ようこそクズヒモ男の教室へ   作:妄想癖のメアリー

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大分話が飛びます。何なら卒業した後のお話です。
正史かIF√か、それはだれにも分かりません。


終幕
それはきっと、一つのありふれた結末で


 

 

 

 朝。目覚まし時計の音と共に、深く沈められていた意識が浮上する。

 昔はこんな機械に頼らずともきっちり起きれたが、もうそんな芸当できなくなって久しい。

 

「……っ」

 

 あくびを噛み殺しながらベッドから起き上がる。布団の温もりが恋しいが、あいにくとそんな悠長なことは言ってられない。

 何せ今日は我が親友、斎藤紡からお誘いを受けているのだ。()()で疲れているであろうオレを気遣ったのか、最寄り駅にあるカフェに10時集合というやや遅い時間帯だったが……準備はきっちりしないといけない。それに仕事の疲れなんて無いに等しいしな。

 

 そんなことを心の中でぼやきながら洗面台に向かい、そこで顔を洗って歯を磨く。

 口の中の不快感を取り除いた後は朝食の準備だ。電気ポットに水を注ぎスイッチを入れる。お湯が沸くまでの間に適当な調理を済ませる。

 

 チーズとマヨネーズを載せた食パンをトースターに入れダイヤルを回す。ジリジリとトースターが鳴き声を上げる中、フライパンを加熱。そこにベーコンと卵を敷き火が通るまで焼く。火が通ったら塩コショウを入れて味を調える。

 そして油のはじける音を聞きながら完成を心待ちにしていると、全ての工程がほぼ同時に終わる。トースターからトーストを取り出し、そこにベーコンエッグを載せる。そして沸かしたお湯をインスタントコーヒーに注ぎ込む。最後に冷蔵庫からカット野菜を取り出しさらに盛り付け、ドレッシングをかければ完成だ。

 

「いただきます」

 

 我ながら悪くない出来だ。そんな自画自賛をしながら手を合わせる。

 ホワイトルーム時代はもちろん、高校時代もこんな健康的な生活を送るとは思ってもみなかった。実際一年の冬頃までは朝食は栄養バーか取らないというのがデフォだったからな。

 ()()()()から、紡は相当お節介な人間になった。何気なく朝食の話題になったためそう答えたら説教をされたのは今でも覚えている。もう7年も前の話だが。

 何ならこの分厚くて高級な食パン、卵やベーコンなんかは紡が定期的に送ってくるものだ。別にいらないと言っているのだが、どうもあいつはまだオレの生活力を信用していない節がある。

 

「今日は……さて、どうしたものか」

 

 朝食を平らげた後は服装を模索する。……と言っても、オレの私服のレパートリーはそこまで多くない。仕事では基本スーツを着るし、高頻度で遊ぶ友人もほとんど居ないからな。

 須藤や池、啓誠など卒業後も定期的に連絡を取る友人もいるが、皆忙しいためか成人式で会ってからは約3年ほど顔を合わせていない。

 

「よし」

 

 とりあえず無難な感じの、そこそこきっちりした服装にしておこう。紡だけならともかく今日は坂柳も来るらしいからな。なにか大事な話でもありそうだ。

 そして時間になったため、忘れ物が無いかを確認した後家を出て駅に向かう。そこから3駅ほど電車に乗り、集合場所のカフェに入ると、奥の方に見覚えのある人影を発見した。紡と坂柳だ。10時という微妙な時間帯の為か他に客はほとんど居ない。そんな中、美男美女の組み合わせは非常に目立つ。

 2人と目が合うと、紡が嬉しそうに笑顔を浮かべながらこちらに小さく手を振ってきた。

 

「久しぶりだな。こうして直接会うのは半年振りか?」

 

「おおー。もうそんな経ってたっけ? 最近バタバタしてたから全く感じなかったかも」

 

「私なんて成人式以来ですよ。呼んでいただけたら付いてきましたのに」

 

 隣に並んでいる2人の対面に座り、そんなやり取りをする。

 なんとも不思議な感覚だ。紡も坂柳も、あのころから変わった様子はない。

 

「そう言えば来月の分って届いた? 知り合いの農家さんから果物貰ってさ。ちょっとばかし入れといたよ。傷んじゃうから1週間以内に食べてね」

 

「ちょっとばかりと言っておいて、段ボール1箱は送ってましたよね? 良かったですね綾小路君。しばらくは3食果物付きの食事ができますよ」

 

