転生したらミュージアムの下っ端だった件(完)   作:藍沢カナリヤ

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028 鏡像はx / 姉並びに父の意地

ーーーーside『A』ーーーー

 

 

「はぁっ、はぁっ」

 

 

上へと続く螺旋階段の途中で、息を整える。普通はエレベーターで登るような高さを階段で上がってるのだ。正直、かなりしんどい。けど、この先に瑠璃がいるはずと考えたら、足は動くし、顔も上がる。

 

 

『よーく、そんなにがんばるね』

 

「これくらい、どうってことないし」

 

 

出鼻を挫くように、影の中から響くあの女の声。不快感はあるけど、一応守ってくれてるから答えは返す。

 

 

『そんな死にそうになってまで、助ける価値があるワケ?』

 

「……あるに決まってる」

 

『へぇ、私はシューヘイくんさえいればいいから、他の人間とかどうでもいいけど……そんなに大事? 家族って』

 

「うん、大事」

 

「ふーん……あっそ」

 

 

興味ないなら聞くなと言ってやりたいけど、そんなやりとりする体力も時間も勿体ない。私は一歩一歩、階段を上がる。

 

 

「はぁっ、ふぅ……もう、少しっ」

 

 

……そう、そうだ。もう少しなんだ。

パパがママを救い出して、私が瑠璃を支える。

おじいちゃんのことはきっと今、ときめさんたちがどうにかしてくれてるはず。これで黒井家が揃う。そう、揃って、

 

 

「みんなで笑えるっ」

 

 

そう思えば、この長い長い螺旋階段も苦じゃない。私は再び歩を進め始めた。

 

 

『………………』

 

 

……………………

 

 

「ぜぇ……ぜぇ……」

 

 

やっと階段を登り切った私は、その場に倒れ込んだ。

な、長すぎるって、この螺旋階段。苦じゃないとは言ったけど、いや辛いものは辛いって。くそぉ、作った奴ぜったいに一発ぶん殴ってやる……。

 

 

『早く行かなくていいワケ~?』

 

「ふ、ふぅっ、わ、分かってるつーのっ」

 

『…………はぁ、しょーがないなぁ』

ーードプンッーー

 

 

「…………ほっ!」

 

 

何を思ったのか、今まで影に潜っていた女は、私の影から飛び出してきて、

 

 

ーーグイッーー

 

 

私の体を抱きかかえやがった!?

 

 

「なっ、なにしてるっ!?」

 

「……ちょっとでも早く行かなきゃなんでしょ」

 

「なんのつもり」

 

「べつに~? 私が助けたおかげで作戦は上手くいったって、シューヘイくんにいい感じに報告してよ」

 

「………………瑠璃のこと、許したつもりはないから」

 

「あっそ」

 

 

……………………

 

 

どうにか歩けるようになった私は、辺りに注意を張り巡らせる。別に姉妹の絆的なやつで見つかるとは思ってない。だけど、瑠璃の近くには、あの男がいるはず。だから、

 

 

ーーゾワッーー

 

「っ」

 

 

嫌な気配を感じ取る。前にこの『裏風都』に滞在していた間、ずっと感じていた不快感。この気配の主は知っている。

 

 

「万灯!」

 

 

私の声が反響し、

 

 

「その声……黒井あかねか」

 

 

届いた。いけすかない声が聞こえる方に向かうと、いた! 牢のように格子で仕切られた個室のベッドの上に、万灯雪侍は腰かけていた。

 

 

「万灯、瑠璃はっ!」

 

「短い間とはいえ、君を世話した人間を無碍にするものじゃないよ?」

 

「瑠璃はっ!」

 

 

私の返しに肩をすくめた万灯は、その個室の奥を指差した。私は駆け足でそちらへ進む。そこにはーー

 

 

 

「瑠璃ッ!!!」

 

「………………」

 

 

 

