G1目指して頑張ります   作:あかし/さんさい

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レース描写でいろいろ気になる事があったので、急遽こんな話を入れています。
本世界ではこういう描写が度々出てくるという説明回でもあります。


Exhibition Race1:戦い方

 ちょっと意外かもしれないが、私は模擬レースなどで対戦を望まれる事が多い。

 

 トゥインクル・シリーズでのそこそこの活躍や、一応はチームの旗振役をしている分目につきやすいというのもあるのだが、それ以外の点では、やはりシンボリルドルフの影響が大きいだろう。

 彼女と鎬を削った同期の代表として。また前後の世代の中でもマルゼンスキーやハッピーミークに並んで有名で、取っつき易く、そして御しやすい。

 ある意味では、自分の能力を誇示する上での広告塔になってもらいやすい立ち位置なのだろう。

 

「というわけで、だ。是非ともよろしく頼むよ」

「……せめて、当日までに説明はして欲しい所だったのですが」

「何がだい?」

 

 しれっとした。それでいて不思議そうに首を傾げる栗毛のウマ娘。結晶……厳密には何かの構造式を思わせる耳飾りがからんと揺れる。

 

「以前からそうではありますけど。実験をするというから手を貸す約束をしましたが、模擬レースをするとまで聞いていません。しかも私だけじゃなく他の人まで巻き込むとは」

「す、すみません! でも、アタシが走りたいって無理を言ってタキオンさんに……」

「わ、私もその、タキオンさんからスタートワンさんの走りを間近で見られるとお聞きしてつい……す、すみません……!」

「……いえ、お二人と走る事が嫌と言うわけでは無いんですよ?」

 

 彼女と同じ栗毛の髪、大きく二房に纏められた髪はまごう事なきツインテール。青い髪飾りと額のティアラは、堂々とした立ち姿をより映えさせている。そんな彼女の隣には桃色の髪に大きな赤色のリボンを結んだ小柄なウマ娘。二人揃って頭を下げられると此方も咎めにくい。

 

「私が聞いていた予定では、私とアグネスタキオンさんとの二人での併走だった筈です。しかし、ダイワスカーレットさんとアグネスデジタルさんのお二人の当日参加までは聞いていなかったので少し戸惑っていまして」

「ああ、なにせ決まったのは昨日の事だからね。申請にはモルモ……んん。トレーナー君にもちょっと無理をしてもらったよ」

「そんな無理くり予定を組んだんですか……」

 

 アプリに触れていた頃からそういう強引な手腕は知っていたけれど、実際にそれをされると中々思う所はある。シンボリルドルフも手を焼いているだけはあるな。

 

 しかし、この二人を含めた四人での模擬レースか。面白い事になるというのは私も分かるけれど、さて、どうなる事か。

 

 

 提案された距離は1600。マイルの中でも特に平均的な長さ。私含む四人の走行可能距離でもあり、また特に急遽参加の二人は勝利したG1の距離だ。

 元々予定していた距離だったと言え、二人も問題無く走れるからこそアグネスタキオンも二人の参加を許可したのだろう。

 

 ストレッチをしながら自身のトレーナーと話すダイワスカーレットとアグネスデジタルを眺めつつ。私達は計測用の装置一式を手に話し合う互いのトレーナーの声を聞きながら今日の予定を詰める。

 

「しかし、良かったんですか? あなた自身が許可を出したとしても、実験に必要なデータ集めがしにくくなるのでは」

「構わないさ。二人のデータもあるに越したことは無い、君と併せて集められるなら一石二鳥じゃないか」

「ならいいですが……今日は何時もの併走とは違い計測が難しいのでしょう?」

「だからこそだよ」

「だからこそ?」

 

 ちらと見た彼女の瞳が、鈍い光を放つ。

 

