G1目指して頑張ります   作:あかし/さんさい

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24 私の名前はスタートワン③

 私服を簡易に畳んでおいて、部屋の扉に手をかける。少しだけ開いてちらと覗いてみると、家族四人とトレーナーは何かを話しているようだった。

 

「出来ました」

「分かった。出てこい」

「…はい」

 

 扉を完全に開き、全員の前に進み出る。十の目が集まるのを感じて、つい手に力が入る。

 

 基調としたのは灰色。身体の中心に十字で黒のラインが入った、イブニングドレスを思わせる勝負服。手首足首に付けられた革製の枷、同じ革製のチョーカー、胸下のコルセットなどの装飾が付けられているそれが、私のこれから戦うたびに着る事になる服のデザインだ。

 

 基本となる部分には特に奇を衒っておらず、コルセットを締める赤色の紐や手足の枷に入ったオレンジのラインなど、アクセントに多少の暖色も入っている。腹回りは隠れているがオフショルダーで背中を大きく出し、スカートの裾も膝上と短くフリルなどが無いため足の露出も多い。構造上晒された胸の上部はチョーカーから伸びるハーネスでホルターネックのように留められ、煽情的にすら見える。室内と言う事で今は履いていないが、靴には黒のヒールサンダルを用意して足元の露出も手を抜いていない。

 

 本当はこれにベルトポーチなどの小物を付けたかったのだけど、妙にごちゃごちゃとした印象になってしまい紐などのアクセント程度に留める事にした。ハッピーミークには悪いが、色のアドバイスは本当にありがたく、彼女のお陰で衣装も私も、共に際立つようになったと思う。

 

 ――だからこそ、その晒されている皮膚に見える火傷の後は生々しい。普段は隠している欠けた左耳を見せているのも、またその異常さを強めているだろう。

 

 私の身体には、かなりの位置に傷痕が残っている。腕、足、背中。流石にトレーナーからストップをかけられたが、腹にも僅かながら同じものがある。火傷の一部はケロイド化もしており、火傷だけでない切り傷や手術痕もある。五体に分け各部位だけで見れば顔を除く場所ほぼ全てに痕があり、痕が無い場所の存在が逆に変に見えるほど。

 

 耐熱処理などされていない服装で燃え盛るマンションに突撃し、助ける際の建物の倒壊で皮膚は焼けたり切れたりとかなり刻まれた。

 ウマ娘としての容姿はともかく、それを除いた見栄えの悪さは隠しようがないほどの状態だ。まあ、家具を押しのけようとしてやむを得ず触れた手や背中に関しては火傷の痕だけれど、脇腹のものは崩落してきた柱の一部やらで掠った切り傷などしかないので、肌を出している部分の見栄えはわざと悪いものが多い場所を選んでいる。

 

 子供達を抱っこして運んでいた為身体正面には大して傷は無いのだけど、衣装の関係で肌が出ている方が相手を惑わしやすいとして選んだ。一応、隠れた位置にもわずかにだけ痕がある。見たいかと聞かれて頷けるようなら、その人は相当な好奇心の持ち主だと言わざるを得ないのだが。

 

 私が着る事だけを想定して作られた勝負服を身に纏い、家族に問いかける。

 

「……どうでしょうか?」

 

 問いかけつつも、五人から視線を外してしまう。私自身が選んだ事といえ、家を焼かれ、命の危機に晒されたこの傷跡は。彼らにとっては忌まわしい記憶の名残だ。見る事だって避けたいものに決まっている。

 時間は決して多くないが、もし非難があるようなら、潔く学園のレンタルを借りるつもりで――

 

「ちょっと、このデザインほんとにスターちゃんが考えたの?」

「うーん…、流石にちょっと、派手すぎやしないか? 年頃の女の子にはちょっとよくない気がするな」

「……え?」

 

 姉妹の両親が目を鋭くさせながら私をじっと見る。母の方に至っては直ぐ目の前に立って、上から下まで何度も視線を往復させていた。

 

「勝負服なら私も何回か着たけど……さすがに、ここまで肌は出してなかったねえ。ホープフルもそうだけど、冬は寒くならない? というかこれ何? 首輪?」

「い、一応厚手の生地なので、ある程度は融通が利くはずですが…。あと、これは首輪じゃなくて一応チョーカーです、ちょっと幅は大きいですけど」

「これは、最近の子の流行りなのか?」

「アドバイスは受けたりしましたが、流行というほどでは……」

「本当に? 最近の勝負服はどうなのかとは思っていたんだが、まさかスターちゃんまでそうするとは思ってなかったなあ…」

 

