束とたきな)が準備を済ませようとしていた。安喜の予想通り寝坊した千束はミカの電話で飛び起き急いで店に来ていた。来店していたヨシさんこと吉松シンジと少ししか話せなかったのが残念だったが仕事の時間を考えると丁度良くて助かった。

 

「状況は?」

 

「武装集団に追われてる。5~10人と言いたいがもっといるかもしれん。ライフルで武装してると安喜から連絡があった。」

 

「安喜はもう戦闘中ってこと?」

弾倉に弾を込めながら千束が聞く。

 

「丁度今ごろかもな。」

 

「ミズキは逃走ルートの確保に動いてる。」

 

「張り切ってるね―」

 

「報酬が相場の3倍だからな。」

 

「道理で。」

 

「危機的状況ということだ。それから、協力者としてリリベルが二人どこかで合流してくる。気をつけろ」

 

「え?何で?協力者?味方ってこと?」

 

「味方だ。向こうはこっちのことを知ってるから分かるだろう。」

 

頭に?マークを浮かべて千束が聞く。隣でたきながリリベルって何ですか?と尋ねると千束が答える。

「うーんと...男版リコリスみたいな?」

と聞くとそんなのいるんですかと驚くたきなに千束がニヤついた顔で聞く。

「アレ何たきな?男の子に興味あるの~?」

 

「ありません。それより時間ですよ。」

 

「つれないなー。じゃあ先生行ってくるね―。」

そう言って出ていく二人。

 

ドアの向こうから昼飯の話をする二人の声。最初よりはコンビらしくなったなと思いミカは笑った。

 

 

 

 廃車場では安喜が戦闘中だった。ハイエースで入ってきた敵にライフルの銃身下部に着いているグレネードランチャーで40mmペイント弾を放ちフロントガラスの視界を塞いでやるとハイエースは慌てて停車するも止まり切れず付近の廃車に激突する。このまま下がってくれればよかったがさすがにそうはいかず降車してきた敵にライフルで牽制射をかけ展開を阻むと影に隠れる。弾が高いので出来るだけ使いたくなかったがライフルを持った敵にそこまでの余裕は見せられない。安喜はグレネードランチャーに煙幕弾を装填して敵の気配を探る。すると入り口とは反対側から車のエンジン音。ミズキだ。もう少し早く来てくれればよかったと安喜は思うが、まあ悪くはない。

 

「みずき、そこのダストボックスの中だ。さっさと持ってけ。」

 

《なんでわざわざ入れたのよ!出すの大変なんですけど!》

 

「そんなに重くない。がんばれ。」

 

《重いわよクソガああああ》

 

 ミズキの絶叫を無視して安喜は敵がミズキの車に行かないように敵に射撃を加えていく。安喜の使う弾は千束の使っている非殺傷ゴム弾のいわばライフル弾バージョンだ。届きはするが命中率も威力も決して良い代物ではない。その為の連射だ。一人に対して10発を撃ち込めば大抵数発は当たって怯ませられる。事実安喜は一人で6人ほどの敵を抑え込んでいた。敵がアマチュアだというのもあるが相手は発砲自体を少し避けている。恐らく標的を確認していない段階で銃声を立てたり薬莢をばらまきたくないのだろう。いくら日本が平和な国でも銃声が長時間鳴り響けば誰かが警察に電話くらいはする。警察に見られた段階で彼らの仕事は果たせない。その辺の分別は敵にもあるらしかった。いつの間にかミズキは車で走り去った様で響いていた文句と愚痴も聞こえない。肩が軽くなった安喜は廃車の影から銃だけを出して盲撃ちをして威嚇する。こちらの場所を掴んだ敵が向かってくる気配を感じ取りつつ安喜は弾倉を交換し、懐からスモークグレネードを出してピンを抜き、相手の方へと軽く投げる。

