G1目指して頑張ります   作:あかし/さんさい

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30 重賞と追われる立場/芝2000メートル 中山 右・内回り 曇り・良 昼

 私の新たな挑戦が始まる。

 学園での授業が始まりながらもトレーニングメニューを続けている私は今。向けられる視線と共にレース場への地下通路へと歩いてきていた。

 

「あの子がスタートワン……」

「インナーの下に、沢山の傷があるんだよね」

「何でこのレースに……」

「なんか、凄い不機嫌そうじゃない?」

 

 遠巻きな会話はウマ娘の聴力では殆ど筒抜けで、隠す気があるのかもよく分からない。あと不機嫌ではない、眉の皺が取れないだけだ。

 ……いかんいかん、余計な事に気を割き過ぎている。引き締めないと、ここは重賞なんだから。

 

 眉間を揉み、その場に立ち止まりながら刻一刻と迫る入場の時に合わせ、気持ちを整える。

 

 三月の初週に行われる皐月賞トライアル。G2弥生賞。ここで勝利、ないし二着入着した者は、翌月皐月賞の優先出走権を獲得出来る。

 G1への出走という限られた椅子を確実に取る。それが私の最優先事項。

 

 しかし、本懐はそれだけではない。重賞を取り、実力を示す。皇帝に挑む者として、皇帝を超えようとする者として。相応しい姿である為に。

 

 

「すー、わ、ちゃんっ!」

「うわっ? って、来ていたんですか。ハッピーミークさんまで」

「ん…、応援に、来た」

 

 私の背中に飛びついてきたのは、選抜レース以来仲の良いクラスメイトとハッピーミーク。どうやら自分のトレーナーは連れてきていないようで、二人だけで会いに来たようだ。

 

「えへへ、応援に来ちゃった!」

「態々ここまで。というか、ここは関係者以外入ってこれないのでは」

「俺が連れてきた。悪いか?」

 

 歩いてきたのはトレーナー。彼の仕業だったらしい。以前も言っていたけれど、本当に警備の人に自分の関係者だとでもいったのだろうか。

 

「気分はどうだ?」

「ここで勝てないと、出走に響いたりしますかね?」

「知らん。ま、なるようになるだろ」

「無責任な。あなたが出走を決めたのですよ?」

「まあまあ! スワちゃんなら大丈夫だって!」

「……絶対、いける」

 

 クラスメイト達のフォローで彼への攻めを一旦止める。そういう日和見でぼろ負けするのが一番怖いのだが、流石に口にするのは憚られた。

 

「そう、ですね、やるだけはやってみます。…トレーナーさん」

「なんだ?」

「必要ですか?」

「不要だ」

「分かりました」

 

 漏洩防止の為言葉を省いたからか、クラスメイト達は今の会話の意味があまり掴めていないようだった。答えはなんという事のなく、単に領域の話である。シンボリルドルフと関係無い重賞の初挑戦という事で、使うべきか確認をしていた。

 彼が使わなくていいというのなら、私は勝てるのだろう。

 

 

『クラシックを目指す少女達の登竜門、G2弥生賞! このレースの上位二着までには、皐月賞の優先出走権が与えられます!』

『空の様子こそ曇りですが、バ場状態は悪くありません。今回は先行策のウマ娘が多いレースとなりますが、果たしてどうなるでしょうか』

『一番人気はこの子、ホープフルステークスにてシンボリルドルフに猛追、三着以下に八バ身もの大差をつけたクラシック有力候補、スタートワン!』

『実力十分、中盤からハイペースとなった前走でも見事な走りを見せた事から、今回が重賞初制覇になるのではと期待が高まっています』

『さあ、ゲートイン完了、出走の準備が整いました。――――スタートです!』

 

 

 研ぎ澄ました集中力で前方を取り、間髪入れず後続の走り行くのを見送る。

 あとは今まで通り最後方から……っと!?

 

『さあ先陣を切ったのはスタートワン、しかし何時も通り後続にハナを譲り、なんと今回はバ群の中間、先行の位置で走っている!?』

『どうやら上がってきた子達と入れ違いになり、下がるに下がれないようです。更に周囲に追い込みを警戒されて不用意に動けなくなっているようですね。多少の偶然もあるでしょうが、彼女の末脚を極力削ぐ目的も伺えます』

 

 外ラチ側に移動しながら足を緩めたというのに、私を囲うように三人のウマ娘が更に大外から迫ってきて強引に中へ押し戻された。しかも全体的に上がってくるのが早かったせいか無理に下がる事も出来ず、早々に動きが拘束される。

 

「くっ……!」

 

 直接的な接触は危険だし妨害になりかねないので避けているようだが、それでも効果は十分、現在の位置は予定より前過ぎる。前を行く子の後ろにつき、少しでも風圧とスタミナの消費を誤魔化しているが…流石に、身体が保つか心配だ。

 

 後ろの様子が分かりにくい、前が垂れてきたら容易に囲まれる、先行策の経験が少な過ぎる。どうする? 動くか、いや無理をするな、どうする? どうする?

