G1目指して頑張ります   作:あかし/さんさい

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14 初陣、メイクデビュー 芝1600メートル/晴れ・良

 繰り返される練習と、トレーナーとの綿密な作戦会議。

 日が経つのは早く、ついに私のメイクデビューの日が来た。

 

 控室で体操服に着替え、椅子に座ってその時を待っているが、何とも集中できない。禅でも組もうかと思っていると、トレーナーが怪訝そうに私を見た。

 

「緊張し過ぎだろ、力を抜け、ちからを」

「いえ、流石に緊張しますよ。デビューですよ?」

「つったってよ、椅子の上に正座はさすがに変だぞ」

 

 ……やっぱり変かな。脱いだ靴をのそのそと履き直す。

 

 レース場には何度か足を運んだことはあるが、ここで走る為に来るのは初めてだ。ここから私はホープフルステークス、そして皐月賞から始まるクラシック三冠への道を目指す事になる。こんな最序盤で躓いていられない以上、いくらリラックスしろと言われてもしきれない。

 私のレースは今日行われるうちの第7レース。出走するのは8人だが、その中にシンボリルドルフは居ない。彼女は昨日行われたレースにて圧勝でメイクデビューを飾っていた。私もそれに続かなければ、彼女に勝つという目標など夢の又夢だ。

 

「出来るだけの事はしてきた。あとは結果を出しゃあ終わりだ」

「そうは言いましても」

「負けた時は運に喧嘩売られただけだ。次走って後は予定のルートに沿えばいい」

「んー……」

「安心しろ。今のお前ならアレを使わなくても勝てる」

「トレーナーさん」

「大丈夫だ。どうせ知られようがお前の勝ちに変わりはない」

 

 いきなりとんでもない事を口走ったトレーナーを諫めるも、彼は特に気にした様子も無く笑いかける。

 

 アレというのは勿論、以前の四人で走った際のものだ。あの時は近くにシンボリルドルフのトレーナーが居る事もあり何も言わずにいたが、当然私が最後の最後に減速したのも、彼女達が速度を上げた直後足を緩めたのも原因がある。タネも仕掛けも私が用意したものだ。

 

 あの練習以降、気持ちはかなり引き締めているので同じ事態になった事は現状無い。一応三人にはタネも仕掛けもバレてはいない……と信じている。

 使えるものは何でも使うのが私の主義ではあるものの、トレーナーの言う通り今使うようなカードではないのも事実。重要な局面といえ、躓いていられるような状況じゃあない。

 

「お前もあんまり使いたいモンじゃねえっつってたろ。G1以外に小細工無しで勝てる様になっておけば、目標達成も難しくねえ」

「…そうですね。一々悩んでる暇はありませんね」

「ああ。……というかだな」

「?」

「マルゼンスキーにミスターシービー、んでシンボリルドルフ。学園でもトップクラスの相手とあんだけ走りまくったお前が、メイクデビューレベルで負けると思うか?」

 

 ……言われれば、私、彼女達と結構な頻度で走ってるな。シンボリルドルフは生徒会に入ったものの、まだ新人という事で休みも入れてもらえるからかよく併走を頼まれるし、マルゼンスキーはこの間私だけぶっちぎりで置いてけぼりにしたのをちょっと反省したのか、声をかけてきては適度なペースで一緒に走ってくれる。

 ミスターシービーも同じ作戦使いの誼として時折急に現れては色々アドバイスしてくれて、お陰で少し追い込みのキレも良くなった。意味も無く私をつついて遊んでくるような事さえしなければ、後輩によくしてくれる先輩だ。

 

 G1ウマ娘二人と同学年最強。メイクデビューを控えた中では、下手すると最高レベルのトレーニングを受けているんじゃないだろうか。うわ、なんかそう考えると負けた時余計大変な気がしてきた。な、猶更緊張する……。

 

「おいこら、何で余計に焦ってんだ」

「でも、もしもこれで負けたら、シンボリルドルフさんになんて言えば……」

「逆だ逆。勝った時負かした奴らの心配すんのが普通だろうが」

「……それもそれで不味いですよね。私と当たった人たち今大丈夫かな……」

「お前どのパターンでも心配出来るんだな。心配性どころじゃねえぞ」

 