「……いや、嬉しいし助かるんだがオレももう24だぞ。そろそろ1人で食事くらい「駄目。縛り付けとかないとどうせカロリーバー生活になるでしょ」……」

 

 まあ、否定はできないな。

 

「それで、仕事はどうなの清隆君。上手く行ってる?」

 

「まあ、ぼちぼちだ」

 

 今までの語り口から想像はつくだろうが、オレは高度育成高等学校を卒業し、大学に進んだ後に社会人になった。今は社会人2年目、仕事にも慣れてきた頃だ。

 と言っても、例のごとくオレは仕事に対して本気を出していない。理由としては出世にそこまで興味がないからだ。多少マシになったとはいえ、部下と共に仕事をするなんてやりたくないからな。出世したら人間関係のしがらみも増えるというし、程々に働いている。

 

「そっか」

 

 何かを嚙み締めたようにそう呟いた紡。坂柳もどこか微笑ましそうにこちらを見てきた。

 

「それにしても、2人して顔を出してくるなんて、一体どんな風の吹き回しだ?」

 

「酷いですよ綾小路君。まるで私たちが問題を持ってくる疫病神みたいな言いぐさじゃないですか」

 

「それなー。ただ会いたくなったじゃダメなの?」

 

「学生時代のことを考えるとどうしてもな」

 

 紡と坂柳が()()()()()()()()()()クラス間闘争はバリバリ続いたし……何なら1年のときより過激になったからな。

 

「ま、これから話すことは確かに面倒事かもしれないけど……ってちょちょちょ! 話くらい最後まで聞いてってよ!」

 

 ほれみたことか。やっぱり面倒事じゃないか。席を立ち帰るふりをしたオレに、紡は焦ったように声を荒げた。

 しかし、その面倒事というのに多少浮ついた気持ちになったオレが居るのも間違いない。

 席に戻ったオレを見て、紡は安心したようにため息を吐いた。そして真剣な眼差しを向けこちらに語り掛ける。

 

「俺はね、清隆君がそんなところに甘んじてていいとは思わないんだ。君にはもっと相応しい場所があると思ってる」

 

 ……ん? 

 

「もちろん君が働いている企業は素晴らしい所だ。誰もが名前を聞いたことがあるだろうし、そこの総合職となれば人生安泰だろう」

 

 急に胡散臭い雰囲気を纏い出した紡。坂柳に目線でヘルプを送るが、目が合っても彼女は楽し気に微笑むだけだった。

 そんなやり取りをしている間にも、紡の話は矢継ぎ早に流れて行く。

 

「ただ今の君が、その人生に満足しているとは思えないんだ。言うなれば、高校生の時みたいな「熱」が、今の清隆君からは感じられない」

 

 別に高校時代と何ら変わってない気もするけどな。……まあ楽しくなかったと言えば嘘になるだろうが。

 というよりこの茶番は一体なんだ? 紡はとうとう忙しさで頭がおかしくなったのか? 具体的に何をしているかとかは教えてくれなかったが、あの紡が忙しいというくらいだ。一般人がやったら忙殺されるようなことをしているのだろう。

 殆ど紡の話を聞き流しながらそんなことを考えていると、紡は一度姿勢を正して小さく笑った。

 

 

 

「清隆君。────俺と世界を変える気は無いかい?」

 

 

 

「マルチ商法の勧誘なら帰るぞ「あー! ごめん! ごめん嘘だって!」……はぁ」

 

 話をぶった切って席を立つと、紡は両手をこちらに向けて謝罪をした。……一体何がしたかったんだコイツは。坂柳も呆れてるぞ。

 

「からかうにしても質が悪いですよ紡君」

 

「いや、一回やってみたかったんだよね。こういうの憧れるじゃん」

 

()はやってなかったのか?」

 

「やってねぇよ!?」

 

 暗に「前世ではやった事無かったのか」と聞いたが、結構な勢いで否定されてしまった。テンションの上下が激しいな。

 

「はぁ……いい加減本題を話してくれ。そんなしょうもないことをするために呼ばれたわけじゃ無いだろ」

 

 そんな人間じゃないってことは知ってるからな。

 そう聞くと、紡は苦笑いを浮かべながら語り始めた。最初からそうしてくれ。

 

「────、────────、────」

 

「……マジか」

 

