突然の事だった。
前日までは…いや、その日の朝、全てが書き換わるその直前までは。確かに私はそれまで通りの生活を送っていたはずだった。
変化は一瞬だった。瞬きもいらないくらい、自分が見ている目の前で何もかもが変わった。その瞬間を、私は確かに覚えている。
覚えている事以外、残せるものが無かっただけだが。
「一人、でした。一人で、暮らしました。家族は、もう居ません」
十数年ほど前。私がこの世界に来た事に気付いたその日。私は人間としての人生を奪われ、突然にウマ娘として生きる事を強いられた。
深く考える必要は無い。そのままの意味だ。私は人間としての人生を送る途中で、突然にウマ娘の世界へと引き込まれた。
それまで記してきた人生のページを上から書き換えるように。ついでとばかりに、ウマ娘の身体にされて。
「十年、くらい、です。そのまま、生きて、きました。」
類縁は消えた。居るには居た。
全員、私の存在を忘れていた。
友達は消えた。会うには会えた。
皆、私の名前を聞いても首を傾げた。
写真も映像も消えた。残ってはいた。
どれも、私の存在だけが欠けていた。
身体は子供の姿にされた。
入院した頃に急激に成長するまで、十年以上姿は変わらなかった。
「友達も、いません。家族みたいに、大切な、人達、だけです。」
私を証明出来るものは消えた。あるにはあった。
名前も写真も、全て『スタートワン』だった。
走る事は、昔は大して好きでは無かった。
ウマ娘の能力は、陰鬱な心に一時の快楽を与えてくれた。
トレセン学園に来るつもりは、正直無かった。
ある日受験票だけが届いていた。出した覚えは無かった。
私に何をさせたいのか。それは今も分からないし、当時はもっと理解出来なかった。
だからせめて、私自身の気持ちで学園へ来る事を選んだ。どう頑張ったところでモチベーションなんて上がらなくて、“実際の様子を見たい”という理由にする事が限界だったが。
「だから、成績を、残せれば、いいです。ちょっとだけ、残って、くれれば、それで」
最初の頃は領域の恐怖に飲み込まれるのを、必死に耐え続ける事しか出来なかった。会社に連絡を入れるどころか、誰かに助けを求める事も、立ち上がる事すらままならなかった。
会社の人間も皆、誰一人として私の事を覚えていなかったので杞憂ですらなかった。
「それだけで、いいです。ほんの、すこし、楽しめ、たなら」
「私」を証明するものは、当時使っていた物が幾つか残っている。誰もそれが「スタートワンの私物」である事を疑わない。
保証人すら居ないのに、誰も私の一人暮らしを問題だと思わない。小学校にも上がっていない少女が、成人でしか手続き出来ない全てを行える事すら。空白だらけの書類を渡して尚、誰もおかしいと思わない。
私の記憶以外、誰も私が「
「はじめまして」なんて言葉を、同じ人から二度も聞くのは。
私にはもう、耐えられない。
「これが、限界です。ごめんなさい。こんな、つまらない話、二度としません。」
私から話せるぎりぎりを、全て話した。かつて姉妹の両親にも話した、それよりも少しだけ、多く話した。
あの時もあった沈黙が、暗く場を包む。学園の生徒の中で、一際に聡いシンボリルドルフさえ何も言わず、視線を迷わせるだけ。到底納得できないが、しかし続ける言葉など無い。そんな様子だった。
彼女達にはきっと、私が領域の暴発で家族離散したウマ娘に聞こえただろう。ある意味では間違いではない。領域の取得と同時に家族との関わりが完全に消えただけだ。
そして、これらの話はもう全て“終わった”事。これからもずっと変わらないし、変えられない。私が女神の呪縛から逃れる事が出来るか、あるいは三柱の興味が私から消えない限り。
「この話、多分、トレーナーさん、知ってます。でも、他の人、言わないで、ください」
確認は取っていないが、家族と話をする時間を設けた時に聞いているだろうことは間違いない。しかし、彼もあくまで私に親類が居ないという事までしか知らないはずだ。
本当の事については、私はこの人生全てを懸けこの世界から消し去るつもりだ。話せないし、話してはいけない。
