転生したらミュージアムの下っ端だった件(完) 作:藍沢カナリヤ
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あれから数日が過ぎた。
「はぁぁぁぁぁ」
ネットカフェの固いソファに体を預け、盛大なため息を吐く。
どうやら俺には前世の記憶があっても、今世の記憶がないようだった。日常生活を送る上で、それはまずいだろうと思い、ここ風都の情報をネットで収集し、今に至る。もちろん自分の持ち物も確認したが、免許証や保険証の類いもなく、バックには財布と自宅のものと思われる鍵が1本だけ入っていただけだった。それがどの家の鍵がなど分かるはずもなく……。結局、自分の家すら分からず、どうにか手元にあった金で近くのネットカフェに転がり込んだという顛末だ。
「これからどうするかなぁ……」
キャッシュカードはあったものの肝心の暗証番号も分からない。スマホのロックも開けられない。詰んでるな。
そもそもだ。
これは転生というやつだろ? 前世の俺はそれなりにオタク趣味を嗜んでいたから分かる。
記憶喪失で、手元にはメモリが1本だけ。
普通ならば、それがすごいメモリでなんかもう無双しちゃうとか、仮面ライダーになってWと共に戦うとか、そういうんじゃないのかよ。
よりによって『マスカレイド』。雑魚も雑魚、下っ端中の下っ端だ。
「止めよう。なんか虚しくなる」
よくよく考えたら、前世の俺も平社員であった。だから、下っ端に成り下がったは言い過ぎた。元から俺は下っ端だ。平社員であることを下げるのは、なんかこう、悲しくなる。
それに問題は、記憶がないだけではない。もうひとつある。
俺の持つガイアメモリ『マスカレイド』には、もれなく自爆機能がついているのだ。
確か組織の情報漏えいを防ぐため、戦闘に敗けた場合は人間体に戻らずに爆発四散する。そんな設定だった。社員の命をなんだと思ってやがる。コンプラもへったくれもない支給品である。
となると、
「迂闊には使えねぇよなぁ」
メモリをかざしながら呟く。
……って、いけないいけない。こんなところでメモリを出すのは危険だ。この世界において、メモリは麻薬みたいなもの。使用はおろか単純所持ですら犯罪になってしまうのだから、こんな監視カメラがあるような場所で出すものではない。俺はメモリをひっそりと上着のポケットに入れた。
ともかく明日はこのスーツ以外の服を買いにいかなきゃな。無理矢理ネカフェの洗濯機で下着だけは洗ってたが。
「……スーツの匂いも気になる」
消臭剤では限界がある。それにこんな服じゃ寝るのもしんどい。今日はもう時間も遅い。
「寝よう」
これから先のことを考えて、今は体力温存だ。幸いなことに、前世の社畜体質のおかげで、どんな固い机と椅子でも寝れた俺である。それなりの固さのソファでなら、それはもう快眠できるだろう。
そうこうしている間にも、眠気が襲ってきて……。
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ーーウーッ、ウーッーー
「…………ん、あ?」
人の安眠を妨げる騒音に、目が覚めた。ソファの固さがまあまあよくてそれなりに眠れてたから、余計にその音が耳障りに聞こえる。
「なんだぁ……?」
寝ぼけ眼で部屋を出て、ひとまず清算を……と思ったのだが、受付でいくら人を呼んでも出てこない。奥のスタッフルームを覗いても、誰かいる様子もない。仕方ない。
俺は代金をレジに置き、ネカフェを出た。
外には群衆と複数の警察官。全員が上を見上げている。それに倣って上を見上げるとそこには、
「『トリガースタッグバースト』!!」
例の街のヒーロー・『仮面ライダーW』の姿があった。そして、その攻撃を受け、空中でメモリブレイクされるドーパントの姿も。
超人から普通の人間に戻り、落下していく人物すら救う『W』。
「あれは『バイオレンス』……すると、もう火野は死んでる、か」
俺の記憶が正しければ、『バイオレンス』が『W』によって倒されたならば、時系列的に唯一の知り合い、同僚である彼もいなくなり、俺の知り合いは、園崎若菜だけになってしまった。
頼ろうにも、園崎若菜はあの性格だし、ただの戦闘員である俺が彼女に助けを求めても一蹴されるだけだろう。
「なら、いっそのこと……」
鳴海探偵事務所にでも駆け込むか。そんな発想が頭を過る。
記憶喪失。それ以降メモリを使っていないならば、きっとあの探偵事務所は力になってくれるはずだ。
…………うん、そうだ。
俺はそもそも突然この世界に転生してしまっただけで、決して『ドーパント』になりたいわけではない。『マスカレイド』なんて弱いものなら尚更。
よし! そうと決まればすぐに行動開始だ。
「戦闘も終わったばかり。すぐ近くに『あの人』もいるだろ」
俺は警察や群衆の間をすり抜けながら、『バイオレンス』が落ちたであろう場所に足を向けた。
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「この辺りだと思ったが……」
大通りから1本裏に入った路地に来た俺は、キョロキョロと周りの様子を窺う。偶然にもここは、火中の人物・園崎若菜が『ヒーリングプリンセス』を収録していたラジオ局の近くだが……ん?
