過去の分を探して訂正するのは気が向いたらやります…
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────慣れない環境というのは、時として予想外の生理的現象を引き起こす。ここに入学して1か月。表面上は繕っていたが、自分でも知らぬ間にストレスを抱え込んでいたらしい。
「うっ……久しぶりだな」
ベッドから転げ落ちるように飛び出し、早い足取りでトイレへと向かう。ここ2年ほど何もない状態で、一気に襲って来たため余計質が悪い。
「はぁ、はぁ……おぇ」
床に座り込み、胃の中のモノをすべて吐き出そうと試みる。それから5分ほどえづいていると、靄がかかっていた思考が段々とクリアになってきた。
トイレの水を流した後洗面台の前に立った俺は、パジャマを脱いで鏡の前で上裸になる。
「……よし、大丈夫だな」
自分の体をざっと確認し、どこにも傷がないことを確かめる。明らかに意味のない行為だが、さっき見た夢は余りにも
そして服を着なおしベッドへと戻る。隣に置いたスマホで時間を確認すると、画面には六時過ぎと表示されている。二度寝するかどうか迷う時間帯だ。
────夢というものは、脳内に溜まった過去の記憶や、直近の記憶を処理するときに表れる現象である。一見して非科学的な現象だと思われがちだが、これも側頭葉とニューロンの働きで説明できる物理現象だ。
しかし、一つだけ説明できないことがある。それは『俺という人間が形成された経緯』だ。前世の記憶なんていう俗説に収めるには、余りにも世の理から外れすぎている。
『俺さ、来年から臨床研修医として働くことになったんだ。将来は小児科の先生になりたくて』
『何でって……子供が好きだから? いや、変な意味じゃねぇつーの。そんな理由で6年間クソムズイ勉強できねぇよ。奨学金だって条件厳しいし』
『びっくりしたっしょ? そしてもう一個サプライズ! 俺、働いたら結婚するんだー。今の彼女とはもう10年も付き合ってるんだぜ?』
『元気そうでよかったよ。今度初任給で美味いレストラン連れてってあげるからさ、楽しみにしてて!』
懐かしいな。あの時は文句を言いつつも、なんだかんだ言って幸せだった。将来の希望もあって、これから幸せになっていくことに疑問なんて一切抱いてなかった。
俺は……自分が他人の幸せを奪っていた事実から、目を背けていた卑怯者だ。
────そして、それは今も変わらない。
時刻は朝7時55分。俺は船の甲板へと足を運んでいた。流石の有栖ちゃんも朝食に誘ってくることはなかった。きっと今頃は同じように試験についての話し合いを行っていることだろう。
集合場所であるカフェのテーブル席には、既に1人の生徒が座っていた。
「お。早いね清隆君」
そのガッチリとした背中を叩き、俺は座っていた生徒。清隆君の隣に腰掛ける。集合の5分ほど前に来たつもりだったのだが、どうやら清隆君はそれ以上早く着いていたようだ。
「紡か。1時間待ったぞ」
綾小路君はいつも通り、淡々とした様子で返してきた……って。えっ……
「マジ?」
「冗談だ」
俺の驚いた様子を見て満足げに鼻を鳴らす清隆君。何やねんこいつ、真顔で冗談言うなし。
「もしかして、試験終わってからずっと一人だったこと根に持ってる?」
意趣返しのつもりでからかうように言い返すと、綾小路君は一瞬苦い顔をしてため息を吐いた。
「……自覚あったのか」
「ごめんって。有栖ちゃんが離してくれなくてさ~」
わざとヘラヘラとした様子で頭をかく。くっくっく……この返し、童貞には厳しかろう? まぁ俺も童貞だけど。
「大変そうだな。あの女の相手をするのは」
羨ましがるどころか、辟易したような様子でこちらを見つめて来る清隆君。そうじゃん。こいつ有栖ちゃんの本性知ってるんだった。
「まあね。ちょっと棘もあるけど、それも魅力の一つだよ」
こんな事本人に聞かれたら殺されるよ? 清隆君。
そんな取り留めのない会話を続けて時間を潰す。一度ブチ切れた所を見せたせいなのか、それとも清隆君のデレを見たからかは分からないが、以前に増して会話が楽しい。
「そうか。ふっ……棘のある女なら一杯いるな? 坂柳に伊吹に堀北。まあ最後は大分丸くなったが」