窓の外へ目を向ける。カーテン越しに透ける暗闇が部屋の照明という膜に遮られて、けれど確かに、私の認識の中に入り込む。そこに在る”何も無い”が、幻のような炎を脳裏にちらつかせる。
「シンボリ、ルドルフ、さん」
震えに気付かれる前に、彼女に握られたままの手を離す。
「ありがとう、ございます。すっきり、しました」
少なくない本心を感謝の言葉にする。身体の中で燻っていたものを吐き出せたお陰で、震えとは別に地に足がついたような落ち着きを全身に感じる。気持ちの整理がついたらしい。
腕に力を籠め、身体を起こす。
「今度、また、困った、時は。いろいろ、言って、いいですか?」
「……っ。……辛く、ないか」
「……無いと、言うと、嘘です」
「ならば」
「でも」
彼女の背に手を回し、此方へ身体を引き寄せる。そして頭を包み、胸に埋めて言葉を遮った。
「優しさ、沢山、もらってます。それだけ、あれば、もう、大丈夫」
十年前には考えられなかった、多くの人達との出会い、交流。
いつでも声をかけてもらえる。その幸せ以上に、何を望むというのか。
「だから、心配、いりません。すぐに、元気に、なりますから」
胸元のシンボリルドルフに微笑む。ここが互いの納得出来る境目。そう暗に示すと、彼女は一瞬だけぐっと顔を歪め、しかし下を向き、此方から表情を見えないようにする。
少しの間顔を隠していたシンボリルドルフは、やっと顔を上げた時には、何時もと変わらぬ穏やかな笑みを浮かべていた。
「……分かった。君が望むなら、何時でも話を聞こう」
「そう、言って、もらえると、助かります」
ちらと後ろに立つ二人にも目を向けると、それに気付いた二人が互いに視線を交わしながらやれやれと首を振る。ここが限界だと考えてくれたようだ。
代表してかミスターシービーが口を開く。
「本当に、すっきり出来た?」
「…はい。もう、話せること、無いくらい、です」
「……そっか。どうする? マルゼンスキー」
「どうするって、スタートワンちゃんがああ言ってるなら、仕方ないわよね」
「ま、そうだね」
うん、ちょっと微妙だけど、悪くない反応だ。
彼女達の不安を取る事が出来た。そして、隠し通す事も出来た。後は彼女達の関心を刺激しない程度にこの話を終わらせてトレーナーを……、
「ところで、スタートワン」
「……はい?」
「一つ気になっていたんだが、君は今日、動けそうにないみたいだね」
「えと、そう、ですね」
「その状態で家に帰るのは難しいと思うのだが、どうだろうか?」
え、っと。それは…、
「確か、車椅子、あります、よね?」
「ああ、学園での生活用に幾つか備品があったはずだ」
「それが、あれば」
「だが、その状態で家に帰り、そして夜食から就寝まで行う事は出来るのかい?」
「…………。が」
「が?」
「…………がん、ばれば、なんとか。経験、あるので、あ、あの、あの…っ!」
やめてやめて視線で静かに責めるのはやめて! 圧が、圧がすごいから!
「で、結果どうなったんだ?」
「アタシとマルゼンスキーが同行して」
「そのままお泊り会にけってーい!」
「本当はこのまま寮で一泊という予定も考えたのだが、今空いている部屋は誰も入っていない部屋しかないので、一人になってしまうからな。スタートワンのトレーナーには、そのあたりの了承をしてもらいたい」
「別にコイツの生活に細かく口出しはしてねえよ、好きにしろ。お前もそれでいいな?」
「いえ、その……」
少しは止めようというつもりがないのかと言いたいが、彼は基本的にトレーニング以外放任主義だった。ちらとこちらに目を向けるマルゼンスキーとミスターシービーに静かに頷きを返すと、二人はどちらとなく私の頭を撫で回した。
本当は色々と言いくるめて帰りたかったのだけど、今の麻痺が解けない舌周りの所為で言い返す前に次々と言葉が投げかけられ、反論が真面に出来なかった。しかもそれを三人同時に行ってくるものだから普通に言い負かされてしまい、もう半ば諦めている。
まあ一人でここから帰るだけでなく、明日も登校などの準備をするというのがかなり難しい事だったのは事実だ。甘んじて受け止めよう。
「それじゃあ、一旦私達も帰るわね」
「明日の準備も必要だしね。軽く荷物でもまとめてくるよ」
「ああ、それまでは私が見ておこう」
