G1目指して頑張ります   作:あかし/さんさい

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27 ここはまだ一歩目

 ゴール板を通り過ぎたシンボリルドルフを見ながら、思わず笑ってしまう。

 

 届かなかった。選抜レースから半年以上かけて行ってきた準備は、結局2.5メートルの半分を埋める事しか出来なかった。

 

 なんという強さ、なんという速さ、なんという――美しさ。

 これが『皇帝』。この世で誰よりも先に、“絶対”の存在を証明した者の走り。晴れて無敗のG1ウマ娘となった彼女の姿を、誰よりも近くで見られることが誇らしい。

 

 少し先で待つ彼女は、息を整えてから私を見て眩いまでに顔を綻ばせた。年頃の少女らしい、爛漫なまでの笑顔。

 

「ありがとうスタートワン! 君のお陰で、私は、最高の走りが出来た……!」

 

 その顔に安心しながらも、そのまま私はその場に倒れた。芝に顔から突っ込んだことで、青草の臭いに包まれる。

 

「……っ、う……。」

「!? スタートワン、スタートワン!?」

「だい、じょうぶ…、です……っ」

「明らかに様子がおかしいだろう! あれだけ二千メートルを走れるようになっていたのに…ッ、まさか、さっきのものは君自身にまで影響を与えるのか!?」

「だいじょうぶ、です…、ええ、ほうって、おけば、かってに……」

「そんな震え方をしているのを大丈夫とは言わない!」

「だったら…、ほかの、ひとを……」

「どう見ても君が一番酷いじゃないか!」

 

 疲労や痛みがどうでもよくなるほどの震えに、両腕で自分を掻き抱き、ぐっと目を瞑って耐える。そうか、他の子達は割とマシか。それなら良かった、やっぱりG1に出走するようなウマ娘は強――あやばっ、

 

「うっぷ」

「!!? いっ、医療班、医療班をここに!」

 

 

 私の『EXECUTE→Don't Stop RUN』はその破格の性能と引き換えに、最悪と断言していいデメリットも抱えている。

 

 単純な部分で言えば距離との兼ね合い。掛かりは基本的にどのレースでも致命的な事になりかねないが、短距離などの場合は寧ろ状況を打破するメリットとして働いてしまう事がある。またレースがスピードにものを言わせたものになるため、下手すると前方を追いかける私が真っ先に潰れて終わる可能性も秘めている。

 

 もう一つは恐怖の効きにムラがある事。今回はほぼ全員に効果が出たが、シンボリルドルフのように精神構造が常人離れしている相手には殆どあって無いような効果しか出ない。これからのG1では、大体のウマ娘がこれを弾き返してくることだろう。

 

 そして最後に、効果の如何に関わらず必ず何割かの恐怖の『フィードバック』がある事。発動した人数、効かなかった人数によって多少の上下はあるが、大抵は私の身体を震えさせるダメージへと変わる。……いや、こうやってあげつらうと本当に弱点だらけだな。どれだけ扱いづらいんだこれ。

 

 ただ、今回は初めて十人以上に発動したこと、そして一人からは完全な形で無効化された分が全部戻ってきたので、想定していた以上に多めの恐怖を受けてしまった。走っている間はそのことだけに集中していたから何とか抑え込んでいたけれど、レースが終わって、その反動が全部乗っかってきている。

 

 

「こんの、バカ野郎」

「……帰って、きて、そうそう、ひどい、言い方、ですね……」

 

 危うく担架に乗せられそうになったのを「大丈夫です」だけで押し通し。検査を済ませたもののこれ以上立っていたら身体が持たないと判断してがたがたの足で控室に戻ってきた後。

 少しでも楽な体勢になろうとゴール直後のように床で転がっていると、部屋に入ってきたトレーナーが開口一番に罵ってきた。

 

「そうやって腕を掴むな」

「です、が」

「また出血するつもりか。その恰好じゃ誤魔化せねえぞ。掴むなら俺を掴め」

「…むり、です」

「バカ野郎。怪我嘗めんな」

 

 口が悪過ぎる。流石にむっとして抗議しようとしたが、その前に彼の腕が私を担ぎ上げるのを感じ取る。膝裏を通る感覚からも、彼が横抱きにした事が分かった。開いた目の先に、彼の顔がいっぱいに写り込む。