「領域なんて初めから計測不可能の力。君たち三人のデータは十分に集めている。ならばこのレースで出てきた不規則な数字を元々計っている数字に当てはめればいい」

「……」

「四人分も一気に集まるんだ。最高じゃないか!」

 

 にこにことしているだけなら可愛らしいものだが、その笑みはどちらかというと濁りに近いものも内包している。まあ、彼女のトレーナーを含め協力者が複数いるお陰で学園で問題行動を起こさない程度に抑え込めている分、まだましなものか。

 

「お手柔らかにお願いしますね」

「勿論さ」

 

 

『さあ、本日の模擬レースは四人によるマイルレース! 参加者こそ少数ですが、レベルはG1クラス! 本日の出走者を紹介しましょう! まずは桜花賞を始め数々のG1を勝利した――』

 

 実況と観客達の歓声を頭から外し、今回の出走者達に意識を向ける。

 

「ダイワスカーレットさん、改めて、本日はよろしくお願いしますね」

「はい! よろしくお願いしますね!」

 

 まずダイワスカーレット。彼女の戦法は学園の優等生なその姿に見合う、しかし恵まれた肉体による暴力的なまでの力技。先頭を維持し、最後まで押し潰す。一番で居続けるという事に対する驚異的なまでの執着と、それを可能とする才能があってこその能力の高さは間違いなくこのレースの優勝候補だ。

 私相手には優等生の仮面をつけているのは、一応は表の場という事もあるのだけど、そもそも比較的関係が薄いから何時もこんな感じなので、何時か砕けた普段の姿を見せて欲しいとも思う。

 

「アグネスデジタルさん、本日はよろしくお願いします」

「ひ、ひゃいっ! すすす、スタートワンさんと一緒に走れる光栄! 一生モノにします!」

「言ってくだされば何時でも走りますよ……?」

「そ、そんな恐れ多い……!」

 

 二人目のアグネスデジタル。筋金入りのウマ娘オタクというキャラクターで誤魔化されているが、その実力は学園でも桁が一つ違う。ターフ、ダート、日本、海外、先行、後方。どんな場所だろうと、どんな状況だろうと必ず安定した走りが出来る能力は最早才能だけでどうこうという段階を越えている。私と同じ後方策を取られた場合、鍛え挙げられた末脚は未だ私でも追いつけない。

 私もウマ娘という敬意の対象故に謙遜が強いが、彼女も何時か普通に接する事が出来ればいいと思う。あとあんまりぺこぺこと頭を下げなくていいのだけど……。

 

「アグネスタキオンさんも、今日はよろしくお願いしますね」

「ふふ、そうだねぇ…。」

 

 視線を切り、残る一人へ。

 このレースを設定したアグネスタキオンは、正直未知数と脅威の重ね合わせだ。

 純粋なポテンシャルの高さはマルゼンスキー同様。けれど楽しく走るという目的だったそれとは違い、此方の走りは己の限界を、その限界の更に先を行くためのものだ。身体を保たせるための知略と制限を止め、ただ走るために走る事を選んだ瞬間、彼女の足は私達全員を一瞬で越えていく事だろう。

 三人の中では一番交友のある相手ではあるけれど、普段からそこまで腹を割って話すような事が無い分、薄っすらとした距離はある。ここから友人として仲良くなれればいいのだけど。

 

 ちらと観客席へ視線を向けると、わっと響く歓声に少し戸惑う。見ている限り空きはかなり少なく、スタンド席にさえ結構な人数が集まっている。下手をすると重賞にも十分逼迫するレベルじゃあないだろうか。出走者が軒並みG1クラスではあるが、一応は模擬レースだぞ。

 

 そんなことを考えていると、見覚えのある顔が目に入る。彼もこちらに気付き、にやりと笑みを浮かべた。さっきまで近くに居たはずなのに、何時の間に。

 

 ここからじゃ声は届かないが、何かを伝えようとその口が動く。

 

「…………まったく」

 

 伝えられた言葉は一つ。

 それに応えるべく、私は枷の緩みを確認した。

 

