転生したらミュージアムの下っ端だった件(完) 作:藍沢カナリヤ
ーーーー1時間前・照井家・瑠璃視点ーーーー
「なんでやねん!」
ひとまず同級生の照井春奈ちゃんの家に一時避難したわたしは、彼女の部屋で雑談をしていた。そんな中、スリッパを高く掲げて、春奈ちゃんはツッコんだ。ツッコミはおねえの言動に対してのもので……まぁ、わたしも春奈ちゃんと同意見。
「翔太郎のこと好きなら好きって言えばええのに!」
「ん、そうだね」
勿論、翔太郎さんには既に相手がいるし、残念ながらおねえの恋は成就しないのが目に見えてるけれど、言うだけ言えばいい。まぁ、初恋は実らないものだって聞くし、仕方ない。
「はぁぁ、瑠璃ちゃんもそんなんじゃダメやで。好きな相手は奪い取るくらいせんと!」
「……いや、わたしは別にそういう人いないし」
「略奪上等や。恋の障害は高ければ高いほど燃え上がるっちゅうねん!」
わたしの話など聞かず、ヒートアップして、ものすごいことを言う春奈ちゃん。わたしと同級生だというのに、こうも謎の恋愛理論をもっているのは、いつも見ているという昼ドラのせいか、はたまたお母さんのせいか。どちらにせよ、恋敵にはしたくない子だなと思う。
「それはそれとして、あかねちゃんはどこ行ったん?」
「んー、たぶん風都タワーじゃない? おねえは高いところ好きだし。ほら、馬鹿となんとかは高いところが好きって言うから」
「……瑠璃ちゃん、けっこう酷いことさらっと言うなぁ」
「まぁ」
それもお互い様だから。
おねえはわたしのこと邪険に扱うし、わたしもおねえのことを存外にしてる自覚はある。けれど、それはお互いに信頼してるから。それを2人とも分かってる。だから、こんな軽口も言える。
「仲、えぇなぁ」
「……それなりに」
わたしの答えに、にかっと笑う春奈ちゃん。春奈ちゃんには隠し事ができないな、なんて思ったり。
まぁ、それはそれとして、春奈ちゃんにおねえの愚痴でも聞いてもらおう。そう思い、口を開こうとして、
ーープルルルルーー
会話を切るように、着信音が響く。
「春奈ちゃん、電話」
「ほんまや……て、なまくらぁ?」
「真倉さん?」
「うん、なんやろ?」
相手はおじいの元部下、そして、春奈ちゃんのお父さんの部下である真倉さん。がーるずとーくの邪魔をするなと怒鳴り散らかしながら、春奈ちゃんは通話し始めた。春奈ちゃんは声が大きいから、耳を傾けずとも内容が入っている。
「はぁ? あかねちゃんが風都署に? なんで? メモリ? なんやそれ……は? なんでもない!? なまくら、お前っ、もやもやすること言うんやないっ! ほら、言え言え!」
「!」
予想外のところから、おねえの名前が出て驚く。それだけじゃなくて『メモリ』って単語も聞こえた。
おねえ、まさかまたあの化物ーー『ドーパント』に……?