「何時かみたいにコンパスの針を刺してもいいのよ?」
そんな物騒な言葉とともに登場したのは、我らがDクラスのツンデレ娘の鈴音ちゃん。今日もそのツンツン具合に曇りは無い。
「認めやがったコイツ……」
きっとこの4か月の間にひと悶着あったんだろう。知りたくもないためここは華麗にスルーを決め込んでおく。
「そうだ。この前借りた本返すぞ。4日間暇だったから助かった」
思い出したかのように懐から本を取り出した清隆君。その際こもっていた小さな悲しみの言葉にも、鈴音ちゃんはどこ吹く風だ。
「そう。良かったわね。それじゃあ昨日の話をしましょうか」
「あ、すみません。コーヒー3つお願いします」
とりあえず人数分の飲み物頼んでおく。朝食はこれが終わってからでも大丈夫だろう。
「ありがとう紡。それで、学校からの呼び出しや詳細は一緒だったのか?」
「ええ。あなたの言っていたことと全く同じね。12のグループ、4つの結果。そして朝8時に来るらしい学校からのメールで優待者を発表する話。違いを上げるなら説明担当の先生が違ったことくらいでしょうね」
「昨日話してた事と大して変わらないと思うよ。恐らくはみんな同じ説明を受けてる」
3人のチャット他にも、12グループ全員同じような説明を受けたと話は聞いている。ここで試験に差が出ることはなさそうだね。
そう返すと、清隆君はスマホを取り出して机に置いた。画面に表示されているのは、俺が昨日チャットに張った画像。最初に説明を受けた生徒から、各クラスバラバラにグループ分けしてあると聞いたので皆に写真を取って来てもらったのだ。
「行動が早くて助かったぞ。各グループの生徒を把握できるのは大きなアドバンテージだ」
「そうね。メモを取っている生徒なんてほとんどいないだろうし」
2人からお褒めの言葉を頂いた。嬉しい。
「それにしても、やっぱり目を引くのはこの『辰グループ』だな。偶然にしては出来すぎている偏りだ」
そう言って綾小路君が表示したのは、俺と鈴音ちゃんが所属している『辰グループ』のメンバー表。
Aクラス・葛城康平 坂柳有栖 的場信二 矢野小春
Bクラス・安藤紗代 神崎隆二 津辺仁美
Cクラス・小田拓海 鈴木英俊 園田正志 龍園翔
Dクラス・櫛田桔梗 斎藤紡 平田洋介 堀北鈴音
「ドリームチームだな。どの結果になるか賭けたい位だ」
「いいねーそれ。胴元は俺がやるよ」
本当は賭ける側に回りたいけど、演者である俺が賭けたら成立しない……というか、不正し放題だなコレ。『ポイントあげるから適当に裏切って』って言えちゃうし。
「……2人ともふざけないで頂戴。やはり、これは意図的に組まれたグループでしょうね」
「そだね。ドリームチームって言うのも間違いじゃなさそうだ」
鈴音ちゃんの発言に同意し、もう一度メンバーを確認する。
Dクラスは言わずもがな、他クラスとも交流の深い櫛田さん、洋介君。まだ協調性に難ありだけど、目まぐるしい成長を遂げている堀北さん。俺が各クラスから10人ずつ選んで最強のクラスを作れと言われたら、この3人は必ず選ぶだろう。まずは綾小路君だけど。
「Cクラスは龍園君、Bクラスは神崎君、Aクラスは……葛城君と有栖ちゃんか」
こうして見るとリーダー格の生徒というのは、多くてもクラス辺り2人とかだね。だがDクラスは4人全員が能力の差こそあれ優秀と言えるだろう。
俺の総合評価的には洋介君≧鈴音ちゃん>櫛田さんって感じかな。
「そうなると一之瀬がここに居ないのは不思議だな」
「案外清隆君の牽制目的かもよ? 5月の始め、職員室に呼び出された俺と鈴音ちゃんは両方成果出してるし、怪しんでても不思議じゃない」
「あり得るわね……ここから察するに、12のグループにはある程度法則があると見るべきかしら? 綾小路くんと軽井沢さんとは似通った成績だったものね。点数順にグループを分けているとか……いや、無いわね。斎藤君と私ならともかく、平田君と櫛田さんは中の上ほどの成績だし」
上から清隆君、俺、鈴音ちゃんの順で話が進んでいく。ちょっと嬉しそうに語る鈴音ちゃんはかわいいね。
「得意げになるな……いてっ」
無粋なことを言った清隆君が、テーブルの下で脛を蹴られている。そんなんだから面が良いのにモテないんだよ?