 

「何、してるんですか」

「何で医務室に行くのを拒んだ。今から行くぞ」

「体に、もんだい、ありません。痛みも、ほおっておけば、治ります」

「走った直後に顔真っ白にして、しかもこんな冷てえ身体で声震えさせてる奴が、本当に問題ないとお前は思うか?」

「……本当に、だいじょうぶなんです。けが、ある訳じゃ、ないんです。……お願いします、彼女の、シンボリルドルフさんの、じゃまだけは、しないであげて、ください」

 

 絞り出した懇願を聞いて、彼は思い切り顔を顰める。じっと彼を見つめると、ぐっとその表情を強めた後、顰めた眉をそのままに私を運ぶ。

 まさか、それでも連れていくつもりなのか……?

 

「……椅子にゃ座れるか」

「……、」

「床は止めろ、ソファ…は一人用か。……ああくそっ、ちょっと待ってろ!」

 

 机の上に転がされ、どかどかと部屋を飛び出したトレーナー。少しおいて彼が持ってきたのは毛布と水筒。毛布を私に被せると、背に腕を通して少しだけ私を起こす。

 

「流石に冷めてるだろうが、飲めるか」

「…すみません」

 

 彼に手を貸してもらいながら、傾けられた水筒に口をつける。まだぬるい程度に収まっているが、喉の締まる感覚が少しきつい。耐えられないものではなかったので飲み込むが、疲労が強いためか、ほんの少量を二口飲んだだけで腹が膨れてしまう。

 水筒から口を離し、もういらないと首を振ると、トレーナーは器用に片手で蓋を閉め、ゆっくりと自分の腕で支えたまま、私を寝かせる。

 

「説明は聞いてたが……。使い勝手が悪いとか、そういう段階で話が出来るモンじゃねえな。これじゃあG1でも使う時を選ばねえと大分尾を引く」

「…………」

「三女神も随分、依怙贔屓が過ぎる事をしてくれたもんだ」

 

 私を見る彼の顔は、今も険しい。

 責めているようにも見えたが、それ以上に。表情に私を心配する色が入っていて。思わず顔を背けてしまった。

 

 

「……ごめんなさい。無様な姿、晒しました」

 

 空気に耐えきれず出てきた言葉は、謝罪だった。

 

「本当は、もっと接戦、演じるつもり、でした。例え勝てず、でも、あと一歩で、勝つこと、出来たと。そう、思わせるくらい、迫りたかった」

「……」

「結果は、三バ身半が、三バ身。足りなかった。もっと、トレーニング、必要だった」

「……無理をして倒れると困るっつったろ」

「だって…、だって、このままじゃあ――」

「……このままじゃあ?」

 

 

 そこで、口が止まる。

 このままじゃあ……なんだ? このままだと何がどうなるんだ? あの子達の事? シンボリルドルフの事? それともトレーナーの事? 私自身?

 

 何で私は、今この言葉を続けた?

 

 次の言葉を言えなくなってしまった私に、トレーナーは困ったように深く息を吐き、それから私の頭に手を置く。

 

「得意と言い切れない距離のG1で二着。三着との差は軽く八バ身」

「……」

「一度はお前も三着以下と同じ距離に離された。それをもう少し距離が長ければ、という所まで追い詰めた。絶対勝てないと常々言い続けてきた相手に、そこまで縋り付いた。その結果のどこに、お前が謝る理由がある」

「……私は、勝てなかった、のに」

「忘れんな、今はジュニア級だ。クラシックもある、シニアもある、それから先、シンボリルドルフが引退しない限り、お前は何度でも挑戦出来る。お前が諦めない限りはな」

「…………。」

「スタートワン。それがお前の目標だろう」

 

 彼の言葉に、思考が止まる。

 

 そうか、

 そうか。

 そうだ。私はまだ走れる。私はまだ、負けただけなんだ、一回負けただけ、彼女との戦いは、まだ続いている。

 

