G1目指して頑張ります   作:あかし/さんさい

35 / 87
ちまちま書いていきます。


目標:三女神の像の前へ行く
29 同学年合同トレーニング


「スタートワン、行くぞっ!」

「了解、ですっ!」

 

 シンボリルドルフのスパートに合わせて、私も加速する。残る距離は約100メートル。体力は少ないが、必ず……!

 

 

 年末年始も一先ず終わり、また学園での生活が再開する。

 目下の目標は弥生賞勝利。まだ三ヶ月時間はあるが、一日たりとも無駄には出来ない。

 

 そのため今日もシンボリルドルフとの合同トレーニング。去年から続くこの併走だが、いまだ彼女より先にゴールする事は叶わないままだ。

 予定していたゴールに先着した彼女を見ながら、相変わらずその能力の高さに苦笑しか出来ない。

 

「はあっ、はあっ、はあー……っ。また、だめでした……」

「ふふっ、それでも、少しずつ距離を詰められている。このままでは私も危ういな」

「ふ、ふふっ…、そのまま、胡坐をかいていても…、問題ないと、思いますけどね……」

「そうはいかないよ。光陰流転、君が成長するように、私もまた変わらなければならない。放っておくと君は直ぐにでも私を置いていってしまう」

 

 どっちがどっちなんだか。私の成長ペースを放物線の方にやがて落ちていくものだとするなら、鍛えれば鍛えるほど成長していく彼女のその曲線はまさに指数関数だ。やっと少しは善戦出来るだろうと思った次の瞬間には、その背中は遥か遠方でゴール板を駆け抜けている。

 

「少しは、手を抜いても、いいんですよ? 私も、その分、楽が、出来るんです、から」

「……なら、スワちゃん、もっ…、もっと、手、抜こうよ……!?」

「…二人、そろって…、力、入れすぎ……」

「あ、お疲れ、さまです、二人とも」

「二人もよく頑張った。タオルとボトルはここにあるよ」

「あ、ありがと、ございます……」

「……ん、ありがと」

 

 私達から遅れてゴールし、息も絶え絶えに芝に寝転がるのは何かと交友の増えてきたクラスメイトとハッピーミーク。私はともかく、シンボリルドルフを相手にしてもそれなりに畏まらなくなってきた二人の様子に、同級生との交流は順調に深くなっているのだと嬉しさが湧いてくる。

 

 ハッピーミークと初めて一緒に併走して以降、クラスメイトをはじめ何人もの同級生をシンボリルドルフとの併走に誘うようになった。以前最初の合同トレーニング時に行った強引な勧誘ではなく、純粋にただ走る相手を増やすためのものだ。

 

 大半は敬遠される事が多かったのだが、時折参加をしてくれる子も居り。

 そういう子は大抵二回目に来る頃には三度目は呼ばなくていいよと念を押されて終わっていた。悲しいかな、シンボリルドルフの走りに心を折られ併走を辞め、私もその姿を見て心を折られる有様だった。

 

 結局残って私達と共に走るようになったのは極少数。その内の二人が彼女達だ。ハッピーミークは桐生院トレーナーとシンボリルドルフ、そして私のトレーナーが知り合い同士という事もあり、トレーニングを組む時に何かと一緒になる事が多くなっていた。

 クラスメイトの方は、実はホープフルステークスの前までは一度去っていった側の子の一人だったのだが、あのレースの後奮起しようという気持ちになったのか、最近は果敢に参加をしてくれていたりする。

 

 因みに、私達のトレーナーは今少し離れたところで今日のトレーニングについてああだこうだと激論している最中だ。クラスメイトのトレーナーすら熱心に参加しているところを見るに、彼らにとってもこの合同トレーニングは良い刺激となっているようで、此方もまた気合を入れようという刺激を受ける。

 

「す、すわ、ちゃん……。これ、毎回、いってる、けどさ……。いー加減、もっと、ゆるく、しない…?」

「緩くして、これからのレースに、勝てるのならば…、私もそれを、受け入れますが。果たして、ここでやめる事に、はいと言えますか?」

「……うへー、スワちゃんの、いじわるぅ……」

 

 誰が意地悪だ、誰が。同学年の参加者が増えた事は嬉しい事だが、彼女がまた何時離脱するとも限らない。一時的になるかも知れない相手に合わせるよりも、これまでと同じ状態で進める方が効率的だ。