「トレーナーが心配すんぞ。どうなったか聞きてえって俺にまで連絡送ってきやがったからな」
「あっ…。そうだな、あまり話さずに来てしまったから、流石にトレーナー君にも事情を説明しなければ」
シンボリルドルフのトレーナーも心配してくれていたらしい。有難くもあり、申し訳なくもあり、なんて事を思っていると、三人がそれぞれに動き出した。
「とにかく、ちょびっと待っててくれるかしら?」
「絶対に動かないようにね?」
「…わかりました」
「私も今日はこれで帰る事にしよう……ああ、そうだ。スタートワンのトレーナー、すまないが」
「なんだ?」
そういって部屋から出ていく間際、私にも聞こえないくらい小さな声でシンボリルドルフがトレーナーに何かを耳打ちする。怪訝そうだったトレーナーは、一瞬だけ目を見開いた後、ちらとこちらを見た。
……この後も、何か言われそうだな。
「ではスタートワン。また明日」
「……はい、また、明日」
にこりと微笑む彼女に、何とか笑みを返す。それに合わせて残る二人も一旦部屋を後にし、残された私とトレーナーの視線がまたかち合う。
「…………はぁー…」
深く溜息を吐いてから、トレーナーはベッドの横に置かれた椅子へ腰かける。仕方なく視線を合わせると、彼の手が私の頬を軽く引っ張る。
「いはい、れす」
「……何で言わなかった」
「あに、を」
「一人暮らしの意味、別モンじゃねえか」
ああ、やっぱり。彼の手が離れ、そして私の頭を撫でる。
「……事実、言った、だけです」
「何年暮らしてきた」
「…………十年、と、少し」
「お前の
「それなり、に」
「お前の十年が、どれだけ大きい事か。……分かってんのか」
「……大きい、です。間違いなく」
言わされた言葉だが、同意の気持ちが無いわけではない。
この世界に生まれ直した瞬間から、学園に来るまでのほぼ全てと言って良い時間。この数年で家族に会うまでの間を、私の感じていた孤独は隙間なく埋めている。それどころか、会ってから、そして学園に来てからの時間にすら、入り込んでいる。
それがどういうことなのかくらい、頭がおかしくなるまで考え続けてきたことだ。
「……でも、生きてます。だから、問題、ありません」
「大ありだ。もう一人で暮らさせるわけにいかねえだろうが」
「大丈夫、です」
「一人にさせると何をするか分かんねえから言ってんだろうが。今日明日でどうにかなる問題じゃねえんだぞ。」
「だいじょうぶ、ですから」
「スタートワン!」
「っ」
トレーナーの目は子供を叱るように、私を睨んでいた。
「どれだけ自分を追い詰めりゃ気が済むんだお前は」
「そんな、こと」
「スタートワン」
「……。」
「一人暮らしどころか実質天涯孤独の奴が言う大丈夫に、俺は安心なんざ感じねえぞ。今後入寮すると言わねえなら、俺が勝手に理事長に話を付ける」
それはもう強制と変わらないじゃないか。
「寮の、説明、会、聞いて、ないです」
「だったら荷物全部まとめて俺の部屋で生活しろ。それか俺がお前の部屋に荷物持ってってやる」
「……へんたい」
「大莫迦」
ふざけを許さない低い声に、言葉に困る。
……本気だ。彼は今、恥も外聞も、自分の今後すら捨てて、本気で言ってる。
「……私は、何も、問題、無いんです」
「スタートワン……!」
「……出来るだけ、一人で、居たい、です。こういう時、気持ちを、落ち着かせ、ないと……、怖いんです」
「……っ!」
「自分が、無意識に、吐き出して、しまう、のが。眠っている、間に、自分が、何を、するのか」
私が押し付けられた『EXECUTE→Don't Stop RUN』は、私に完全な制御を許さない。何かの拍子に、レースで許される上限を超える力が撒き散らされたら。もしもこれが暴発する瞬間、私以外の誰かがそこに居たら。
そしてそれ以上に。
誰かが居るという安心が私の心を緩め、秘密を勝手に話してしまう瞬間を作ってしまったら。
その瞬間がもしもあるとしたら。私はなによりもそれが恐ろしい。
「ほんとは、マルゼンスキーさん、達、入れるのも、怖いです。出来れば、このまま、一人で、帰りたい」
「…………。」
「帰らせて、ください。何も言わず、何も、せずに」
トレーナーは何も言わず、ただ口を噤む。私はただ、彼の次の言葉を待つ。