「目に気力が戻ったな」

「……ごめんなさい。ちょっと、気が、抜けてました」

「おう。これからライブの準備もある。歩けるか?」

「まだちょっと、震えますが。動けます。大丈夫です」

「……あとでもう一回検査するからな」

「……了解です」

 

 

 

「あなた、見た目に似合わず結構力ありますよね。さっきも私の事担いでましたし」

「仮にもアスリートのトレーナーだぞ。トレーニングに効果があるか確認してりゃあ勝手に付く」

「確認してるんですね、自分で」

「桐生院とかもそうらしい。やってねえ奴も居るがな」

「なるほど…。ところで」

「あ?」

「いい加減腕、離していいんですよ。かれこれ十分以上この状態ですし」

「……足、まだ震えてんだろ」

「いえ全然?」

「だったらせめて隠してから言え。このまま運ぶぞ」

「恥ずかしい事するのは止めてください」

「俺が恥ずかしい行動してるみたいに言うな」

 

 当初より身体の震えが収まってきた頃。控室の扉がノックされる音がする。誰か来たようだ。

 起き上がって返事をしようとするも、それより先にそれが開かれる方が早かった。

 

「スタートワンっ!」

「ああ、シンボリルっ!?」

「身体は大丈夫か!? 怪我はっ、検査はしたのか!? 動けないのか!?」

「あの、ま、ちょ、待って…」

「あの領域はやはり反動があったのか! 何故そう無茶をするんだ君は!」

「おい、お前の担当だろ、何とかしろよ」

「すまん、もう大分抑えた後だ」

 

 やめ、り、りょうかた…、あ、待って、揺さぶらないで。戻ってきちゃう、飲み込んだものぜんぶ戻ってきちゃう……。

 

「スタートワンのトレーナー! 彼女は無事なのか!? どうなんだ!?」

「あー……、まずは落ち着け。お前が今スタートワンを大丈夫じゃない状態にしかけてる」

「え? ――うわっ、すまない、大丈夫か!?」

「は、はい…、いちおう……?」

 

 あ、あぶな…。あと少し遅かったら服が大惨事になっていたかも……。喉の近くまで駆け上がってきたものを押し込み、一息吐く。

 まさかここまで取り乱した彼女を見る事になるとは。今日だけで色々な姿を見せてもらっているなあ。

 

「か、身体に問題はありません、震えももう少し待ってもらえれば」

「そ、そうか、良かった…。医務室には?」

「検査室にはこの後行くつもりです。医務室は、まあ、怪我ではないので見に行っても大丈夫と言われて終わりですから…」

 

 大分心配されてるなあ。今までだって散々彼女の前で倒れてたのに、中々慣れてくれない。

 

「本当に大丈夫なのか? 君は知らない間に無理ばかりするから……」

「…人を保護対象みたいに言わなくて大丈夫ですから。自分の限界がどこにあるかくらいは、ちゃんと把握しています」

「そうなると、お前は倒れるところまでは大丈夫だと思っている事になるな」

「トレーナーさんっ!」

 

 ああもうまたシンボリルドルフの顔が不安そうになる! このいらんことしい!

 

「でもさ、前々から言ってるけど、スタートワンはなんか危なっかしいからね。倒れるところは大丈夫じゃないって事くらい、いい加減気付いたほうがいいんじゃない?」

「! ミスターシービーさん、それに他の皆さんも…」

「はあい、二人ともっ♪ レースも終わったし、こっちに来ちゃったわ!」

「スワちゃん、お疲れ様っ! シンボリルドルフさんも、お疲れ様ですっ!」

「……お疲れ。頑張った」

 

 会話中突然現れ、ぞろぞろと部屋の中へ入ってくる観客席にいた一行。扉を壊しかねない勢いで入ってきたシンボリルドルフがその扉を放置していたので、外に会話が筒抜けになっていたようだ。姉妹の家族は流石にレース関係者でも学園関係者でもないので来られなかったようだが、それでも控室にはかなりの人数が入り込んできた。

 

「スタートワンさんもシンボリルドルフさんもお疲れ様でした。今回のレース、お二人のどちらが勝ってもおかしくないもので、見ていてとても熱くなりました!」

「ありがとうございます、桐生院トレーナー。まあ、実際は単なる圧勝劇でしたけどね」

「そう謙遜しなくていい。ルドルフがあれだけ楽しそうに走れたのは君のお陰だ。本当にありがとう」

 

