Lycoris Recoil 花守のうた 作:RoLeRuLiRA
ウォールナット死亡より約1時間前
廃車場から離脱した安喜はすぐそばの廃ビルに入って次の行動に移っていた。銃を置いていくわけには行かないので移動には車がいる。一番手近な伝手がこの廃ビルにある。廃ビルの一室の壁に据え付けられているその伝手、日本では絶滅したと言っていいダイヤル式の黒電話の受話器を取りトーンが流れる受話器を耳に当ててダイヤルを回した。「9029」と4ケタの番号にかけるとコール音が鳴って受話器を取る音がした。
『・・・・・・』
つづいたのは沈黙だが安喜は構わず口を開く。
「ブラヴォー・ツー・ゼロ」
常々変えたいと思っている合言葉を告げた。
『珍しいわね。あなたから電話なんて。』
答えたのは女性、というか少女の声だった。機械音声ではない。
「御無沙汰で。急ですが頼みが。」
『知ってるわ。リスを逃がす仕事でしょ?』
相変わらず何でもお見通しのようだ。
「話が早い。車が欲しいんですよ。」
『急に電話してきていきなり無心というのはちょっと男としてどうなの?』
「ランチの誘いでこの電話は使いませんよ。だいいち俺とのお喋りを楽しみにする人じゃないでしょあなたは」
『あら、私はあなたと話すのは好きよ。私を
「ありがたい。車種は?」
恐らくだが綺麗な状態では返せないだろうと安喜は思っていた。
『黒のエクストレイル、ナンバーにEって振ってあるからすぐ分かるわ。』
大方米軍で不要になったのをもらったのだろうと安喜は辺りをつける。
「なるべく目立たないようにしますよ。」
- 『無理よ。あなた絶対壊すわ。』
- 「よくおわかりで。」
-
- 『あなたたちみたいな人種に何か渡す時はあげるつもりで考えないと割に合わないわよ。』
「感謝します。」
『いいわ。私、あなたみたいな人は好きだもの。いつでも連絡なさい?』
本当に人間のような答えをスラスラと出してくる相手に安喜は笑いを堪えてあいさつをしてから電話を切った。ライフルを一旦隠した後に急いで行った駐車場から車で回収に廃ビルまで戻るのに20分とかからなかった。
ウォールナット死亡の約10分前
リコリコ店長のミカにとって私有車以外の車輛の運転は久しぶりだった。特に今運転している緊急車両の類は。DAからの伝手ではなくミカ個人のコネで借りた救急車で千束たちとの合流地点に向かっていた彼の携帯電話に着信が入る。機械音痴の身としては運転中の通話は例えハンズフリーとはいえ身構えるところがあった。チラリと画面を見ると見覚えのある4ケタの番号。押してみると懐かしい声がした。
『お久しぶりね店長さん?』
決して生身の人間ではないが機械音声でもない、奇妙なバランスの少女の声。
「キミからかけてくるのは珍しいな。仕事の依頼ならすまないが後で・・・」
『あら、今してる仕事を助けてあげようと思ったのに。このまま行ったらあなたの子供たちも危ないわよ』
意味深な云い方に眉をひそめたミカを直に見ているかのように相手は続けた。
『そんな顔しないで。手伝ってあげると言ってるのよ。アキには車を上げたから向かってると思うわ。でも保険に、もう一つ手助けして上げるわ。丁度その辺に私の友達がいるの。彼女を向かわせてるからあなたは急いで合流地点に行きなさい。あの子たちと合流したらそのまま撤収して。あとは安喜と彼女がやるから。』
「ちょっと待て!さっきから何を言って―――」
『あなたたちの仕事がよそから邪魔されようとしてるの。それだけなら別に良かったけどあの子たちが危険に陥るなら話は別。そういうことよ。』
ミカの抗議を遮って静かに、強い口調で伝える。
「タナトスの目には、なんでもわかるってことか?」
『そうよ。経験が違うもの。お宅のラジアータとは比較にならないほどにね。』