 

「しかしスタートワン。あまり無理してはいけないのも確かだ。君の場合特にその調整は繊細にしなければならないはずだよ」

「とは言いますが、私だって、自分の身体くらい、分かっています。ちょっとは……。ん、んんっ…、ちょっとは私の事を信頼してくれていいんですよ」

「それ、絶対、無理じゃない…?」

「無理だと、思う」

「同感だな」

「だから、頑丈さには定評があるんですってば」

 

 そこまで色々言わなかったのが駄目だったか? ……駄目だったからこうなってるのか。

 

「ほんとに、大丈夫ならさ。走った後、倒れるのは、おかしいよね?」

「それは…んん、まあ、毎回最後の方は息が保たないので」

「それが問題、だと思うけど。絶対、身体に悪い」

「レースによっては倒れ込んでいる人くらいいくらでも見ますが」

「あちらと比べて、倒れ方が呼吸に異常がある時のものにしか見えないのが問題なんだ。やはり、一度検査をした方がいいんじゃないのかい?」

「……そこまで言うのなら、もう一回走るのでちゃんと見ててください。倒れずに走りきって見せますよ」

「「「却下」」」

「なんでですか」

 

 信頼なさすぎるだろう私。

 

「どうせ走らなきゃ練習にならないんですから、今走ろうと変わらないじゃないですか」

「待てスタートワン、休憩だ。勝手に走ろうとすんな」

「ん、トレーナーさん、何時の間に」

「ルドルフも一旦休もう。連続で走って疲れただろう」

「すまないトレーナー君、少し休ませてもらうよ」

「ミークもですよ。ほら、ドリンクとタオル!」

「…ありがと」

「………もー少し、休もっか」

「おねがいしまーす……」

 

 あれこれと言い合いながら息が戻るのを待っている間に、トレーナー達が此方へ来ていた。最後にクラスメイトへ声をかけたのは彼女のトレーナーで、今日のトレーニングに関わる全員が一堂に会した事になる。

 

 休憩用のベンチの方へ移動しながら、トレーナーに一つ尋ねる。

 

「私って」

「あ?」

「信用出来ないですか?」

「…なんだいきなり」

「さきほどの併走のあと、毎回倒れるのは無茶をしているからじゃないかと言われまして。身体に問題はないと言ったのですが、信用出来ないと」

「あー……」

 

 トレーナーは顎を軽く摩った後、数秒空に視線を送る。

 

「あれこれ隠すから言われんじゃねえか?」

「それは……。そうですね」

「認めんならもう素直に全部言っちまえよ隠してる事」

「いやまあ、そうなんですけど」

 

 私だって好きで隠している訳じゃないので、言えるのなら言っておいた方が良いとは思う。

 でも全部曝け出すとなると、私の場合本当に「全部」言わなければならない。言える範囲を寄り出す作業はもう小魚の骨を一本ずつ抜いていくような地道な作業なうえに、理解されないどころか妄言だと思われて終わってもおかしくないような事ばかりだ。それを話すくらいならこのまま黙っている方が色々と手間が省ける。

 

 沈黙したからか、隣から息を吐くのが聞こえた。

 

 

 

 ベンチで疲労を抜きながら、トレーナーの持つメニュー表を眺める。

 

「中山は二度目になりますが、やっぱり課題は加速力ですか」

「前回のホープフルステークスで底力は見せたが、ありゃ周りが加速出来るだけのスタミナを残せなかった事が一番の要因だ」

「末脚は自分でも最高レベルだったと思うのですが」

「確かに“末脚は”な。あの時点でもう勝機は無かった。坂を上り始めたお前とあと半分も無かったシンボリルドルフとじゃあ、例え最高レベルだったとしても根本的に猶予が無い。そこは分かるな」

「……はい」

 

 終盤、彼女が領域の発動と同時に見せた加速と速度に、私は追い付こうとはすれどもついていけなかった。例え坂で最高速に達するなんて滅茶苦茶な事が出来ても、それを彼女も出来てしまっては最初から出来ていないのと同じだ。

 瞬間的な加速についていくだけの筋肉。私の足にはそれが求められている。

 