「……本気で言ってんのか」
「……当然、です」
「それでお前は、また耐え続けるのか」
「耐えられ、るん、です。貴方達が、居るから」
「――――ッ……。」
私の言葉に詰まったトレーナーの顔は、不満なんてものじゃない。一人にして欲しいという私の言葉にどう反論しようか考えている事だけは、私にも読み取れる。
「お願い、します」
「…………絶対に許さん」
「…、駄目、ですか」
「…………お前、何処で気を休めてんだ」
「貴方と、一緒に、居る時。それに、シンボリ、ルドルフさん、達と、居る時。沢山、あります」
嘘を言っている訳じゃあない。しかし彼の顔は少したりとも変わらない。
どうすれば、納得してくれるだろう。
「……俺の前でくらい」
「…はい」
「普通に喋れ。本当に、お前が安心出来てるってんならな」
「…………」
それは…………。目の前で、証明するしかないか。こっちも本気だって分からせないと、互いに納得出来ないまま平行線に終わってしまう。
「……ごめんなさい。ちょっと、時間、ください」
呼吸を整え、ちゃんと喋れるように構える。何も言わず待ってくれるトレーナーの為、じっと呼吸を繰り返す。
思い切り手に爪を立て、口を開いた。
「ごめんね、トレーナー。色々、迷惑かけちゃうの」
「…やっぱり、普通に喋れるんじゃねえか」
「無理してる、わけじゃないよ、形だけなのは、合ってる」
ここまで普通に話すのはいつ以来だろう。独り言でもそうそうしないのに。
鼻を鳴らす彼に少しだけ笑いかける。
「だったら。俺相手くらい出来るだろ」
「……ごめん、気持ちは、すごく嬉しいし、言った手前、ホントは守りたい。気が休む、っての、本気だから」
「!」
「でも、ほんとに、ごめん。これからも、多分口調、変えられない。」
「っ、なんでだ。癖っつっても限度が」
「トレーナーの、所為じゃない。ただ、こっちの問題。ずっと、このままだと……ふうっ、のまれる、から」
「のまれる?」
首肯を返し、彼を見る。一瞬表情の消えたトレーナーが、治まっていた筈の手の震えを見て、直ぐに言葉の意味を理解した。
だめだ、何時もより遥かに侵食が早い。精神的にバランスが悪いからか。……これじゃあ、あと数分と保たない。
「うそだろ……!?」
「うそじゃない。ただ、これは、もう…そういう、ものだから」
私の言葉遣いは、私自身が領域に飲まれないようにするための防御行為だ。自分の素が表に出ている程に、私は恐怖の中で無防備になる。“大人しくて、優しく、礼儀正しい生徒”を演じる事で、心に空間を持たせている。
独り言や起床直後といった極めて限定された状況でしか、私に恐怖を意識せずにいられるタイミングは無い。
「なんっ…、三女神、なんつう事を……ッ!」
「女神様、達の、所為、かは…っ、正直、私も…はあっ、分から、ない…。でも、こうなる、のは……っ! じじつ、だから」
一応フォローは入れておくものの、言葉が上手く紡げない。まずい、また息が上がってきた。早めに切り上げないと、周りに広げてしまう。
「……ごめん、これ、やめる」
「…………。」
唇を嚙み、肩で息をする状態から落ち着こうと深呼吸をはじめる。
戻ってきた僅かな身体の震えを収める事に集中した後、落ち着いてきたところでトレーナーに視線を向ける。
「……すみません。これ、が、限界、です」
また少し舌の周りが悪くなった。
頭を抱えそうな程に苦い顔の彼に、つい苦笑いを返す。
「私の、これ。一応、癖なの、事実です。ただ、同時に、こうしないと、おかしく、なってしまう、ので」
「……スタートワン」
「そんな、怖い顔、しないで、ください。もう、仕方ない、ことです」
少しでも変えられるなら、これまでの十年で代償を払ってでも改善させている。事実、ある程度の限界はあるものの、長年の経験でほぼ無意識レベルでの制御は出来るようにもなった。
その上で、最終的には私自身が意識をし続けなければいけないのだ。
今こうして意識的に言葉を変えているのも、唇と手から血を滲ませているのも、私の中で抑え込み周囲に実害を及ぼしてしまわないため。領域と言っていいのか分からない程に既存のそれと逸脱している『EXECUTE→Don't Stop RUN』が、必要な時以外常に首輪に繋がれてくれるように。
