転生したらミュージアムの下っ端だった件(完)   作:藍沢カナリヤ

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久々更新。


2 元カノ ☆

ーーーー雫の自宅マンションーーーー

 

 

「デート、延期……ですか?」

 

『あぁ、悪い』

 

 

夜、わたしのスマホにかかってきた秀平さんからの電話の内容は、そんなものでした。

 

 

『その、なんだ……ちょいと野暮用が入ってな』

 

「…………」

 

 

野暮用。秀平さんはそう言いました。それは最近よく耳にする聞き慣れた言葉で。だから、つい黙ってしまいます。

 

 

『雫ちゃん?』

 

「っ、あ、いえ……ご、ごめんなさいっ」

 

『いや、ごめんなさいは俺の台詞だ。悪い、埋め合わせは必ずするから!』

 

「そ、そんなの大丈夫ですよっ……都合が合わない時だってありますから」

 

『……そう言ってくれると助かる』

 

 

その後、他愛のない会話を交わして、わたしは通話を切りました。そのままベッドに倒れ込みます。

 

 

「はぁぁぁぁ」

 

 

思わず漏れる大きなため息。大丈夫、とは言ってはいても、正直な話、ショックはショックです。しかも、最近野暮用が多くて。

……ううん、違います。勝手に悪い妄想をしているだけ。そんな訳は……。

 

 

『浮気じゃねぇのか?』

 

「っ」

 

 

わたしの心を見透かしたみたいに、『イービル』さんはそう言いました。わたしはフロッグポットを睨み付けます。

 

 

「そ、そんなわけないですっ!」

 

『どうだか。あの軽薄野郎のことだし、あり得ない話じゃないだろうが』

 

「ちがうっ、ちがいます!」

 

『…………なら、確かめてみるか?』

 

「え?」

 

 

ーーーー繁華街ーーーー

 

 

『イービル』さんに促されるまま、わたしたちは繁華街へと足を運んでいました。アイナちゃんが霧彦さんから聞き出した情報によると、今日ここに秀平さんは現れるとのことでした。

 

 

『…………来ねぇな』

 

 

変装のために買った伊達眼鏡が合わずに、何度も位置を戻しながら、『イービル』さんはそう言いました。

そう。身体を『イービル』さんに預けて、物陰から様子を伺っているのです。

 

 

『仕方ねぇだろ。あの野郎、雫相手だとどんなに離れていても感知しやがるからな。ったく、妖怪かよ』

 

 

妖怪って……ふふっ。

 

 

『あ、笑ったな。実はお前もそう思ってたのか』

 

 

あ、いいえ。面白かったんじゃなくて、どんなに離れていても見つけてくれるのって……嬉しいですよね。

 

 

『あー、はいはい、あたしが馬鹿だったよ』

 

 

『イービル』さんは呆れたようなため息を吐くと、再び視線を戻しました。残念ながら正確な時間までは分からなかったので、もしかしたらもう用事を済ませてしまったんでしょうか。

 

 

『いや、まだ朝9時前だ。短時間で済む用事なら、あいつも時間をずらす程度で、お前とのデートをキャンセルしないだろ』

 

 

……そう、ですね。そうだと、いいですけど。

 

 

『…………はぁ、大丈夫だろ。お前が心配するようなことはねぇ』

 

 

わたしの心中を察してくれたのか、『イービル』さんはわたしにそう言ってくれました。やっぱり隠し事はできないですね。繋がってるから当然といえば当然ですけど。

『イービル』さんの言う『心配するようなこと』……それは秀平さんの浮気です。出掛ける前は違うとかそんなわけないとか言ったけれど、心のどこかで疑ってしまっていたのは事実で。

 

 

『あのなぁ……お前とあいつのイチャつきを間近で、気分悪くなりながら見てるあたしが保証してやる。奴の浮気だけはねぇよ』

 

『……その、なんだ。悪かったよ、ちょっと茶化しすぎた』

 

 

ばつが悪そうにそう言う『イービル』さん。

……いいえ、分かっていました。『イービル』さんはわたしの中にいます。だから、わたしの心の声を代弁してくれてたんだって。

わたしの方こそごめんなさい。貴女にそんなことを言わせてしまって。

 

 

『ふんっ』

 

 

照れ隠し。それも分かってしまいます。

ふふっ。

 

 

『……ん? おい、あれ』

 

 

指をさす『イービル』さん。それが照れ隠しではないのは、指先を辿れば分かりました。そこには秀平さんがいて、その隣には……え、え?