 …そう言われたら、悪い気はしない。

 

「それにしても凄かったね、あの領域! どっちも滅茶苦茶だった!」

「ルドルフの方は前から知ってたけど、あの時感じた通り、やっぱりスタートワンちゃんも使えたのね」

「あの時は無意識に枷を緩めてしまったので、本当はあそこで使うつもりじゃなかったんですけどね……。というか、その言いぶりだと、あの時感じたものはやっぱりお二人のものだったんですね」

「まあね。アタシも流石にジュニア級の頃にこの精度のものを使う事は出来なかったけどね」

「二人とも、ちょっと成長が早過ぎるんじゃない?」

「ふふ、どうだろう。シンボリのウマ娘である私は兎も角、スタートワンの方はそうかも知れないね」

「どうでしょう。私も私で色々とありましたので、才覚に裏打ちされたシンボリルドルフさんの努力が実を結んだ結果と言えるのでは?」

 

 よもや前世から受け継いだ知識等で若干のズルをしているなどと説明は出来ないが、実際の話、シンボリルドルフは私の領域紛いとも違って、正真正銘己の世界をあれほどまで濃密に展開している。一度の生でここまで文武両道の結果を残している彼女の能力は本当にすごいものだ。

 

「あっ、色々と言えば!」

「な、なんですか急に」

「その勝負服! やっと見せてくれたと思ったら、なにそのデザイン!?」

「え…、へ、変ですか?」

「…変っていうか、なんか、だめ」

「なんかだめ!?」

 

 そんな決まらないデザインだったの!? 具体的な問題とか一切合切省いて!?

 な、なんかショックだ、やっぱり、アドバイス通り小物を付けておかないとダメだったかあ……、自分のセンスを全力で否定されると、結構響くんだな……。

 

 ハッピーミークのダメ出しに正直レースに負けた以上の衝撃を受けていると、苦笑いのマルゼンスキーが頬に手を当てて私の服に目を向ける。

 

「でも、そうね…。あ、デザインは悪くないのよ? 悪くないんだけど……、その手首と足首の、どう見てもブレスレットとかアンクレット……じゃ、ないわよね」

「えと…、まあ、ぱっと見だとそう見えるようには作ってもらったんですけど……」

「じゃ、違うってわけだ?」

「……そう、ですね」

 

 ミスターシービーのダメ押しに肯定せざるを得ない。多少の色付けはしているが、元々が全体的に地味な配色なので装飾よりも拘束具として見る方がどう見ても自然だ。

 

「んー、年頃の女の子の服としては、バッチシ…って言えないわよね、それじゃ」

「そうだな……、意匠そのものを否定するつもりは無いが、君の着るものとしては、少し考えてしまうかな」

「私が好きで選んだものなので、そう言われてしまうとちょっと困りますね……。これでも、結構考えたんですけど」

 

 若干私の想定より変わっている部分があるので、トレーナーやデザイナーの好みも少しは混ざっていると思うが、露出を増やすコンセプト上、多少の際どさが出ているのは確かだ。

 けれど、全体的なデザインそのものに私自身の好みが含まれている事は否定しない。普段はインナーで身体が締まった感じなので、こちらの方は拘束感が無くむしろ快適ですらある。インナーも快適ではあるのだけど、たまには身軽になりたいものなのだ。

 

「それが良いというのなら、私も無理に止めはしないよ。……ただ、スタートワン。君のその服、君自身が肌を見せるつもりで作ったのだったね?」

「え、なんでシンボリルドルフさん」

「それは私が、この間ね」

 

 ああ、そこの関係で聞いたのか。元々仲良いんだっ

 

「それで、だ」

 

 びくり、と。

 ようやく戻ってきた身体の熱が、その一言で急激に消失していく。

 

 何が起こったのか理解できていない混乱の中、直ぐ近くから聞こえてくる声が一つ。

 え、へ? え?? なにこの寒気?