「暫くはトレーニングルームに入り浸りですかね」

「……そう言いたいところだが、多分効果は薄いだろうな」

「彼女も鍛えるからですか?」

「お前筋肉付きにくいタイプだから時間がかかる」

「…………。」

 

 いや、まあ、うん。元々の食事量も少ないし、長年鍛えているにも関わらず何時まで経っても大して太くならないから薄々勘付いてはいた。

 いたけど、言葉にされるとちょっと効く。

 

「食事量増やすしかないです?」

「今の二倍食えるか?」

「胃破裂でも起こさせる気ですか」

「なら諦めろ」

「…高カロリーのものとか」

「むしろ太るぞ」

「……マジどうしろっつーんですか」

「頭抱える程度にゃお前面倒な目標選んだな」

 

 筋肉をつけなければいけないのにその為には時間が必要で、時間をかけると絶対に勝てなくて、勝つためには筋肉が必要って……。ハードモードにも限度というものがあるだろう。

 ああ、こういう時自分の身体が恨めしくなる。あと軽率な行動。

 

「それでも時間を使っておくのは多少なり効果があるだろ。今度からトレーニングルーム増やすぞ」

「……了解です」

「ついでに、ちょっとくらい食えるようになっとけ。ここに居る四人の中だとお前がぶっちぎりで食事量少ねえ。レシピ書いといてやるからそれ作れ」

「シンボリルドルフさんも割と小食じゃないですか……。って、あなた栄養管理士の資格とか持ってましたっけ」

「何のためのトレーナーだよ」

 

 あるんだ。マッサージにイラストに、この人結構多彩だな。……ん? じゃあちゃんと自分で料理を作りなさいって。なんのための資格なんだか。

 

 そんな話をしていた所に、ふと違う声が聞こえた。

 

「皆さん、お疲れ様です」

「っ、樫本代理。こんにちは」

「こんにちは樫本理事長代理」

「ええ、こんにちは」

 

 コースに現れた代理は、たづなさんと共に私達の下へ歩いてくる。私は個人的に、シンボリルドルフは生徒会役員として会っているからか直ぐに挨拶が出来たが、クラスメイトとハッピーミークはあまり面識が無いのか、小さく会釈をする程度だった。

 

 代理は私達それぞれに視線を移した後、再度私の方を向く。厳密には私とシンボリルドルフの二人に、だが。

 

「昨年末のホープフルステークス、二人共見事な走りでした。そしてシンボリルドルフさん、優勝おめでとうございます」

「ありがとうございます。これからもまた、精進します」

「スタートワンさんも、よくあそこまで迫りました」

「ありがとうございます。とはいえ負けは負けなので、少し恥ずかしいです」

「G1で二着という結果は決して悪いものではありません。よく頑張りました。……その分、ゴール直後の事は目に余るものがありましたが」

「約束は守りましたよ」

「……あなたの口の上手さを見誤っていた私のミスですね」

 

 額に手を当てる樫本代理。周囲から私とトレーナーに視線が向かうが、何も言わずに目を逸らしておいた。

 

 私達が交わした約束は「ゴールまで倒れない」であって「レース場に居る限り倒れない」などではない。走っている間は転倒など起こすつもりは絶対にないが、ゴールしてからの事はまた別としてもらわないと困るのだ。

 

 騙したわけではない、そうしてくれないと全力で走れず負けてしまう。代理もその事は理解しているからこそ何も言えなくなっているのである。

 

「ところで、理事長代理はどうしてここへ来たのですか?」

「二人がここで練習をしていると聞きましたので、様子を見に来ました。私の任期もあと少しですので、その前に見ていきたく」

「ああ、確か来年度から新しい理事長が来るのでしたね」

「ええ」

 

 そうだった、あと数ヶ月もすれば秋川理事長が来るのか。来年度からはまたURA職員に戻ってしまうし、今の内に私の事でも見ておきたかったのかもしれない。忙しい身だというのに態々時間を作ってくれるなんて。

 

「来年度の理事長はどんな人なんですか?」

「私もまだ会ったことは無いのですが、私同様に前理事長の推薦との事ですから、能力は十分だと思います」

「それならきっと良い人なのでしょうね。…しかし、寂しくなりますね。代理には色々とお世話になりましたので」

 

 入学以前の相談時には一人暮らしの相談と水着をはじめとする特注品の注文。入学してからも私の個人情報などを管理してもらっていたので、本当に頭が上がらない。

 