 思っていた方向の反応ではなく返答に困る。いやその、意匠が大分変だという自覚はあったから幾つか言われるとは思っていたけど、私はもう少し傷跡を見せる事の方に話がいくものだと……。

 

 ちらと視線を姉妹に向けると、二人は実に輝いた瞳で私を見つめている。

 

「ほし姉、すっごくきれい!」

「そ、そうですか?」

「うん! お姫様……には見えないけど!」

「そ、そうですか」

 

 だいぶがっつり否定された。

 

「でもきれいだよ! それでじーわん走るんだよね!」

「…ええ。どこかおかしい所はありますか?」

「んーん、ぜんぜん! ほし姉は変だと思うの?」

「それは……その…」

 

 問題があるかどうかと言えば、無いわけでは無い。ただそれは、その、服装そのものに対するものというより、その……。

 

「スタートワン。言いたいことがあるならさっさと言え」

「っ、トレーナーさん」

「スタートワン」

 

 明確な、呼びかけ以上の意味を込めた声が私を止める。

 トレーナーは私を見つめた後、へらりと笑った。

 

「心配すんな。お前が怖がってることは、そこまで気にするほどじゃねえ。今聞きたいんだろ? なら足踏みしてねえで、いつも通り図太く言ったらいいんだよ」

「――、……。あなたは本当に…、まったく…」

 

 出会ってきたなかで一番神経が図太い人に言われたくない。そう思いながらも、その言葉に思わず握りしめていた手を緩めてしまっていた。

 

 彼から視線を外し、家族へ向き直る。両親は優しく微笑んでいて、姉妹は不思議そうに、けれど私が何かを言おうとしている事を察して、静かに見つめてくる。

 数度小さく深呼吸をして、それから口を開いた。

 

「これから何度、この勝負服を着て走るか。それは私にもわかりません。ですがこの服を着る度に、私はこの身体を沢山の人に見せる事になります。……少しだけ、長い話をします。いいですか?」

「ええ。お願い」

「……火事で、傷痕が残ったあの日から。私は出来る限り肌を隠すように生活してきました。それは人に不必要に見せるべきではないと思ったから。皆さんがあの日の事を思い出す機会を極力少なくする意味も、無いわけではありませんが」

 

 ちらと姉妹に目を向けると、二人は私を見つつも、傷跡に視線を向けている。

 

「ですが、トレセン学園への入学が決まった時、ふと思ったんです。このままこの身を隠し続けても、何時かはばれてしまう。それなら、この身体も勝利の為の武器としてしまおうと」

「…うん」

「傷跡が晒されている状態ならどんな人でも意識せざるを得なくなる。日常ならまだしも、それが勝負の場所では致命的な隙に。G1ともなれば、勝敗を決する要因にすらなりましょう」

「……」

「当然、そこまで行くことが出来るかどうかという問題はありました。トゥインクル・シリーズでその段階まで行かなかったのなら、その時は潔く引退するつもりでした。ですが、想定していた策を実行出来るところまで来た、来てしまった」

 

 父と母は真剣な眼差しで私の話を聞く。こうして私自身の思考を彼らの前で言葉にするのは、もしかしたら初めてかもしれない。

 姉妹には少し難しい話だ。しかし、二人は聞き漏らさぬよう、じっと話を聞いている。

 

「ならば、決めていた事をするだけ。この服はその為に作っていただいたものです」

「それなら、なんでわざわざその話を?」

 

 黒と灰色に彩られた服にもう一度目を落とす。燃え尽き、炭化したかのような色のこの服が、私にとって勝負を表すもの。私にとって、勝利の為の武器の一つ。

 ……だが。

 

「これは私が、私の独断で決めたことです。しかし、こんなものを見せれば世間は決して逃しはしないでしょう。必ず私の周囲を虱潰しに洗い出し、あなた達に辿り着く。あの時ですら酷い程の集まり方だったんです。衆目に出る事を覚悟している私はともかく、お母さんもお父さんも、そして二人も、要らぬ波風に晒される危険を、他でもない私が引き起こしてしまう」

 

 ……自分が決めたことだというのに、学園に行って尚話していなかった…、いや、話せなかった事。

 