それだけ言って彼女は連絡を切った。ミカは一方的な申し出に納得しかねたが彼女の言う事を無視して良い結果になるとも思えずとりあえず言われた通りにすることにした。自分の立てたプランに綻びが出ていることを感じたミカはただ黙って車を走らせた。
Fifth Session Free Fire
ウォールナット死亡から数分後
その銃声を聞いた瞬間、井ノ上たきなは自分が撃たれたのだと思った。だが感じたのは、浮遊感と、何かが自分にのしかかっている感覚。
わすかに数秒、視界が開いているはずなのにそれを知覚するまでに生じた一瞬のラグから回復してたきなは自分に覆いかぶさっている千束がこちらに伸びてくるレーザー光の元に目の前の車を盾に銃を撃ち返していることを認識する。
「たきな!無事?!」
敵の方を向いたまま叫ぶ千束に、ハッと我に返ったたきなは自分の右手が握っている拳銃を確かめて答えた。
「大丈夫です!」
思い出した!あの瞬間銃声と同時に千束が自分に覆い被さってきて射線から外してくれたのだ、直後にどこからか走ってきたこの黒い車が二人の盾になった。車内は無人、恐らく安喜が自動操縦で送ってくれたのだろう。今も尚二人の盾になって銃弾を浴び続けている。タイヤが射たれたのか車体が傾き若干煙も出ていた。
《無事か!?》
インカムから安喜の切迫した声。
「間一髪!ナイスタイミング安喜ー」
《間に合ったようで何より。一旦スーパーの中まで退がれるか?》
千束と安喜の会話が改めて二人に助けられたことをたきなに認識させる。
「二人とも生きてるか?」
少し離れたとこにいるのだろう京輔の声が彼の射撃音と共に聞こえてくる。
「どっちも無事!援護して!たきな走れる?」
京輔が今やってる!と返してくるのを背に千束が聞いた。
「走れます!」
たきなが応えて二人は立ちあがって駆けだした。
二人と京輔、そしてスーパーの搬入口まではわずかに7,8m程度だったがそれでもやたらに長く感じる。煙幕はもう殆ど晴れてしまっている。敵は一方的にこちらを狙って撃てるはず、前を走る千束の背中でさえ、やけに遠く感じてたきなはいやな汗が流れるのを感じたが、ふと違和感にも気付く。敵からの銃撃が減った。
敵からの射撃は何故だか散発的だ。こちらを一方的に捉えているという風ではない。火点は2、千束は4人いるといったが全員がこっちを撃っているわけではないらしい。だが決定的におかしいのは自分たちのを除いても銃声が4つは聞こえることだ。一人は安喜だとして、もう一つ、もう一人は何だ? 実は敵は3人で一人が安喜と戦っているということか?
そんなことを考えてる内にたきなと千束はスーパーの搬入口を抜け中に駆けこんだ。二人に続いて京輔も戻り、どうにか撤収の第一段階は成し遂げた。あんな開けた場所でやり合うのはごめんだ。
「おかしい。」
千束が言った。京輔も頷く。
「銃声が4つなのにこっちに撃ってきてたのは精々3人か2人だ。デイビッド、バグは何か拾ってないのか?」
京輔もその違和感を感じ取っていたらしい。デイビッドに聞くがデイビッドは首を横に振った。
「今調べてるが。バグは安喜ってやつの方向からは銃声を拾ってない。銃声は完全に俺たち以外のやつらのものだ。」
「4人のうち二人は敵の敵かもってことか?」
京輔が言うがたきながそれを否定する。
「最初にこちらを狙っていたレーザー光は3つありました。しっかり覚えてます。」
つまりは3人の敵と1人のアンノウン。4人組の第3勢力だと思ってたが正しくは3人と1人というわけだ。
「頭痛くなってきた。」
「知らんふり決め込んで帰りたいところだが。」
京輔がぼやいたが本人もそれが得策だと思っているわけではなさそうだった。ここで鉢合わせした敵が3人ないし4人だったとして他の場所にいない保証はない。遺体と荷物を担いで撤収となった時に他にもいてウォールナットと一緒に蜂の巣になるのは御免だった。
《千束!》
「安喜!」
インカムからの声に千束が答える。
《上手く行ったみたいだな》