 そんな話をしていると、控室の扉がノックされる。返事をすると、扉の先に居たのは二人のウマ娘。噂をすればとは良く言ったもので、マルゼンスキーとミスターシービーの姿がそこにはあった。

 

「やっほ、スタートワンちゃんっ♪ ついにメイクデビューの日ね!」

「レース直前で悪いけど、激励に来たよ」

「お二人共こんにちは。激励、ありがとうございます」

 

 シンボリルドルフは生徒会の方で昨日のレースの報告と別件の手伝いに行っているので、この場に来たのは二人だけのようだ。とはいえいつも世話になっている相手、こうして来てくれるというのは嬉しい。勿論彼女達の見ている中で負けるかもしれないのは不安にもなるが。

 トレーナーはこれ幸いと私の頭をぐりぐりと撫でながら声をかける。

 

「ちょうどいいや、悪いが、ちょっとコイツの緊張解してやってくれねーか? 負けたらどうしようって事しか言わねえんだよ」

「ふふ、緊張しっぱなしね! 大丈夫よスタートワンちゃん。あれだけ練習してきたんだもの、あなたならきっと一着を取れるわ!」

「そうそう。追い込みのコツは掴んだし、あとは実戦あるのみさ」

「……そうですね。勝てるよう全力を尽くしたいと思います」

「うんうん。それが一番よ!」

「とはいっても、無茶はしちゃダメだよ? 君はそうやって毎回倒れてるんだから」

「もう、シービーったら! でもその通り、倒れるまで頑張るのはだめよ?」

「確かに、今回はいつもより短い距離だからっつっても、ぶっ倒れんのは止めとけよ? みんなビビるぞ」

 

 からかいと心配の間くらいの様子でミスターシービーが言い、それに同調してトレーナーとマルゼンスキーが注意を促す。ツインターボのように全力疾走してぶっ倒れているのとシチュエーション的には近いはずなのに、なぜこうも心配という方向へ向かうのか。まあまだこの学園に彼女はいないし、毎度の様に走った後芝の上に転がっているので文句は言えない。

 私だって好きで倒れかけているわけではないんだけどなあ。

 

「というか」

「というか?」

「そのカッコ、暑くないの?」

「それトレーナーさんにも聞かれました。大丈夫ですよ。私結構冷え性なので」

「つってもなあ。見てるだけで暑そうだからあんま見てたいもんじゃねえぞそれ」

 

 普段走るときと違って今日は体操服なので、私の恰好は半袖短パン。しかし肌を隠す為にインナーを上下に着ており、手袋含め全身が黒く覆われている。これでもいつもよりは肌が出ているくらいなので、むしろちょうどいいくらいだったりはするのだけど。

 

 というか、トレーナーはインナーの理由を知っているくせにそういう事を言わないでほしい。

 

「慣れると結構快適ですよ。お二人もつけてみては?」

「うーん…」

「アタシはパスかな」

「……それは残念です」

「マジで残念がってんじゃねえか」

 

 いや、実際結構快適ではあるのだ。季節に合わせて着るインナーのタイプを変えるだけでも寒さ暑さに対応出来るし。スポーツ用のものは動きを極力阻害しないよう出来ているので、走りやすさが変わるわけでも無い。ウマ娘用のものなど伸縮性にも秀でているので、運動時につけている違和感というものはそうそう感じない。

 こだわりがあるらしいウイニングチケットほどではないが、使い勝手がいい意味でも愛用してるんだけどなあ…。

 

 と、そこでレーススタッフから呼び出しがかかる。ついに私の番が来たようだ。

 椅子から立ち上がると、マルゼンスキーとミスターシービーがすいと此方に近づいてくる。

 

「スタートワンちゃん、ファイト!」

「アタシ達は観客席から見てるよ」

「わかりました。出来る限り、走ってきます」

 

 肩を叩かれながら一人で先に控室を出て、外への地下路を進む。足音がしたかと思うと、少し遅れて名前を呼ぶ声がした。

 振り向くと、トレーナーがにやりと笑っている。

 