 この提案が、オレの人生を大きく変えるものになるなんて、この時は想像さえもしていなかった。

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 とある夏の日、俺はとある仕事のために母校を訪れていた。

 今もなお改装を続けており、当時の面影はあまり残っていない。しかし15から18という、人生に最も影響を与えるであろう時期に通っていた学校とだけあって、校門の前に立った瞬間、さまざまな思い出がよみがえってきた。

 夏の茹で上がるような暑さの中、額に汗を垂らしながらボーっと佇む俺に、1人の女性が声をかけてきた。

 

「まさか、こんな形でお前と再会するとはな。最後に会ったのは4年前か」

 

 そう言って、目の前でどこか懐かし気に微笑む女性。

 出で立ちや雰囲気は落ち着いていて年を感じさせるが、綺麗な髪や肌はまだまだ若さを十分感じさせる年齢不詳の女性だった。

 

「そうですねー。仕事が仕事とはいえ、この学校のそういう所は昔と変わりませんから。それにしても……まだまだ若いですね()()()()。むしろあの頃よりも若々しささえ感じます」

 

 そう。この人こそが、俺の高校3年間の担任だった茶柱先生だ。当時の年齢など知る由もないが、いくら若く見積もっても40はいってるが、Aクラスに上がる事に取りつかれていたあの頃よりも目に光が宿っている。

 そんな俺の思考が伝わっていたのか、俺の頭を手に持ったバインダーで引っ叩いた。

 

「世事は辞めろ。理事長がどこで聞いてるかわからんぞ。……お前の方は、家庭を持っても変わらないな」

 

 茶柱先生は呆れたようにため息を吐いて、こちらを一瞥して歩き出した。ついて来いという意味だろう。

 この暑い中女性を立たせるのも何なので大人しく付いて行くこととする。積もる話は歩きながらでもできるしね。

 

「仕事の方はどうですか先生。ここ数年は結構大変じゃありませんでした?」

 

 久しぶりに会った時にする会話第一位のような語り出しで質問を投げかける。そんなオレがおかしかったのか、茶柱先生は小さく鼻で笑った後語り出した。

 

「大変だよ。昔から続く体制をことごとく変えてきてな。ちょうど担任していたクラスが卒業する時期だったこともあってか、一時期は一日3時間しか寝れない日が続いた」

 

「あらら……すみませんね先生。うちの有栖ちゃんが色々と」

 

 そう。何を隠そうこの学校の理事長は坂柳有栖。坂柳さんから仕事を受け継いだのだ。学校内のことはあまり詳しく教えてくれないが、色々と派手な改革を行ったことは何となく想像がつく。

 

「だがおかげで今やこの学校の評判もうなぎ上りだ。職務に当たっての無駄も無くなったし、それを考えたらやったかいがあったのかもしれないな。坂柳理事長には感謝してる」

 

 有栖ちゃんが理事長という職を継いだのは4年前。丁度去年その年に入学してきた代の生徒が卒業したが、それを機にこの学校の名声は更に上がった。卒業生の優秀さがニュースになった事もある。

 たった一代で元々高かった評判をさらに上げたのだ。一体どんな魔改造を施したのか、想像するだけでゾッとする。

 

「そういえば、お前の事は何て呼べばいいんだ。()()()()()()()()()()()()?」

 

 こちらをからかう様に聞いてくる茶柱先生。昔より余裕ができた分茶目っ気が増してる気がする。茶柱先生だけn……何でもないですすみません。というより、元からこういう性格だったのかもね。

 

「普通に斎藤でいいですよ。坂柳って呼んだら色々と面倒でしょう?」

 

「そうか。私としてもその方が馴染み深いからな。そう呼ばせてもらう」

 

 ────まあ、ここまで言われたら誰でもわかると思うが、俺と有栖ちゃんはめでたく結婚した。時期的には4年前。有栖ちゃんが坂柳さん……お義父さんから仕事を受け継いだタイミングだ。

 もちろん婚約自体は俺が16歳の時にしていたが、「結婚は定職について腰を据えてから」なんて、彼女にしては珍しく常識的な提案で式を挙げたのは4年前だ。茶柱先生の4年ぶりという発言も、結婚式に招待させていただいたとき以来だからだ。

 

 ちなみに嫁入りするか婿入りするかでちょっと揉めた。というより、俺は婿入りでも良いって言ったんだが、「結婚するにあたって大事な話をそんな適当に済ませないでください」なんて、謎の因縁を付けられた。