「っ」
「ちょ、瑠璃ちゃん!? どこ行くん!?」
「風都署。おねえ、いるんでしょ」
「ま、まって。もうあかねちゃんは署にはいないって」
「話は向かいながら聞く。早く向かおう」
「ウチの話聞いて、聞いてっ」
わたしは春奈ちゃんの腕を引き、照井家を飛び出した。
ーーーー風都署前ーーーー
「だから、言ったやん。もう帰ったって」
「……うん」
勇み足だった。自分でもがっくりと肩を落とし、落胆してるのが分かる。真倉さんによると、おねえが風都署に来たのは『ガイアメモリ』を拾い、届けるため。しかも、少し前に署を去っていたらしく。
勿論、何もないに越したことはないけど、心配損。
「それにしても、あれやねぇ。瑠璃ちゃんもなんだかんだ心配してるやんか」
「…………うん」
「ふふっ、早く帰ってくるとええね」
「うん」
「待ってようか」
まだあの『ドーパント』は捕まってないみたい。刃野さんのお孫さんを危険に晒すわけにはいかないよ、と真倉さん。送っていってくれるらしく、少し待つために風都署前のベンチに座る。
おねえの居場所に思いを馳せて約5分。声をかけられ、顔をあげるとそこにいたのは、
「探しましたよ、お嬢さん」
「誰?」
知らない男の人。随分と濃い隈とやつれた頬。かつては真っ白であったであろうボロボロの白い服。おおよそ普通の人間の雰囲気じゃない。
気になるのは、わたしを『お嬢さん』と呼んだこと。初見でわたしを『女』と判断できる人はほぼいない。となれば、目の前の人の候補として挙がるのは、ただ1人。
「あの時の『ドーパント』……」
「ご名答」
『マグマ』
メモリから『マグマ』の声が鳴り響き、男はメモリを首へ差し込んだ。次の瞬間には男が変わっていく。人間から『化物』に。
『上級メモリも私の能力も……全て、全て失った。『マグマ』などという下級メモリを使わなくてはいけないのも、黒井秀平のせいですッ!!』
「……何言ってるか分からない」
『分からなくて結構。この屈辱は私にしか分からないッ! それに、どうせ貴女は死ぬのですからァァ!!』
ーーグツグツグツグツーー
『マグマ』が右腕を挙げると、その腕がグツグツと音を立てて燃え上がる。それをそのままーー
「あほぉぉぉ!!」
「春奈ちゃっ!?」
『マグマ』が風都署の壁ととわたしを焼く間際、飛び込んできた春奈ちゃんに助けられた。身を屈めたことで、どうにかわたしたちは無事だ。
「走るで!」
「うんっ」
すぐさま立ち上がり、手を繋いで走り出す。何がなんだか分からないけど、今は逃げるしかない。とにかく走る。
ーーーー風見埠頭ーーーー
「はぁっ、はぁ……ここまで来れば追ってこんやろ」
「……はぁっ、は、どうだろ」
逃げて逃げて辿り着いたのは風見埠頭。ここなら人がいないし、水もたくさんある。最悪、海に飛び込んで逃げればーー
『無駄です。海に入ったとして、『マグマ』によって急激に温められた海水は爆発します。そうすれば、貴女方は確実に死ぬ』
「っ」
「こいつ、なんやねんっ。この『化物』ッ!」
『ドーパント』を相手に啖呵を切る春奈ちゃん。すごい胆力で、いつもなら感心するところだけど……。
『『化物』……そうですねぇ、『化物』……。本来ならば、こんな姿になるはずはなかったのです……こんな、こんなッ、下劣な『化物』にッ!!』
春奈ちゃんの言葉に激昂する『ドーパント』。様子が、おかしい?
ーーガシッーー
『私を『化物』と呼ぶなッ! 私は神になるはずの人間なのですッ!!』
叫びながら『ドーパント』は春奈ちゃんを無理矢理掴み上げる。
『それを、こんな、こんなッ』
「春奈ちゃんっ!」
「あっ、がっ……っ」
「止めてっ、その子を離して!」
わたしの言葉で、『ドーパント』はこちらに視線を向けた。
『……そう、そうです。元はといえば、お前のせいだ。お前の、お前の父親がァァ!』
ーーブンッーー
「あうっ」
怒りの矛先がこちらに向いたお陰で、春奈ちゃんは放り出された。かなりの距離吹き飛ばされたけど、ちゃんと生きてる。とりあえずよかった。でも、
ーーブルッーー
「っ」
不意に足がすくむ。恐怖を感じているのを思い出した。
怖い、怖い怖い怖い怖い。尻もちをつき、後退る。おかしい。なんで……前回は動けた。この『化物』を前にしてもおねえを庇えたのに……。
「あっ」
そこで気づく。あの時は、おねえに危機が迫ってたからだ。おねえが殺されちゃうと思って、咄嗟に体が動いた。その後もおねえがわたしのことを抱き締めてくれたから、大丈夫だっただけで。
決して、この『化物』が怖くない訳じゃないんだ。それを自覚したせいで、余計に体が震えてしまう。
『ぃ、殺しましょう、殺す殺す、コロスコロスコロスコロスッ』
「っ」
ゆっくりと迫る『ドーパント』を見たくなくて、思わず目をつぶる。そして、ポツリと零れ落ちた言葉。
「おねえ……っ」
「人の妹に手を出すな、ボケがァァッ!!」
ーーバギィッーー
耳に入ってきた声に、恐る恐る目を開ける。そこにいたのは、
「おねえ……」
「大丈夫、瑠璃?」
「~~っ、うんっ」
『ドーパント』の後頭部に蹴りを叩き込み、わたしの前に現れたその背中を見間違う訳がない。おねえだ。おねえが助けに来てくれたっ!