 

 

『誰だ、あの女?』

 

「っ」

 

 

その光景を見た瞬間に、わたしは変身を解いて駆け出していました。

 

 

ーーーー黒井視点ーーーー

 

 

「ねぇ」

 

「あ? んだよ、こっちは取り込み中…………だ……?」

 

 

赤い封筒からの指示通りに繁華街に向かった俺は、件の組織『カンパニー』に繋がる人物の尾行をしていた。そんな中、突如としてその女は背後から声をかけてきた。

そこにいたのは、

 

 

「やっほ、シューヘイくん♡」

 

「おま、えはっ!?」

 

 

思わず声を荒げ、反射的に飛び退く。その瞬間の俺の頭の中には、尾行のことなど全く消え去っていて。

ただただ、目の前に現れたその女の名を呼ぶ。

 

 

風華(ふうか)……なのか」

 

「うん。そうだよ、シューヘイくん」

 

「ッ」

 

 

顔も違う。声も違う。だが、俺には分かる。こいつはーー

 

 

「秀平、さんっ」

 

「え……?」

 

 

背後にいたのは、雫ちゃんだった。息を切らせて、俺の名前を呼ぶ。顔色も悪く、一目見れば分かるくらいには動揺した様子だ。

 

 

「……え、えっと、そのっ……こ、この方は……どなたです、か?」

 

「っ、こい、つは……!」

 

 

こいつが現れた以上、話さなくてはならない。なのに、俺の口はまるで固まっているかのように動かなくて。

くそっ、動け。動けよっ!?

 

 

ーーーー雫視点ーーーー

 

 

「アハ♡ 初めましてぇ、この娘が雫ちゃんかぁ」

 

「あなた……秀平さんの……」

 

「ん? 私? 私はねぇ、シューヘイくんの元カノ、名前はフーカ」

 

 

フーカと名乗り、秀平さんの元カノだと主張した彼女は、

 

 

「今日はね、シューヘイくんを奪いに来たよ」

 

ーースルッーー

 

 

そう言うと、無防備な秀平さんの首に腕を絡ませてーー

 

 

「んっ♡」

 

 

「なっ!?!?!?」

 

 

ーー秀平さんの唇を奪ったのでした。その光景を見た瞬間に、わたしの中の何かがキレる音がして、気づけばメモリを起動していました。

 

 

『イービル』

 

『っ、てめぇ、何者だァァッ!』

ーーブンッーー

 

「おっと」

 

 

完全に不意を突いた『イービル』さんの攻撃。けれど、それを彼女は躱す。その動きは、まるで目を閉じていてもこちらの動きが分かっているようで。

 

 

「そっちが『イービル』メモリーー別人格の雫ちゃん」

 

『あぁ? んだ、てめぇ!』

 

「なんだーって、さっき名乗ったじゃん? シューヘイくんの元カノだってさ♡」

 

 

この人、なに? 一体なんなの? 『イービル』さんのことも知ってる?

……っ、じゃない。今はっ!

 

 

『おい、黒井! てめぇも何か言えッ!』

 

「…………」

 

『おいっ!!』

 

 

『イービル』さんがわたしの意を汲んで、秀平さんに聞いてくれる。けど、秀平さんは、固まったまま動きません。答えてくれません。いつもの秀平さんじゃない。絶対に様子が変。

 

 

『……てめぇ、そいつに何をしたッ?』

 

「んー? なにも? するとしたら、い・ま・か・ら♡」

 

 

そう言って微笑む彼女。その笑みからは嫌悪感しか感じません。そして、その予感は最悪な方向に的中してしまって。

 

 

 

「奪うよ、シューヘイくんのぜんぶを♡」

 

『アイズ』

 

 

 

ポケットから取り出したのは、ガイアメモリ。

メモリにひとつキスをして、舌へメモリを差し、変貌を遂げる彼女。目玉の意匠と女性的な身体ラインをもつ『ドーパント』へ。同時に出現した浮遊する2つ目玉は、秀平さんを凝視しています。

 

 

『『ドーパント』だぁ!?』

 

『そ、『アイズ』……シューヘイくんのぜんぶを見るための『ドーパント』だよ♡』

 

『…………退くぞ』

 

 

っ、でもっ! 秀平さんがっ!?

 

 

『見捨てる訳じゃねぇ! あたしじゃ『アレ』には勝てない。体制を立て直す』

 

 

後ろ髪を引かれながらも、わたしは『イービル』さんの言葉に頷きました。

 

 

 

ーーーー同日数時間後・廃ビルーーーー

 

 

「…………出てきたまえ」

 

 

霧彦の声が夜の廃ビルに響く。

彼にも届いていた赤い封筒には、とある場所を探るように書かれていた。『カンパニー』の隠れ家と思われる廃ビルには、複数の気配があった。その時点で、霧彦はこの場所が外れであることは察していた。

 

 

「………………」

「………………」

「………………」

「………………」

 

「4人……いいや、4体、かな」

 

 

暗がりから出てきたのは4人。いずれも只者ではない雰囲気を纏っている。それはメモリに関わる者の気配だった。だから、彼は初めから『ナスカ』を起動する。

 

 

『ナスカ』

 

 

彼に呼応するように、その4体も顔を上げて、メモリを起動した。

 

 

『ホール』

『ホール』

『ホール』

『ホール』

 

 

露になるその人物の顔。皮膚は所々剥がれ、欠損した部位もある。だが、それらは全て『転生者』白服が造り出した複製兵士『吉川』の顔であった。

 

 

「まだ終わっていなかった、という訳か。これは……少々厄介だね」

 

 

そう言って、霧彦はガイアドライバーをしまい、代わりにロストドライバーを取り出した。そして、次に起動するのは純正化されたガイアメモリ。

 

 

『ナスカ』

 

 

 

ーーーーーーーー




フーカ

【挿絵表示】

(描いてくださった絵師様:sizz様)
https://skima.jp/profile?id=285056

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