 結果としては見た通り。俺の望み通り婿入りすることになった。理由は全力チェス対決で負けたからだ。4時間もかかって最終的に負けた。悔しいね。

 

 まあ、有栖ちゃんの本音としては俺とチェスのガチ勝負をしたかっただけだろう。正直じゃないところがまた可愛いんだこれが。好き。超好き。

 

「綾小路は来てないのか?」

 

「あいつがこんな場所に来ると思いますか? 家で紫苑(しおん)たちの面倒を見てますよ」

 

「息子と娘……紫苑と結菜(ゆいな)だったか? ふっ、あの綾小路が子供の面倒を見るとはな。顔に群がられている綾小路の写真が送られてきた時は、久しぶりに腹を抱えて笑ったぞ」

 

「ウケますよね。昔からは考えられないです」

 

 最初に抱かせた時は無表情すぎて泣かれてたしあいつ。気にしてないとか言いつつショック受けてたのが中々ツボだった。

 その後もちょくちょく面倒を見させてたが、幼児の相手なんかできるわけないと言っていた割に大分懐かれてるんだよな。今頃は結菜にほっぺを引っ張られていることだろう。あの締まった張りのあるほっぺがお気に入りらしい。

 

 そんなやり取りをしながら廊下を歩いていると、前からスーツを着た別の女性に話しかけられた。

 

「久しぶりね紡君。元気にしてたかしら」

 

 こちらもまた茶柱先生とは違うタイプの美人だ。

 キリっとした意志の強そうな瞳に、肩に掛からない程度に切られた髪の毛の左側を三つ編みにしている。……流石、俺と同い年だから30近くにはなるんだろうけど、全く持ってその美貌は衰えていない。むしろどことないエロさが増している。……この年でこの発言は痛すぎるな。自重しないと。

 

「久しぶり()()()()()。もう完全に教師が板についてるじゃん」

 

「当たり前でしょう? この仕事を始めてもう7年、2つのクラスを卒業させてるの。これで板についてなかったら困るわ」

 

 まじかよ……よくよく考えたらそうだけど、7年って早すぎない? 

 とまあ、目の前の美人教師は堀北鈴音。あのツンデレヒロインこと鈴音ちゃんだ。性格はあんまり変わってないけど、有栖ちゃんの話を聞くに、滅茶苦茶優秀な先生をやってるらしい。

 

「そりゃそっか。ってことは鈴音ちゃんも茶柱先生と同じ?」

 

「ええ。今は2年Dクラスを担当しているわ」

 

「私はAクラスだ」

 

 滅茶苦茶優秀って言った割にはDクラスを担当しているのかと思われがちだけど、昔の茶柱先生の時みたいに卒業後、または入学時のクラスの順位で先生の成績が決まることは無くなったらしい。

 まあ確かにそのシステムっておかしいよね。茶柱先生みたいに公平性のへったくれもない先生が現れてもおかしくないだろうし。

 

「……ってことは2人に今日の仕事見られるってこと?」

 

「まあそうなるわね」

 

 俺の質問に鈴音ちゃんが淡々と返す。……恥っず。茶柱先生だけでも嫌なのに鈴音ちゃんにも見られるのかい。

 

「まあ、期待してるわ。()()()?」

 

 そんな俺の考えが伝わったのか、鈴音ちゃんは何とも意地悪く笑ってそう言った。

 

「……はい」

 

 同窓会のネタにされないことを祈るばかりだ。

 

 

 

 

 

 そうして学校内で色々な手続きを行った後、体育館の裏の待機所で待機していた。本来なら来賓の人が来るときに使われる場所だったが、まさか自分が使うことになるとは思わなかった。

 扉を挟んだ奥では学生たちのざわざわとした喧騒が聞こえて来る。いくら体育館にエアコンがあるからと言って、真夏の真っ昼間の為か少し蒸し暑い。こんなところに待機させられては敵わないだろう。

 

「よし静かにしろ。暑いと騒ぐお前たちの気持ちも分かるが、今からは私語厳禁だ。破ったものにはペナルティを与える」

 

 茶柱先生の声がスピーカーを通して体育館に響き渡る。ペナルティという単語が出た瞬間スッとざわめきは収まった。流石茶柱先生。凄みが違う。

 

