ようこそクズヒモ男の教室へ   作:妄想癖のメアリー

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お久しぶりです。色々立て込んでる中ですが、何とか書き終えました!


純愛

 

 

 

「それから10年ほど清楓さんと一緒に暮らしたんだっけかな……正直その辺のことはあんまり覚えてないんだよね」

 

 俺からしたら15年近く前の話だし。と、遠い昔の思い出を話すような様子の紡。

 実際、この信じがたい話が真実だとしたら、彼にとってその数年の歳月は中々楽しいものだったのだろう。

 彼の両親の話をしている時とは一変して、その語り口は楽し気なものだった。

 

「……昔の彼女の話をそんな事細かに話す必要あります? 私が知りたいのは、あなたが私の元から離れるという判断をした、その理由についてなのですが」

 

 案の定坂柳がキレている。そりゃそうか。10年近く思いを寄せてきた人間の過去の恋愛話を長々と聞かされたのだ。

 これが俗にいう脳破壊という現象なのだろう。池がそんなことを言っていた記憶がある。

 

「ごめんって。ちょっと懐かしくなっちゃってさ。人に話すのなんて初めてだし」

 

 先ほどまでの激情はどこへやら、飄々とした様子で謝罪をする紡。

 

「……そんな辛い過去を、あなたは誰にも打ち明けずにいたのですか?」

 

 ……しかし、坂柳にとってはその凄惨な過去を誰にも相談せず、自分1人で抱えている紡にショックを受けているようだった。

 

 坂柳とこの作戦を実行するにあたり、彼女から紡との思い出については度々聞かされていた。

 そのどれもが、当時未熟だった自分を紡が助けてくれた。という内容の話ばかりだった。そして、自らを天才と褒めてくれる紡の一方で、彼が坂柳に弱さを見せたことは()()()()無いとも言っていた。

 だから、坂柳は紡のことをいたく尊敬していたのだ。転んだときには手を差し伸べ、時には起き上がり方を教えてくれた紡のことを。

 

 そんな紡が、10年間自らのトラウマを自分に打ち明けず、1人で抱え続けたのだ。

 そして最終的に、自分の前から居なくなろうとするところまで追い込まれている。そのことを知った坂柳の無力感は、筆舌にし難いものだろう。

 

「……俺としては、君たちがこの話を信じてくれることの方が驚きだよ」

 

「出会った当初のあなたは、その幼さからは信じられない程聡明で賢い子供でした。……紡君の家に置いてない本の教養や知識をどこで会得したのかは、長年疑問でした。それが前世というのであれば辻褄が合います」

 

 確かに、あの異常なまでの格闘技術も前世で習ったというのなら納得だ。

 そして出会った当初に言っていた、貧相な肉体だったというのは前世の話のはずだ。……恐らくは栄養失調だったんだろうな。そんな状況に追い込んだ紡の前世の母も、それを見ていながら放置していた父にも怒りが沸いてくる。

 

「地域とか学校の図書館とかさ、色々あるじゃん?」

 

「小学校の図書館に医学や生物学の専門書があるわけないでしょう。他の図書館だって歩いていける距離じゃありませんし、ご両親も連れて行ったことは無いとおっしゃっていましたよ」

 

「何でそんなこと知ってるんだよ……」

 

 思わずそんな呟きが出てしまった。ここまで知り尽くしているともはや恐怖すら沸いて来る。

 紡も同じ意見のようで、血や砂で汚れた顔を引きつらせている。

 

「……まあ、それは置いておくとして、有栖ちゃんの考察は大当たり。前世の俺はそこから国立医大へ入学したんだ。高卒認定をとって、そこからは独学でね」

 

 外の世界の大学についてはあまり知らないが、それでも相当な難易度だということは分かる。

 通常高い偏差値の進学校へ通い、それでも一部は浪人して受かるような大学だ。それを独学で合格したんだ。勉強が得意なのは前世かららしい。

 

「それで留年することなく卒業して、医師免許取って研修医になったんだ。そして研修医になるってタイミングで死んじゃってさ」

 

「……どうして、ですか?」

 

 流石の坂柳も、死因を直接聞くのは憚られたのだろう。迷うようなそぶりをした後そう質問した。

 

