転生したらミュージアムの下っ端だった件(完) 作:藍沢カナリヤ
彼の話です。
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記憶が流れ込んでくる。
まるで、わたしの感情に呼応するかのように。
その人の感情がーー深い深い、憎しみと絶望が。
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俺は転生した。『仮面ライダーW』の世界に。
前世では、イケメン俳優好きの妻や嗜好にだいぶ偏りのある息子もおり、その影響でこの作品については大分詳しかった。だから、俺がまずこの世界に来てしたことは、『元の世界に戻る方法』を探すことだった。
世界を超越するガイアメモリを見つけ出して、元の世界に戻る。それが俺のたった一つの目的であった。
ガイアメモリを探るには、組織に潜り込むのが一番だ。そう思った俺はメモリの元締め『ミュージアム』に潜入して、情報を集めた。勿論、なんのコネもない俺は組織の下っ端・戦闘員である黒服から始めることになる。『マスカレイド』のメモリの危険性は知っていたが、受け取るのを拒むわけにもいかず、俺は下っ端として『マスカレイド』を使い続けた。
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「が、ふっ…………」
そんなある日のことだ。組織の寮内、自室にて。
吐血したのだと理解したのは、膝から崩れ落ち、頭を打った後だった。急に下半身から力が抜けて、防御体勢になる間もなく倒れこむ。これが『ガイアメモリ』の副作用であることには、すぐに思い至った。だが、
「なぜ……『マスカレイド』で……っ」
俺達に支給されている『マスカレイド』は、メモリの容量の大半を条件付きの自爆機能に割いているせいで、限りなく性能の低い粗悪品だ。代わりに毒素のせいで死に、自社ビルで自爆するようなことがないように、毒素はかなり抑えてあるはずだった。
「話が、違う……っ」
足には力が入らないが、どうにか両腕は動く。腕の力だけで這いずり、部屋の出口へ。幸いなことに、ここには他の下っ端連中もいる。人に会えれば、どうにか…………。
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次に俺の意識が浮上したのは、見知らぬ病室でのことだ。靄がかかったように、ハッキリとしない頭をどうにか回し、倒れる前のことを思い出した俺は、まだ十分に動かない首の代わりに、眼球を動かして室内を見渡す。
よく見る白い壁と白い床。誰もが想像するような病院の一室だ。ただ気になるのが、ベッドは俺が横になっているこれだけだということ。つまりは、個室なのだ。組織の末端である俺に宛がわれるのには違和感がある。
「意識が戻りましたか」
声は俺の死角から響いた。枕元に立っているであろう男の声に、俺は言葉を返す。
「…………枕元に立つような人間の心当たりはないんだがな」
「ククッ、冗談を言える余裕があるようで結構です。貴方が無事でなにより」
「何者だ」
その問いに答えるように、男はやっと俺の視界にその姿を現した。この病室と同じ、白い服。一瞬、医師かと錯覚したが、それが誤りだと思い直す。なぜならその『白服』には覚えがあったからだ。
「その趣味の悪い白服……『財団X』か」
「ご名答! 組織の末端であるにも関わらず、『財団』の存在とその構成員の特徴を把握している。やはり私の仮説は正しかったようですねぇ」
悦に浸るような声色に、嫌悪感を感じる。本来ならば、俺は一生関わることのない人種だろう。だが、次の男の一言で俺はーー
「さて、吉川零次。君は元の世界に戻りたくはないですか?」
この男・
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「『転生者』……私は貴方のような人間をそう呼んでいます」
「『テンセイシャ』?」
白鷺が所有する研究所、その中にある客間に通された俺は、白鷺に問い返した。『テンセイシャ』……転じて生き返りし者。つまり、俺は、
「向こうの世界で一度死んでいる。そういうわけか」
「えぇ、十中八九そうでしょう。これまでの研究成果からそれは明白です。とはいえ、実際に生きている『転生者』を見るのは私も初めてですがね」