不意にこちらへ向かってくる1人の男が目に入った。あの男は……。
「そこの君」
「え、俺?」
向かってくるどころか話しかけてきた。俺と目の前の男が知り合いなどと聞くつもりもない。
「そう、君だよ。その服装から見るに、君はディガル・コーポレーションの人間だね」
「…………あぁ。あんたは園崎霧彦だよな」
「いかにも」
園崎霧彦。
ニヒルな笑顔を浮かべる人物。
ディガル・コーポレーションとは、ミュージアムの表向きの名前。つまり、この男も敵組織ミュージアムの人間で、しかも、その幹部クラスの男だ。彼も作中に出てきたから、もちろんその存在も人柄も、死に際ですら知っている。
まぁ、向こうはこちらを『黒井秀平』という一個人として認識しているかは謎だがな。
「こんな裏路地で1人とは……もしサボリなら感心しないな。我々には会社のために、風都のために働く義務がある」
「そういうあんたこそサボリかよ」
「いいや、私は仕事さ」
「…………」
知っているさ。
今からこの男はとある人物を殺す。『バイオレンス』事件の黒幕である女をだ。
「……じゃあ、俺は仕事に戻るとするよ」
そう告げて、俺は背を向けた。これから鳴海探偵事務所に行くつもりなのだから、ここは関わるべきではない。
そう思い、俺は急いで園崎霧彦から離れようとしたのだが、
「……そうだ!」
「っ、失礼します」
「待て!」
ーーガシッーー
「!」
やべぇ雰囲気を察して、この場を去ろうとする俺の肩を掴む霧彦。
まずい!? 俺は知っている。こいつは話を聞かないタイプの人間だぁ!?
「っ、いや、サボリはよくないのでっ!」
「聞きたまえ、妙案があるんだ。ここでサボっていた君には、私の仕事を手伝ってもらうとしよう。なに、難しいことじゃあない。これから私はある人物を消しに行くんだ。君には邪魔が入らないように見張りをしてもらおう」
「っ、お断りします!」
「ほら、メモリを出して……」
ーーゴソゴソーー
「ひゃんっ!?」
いきなり胸ポケットをまさぐるな!!
変な声が出たじゃねぇかっ!? そもそも本編での他の人物の絡みといい、距離感おかしいんだよ、この人!?
「あったじゃないか」
ーーカシャッーー
『マスカレイド』
「あひゃっ!?」
勝手に起動され、メモリを首に当てられる。メモリがそのまま俺の体内に入っていく。異物感、同時に体が熱くなる感覚が終わった後、俺の視界は変わっていた。
仮面越しの世界。だが、いつもよりもずっとクリアな視界は妙な感じで、気持ち悪くすらある。
「それじゃあ頼んだよ、下っ端くん」
そう言って、園崎霧彦はラジオ局の中へ入っていった。
……って、おいっ!!
『使っちまったよ、ガイアメモリッ!?!?』
俺の絶叫は虚しく、その路地裏に響き渡ったのだった。
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霧彦さんって距離感変だよね。
好き。