「それ聞いちゃう有栖ちゃん? ……まあ、別に良いけどさ」

 

 そして紡は、その端正な顔を歪ませ、こう語った。

 

 

 

 

 

「────刺されたんだよ。()()に、何十回も」

 

 

 

 

 

「っ! そんな……」

 

「大学を出て、そろそろ折り合いも付けないといけない頃だろうって。ついでに結婚の報告も済ませようと思ってね。実家に帰ったときは、驚きながらも歓迎してくれたけど……夜、気が付いたときには包丁が腹に刺さってたんだ」

 

 どこか投げやりでぶっきらぼうな口調は、半年間の交友を通して知った紡の人物像とは少し離れていた。

 

「……抵抗はしなかったのか?」

 

「清隆君みたいにタフじゃないんだよ俺は。……それに、『アンタなんか産まなきゃよかった』って、泣きながら言われちゃってさ」

 

 そう言ってため息を吐く紡。その後乾いた笑みを浮かべていたが、細められた大きな瞳は昏く淀んでいた。

 

「どうして……だって、あなたには」

 

 既に将来を約束した相手がいるのに、どうして諦めてしまったのか。珍しく言葉を途切れさせている坂柳が聞きたいのはそういうことだろう。

 

「……ああ。俺は最低だよ。けど、その言葉を言われた瞬間、人生そのものがどうでもよくなっちゃってさ」

 

 その意図を読みとって返す紡。

 

「結局、俺は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。無条件で自分を肯定してくれる彼女を……母親代わりの存在に依存していただけ。……本当の自分を見つけてくれる人を、ずっと探し続けていたのに、俺自身が他人を受け入れようとしなかった。だから俺はクズなんだよ。両親と同じだ」

 

「違います。紡君はクズなんかじゃありません。あの時あなたが話しかけてくれたおかげで、私は今とても幸せなんです」

 

 紡の発言をすぐさま否定する坂柳。

 だが、正直オレはその話を聞いて、紡の人間性が善一色であるとは思えなかった。だがオレはそれでもいいと思っている。

 

 他人に対する友愛の感情を……人がその人格の成長と共に自然と身に着けるものを、オレはこの学校に入るまで知ることなく過ごしていた。

 それを教えてくれたのは紡だ。最初は何てことない話し相手から始まった。それがものの半年で、自らの心の深い所まで彼に曝け出してしまっている。『最高傑作』とは何だったのか、打ち明けた当初は自分が弱くなってしまったのかと困惑したものだ。

 

 ────今はその選択が間違いだったとは全く思わない。

 

「何故そこまで露悪的になるんだ? ありもしない事実をオレ達に押し付けて、それで誰が幸せになると考えている」

 

 そんな紡が、やっとのことで自分のことを教えてくれたのだ。正直その手段は褒められたものではないが、結果として親友の悩みを聞いてしまったのだ。これ以上こいつを放置しておくなんて、オレにはできない。

 今までは相談に乗ってもらうばかりで、オレが彼に何かを返せたことは一度もなかった。

 

 なら、その恩をここで返さずして、一体いつ返すというのだ。

 

「母に拒絶されてショックだったのか? それとも、抵抗できなかった自分に心底嫌気がさしたのか? そんなの仕方がないだろう。最近やっと人並みになれたオレが言えたものじゃないが……紡が思っているほど、人というのは完璧な存在じゃないと思うぞ」

 

「綾小路君……?」

 

 坂柳が驚いたような表情でこちらを見てきた。そんなに饒舌な俺が珍しいのだろうか。

 

「褒められたら嬉しいし、バカにされれば腹が立つ。拒絶されれば悲しくもなるだろう。そして、オレは紡や堀北、須藤たちと何気ない話をしているだけでも楽しいぞ」

 

 オレが喜怒哀楽を真剣に語る様子を、父親が見たら一体どう思うのだろうか。

 ……もうオレはこの半年で、とっくに引き返せないところまで来てしまっているのだから。

 

「お前が居なくなったら悲しいぞ。いや、悲しいだけで済むオレはまだマシだ」

 