 

 準備されたゲートに四人で並び入っていく。学園の基本コースは比較的起伏が少なく、入学直後の生徒でも最低限完走出来るようになっている。しかしそれはあくまで走る事だけを想定した場合。今回は対戦である以上、誰よりも速く、それでいて有利な展開を作る事を考えながら走らなければいけない。

 

『さあ、本日の出走者四人がゲートへ入りました! 今回はマイルレース、スピードだけでなく駆け引きへの強さも鍵となります!』

『単純に考えればマイルG1を勝ちに持つダイワスカーレット、アグネスデジタルのどちらかと考えられますが、マイルレースの勝利はスタートワンも同じ。唯一同距離の出走経験が無いアグネスタキオンも未知数といえ、その実力は申し分ありません』

『果たして勝者は誰になるのか! ―――スタートです!』

 

 がこんと響いた扉の音に合わせ、瞬間的に前へ飛び出す。少し遅れて走り出す三つの足音。

 足を緩めると大きく長い栗毛と短い栗毛がほぼ同時のタイミングで私の横を過ぎ、少し遅れて栗毛…というより桃色の髪が私のすぐ前を行く。

 

「へ、えへへ…! す、スタートワンさんと一緒に走って……! しかも前にはダイワスカーレットさんとタキオンしゃん……!」

「あら……」

 

 若干テンションが上がっている声が聞こえてくる。彼女の性格上、手を抜く事は無いとは思うが……ちょっと舞い上がっているな。仕方ない、発破をかけておこう。

 

「アグネスデジタルさん」

「ひ、ひゃいっ!?」

「この勝負、期待しています」

「―――――!!!??」

 

 声と形容していいのか分からないが、前方から声が上がる。推しの一人に激励されれば、彼女もきっと出し惜しみはしない。

 

 さて、そんな事をしている間にも第一コーナーを回る。順番は変わらずダイワスカーレットが先行、一バ身離れてアグネスタキオン、更に一バ身後方にアグネスデジタル、そして一バ身半遅れて私だ。

 互いに睨み合いが続いている状態だが、残りは決して長くない。ここから誰がどう出るかによって展開はかなり変わってくる。

 

「……っ!」

 

 先頭のダイワスカーレットが一瞬後ろを見て、僅かに身じろぐ。焦り……いや、動揺か? 想定より距離が離せていない、とかだろう。

 それを受けてアグネスタキオンが少し強く踏み込む。より動揺を誘っている……にしては、前方を狙うような動きには見えない。私と同じ、声の代わりの激励といったところか。

 残るアグネスデジタルはテンションと裏腹にその走りは黙して語らず。私の眼前にも関わらず影を薄くし、息をひそめているようだ。今回差しを選んだために終盤の直線、末脚勝負に狙いを定めているのかもしれない。

 

 じりじりと位置の変動もなく中盤を終え、後半戦へ進む。最早誰が耐え切れず加速するかの我慢比べの様相を呈してきたところで、地面を蹴り上げる大きな軋みが前方から聞こえてきた。

 

 視界の端から脳の内へと、映像が流れ込む。

 

「優雅に、とはいかないけど―――ッ」

 

“赤く乱れ舞う薔薇の花弁。

中心に立つ少女の青の輝きが、二つの色を引き立て、踊る。

それは苛烈な衝動。

それは鮮烈な知略。

 

『ブリリアント・レッドエース』

 

求めるように天へ伸び、そして開かれる手。

それはずっとずっと、何よりも欲しいもの。”

 

「――勝たせてもらうわっ!」

 

 ぐんと突き放される。その力は私達の中で一番未熟だが、その分強烈な勢いを持って場を変えていく。

 

 最初の領域の使用はダイワスカーレット。彼女の力は前方に位置取ってさえいれば容易に発動出来る。とはいえ少しタイミングが早い、前残りを選んだようだ。

 