「……ふふっ」

「たづなさん?」

 

 と、そこでたづなさんが我慢出来なかったかのように小さく笑う。どうしたのだろう。

 

「大丈夫ですよスタートワンさん」

「…何故大丈夫なのですか?」

「ふふ、実はですね、樫本理事長代理は……」

「たづなさん、そこからは私が話します」

「あっ、す、すみません」

 

 一体何が……、え、いや待て、大丈夫って、まさか学園から去らないって事か? しかしそうなると来年以降に……、

 

「私は来年度、理事長代理からの異動に当たってトレーナーに復帰する予定です」

「……復帰、ですか。元はトレーナーだったのですね。しかし、そうなるとURA職員としての仕事はどうなるのですか?」

「勿論そちらもこなします。とはいえ、流石に両者を今まで通りにという訳にもいきません。これからはサブトレーナーを持つこと前提、且つ職員としての活動は控えたものになります」

「健康には気を付けてくださいね?」

「……それを貴女が言いますか」

「……むう、あんまり信じないようだと、私だって怒りますよ」

 

 誰も彼も何故そこまで信用しないんだ。私だってちょっと傷つくぞ。

 

「とにかく、今後は私もトレーナーとして皆さんとトレーニングの管理を行う事になります。来週には通達される情報なので少し早く話しましたが、皆さんには先に話をしておこうかと」

「先に話す、というのは」

「サブトレーナーの募集か?」

「! …ええ、その通りです」

 

 私の言葉を遮ったのはトレーナー。サブトレーナーというと、チームのメイントレーナーを支える、まだ担当を持たないトレーナーの事の筈だ。基本的にはトレーナーに任命されて直ぐの人が師を得ると共に就くものの筈だけれど。

 

「ここに居る皆さん…とはいえ、あくまで昨年、そして一昨年に経験している三人を対象に、私のサブトレーナーの打診をしに来ました」

「ほおん…」

「サブ、か…。久しぶりに聞くな」

「わ、私もですか?」

「ええ。一度師事を受けていると言え新人は新人です。まだ一人であれこれとこなすのに手間取る事もあるでしょう。此方としても手を貸せるのなら貸したいところですし、私も負担を減らす事が出来て有難い」

 

 大晦日に聞いたばかりの話だけれど、そういえば三人ともまだ新人だったな。

 クラスメイトのトレーナーは既にチームを組んでいるので無理そうだけれど、私達はまだトレーナー一人、担当一人の小さな規模のコンビだ。樫本代理もそれを汲んで、最も打診に適したところに声をかけたのだろう。

 

 と、そこでクラスメイトに小さく裾を引かれる。どうしたのかと耳を寄せると、私の反応に気付いてシンボリルドルフとハッピーミークも軽く此方へ耳を立てる。

 

「どうしました?」

「ごめんちょっと確認なんだけどさ。サブトレーナーって、担当持ってる人もオッケーなの?」

「流石に何処かのチームに所属している場合は不可能だったと思いますが、原則禁止にはされていない筈ですよ。担当を持つ新人同士でチームを結成した事例もあったはずです」

「そうだな。確か、まだアオハル杯が開催されていた頃はそのような事も珍しくはなかったと記憶している」

「へぇ~…。じゃあ、三人のトレーナーさんもチーム所属になるかもしれないんだ」

「…サブトレーナー四人と、メイントレーナー一人?」

「に、なるかも知れないということですね。サブトレーナーになれるのは三人だけのようですが」

 

 ハッピーミークの発言を少しだけ訂正しておく。クラスメイトのトレーナーは既にチーム所属、というかメイントレーナーの筈なので、樫本代理の条件には当てはまらない。今回はあくまで静観という立場のようだ。

 

 で、そんな条件を渡された私達三人のトレーナーなのだけど。

 

「そうですね…。私はまだ自分の力が至らない分、樫本代理のようにトレーナーとしても結果を残されている方の下でお手伝い出来るのは吝かではありませんが……」

「ん……皆一緒に走れるなら、いいと思う」

「俺も特に気にはならないな。チームでの運用となれば、これまで借りられなかった設備なんかも利用出来るようになる。少し仕事量は増えるだろうが、そのくらいなら問題ない」

「そういってくれるのは有難いが、あまり無理をしてはいけないよ」

 