「なんですか?」

「いけるか?」

「勿論」

「なら、よし。行ってこい」

「行ってきます」

 

 光の差す出口へまた足を向け直し、歩き出す。

 

 

『晴れ渡る空のもと行われます、中山レース場メイクデビュー、芝千六百メートル! バ場状態は良と発表されております』

『ここまで行われてきたレースでも、皆一様に走りやすそうにしておりました。このレースではどんなドラマが巻き起こるのか、楽しみですね』

『一番人気はこの子、スタートワン! 前日に行われたメイクデビューにて鮮烈なデビューを飾ったシンボリルドルフとよく練習を共にしている事から、その走りに期待が高まっています』

『中距離以上は苦手というデータが出ていますが、本レースは千六百、得意の追い込みでどこまでいけるのか、見ものですね』

『とはいえ中山は終盤の坂が関門にあるコース、展開次第では他の子にも十分勝機はありますよ』

 

 実況の声を遠く聞きながら、共に走る子達とゲートへ並んでいく。一番人気、そしてシンボリルドルフという単語のせいもあって意識されているのは何となく感じているが、ゲートに入ってからも視線を感じるのはちょっと集中しにくい。

 しかし、今は勝負(レース)。邪魔なものにとらわれて負けるようでは話にならない。いまだ開かない柵に目を向け、静かに息を吸った。

 

『さあゲートが開きました! 一番に飛び出したのはスタートワン、しかし直ぐに速度を落とし後続へハナを譲っていく、先頭から一転、最後方へ落ち着いた!』

『これは彼女の作戦らしいですが、分かっていても、一気に落ちていくのを見ると少し心配になりますね』

 

 人数が少ない事もあり、先頭から私の手前まで走っている様子がよく見える。調子が狂ったというほどではないものの、気持ち全体のペースが速いような気もする。私のせい、というより、本番という緊張からくる焦りだろうか。

 

 先行する子達の背を眺めながら、展開に合わせ追随する。足元の感覚は悪くない。私の前に行われたレースでしばが多少抉れている分注意は必要だが、せいぜい注意すれば済む程度だ。

 コーナーを回り中盤に差し掛かる。ふと違和感を覚えたが、気にせず進む。

 

 前を走る内の一人へ張り付くように位置取り、そのままプレッシャーを与えて速度を上げさせる。これがシンボリルドルフなら一切の動揺なく逆に壁として私を塞いでくるのだろうけど、メイクデビュー戦でそれが出来るような子はそうは居ないものだ。

 緩やかに速度を上げ始めた後ろから離れ、ゆっくりと外へ移動。前へ進みたいところだがそれを抑え、壁になる子のいない場所を走る。

 後半戦が始まる。違和感が強くなるも答えが分からない。

 

 終盤が近付くほどに回りからプレッシャーがかかる。此方に視線を送る子、壁を作ろうと無理に前進する子。一番人気という期待が持つ重圧を薄らと理解出来た。それでも所詮は新人ばかりの付け焼き刃、すり抜ける事は難しくない。

 

 最終コーナーに入るころ速度を上げる。ようやく違和感の答えに気付いた。

 

「身体が、楽だ」

 

 呼吸が何時もより軽い。苦しいのに変わりはないが、いつも800メートルを超える頃には感じるはずのものが、1000メートルを超えても登ってこない。ついに最終直線だというのに、先を行く子達を追い抜いてもまったく身体がぶれない。仮にも勝利の為の鬩ぎあいまでしたというのに、身体がその分の疲労をため込んでいない。

 

 練習でよく走る2000より短いからだろうか? いつもの相手よりも御しやすいと体が認識していたのだろうか? 答えは分からない。しかし、今この状況が、私の走りに大きく貢献しているのは事実だった。

 

『さあ最終直線! 一気に上がって来たスタートワンがそのまま後続を突き放していく! 距離は既に一バ身、そして二バ身、これは完璧なリード! スタートワン、そのままゴール!』

『見事な追い込みで勝利を飾りました。これはこれからの活躍が楽しみですね』

 