 

 ぐんぐんと速度を上げる彼女に三人揃って追随する。私やアグネスデジタルは問題無いが、アグネスタキオンは少し苦しそうだ。確かアプリにおける彼女のマイル適正は決して高くない。距離の短さに調子を狂わされているのだろう。

 

 追い抜くかという瞬間、ちらとその横顔が見え。

 

「ふふ、それでこそだよ」

 

 額に汗を浮かべた、やや荒い息遣い。

 けれど困った様子はなく、笑っている。

 

「さあ、可能性を――」

 

 深い呼吸音、そして僅かに軽くなった足音。

 

 

“青い軌跡を描きながら、虚空に書きなぐられる数式。

自身の周りを漂う無数の思考を、澱んでいた筈の瞳が純真のままに写し込む。

 

出し続ける答えは過程だ。

その先にあるものが希望(こたえ)だ。

 

『U=ma2』

 

書き上げた公式。

この生が見つけ出した、単純で、最も美しい公式が完成した。”

 

「――導き出そうッ!」

 

 アグネスタキオンの顔から苦しそうな表情が消え、追い抜きかけた私を再度追い抜き返していく。

 二人目の領域は彼女か。削った体力を持ち直した分、余力を更なる加速に費やせるようになったらしい。ちょっと羨ましい。

 

 最終コーナーを最初に抜けたのはやはりダイワスカーレット。直後にアグネスタキオンが通り、私とアグネスデジタルがほぼ同時に続く。

 残るは直線。中山程短くは無いが、東京程長くもない。

 

 使うならばそろそろだろう。枷の状態を確認し、そして緩める。

 

「さあ、走りましょう?」

 

 

『EXECUTE→Don't Stop RUN』

 

 

 世界が流転する。

 きらきらと輝く思い(領域)が、まっくらな炎の髑髏に燃やし尽くされていく。

 

「なに、これ……っ」

「っ、ふふ…。これは、きついねえ……!」

 

 追い抜く直前、ちらと横顔を見る。

 拭えない恐怖を張り付けるダイワスカーレットと、かろうじて好奇心が勝った強張った顔のアグネスタキオン。今頃は揃って自身に向けられた銃口をどう制そうかと思考を巡らせているのだろう。

 

 レースには、私の方が一日の長がある。領域の使い方にも経験がある。だからこそ二人の領域(本気)を上回った。

 しかしその結果が、急激に速度を上げ、そして落ちてくる二人を押しのけるように前へ出る構図。

 

 それはまるで、彼女達の未来を奪っているかのようで。

 胸を締め付ける痛みを、勝負だからと誤魔化す。

 

 

 最終直線をたった一人突き進む。ここから先彼女達が私に追いつかない限り、このレースに勝つのは私だ。

 

 後続の音を意識すると、大きく駆け上がる音はしない。少なくとも領域を対処された二人はこれ以上追随出来ないでいるようだ。

 そして残る一人だが――っ!

 

「も、もうガマンできません………!! あっちも、こっちも、そっちもエモエモのエモ!」

 

 後方から響く音が急激に大きく変わっていく。地鳴りかとさえ思えるそれは、爆発した感情のままに行われる足運び。

 

「全部、ぜぇんぶしゅきしゅきぃぃいいいっ!!」

「えっ……!?」

「はははっ……相変わらずの暴走だねぇ…!」

 

 

“ああっ、これは入学直後の! こっちは食堂へ行った時の!

これはレース直前のウマ娘ちゃん達! しかもレース中のガチ恋距離まで! いやぁ、最高ですなあ!

 

これはもう数多の言葉にするだけでは足りません! 少しでも早く絵にして、本にして、世に知らしめなければっ!

 

 

『尊み☆ラストスパ―(゚∀゚)―ト!』

 

新刊今から、超特急で作りまあぁーすっ!!

 

 

 

あ、皆さん進捗どうですか?”

