「お茶です。ちょっと熱めにしてあるので気を付けてくださいね」
「悪ィな」
彼の作業机にコップを置き、備え付けのソファに座る。学園の校舎内なのでトレーナー室も暖房は効いているが、流石に少し肌寒さがインナーを越えて伝わってくるのを感じる。
「もう年末ですね」
「流石に寒いわけだ。気付けばあっという間に時間が進んじまうな」
「今年は大分面白い面々がクラシックを駆け抜けましたが、来年度はどんな人が名乗りを上げるのやら」
「お前はどう思う?」
「そうですねえ…。流石に身内贔屓はありますが、チームの子には一つくらい勝ってほしいですよね」
「その言いぶりだと、来年は厳しそうな言い方だな」
「そんなの、あなたの方がよく分かってるんじゃないですか?」
「まあ、そうだな……」
そう言って二人でお茶を啜る。彼も口にはしなかったが、私の意図を理解しているからこその曖昧な返事だ。
今年も粒揃いと言って良いウマ娘達がクラシックで大活躍を見せたのだが、同時にジュニア級ではとんでもない大激突が起こっていた。あの頃をして「シンボリルドルフのホープフル以来の濃密な激戦と圧勝が、四つ同時に起こっていた」とまで言われていると伝えれば、それがどれほどのものだったか大体の人は察する事が出来るほどだ。
「来年の主役は、ほぼ間違いなくあの六人ですね」
「そうだな…。あれで全員がトレーナーの初担当ってのが、意味の分からんところだ」
「去年入った新人のトレーナーさん、全員があの子達それぞれに着きましたからね。今年の確変枠なんて騒がれてましたよ」
「来年の確変枠五人も既に噂されまくってて、逆に縮こまってたな」
そう、ほぼ毎年のように元の世界で実装されたウマ娘が入学しては、その度に新人のトレーナーが担当しそして学園に残ってG1を荒らし続けているという、アプリ版以上の魔窟と化してしまったG1戦線を形作るこの世界でも。その中でも特に滅茶苦茶な混沌を生み出す六人組が、ついに入学してしまったのである。
当初は私一人だったトレーナーの担当も今やかなりの人数が加入し、学園でも有数のチームとして頂点を目指す立場になっている。にも拘わらず、その全員よりも彼女達一人ひとりの方が純粋な能力は上だと宣言していい。下手をすれば、シンボリルドルフと鎬を削りあい能力の研ぎ澄まされた私でさえ、隙を見せれば危うい結果になりかねないような子達だ。
そんな私達の天敵になりうる今年の入学者六人――そう、通称お
「エゥルルルルコンドォルッ、パサーッ!! エントリィーッ、デースっ!!」
「「ンッ、ブフッ!?」」
「ちょっ、エルちゃん!」
「こらエルっ、他所様のトレーナー室に入るときにそんな事をしては……ああっ、もう遅かった!?」
熱、痛、あつっ! ちょ、不味ッ、ホントにヤバイトコ入っちゃった…!?
「ごほっ、げほっげほっ!? なんっ、いっ……!?」
「うわあっ、大惨事だ!」
「あーらら。もしかして、やっちゃった?」
「ん、んっ、げっ、が、はっ……!?」
「言ってる場合じゃないでしょ! だ、大丈夫ですか!?」
「えーるぅ~?」
「ケっ!? え、エルは扉を開けただけデース!?」
な、なんでもいいから、こ、呼吸が……!
