G1目指して頑張ります   作:あかし/さんさい

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目標:メイクデビューに出走
10 カード編成中


 メイクデビューに向け、本格的なトレーニングが始まった。とはいってもまだ互いに互いへの理解が浅い。簡単なメニューを行いながら、私の能力を把握していく最中だ。

 

 数度目の周回を終え、足を止めると共に息を入れる。

 

「はあーっ、はあーっ……、っ、けほっ」

 

 距離はたった1000メートルなのだが、流石に短いスパンで繰り返し走っていると息も上がってくる。走り終えたその場にとどまる私にしびれを切らして、トレーナーが近づいてきた。

 

「調子はどうだ?」

「はっ、はっ……、息を、整えれば、まだ、大丈夫です…。」

「……なるほど。少し休憩にする」

 

 そう言って彼は手に持ったバインダーに何かを書き込んでいく。少しの間バインダーに視線を移していたが、やがて顔を上げ、座ったまま呼吸に集中する私の目線まで腰を下ろす。背をさすって此方を気遣いながら、彼は少し眉を寄せる。

 

「連続した走り込みはキツそうだな。シンボリルドルフがどんなレースを選ぶかに左右されるのはあるが、とにもかくにも、まず手を付けるべきはスタミナか……」

「そう、ですね…。流石に、これだと、問題、あります、から…」

「とにかくもう暫くトレーニングを続ける、細かいところは後だ」

 

 そうしてトレーナーは一つずつ、私の能力を計っていく。スピード、スタミナ、パワー、根性、賢さ。運動場だけでなく、屋内プール、トレーニングルーム、それからレースについての知識など。それを限りなく客観的に、現時点でどのレベルまで到達しているのかを見極めていく。

 

 二日かけてじっくりとトレーニングを行った後。トレーナー室で向かい合う私に、彼はバインダーに書き込んでいた文字を眺めながら言った。

 

「分かっちゃいたが、追い込みの適性はそこまで高くないな。体力の温存にリソースを割いてる分、どうしても伸びが悪く見える」

「仕方ないですね。私もそれを考慮して走っていますし」

「事情が事情だ、俺も文句は言わん。だが、他の策を切り捨てる以上、末脚の使い所を見極める必要がある。当然、それを伸ばすのも重要だ」

「ええ、具体的には?」

「まず筋肉をつける。それから効果はともかく、心肺機能の改善も必要だ。標的のシンボリルドルフはクラシック三冠を狙うと改めて宣言したらしいからな。体を鍛える以上、必然的に最低限の体力を底上げしないとレース中に潰れちまう。後は……ま、全体的に能力を上げるくらいか。細かい変更はその都度だ」

「わかりました」

 

 簡潔に今後の予定を話し終えると、少しの間無言の時間が流れる。それから、トレーナーはどこか拍子抜けした顔でバインダーを机に放った。軽い音を立てるそれと、彼の息を吐く音が重なる。

 

「質問なりなんなり、無いのか?」

「私の能力に関する概観と、それを踏まえての方針、その理由。それが分かるのに、聞く事なんてありますか?」

「……あるか?」

「無いから聞き返したんですけど」

 

 空気が微妙に変になったので、無理やり咳払いをしてごまかす。なんで私がやらないといけないんだ。

 

「そんなに言うなら、取り敢えず、私の能力についてもう少し聞いていきたいんですけど」

「あー、そうだな…。まず何よりもスタミナが無え。ねえっつーか、息が上がりやす過ぎる。中距離以上目標としては致命的なくらいな。おおよその目安になるが、今のところ千六百から二千メートルが限界の境目だ」

「はい」

「でもって、スピードは悪くない。トップスピードだけなら、十分シンボリルドルフとも競り合えるだろう。ただ、その代わり加速が悪い。先行とか逃げなら十分過ぎるくらいだが、差し追い込みってなるとダメだ、勢いが足りねえ。速度を補うために余計な体力を消費して更にぎりぎりになる。悪循環だ」

「そこまで駄目出しされますか」

「そうじゃなきゃ、最初に目標聞いて諦めろとは言わねえよ。甘めに評価した適性は、大体スプリンターからマイラー、行けても中距離をそこそこ。さっきも言ったが精々二千までだな」

 

 事実だから反論はしないが、実に貶してくれるものだ。

 

 色々な理由のもと追い込みでレースを走る予定の私だけど、悲しい事にその追い込みの適性はほぼない。わかりやすくアプリ版のパラメータで表すならDか、精々C相当、といったところ。その程度には走りが上手くない。アプリの数合わせと同じレベルだ。

 