無線越しに銃声が聞こえる。どうやら安喜も接敵したらしい。状況を聞いてくる安喜にとりあえず全員の無事を伝えた千束は安喜に注意を促す。
「敵の勢力が複数いるみたい!3人と1人かもって!」
《なんだそりゃ?》
安喜が戸惑いをみせるが何か察したのか、一拍置いて冷静な声が帰ってくる。
《・・・わかった。お前らは遺体と荷物担いで反対側から離脱してミカさんと落ち会え。》
それだけ言うと安喜は無線を切った。
「ちょっと!安喜!」
千束が止めようとするが安喜からは返事が無い。本心では合流したかったが安喜の言葉に従い仲間と仕事のことを優先することにして千束は指示を出す。
「行こう。来た道を戻ってここを離脱する。先生が来る所までのルートと安全を確認して。」
後半のセリフはデイビッドに向けたものだった。デイビッドもそれを諒解してバグに一旦戻る様にコマンドを送る。
そこでふとたきなが千束に近付いてきた。
「?・・どしたのたきな?」
意図が読めない千束の身体をいきなり触ってくるたきなに千束は面喰う。
「ちょいちょいちょい!なになに!?」
びっくりしてたきなの手を引き剥がした千束に当のたきなは真顔で聞いてくる。
「いえ、その、さっきかばってもらった時に撃たれなかったのかと。」
どうやらずっと気にかけていたようだ。
「心配してくれたの?平気だよ、ほら」
そう言って千束はたきなに背中を向ける。千束の背負っていたリコリス用の学生鞄、その真中がへこんでいた。
「さすがの防弾性って感じだよね。」
千束の自慢げな表情にたきなは心底ほっとした顔で言う。
「すいません、わたしのミスで、その....ありがとうございます。」
少し言いずらそうに感謝するたきなに千束は笑顔で言う。
「いいんだよ、たきなが無事だったんだから。それにお礼は終わってから、ね?」
「はい」
ちょうどデイビッドがルートの探索を終えたらしく話に入る。
「敵は確認できない。が、まあ油断せず行こう。」
そしてウォールナットの遺体を京輔が背負い、荷物はたきなが引いて4人は移動を開始する。銃声はまだ鳴っている。一つ増えて5個になった銃声が安喜が戦闘に加わったことを示しており千束は後ろ髪を引かれる思いでその場を後にした。
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安喜は廃工場の中で敵の姿をはっきりと視認していた。
アーミーグリーン色のコートに身を包んだ中肉中背のシルエット。手にはUZIらしきサブマシンガン。顔は覆面を被っており分からないが男なのは安喜にも何となくわかった。
向こうも同時にこちらを見てお互い同時に銃を構え、同時に銃撃が始まった。お互い遮蔽物への移動をしながらの射撃で当たらない。安喜は手近なベルトコンベア装置の影に隠れる。
二人が戦っている廃工場の一室は元はライン作業の場所だったのだろう。長方形の室内の中心を2本の生産ベルトコンベアのラインが縦に川の様に設置されてその周囲に雑多な道具や机が散乱している。遮蔽物には事欠かないがそれは敵にも一緒。
泥仕合をするのは気が滅入るが贅沢はいえないなと安喜は思い敵の位置を確かめる。
安岐が盾にしているベルトコンベアの上にちょこんと顔を出して見るが視界の正面に敵の銃口、慌てて頭を引っ込めればついさっき頭を出した所に銃弾が飛んできた。
盲撃ちにしては正確だ。もしかすると銃にカメラを付けているのかもしれない。敵が身を晒さずに狙って撃てるならこちらが圧倒的に不利だと思った安喜は敵の強みを封じるべく懐から黄色いテープが巻かれた弾倉を取り出して差し換えた。敵の銃撃が途切れる瞬間を待って、今!一瞬で身を起こし狙いをつけて一連射を見舞った。放たれたペイント弾が敵の構えていたサブマシンガンに何発か当たり纏わりつく。トリモチ入りのリコリコ特製の弾だ。しっかり当たればこれでも相手を無力化は可能だ。敵の叫び声を聞いた安喜はそこから移動してライフルを構えながら敵に接近した。再び顔を出した敵の手には拳銃が握られ銃口が安喜に向いている。その拳銃めがけて安喜がトリモチ入りペイント弾を発射。数発当たったソレらが銃の動作を阻害する。拳銃も使えず抵抗の手段を失った相手に安喜は腰のベレッタを抜くと非殺傷ゴム弾を叩き込み気絶させた。