 

「入学からのこの一年。ずっと君の事について聞いてこなかったわけだが」

「へっ、は、あ、の」

「いい加減に、君自身の口から聞かなければいけないとは思わないかい、スタートワン?」

「ひゃいっ」

 

 ぎょろりという音が聞こえそうな目が私を縫い付ける。直ぐ前で光っている薄紫の瞳。

 ああ、これが他馬を震え上がらせたという「ライオン」の眼光。別の理由で震えが止まらなくなってくる。

 こ、これは大変に不味い。

 

「あ、あのあの、シンボリルドルフさん。私の話なんてつまらないですし、これからライブの準備があって」

「なに、心配しなくていい。長い話をするつもりは無いよ――――君が正直に、全てを話してくれたらね」

 

 あ、これ逃げら

 

 

 

 

 

「なるほど……。君のその加減の苦手な性格は、以前からのものだったのか」

「そ…その、私は無理をしたわけでは」

「人は後遺症や痕の残る怪我をした時無理をしたというね、スタートワン」

「いや…えっと」

「それに、過去に経験がある事と今倒れるような事をしていいという論に関係性は無いはずだが……。スタートワン?」

「…………。」

 

 …は、反論出来ない。

 シンボリルドルフの咎める視線からすっと目を逸らす。集まった人たちも妥当だと言わんばかりの顔をしていて、尚の事居心地は悪い。

 

「スタートワンのトレーナー。彼女の事は止められなかったのか?」

「止めて聞くような柔軟な思考してるように見えるか? こいつが」

「……だが、お前は彼女からこの事を全部聞いていたんだろう? なら…」

「あのな。こいつは俺が契約を持ちかける前から自分の状態をちゃんと考えて、その上で自分がどうするかを決めてた。俺と会ってから決めたことも多少にはあるが、そりゃ今回の事とは別の事だけだ。こいつにゃもう梃も効かねえよ」

 

 トレーナーの言葉に、全員の視線が此方へ向く。此方もどんな顔をすればいいのか分からず、とりあえず苦笑いだけを浮かべた。

 

「当事者なんだからあんまり笑わないで欲しいな」

「……はい」

 

 冷たい笑顔のミスターシービーに速攻で沈められる。うう…本当に根掘り葉掘り言わされただけあって、対応が若干辛辣だ。

 

 強引に口を割らされたといえ、話せば話すほどトレーナー以外の全員の顔が暗くなっていったのが凄く印象に残っている。なんだったら(守秘前提の力なので流石にある程度でいいという前置きは入れてくれたが)、領域の概要を話した時の空気と言えば、我慢出来ずにこちらがギブアップを出してしまったくらいだ。

 

 事前に聞いていたはずの桐生院トレーナーが口許に手を当てながら絶句する。

 

「何をどう言えばいいのか分かりませんが……、その、ちゃんと身体を大事にしてくださいね?」

「一応、怪我も病気もしたことは無いんですよ? 火事が例外なだけであって…」

「領域は別みたいに考えちゃだめだからね」

「いや、あの、私の切り札なんですが」

「スワちゃん、それは切り札じゃないよ、自爆スイッチだよ」

 

 それはもう私の戦い方全否定なんだけど。

 

「……無茶は、いけない」

「だから、時間をかければ必ず元に戻せる程度には影響はないんですって……もう、トレーナーさん、援護してくださいよ」

「言ったろ? 苦労すんのはお前だってよ」

 

 それこの状況に対する警告だったのか? 明らかに違わないだろうか?

 ほんともう……、確かに説明が必要になる事は覚悟していたけど、こういう方向であれこれ話すなんて想定外だ。

 

「……スタートワン」

「んー、なんです……っ。なんでしょう?」

 

 トレーナーの悟ったような穏やかな顔に渋い顔を返していると、シンボリルドルフが改めて私の名前を呼ぶ。

 また何か説教を言われるのかと思ったが、真剣な眼差しに射貫かれ、思わず表情を戻した。

 

 彼女は全員を代表するように、私から視線を逸らさない。

 

「君自身が考えた上での行動だという事は、私達もわかっている。だから、絶対に着るなとも、使うなとも言わない。……だが、それを選ぶ事を、もっと躊躇って欲しかったし……、せめて相談くらい、してほしかった」

