G1目指して頑張ります   作:あかし/さんさい

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36 口を開かせるだけの関係

 きいきいと車輪の動く音が、足元から響いている。外灯に照らされる鞄を腕に抱えたまま、後ろから車椅子を押してくれるマルゼンスキーと私の隣を歩くミスターシービーに少しだけ視線を向けた。

 

「すみません、自分で、歩けなくて」

「いいのよそんな事。スタートワンちゃんが悪いんじゃないもの」

「ですが、病気とか、怪我でも」

「アタシだったら、病気でも何でもないのに歩けないくらい衰弱してる子の事、放っとかないかなー」

「……すみません」

「そういう時は謝罪じゃなくない?」

「……ありがとう、ございます」

「ん、よろしい」

 

 にこりと笑い頭を撫でてくるミスターシービー。嫌がるには少し体勢がよろしくないので、おとなしく受け入れる。

 

「口の方はまだ動かしにくい感じ?」

「…そう、ですね。まだ、ちょっと、痺れ、もつれ? が、あります」

「明日までに治ればいいけど、どうかしらねえ……」

「三日、あれば、大体、戻ります、安心を。明日は……、ん、ちょっと、難しい、かも、です」

「やっぱり直ぐはどうにもならないか」

 

 今までにも数日満足に動けなくなるようなフィードバックを受けた事はあるが、今回のダメージは私の許容出来た範囲の数倍酷い。多分、今生での最大ダメージだろう。

 

 あの炎で出来た馬……、間違いなくあれを直視した事で、私の中にある経験からくる恐怖ではなく、もっと根に深い、本質的な恐怖が刺激された。あれは後でいくらでも理屈をこねられる「怖い」じゃあなく、二度思い出す事すら脳が拒む「助けて」という感情に直結したもの。領域のそれよりもっと純粋で、そして悪質な類の力だ。

 この世界には存在しない生物を持ってくるだけでなく、それを使って私を仕留めに来るなんて。

 

「……、っ」

 

 指先の震えが戻ってきたのに気付き、二人に見られる前にこっそりと隠す。くそ、思い出しただけでこれか。本当に、一応は領域として形を保っている私のものよりも、ずっと鋭いものを流し込まれたらしい。

 

 この経験は、不用意に領域の糧にする事は出来ないな。レースで使えば他の子に手酷い怪我を負わせかねない以前に、私が二度と走れなくなる。

 

 こういう言い方はしたくないけれど、処刑するのなら、少しくらい手心というものを覚えて欲しいものだ。こっちだって好きでこの世界に来たわけでも、進んで勝負の場に来たのでもないというのに。

 そもそも、勝手に受験を申請しておいて自分達の眼鏡に適わなかったらポイ捨てするのは幾らなんでも傍若無人が過ぎる。全て説明しろとまでは言わないが、最低限の情報を渡すくらい……、

 

「ねえスタートワン」

「わっ」

 

 不意に視界一杯にミスターシービーが写り込む。前進する車椅子の前に身体を傾けてきたようで、彼女の顔は地面にほぼ平行な状態だ。

 というか、なんだいきなり。ちょっとびっくりした。

 

「なん、ですか」

「手、見せて」

「……えっ」

 

 思わず隠した手をより見えないようにしてしまう。どう考えても失策を行ったが、あくまで平素に努める。

 な、なんでいきなり。

 

「どうしたのシービーちゃん? 何かあった?」

「んー? いや、なんかちょっと…、なんとなく?」

「な、なん、となく」

「まあ、そんな気にしないでさ。ほら、早く見せてよ」

 

 ……手袋越しだぞ、勘が鋭過ぎて最早怖い。車椅子を止めさせ、いそいそと私の手を引っ張る彼女に折れ、されるままに差し出した。

 未だ震え続ける私の手を見て、朗らかだったミスターシービーの目が僅かに細められる。

 

「これは?」

「……その、ちょっと、思い出して」

「そんなやばかったんだ」

「……まあ、ちょっと、いろいろ」

「今、なんで言わなかったの?」

「……特に、言わなくて、いいかな、と」

 

 じっと見つめるミスターシービーの目からつい逃げる。見透かされた後だと、流石に視線の圧が強い。シンボリドルフのそれが上から押し付けるように強く負荷をかけてくるようだとするなら、ミスターシービーのそれは真正面からゆっくり押し退けられるかのようだ。

 

 どうしようもない、と言わんばかりに肩を竦めた彼女は私から視線を外し、直ぐ後ろへ向け軽く顔を上げる。

 

「マルゼンスキー、早く行った方が良さそうだね」

「……そうね。スタートワンちゃん、冷蔵庫にご飯とかって、ある?」

「いちおう、まだ、食材は」

「じゃ、今日はそれを使わせてもらおっか。……時間も押してるから、早めにね」

 

