G1目指して頑張ります   作:あかし/さんさい

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17-1 ほんの少しの種明かし

 新しい練習相手も獲得し、今日も今日とて練習三昧……と、言いたいところなのだけど。

 

「まさかとは思いますが、私に隠れてなにか疚しいことをしていたなんてありませんよね?」

「んなわけあるか。第一、そんな時間あるように思えるか?」

「それはまあ、そうですけど…、じゃあなんで理事長室に呼び出しなんて…」

「それがわかりゃあ苦労はしねえよ。案外、お前の方が問題なんじゃねえか?」

「これでも品行方正のつもりなんですけどね…」

 

 合宿も終わり、秋も近づいてきたこの頃。つい先日行われた二度目のレースでも勝利をつかみ取り、競争成績は順調と断言してもいい。次走は目標の一つであるホープフルステークスであり、今は出走登録の期間を待っているところだ。

 

 学業に関しても頗る良いわけではないが、赤点補修の常連というわけでもない。何より文武両道なシンボリルドルフが褒められるために呼び出されるならまだしも、私が名指しされるなんて理由は特にないはずだ。

 

 …いや、あるにはあるのだけど。そこまで注目されるようなものではないという説明はしていたはずで……。

 校舎内を進むうち、あるところで緑色の帽子が目に入る。

 

「お待ちしていました、スタートワンさん、そしてトレーナー」

「たづなさん。お久しぶりです」

「はい。理事長室はこの先です。ご案内しますね」

 

 会うのは入学式以来の駿川たづなさん。あの後も何度か会うことはあったのだけど、理事長秘書という役職はその名に相応しく多忙なようで、挨拶する以上にまともな会話はなかなか出来ないでいた。

 

 彼女の後ろを追うようにして廊下を進む。すれ違う生徒達の大半は私達の事を意識していないが、何人か居たクラスメイトが向ける驚きと疑問の混ざった顔に苦笑いを返して誤魔化していく。

 そうこうしているうちに、目的の理事長室は目の前となった。くるりと振り向くたづなさんはすいと手を挙げ部屋へ入るよう促す。

 

「さあ、こちらになります」

「ありがとうございます。あの、一つよろしいですか」

「はい、なんでしょう?」

「今回、何故私が呼び出されたのかたづなさんは知っていますか?」

「んーと…。私も詳しいことはお聞きしていないのですが……。」

 

 質問に彼女は少し考えこみ、しかしすぐ両手を合わせ微笑む。

 

「不安になる事はないと思います。今回の事は個人的なことだと仰っていたので、スタートワンさんが何か問題を起こした、という事では無いようです」

「そうですか…。大丈夫なら、いいんですけど」

 

 個人的なこと…。やっぱり、あの後も気にしていたのだろうか。

 

 ひっかかりがなくなったわけではないが、直ぐに答えも出るだろう。たづなさんに礼を言い、トレーナーと共に理事長室の扉をノックする。

 

「入って下さい」

 

 奥から聞こえた声に従い扉を開け、中へ入る。椅子に座る女性は書類を書き進める手を止め、こちらをちらりと伺ってすぐに立ち上がった。それに合わせて私は頭を下げる。

 

「お久しぶりです。樫本理事長。その節はお世話になりました」

「お久しぶりですスタートワンさん。そして私の事は理事長代理とお呼びなさい。来年度には直ぐに交代するんですから」

 

 少しだけ困ったように眉を下げる理事長代理…つまり、樫本理子さん。

 そう、この世界での現理事長は秋川やよいさんではなく、アオハル杯にて登場した樫本代理だった。とはいっても彼女が訂正した通り、来年には新たな理事長(おそらく本当に秋川理事長だろう)が来るので、あくまで中継ぎとしての役職である。

 

「とりあえず、そこに座ってください。トレーナー、あなたも彼女の隣に」

「はい。トレーナーさん、座りましょう」

「ああ」

 

 客人用の二人用ソファに向かい合うようにして座る。それに合わせて、隣に座ったトレーナーがこそりと耳打ちしてきた。

 