「……。」

「私達は……私は、君の目にはそこまで信用の出来ない相手に見えたのか?」

 

 ……私の身を案じる心配だけでなく、これまで培ってきた関係を無視した行いに対する傷心。例え一年に満たない付き合いでも、彼女なりに、私を友人として思ってくれている事が分かる言葉だからこそ、目を合わせるのが辛くなった。

 彼女達の優しさが、思っていたよりもずっと重く胸にのしかかる。

 

「……何も言わず、説明も相談もしなかったことは謝ります。すみませんでした。……ですが、説明すれば、どう考えても私の事を心配する。皆さんは優しい人ですから、きっと私の事を尊重してくれるでしょう」

 

 この世界の人間は、元の世界と比べ気質そのものが穏やかだ。相手を慮り、互いにとって丁度いい関係を作ろうとしてくれる。

 きっと私が入学直後に全てを話したとしても、彼女達はそれを受け入れ、そして親身になって私の選択を後押ししてくれただろう。

 

「それじゃあ、駄目なんです」

「…、なぜ?」

「私が決めなければいけないことだけは、誰かに任せたくなかった。……我儘だと言われようと、その選択をする事だけは、私自身が許せなかった」

 

 握り締めた手に合わせるように、枷がぎしりと音を立てる。

 

 『ウマ娘プリティーダービー』を通じて、私は彼女達の人となりを既に知っている。知っているからこそ、私は関わる事が自分にとって利になると思った。

 存在を知ったことも、出会ったことも偶然だが、それでも前提の知識があるからこそ交流を続けたことは事実だ。言うなれば、私はずっと彼女達を利用しながら、レースに向けた己の利を優先して過ごしていた。

 

 だから、同時にレースの中で自分が不利になる選択も外さなかった。

 この身体をどれだけ恐れられようとも。

 湧き出す恐怖にどれだけ苛まれようとも。

 例え、これから先の未来で、絶対の勝者の前に永遠に這い蹲ろうとも。

 

「私みたいなウマ娘にも、それなりのプライドがあるんです」

 

 別世界から受け継いだ魂を胸に、たった一度の生を全力で生きている彼女達に。

 二度目の生を受け、全てを理解している上で利用し続ける卑怯な私が出来る、せめてもの償いだ。

 

 

「……そう、か」

 

 私の意思を聞いて、シンボリルドルフは小さく嘆息する。此方の意思がもう変えられない事を悟ったのだろう。周りの皆も、どこか納得したような顔をしている。

 

「前々から思っていたが、君は意外と頑固なんだな」

「そういうシンボリルドルフさんは、思ったより砕けたところも多いんですね」

「ふふっ、そうかい?」

「そうじゃなきゃ、私にここまで目をかけてくれませんよ」

「……今度から、そのあまり自分を卑下するのもやめるようにしようか」

 

 そこまでかな。私は結構プライドが高い方だぞ?

 

 

 

 ステージ裏に居るというのに、表から聞こえてくる歓声が全身を震わせる。今まで行われていたライブで暖まり続けた会場が、これから始まる演目を待つ興奮によって最高潮に達しかけていた。

 私の隣で静かにその時を待つシンボリルドルフが、此方を見て頷く。

 

「準備はいいな?」

「ええ、いつでも」

 

 今日の全レースの最後を飾ったホープフルステークス。

 そのウイニングライブである『ENDLESS DREAM!!』の主役が、いの一番にステージへと飛び出した。それに合わせ、私をはじめとする出走者達が続く。

 

 私達の登場に合わせて、歓声は一気に跳ね上がった。今までのウイニングライブとは比べられない程の大きさ。これが、G1に出るという事、G1に勝つという事…! まあ、今回の主役は私ではなく、主役を引き立てる側なのだが。

 

「…………!」

 

 曲が始まるまでのほんの僅かな時間に、私の目は観客席の前方で四人を見つけ出す。私の方を見ながら、嬉しそうにペンライトを振る家族の姿を見て、嬉しさと少しの申し訳なさを覚えた。

 ……いや、そんなものを気にしている暇はない。私が今からしなければいけないことは。

 

「さあ、行くぞっ!」

 

 彼女達の為にも、このライブを盛り上げる事だ!

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