「グレネード!」

 敵の声に続いてプシュ―と煙幕の吹き出る音を聞いて安喜は影から出る。視えた通りに敵は4人で向かってきていたようだ。全員がAKライフルで武装、プレートキャリアーを着ているのでライフルの実弾じゃない限り致命傷にはならない。安喜は姿勢を低くし前傾姿勢で敵の至近距離に肉薄する。スモークで視界を塞がれた敵の眼前に突如銃口が現れ、銃声。至近距離からの射撃で額に被弾した男が倒れると残りの3人が慌てて銃声の方向に発砲するが手ごたえは無く帰ってきたのは銃声のみ。6発の銃弾が鳴り響きスモークが晴れるとそこには悶絶して蹲る4人の男たち。

 安喜は残り二人を探すと一人は既にハイエースの横で呻いていた。最初の牽制射が当たっていたらしい。よく非殺傷弾だとばれなかったなと安喜は思うがそもそもこの弾自体が大分イレギュラーな存在なので想像できなかったのだろう。とりあえず回復しそうなそいつに数発追加で叩きこみダウンさせラスト一人の気配を探る。と左の方向から気配と同時に銃声がして安喜は咄嗟に身を捻って回避する。安喜のいた場所に銃弾を撃ち込んだ相手を探り出すと安喜はその方向に煙幕弾を撃ちこむ。と、遠方から車の音。警察かもしれないと思った安喜は最後の一人がいるだろう方向に向けて声をかける。

 

「おーい!警察が来てる。俺は消える。そっちも仲間連れて逃げた方が良いぞ!」

 

それだけ言うと返礼とばかりに銃声がして安喜の隠れている廃車の傍で金属の鳴る音が響く。安喜は長居は無用とばかりに銃を持って駆けだし廃車場を出た。さすがにライフル片手に街中は歩けない。車がいるなと思った安喜は奥の手を使うことにした。時計を見ると時刻は昼近い。通りで腹が減るはずだと安喜は呻いた。

 

 

 

 

 電車を乗り継いでミカの指定した駐車場へと到着した千束とたきなだったが、突如着ぐるみを着た依頼主の車が現れたのには揃って面喰っていた。

 

「何で護衛対象が颯爽と車で現れるのよ、普通逆でしょ。」

乗り込んだ車内で千束が隣に座るたきなの肩をゆすってダル絡みをしている。駐車場に停まっていた激レアスーパーカーに未練があるらしく未だに文句を言っていた。

 

「目立つし、こっちのほうがいいですよ」

そう言って千束を宥めるたきなに千束は尚も呻く。

「以前安喜にも同じこと言われた~。高過ぎるからだめーって。」

 

「御尤もだと思いますよ。却って使いづらいですあんなの。」

「あんなの」と一刀両断され芝居じみた嘘泣きを始める千束に正直そろそろダルいなとたきなが思い始めていると運転席の着ぐるみが声をかけた。

 

『予定と違って済まない。ウォールナットだ。』

 

「ハイハイ、千束ですー。彼女はたきな。何かイメージしてたハッカーさんと違いますね―」

着ぐるみに始まり車内で流れ続ける演歌と色々とカオスな絵面だった。

 

『底意地の悪い痩せたメガネ小僧だとでも?だとしたら映画の見過ぎだよ。』

 

ほら、やっぱりとたきな。いやだとしても着ぐるみはないでしょ、と千束。

『ハッカーは顔隠した方が長生きできるってだけさ。JKの殺し屋の方が異常だよ、リコリス。』

 

「クマのハッカーよりは合理的ですよ。」

たきなが反論するが、千束はそうは思わない。

「たきな、犬だよ。」

「リスだ。」

すかさずウォールナットが訂正する。完全に論点が3人揃ってずれていたが誰も気にしなかった。リスという答えにたきなはへの字口で納得いかない様子だったが千束はなぜか興味深そうに見ている。

 