 ただし、この自己評価は数年かけ走りを鍛え上げたことでの適性だ。自分でも具体的な事は言えないが、本来私の追い込み適性は間違いなくGだったと思う。実際の走りの能力は適性にかなり大きく左右される。G適性など、まずその方法を諦めるのが普通。しかしこの世界はゲームと違って多少の無茶をすれば、その適性を自力である程度埋める事だって不可能ではない。一応は武器になるレベルまで伸ばした結果がこれなのだ。

 勿論これは私が我流のトレーニングで出来た範囲の事なので、トレーナーに指導される事でより適切な走りに改造する事も可能かもしれない。

 

 これが本物の競馬の世界だったら、適性は間違いなくサラブレッドとしての天性のものに大きく左右されただろう。両極端な走りが出来る馬なんてほんの一握りだけだ。身体構造、知能が人間と変わらないウマ娘だからこそ出来る荒業だと思う。

 

 ここから無理矢理にでも追い込みの適性を上げていく。必殺の武器として十分な効果を得られるまで。

 そしてこの能力をトレーナーと共に成長させながら、私は“皇帝”に挑まなければならない。

 

「直近一年の目標はホープフルステークス、それか皐月賞だな」

「皐月賞はわかりますが、ホープフルステークスですか? 朝日杯ではなく?」

「ああ。シンボリルドルフが来るかは分からないが、皐月の方は間違いなく来る。だからこそのホープフルだ。現時点でのお前が走れるぎりぎりの距離。同じ中山のG1。そして恐らく、シンボリルドルフがどちらに出ようと、そこは勝ちうる最初で最大のチャンスだ」

「……先手必勝というか、短期決戦みたいですね」

「クラシック目当だってぇんなら朝日杯の方が無難だがな。どっちに出ても、とは言ったが、あっちも多分朝日杯狙いだろう。だからお前の目的を考えればそっちより次の方だ。ジュニア級のうちにG1の感覚をつかんでおく意味でも目標に据えておいて損はない。それに無茶出来る今のうちに、勝てるレースを勝つ。そうしておかないとキツいぞ」

 

 シンボリルドルフの能力が最大に発揮されるのはクラシック級に上がってからの筈だ。ジュニア級の現在でもその能力は凄まじい完成度を誇るが、まだ完全ではない。当然、今の私もまだ発展途上ではあるだろうが、時間が経てばたつほど、彼我の実力差は広がっていく。一足早く経験を積み、差が小さい今、彼女に勝つ最大のチャンスを狙う…彼はそう考えているのだろう。

 

 ちょっと狡い策だとは思うけれど、そうでもしなければ勝機が無いというのも事実。日本競馬に置いて三頭しかいない偉業を最初に成し遂げた、その現身ともいえる相手に出し惜しみなどしていられない。その称号は伊達や酔狂で掲げられるものではないのだ。

 

「となると、王道のクラシック路線を進むのがよさそうですね」

「ま、そうなるな。最悪ホープフルに出る必要は無いし、相手さんの出方にもよるが、安牌を選ぶなら、皐月賞に照準を絞ることになる」

 

 アプリではファン数さえ十分ならメイクデビューに勝つだけでジュニア級のG1三つには必ず出られるようになっていたけれど、流石にそんな無茶はもとの世界でもこの世界でもまず通らない。『絶対に勝ってやるからレースに出させろ』なんて事が通るのはゲームの中だけだ。

 

「まあ、足元を整えるのなら当然ですね」

「だな」

 

 方向性は固まった。後は目標に向けひたすらに鍛えていくだけだ。

 

「本音を言えばスタミナ強化だけに絞りたかったんだがな。その方が後々も安定して挑めただろうに」

「末脚があまり無い…というより、そこまで調整してられなかったので。これでもかなり頑張ったんですけどね」

「或る程度形になってるだけ、末恐ろしいもんだがな」

 

 そんな話をしていると、部屋の扉がノックされる。ここは新人トレーナーの活動拠点という事もあり、まず人が来る事も無いのだけれど。

 知り合いでも来たのかとトレーナーを見るが、顔を見合わせた彼の片眉がすっと上がったことで互いに心当たりがないと分かる。では誰が、と思っていると、扉の向こうから声が聞こえてきた。

 

「すまない、ここにスタートワンのトレーナーが居ると聞いてきたのだが」

「シンボリルドルフさん?」

「丁度いい、君も居るのかスタートワン」

 

 再度トレーナーと顔を見合わせ、彼の頷きから扉へ近づき手をかける。そこに居たのはさんざん話題に挙げていた人物であるシンボリルドルフと、以前彼女と一緒に歩いている所を見た、おそらく彼女のトレーナーだった。

 

 どういう経緯かは分からないものの、二人をトレーナー室の中へ案内する。本当は他所のトレーナーを入れ込むのはご法度なのだけど、流石に個々人の交友関係もあるので破っても厳しく咎められることはまずない。細かい裁量がそれぞれの判断に委ねられている事もあり、今回は目を瞑る事になった。