瑠璃がいた。どこか怪我をした様子はない。けれど、彼女からは生気を全く感じなくて。

 

 

「っ、瑠璃!! わかるっ! 私だ、あかねだよっ!!」

 

「………………」

 

「瑠璃! 瑠璃っ!!」

 

「………………」

 

「っ」

 

 

焦点が合っていない虚ろな目の彼女は、私の言葉に応えてくれなかった。これではまるで……っ。

 

 

「っ」

 

「仕方がないだろう、自身が人間ではないことを知らされたんだ。今まで人として生きてきた彼女にその事実は荷が重い」

 

「そんなの関係ないっ」

 

「それは彼女自身が決めること、だろう?」

 

「っ……瑠璃、帰ろうっ!!」

 

「………………」

 

 

何度も名前を呼ぶ。けど、反応は返ってこない。

……どのくらい彼女の名前を叫び続けていただろうか。声は掠れて、上手く音になってない。それでも呼んで。

 

 

「…………ねぇ」

 

 

それを止めてきたのは、私を守るために着いてきたあの女。止めんな、と言い返すと、どうやらこちらへ追手らしき気配が近づいていると言ってきた。

 

 

「とりあえずこの格子を壊して逃げた方がいいでしょ」

 

「…………うん」

 

「どいてて」

 

『シェード』

 

 

メモリを起動して『シェード』になった彼女は、格子を力ずくでねじ曲げた。私はその隙間から体を入れて、瑠璃を支えながら個室の外へ出る。

 

 

『そいつらは?』

 

「………………出して」

 

『はいはい』

 

 

今の瑠璃を守るためには、誰であろうと使うべきだろう。そう判断して、万灯と千葉秀夫の牢も壊してもらう。2人とも瑠璃とは違い、自分で牢を出た。

 

 

『どこに行く?』

 

「安全なところ……なんてないか」

 

 

すると、一番安全なのは、戦えるパパの側。

 

 

『りょーかい』

 

 

行き先を決めて、私たちは足を進め始めた。

 

 

……………………

 

 

ーーぐらっーー

 

「っ」

 

 

度々、瑠璃の体を支えきれずバランスを崩す私。それを見かねた『シェード』が持つかと聞いてくるけど、瑠璃を任せてもいいって思える人はこの中にはいない。こんなに体格差を恨んだのは初めてだ。それでもこの腕を放したら、瑠璃を支える人はいない。

 

 

「大丈夫……大丈夫だからっ」

 

「…………」

 

「おねえ、に……任せてっ」

 

 

不意に思い出す。ずっと前にもこんなことがあったな。

 

 

 

ーーーー回想ーーーー

 

 

私たちがまだ幼かった頃の話だ。

その日はパパもママも仕事で家を空けていた。2人が外に出ている間に、急に瑠璃が熱を出したんだ。

 

 

「はっ……はぁっ」

 

「るりっ」

 

 

苦しそうにする瑠璃を少しでも楽にしてあげようと、濡らしたタオルを当ててあげたり、水を持ってきてあげたり、子供ながらにできることはしてみた。それでも、瑠璃の具合はよくならない。

何かあったら電話をしてね、と言われていたことも、パニックになった私は覚えてなかった。勿論、かかりつけのお医者さんの電話番号も分からず。朝、2人が家を出るまではなんともなかったから、2人が戻ってくるのは期待できなかった。

 

 

「どうしようっ、どうしよう……っ」

 

「はぁ……苦しいよっ、おねぇ……」

 

「っ」

 

 

お姉ちゃんである自分がどうにかしなきゃ……!