「すみません、皆さんのおかげで助かりました」
十分程気道の確保に時間を貰った後、改めて感謝を述べる。喉の調子は私にとって常に死活問題なので、周りに人がいたタイミングだったのは助かった。
「いえいえ! その、私達がいきなり扉を開けたのが悪いので!」
「その節は本当に、エルがすみませんでした……。ほら、エルも」
「うう~…。エルは…、そのぉ~…」
「えーるぅ?」
「……ご、ごめんなさいデス…」
「構いませんよ。トレーナーさんもいいですよね?」
「…まあ、今回は許そう。次やってきたらその時は考えがある」
「トレーナーさん。おどかさない」
静かに彼を窘めながら、改めて部屋の中へ入ってきた子達を見る。来客用の机を囲うように集まった四人と、真っ先にソファへ飛び込んだ一人、そして先のせいで床の上に(一応備品の座布団の上ではあるが)正座をさせられている一人。
特徴や性格だけで言えばてんでバラバラに関わらず、同期と言う事もありなぜか非常に仲の良い六人組。
この学園に既に入学している先達の例に漏れず、元の世界から魂を受け継いだ六人は、彼らと縁のない私のいるトレーナー室へ足を運び、そして今目の前に座っている。
……いや、厳密には二人ほど、完全に縁が無いとまでは言えないのだけども。
額に小さな白い星を持つ、淑やかで鋭い目をした青い耳飾りのウマ娘と、ひどく見覚えのある三日月のような流星を持つ、元気そうで少し空元気が伺える羽型の髪飾りのウマ娘に目を向ける。
「グラスワンダーさんとツルマルツヨシさんのお二人は、久しぶりになりますね。入学直後以来でしょうか?」
「はい。あの後もお会いになりたかったのですが、中々会う機会が無く…すみません」
「その…私はあの後直ぐに入院しちゃって…。退院してからも直ぐにトゥインクル・シリーズが始まっちゃって、全然会えなくて……その、すみません」
「お二人とも一年目ですからね。馴染み薄い寮での生活もある分、簡単には会う事も難しいでしょう。気にしていませんよ。…そして、あなた達はこれが初対面ですね。知っているとは思いますが、まずは自己紹介から入りましょうか。スタートワンと申します。こちらは私のトレーナーさんです。どうぞよろしく」
軽く自己紹介をして一礼をすると、最初に反応したのは白い編み込みを鉢巻のように後ろへ結んだ、どこか垢抜けなさの残るウマ娘。
「は、はい! スペシャルウィークですっ! 今日はよろしくお願いします!」
「何をどう、というのは後で聞きましょうか。ええ、よろしくお願いしますね」
次に名乗ったのはこの中だと一人だけの葦毛。真っ先にソファの一つを占拠した人物でもある、呑気にみせてつぶさに周囲を確認する目の動きが隠せていないウマ娘。
「あ、じゃあ早めに私も。セイウンスカイでーす。よろしく~」
「ええ。それと、ソファに座るのであればそちらのほうがいいと思いますよ。普段使わない方なのでまだ柔らかさが強いはずです」
「本当? じゃあそっちにしまーす」
「ちょ、スカイさんホントにそっちに……ああ、まあいいわ……」
速攻で立ち上がった様子に突っ込みを入れ、そこから諦めて此方へ向き直したのは、品の良さと同時になぜか苦労性な空気を纏う青いカバーのウマ娘。
「私はキングヘイロー。これから幾つもの勝利と栄光を重ねる、一流のウマ娘よ。今日はよろしくお願いするわね」
「ええ、その雄姿と大言壮語、是非見させていただきましょう。それと、先ほどは真っ先に背を摩ってくれてありがとうございました」
「ええ、そのくらい構わないわよ。そしてさっきの事も気にしなくていいわ」
すっと誇らしそうに胸を張る様子に微笑ましさを覚えながらも、最後の一人を見る。
最初に大声を出しながら扉を全開にした、目元を隠すマスク姿の今はちょっと元気が無いウマ娘は、私の視線に一瞬肩を震わせた。
「その…、エルは、エルコンドルパサー、デス…。さっきは、その……スミマセンデシタ…」
「今回はあくまで飲み物を口に含んでいたタイミングの悪さが原因なので、私もこれ以上は咎めません。……そろそろ足の方も限界みたいですから、椅子に座り直しましょうか。皆さんもそれでいいですね?」
「……仕方ありませんね…」
「あ、ありがとうデース、グラァス……!」
足をぷるぷると震えさせながら半泣きになっている様子は、正直かわいそうだがちょっと可愛らしかったのは秘密にしておく。