 

 この世界では異端な情報を一人で抱えて生きていくしかない私にとって、人との関わりは常に細心の注意が必要だった。当時は自分がどの世界、どの時代を基準にして生きているのかも分からないままで、朧げに過去に相当する世界かもしれないという推測しか出来ていなかった。うっかりと不必要な事を喋ってしまえば、どんな影響が起こるかも分からない。しかもそれまでの縁故も全てなくなり、誰に頼ればいいかも分からず、心の何処かで鬱屈した気持ちを抱えたままだった。

 

 そんな私を支えてくれたのが、この一家だった。関係は単なる近所付き合いの延長線でしかなかったが、四人は私にとって大切な。

 あの火事で、今の生を引き換えにしてもいいとさえ思わせてくれた相手だった。

 

 それでも……いや、だからこそ、私は言い出せなかった。

 

「余計な心配はかけたくない。けれど話さずにいる事も出来ない。どうすればいいか、悩んでいました。……結局、トレーナーさんに発破をかけられるまで、言い出す事も出来ませんでした。所詮は言い訳です…ごめんなさい」

「スターちゃん…」

「まだ出走登録の期間なので、猶予はあります。学園で貸し出している勝負服に変える時間も、或いはこの服に肌を隠すデザインを付け足す時間もあります。もし変えて欲しいと思ったのなら、忌避なく言ってください。判断は、全て委ねます」

 

 最大限誠意を見せるため、深く頭を下げる。トレーナーは何も言わなかったが、何か動きを見せたらしい事が音から分かった。

 

 少しの間、誰も話さない無音の時間があって。それから、姉妹の父に「まずは、頭を上げようか」と言われ、姿勢を戻した。両親は困ったように眉を下げ、姉妹はやはり完全には理解出来なかったようだが、分からないなりに父母の様子を見て状況を伺っている。

 母が少しだけ耳を絞りながら、口を開く。

 

「……そんな事を考えてたのね」

「…はい」

「私が言うのもなんだけど、これでも昔は多少名の売れたウマ娘よ? あなたが心配するほど、有名になるってことに耐性が無いわけじゃないわ。それでも、不安になったの?」

「……ただ名が売れるだけじゃなく、それが醜聞になる可能性も低くありません。説明を請われた時は私自身が話すつもりですが、皆さんの方へ直接聞きに行く人間が居ないとも限らない。である以上、余計な切っ掛けを作る訳にもいきません」

「……なるほど」

 

 両親が互いに顔を見合わせる。言葉はないが、アイコンタクトで何かを伝えあっているようだった。

 

「……そうね。ここは私達があれこれ言うより、二人に聞いた方が早いかしら」

 

 会話が終わったのか、母は膝を曲げ、娘達と視線を合わせる。二人は自分達が重要なことを任されたと、なんとなく察したようだった。

 

「二人とも、スターお姉ちゃんの服、あれがいい?」

「……あれはダメなの?」

「だめか分からないけど、まずは聞いてみたいんだって。どう思う?」

 

 今度は姉妹が顔を見合わせた。しかしすぐさま視線を切ると、どちらも私の方を向いた。不安そうに耳を下げる様子に、此方の方がたじろぐ。黒鹿毛の姉が呟くように声を出す。

 

「ほし姉が、その服着て走れなかったら、それは、私たちのせいだよね」

「っ、いえ、違います」

「だって、その服だと、ヤケドが見えちゃうから、だめなんだよね?」

「それは…っ…。」

 

 思わず言いよどんだところで、今度は妹が喋りだす。

 

「ほし姉、わたしたちを助けてくれたけど、ずっと長そでばっかりになっちゃった。わたしたちに、見せないようにしてたんだよね?」

「……、」

「私たちを助けてくれたのはほし姉だけど、でも、私たち、ほし姉のこと、なんにも助けられてないよね」

「いいえ、私は、あなた達が居てくれるだけで……」

「だからね、わたしたちね? ほし姉はね、なんでもしていいと思うの」

「なんでも……」

 

 にこりと笑う二人は、此方に歩いてきて私の手をそれぞれ握る。

 

「ほし姉がその服で走りたいなら、私たちもそれがいい!」

「だって、ほし姉がしたい事なんだもん!」

「「ねーっ!」」

「……二人とも、それはこの先、簡単に済ませられない困難になる可能性だって」

「んー、よくわかんない!」

「ほし姉が決めてよ!」

「わ、私が?」

 

 そんな事を言われても……?