 どちらも提案に乗り気のようだ。チームを結成する事自体に疚しいものはないし、新人という実質的なハンデをチームという面で解決出来るのなら、それもまた友好な手だろう。

 

「トレーナーさんはどうしますか?」

「……悪か無ェ」

「その言い方ですと、良くも無いとも聞こえますが」

「まあ、な……。ちょっとこっち来い」

「……すみません、少し席を外します」

「ええ、構いませんよ」

 

 代理に許可を貰いつつ、二人で少し離れた場所に移動する。此方を見るシンボリルドルフ達から一度目を離し、トレーナーと肩をつき合わせた。

 

「シンボリルドルフさんとの合同トレーニングの時とは違って、今回は特にデメリットは無いはずですが」

「そうだな。正直、俺一人で出来る事を超えたバックアップが受けられる。お前の調整も、今まで以上にやりやすくなるはずだ」

「では、何故言葉を濁したのですか?」

「……個人的な話だ。気にしなくていい」

「気にしないで欲しいのなら、有無を言わさず了承すればよかったじゃないですか」

 

 図星を疲れたからか、一瞬その眉に皺が寄る。そんな彼につい肩を竦めた。

 

 口の悪さはともかく、トレーナーは結構思慮深い。よく考えるし、手を抜くところも基本間違えない。そんな彼がメリットの多いこの提案で、それでもデメリットを取りたくなるという事は。

 多分私か、或いは彼自身の中での何某に懸念があるのだろう。

 

「引っ掛かっている事はなんですか」

「いや、いい。了承してくる」

「トレーナーさん」

「今度からはサブトレーナーだ。多少は時間の使い方も変えて」

「トレーナーさんっ」

 

 顔を逸らして戻ろうとするのを、少しだけいつもより跳ねた声で止める。

 強引に手を取って、顔を此方へ向け直した。

 

「私と貴方は一蓮托生。ですよね」

「…ああ」

「私の我儘に合わせるのが貴方。ですよね」

「………ああ」

「なら、貴方の我儘を聞くのは、私じゃなければおかしいと思いませんか」

「ガキがませた事言ってんじゃねえ」

「そのませたガキに気を遣われる大人は、格好悪いと思うのですが」

「……ちっ」

「我儘を聞いてもらっているのです、多少の譲歩くらい私がするのも当たり前。それが私達の関係でしょう?」

「……あー、ったく。ホントに可愛げのねえ事をしやがる」

「余計なお世話です」

 

 言い負かされる恥ずかしさでまた口の悪くなる彼に意趣返しをしつつ、改めてトレーナーと向き直る。

 暫くの無言の後、頭をがりがりと掻いてから、彼はその胸の内を吐き出した。

 

「お前の能力を少しでも元の状態に戻し、そして今以上に伸ばす。チームの加入は最高のチャンスだ」

「ええ、私もそうだと考えています。では何故」

「…………」

「トレーナーさん」

「…、チームに入れば、余程の事がねえ限りそう抜けられない。規模が大きくなれば猶更だ。そうなれば、俺ら三人は長期間、代理の下でサブとして動くことになる。スカウトは当然、お前のトレーニングプラン以外にも時間を割かにゃならねえ」

「それは……。」

 

 “サブトレーナー”である以上、それは避けられない事だ。役目としてはメイントレーナーを支えるサポーターであり、例え担当を持ったとしても、チーム全体の活動の事も考えなければいけない。競走馬の調教師でも、或いは別のチームというシステムでも。新人が師事を受ける時、その新人の役割はあくまでメインのバックアップが基本の中にある。

 

「トレーナー業の大半をサブとして過ごす奴ってのは珍しくねえ。担当を持つより安定した収入だからと選ぶ奴も居る。それはある意味じゃあ正解だ。サブトレーナーとして、担当を持たないことでしか出来ねえウマ娘へのバックアップってのも、確かに存在する」

「……」

「俺がやりてえ事はそれじゃねえ。担当持ってんのに、半端に手を回すなんてやり方でいいわけがあるか」

 

 少しでも私の為に時間を回したい。彼が言葉を濁らせたのも、此方を思っての事だったようだ。

 