 思い浮かぶは、目の前で勝手に苦しんでいる馬鹿に救われた者たちの顔。

 

「坂柳はどうだ? きっとここまでしてお前を止められなかったと、自分は捨てられたのだとふさぎ込むかもしれない。堀北は、神室は、軽井沢は? 全員お前がどん底から手を差し伸べた者たちの名前だ」

 

「……」

 

 なあ、何とか言えよ紡。オレは今、少しだけ腹が立っているぞ。

 

「皆、お前に手を引かれながら何とかやってきたんだろ。それを途中で放り出すなんて最低だな? 前世の父親に似たんじゃないk「黙れ!!」……」

 

 長い長い沈黙の後に紡から飛んできたのは、ボロボロの体から放たれる右の拳だった。

 それをあえて受け止め倒れると、紡はオレの上に跨って胸倉を掴んできた。

 

「お前に……お前に何が分かるんだ!? たった半年しか一緒に居なかったお前が、おれの苦悩を知った気になるんじゃねえよ!」

 

 天井と俺の間でのぞき込む紡の端正な顔は、涙や鼻水でぐしゃぐしゃになっていた。

 

「手を差し伸べただって!? んな大層な事してねぇよ! 見捨てたら寝覚めが悪いから助けただけだ! ……有栖ちゃんにだって、前世で病弱だった俺を重ねて、可哀想だって思ったから話しかけたんだよ……」

 

 先ほどの勢いは何処へやら、今度は神の前で懺悔を行う信徒のように小さく呟いた。

 

「それが懐かれちまったもんだから、居心地が良かったから! ……仕方なくズルズルと接してたんだ。『この子は天才だから、いつかは俺の元から離れるだろう』なんて、そんな無責任な考え方で」

 

 ポツポツとオレの頬に垂れる小さな水滴を払うことなく、ジッとその目を見つめる。

 するとオレの胸倉をつかむのに飽きたのか、紡はもう一度立ち上がって壁に寄りかかった。

 

「中学二年のクリスマス。覚えているかい? 有栖ちゃん」

 

「……ええ。忘れもしませんよ」

 

 その問いかけに坂柳が返すと、紡は諦観の意を込めながら小さく笑った。

 

「そりゃそっか。この前も言ってたもんね。『俺が初めて有栖ちゃんの前で泣いたとき』ってね……あの日、何があったか教えてあげるよ」

 

 そう言うと、紡はもう一度自身の過去を話し始めた。

 

「あの日、予約しておいたケーキを取りに行ったとき、小学3年生くらいの迷子の女の子と出会ったんだ。……何故か凄く見覚えのある顔をした、女の子に」

 

 そんな意味深な言葉を入れ、続けて語る紡。

 

「それ自体は別にいいさ。その子に聞きながら、元来た道を戻ったら5分程度で見つかったしね。慌てて駆け寄ってきたその子の母親が、()()()()()()()()()()()()()()ことを除けば」

 

「……まさか」

 

 あり得ないと断じることは簡単だった。しかし、わざわざ意味のない話を紡がするとは思えない。

 

「そのまさかだよ。顔、名前、声に至るまでそっくりだった。そんなはずがない、あり得ない……そう思いながら、隣で母に似た女性に手を繋がれていたその子に名前を聞いたんだ」

 

 強く歯を食いしばり、声を震わせながら紡は言い放った。

 

 

 

「────動揺を隠すのが大変だったよ。何せ、その子の名前は『女の子が生まれていたらこう付けていた』と、小さい頃に父親から聞いた名前と同じだったんだから」

 

 

 

「……つまり、その女の子は前世の紡君の生き写し、ということですか?」

 

 坂柳がそう返すと、紡は自嘲的な笑みを浮かべながら、ズルズルと地面へ座り込んだ。

 

「ああそうだよ。その子は浮気をして家を捨てた父親を、大層嫌っていたんだったんだろうね。憧れからその背中を追い続けて、クズになった俺と違って」

 

 紡は胸に抱え込んだ膝の上に肘をつき、両手で顔を覆いながら髪を掻きながら語る。

 

()()()()()()()()()()()()()()。……きっと、俺が俺じゃなきゃ母親は何処かで立ち直れたんだ。そして、そう思ったときふと思い出したんだ。『お前は俺たちにとって疫病神だ』って言った、父親の言葉を」