白鷺曰く、彼は『財団X』が『ミュージアム』のガイアメモリに出資して以来、メモリについての研究に就いていたという。そんな中、とあるガイアメモリーー『アナザー』というメモリが異常な反応を示した。それをきっかけに、白鷺は『アナザー』の可能性、つまりは並行世界の存在に気づいたという。
「そして、『転生者』はエネルギーに満ちているのですよ」
「エネルギー?」
「ええ。世界を一つ超えてきたのですから、当然といえば当然でしょう。そうして、『転生者』の内に秘めたエネルギーは、この世界の超常と結びつき、『チート』となる」
「…………俺がその『転生者』だというなら」
「えぇ、あなたにもその力があるはずです」
そのために助けたのですから、なくては困るのですよ。そう言って、白鷺は目の前のPCを操作した。そこに映し出されたのは、何かの数値。数字には決して強くない俺には、なんのデータかは分からないが、白鷺曰く、そのデータは意識を失っている間に採った俺の身体データだという。その一ヶ所を指差す白鷺。つられて注視する。
「他の数値は並の人間と変わりません。ですが、ここだけは常人の十数倍はある」
「……なんだ、これは」
「あなたにも分かるように言えば、ガイアメモリとの親和性……メモリとの融合率といったところでしょうか」
「融合率? 適合率とは違うのか?」
「えぇ。似て非なるものです」
適合率とはメモリの能力を発動できる能率を表している。メモリの能力を引き出すにはこれが高くなくてはいけない。そして、融合率とはーー
「1本のメモリを使い続けることでそのメモリが肉体に馴染んでいき、新たな能力に覚醒する。鏡野キクがいい例です。ともかく融合率とは、メモリが肉体に馴染む加速度合を表しています」
「…………」
「簡単に言えば、貴方はどのメモリでもより早く使いこなすことが可能なのですよ。例えば『テラー』や『ナスカ』といったゴールドランクのガイアメモリでもね」
「……つまりは、『元の世界に戻る』なんていう絵空事も俺ならば、叶えられると?」
「貴方次第ではありますが、ゴールドランクのメモリと貴方のもつ『チート』ならば、可能性は十分にあります。もし、次元を渡るメモリを探すというのならば、それに協力することも吝かではありませんよ」
「………………」
考える。
この男の言っていることが事実であれば、俺の望みはいつか叶えられるのだろう。だが、相手は白服・『財団X』の人間だ。そう簡単に信用していいものか。
「お前の狙いはなんだ?」
「警戒も当然でしょう。ですが、私も目的はシンプルです。ガイアメモリを使い、世界を掌握する。そのためにはより強い力と兵隊がいるのです。貴方の『チート』を研究して、メモリの力を引き出せる兵隊を作り出すことこそが私の目的……利害は一致しているでしょう?」
正直な話、この世界がどうなろうとかまわない。俺は元の世界に、妻と子供の元へ帰れればいい。だから、
「分かった、そちらの研究とやらに協力する。その代わり、『元の世界に戻る』メモリを探し出すのに協力しろ」
「えぇ、勿論です」
俺は白鷺を利用することにした。結論から言えば、この選択は一番の愚行であった。『元の世界に戻る』ために協力する。そんな甘言に惑わされた俺を俺は呪う。
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『ホール』を手に入れたのは、それから少ししてからだ。
『穴』を通じて、次元を超えるイメージがつきやすかったから、俺はそのメモリを使い続けた。勿論、『チート』は正常に作用して、俺は『ホール』の新たな能力に覚醒していった。だが、
「『ホール』では無理でしょう。これ以上の覚醒は望めません」
「そうか。ならば、次のメモリを渡せ」
「ふむ、そうですねぇ……」
自らの研究室。特注で作らせたという椅子に体を預けた白鷺は顎に手を当て、考える仕草を見せた。何を迷うことがあるのか。早く候補となるメモリを俺に渡した方が合理的だ。俺の『チート』とやらは、とかく時間がかかる。俺の体はひとつ。他人よりは数倍馴染むのは早いが、それでも候補のメモリから元の世界に戻るための能力を探すには……。
「そう。そこなのですよ」
「?」
「貴方の肉体はひとつ。それがネックなのです。ですからーー」
ーーパチンッーー
奴がひとつ指を鳴らすと、
ーーガクッーー
「ッ、何をっ!?」
体が床に叩きつけられる。何が起こった?