『あぁ、もう1人ィィ、ノコノコと現れましたねぇ』
「気持ち悪い声を出すなっ、雑魚がッ」
『雑魚ぉぉ!? 貴女ごときが大口をォォ!』
「はっ、雑魚でしょ! やっちゃえ、万灯ぉ!」
『あぁ』
おねえの呼びかけで突然現れたのは、前回もいたもう1体の『ドーパント』だった。
『どこからっ!?』
『降ってきたのさ』
ーーガシッーー
そう言うと、オーロラみたいな『ドーパント』は『マグマ』を光の腕で拘束した。素人目から見ても、力量差は明らかで。このまま上手くいけば助かる、けど……なんだろう、嫌な予感がする。その予感は残念ながら的中して。
『くっ……』
急に光の『ドーパント』の方が膝をついた。
『やはり……もう無理、だね」
「なっ!? あんた、あいつなんて余裕で倒せるんじゃ!?」
「そうは言っていないさ……実は私はもう、マトモに戦える状態じゃなくてね。最近は調子がよかったから大丈夫だと思ったのだが」
「あー!! ホントに適当野郎っ!」
言い合いをするその人とおねえを余所に、もう1体の『ドーパント』がこっちに歩いてくる。予想外の反撃にさっきの数倍激昂していて。
「瑠璃! 逃げるよっ!」
「うんっ、おねえ」
「ほら、あんたもっ!」
「……いいや、2人とも逃げるんだ。恩人の娘に死なれては、私の立つ瀬がない」
「うるさいっ! あんたも逃げるのっ! あんたが死んだら、パパの居場所分からなくなるでしょ!」
強引に膝をつく男の人を抱え、『ドーパント』から逃げ出す。でも、そんなんじゃ、逃げられる訳がなくて。
ーーグツグツグツグツーー
『娘を目の前で殺し、絶望する黒井秀平の顔が見たかったのですが……残念ですよっ』
そう言い、『ドーパント』はまた腕を振り上げる。
だめ、だめだめっ! このままじゃっ!
「っ」
咄嗟に足が動く。気づけば、わたしは『ドーパント』の前に躍り出ていたんだ。
「瑠璃っ!」
「瑠璃ちゃんっ」
『ハッ、貴女が盾になろうと結果は変わりません。全員ここで死んで終わりですよォォッ』
ーーブンッーー
「っ」
反射的にまた目を瞑ってしまう。恐怖で耳も遠くなる。何もかもが剥離していって。
だから、わたしは何も見ることができなかったんだ。
ーーーーーーーー
『イービル』
「止めろ……妹に、瑠璃に触るな、このゲス野郎がッ」
ーーーーーーーー
「………………え?」
気を失ってたんだと分かるのは、それから少ししてから。
今までのことはすべて夢だったんじゃないのかと錯覚してしまう。そんなことないのは、離れたところでうずくまる春奈ちゃんが証明してくれてる。
慌てて駆け寄って、怪我がそこまで大したことないのを確認してから、わたしは春奈ちゃんに訊ねた。何があったのかと。その質問に、春奈ちゃんは答えた。
「あかねちゃんが……『化物』になって」
「あの『化物』を跡形もなく『消しちゃった』」
そうして。
わたしの姉・黒井あかねはわたしの前から姿を消した。
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