血を拭い、務めて笑みを浮かべながら彼の頬に手を当てる。
「ほんとに、使いにくい、ったら、ないもの、ですよね。三女神、さまも、いじわる、なんですから」
あ、ちょっと言葉を間違えたかな。泣きそうな感じになってしまった。
これは、うーん……。さっきと同じようにしたほうがいいかな。
腕を伸ばし、彼の頭を私の胸まで寄せる。
「!? お、おい…!」
「ほら、トレーナー、さん。さっき、言ったじゃ、ないですか。私、安心、出来るんですよ」
「……!」
「聞こえ、ますか? ちょっと、ずつ、落ち着いて、いくんです。怖いって、きもち」
抱きしめたトレーナーの耳に、湧き上がる恐怖にあてられた鼓動が、ゆっくり、ゆっくりと静まっていくのが聞こえているだろうか。私の中で暴れ続ける怖いという感情が、彼と一緒にいるだけで和らいでいくのが届いているだろうか。
「トレーナー、さんも、シンボリ、ルドルフさんも。ミスター、シービーさんも、マルゼン、スキーさん、も。他にも、沢山、たくさんの、人達と。一緒に、いると、私、すごく、あんしん、するんです」
誰かと傍に居る。その人と喋って、笑って、そうして同じ時間を過ごしていく。
それだけで、私は自分が抱えるもののことを、少しだけ忘れられる休息の中に居られる。しかもそれが、ここに居る限り何度でも繰り返される。
次が、ある。
一度失えば二度と手に入る事の無いものを、私はもう一度手に入れる事が出来た。私はとんでもない幸せ者だ。
「トレーナーさん。あなたの、おかげで、ずっと、しあわせ、なんです。これ以上、もういらない、くらい」
「…………」
「だから、これは、私の、わがままです。大切、だから、私の、せいで、危険な事、させたくない。自分で、なんとか、出来る事、は。自分だけ、で、終わらせたい」
完全な制御そのものは出来ていない。しかし、内側に留め置く事自体には成功しているし、その強弱、範囲も多少なら融通が利く。後は私自身がそれをどこまで操れるようになるかだけだ。
「私の事は、気にしないで、ください。ただ、一緒に、居てくれれば、私が、なんとか、します」
「なんとか、なってねえだろ」
「だから、色々、鍛えます。身体も、領域の、使い方も、考えて。もっと、もっと、強くなります」
皆を心配させるのは、私自身の能力、心、領域の扱い。何もかもが未熟だからだ。今回の事も、もっと恐怖に慣れていれば、或いは全てを受けて尚耐えきれるだけの頑強な心身があれば、ここまで影響を受ける事も無かった。これからの戦いを考えれば、効果もフィードバックも、今より洗練された、扱いやすいものにしなければならない。
彼を腕から放し、顔を合わせる。此方を見つめる黒い瞳が、私の顔を映し込む。
「手伝って、くれます、よね」
「…………。それだけで、いいのか」
「じゅうぶん、です。それさえ、あれば」
暫くの間、互いに視線を交わしたまま時間を過ごす。表情から読み取る限り……交渉は決裂寸前、ほぼ間違いなく寮か彼の部屋での生活を余儀なくされるだろう。同室を極力避けたい理由についてはちゃんと話したのだけど、むしろ喋り過ぎたかな。
暫くの間ほぼ睨み合いのような状態を維持していると、保健室の扉が開く。
「スタートワンさん、クラスメイトさんが荷物を持ってき……」
「あ、ありがとう、ございます」
私達を見て硬直した先生は、少しの間眉を寄せて周囲に視線を巡らせる。
「……ええと、その」
「はい」
「トレーナーと担当ウマ娘がそういう関係になるって事は、実は前々からある事だし、珍しい事でもないんだけど」
「はい?」
「出来れば、そういう事は保健室見たいに人が来る場所じゃなくて、もっとプライベートな所でやってもらえると……」
「あ、えー、と。違います、そういうのじゃ、ないです」
そういえば、ほぼ間近に顔を合わせて話をしてたんだっけ。私達の関係って、そんなに誤解されやすいものなのだろうか。
結局、先生に事情を説明している間にマルゼンスキーとミスターシービーが戻ってきてしまった。
転生タグ入れてるんですけど、これって実質保険扱いなんですよね。
でも成り代わりとか単なる変身でもないので、実は扱いに困っていたり。