「スタートワンお前、理事長と知り合いだったのか」

「入学手続きの際、面談で少し。会ったのは一度だけなんですけどね」

「ほお。案外お前も鳴り物入りだったんだな」

「そうだったら嬉しい話ではありますが」

 

 彼のにやりとした笑みに溜息を返す。実際、私がそのくらい有望視されているウマ娘だったら、シンボリルドルフ相手にどれだけ有利に立ち回れたことか。

 

 それはさておき。私もまさか樫本代理が理事長をしているとは思っていなかったので、呼び出されて初めてこの部屋の扉を開けた時は本当に驚いたものだ。身の上の事や学園入学の際一人暮らしの打診をしたことで呼び出しを受けるだろうとは思っていたが、顔を見た瞬間は流石に思考が一瞬停止した。

 

 記憶があっていれば、アオハル杯が秋川理事長によって再度開催される年、アメリカに研修へ行ってしまう彼女の代理として三年間理事長を務める…という流れだったはずなので、彼女が今ここにいるという事は、アオハル杯が開催され、且つ管理徹底主義の下ウマ娘の生活が縛られることになっていたはずだ。

 

 それが何故全く違う状況となっているのか、一応推理は出来なくもない。

 まず樫本代理が元トレーナーのURA職員であるのなら、学校教育とアスリート育成、学園の運営についてもある程度心得がある。

 そしてそれに足るだけの能力を前理事長(確か秋川理事長のお母さんだったはず)が認めていたとすれば、秋川理事長が就任する為に学ばなければならない種々のノウハウを習得するまでの間、学園を任せる相手として選んでいたとしてもおかしくはない。

 

 またアオハル杯関連の疑問はその時からあったのだけど、よくよく考えれば、いくらウマ娘の為だといえ“代理”という一時的な立場でそんな強引な手段を取るなんて危うい事は普通ならまず出来ないし、秋川理事長がまだ就任していない以上、理事長としてどんな行いをするのかという点も分かっていないので行動が起こしづらい。

 これらから、シナリオと比べると今の代理は間を取り持つ中継人という性質が強くなっている。

 

 なにより、あちらでは彼女がああも管理に固執する原因となるアオハル杯の開催が、よりによって自分が赴任する直前に決まっていた。少しでも早く止めなければという切羽詰まった状況だったからこその断行と考えれば、普段の冷静さがある現在、シナリオと同じことをする可能性は低いだろう。今後同じことをする可能性もまた低くはないが、その時はきっと、言葉と心を尽くして秋川理事長に訴えかけるはずだ。

 

 

 まあ、だからといって必ずしも樫本代理の性格が変わるという事でもないので、あの日はいろいろと神経を使う日になったことは言うまでもない。帰る頃には相当に疲弊することになったので、現状喜び勇んで会いたい人とは言えないのが私の所感である。

 

 言葉の止まった私を怪訝そうに見てくるトレーナーに、特に補足の必要もないかと返事をせずにいると、一緒に部屋へ入ったたづなさんがお茶を用意して置いてくれる。

 

「こちらをどうぞ」

「ありがとう」

「ありがとうございます」

「どうも」

 

 部屋の扉前へ戻り静かに待機するたづなさんへお礼を言い、お茶を口にして少しの間空気を緩める。

 それから改めて三人で向き直ると、シンボリルドルフにも負けない怜悧な雰囲気を纏う樫本代理は、一瞬私に視線を向けた後、直ぐにトレーナーの方へ戻す。

 

「スタートワンさん、そして彼女のトレーナー。まずは先日のレースによる二勝目、おめでとうございます」

「ありがとうございます」

「メイクデビュー、そしてそれに続いての連勝は並の努力では勝ち得ないものです。勝者として、そのことを誇りなさい」

「嬉しい限りのお言葉、身に余る光栄です」

「そしてトレーナー。彼女の活躍は貴方無しには成し得なかったものでしょう。これからも、どうか彼女を支えてあげてください」

「言われなくとも」

 