『どう合理的なんだ?』

話を戻してウォールナットが聞き返す。

「つまり、日本で一番警戒されない姿だってことですよ、これ。」

自分の制服を見て千束が言う

「JKの制服は都会の迷彩服というわけか。」

言い得て妙なことを言って納得した様子のウォールナットにたきなが尋ねる

「この大きいのなんです?」

助手席に乗せられている黄色いスーツケースだ。しっかりシートベルトで固定されている。

『僕の全て、国外逃亡するには身軽な方がいいだろう?』

 

「いや、あんたの方が既に身軽じゃないですけどね。」

千束のツッコミに珍しく尤もな指摘をしているなとたきなが失礼なことを思っていると、千束が続けた。

「でもいいな~。私も海外行ってみたい。」

 

「一緒に行くかい?」

ウォールナットが問いかける。

「私たち戸籍が無いからパスポート取れないんですよ。」

やっぱりリコリスは異常だよとウォールナットが言って会話は途切れた。

 

しばらく走って千束もたきなも違和感を感じていた。

「来てませんね。」

「そうねー」

武装集団に追われているという話だったが気配が無い。もしかしたら安喜が片付けてるか相手をしてくれてるのかもしれないと思ったがそれならミカからも連絡があるだろうと千束もたきなも考えていた。

『さっき言っていた安喜というのは仲間か?』

 

「そうそう。知ってるの?」

 

『朝車まで護衛してくれてたのが彼だ。敵も引きつけてくれたしな』

やはり武装集団の相手は安喜がしているらしい。心配にはならなかった。アマチュアにやられるような男ではないし逃げ足が早くてしぶといのが取り柄とは本人の談だ。今頃どこかでタバコでも吸ってるかもと思うと千束は何故だかムカついたがそれは後で本人にぶつけることにして千束はたきなに聞く。

「追手が来る様子無いけど、このまま羽田へ?」

 

「いえ、一度車を変えるように言われてます。ウォールナットさん、ここに向かってください」

たきなはスマホをウォールナットに見せる。

『わかった』

頷くウォールナットだが今ので本当に見えているのか。

 

高速道路のインターに差し掛かる。ここから高速道路で羽田まで行く予定だ。

 

「あれ?」

だがそうはならない。車は高速道路には入った。羽田へ行くルートとは逆方向に。

 

「違う道路に乗ってます!」

たきなは瞬時に理解していた。千束は窓に顔を押しつけて周囲を見る。まだ本線には出ていないが上空にドローンくらいは・・・いた!後方に一機。明らかにこちらを見ている。

『車を乗っ取られたか。』

その手で来たかと千束は毒づく。武装集団だと聞いていたのでそちらに意識が向いていたがなるほど効果的な手だ。

車が一気に加速する。

「どこ向かってるの?」

わからないが碌な所ではないだろう。

『ロボ太か。腕を上げたな。』

どうやら知り合いらしい。どんな奴か知らないが碌なやつではないだろう。

車が本線に出る。

「回線の切断を」

たきなが言うがウォールナットが否定する

『制御を一時的に取り戻しても、すぐにロボ太に上書きされるだろう。こちらの作業完了と同時に、ネットを物理的に切れればいいんだが。』

 

「え!ルーターどこよー?」

 

『知らん。僕の車じゃない』

 

「千束さん!」

たきなの呼ぶ声に千束が振り向くと後ろからハイエースが2台。助手席にはAKライフルを持った男。

「10人以上いるじゃんどうみても。」

「問題はそこじゃないでしょう」

車を乗っ取られている所に敵の襲撃。やられた。予想以上に大胆な手を用いる連中らしい。

 

『敵襲か』

ウォールナットが呟く。どうやっているか知らないが運転しながら車の制御を取り戻そうとしているらしい。

『僕の作業完了と同時に後方のドローンを撃てるか?』

 