「蹴るわよ」
「それは蹴る前に言う言葉だ」
「緩いなぁ……」
まぁ楽しそうだからいっか。
「ったく……ま、なんにせよ大変だな。このグループを統率して出し抜くってのは。紡が居るから心配はしていないが、お前と龍園の相性は最悪と言ってもいい。オレも一之瀬がいる以上、そちらまで気を回せる保証は無いぞ」
「分かってるわ……そろそろ8時ね。本当にメールは来るのかしら」
清隆君の忠告にも素直に耳を傾ける鈴音ちゃん。清隆君の実力を知っている事もあるだろうが、入学当初からは考えられない。
そして時刻は8時、一秒の誤差もなく3人のスマホが鳴った。
「お、来たみたいだね」
俺は送られてきた文章を2人に見せる。
『厳正なる調整の結果、あなたは優待者に選ばれませんでした。グループの一人として自覚を持って行動し試験に挑んで下さい。本日午後1時より試験を開始いたします。本試験は本日より3日間行われます。竜グループの方は2階竜部屋に集合して下さい』
「どうやら3人とも優待者には選ばれなかったようね。喜ぶべきか悲しむべきか」
「そうだな。優待者ならやり方次第で全ての選択が許されたからな」
2人の画面を見る限り、内容はほとんど同じと言っていいだろう。
「さて。まずは戦略を立てるためにクラスの優待者を把握しないとね。ふむ『厳正な調査の結果』か。これは「斎藤君」おっと……」
話し合いを次の段階に移そうとした時、人気のないテラスに人影が差し込む。
「────ようヒモ野郎。今日も足手まとい2人と朝飯か?」
「やだな
タイミングを計ったかのように現れたのは、因縁が深い龍園君と……
「やっほー伊吹さん。元気そうで何よりだよ」
「……」
何時もの強気な表情はどこか、鬱屈とした雰囲気を醸し出している伊吹さんだった。
「メールが届いたと思うが結果はどうだったんだ? 優待者にはなれたのか?」
「教えてほしかったらそっちも情報を差し出さないと。また
「お望みとあればな」
空いている一つの椅子に座り込む龍園君。前回あれだけボコボコにされたのに、随分と強気なもんだね全く。
「で、何しに来たのかな龍園君? 生憎俺は君の顔も見たくないんだけど」
「ククク……随分と嫌われちまったな? まぁてめぇに用はねえから安心しろ」
龍園君は楽しげに喉を鳴らしながら、体面に座る鈴音ちゃんの方を見て語った。
「用があるのは鈴音。お前だ」
「……何かしら」
試験の件もあるのか、いつもと違い鈴音ちゃんの態度は弱々しかった。あれだけの事をしておいて、よくもまぁ気軽に話しかけれるものだ。その図太さは見習わなければいけないかもしれない。
「そこのヒモ野郎に掛けられてる洗脳を解いてやろうと思ってな。お前は俺の事をクソ野郎と言ったが、本当のクソはどっちだろうな?」
「言いたいことがあるならはっきり言って頂戴」
龍園君の言葉に語気を強める鈴音ちゃん。どう介入しようか悩みどころだが、下手な行動をとると逆効果なため大人しくしておく。清隆君もそのつもりらしい。
「そこのヒモ野郎は、お前の事を大事になんて思ってねぇって事だよ」
「聞き捨てならないな龍園君。寝言も程々にした方が良いんじゃないか」
鈴音ちゃんが言いくるめられるとは思わないが、流石にその発言は見過ごせない。そんな俺の割り込みにも、龍園君はどこ吹く風といった様子で続ける。
「最後まで聞こうぜ? 先の無人島試験の結果。それを踏まえて、俺は二つの可能性を考えた。一つはそこのヒモ野郎が、すべてを操っていた可能性。もう一つは、鈴音もヒモ野郎も知らない『黒幕』がいた可能性だ」
「一体あなたは何を言っているのかしら? あなた達の行動を、予見して掌で転がした人がいると、本気で思っているの?」
鈴音ちゃんは表情を変えることなく問いただす。危ない危ない。ここでボロが出たら全てが台無しになるところだった。
「まあ聞けよ。俺がお前らに与えた物資の中にデジカメは無かったな? となると入手方法は2日目以降に
そう言って龍園君は、清隆君の方を睨みつけながら質問した。困ったようにこちらを向く清隆君に、『話してもいい』という意味を込めた視線を送る。