そう思った私は覚悟を決める。瑠璃をおぶり、台所にあった紐で2人の体を縛り付ける。これで万が一にも瑠璃は落とさない。

 

 

「ちょっと、がまんっ、してねっ、るりっ!!」

 

「おねえ……?」

 

「ふんぅぅぅっ!!!」

 

 

思い返せば、火事場の馬鹿力だった。自分と体格の変わらない瑠璃を背負って、私は家を出た。幸いだったのは、夏の昼間にもかかわらず、外気温が上がっていなかったこと。災いなのは、雨が降りだしたせいで、人通りが極端に少なかったこと。

大人の目に触れなかったから、私は1人瑠璃を背負って歩いた。歩幅も小さく、力もない。それでもかかりつけの病院に向かって歩を進めた。

 

 

ーーぐらっーー

ーーばたんっーー

 

「へぶっ!?」

 

 

足がもつれて、顔面から倒れ込む。痛い、痛すぎる。後から判明したけど、鼻血も出ていたらしかった。

それでも私は起き上がり進む。瑠璃の方が辛いはずだ。今ここで自分が止まったら瑠璃が死んでしまう。姉としての使命感と瑠璃を助けたい一心で歩き続けた。

やがて、かかりつけの病院に辿り着き、チャイムを鳴らす。妹を助けてって私の必死の訴えに、何事かと慌てて出てきたお医者さんを見て安心した私は、そこで意識を失った。

 

結局、瑠璃の熱自体はそこまで大変なものではなく、むしろ私の顔の怪我の方が大変だったらしい。お医者さんから連絡を受けて、飛んできた2人にぎっちりと抱き締められた。それを見てた瑠璃がその輪に混ざって、また4人でぎゅっとしたのを覚えてる。

そんな昔の記憶。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

ーーぐらっーー

 

「ちょ、ちょっと!?」

 

「…………ダイジョブ」

 

 

崩れかけた体勢をどうにか持ち直す。

大丈夫。私はお姉ちゃんで、この娘は大事な妹なんだ。私が守る。もう一踏ん張りだ。敵を倒してママを救ったパパと合流する。それから瑠璃の心をケアしよう。

うん、大丈夫。

 

 

「おねえに任せて、瑠璃っ」

 

「………………」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「はぁっ、はぁ……」

 

 

長い長い螺旋階段を下り、やっと管理室に戻ってきた。

 

 

「瑠璃、ちょっとここに座ろう」

 

「…………」

 

「ごめん、ちょっと乗り心地悪かったよね」

 

 

瑠璃をゆっくりと壁際に下ろして、座らせた。未だ虚ろな目なままの瑠璃の頭を撫でてやる。反応はないけど、大丈夫。瑠璃はーー

 

 

『おい、あかね』

 

「っ」

 

 

不意に瑠璃から聞こえてきた声に、体が跳ねる。一瞬、瑠璃が意識を取り戻したのかとも思ったけど違う。明らかに瑠璃とは違う声。

 

 

「なに……? だれっ!?」

 

『今は説明してる暇はないっ!! 瑠璃も、お前もっ! 早くここから離れろっ!』

 

 

謎の人物の叫び声。意識をそちらへ向けると視界の端に、影を伸ばして防壁を張る『シェード』と思念波でそれを支える万灯と千葉秀夫の姿が見えた。同時に、目の前の管理室の壁が軽く壊れていくのも見える。何もかもがゆっくりに見える。酸素の行き届かない体をどうにか動かして、壁に横たわる瑠璃を守るように抱えて。背中に爆風と熱を感じ、目を開けてられなくて目を閉じた。

 

 

「…………っ」

 

 

一瞬のような気もするし、長い間そうしていた気もする。

じんじんと焼けるような背中の痛みに耐えながら、私は顔を上げた。そこに広がるのは、壁も何もなくなり、更地のようになった場所。そこには、吉川って男とパパがいた。ただし、

 

 

「哀れだな、黒井秀平」

 

「か……ふっ……っ」

 

 

パパの腹を貫く吉川の左腕。パパは口から血を吐いていて……。

 

 

「パパっ!!」

 

 

パパの名前を叫び、そちらへ向かおうとするのを、

 

 

ーーがしっーー

 

 

止められる。私の腕をつかんだのは万灯だった。

 

 

「放せっ! パパがっ!」

 

「周りを見たまえ。朝倉風華も秀夫くんも、さっきの衝撃波でかなりのダメージを受けている」

 

 

見れば、その2人は地面に横たわっていた。さっきの攻撃から私たちを守ってそうなったのだと遅れて理解する。それに万灯も2人ほどではないが、傷だらけだった。それでもっ!