 私でもなんとか聞きとれる程に小さく呟かれた最後の一言で、私は何故二人が、というより、ミスターシービーがここまで強行についてきたのかを察した。

 ああ、尋問したかったんだな。もう言える事は無いって言ったのに、全然信用されていないなあ。ここまで来たら根掘り葉掘りって所か。

 

 どのくらいまで話せばいいだろう。この世界に来た直後の事は話せないから、つつかれ過ぎると困るのだけど。

 

「おて、やわらかに」

「パパッと話してくれればいいよ」

 

 

 

 住んでいるマンションが車椅子でも利用できる場所で良かったと思う。扉を開くと、ミスターシービーが車椅子で邪魔なはずの玄関先をすり抜けて先んじる。

 

「お邪魔しまーす。ほら、スタートワン」

「……その、手は」

「抱っこしたげるから、手、伸ばして」

「……ちょっと、歩く、くらいなら」

「スタートワンちゃん、強情言わないの」

「…………」

「ん、言う事聞けてえらい」

 

 私は要介助者じゃないのだけど、なんて思いながらも抱えられたままリビングへと通される。マルゼンスキーが車椅子を邪魔にならない位置に移動させている間に壁のスイッチを押そうとするミスターシービーの手を軽く促し、場所を教える。

 

「ありがと」

 

 ぱちんと音がして、部屋の中が照らされる。一瞬視界が眩み、薄く目を開く。

 

「……なにこの部屋」

「きれい、には、してますよ」

「いやまあ、そりゃ散らかってはないけど……」

「お邪魔するわね…って、これ……」

 

 何故そんな絶句を。いやまあ、だいぶ質素で女の子らしい部屋ではないけども。

 

「ここで暮らしてるの?」

「そりゃ、家、ですし」

「ここ、何もないじゃない」

「ちゃんと、あります。机も、テレビ、だって」

「そうじゃなくて」

 

 そんなに変かな。つい自分のリビング代わりの空間に目を向ける。私の住んでいる部屋はそこまで大きくないので三人は少し窮屈ではある。二人で生活する学園の寮と比べれば、多少広くはあるけれど。

 

 テレビとソファ、それに二つ並んだ大きい組み立て式の本棚と、録画した映像を保存したビデオケース。座椅子の前に置かれた机にはライトスタンドもあるし、風呂とトイレだって別である。食卓もあるので三人くらいならぎりぎり同じテーブルで食事も可能だ。

 あまりものを置いていないのは確かだが、それにしたってこの反応は……、ああ、そういう事か。

 

「あ、細かい、ものは、もう一つ、の、部屋、です」

「あ、うん。そこでもないかな」

「スタートワンちゃん、この部屋、ベッドは?」

「それも、もう一つ、に」

「なるほどね…。」

「申し訳、ないですが、人、が、来た時、用の、布団、無いので、ベッド、使って、ください」

「……何処で寝るの?」

「ソファ、あるので」

「ダメに決まってるでしょ! ちゃんと自分で使いなさい!」

 

 駄目かあ。まあ、人が普段使いしているベッドってちょっと使いにくい感じはあるけれど。

 そんな事を思っている間にミスターシービーに運ばれ、座椅子に乗せられる。他に座らせられる場所が無いからだろう。自力で身体を起こすのは少し大変だが、まあ我慢出来ない程でもない。つけていても邪魔だし二人には既に見られているので、手袋を外し、首の包帯も緩めて机に置く。

 

「あ、座布団、そこの、収納、です」

「ん、おっけー」

 

 座布団を取り出した二人が、私の傍にそれを置いて腰掛ける。首を回してそちらを見て、何とか頭を下げた。

 

「まず、お二人とも、ありがとう、ございます。ここまで、送って、くださって」

「そのくらいなら別に気にしないよ」

「そうね。むしろ、今のスタートワンちゃんを一人にしておく方が…ちょっと、不安になるわ」

「それは、まあ、申し訳、ありません」

 

 活動出来なくはないけれど、苦労するのは確かだ。人出があるのが助かる事は誤魔化せない。

 

「あまり、暇、潰せる、もの、無い、ですが。ゆっくり、して、ください」

「暇……、まあ、うん」

「……スタートワンちゃん」

「なん、ですか?」

「この部屋なんだけど。ちょっと、シンプル過ぎはしないかしら」

「……そんなに、気に、なります、か?」

 

 つい視線を部屋の中へ移す。言われればインテリアはそこまで多くないし、決して広くない部屋の壁に並んだ本棚は、私どころかトレーナーの背よりも高いので圧迫感も感じさせる。一応綺麗にはしているのだけど、それが逆に殺風景さを作っているのだろうか。

 

 んー、彩りというか、何かしら可愛らしいインテリアがあればよかったのかな……、ああ、そういえば。

 