 

 二人をテーブルまで案内して、私はトレーナーの座る側に移動する。コンビ同士が向かい合う構図だ。

 長居するかは分からなかったものの、取り敢えず休憩用に準備していたお茶を二人の前に置く。

 

「どうぞ、粗茶ですが」

「俺が買った奴だぞ」

「……単なる定型文ですので気にしないでもらえませんか?」

「まあまあ。ありがとう二人とも。ほら、トレーナー君も」

「ああ、ありがとう」

 

 そう言って二人は用意したコップに口をつける。選抜レース後も何度か会っているシンボリルドルフはいいとして、彼女のトレーナーと直接顔を向かわせるのはこれが初めてだ。距離が近いという事もあってその容姿を観察してみると、なるほど誠実そうで、かつ知的な雰囲気がこれでもかと溢れている。頂点に立つ彼女に相応しい、それを支える柱となりうる相手に見えた。

 アプリしかり、アニメや漫画しかり。シンボリルドルフのトレーナーの顔が描写されることは基本無かったけれど、きっとそれぞれの世界でも、彼らはこの人と同じくらい、容姿に見合った才能を持っているんだろうな。

 

 

 思わず笑みを零してしまうと、私のトレーナーを含む全員が不思議そうに此方へ視線を向けた。

 

「いえ、シンボリルドルフさんを口説き落としたのがどんな人なのかと思っていたら、なるほどとてもよくお似合いな人が選ばれたな、と」

「口説きって、そんな……!」

「ふふ、褒められたんだよトレーナー君」

「いや、これは……、まあ、うん。ありがとうスタートワン。君のトレーナーも、魅力ある人物だよ」

「お褒めにあずかり光栄だな。んで、お二人さんはなんでここに来たんだ?」

「おっと、そうだった。あまりのんびりしていても仕方ないな」

 

 すっぱり話を断ち切るトレーナーにもう少し余裕を持てばいいのにと思わなくも無いが、シンボリルドルフはありがたそうに軌道修正に乗っかる。互いにそれでいいのなら、まあ私も何も言わないけれど。

 

 お茶の入ったコップをテーブルに置き直したシンボリルドルフは、少し間をおいて話し出す。

 

「ここに来た理由だが、なに、難しい話ではないんだ。これからのトレーニングを、私と一緒にしてもらえないかと頼みに来ただけでね」

「トレーニングを、ですか?」

「ああ。これから私達は、共にトゥインクル・シリーズへ歩き出す。まずはメイクデビューだが、それまでの間だけでも、併走などの相手を早めに確保しておきたいと思ってね」

「思いついたのが、これまでも一緒に走っていた私だった、と」

「マルゼンスキーやミスターシービーであってもいいのだけど、二人は既に現役の選手だ。メディアへの対応やレースの調整などで、どうしても予定が取れない事もあるからね」

 

 ふむふむ、大体分かった。本来の競馬に於いて新馬戦は六月から翌年の冬くらいまで。アプリ版でも大体六月ごろにはメイクデビューとなっていた。 

 

 しかしこのウマ娘の世界では入学からスカウトなどの時期で色々なずれ込みが発生するので、一定の期間限界はあるものの、かなり長い期間メイクデビューから未勝利戦が行われている。昨年度からデビューしたウマ娘の未勝利戦は来年度のぎりぎりまで行われていたりするくらいだ。

 

 このあたりは現実の競馬を落とし込んだアプリ版とは違う所だろう。あちらは育成開始からトレーナーがついているので問題なく半年分の練習が出来ていたが、現実には入学からトレーナーがつくまでの期間がどれだけ早くても、或る程度ゲームと変動はしてしまう。

 

 当然、私やシンボリルドルフのように入学から契約まで短い期間しか経過していないウマ娘といえども、メイクデビューへの下準備を含めたトレーニングをするには時期を多少ずらさねばならない。微妙に本来の歴史をなぞっているために、齟齬を整える必要がある。いうなれば、メイクデビューまでのターンで常にサポートカードの恩恵を受けるための編成を、今行っているというわけだ。

 

 私と彼女は既にマルゼンスキーとミスターシービーをサポートに入れた状態で、そこから互いを入れ込めるかどうかという最中にいる、と言えばいい。

 