「デジカメをレンタルしたのは5日目の昼頃だ。下着泥棒の件で出ていくことになった紡から『伊吹がスパイの可能性があるから、何か行動を起こした際は証拠として残しておけ』ってな。正直疑ってもいなかったから驚いたぞ。何せDクラスとCクラスは協力関係だと思っていたからな」
「ふんっ……」
いつの間にか隣のテーブルに座っていた伊吹さんが、面白くなさそうに鼻を鳴らす。
「ほう? まあ理屈は通ってるな。だが今の会話で一つ確信したことがあるぜ?」
「な、なんだよ」
今度は清隆君に獰猛な笑みを浮かべる龍園君。それにしても清隆君の小物っぽい演技に目を見張るものがある。
「お前をただの金魚の糞だと思っていたが、どうやらその認識は間違いだったらしい。思えば不自然だった。特別棟でのカメラ件や特別試験の件で、お前は必ずと言っていいほど首を突っ込んできてたしな。 良かったな
『金魚の糞』から『綾小路』へと、龍園君の頭の中に綾小路清隆という男が刻まれた瞬間だった。
いつもだったら眼中にもなかっただろうが、決定的な敗北が龍園君の牙を鋭くしたのだろう。……さて、どうしたものか。
「オレ褒められてるのか? まあ言われるほどでもない……痛っ……」
「調子に乗らない」
「すいません……」
そんな漫才みたいなやり取りが繰り広げられた。これには流石の龍園君でも笑みを落として呆れたように語る。
「ま、こいつが黒幕って事はなさそうだけどな」
見抜かれそうで結構焦ったけど、二人のファインプレーで何とかやり過ごせたようだ。
そして逸れた話を戻すように、龍園君は喉を鳴らした。
「クックック。どちらに転んでも愉快なことになりそうだ。だが俺はヒモ野郎が裏で動いていた方を有力だと思うぜ? なんせお前が泥だらけで倒れてた時より、坂柳の名前を出した時の方がキレてたからな」
そして矛先は鈴音ちゃんの方へと戻る。……痛い所をついて来るな。恐らく彼の目的は、俺達の間に不和を生む事だろう。実際綾小路君がカミングアウトしなかったらマズかった。
「……それと何が関係あるのかしら?」
「おいおい。あからさまに不機嫌になるんじゃねえよ。どれだけ惚れ込んでんだ?」
ひえ~。鈴音ちゃんの演技も凄いし、それに臆することなくおちょくる龍園君もレベル高いな。
「鈴音ちゃん、その……」
「大丈夫よ斎藤君。でも、龍園君がずっと居座っている以上、話しても何も得るものは無いから。後でまた連絡するわ」
そう言ってスタスタと歩いて行ってしまった鈴音ちゃん。女は皆女優というが、彼女の演技の才能はトップレベルだね。
「フられちまったなぁ? 鈴音に伝えとけ。『次はお前を潰す番』だってな」
「俺に負けたからって次は鈴音ちゃんかい? 随分と小物だね龍園君」
「お前は最後の最後に取っといてやるよ。そん時は坂柳と一緒だ。行くぞ伊吹」
そう言って龍園君は伊吹さんを連れてその場を去って行った。全く、面倒な奴に目を付けられたもんだよ。
「……とりあえず解散か。後の話はチャットで」
「うん。鈴音ちゃんに連絡しとくね」
龍園君の目的であろう『俺達の間に不和を生じさせる』ことは失敗に終わったが、次のディスカッションでは
そして数時間が過ぎ時刻は12時55分。試験開始まであと5分あるが、早めについて損はないため、俺は洋介君がいる部屋の扉をノックした。
「やっほー洋介君。迎えに来たよ」
「紡君。じゃあ一緒行こうか。堀北さんと櫛田さんも迎えに行くのかい?」
扉を開けたのは、外に出る準備を済ませていたであろう洋介君だ。部屋の奥には清隆君の姿も見える。
「あー……いや、そのまま行きたいな俺。櫛田さんはともかく、ちょっと鈴音ちゃんとトラブっちゃって」
洋介君を騙すのは心が痛いが、敵を騙すにはまず味方からというわけで仕方がない。
歯切れの悪い俺に洋介君は心配したような様子を見せている。
「大丈夫? あれだけ仲良かったのに……」
「んー……まぁ、時間が経てば大丈夫だと思うんだけど」