 上司相手にそっけない態度だが、これはもう彼の性格なのだろう。事実先輩トレーナーであるマルゼンスキーやミスターシービーのトレーナーにも、同僚であるシンボリルドルフのトレーナーにも対応が変わらない。とりあえず、いつか直すことが出来ればいいのだけど。

 そんな事を頭の片隅で考えていると、彼の悪い癖がまた出てきたらしい。ソファから体を起こして頬杖をつくと、ぐいと樫本代理の方へ顔を近づける。

 

「んで? 今回俺達を呼び出したのは何の理由で?」

「トレーナーさん」

「いいだろ? 今時間使ったところでなんのメリットがある」

 

 この人は本当にもう……! もっと相手を刺激しない言動を取れないのだろうか。

 思わず額を抑えるが、樫本代理が怒ることはなく、わずかに口元に笑みを浮かべた後静かに目を閉じ、数秒考えるような仕草を見せた。

 そして目を開くと、私達二人、取り分けトレーナーの方へじっと視線を向ける。

 

「……その前に一つ問います。貴方の目から見て、スタートワンさんはどのようなウマ娘ですか?」

「どのようにってのは…性格? それとも能力についてか?」

「どちらも、といった方がいいでしょうか。貴方の目から見たスタートワンさんを教えてください」

 

 三者面談のような質問にトレーナーは少し面食らったようだったが、直ぐに腕を組み、こちらへ目を向けながら考えこむ。

 

「基本的にゃ従順だ、目に見えて荒っぽい性格じゃねえ。かといって言葉少なで根暗ってわけでもねえがな。丁寧ではあるが、度が過ぎてどことなく慇懃無礼なようにも見える。なんつーんだ…。荒んでるくせに中身は変わってねえ社会人みてえ」

「私そんな風に見えてたんですか?」

「お前、シンボリルドルフだろうかマルゼンスキーだろうが態度そこまで変わんねえだろ。自分の意見は通そうとするし、納得がいかねえと結構ごねて面倒で。結構ひねくれてやがる」

「私そんな事してました…?」

「格上をライバル視して突っかかろうとしてる時点で事実だ」

 

 いやまあ、確かに無謀な挑戦をしているのは事実だけど。私そんな風に見られてたのか、しかも自分の担当に……。でも言われれば、そう見られても仕方ない所は少なくないのか? シンボリルドルフと併走してる時? それともミスターシービーをあしらってる時?

 ……どこでそう思われてた……?

 

 自分のこれまでを振り返っている間にも、トレーナーは話を続ける。

 

「性格はこのくらいでいいだろ。…んで、多分アンタが聞きたいのはこっちだよな。俺のトレーニング抜きの能力は……まあ、悪くねえと思う。今年入学の奴らの中じゃ、能力はおしなべて平均より上だ。とは言っても、そりゃあくまで入学以前からの鍛錬によるところが大きいのは確かだろう。才能、特に追い込み策って面じゃ、流石に自分より上の相手にゃ勝てねえ程度に過ぎねえ」

「……仕方ないですね。あなたにもそこは諦めろと言われましたし」

 

 一言言いたくなったが、こればかりは変えられない部分だ。追い込み策に関しては本当に反論の余地もない。

 

「それで他より善戦出来るだけ十分頑張ってるよ。お前じゃなかったら、強引だろうが潔くほかの路線進ませてるところだ。――もし事故の後遺症がなけりゃ、才能だけでもう少し接戦出来てるっつー証拠でもあるからな」

 

 

 続いた言葉に、咄嗟にトレーナーへ視線を向ける。けれど彼はこちらを見ておらず、いつにない真剣な表情でじっと樫本代理だけを見ていた。そして代理も何も言わず、トレーナーと目を合わせたまま止まっている。二人の様子を見ていることで、私も遅く意図を察した。

 