 

「……」

 

「そんな顔しないでよ有栖ちゃん。笑える話じゃないかい? ……だって、俺が愛を求めた相手は、ことごとく全員不幸になってるんだ。父親の言った通りだ」

 

 オレも坂柳も、そう言って黙り込んでしまった紡に、何も言うことが出来なかった。

 ……正直、ここまで根深い理由があるとは思わなかった。どこか闇を抱えているとは思っていたが、家庭環境については坂柳の裏も取れていた。少しこちらの本音を打ち明ければ、またいつも通りの世話焼きな紡に戻ると思っていた。

 

「だから、誰にも言わずに退学しようとしたんですか? 紡君のお父様が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事実を隠して」

 

「……初めて聞いたんだが。紡、それは本当なのか?」

 

 確証を得たといった様子で問いかける坂柳。

 

「そうだよ。きっと清隆君のお父さんが、本気で君を取り戻そうとしてきたら、まず障害になるであろう俺や有栖ちゃんを排除しようとするはずだ。明確な後ろ盾がある坂柳さんならともかく、仕事を盾に脅される可能性は高い。……悪いけど、俺は育ててくれた両親の恩を仇では返せない」

 

 暗にオレの敵になるという意味を込めた発言をする紡。そうならないように、自ら退学するという道を選んだのだから、人が良いにも程がある。

 

「やはりそうでしたか……ですが考えすぎではありませんか? 紡君がDクラスに配属されたのは、間違いなくお父様が綾小路君と同じクラスにしようとはたらきかけたからでしょう。そうなれば、後々このような事態になるのは想定済みのはずです」

 

 ……そうか。紡と坂柳の両親は仲が良かったよな。だから自分の父親が紡の両親を守ってくれると、坂柳は言っているのだろう。……だが、

 

「分からないぞ。いくら理事長が対策を講じていた所で、それが効果を発揮する前に無力化される可能性もある。例えば偽のスキャンダルをでっち上げられたらおしまいだ。オレの父親はその位なら躊躇わずにやる」

 

「……そうなれば残念ですが、私も綾小路君の敵に回るでしょう」

 

 オレか紡、坂柳がどちらを選ぶかは火を見るよりも明らかだ。……面と向かって言われると少しショックだが。

 そんなことを思っていると、坂柳がふと紡の目の前に座った。

 

「……どうしたの有栖ちゃん。そんな、らしくない顔して」

 

 後ろに立つ俺から坂柳の顔は見えないが、彼女と向かい合った紡の反応を見れば、どんな表情を浮かべているかは予想が付く。

 

「紡くん。一つ、質問させて頂いてよろしいですか?」

 

「……いいよ」

 

 紡がそう返すと、坂柳は紡との距離を縮める。

 

()()()()()()()()?」

 

 そして小さな、けれどはっきりと聞き取ることのできる声量でそう問いかけた。

 

 

 

 

 

「……ぃよ」

 

 一瞬目を見開いたのち、問いかけに答えた紡。坂柳とは対照に聞き取ることのできないほど小さな返答だ。しかし、段々小さく震え始めた紡を見れば、その質問の答えがyesかnoかは明白だ。

 

「聞こえませんでしたよ紡君。もう一度お願いしまs「辛いに決まってるだろっ!」……」

 

 先ほどとは打って変わって、部屋全体に響き渡るほどの大声を上げる紡。

 

「どうして諦めてくれないんだ! やっと……やっと離れられる理由と決心がついたのに……! たかが仲の良い友達や初恋の人が転校する、それだけの事じゃないか!?」

 

 感情をせき止めていたものが決壊したのだろうか。しゃくり上げながらそう叫ぶ紡。

 

「もう誰も不幸にしないで済むのに……俺なんかが幸せになれる権利なんてないのに! どうして君たちはそこまで優しくしてくれるんだよ!?」

 

「……それは違うぞ」

 

 まるでオレ達だけが一方的に優しくしているような言い草だ。

 

「オレは今お前に与えている以上の優しさを、お前からもらったんだ」

 