「チームに加入すれば、貴方の負担もある程度は分散され軽減される筈でしょう。そうなれば私にかける時間も量より質に重視させることだって可能になるのでは?」

「今だけならな。メンバーが増えればどうなるか分からん」

「まあ…、それもそうですね。でしたら、今回は辞退しましょうか」

「……だがな」

「断ったとしても私達の状況が変わる訳じゃないんです。利を感じないというのならそれは断りに足り得る理由です」

「……お前の利には間違いねえ。俺だけがお前を見るんじゃなくなる分今までより改善出来るところも――!?」

 

 彼の口に手を当て、未練がましい言葉を強引に止める。

 ……ついこの間働きすぎるなと人に言っておいて、自分は最善を尽くそうとあれこれ……、ほんとに、もう。

 

「トレーナーさんがこうして欲しいと思ったのなら、私の判断に委ねても構いません。ですが貴方がこうしたいと思ったのなら、それを私に委ねてはいけません。それは貴方が選んだことなのですから」

 

 口から手を離す。

 

「……いいのか」

「私はそれを尊重します。言ったでしょう。多少の譲歩を互いがする。それが私達の関係です」

 

 一蓮托生、正確には死なば諸共。そんな綱渡りの関係なのだ。ちょっと我儘を聞くくらい、私だって気にしない。

 

「……本当に、マセガキだなお前は」

「ならあなたは年だけ食ったマセガキですね」

「言いやがって」

「お生憎様」

 

 

 

「すみません、戻りました」

「悪かったな。結論が出た」

「気にしないで構いません。此方も少し考える時間が出来ましたから」

「俺達も、考えを纏められたからな」

「は、はい、私もどきどき…じゃなくて、すっきりしました!」

 

 皆の下へ戻ると、代理はどこか優しい表情で私達を見てくる。それは他のトレーナーどころかシンボリルドルフ達までも同じであり、なんだか妙な感じだ。

 ……桐生院トレーナーやハッピーミーク達の顔が、ちょっと赤いような……?

 

「とりあえず、まず結論から入る」

 

 っと、そんな事をしている間に話が進んでいる。

 

「悪い。今回その話は無しだ」

「…一応、理由を」

「チームのサポートってのはデカいと思うが、コイツに当てられる時間が減るのは困る。今は一人に集中してえ」

「……そうですか。わかりました、それならば仕方ないでしょう」

 

 樫本代理は少しだけ寂しそうに、けれど何処か納得した顔で微笑んだ。

 

「今度また募集をかける時にでも声をかけてくれ。そん時コイツの状態が問題無いようなら、俺ももう一度考える」

「ええ、その時は考えましょう。……しかし、まさか三人全員に断られてしまうとは此方も想定外ですね、また他のトレーナーに声をかけなければ」

「え、お二人も断ったんですか?」

 

 結構長い事話していたからそっち二人の結果は出ているかもとは思っていたが、乗り気だった二人がまさか断っているとは。

 思わず口から出てしまった驚きに、シンボリルドルフのトレーナーが反応する。

 

「ん? ああ、有難い申し出ではあったんだが、俺もルドルフの育成に集中したくてな」

「正直、少し迷いはありますが…。私ももう少し、自分だけで頑張りたいと思ったんです」

 

 桐生院トレーナーも同様の理由らしい。という事は、樫本代理はスカウトをかけた全員に断られてしまったのだな。…ちょっと申し訳ない。

 

「すみません樫本代理、とても魅力的な提案だったのですが」

「貴女が謝る事ではありません。あくまで私自身の利から話をして、貴方達は自身の利を優先しただけです」

「そういっていただけると此方も心が軽いです。代わりにはなりませんが、何か手が必要な時は是非私達を頼ってください。微力ですが、トレーニング相手程度の事であれば力になれる筈です」

「ありがとう。もし私が担当を得た時は、その力を借りる事を約束しましょう」

 

 ふむ、ちょっとした言い訳だったのだけど、これで代理お墨付きの子と一緒にトレーニングする権利を得られた。タイミングが何時になるかは分からないが、この流れからするとあの二人が数年以内に来る事は間違い無い。

 あと数ヶ月もせずにシンボリ家二人目のダービーウマ娘も来るだろうし、クラシック級の間に出来るだけの事をしておきたいものだ。

 

「俺達も当然、力になります」

「わ、私達もです!」

「ええ、これからもその活躍を見せてください」

 

 来年度は今以上に大騒ぎになりそうだな。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。