 言葉に困る私に、姉妹の両親が苦笑する。

 

「ま、そういうことなんだってさ。だったら私達も気にしないから、安心してそれ、着て走りな」

「……ですが、その」

「スターちゃん。どうしてほしいかは君が自分で聞いたことだ。俺達に決めさせたのに、それを結局自分で決めちゃうのかい?」

 

 今度こそ沈黙するしかなかった。両親は私の頭を、それぞれに撫でる。

 

「スターちゃん。貴方はね、私達の大切な子供達を助けてくれた。自分は助かっていたのに、危険を冒してまで。貴方はその傷を隠してきたけれど、それだって自分の為より、私達があの時の事を思い出さないようにする意味の方が大きかったのよね」

「……、」

「傷跡を誇らしいものとしてほしい、なんて事は俺達は言わないよ。だって、君のそれは、俺達が幼い君に甘えてきた事の証拠なんだ」

「っ、そんなことはありません」

「いいえ。共働きとか、あなたが進んで言ってくれたとか、そういう事は全部言い訳にしかならない。私達がしなければいけなかった事を、全部代わりにさせて、娘が危険な目に遭っている中ですら、自分達は何も出来ないで……」

「この子達の留守番を手伝ったのも、あの日の事も、私が進んで行ったことです。そこに誰の所為なんて」

 

 しかし、二人は首を振る。

 

「親は俺達であってスターちゃんじゃない。…なにより、ずっと一人で暮らしてきた子に、その役目を背負わせるなんて間違っていたんだ」

「お父さんは定時で帰れるように打診し、お母さんは在宅事務が出来るように相談して、今は家に居られるようになっているじゃないですか」

「“今は”…でしょ? 昔からずっとそうだったら、あなたに負担をかける事になんてならなかった」

「ですから、私は負担だったなんて……!」

「ふふっ、そう言うと思った」

 

 どこか嬉しそうな笑みに困惑が頭を埋めていく。語ったことは少なくない本心だ。なのに、どうして。

 

「スターちゃんは知らないうちに……というか、目の前で見ていても自分で色々抱え込んでくからなあ。俺達がこれ以上君に負ぶさったら、きっと倒れてしまう」

「…………、」

「だ、か、ら! 私達がスターちゃんにあれこれ言うのはこれで最後! ……これからは、あなたがしたい事を、あなたがしたいようにしなさい」

「……わたしは」

 

 口を開いて、しかし言葉が紡ぎだせない。お母さん、お父さん、姉妹、トレーナー。視線があちらこちらに動くが、かといって何かが変わるわけじゃない。

 したいことは、確かにある。今までだってそうしてきて、だからこの服を作った。

 ……それでも、私は……。

 

「っくく、スタートワン」

「っ、トレーナーさん……」

 

 声にびくりと肩が震え、反射的に目がトレーナーを見る。彼はいかにも楽しそうににやにやと笑いながら、姉妹の頭を撫でまわす。二人の方はされるがまま、彼と同じようにこにこしている。

 

「言ったろ?」

「それは……」

「それでいいんだよ。あっち見てこっち見て、相手の機嫌伺いながら走って勝てるようなモンじゃねえだろ。G1ってのは」

「…………」

「いいか。あれこれ考えるのは俺の役目だ。お前は何も考えねえで、ただ好き勝手にレースに出りゃあいい。後ろは全部任しゃあいいんだよ。だろ?」

 

 その言葉を受け入れればいいのか分からない。その選択は正しいのか? それとも間違っているのか?

 どうすれば、いい?

 

 

 

 完全に動きを止めた私の手に、触れるような、そして握りしめるような感覚が伝わってくる。姉妹の無邪気な顔が、眩い程に私を照らす。

 

「じーわん、がんばってね!」

「わたしたち、ぜったい見に行くからっ!」

「……ええ」

 

 応えてしまった。自分でも軽率な発言だと分かりきっている。

 だが、後悔なんて湧かなかった。いや、湧かせなかった。

 

 二人に握られた手の平に込められた信頼。それを裏切る事だけは、したく無かった。

 

 トレーナーに改めて目を向けると、彼は笑みを僅かに収め、じっと見つめ返してくる。

 

「……いけるな」

「……はい」

 

 

 シンボリルドルフとの初戦まで、後少し。

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