直後に殺気を感じた安喜は周りを見ることなくその場から飛び退いて遮蔽物に隠れた。ほぼ同時に安喜の頭上を銃弾が通過していくだがそう何発も無い。新手は一人とみた安喜はライフルの弾倉をゴム弾に戻し撃ち返した。敵はガンカメラ付きのアサルトライフルだった。真正面から撃ち合うのは不利だと感じた安喜がふと上を見れば天井から垂れているクレーンの残骸らしきものが目に入る。2mくらいの長さのそれは天井から垂らされているワイヤーと錆びた細いチェーンで繋がれており、時折フラフラと揺れている。それが大体敵のいる辺りの頭上にあった。安喜はその場に仰向けになると弾倉を赤テープの巻かれた物に交換してそのまま天井のチェーンとワイヤーに向けてフルオートで射撃。5.56m弾30発にワイヤーもチェーン成すすべなく引き裂かれ支えを失ったクレーンはそのまま地面に落下した。安喜は弾倉をいつものに交換して初弾を装填すると起き上がって敵のいた方に銃を構える。銃口は見えない。安喜は銃を構えたまま敵のいた場所へと前進していく。着いて見れば敵は安喜の目論見通りに下半身が落ちたクレーンの下敷きになっておりうめき声を上げている。敵の腕から銃を取り上げた後に安喜はライフルを向けて非殺傷弾をお見舞いする。パタリと意識を失ったのを確認した安喜は倒した敵の左手に握られた手榴弾を見て、しまった!と内心でうめく。
安全ピンの抜けた手榴弾が気絶して力の抜けた男の手からこぼれ落ちレバーが外れた。その瞬間安喜はソレを拾い上げて思いっきり投げる。ドアの近くにある鉄製のゴミ箱に見事インし、直後に爆発。穴だらけで廃品となったゴミ箱を尻目に安喜は先へと進んだ。
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回収に来た救急車と合流に成功した千束たちはウォールナットの遺体を担架に乗せて荷物を車内に入れていた。後は自分たちも車で撤収となっていたが千束は残って戦っている安喜がずっと気がかりだった。ヘタをすれば4対1かもしれない。加勢したいという思いは強かったが自分が行こうとすればたきなや京輔にデイビッドも付いてくるだろう。それは避けたかった。その時、廃工場の方向から音がした。大きなものが崩れる音に続いて小規模の爆発音が聞こえた。千束は車に乗り込むようたきなたちに伝えると拳銃の弾倉を交換する。
「わたしはちょっと安喜を回収に言ってくるよ。」
努めて軽いノリで千束は言うようにした。
「わたしも行きます!」
案の定たきながそう言った。
「たきなは、ここをお願い。車と荷物を守って。大丈夫!私強いから!」
千束は胸を張って言う。京輔も何か言いたげではあったがたきながどう言うのかを今は見守っていた。
「千束!」
声の方を見れば救急隊員の格好をしたミカが運転席から乗り出して呼んでいた。
「え?先生がドライバーなの?」
「まあな、人手不足さ。それより安喜のもとへ行くなら伝えてくれ。協力者がもう一人来てるらしい。女性らしいから見ればわかるとは思うが。」
「あーやっぱいたんだ………ん?てか女性?」
心当たりがあるのか千束は額に手をやって困った顔をした。が直後ミカの最後の付けたしに食いついた
「依頼人は彼女はと言ってたから…多分女性だろう」
それを聞いた千束の表情が何故か重くなりそれからヤバイ急ごうと一人呟いてミカに背を向けたきなの方を向いた。
「ちゃんと二人で戻るから。ここ頼むよ、相棒!」
そう言ってたきなの肩をたたくと千束は来た道を走りだしていた。
「あっ……絶対ですよ。」
遠ざかっていく千束の背中を見送ってたきなは悔し気に呟いた。
. 後半へ続く