「よし、静かになったな。ではこれより集会を始める。以前にも説明したと思うが、今日は外部から特別講師をお呼びした。お前らも名前くらいは聞いたことがある有名人だ」

 

 ……さて、いっちょ頑張るか。

 

「では────坂柳紡社長。よろしくお願いします」

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 体育館に2年生全員が集められた中、俺・荒井颯太は、理由も告げられず蒸し暑い体育館に連れてこられた苛立ちを抱きながら、天井を仰いでいた。

 

「なあ、今日来る人ってこの学校の卒業生らしいぞ」

 

「へー。まあでも、結構そう言うのありがちなんじゃね? 卒業生の偉い人が来て、面白くもない話を聞かせて来るのって」

 

 前に座る生徒・佐久間優太が振り返り、先生にばれないように小声で話しかけてきた。

 コイツは結構ミーハーな性格で、ネットニュースとかうわさ話みたいな俗っぽい話題が大好きだ。どこでそんな話を聞いたのかは知らないが、正直言った通り微塵も興味がわかない。

 

「そりゃそうだけどさ、おもろいのはこっからなんよ」

 

 そう言うと、優太はニヤニヤしながらこちらに顔を寄せてきた。コイツの言うおもろい話が本当に面白かったためしがない気がするんだが、暇なので耳を貸すことにする。

 

「今日来る人、あの紡社長らしいぜ。星乃宮先生から聞いたんだよ!」

 

「……あの最近話題の?」

 

「おう」

 

 それが正しいなら流石に驚きだ。紡社長の名は、メディアに疎い俺でも聞いたことがある。

 

 ────紡社長。苗字は確か坂柳だった気がする。3年ほど前から急に名が売れ出した及び「PRITILE」という会社の社長……及びタレントだ。

 IT技術……具体的には深層学習を用いた、AI技術全般に革新をもたらした天才で、開業から10年経たずして世界の長者番付で名だたる企業を押さえて8位になった男だ。しかも日本人で唯一トップ30に入るという偉業も成し遂げている。一昔前で言うGAFAと並ぶほどの成長をしてる企業だ。

 

「……お前詳しいな」

 

「当たり前だろう。タレント業の方は知らんが、現段階で教科書に載ることが確定するような偉人だぞ。車の自動運転や、日本の介護問題を解決させたのはその人のおかげだ」

 

「……凄い人だったんだな。俺はただのイケメン金持ち社長って言う印象しかなかったわ。だって最近はバラエティー出たりとか、コメンテーターとかやりまくってる人なんだぜ?」

 

 そんなわけないだろうと反論しようとしたそのとき、茶柱先生の声が体育館中に響き渡った。

 

「よし静かにしろ。暑いと騒ぐお前たちの気持ちも分かるが、今からは私語厳禁だ。破ったものにはペナルティを与える」

 

「やべ! ポイント減らされるのだけはマジ勘弁」

 

 そう言って前を向き直す優太だったが、俺の興味は既に別の方へと向かっていた。

 仮に優太の言っている事が正しければこれは本当に凄いことだ。天才の話を間近で聞けるんだからな。普通の高校ならあり得ないが、この学校の、それも卒業生というのなら可能性は全然ある。

 

 そんな期待に胸を寄せていると、どうやら会が始まる時間になったようだ。皆静かに壇上を見ている。

 

「では────坂柳紡社長。よろしくお願いします」

 

 その言葉と共に、舞台袖から黒髪の男が歩いてきた。……どうやら優太の言っていたことは正しかったようだ。

 まさかのサプライズに、学年の女子から黄色い声が上がる。まるで人気俳優のような扱いを受けているが、実際の所それらに引けを取らない程の容姿も兼ね備えている。

 

 きっちり整えられた黒髪は清潔感があり、身長も180後半程はあるだろう。顔立ちこそキリッとした敏腕社長という感じだが、それに反して纏っている雰囲気は余裕のある温和なものだ。これはタレントとしても売れるだろう。

 

「こんにちは皆さん。喜んでもらえたのは嬉しいけど、私語は厳禁だよ。茶柱先生にペナルティ貰っても知らないからね?」

 

 そんな冗談と笑いを交えたやり取りで騒ぎを止め、自己紹介に入る坂柳社長。

 

「知らない人のためにまずは自己紹介から、僕の名前は坂柳紡。一応ちょっとした会社を経営しています。実は茶柱先生の教え子だったりもします」

 