「それと、これは私個人の話なのだが…。実は、生徒会から役員にならないかと誘いが来ていてね。それを受けようと思っているんだ」

「へえ、すごいじゃないですか。流石新入生代表、引く手あまたですね」

「うん、やっぱりそういう反応になるよね。彼女はあくまで通過点だなんて言うんだけれど、十分凄いと俺も思うんだよ」

「通過点、ですか。シンボリルドルフさんのような人を天才と言うんですね。なんだか雲の上の人みたい」

「ほおー…。スタートワン、お前の友達、やべー奴だな」

「ええ、自慢の友達です」

「きっ、君達、茶化すのは止めてくれ、恥ずかしいじゃないか…」

 

 おっと、諫められてしまった。私含め三人共結構本気のつもりだったのだけど。煽てる気持ちがあったのは否定しないとして。

 しかし、頬を赤らめる表情もなかなか可愛らしい。何時もはお堅く凛としているので、空気が崩れてなんとも新鮮だ。

 

「とにかく。私は誘いを受けるつもりでいる。当然至極、トレーニング出来る時間も相手も自然限られてくるだろう。そういう時、まず検討出来る相手を誰か選んでおきたかったんだ」

「それで私に声をかけた、と」

「ああ、君なら私も気兼ねなく頼めると思ってね。本音を言えば一緒に生徒会に入ってくれるとより助かるのだが」

「それは受けかねますね。指名されたわけでも無いですし、シンボリルドルフさんと違ってそこまで優秀な成績を残しているわけでも無いですから」

 

 彼女も努力(ジョーク研究)はしているものの、相変わらず同級生は私以外敬遠しているような状態が続いている。先輩相手に毎回併走してくれは言いにくいし、今は私達が一番下の学年だ。同学年で一番関わり深いと断言出来てしまう私を選んでもおかしくはない。

 そして、生徒会の仕事を始めれば更に交流の時間は削られてくる。私の場合なら、彼女に勝つ可能性も低くなってしまう。目標達成は、彼女と同じ練習時間では不可能だ。

 

「そうですね…私個人としては断る理由も無いのですが。トレーナーさんはどうでしょう?」

「………………。少し時間をくれ。スタートワン。ちょっと来い」

「はい…と言いたいですが、トレーナー室に二人を残したままなのはまずいのでは?」

「ならば、私達が一度席を外そう。いいかなトレーナー君」

「構わない。話が落ち着いたら声をかけてくれ」

「悪ィな」

 

 そう言ってシンボリルドルフと彼女のトレーナーは部屋の外で待機してくれた。ちょっと申し訳ない。

 隣り合う椅子で、トレーナーと顔を向き合わせる。

 

「……シンボリルドルフさんの提案に、あなたが否定的なのはわかります。メリットとデメリットが釣り合わないですし」

「そうだな……。相手に情報を教える事にもなるし、下手すりゃ自分らで相手の能力を伸ばす事になる」

 

 アニメ版の描写と同じで、同じチーム所属のウマ娘と一緒にトレーニングするというのは普通だけれど、トレーナーと二人だけでトレーニングをするのも特段珍しいものじゃない。その上で、一人より二人以上でトレーニングをするというのも効果的なことだ。

 実際の競争馬へのトレーニングでも、併走で能力を上げるだけでなく闘争心を刺激しレースへの集中力を高めたりするなんて目的があるので、メリットは十分にある。なにより相手は私以上の実力者、鍛錬による伸びも良質なものだろう。

 

 しかし、普通ならば良い事尽くしの提案も、私達の場合ではデメリットも少なくない。一緒にトレーニングをして能力が高まるのは相手も同じで、さらに言えば併走などはどうしても手の内がばれてしまうものだ。情報が欲しいというのはあるけれど、一方的ながらライバルに此方の情報まで流してしまうのはいただけない。

 彼もその事が引っかかっているのだろう。あまり乗り気でないのも理解できる。

 

 

 ……ただ、一つ言わねばならないのは。

 

「それを考えるのなら、入学時点で併走しないと宣言するべきでしたよね」

「だよなあ。今更ライバルがどうとか言っても遅過ぎるか」

 

 選抜レースだけならまだ誤魔化しが効いた可能性もあるが、そこまでの一か月以上私と彼女は共にトレーニングをしている。既に私は彼女の手札を知っていて、彼女も私の手札を知っている状態だ。打倒シンボリルドルフを掲げるには些か遅い。

 

「いっその事互いの手札を完全に知り尽くした状態で対決する方が手っ取り早いでしょうか?」

「…出来る限り手の内は隠しておくのがいいモンなんだがな。ンな事言ってらんねえのも事実か」

 

 なんともいえない表情で扉に視線を送るトレーナー。私も似たような表情をしている事だろう。我ながら、行き当たりばったりはよくないと実感させられる。

 

 廊下で待ってくれていたシンボリルドルフ達を再度招き入れ、テーブルにまた四人が腰かける。

 こちらの返事を聞いたシンボリルドルフは、嬉しそうに「ありがとう」と笑った。

 

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