 どうやらこの面談は、互いに互いを知るためのものだったらしい。樫本代理はトレーナーの人となりを。トレーナーは彼女が自分達を呼び出した真意を聞くために。

 大人達は私すらも無視して、ただ見つめあう。限りなく無音に近い状態だというのに、張り詰めた空気はまるで軋むような音が聞こえだしそうだった。扉近くのたづなさんに目を向けると、困ったように眉を下げながら頬に手を当てていた。流石に彼女も居心地が悪いらしい。巻き込んでしまって申し訳ない。

 

 そのまま数分が経ったのではないかと思うほどの後、ゆっくり息を吐きながら樫本代理が視線を外した。

 そして私へ目を向け、口を開く。

 

「スタートワンさん。貴方が助けた子供達は、今もお元気ですか?」

「! はい、入学にあたって、最近は連絡もあまり取れていませんが。以前話したときは、学校を卒業したらトレセン学園に行きたい、と」

「そうですか……。怪我の後遺症などは」

「当時は少し引きずっていましたが、今はもうありません。それはこの身を懸け、全力で阻止しましたから」

 

 そう答えると、代理は一瞬だけ僅かに険しい顔をした後、直ぐに表情を戻す。そして、

 

「では――貴方の身体は?」

「…………」

「選抜レース、メイクデビュー戦、それに、四人での併走。少しだけですが、私も拝見しました。貴方の走りは決して悪いものではありませんでした。ですが、問題はレースの直後です」

 

 彼女は少しずつ目を細めていく。それに合わせ、その眉にも皺が寄る。

 

「勝負である以上、体力を消耗する事は避けられない。ですが、貴方はその場から動けなくなる。距離の問題はあるでしょう。短距離からマイルであれば、もう少し余裕をもって完走出来るでしょう。しかしそれ以上に、貴方が負ったハンデは重過ぎる」

「大半は表面的なものです。肺は心配されるほどダメージがある訳じゃない、とは以前お話して」

「喉の方が問題なのはわかっています」

 

 遮られたことで、今度こそ返答に詰まった。樫本代理は私から目を外し、トレーナーに再度戻す。

 

「彼女の事について、どこまで調べましたか?」

「……数年前に起こったマンション火災から子供二人を救出。その後リハビリを含め約一年間入院生活。退院後はリハビリを続けながらトレセン学園を受験。そして今年入学」

「怪我の内容については」

 

 一瞬の沈黙。

 

「……契約の時に、見せてももらった。コイツによれば大半は皮膚の火傷。入院が長引いたのもそれ。子供の保護後、脱出中に起こった建物の倒壊による左耳の切断、全身の擦過傷、それにマンション外からクレーンを使って救出に来た消防隊員に子供を任せた後、自分だけは窓から消防車の屋根に向け跳躍。着地しようとして失敗した右肩の骨折。んで――倒壊時瓦礫に巻き込まれ、極短時間だが気絶し高温の空気を無防備に吸った事による気道の火傷……お前バカ過ぎるだろ」

「……いつマンションが崩れるか分からなかったので、少しでも早く安全な場所に避難させたかったんです。あと着地は失敗じゃなくてコラテラルダメージです、足の骨折は避けたかったので」

「そもそもなんでクレーンに乗らなかったんだよ」

「乗ろうとした瞬間風に煽られて落ちそうになったんですよ。無理に乗ろうとして落ちるくらいならいっそ自分で何とかしてやろうと思いまして。今考えれば、熱で頭が茹ってたんだろうと思っています」

「って事らしい。結果入院。日常生活に支障がない程度には回復したが、レースに万全な状態で出走できるほどの奇跡的な回復は見込めなかった」




何で病弱設定にしなかったのかというと、喉なりなど気管の構造が違う馬ならともかく、ウマ娘の場合だと殆どの部分が人間と変わらない以上、下手にその辺りの設定を馬寄りにすると細かくなりすぎて絶対後々苦しむと思ったからです。
ふわっとしているくらいがいいんですよ。ふわっとしているくらいが。

あとはまあ、やっぱり傷跡のある方が性癖に刺さるからですね。
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