 中々の衝撃だ。それなら茶柱先生のフランクな紹介の仕方にもうなづける。

 興奮収まらぬと言った様子の生徒達に、坂柳社長は話を続けた。

 

「一応こういう公の場に呼ばれたので、ちょっとしたお話をさせていただこうと思います。では────」

 

 ────それから、坂柳社長は10分ほど話を続けた。なぜ開業したのかや今会社で何をしているか。この学校で学んだことが将来どう役立ったか等を、冗談を交えながら話す坂柳社長。

 淡々と文字を読み上げる祝辞などとは違い、実の入った話をユーモアを交えて話すためか、生徒達は皆楽しそうに話を聞いていた。

 

「とまあ、特別試験とかはかなり大変だったけど、それをこなせば実力が付くのは間違いないよ。……お、もう結構時間経ってるね。みんな疲れてるだろうし、ちょっと休憩しようか。……そうだね。質疑応答とかしてみる? 会社のこととか関係なしに、好きな事聞いて良いよ。例えば、()()()()()()()()()()()()特別試験の内容とか……あ、今までの試験の話はダメ? そりゃそっか」

 

 茶柱先生にバツを出され、苦笑いをする坂柳社長。そしてリラックスするように生徒に促す。こういう質疑応答は誰も質問しないで気まずくなりがちだが、この学校には俺みたいな純粋に企業に興味がある生徒から、優太のようにミーハーな生徒もいる。

 どちらの質問にも答えるということを暗に示した坂柳社長に、とある女子生徒が手を挙げた。茶柱教師からマイクを手渡された彼女は、はきはきとした声で質問を投げかけた。

 

「紡社長って彼女いるんですか!」

 

 ……世界規模の会社の社長になんてことを聞いているんだ。

 そんな質問に冷や汗をかいた俺だったが、茶柱先生や何故か堀北先生も小さく笑っていた。理由は分からないが、どうやら俺の心配は杞憂だったようだ。

 

「いないよ。結婚してるからね」

 

「……えっ、そ、そうなんですか? ……テレビとかで言ってましたっけ?」

 

「言ってないよ。テレビの人にも言ってない、この学校の子たちになら言っても良いかなって」

 

 それは俺たちが外部との接触を遮断されているからだろう。……だからって言ってわざわざ言うかそんなこと? 女子の何人かはショックで項垂れてるぞ。

 まあそれはいいとして、少し気になった事があったため手を挙げて質問をする。

 

「2つほど質問があるのですが、よろしいでしょうか?」

 

「いいよ。()()()()()()()()()()()()()()

 

 ……なるほど。今の話で確信できた。しかしこういうのは流れが大事なため質問はそのままさせてもらおう。

 

「まずはまだ終わっていませんが、貴重な話をありがとうございます。あなたほどの方からお話を聞けるとは思ってもみなかったので」

 

「あはは。ご丁寧にありがとう」

 

 俺の生真面目な感謝にも、にこやかに答える坂柳社長。

 

「1つ目の質問なのですが、坂柳社長は何故僕たちに講演会を開いていただたいたのでしょうか」

 

「講演会なんて大層な事してないよ。有栖ちゃん……僕の奥さんがこの学校の理事長やってるんだけど、その人に頼まれたからかな」

 

 ……マジか。あの超美人だけど超怖い理事長と結婚してるのかよ。何気に今日1番驚いたわ。……確かに名字も同じ坂柳だな。だがこの学校にいる理事長ガチ恋勢は、しばらく寝込むことになるだろう。

 

「なるほど。では、2つ目の質問です」

 

 そう前置きして、俺は坂柳社長の目をジッと見つめてこう言い放った。

 

 

 

 

 

「今回の集会、これは特別試験ですか?」

 

 特別試験という言葉に、この学校で一年間生き抜いてきた生徒達に一気に緊張が走る。

 動揺こそしているだろうが、この程度でパニックになるような生徒はハナからここにはいない。……さて、どう出るか。

 

「特別試験? どうしてそう思ったのかな」

 

 理由を聞いてくる坂柳社長。まあ当然の反応だろう。もし逆の立場だったらすぐ答えたりなんかするわけがない。

 

「理由として、やけに特別試験という言葉を強調していたからです。この学校で学んだことに特別試験を出すのは違和感はありませんが、質疑応答の際の「これから受けることになる特別試験の内容」等の話で違和感を覚えました」

 