 

 

「黒井秀平も負けた。その相手にどうするつもりだ」

 

「っ」

 

 

体勢を立て直すために退くべきだ。熱くなる私に、万灯は静かに告げる。

 

 

「…………」

 

 

万灯の言う通りだ。瑠璃を守るためにはそうするしかないのは分かってる。だけど、今ここで退いたらパパはどうなる?

……決まってる。殺されてしまう。そんなのは嫌だ。家族で笑い合うんだって決めたのに……。

 

 

「うっ、あぁぁぁっ……」

 

「自分より強い相手を前にしては、全てを助けるなんてことはできない」

 

「っ、それは……」

 

「決めるんだ、黒井あかね。君は父親を助ける? それとも妹を助ける?」

 

 

こうして迷っている間にも、吉川って男はこちらの存在に気づいた。逃げるなら今しかない。でも、そうすればパパは確実に死ぬ。決断を迫られてる。

 

 

「さぁ、決めるんだ」

 

「~~~~~~~~っ」

 

 

私は、私はっ!

 

 

 

『…………その必要はねぇ』

 

 

 

私の思考を絶ち切ったのは、さっきの声。

 

 

「……邪魔をしないでもらおうか。彼女にはここで死なれる訳にはいかないんだ」

 

『うるせぇ、てめぇこそ邪魔すんな』

 

「…………なにを……?」

 

『おい、あかね! お前の父親はなぁ……ちゃらんぽらんだし、雫のことになるとバカだし、とにかくガラも悪い。けどなーー』

 

 

 

『ーーやる時はやる男だ』

 

 

 

「が……ッ」

 

 

その人がそう言った次の瞬間に、吉川が膝をついた。そして、腹を貫かれているはずのパパが語り出す。

 

 

「……っ、こうでもしないとっ……お前は隙を見せねぇ、よなッ」

 

「ぐっ……何をしたッ、黒井秀平ッ!!」

 

「戦う中で確信したぜっ……お前のっ、『マスカレイド』は俺よりも上……だから、俺は狙いを変えたんだッ」

 

 

ーーバリィィィィィンーー

 

 

瞬間、『裏風都』の空が割れた。響いた音は、まるで鏡が割れたような音だった。

 

 

「まさかッ!!」

 

「あ、あぁ……お前の中の『ミラー』をぶっ壊したっ。そうすれば、雫ちゃんも救えるし、この悪趣味な『街』もぶっ壊せるってもんだッ」

 

「貴様ァァッ!!!」

 

「死んでも家族は守るぜ、俺は」

 

 

激昂した吉川は拳を振り上げた。

 

 

「パパっ!!」

 

『大丈夫だぜ、あかね』

 

「……え?」

 

『あいつも、もう来てる』

 

 

…………結論から言うと。

吉川の拳はパパには届かなかった。だって、その拳を止めた人がいたから。綺麗な黒髪をなびかせながら、その人はパパに告げる。

 

 

「死んでも……なんて言わないでください、秀平くん。あなたは大切な大黒柱なんですよ?」

 

 

その人の表情は、こちらからは見えない。でもきっと、あの優しい笑顔をパパに向けているんだろう。

……だよね。

 

 

 

「ママっ」

 

「あかね、瑠璃を守ってくれてありがとう」

 

 

 

黒井雫。私達のママはそう言って、微笑んだ。

 

 

ーーーーーーーー




『風都探偵~ 15 years later~』編、佳境!
終わりは近い。
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