 

 焦りが心を跳ねさせる。短い猶予を浪費して、打破せよという自棄が無理だという諦めと重なり合う。

 その重なりの隙間から、負けたならという恐怖が首を擡げる。

 

「…………、ふうっ……」

 

 漏れる息は溜息か引き攣った掠れか。それを判断できる余地もない。

 枷を外せ、外へ出せという声に身を委ねるより早く、少し前に行った会話が脳裏を過る。

 

 

「…………ふぅ…、っ……、ふふっ…」

 

 ……少しだけ速度を緩め、息を入れるとともについ笑ってしまう。

 なるほど、これが一番人気の重圧。私のパフォーマンスを落とし惨敗させるべく、彼女達も全力のプレッシャーをかけてきている。

 

「こんなところに、来る必要無いでしょ……!」

「アンタがどんなに強くても関係ない!」

「ここの勝ちは、アタシに譲ってもらう!」

 

 横と後方から叫ぶように聞こえた声。少ない椅子の奪い合い、そこに一番場違いな私を真っ先に退場させたい彼女達の、悲痛なまでの対抗心。

 ルールに反する事は行っていない。しかし下手をすれば自分達の立場の方が危ぶまれる行為。それをしてでも勝ちたいと、行動が物語っている。

 分かっていたとはいえ、飲まれかけた。生中な覚悟で来た報いだろう。

 

 それが申し訳ないとは、流石に思う。彼女達よりも先に、私が邪魔をしたのは事実だ。

 

 

『さあレースも中盤、スタートワンは今も中団に揉まれ身動き出来ていない! これは後半苦しいか!?』

『このままの展開では敗北もあり得るでしょう。しかしどうやら、彼女は状況に対してあまり動揺を見せていませんね』

 

 

 だが、

 

「――――その程度、ですか?」

「「!?」」

「もっとです。もっと、私を、磨り潰せないんですか!」

 

 絞り出した声が前方を貫く。地面を跳ねる足が、大きな音を立てて周囲を震わせる。それに合わせ強引に先頭目指して進んでいくと、私を包む壁が目に見えるほど精彩を欠き始めた。

 

 どけ、どけ。そう急き立てる様に響く私の足音に。自分の後ろに迫る音に、彼女達が堪えきれず瓦解していく。

 

 私は確かに邪魔者だ。このレースでも、この世界でも。

 それでも、進む。前へ、前へ。私に求められた、その役目を全うするために。

 

 邪魔をしたいと言うのなら、やってみればいい。

 だが、走るだけで私を潰す、彼女達にも劣る気迫で!

 

 容易に勝てると、思うなっ!

 

 

『上がってきた、上がってきた! 周囲の壁を蹴散らして、スタートワンがついに上がってきた!』

『彼女にプレッシャーをかけたつもりのようでしたが、逆に彼女のプレッシャーに集中を乱されてしまったようですね』

『さあ最終直線! 坂を必死に駆け上がる先陣をあっという間に追い抜き、スタートワンが上がってくる! 最早誰にも止められない、スタートワン、そのままゴォオオオルッ! 並み居るライバルを蹴散らし、見事勝利を飾りましたっ!』

 

 

 ゴール板から少し先で足を止め、咄嗟に観客席に背を向けてから胸を押さえて膝をつく。伝う汗が顎から芝へと滴り落ちていくのが分かる。

 

「はっ、はっ……っ! っ、ぐ……!」

 

 二度目の中山、2000メートル。前回よりも身体は動くし、恐怖のフィードバックも無いので動きも問題ない。

 …とはいえ、やはりマイル以上の距離で負担が強いのは変わりないらしい。その上普段は行わない先行での押し切りは余計に体力を消費させられた。

 呼吸できない。痛みと疲労が全身を重くしている。視界の歪みが激しい。頭の中が明滅する。倒れそうになる身体を強引に起こし続ける。

 

 先行は簡単には出来そうにない。だが今後も同じことは必ず起こると考えなければいけないし、後のレースでは、最低でもあと1000メートル距離が延びる。

 もう少し、いや、もっと。息を保たせるトレーニングを続けなければ。

 

「ぐっ…! すぅ……、はぁ…」

 

 喉を鳴らして無理矢理息を通して意識を支え、ゆっくりと立ち上がった時、観客の歓声が聞こえてくる。

 

「ありがとう、ございましたっ…!」

 

 深々と一礼をすると、歓声が大きくなった。おめでとうや頑張ったという声がまばらに聞こえ、その事に少しだけ胸が張れるような気持ちがする。

 しかし、同時に聞こえてきた声に思わず耳が反応した。

 

「な、なんで……」

「後ろには、行かせなかったのに……!」

 

 私より後にゴールしながらも、既に息の乱れが落ち着いている今回の出走者達。特に私の動きを止めようと奮闘していた子達は、ショックが大きかったようだ。

 

「……」

 

 再度観客席に背を向けそちらへ歩いていくと、気付いた彼女達がびくりと身体を震わせる。そして気不味そうに視線を逸らした。

 