「でもそれは僕が間違えただけだとは思わないのかい? 現に茶柱先生に注意を受けたしさ」

 

 俺の追及に対しても知らん顔だ。温和な人格だとは思っていたが、やはり食えない男だ。

 

「間違えたとは考えにくいです。何故なら、この学校で重いペナルティを食らう行為の1つに「()()()()()()()()()()()()()()()()」があるからです。これを卒業生であるあなたが忘れていたとは考えにくい。そして最後に「説明する時間はいっぱいある」という発言です。あとは……坂柳理事長ならやりそうかなって」

 

 今までの浮ついた空気は何処へやら、生徒の誰もが返答を今か今かと待ちわびている。

 

「ふふっ……確かにね。えっと君、名前は?」

 

 最後の発言に小さく笑った坂柳社長は、ふとそんなことを聞いてきた。

 

「荒井颯太です」

 

 これで間違えてたら死ぬほど恥ずかしいが、悪くない線のはずだ。

 

「なるほどねー……よし。じゃあ颯太君、端末を取り出してくれないかな」

 

 意図は分からないが、とりあえず言われた通り端末を取り出す。それと同時に、端末が振動し通知が画面に表示された。

 

『坂柳紡から100万pptが送金されました』

 

 ……マジか。

 

「やっぱり流石だねここの子たちは」

 

 あまりの額の大きさに驚いて固まる俺を置いて、坂柳社長は声高々に宣言した。

 

 

 

 

 

「────では彼の言う通り、今から特別試験を始めます! ルールは一度しか説明しないから、聞き逃さないようにしっかり聞くんだよ?」

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 その日の夜。俺と有栖ちゃんは、息子たちを寝かせた後リビングでお酒を嗜んでいた。ちなみに俺はお酒滅茶苦茶強いけどその反面有栖ちゃんは超弱い。レモンサワーロング缶とかで呂律が回らなくなってくる。雑魚も良い所だ。

 その為ハイペースで飲む俺に対し、有栖ちゃんはゆっくりと飲むのが2人の慣習だ。

 

「それで、どうでした? 出題する側に回って行う特別試験は」

 

「いやー楽しいねやっぱり。しかも今回は完全オリジナルだし、考えるだけでワクワクしたよ」

 

 それに颯太君。彼はAクラスをまとめるリーダー、俺たちの代で言えば有栖ちゃんみたいな立ち位置なだけあって、少ないヒントから特別試験だと当ててきた。

 100万ポイントも貰ってさぞ驚いていただろうが、元から特別試験だと当てた生徒にはあげるつもりでいたからね。まあ最後の有栖ちゃんならやりかねないって発言が面白かったからちょっと増やしちゃったけど。

 

「ふふっ、やはりそうですか。先生方からも評判良かったですよ。違う角度で実力を測ることを目的にあなたを呼びましたが、予想以上の成果があったようでなによりです」

 

「それだけ? 俺を呼んだ理由って」

 

「まあ、私とあなたが結婚してることを皆に知らしめたかった……という理由も無くはないですよ。私に邪な想いを抱く生徒がちらほら見受けられましたので。目覚ましになればと思いまして」

 

「見た目だけだと中学生と変わらない……褒めてる! 褒めてるだけだって! ほら、いつまで経っても若いじゃん?」

 

「ふーん。それに比べて、紡君はちょっとだけ老けましたねー。肌のみずみずしさが無くなって来てますよ。日焼け止めとか、ちゃんと塗ってるんですかぁ?」

 

 あ、呂律回らなくなってきてる。かわいい。

 

「最近はちょっとサボりがちかな……」

 

「ダメですよー紡君。私の夫ならいつまでも格好良くいてください。……そうですね、会社が落ち着いてきたらアスリートを目指してはどうでしょう? 綾小路君と世界記録を総なめする姿、見てみたいです」

 

 酔ってるね完全に。めちゃくちゃな提案にも程がある。

 けどちょっと面白そう。学生の時につかなかった清隆君との決着を付けたい。

 

「……いいねそれ。よし、明日から会社は一夏ちゃんと拓也くんに全部任せよう。あの2人なら何とかしてくれるっしょ。体動かなくなる前にトレーニングしなきゃ」

 

「ふふっ」

 

 グラスを手に持って朱に染まった頬に当て、とろんとした目でこちらを見て微笑む有栖ちゃん。

 

「?」

 