これから行う試験ではなく、純粋に俺達の事を心配しているあたり本当に優しい性格なんだろう。洋介君がこれ以上この話を追及することは無かった。
「お、俺達が一番最後みたいだね」
指定された部屋に入ると、部屋に居た全員の視線が注がれる。リーダー格の生徒からの視線は中々刺激的だが、これで緊張しているようでは話にならないだろう。
「待ってましたよ紡君。席は自由らしいので、こちらにどうぞ」
自由と言っても、やはり円卓を各クラスで固まるように座っている。
そんな中有栖ちゃんが杖で指したのは彼女の左隣の席。わざわざ指定してくるあたりちょっと面白いが、彼女は最近見た中で一番と言っていいほど楽しげな様子だ。
「はいはい……さて、試験開始まであと5分か。それまで何してよっか?」
「なれ合う気は無いわよ斎藤君。話し合いならこれからいくらでも出来るだろうし」
流石に5分間何もしないのは気まずすぎるため提案したのだが、未だ怒った演技を続けている鈴音ちゃんに一刀両断されてしまう。ちょっと本音入れてない?
「ククク……随分ご機嫌斜めじゃねえか。朝の話がそんなに嫌だったのか?」
「あなたには関係ないわ龍園君。憶測で話を進めないでもらえるかしら」
「まぁまぁ……これから皆で頑張るんだから、もっと仲良くしようよ堀北さん」
上から龍園君、鈴音ちゃん、櫛田さんの順で会話が繰り広げられる。
「……そうね」
その言葉を最後に、部屋にはまた気まずい沈黙が流れる。さて、空気は最悪だが一体どうしたものか……って痛!?
突然右足に衝撃が走った。見ると銀色の杖が、俺の弁慶の泣き所にバシバシと当たっている。
「……」
隣を見ると有栖ちゃんがジトーっとした目でこちらを見つめている。言いたいことが手に取るように分かってしまった自分が憎い。『また何かやらかしたのか』という非難の意味が込められているのだろう。
いや、冤罪や冤罪。勘弁してくれ。
『ではこれより1回目のグループディスカッションを開始します』
簡潔で短いアナウンス。それ以外は本当に好きにしろってことなんだろう。
「このままだんまりしててもいい事無いだろし、まずは指示があった通りに自己紹介から始めよっか」
「そうですね。もしこの話し合いが監視されていた場合、指示に違反する行為はペナルティを受ける可能性があります」
「チッ、面倒くせぇ」
俺の言葉に有栖ちゃんが同意、龍園君も自己紹介自体はするつもりのようだ。神崎君、葛城君も頷いているため、言い出しっぺの俺から順々に自己紹介を進めていく。
そして全員の自己紹介が終えると、有栖ちゃんが全員に呼びかけた。
「全員の自己紹介も終えた所ですし、進行を誰にするか決めましょうか。このまま私がやっても構いませんが、能力的に最適解は紡君でしょう」
俺かよ。
「ククク……良いんじゃねえか? 俺も推薦するぜ」
「俺も坂柳に同意する。この中で一番スムーズに進められるのは斎藤だろう」
龍園君、神崎君とそれぞれC、Bのリーダー格の生徒も同意したとなれば、全体の流れはこちらに傾いて来るだろう。神崎君はともかく、龍園君は絶対面白がってるだけな気がするが。
念のためDクラスの方を見ると、洋介君と櫛田さんが苦笑いしながらこちらを見ている……これはやるしかないな。
「良いよ。じゃあ俺が進めさせてもらう。念のため聞くけど、反対の人いる?」
ざっと見た感じいなさそうだね。まったく、有栖ちゃんも随分本気みたいだ。
────司会進行をするとなると、自ずと脳のリソースをそちらに使わなければならない。実力が拮抗したもの同士の戦いでは、その差は結果に大きく影響するだろう。特にこの試験においてはそれが顕著に表れる。
そもそも俺か有栖ちゃんのどちらかが優待者だった場合、まず2日もすればお互いの様子で優待者だと当てられてしまう。それだけ10年の付き合いというのは長いのだ。
有栖ちゃんの望む結果は間違いなく『他クラスの優待者を当てる結果』だろうし、その
「居ないみたいだね。恨むよ、有栖ちゃん」
「あら怖い。乱暴されないか心配です」
……ホントに乱暴してやろうか?