改めて全員が椅子に(一人だけソファという構図は変わっていないが)座り直したことで、今一度状況の確認に入る。
「それで……今回は何故この部屋に来たのでしょうか? “黄金世代”さん達?」
1995年に誕生し、1998年にクラシック路線へ出走。それぞれがG1を獲得、或いはそれに劣らない成績を残していった、近代競馬の中でも特に人気の高い競走馬。
日本ダービー勝者にして、ジャパンカップでは凱旋門賞馬モンジューを下した『日本総大将』スペシャルウィーク。
そのスペシャルウィークからクラシックの二冠を勝ち取った、意表を衝く戦法で相手を翻弄する『トリックスター』セイウンスカイ。
桁違いの実力でモンジューと凱旋門賞にて激戦を繰り広げた、日本で最も速く最高峰に近付づいた『怪鳥』エルコンドルパサー。
かの“怪物”の再来と言われながらも度重なる怪我に悩まされ、それでもその底力を世に轟かせた『不死鳥』グラスワンダー。
鳴り物入りと言われながらも成果を出せず、模索と迷走を繰り返しながら、最後の最後に栄冠へ手を届かせた『不屈の王』キングヘイロー。
あの“皇帝”の秘蔵っ子、体の弱さに苛まれながらも地道に勝利を重ね、幾多の激戦を懸命に戦い抜いた『秘密兵器』ツルマルツヨシ。
彼らの現身達は入学直後から抜きん出た実力で学園を沸かせ、更にトゥインクル・シリーズに名乗りを上げてからは互いに競い合うように己を磨き上げる姿は、六人を指して既に『黄金世代』と呼ばれるほどの目覚ましい活躍を残している。
「そ、そんな! 黄金世代なんて…!」
「いやぁ~、なんか恥ずかしいですね、私なんかがそんなのの一員だなんて」
「そうですか?六人揃ってジュニアG1を総ざらいしたあなた達にこそ、相応しい呼び名だと思いますが」
「ふふん。当然よ! このキングに相応しいだなんて、あなたは良くわかってるわね!」
「でもキングちゃん、ホープフルだと二着だったんじゃ……」
「なっ…、ま、まだジュニア級だから! ツヨシさんと同じG1ウマ娘になるのは来年、来年からよっ!」
するりと突っ込みを入れられ慌てて返すキングヘイロー。
そう、過去の通りに動いているようで動いていないこの世界。なんとジュニアG1で六人は頭角を露わすどころか、六人で四つのG1を奪い合う超豪華な争奪戦を行っていた。
クラシックとマイル戦線を占う朝日杯フューチュリティステークスはグラスワンダー。
トリプルティアラを狙う者達の前哨戦、阪神ジュベナイルフィリーズはツルマルツヨシ。
朝日杯と同じクラシックの登竜門、ホープフルステークスはセイウンスカイ。
ジュニア級のダート路線唯一のG1、全日本ジュニア優駿はエルコンドルパサー。
本来の流れに沿いながらも、やっぱり微妙に沿っていないこの世界らしい結果を彼女達は出していた。因みにスペシャルウィークとキングヘイローは共にホープフルステークスに出走。それぞれハナ差の三着二着と悪くない成績を収めているし、その前に揃って重賞勝利を飾っている。
クラシックも始まっていない現時点でさえ、全員が重賞クラスの成績を残しているのである。それはもう、来年の主役として扱われてもおかしくはない。もしかすると、この中の誰かが三冠やトリプルティアラを達成するのかもしれないな。
そんな彼女達がこの部屋に一堂に会するのは、仲の良さを考えれば珍しくはないが妙なことではある。そもそも、先の通りグラスワンダーとツルマルツヨシについても彼女達の縁……『怪物』マルゼンスキーと『皇帝』シンボリルドルフから、目をかける相手として簡単に紹介された程度の関係しかない。他の四人に至っては互いの情報は知っていても、これが本当に初対面だ。
一体何を聞きたいのかと返答を待つと、六人はそれぞれ視線を巡り合わせ、そして少しの後、代表としてスペシャルウィークが口を開いた。
「その、スタートワンさんは、『領域』を知っていますか?」
「…スぺちゃん、その聞き方は…」
「知っているか知っていないかで言えば、持っているので分かる、と答えましょう」
「! じ、じゃあ、領域がどんなものなのかも、分かるんですか!?」
ほぼ身を乗り出して問いかけてくるスペシャルウィーク。ふむ、これは……。
「他の領域持ちの人がどの程度の理解を示しているかが分からないので、具体的には言えません。ただ、必要最低限以上の知識はあるだろう、とだけ答えられます」
「……では、マルゼンスキーさんの言葉は…」
「シンボリルドルフさんが言ってたのって……」