「いえ。こうして貴方と共に老いることができて嬉しい、と。そう思ってしまって。私も人のこと言えないかもしれませんね」

 

 何とも嬉しいことを言ってくれる。この子は本当に俺のツボを押すのが得意みたいだ。

 まだ酔いは回って来てないが、別の意味で体が火照ってきた。

 

「幸せな悩みだね、ホント……ねえ有栖ちゃん」

 

「はい」

 

 そこで俺は、ご飯に誘うかのような軽いノリで提案した。

 

「3人目の子供、欲しくない? 紫苑と結菜もぐっすりだし、この後どうかな」

 

「あら? 昂らせてしまいましたか? ……ふふっ」

 

 超上機嫌になったのが一瞬で分かった。意地の悪い、けれどお酒でとろけてるせいで可愛さしか感じない笑みをこちらに向ける有栖ちゃん。

 

「うーん、生憎ですが、明日は仕事があるので遠慮しておきます。ですがどうしてもと言うなr「嘘はダメだよ有栖ちゃん」きゃっ……」

 

 こちらを一瞥し、ふらふらとした足取りで部屋に戻ろうとする有栖ちゃんを抱きかかえる。そして熱を帯びた頬をきゅっと摘まみ、唇が触れ合う直前まで近づける。

 ウイスキー特有のくぐもった、煙のような香りがほのかに鼻腔を刺激する。

 

「明日、仕事休みでしょ? 嘘つきにはお仕置きしないとね」

 

 自分で言ってて大分キツイ。アラサーが言う言葉じゃない。俺も大分酔ってるみたいだ。

 いつもなら真顔で「アラサーがそのノリ、大分キツイですよ」なんて言われるだろう。

 しかし、今俺たちは酒特有の心地よい痺れに体を支配されている。こんな状態ならいくら有栖ちゃんと言えど……

 

「いじわる……」

 

 ほらね。

 

「じゃ、行こっか」

 

「はぃ♡」

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 事が終わった後、疲れ果てて寝てしまった有栖ちゃんの頭をゆっくり撫でる。

 ……小さな体だ。本当は俺より30も年下なのに、弱い俺を支えてくれる愛らしい女性。

 

「……んっ、すぅ。すぅ……」

 

 くすぐったそうに身じろぎする有栖ちゃん。……懐かしいな。小学生の時もこんな事してたっけ。外ではあれだけカッコいい女性なのに、俺の横ではこんなだからな。

 でも不完全な俺は……有栖ちゃんに比べてとても弱い俺は、プロポーズするときにこう言っちゃたんだ。『不束者ですが、よろしくお願いします』って。男が言うセリフじゃねえよな。ちゃんと笑われたよ。

 

「ありがとう」

 

 きっと、面と向かって言ったなら不思議そうな顔を浮かべ『今更何を言ってるんですか?』と言われるんだろう。だが、感謝を伝えずにはいられないんだ。こんな、こんなに幸せな気持ちにさせてくれる人なんて、他に居ないだろうから。

 

 

 

 ドラマチックでも何でもない、ありふれた結末だが、こんなにも愛しい人が傍にいてくれるんだ。

 

 これ以上幸せなことなんて、何回生まれ変わっても見つかることは無いだろう。

 

 そんな確信を持って、俺はこの小さな女性の暖かな温もりに包まれながら、ゆっくりと眠るのだった。

 

 

 

 

 









この物語はいったんここで完結とさせていただきます。
続きの構想はあるんですが、このままグダグダと更新するよりは一旦締めた方が良いかなと思いまして。続きを書くかはマジで未定です。

次回はこの世界線で、各キャラクターがどのような軌跡を描いたかを設定集として書きたいと思います。
この人ってどうしてるの?とか気になるキャラがいましたら感想で書いてくれるとまとめやすいです。

今の所ヒロイン4人、綾小路、斎藤の来歴やDクラスで交流があったキャラクターの今、斎藤と坂柳の子供二人の話を軽く書こうと思っています。完全に僕の妄想ですが。
あとは後日談と言うか、妄想を書き連ねようかなって思ってます。こちらの方もリクエスト募集してます。

あと少しだけですが、お付き合いいただけると嬉しいです。皆様の応援が僕をここまで引っ張ってくれました。ありがとうございます!

この結末はどっちの世界線だと思いますか

  • 堀北がAクラスへ上がった世界線
  • 坂柳がAクラスを守り切った世界線
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