「たきな、ドローン任せた。後ろの相手は私がする。」

そう言って千束は拳銃を左右の窓に向けて撃ちこむ。1弾倉を使いきった。

「任せてください。」

たきなはそう答えて銃を構える。直後、後ろのハイエースから発砲。AKの銃弾が車体を掠める。本当に成り振り構わない連中だ。

「ウォールナットさんタイミング合図して!」

千束が声を上げつつ窓から身を乗り出して後方のハイエースに発砲する。フロントガラスに命中。適度にヒビを入れて敵の視界を遮ったがすぐに敵がフロントガラスごと撃ってしまい一時しのぎにもならない。とにかく車のコントロールを取り戻さないことには始まらないと思っている所にウォールナットが叫ぶ。

『いけるぞ!3!』

「たきな!」

『2!』

「はい!」

たきなが窓から身を出して銃を構えてドローンを見据えた。射線はクリア。

『1!』

たきなが拳銃のトリガーを引く。1発、2発、3発。

「よし!」

3発の銃弾は、まるでドローン自らが当たりに行ったかのようにきれいに命中、完全に制御を失って墜落していく。

『車の制御を戻した!高速から降りろ!』

 

「はやくね!」

千束が叫ぶ。このままでは弾が足りない。とはいえ撃ち返さなければ蜂の巣なので撃ち続けていると

 

ボン!

 

突如として後方のハイエースの一台がスリップして姿勢を崩した。前輪のホイールが吹き飛んでいる。千束は思わず自分の銃を見る。そんな威力のあるものではないはずと驚いているとたきなが叫んだ。

 

「何か後ろから来てます!」

千束も見るとスリップして止まったハイエースの更に後ろから大型のバイクが2台。速い。

 

「花守さん?」

たきなはそう言ったが2台だし安喜はバイクは基本的に乗らない。しかもあれは

 

「バイクに腕?」

 

後方から来るバイクにはロボットのような腕が着いていた。まるでSF映画に出てくるような乗り物を初めて見た千束は思わずすごい!と言ったがそんな場合ではない。

 

『ライドバックか。敵だとしたら厄介だぞ。』

ウォールナットが答えを出す。

「ライドバック?」

 

『数年前から出回っている可変式のバイクだ。スポーツ用だと思っていたが公道を走れるのか?』

「知らないよそんなの!初めて見たんだから!」

「ふたりともそんなこと言ってる場合ですか」

御尤も。そうこう言っている間にライドバックと呼ばれるバイク2台はもう一台のハイエースに接近していく。

「撃っちゃだめだよまだ」

「分かってます。人を乱射魔みたいに!」

たきなが思わず言い返す。

 

 ライドバックの一台がハイエースを追い越してこちらへと近付いてくる。協力者か敵か

千束もたきなもその答えが出る瞬間を待つしかなかった。

#02-1 end

 

 

 

 

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CA(Counter Attack)

カウンター・アタックと呼ばれ、主に国外案件を担当するDAの姉妹組織。主任務は海外における国外逃亡犯の捜査と追跡。また日本の他機関の海外活動支援などがある。カウンター・アタックという呼称は過去に国外逃亡犯や国際犯罪組織に対して報復行動を実施していた名残から。作戦要員には主にリリベルが充てられるが任務によってはリコリスから選抜された者が投入されたこともある。基本的に学生服は着せない。

 

 

リリベル

DA及びCAで運用される少年兵士。成り立ちや年齢層は概ねリコリスと同じで20歳まで生き残る者は稀。リコリスと違うのはDA以外の組織にも所属するのでリリベル同士でも組織によっては仲が悪い。

 

 

RideBack ライドバック

 

人型形態に変形可能な可変式バイク。正式な分類は二脚式自動二輪自動車両。従来の二輪車でなしえなかった三次元的な動きを実現し運動能力は従来のバイクと比べて優れている一方で速力については劣っている。操縦者を背負うように走行しているように見えることからRide on Backが略されてRIDEBACKとなった。日本での知名度は低くスポーツ用のマシーンという認識が強いが海外では軍事転用が進んでおり紛争地帯で見られることも増えてきている。

 

 

ジョナサン・デイビス

 

不幸な郵便屋の男。もう出てこない。

 

 

 

 

 

 

 

 

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