「……まあいいや。じゃあ最初に皆に聞いておきたいことがある。『この試験をどの結果で終わらせたいか』だ」
「まずは自分から言うのが筋なんじゃねえのか?」
俺が司会進行をやらされたのがそんなに嬉しいのか、ニヤニヤとした笑みを顔面に張り付ける龍園君。
うざこいつ。今言おうとしてたのに。
「そうだね。じゃあ俺から時計回りで行こうか。────俺はこの試験、他クラスの優待者を当てたいと思っている」
敢えてタメを作って強く言い放つ。皆の反応はそれぞれ異なるものだった。
「それは……結果3を目指すということで良いんだよね?」
「そうだよ。だがこれはあくまで俺の考え、皆に強制するつもりは一切ないから安心して」
洋介君の質問に簡潔に答える。
「面白れぇじゃねえか。まさかいきなり宣戦布告してくるとはな? 金が無いDの奴らは結果1を望んでいるもんだと思っていたが」
「仮にこの試験で全グループを当てることが出来たなら、その時は
続いて突っかかってきた龍園君に450の所を強調して説明する。さて、食いついてくれるかな?
「ちょっと待って、450ポイント? どのクラスに何人優待者が居るかって分からないよね?」
「……俺の予想だが、この試験の優待者は各クラス3人ずつ割り当てられているはずだ。公平性を重視する学校が、特定のクラスに優待者を集めるとは到底思えない」
櫛田さんの質問に答えたのは葛城君。俺の言いたいことをすべて言ってくれた。
「そういう事だよ。質問無かったら次に回すけどいい?」
そして全員が意見を表明し終わり、各クラスのリーダー格の考えは以下の通りとなった。
結果1:洋介君、櫛田さん
結果2:葛城君
結果3:俺、鈴音ちゃん、龍園君、神崎君、有栖ちゃん
まあ何とも予想通りの結果だ。Aクラスである有栖ちゃんがリスクを取って結果3を望んだことに驚いている生徒もいたが、彼女の性格上結果1はともかく2を選ぶことはまずない。
「ここでも日和見主義か? そんなんだからお前はキーカードの管理もロクに出来ないんだよ」
「……何故それを知っている」
ここぞとばかりに龍園君が葛城君に喧嘩を売り始める。葛城君はポーカーフェイスが下手なのか、眉間に皺を寄せたまま低い声で問いかけた。
「人の口には戸が立てられないからな。あちこちで話が聞こえて来るぜ? お前の手下がキーカードを無くしたってな? そして無くしたヤツは『誰かに盗まれた』っていう意味分かんねえ言い訳してるのも」
「弥彦の話は既に済んでいる。他クラスのお前につべこべ言われる筋合いはない」
取り付く島もないと言った様子の葛城君だが、次に龍園君が発した言葉が彼の表情を強張らせた。
「────その弥彦とやらが言ってた『意味わかんねえ言い訳』が事実だったとしたら?」
有栖ちゃん(バレそうになってて面白いですね。どうやって切り抜けるつもりなのでしょうか?)
初めて一緒に試験をやれて上機嫌になってる有栖ちゃん。
別の女と痴話喧嘩してるのを見て、一気に不機嫌になり脛をべしべし叩く有栖ちゃん……可愛くない?
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軽井沢さんどうしよう
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ヒモのヒロイン(ドロドロに依存される)
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綾小路のヒロイン(原作より健全な仲)
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作者に任せる