「……どうやら、全員目的は同じようですね。搔い摘んだもので構わないので、説明してもらえますか?」
「は、はい……」
と言うわけでそのまま、スペシャルウィークが状況の説明を始める。
曰く、年末の連続G1の最中、六人はそれぞれ自分の走りに何か大きな力が加わるのを感じ取ったらしい。
この世界では元のものと違い比較的領域の取得が容易という事もあり、その存在がメイクデビュー直後のウマ娘くらいにまでよく伝わっている。その事も手伝ってそれが領域なのだと理解した六人は、忘れないうちにとそれぞれにあの時の再現をしようとしたそうだ。まあ、発動すればほぼ間違いなく自分の能力を引き延ばせるのだから、何時でも任意に使えるように練習を重ねたくなるのはよくわかる。
しかし、公式戦という特殊な条件が引き金となって偶発的に発動出来たからか、これが中々上手くいかなかったらしい。どうしようかと悩んでいるところで、どうやら自分以外の五人も領域の発動が出来ず悩んでいる事を知り、対策会議を決行。
あれはどうだこれはだめかと喧々諤々な話し合いの後、最終的に下した結論は「領域が使える人達に聞こう」だった。妥当な判断だと思う。
そうして色々な人に領域について聞いていったところ……。
「説明が、その…えっとー……。とても、えー…、独特な、そう、独特な人達ばかりで!」
「……まあ、はい、そこは分かりました」
必死にオブラートに包もうとする努力を一旦ストップさせる。誰に聞いたのかはわからないが、サクラバクシンオーとかマヤノトップガンあたりにでも聞いたのだろうか。
つい苦笑してしまったが、グラスワンダーとキングヘイローの反応は少し違った。
「いえ、その、実際に聞いてみた全員、説明が曖昧だったんです。かなりふわふわしているというか、具体性に欠けていたというか」
「そうね。寮長の二人にもあんまりはっきりした事を言われなかったのは、正直どうしようかと困ったわ……」
「ふむ…。まあ、領域は走る内に感覚的に獲得する場合が多いですし、そこから発動までの確立も慣れによるものが一番手っ取り早いですから、どうしても言葉に変換しにくいのでしょうね」
「と言うわけで、誰なら一番説明出来るのか聞いたら、ほぼ全員が……」
「私を挙げた…と」
六人が頷く。そういう経緯か。
任意の発動までなら『ウマ娘』に実装された子達は簡単に出来る。しかし、概念的な理解からその調整まで行っているのは私をはじめ極めて少数なので、どうしても概念としての認識以上の理解が出来ないのだろう。それと比べれば、具体的な説明は私が一番上手いだろうという自負はある。
ただ、説明という点で言えば私以上の適任はいる筈だ。例えば、
「シンボリルドルフさんなら具体的に説明出来たと思いますが、そちらには確認してみたのですか? 一日時間を空けるくらいなら、生徒会の生徒も許可すると思いますが」
「残念ながら、その会長さんが真っ先に挙げたのが先輩なんですねー」
「なんでも「私よりも、正確に理解している部分が多い彼女の方が適材適所だろう」って感じでして」
「……丸投げされたようですね。彼女と私の理解度など、殆ど誤差レベルだというのに」
さしずめ、私の方が少し先に分かっていたし自分は生徒会の仕事が忙しいから、最近はトレーナーのサポートが多く出走回数も減り、暇のある私に任せるのが楽……とか、そういう感じだろう。もしかしたら最近一緒にレースに出る機会が減っていて、そろそろ走りたいというメッセージかもしれない。
……今度、レーススケジュールでも伝えておこうかな。
とにかく、事情はおおむね分かった。そういう事なら、先輩として彼女達の手伝いをするのも吝かではない。
「皆さんがここまで来た理由は分かりました。そういう事ならば、私も少しばかりお手伝い致しましょう」
「ホントデスか!?」
「ええ。ただし、私にも分からない部分がある事、想像の域を出ない論も踏まえて説明するという前提はお忘れなきように。トレーナーさん、ホワイトボードと指示棒、使いますね」
「ああ。ついでに俺もちょっと聞いていこうか」
「チームの子達の練習はどうするんですか」
「メニューは全員に渡してある、終われば自分達で判断して勝手に戻って来ンだろ」
あんまりてきとうにしないで欲しいのだけど……まあ、こうして領域を誰かに細かく説明するなんてしてこなかったし、聞きたいというのならそれもいいだろう。
前話に続いてお茶濁し。ついでにこの世界での領域の説明もしていきます。