 ゴール板を駆け抜け、ゆっくりと速度を落とす。後ろからゴールしたほかの子達が追い抜いていくのを横目に、静かにその場で屈む。

 いけない、呼吸が楽だからってちょっと調子に乗ったかも。普通に痛くなってきた。

 

「すうー…はあー…。すうー…」

 

 深呼吸出来るだけの余裕があるというのは結構ありがたい。暫くの間息を整えてからゆっくりと立ち上がると、それに合わせる様に歓声が響いた。一瞬びっくりしたが、よく考えればレースとはこういうものだと考え直す。観客席を見ると、様々な人たちが拍手を送っていた。私に向けている人もいれば、負けても懸命に走り切ったほかの子達に向けている人もいる。しかし大半は、このレースの勝者を讃えるためのものだった。

 

 そうか、そうだ。勝ったんだ、私。

 ここからが、始まりだ。

 

「ありがとう、ございました!」

 

 感謝を込め観客席に頭を下げると、歓声は一層強くなる。それを背に受けながら地下路へ戻ると、そこにはトレーナーが立っていた。

 

「よう。お疲れ」

「ありがとうございます。勝ちましたよ」

「おめでとさん。ま、あんだけ練習したんだから当然だ」

「ここで躓いてられない…。ですよね」

「だな。さ、ライブの準備してこい。今日はセンターだぞ」

「ライブですか…」

「お前相っ変わらずライブ苦手だな。別に踊りも歌も問題ねーだろ?」

「それは気持ちの問題です」

 

 この世界におけるレースがアイドルめいた人気商売だというのは理解しているが、だからといってライブに好き好んで臨むっていうのはタイプじゃない。私はどちらかというとカラオケに一人で行きたい派だ。恥ずかしいし。

 

 とはいえ競い合った相手と共にライブをこなしてこそ勝者の務め。練習の合間に恥を忍んでちゃんと踊って歌ってをこなしてきたのだ。

 それに。メイクデビュー戦の後に歌われる曲は『Make Debut!』。各媒体で散々聞いてきた『ウマ娘プリティーダービー』を代表する曲をセンターで歌う機会を無碍になどする気はない。

 

「あなたの担当がセンターで歌う所、ちゃんと特等席で見ていてくださいね」

「勿論」

 

 軽く手を挙げた彼に合わせ、私も手を挙げる。ぱちんとハイタッチを交わして、検査室へ向かった。

 

 

 

 検査を終え控室に戻り、アプリやアニメにてライブの際着られていた共通の衣装に袖を通していると、机に置いていたスマートフォンが震える。宛先を確認して、直ぐにロックを解除した。

 

「こんにちは」

 

 電話越しの声が軽やかに跳ねるのが分かる。どうやら私のレースを見ていたようだ。

 続けて聞こえてくる声はかなり慌てていて、此方から色々と話さなければいけないくらいに興奮している。まったく、まだ子供なんだから。

 

 

 数分程話を続けてから電話を切ると、立て続けに通知音が響く。今度の相手は……。

 

『やあスタートワン。急に電話を送ってすまないな。メイクデビュー勝利、おめでとう』

「ありがとうございます。此方は構いませんよ。生徒会の仕事中だったはずですけど、見ていたんですか」

『丁度休憩の際中に君のレースが始まってね。君がゴール板を駆け抜けた時は思わず声を上げてしまったよ』

「そういってもらえると嬉しいです。これで二人共、晴れてトゥインクルシリーズに名乗りを上げられましたね」

『ふふ、そうなるな。この先も、共に精進していこう』

「ええ」

 

 それから少し会話を挟んで、通話を切る。

 ……さあ、これからだぞスタートワン。気合を入れろ。

 

 

 

 

 後日。週刊誌に私のデビュー戦の記事が載っていた。

 見出しの題名は『メイクデビュー勝者スタートワン! 前代未聞、ライブ衣装の下にインナー!』……。この世界でもマスコミはマスコミなんだなあと、アニメのTM対決の事をぼんやり思い出した。まあまだマイルドな方ではあるけれど。




レース描写なんてこのくらい出来てりゃ上出来です(自己暗示)
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