「そうですよ紡君。これは、私が頂いたほんの一部に過ぎません」

 

 自己評価が低いと損をすると紡から教えてもらったが、こいつは一体どの口でそれを言っていたんだろうか。

 

「だとしても! ……そうだとしてもダメなんだよ……俺は、俺はその優しさにっ、甘えてしまう弱い人間だから!」

 

 紡はもう一切取り繕うことなく、子供の様に泣きじゃくっている。

 

「でも、でも俺が甘えた人は、皆……皆不幸になるんだよ! 俺は、お前らに……幸せになって欲しいんd「だったら!」……」

 

 その叫びを遮ったのは坂柳。俯いた紡の頬を両手で包み、赤く腫れあがった紡と目を合わせる。

 

「だったら……だったらどうして自分が幸せにしてやろうって思わないんですか? どうして、私の幸せの中にあなたは要らないなんて、そんな寂しいことを言うんですか?」

 

「それは!」

 

 言い返そうとした紡だったが、それよりも先に坂柳が畳みかけるように言い放つ。

 

「甘えたければ甘えればいいじゃないですか! ……あなたがそんなに辛そうなのに、何もしてあげられないことが、私にとっては一番の不幸です」

 

「っ……」

 

 その言葉に顔を歪める紡だったが、坂柳がその頭を抱きかかえたことで見えなくなる。……これはもう勝ち確だな。後は坂柳に任せよう。

 

「綾小路君も、この場にはいない堀北さん達も、皆あなたのことが大好きなんです。それはもう、離れることを許さない程、どうしようもない位に」

 

 そう思って歩き出したが止められてしまった。……この場で見ていろということか。

 

「もちろん私だってその気持ちは負けてません。あなたが居なくなるなら全力で追いかけますし、死のうとしているなら監禁して、二度と外には出しませんから」

 

 ……こっわ。

 

「要するに……そうですね。()()()()()ということです。私はもう、あなた無しで幸せを享受するのは不可能でしょう」

 

「……」

 

 そして、抱きかかえていた紡と目を合わせ、坂柳は畳みかけるように微笑んだ。

 

 

 

 

 

「────こんな体にした責任。ちゃんと取ってくださいね?」

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 そんな坂柳の言葉を最後に、辺りには沈黙が流れる。その場にいた者にとって、数秒にも数時間にも感じられるそれは、確かに斎藤の心に坂柳の言葉が響いた証でもあった。

 

「俺、本当は40超えてるんだよ?」

 

「今更年齢の話ですか? 別に私は構いませんよ。その位でないと、私とお子様な紡君とじゃ釣り合わないですし。ちょっと若い位が丁度いいです」

 

「未成年でギャンブルに手出してるヤバい奴だし」

 

「結婚したら控えてくれると助かります」

 

「男としての甲斐性も、そんなにないだろうし」

 

「今はお互いが支え合って生きていく時代です。寄りかかりたい時があればいくらでも胸を貸しますよ」

 

 

 

「……きっと、俺ばっかりが寄りかかることになっちゃうよ?」

 

 

 

「もう楽になっても誰も文句は言わないと思いますよ? ────お疲れさまでした。よく頑張りましたね。紡くん」

 

 

 

 その言葉と共に、抱きかかえた斎藤の頭を撫でる坂柳。斎藤は、一度だけ体をビクリと大きく震わせた。

 それが、今まで張り詰めていた彼の、心の糸が千切れた瞬間だったのだろう。次の瞬間、斎藤は坂柳の細い背中に手を回し、母に抱かれる幼子の様に大きな声で泣きじゃくっていた。

 

「ひっ、うう……ひっく」

 

「あら、何もここまで若くならなくても良いんですよ? よしよし……ふふっ、子育ての練習になりますね」

 

 胸に顔を押し付け、しゃくり上げる斎藤。坂柳はそれを拒否することなく、彼の頭をその小さな手で撫で続けた。

 それは、幼いころから坂柳が大好きな、斎藤の抱擁と全く同じものだった。

 

「もう……! 絶対逃げないから! 俺が……俺が絶対幸せにするから!」

 

「随分と大胆なプロポーズですね? 私としては、もう少し雰囲気のある方が好みですが……まあ及第点ですかね」

 