 

 

「萌えパワーチャージっ、フルマックスゥッ!!」

 

 

 爆走するアグネスデジタルが、燃え上がるような闘志(……でいいのだろうか?)を纏いながら私を追い抜こうとする。末脚としてはここに居る中で一番だ。

 

 ……というか、領域凄いなこれ。完成度もさることながら、なんかもう、下手すれば私もちょっと飲み込まれそうだ。

 感情の奔流をそのまま形にしているというか、揺らぎやすい分バカでかい出力で完成度を補っている感じがある。これもある意味才能、か。

 

 

 ゴール板もはっきり見えてきたという所で、ついに並ばれる。一応は私も全力、しかも領域だって発動したままだ。なのだが、このままならアグネスデジタルの加速に負ける。流石に無理をしないと、ちょっときついな。

 さて、少し頑張ろうか。

 

「これでも、先輩として」

「はへっ?」

 

 緩めた分が真横に居たアグネスデジタルへ向かう。無造作に撒き散らすのではただの攻撃。

 

「――負けたくないんですよね」

 

 一気に枷を絞り、ほんの隙間。ぱちんとひびくのは、まるで指を鳴らしたかのような軽すぎる破裂音。それで十分。それが最高。

 炎の幻覚は針孔に糸を通すように、彼女の目だけを射止める。

 

「!!??」

 

 足が緩んだその瞬間を狙い、残る距離を一気に走り抜ける。

 僅かな間だけ放心したように走っていたアグネスデジタルが直ぐに復帰し慌てて勢いを強めるが、そのタイミングは既に致命的な遅さだ。

 

 私の身体は既に、その境界線を越えている。

 

 

『スタートワンがゴールッ! 並み居るG1ウマ娘を押しのけ、模擬レースを制したのはスタートワンだ! やはり“皇帝”のライバルは強かったぁ!』

 

 実況の決着を告げる声に盛り上がる観衆を尻目に、ゴール板を越えてから少しずつ速度を落とし、その場に座り込む。

 荒れた呼吸と痛む胸を抑え、だらだらと流れる額の汗を拭う。かたかたと震える身体を無理矢理抑え込み、なんでもないように見せる。

 

「はっ、はっ、はっ……はあっ……!」

「くくっ……。勝者には見えない程に憔悴しているねえ…」

「……マイル、と言えど、今も、負担は、変わらない、ですからね……」

「みたいだねぇ。……ふう。私も、少し堪えたね。手を貸そうかい?」

「いえ、少し、待ってくだされば……」

 

 立てはしないものの、アグネスタキオンと会話をしながら周囲に視線を向けるだけの事は出来る。昔と比べれば遥かに丈夫になったものだ。

 

 残っている余裕で、周囲の様子を確認する。

 

「…………っ!」

 

 膝に手を当て呼吸を整えるダイワスカーレットは、ぎりと音が聞こえそうなほどに歯を食いしばる。掲示板を見る限り今回のレースはアグネスタキオンとほぼ同時の三着。仮にもトゥインクル・シリーズで輝かしい成績を残したウマ娘としては、幾ら経験豊富な先輩相手でも悔しいと見える。その根性だけなら既に私達の中でも最上位だろう。

 

「え、えへへ……うえへへへへ……! 流し目と同時の領域…! しかもほんの一瞬、あたしにだけ丁寧に調整した一撃…! さ、最高でしたぁ!」

 

 一方のアグネスデジタルは……うん。色々と凄い根性だ。私に少し遅れての二着というのもあるだろうが、あの状況を恐怖では無く私の印象だけ残して評せるのは下手な精神構造を越えている。

 

 さて、レースもこれで終わり。ここからは勝利後の一段落と行こう。

 

 ゆっくりと起き上がり、まずは近場のアグネスタキオンに。同じように息を整えた彼女が腕を組みにやりと笑みを浮かべる。一応今回のレースでは最下位だったといえ、本懐はこのレースのデータを収集する事そのものだ。走って体感したものと実際の数値を見比べる予定がこの後待っている分、気を沈めている時間は無いらしい。

