G1目指して頑張ります   作:あかし/さんさい

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26-1 第一戦 夢断つ絶望は誰のもとに/芝2000メートル 中山 右・内回り 晴れ・稍重

 ゲートの開く動きとほぼ同時にその場を踏み抜く勢いで前へ飛び出す。

 射貫くような視線は感じたが、あの時と比べれば圧倒的に冷静なまま、速度を緩めることが出来た。後ろから私をすり抜けていく影は十以上。横目にその様子を眺める中、その中に幾度見たか分からない鹿毛の髪を見た。

 無意識にそこにあるだろう目を探し、そして、同じように私を見ていた彼女と視線が重なる。

 

 極めて僅かな時間のはずだというのに、合った視線は如実に私へ語りかけていた。

 

 ついてこれるだろう?

 ―――ッ、上等!

 

 

 歓声に埋もれるレース情報に全神経を集中させる。極限まで不要な情報を削ぎ落せ、歓声、応援、風を切る音、傷痕を気にする視線。余計な事も喋らなければいけない実況の声もいらない。

 

 前方を走るのは15人、私の後方には2人、シンボリルドルフは中断から後続の境目、私からは2バ…違う、2バ身半先に居る。視界は良好、足元のおぼつかなさはあるが邪魔なほどではない、周囲に揉まれる位置には入らず、内ラチと大外の中間、やや外れた場所に位置取る。外周が増えるのは私にとってデメリットにもほどがあるが、これはトレーナーと決めた策の一つだ。

 

 追い込みはその性質上、決まれば最高レベルの差し足を発揮できる。が、その分弱点は数限りない。タイミングを見誤れば差し切れず、ペース配分を間違えると息が残せない。集団に入りやすくなる先行、差しと比べればバ群に流されにくいが、流されないわけではない。状況に合わせて柔軟に動くためには、状況を俯瞰し続けられる疑似的な一人旅を行わざるを得ない。

 

 勿論、最内ではなく膨らんだ外周を走ればスタミナは、呼吸の回数は増える。最後に坂の待つ中山でそんな事をするなど私でなくとも自殺行為に等しい。スタミナが切れる前に呼吸が出来なくなり、そのまま潰れていくだろう……今まで通りであれば。

 

「――ッ、ん、っ……!」

 

 喉を開き、肺に酸素を取り込む。痛みは、身体の重さは、第一コーナーを回る今もまだ無い。距離の縮める為内へ突っ込むような軌道を描く必要はあるが、集まった壁の中で揉まれるのと比べればまだ精神的な余裕を取る事が出来る。

 

 自殺行為だろうが、勝つためにはやるしかない。

 それを可能にするためのハードトレーニング。走り出しから最後のスパートまで、完璧な形で走るための練習だ。

 

「…ッ、」

 

 近付く足音に反応して数人が私へ視線を送る。同時に感じる強く籠められた感情。

 周りを走る子達の気迫は、これまで二度のレースで感じたものより遥かに重い。ここがジュニアの総決算、たった十八のゲートを勝ち取った栄誉ある者達の持つ、殺意。

 

 覚悟していなかったわけでは無かったが、なるほど、これがグレード1、上澄み中の上澄みだけが走る事を許された、怪物の為のレース!

 

 コーナーを回り中盤に差し掛かる。

 

「っ、はぁあああああっ!」

 

 前方を走る一人が、一際力強い叫びと共に一歩を踏み出す。それに合わせるように、視界――いや、脳裏の端をちらつく、薄ぼんやりとした、景色。

 明るい春の陽射しの中、まっすぐに走り出す幼い少女の姿。それが早送りのほうに切り替わる季節と共に、今走る彼女と同じ姿へと変わり、そして今集団から前へ出ようとする彼女の姿と重なっていく。

 

「やぁああああああ!」

「うああああああッ!」

 

 彼女に触発されるかのように、一人、また一人と叫びをあげ、そして見えていた景色が次から次に切り替わる。夜明け、暗闇、昼間、広大な草原もあれば、砂漠へ、深海へ、舞台へ、小さな室内へ、様々な場所が現れては消えていく。

 頭の何処かで困惑しながらも、しかし同時にそれが何なのか、本能に近い部分で理解する。これもまた、あの日のように幻視していたものだ。

 

 領域(ゾーン)

 『シンデレラグレイ』にて語られた、ウマ娘が持つ特別な力の一つ。ゲームに置いては固有スキルとして描かれていた、極度の集中状態に入った彼女達が見せる、本来の命の在り方を示すもの。

 

 極めて少数のウマ娘しか持てないはずの世界。それをこれだけの数が持っているなんて。驚きはあるものの、同時に納得が頭を冷たいままにする。

 

 例え元の世界に存在していなかろうと、この世界で彼女達は走っている。この世界で生き、そして想いを育んできたのなら、それは彼女達が持つ『勝ちたいという武器』だ。それが領域の形をして発生しても、何もおかしくはない。

 

 G1を勝利していないウマ娘でさえ。地方競馬しか経験していないハルウララでさえ。私でさえも持っているものを、彼女達が持っていないはずがない。

 

 例え存在していなくても、彼女達はここにいる。存在して、勝ちたいと、そう叫んでいる。

 なんと素晴らしい。

 

 ――ただ、その領域は粗削りで、そしてあまりに“うすい”。背負っている想いに対して、展開された世界が脆過ぎる。互いの世界が干渉しあい、簡単に塗りつぶされ合っている。

 あの併走を体験した身からすれば、精々が領域の成り損ない、言い換えても、領域のなりかけという段階で止まったものという感想にしかならない。

 

 全員がまだ若武者というのもあるだろうが、多分、ここが元を持つウマ娘とそれ以外の違いなのだろう。この世界だけで生まれ、この世界だけで育んだ力の限界。

 

「…………走りにくい、なあ」

 

 頭の中であらゆる景色が混ざり合い、正直うざったい。砂漠の中心に井戸のような大きさの深海が生まれ、草原の真ん中に突然フローリングが張られだしていたら、いくら集中状態といえ邪魔な事この上ない。きっとシンボリルドルフもこの状況に苦笑いしている事だろう。

 

 あまりに混沌とした頭の中を、どうしても整理する必要がありそうだ。

 

「……ごめんなさい」

 

 先に謝罪を呟いておく。これから先、あなた達の事を全力で邪魔する。邪魔の仕方は、あなた達よりも卑劣で最悪だけれど。

 

 己に科していた枷から、レースに必要な分だけの錠を外す。内側に押し留めていた震えが、急激に場を包み込んでいく。がちゃりと響くのは、これから始まる処刑の為の装填音。

 

「―――ヒッ、」

 

 最初にその餌食になった後ろの子は、息を飲むよりも先に短い悲鳴を上げた。

 

 

 

“何もない。何も見えない。暗い(くらい)冥い(つめたい)闇い(さびしい)世界。

 

そこに突然現れた光は、けれど暖かく包み込んではくれない。ただ熱く(つらく)痛く(はげしく)、炭の塊を作り出そうとこの身を焼き焦がす。

 

逃げようとする私を、それは背中から、真横から、そして目の前から銃口をつきつけて。燃え盛る炎の髑髏は、猟銃を手に優しく笑った。

 

響く死の音は真っ暗な中に混ざり合って、すべてを掻き消していく。

 

EXECUTE→Don't Stop RUN(死にたくないのなら)

 

さあ、命を削るチキンレースは始まったばかりだ。”

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