「ひっく……結婚し゛よう有栖ちゃん……! 俺、ちゃんと働くし、ギャンブルも絶対やんないからっ!」

 

「……冗談ですよ。そんなに急に言われても困ります」

 

 冗談で言ったにも関わらず、本気で結婚しようと言われて頬を赤らめる坂柳。

 その文言が最低だったことに気が付いたのは、その様子を部屋の外から聞いていた綾小路だけだった。

 

「ですが嬉しいです。紡くん────不束者ですが、よろしくおねがいします」

 

 そう言いながら微笑んだ坂柳は、今まで見てきた中で最も綺麗だったと、斎藤は後に語るのだった。

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

「終わったか」

 

「綾小路君。すみません、席を外していただいてたんですね。気が付きませんでした」

 

 紡のすすり泣く声が聞こえなくなったため、退出していた部屋に戻ってくる。

 

「紡は……随分ぐっすりだな」

 

「ええ。とても可愛らしい寝顔です。今まで見てきたものとは少し違いますね」

 

 件の紡は、坂柳の膝の上で寝息を立てていた。憑き物がとれたのか、とても穏やかな表情をしている。

 それを慈愛を込めた表情で見守り、時より頭をさらさらと撫でる坂柳は、もう立派な母親のようにも見えた。……普段体が貧相だとか、幼児体形とか言われていた坂柳だったが、これを見たら紡も口を閉ざすしかないだろう。

 

「……何か」

 

「い、いや。何でもない」

 

 もうこのネタでイジるのはやめておこう。こんな穏やかな面をしておいて、紡を監禁することも辞さないと宣った女だ。怖くてしょうがない。

 

「……指、大丈夫か? とりあえず紡を起こして、早く病院に行った方がいい」

 

 いくら必要に駆られたとはいえ、痛々しく変色した小指を見ると申し訳ない気持ちが湧いてくる。

 

「ええ。では、行きましょうか」

 

 しかし、怪我をしているにも関わらず、坂柳の表情は明るい。かく言うオレも大体そんな感じだろう。

 

「……これからのことを考えなくてはなりませんね」

 

 そんなことを思っていると、ふと坂柳がそう呟いた。

 

「これからのこと?」

 

「綾小路君のお父さんのことですよ」

 

 ……なるほど。確かにな。

 

「先ほどはあんなことを言ってしまいましたが、私に協力できることがあれば何でも言ってください」

 

「良いのか?」

 

「もちろん。……だって、これは紡君が守ろうとしたものですし」

 

「……そうか」

 

 行き当たりばったりにもほどがある。しかし、こういうのもたまには悪くないだろう。

 

「では行きましょう。……ほら、紡くん。起きてください」「……んぁ?」

 

 後ろでは坂柳が紡の頬をぺちぺちと叩いている。それを尻目に、俺は先に部屋を出て廊下に立つ。

 

「『紡が守ろうとしたもの』か」

 

その為に1人で抱えて、壊れそうになってるんだからしょうがない奴だ。

 

「…来るなら来い。相手になってやる」

 

ならば、オレも全力でその光景を守ってやろうじゃないか。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「悪いが、退学する理由はどこにもない。オレはこの学校で、あの場所では得られない大切なものを得ることができた」

 

 

「少し見ない間に、随分と饒舌になったものだ。やはり下らない学校の影響か」

 

 

「オレはお前の所有物でも、野望を叶えるための道具でもない、1人の人間だ。それを教えてくれたのもこの学校だ。そしてオレは今、学校生活を最高にエンジョイしているんだ。仲のいい友人も出来た。いくらあんたが相手だろうと、それを邪魔するならば容赦はしない」

 

 

「ほう? お前に友人か。能力値に差があるもの同士が、良好な関係を築けるとは思えないがな」

 

 

「その実力至上主義の考え方はやめた方が良いと思うぞ。少なくともあんたが下らないと切り捨てた『俗世間』を生きる上ではな。友人に能力も才能も関係ない」

 

 

「…後悔することになるぞ」

 

 

「やれるものならやってみろ。こっちは、あんたが切り捨てたもので勝負してやる」

 

 

 

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