 

「有用な、データは、取れましたか?」

「勿論さ。今度集めたデータの検証をするつもりだ、来てくれるととても助かるのだけども…?」

「アドバイス、保証は、出来ません。それでも、あなたが、望むなら」

「ううん、そう言ってくれると有難いねえ」

 

 ふむとアプリでよく見た腕を組む姿に薄い懐かしさを覚えつつ、今度の予定を擦り合わせる。彼女の研究は今や領域と言う曖昧な世界にも達している。その研究に役立てるなら今回の気道の痛みも我慢した甲斐があるというものだ。

 

 

 次にアグネスデジタル。記憶でさえ尊みを感じているらしく瞑目し合掌しているところに近付いたのだが、直ぐに気付いて此方を見る。まだ歓声などで煩い筈だけど、どうやって気配を感じているのだろう。

 

「す、スタートワンさん、今回はありがとうございました! 実に眼福でした!」

「え、ええ。喜んで、もらえたなら、何よりです。あなたの走り、見事でした」

「そそ、そんな恐れ多い! 私なんてまだまだ……!」

「過ぎた謙遜、は、嫌味にも、なります。気を付け、ましょう」

 

 アプリを基準にもしている分才能ありきの世界でないのは事実だが、才能が大きな影響を与えているのも事実。彼女の能力は間違いなく誇るべきものだ。

 

「今度、シンボリルドルフ、さん達、紹介します。また、一緒に、走りましょう?」

「――はへっ?」

「良き戦いに、良き評価を。あなたを、成長させる、方を、紹介、します」

「……………えっ? えっ?」

 

 言葉の意味を理解出来ていない様子なので理解が出来るまで放置とし、残るダイワスカーレットへ近付く。

 私と同じく息を切らしている彼女は、少しだけ視線を上へ向け、極めて僅かな瞬間だけ眉を顰める。

 

「お疲れ、さま、です。良い、走り、でした」

「……ありがとうございます」

 

 嬉しそうに。けれど無理をして張り付けた事が分かる笑みを浮かべ、あくまで優等生の仮面をつけるダイワスカーレット。しかしぐっと逸らされる耳に隠し切れない感情が見える。

 

 アグネスタキオンは今度の予定を。アグネスデジタルは新たな供給を。

 彼女に必要なのは、さて。

 

「選択は、二つ。あります」

「……二つ、ですか?」

「ここで止まるか、このまま進むか。あなたは、どちらを、取りますか?」

 

 今後も私と走るか、それとも今の関係で進むか。言葉は敢えて端折っているが、意味が通じている事は様子から察せられた。

 手は――差し出さない。行動の強制にはならない程度にする。

 

 数拍私を見つめていたダイワスカーレットは、迷ったように視線を巡らせる。ただでさえ感情の揺らいでいる現状、いきなり示された事を飲み込むのは時間がかかるだろう。

 その視線が少しの間、何処かに縫い留められる。そこに居るだろう人物と、会話なく言葉を交わし。

 そして、私へ再度目が戻ってくる。その目につい口がにやけてしまうのが自覚出来た。

 

「トレーナーさんと、話をさせてください。必ず、答えを出します」

「……期限は、決めません。存分に、話し合って、くださいね?」

 

 レース前から分かっていたが、このコンビは既に悪くない関係が構築出来ているようだ。

 

 

 

 最後に、観客席で此方を見つめる男と視線を交わす。

 

「――――――」

 

 やっぱり歓声は声を掻き消すようで、彼の声自体は一言も聞こえない。

 だが口の動きと経験が、その言葉を確かに私の頭に並べていく。

 

「…まったく、よく言う」

 

 ええ、あなたの相棒がちゃんと勝ちましたよ。

 

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