 負けていれば被害者で終わっただろう。けれど私は勝った、勝ってしまった。向こうからすれば多少卑怯と思われても仕方ない方法を使った挙句負けたのだから、きっと話もしたく無いはずだ。

 

 ……彼女達に言うべき言葉は。勝者として、私が言われて納得出来る、より気持ちを奮い立たせる言葉は。

 

「……なに? あんたの邪魔してまで負けた私に――」

「ありがとう…、ございました」

「……は」

「あなた達の、お陰で、私はまた少し、強くなった。これで私は、また少し…彼女に、近付けます」

「……っ!?」

「……っ、感謝します。このレースで、多くのものを得られました。次の戦いを、心より、待ちます」

 

 言葉を繋ぎながら、何人かの内の一人へ向け頭を下げる。それから背を正すと共に後ろへ向き直り、そのままその場を去る。

 

 非難せず、怒りを見せず、勝者として。ただ、讃える。

 それが勝者()のする事だ。

 

 地下へ戻り、検査を終え控室へ。

 本当ならライブの為に着替えておきたいところなのだけど、その前に椅子に座り、少しの間目を閉じる。

 

 私の行いは、合っていただろうか。このレースを勝った者として、正しい行為だっただろうか。

 挑む側だった私には、まだ、よく分からない。

 

「スタートワン」

 

 部屋に入ってくる音と同時に背中越しにかけられた呼び声に、目を開かず、顔を向けもせず問いかける。

 

「……トレーナーさん。どうでしたか」

「……なにがだ?」

「私は、勝者として相応しい姿を、見せられましたか?」

「……そうだな。自分の戦法を崩されても強さを見せれた、しかもちゃんと勝った。なら十分だろ。俺としちゃ、ゴール後に倒れかけるのはいただけねえがな」

「分かっていて言いますか、それ」

「お前ならなんとかしてくれっだろ?」

 

 声からでも分かる、彼のにやりとした声。信頼しているんだか雑に返されたんだか分からないな、まったく。そういう所が困るのだというのに、そこまで言われてしまったら、なんとかするしかないじゃないか。

 

「分かりました、何とかしましょう。ですが忘れないでくださいよ。あなたももう、ただの新人トレーナーじゃないんですから」

「あー……、まあ、確かにな。俺もちっとばかり恰好は正さねえと、かもな」

「服装はともかく、その口の悪さはいい加減直す必要があるかもしれませんね」

「おいおい、人のアイデンティティ貶すかよ」

「ふふっ、それ、アイデンティティじゃなくて悪癖ですよ」

「言ってくれんじゃねえか」

 

 直す気がさらさら無いようでついつい笑わされてしまう。まったく、本当にもう。

 

「その誰に対しても使うため口で困るのはあなただけじゃないんですから、ちょっとは私のじょげん……」

「……あ、そのー…」

「……さっきぶり」

 

 ……?

 …………あ、そうか、さっきも居たんだから、クラスメイト達がトレーナーと一緒に居てもおかしくないか。後ろを向いたら想定外の二人が居て一瞬脳が停止した。

 何でどっちも物音も立てずに突っ立ってるんだ。

 

 ん、ちょっと待って。

 え、さっきまでの会話全部聞かれてた? さっきの勝者云々のいかにも恥ずかしい話全部?

 

「……あつあつ?」

「さっきのを聞いてどこにその要素があると?」

「いや、さっきから延々こなれた会話聞かされたらそうならない? なんでそんな意思疎通が出来てるの?」

「……慣れ、ですかね?」

「慣れにも限度があるでしょ。私、一年かそこらでその段階まで自分のトレーナーと会話出来る自信無いんだけど」

「絶対、難しいと思う。逆に、なんで出来てるの?」

「うーん…、子供達で鍛えられた、のかも知れないですけど」

 

 姉妹が今よりも幼かったころなどは、主語が無い、会話が尻切れトンボ、どころかすごい速度で脱線して別の話題に行く…と、基本的に支離滅裂な会話についていける程度の受け流しと察する能力が必要だったので、気付いたら彼との会話もずっとこんな感じだった。トレーナーも案外饒舌なので、互いの言葉の先取りもよくしている。

 

 それと…。案外、身近に接する事の出来る男同士という事でなんとなく気を抜きやすいのかも。年配のトレーナーとかではないので、年は近い感じがするし。

 

「あとはまあ、彼の口の悪さでなんとなく気安い相手みたいになっているのかも知れませんね。手間のかかる人ですし」

「おいおい、俺はお前の子供か?」

「あら、姉として接してくれてもいいんですよ」

「あんまふざけんなよこの生真面目敬語娘」

「言いましたねこの万年素行不良のお手本」

「「………いてっ」」

 

 彼の手刀と私のデコピンがクロスカウンターの如く互いに直撃する。此方がウマ娘という事で手を抜いているのに対し、鈍痛からして彼は大分力を込めているようだった。ひどい話だ。

 

「……ミークちゃん、もしかしてなんだけどさ」

「……うん」

「私達、夫婦ゲンカのふりして惚気てるところを見せられてるのかな」

「…かもしれない」

 

 だから、そう言われるほどの関係では無いんだって。

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