奴にメモリを使った様子はなかった。研究室の床の冷たさを感じながらも、俺は奴に訊ねる。それに対して、奴は笑いながら答えた。
「貴方自身が言ったことでしょう? 貴方の『チート』は時間がかかり、その上肉体がひとつしかない。それがネックだと」
だから、と言葉を区切り、さらに続ける。
「貴方を『増やす』ことにしました。貴方もよく言っていた通りの合理的な判断です」
そう言って、白鷺は背後に設置されていたモニターの電源を入れた。そこに映し出されたのは、培養装置だ。その中には既になにかが……いや、あれは……。
「俺、か」
「『財団X』の技術……複製兵士の精製は実用化までずいぶんかかりましたからねぇ。その被験体になり、私の野望に貢献できるのです、光栄に思うといい」
「………………」
なるほどな。元からそれが目的か。確かに俺の『チート』があれば、兵隊を作り出すことができる。しかも、一体一体がメモリ能力を十二分に引き出した兵士。それはそれは奴の野望とやらに役立つだろうな。
「……不快だ」
『ホール』
メモリを起動し、自らの体に投げ挿れる。瞬間、力が巡る。体を押さえつけていた重力めいた力を振り払い、手を伸ばす。狙うは奴の頸動脈に、最速で穴を開ける。しかし、俺の能力は届かない。
『……ッ』
「言い忘れていましたが、私も『チート』持ちでしてね。メモリを挿さずとも、メモリ能力を使いこなすことができます」
「!」
白鷺。この男も『チート』を……つまり、それは……?
「その通り。私も『転生者』です。貴方よりもずっと前からこの世界に『転生』した人間ですよ」
邪悪に笑う白鷺。まるで、幼子がおもちゃを自慢するかのように、奴は滔々と語る。
「今、貴方に使っているのは『グラビテーション』ッ!! 重力を操作できるメモリです。『ホール』では太刀打ちできないでしょぅぅう?」
『…………』
「……なぜ黙っているのです?」
ーーズズズズズズズッーー
『一時撤退だ』
『穴』を足元へ展開し、俺はそこへ沈み、逃げーー
ーーブチュッーー
『っ、がぁぁぁっ!?!?』
激痛。何かの能力で足を切断されたと理解したのは、数秒遅れてのこと。ダメージが許容量を超えたのだろう、メモリが体外に排出された。
「ぐ、が……ぁぁぁ、がっ」
「『ゾーン』……貴方も『転生者』ならば知っているでしょう。空間移動の能力はこう使うこともできるのですよ」
「はつ、はぁっ、はぁっ……っ」
「クククッ……無様、ですねぇぇ」
ニマニマと気色の悪い笑みを浮かべる白鷺。自分の優位を確信したんだろう。俺の腹を足蹴にしてくる。クズが……っ!
「安心してください。貴方の分身に『チート』を適用するには、貴方自身が生きている必要がありますからねぇ……手厚く『保護』させていただきますよ」
「…………地獄に落ちろ」
「えぇ、いずれ地獄を楽しませていただきますよ」
白鷺の笑みを見ながら、俺は意識を失った。
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そして、俺は数年間、幽閉されていた。その間は意識も朦朧としており、記憶らしい記憶もない。忘れた頃にやってくる激痛が何なのかさえ分からず、ただ俺の心のうちは、奴への復讐心と妻と子供への渇望が占めていた。そして、次に俺の意識が覚醒した時にはーー
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「……俺は、どうしたらいい」
復讐の対象も、元の世界に帰る方法も、吉川零次にはない。目的を失った彼はただ空っぽで。だからこそ、救いを求めて彼はその『声』に従った。
『ーーーーーーーー』
「そうか。『転生者』は全て殺せばいい。そうすれば、俺はまた元の世界に戻れる」
決して彼らしくもない非合理的な結論。暴論ともいえる。それは既に彼が壊れてしまっていることを示していた。だが、彼自身にその自覚はなく、本気でそう考えていた。
「まずは誰を殺せばいい?」
『ーーーーーーーー』
「は?」
『声』は答える。その存在を。
「何故、何故だ……俺と同じ、だろうッ!」
「何故俺は失って、あいつは手に入れたッ!?」
『声』は決して他の誰かの存在を示唆するものではない。『声』は彼自身の内側から響くものだ。吉川零次の『憎しみ』は、復讐心の当たり所をその男に求めたのだ。
「黒井秀平。俺はあの男の全てを否定する」
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それがその人の感情。
世界と白鷺って人への憎しみ。それ以上の悲しみが流れ込んでくる。『家族を失った』……わたしと同じ、悲しみの感情。
……あぁ、引きずり込まれる。わたしも今、この人と似た感情を抱いてるから。自分だけが家族の輪から外されている感覚だ。あぁ、わたしも深く深く、沈んでーー
『らぁぁぁぁっ!!!』
心に風穴を開けられるような感覚。
「……え?」
『うわっ、なんだこれっ、気持ち悪っ!?』
「な、なんで、ここに……?」
『はぁぁっ!? 決まってるでしょうが!』
その人はそれが当たり前だと言わんばかりに、告げた。
『瑠璃! あんたを迎えに来た!』
「おねえ……っ」
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