「えと、ほら、これ、とか、どうです? この間、外へ、出た時に」

「ルドルフのぬいぐるみ?」

「確かに気になってたけど、それ、近くのゲームセンターで買ったの?」

「はい、クラスメイト、と、一緒に、取りまして」

 

 以前クラスメイトと一緒に外出した際寄ったゲームセンターで、彼女が取ったものを貰ったのだ。こうしたものは製品の品質も廉価なものになりやすいが、URAが関わっているからか普通に店内商品として置かれていても違和感が無い。

 

「他には無いの?」

「……それだけ、です」

 

 我が家にあるぬいぐるみやクッションのようなものはこれくらいしかない。いや、寝室のベッドにあると言えばあるけれど、眠る時用のものなので部屋に飾るものはこれだけだ。

 

「そんなに、気に、なります?」

「えっと、別にアレコレ色を足せって事じゃないのよ」

「写真とかさ、置かないの?」

「……あんまり、好きじゃなくて」

 

 取られること自体が嫌いという訳では無いのだが、自分の姿が何時その中から消えるのかと考えてしまうので身の回りに置いておくのが苦手なだけだ。後マスコミに写真を盗撮された時の事も思い出すというのも理由にはある。二人の手前口には出せないが。

 

「まあ、自分がいいならあれこれ言うつもりはないんだけど…」

「……今度、私の部屋のもの、幾つか持ってってあげるわね」

「それは、丁重に、ご遠慮を」

 

 親切心なのは分かるのだけど、マルゼンスキーの私物って基本的に高級品が多いイメージがあるからちょっと遠慮願いたい。というか実際に幾つか値段の確認をしたこともあるので、渡されても使い道に困ってしまう。

 

「それより、早めに、ご飯に、しましょう。明日も、授業、あります、ので」

「ああ、そうだったそうだった」

「仕方ないわねぇ…。キッチン、ちょっと借りるわね」

「はい、どうぞ」

「二人共ちょっと待ってて。お姉さんがおいしいもの作ってあげる!」

 

 一人キッチンへと入っていくマルゼンスキーを見送った後、残ったミスターシービーに視線を戻す。

 

 少し離れた場所からかちゃかちゃという音だけがリビングに響く。

 向かい合う視線はあまり温かみが無く、これから始まる事がどういうものなのかを示しているかのようだ。

 

「どうしても、話して、ほしいん、ですか」

「まあ、ね。アタシだけじゃなくて、ルドルフもマルゼンスキーもそうだよ。当然、スタートワンのトレーナーもね」

「……つまらない、話です。聞く、必要なんて」

「つまらない話をするつもりはないだろうけど、こっちは大事な話を聞く気があるんだよね」

「……ああ言えば、こう言う」

「こう言ってるんだから、もうああ言っちゃだめだよ」

 

 ……だめだ、言葉遊びじゃあこの人には勝てそうにない。

 

 揺れてしまう。

 揺れてしまう。

 必死に固めてきた壁が、崩れてしまう。

 

 

 

 頭を振り彼女に続きを促す。それを受け、ミスターシービーはニコリと笑みを浮かべた。

 

「このタイミングで聞いてごめんね。さっきも言ったけど、一人にするのは不味いと思ったし、何も聞かないのも不味いと思ってるからさ」

「心中、お察し、します。ですが、お二人を、離したのは」

「あくまでアタシが個人的に聞いてるだけだからね。ルドルフはああ言ったし、マルゼンスキーは元々こういうの向かないから。アタシもシニアに上がったばっかだから、人の事は言えないけど……その分、まだ聞きたい事、色々あるし。言っとくけど、簡単には引き下がらないよ」

 

 独断専行……とはいえ、そういう言い方をされると、ちょっと困るな。

 

「……損な、役回り、させて、すみません」

「ホントにね。保険の先生こっそり言ってたよ、何時でも落ち着いてて手が付けられないって」

 

 そこまで口が堅いように思われてたんだな。言えないから言ってないだけで、言いたい事は結構色々と言ってきたつもりなんだけど。

 

 しかし、そこまでして私から情報を引き出そうとする必要なんて無いと思う。三女神との関係については軽くとはいえ話したわけで、そこに付随する私自身の事も領域そのものについても話はしたというのに。

 しかもミスターシービーは生徒会じゃあないから、又聞きする相手としては信憑性に欠けてしまうんじゃないだろうか。いやまあ、三冠ウマ娘の言葉を信じない者がいるというのも用心深すぎるだけではあるのだが。

 

 んー…、情報の飛びが多いから、改めて整理をしたいとかだろうか。こっちもちょっと、気を付けないといけないかも。未だ呂律は回らないが、出来る限り応えていくことにしよう。

 

「嫌な事がある時は全部断っていいよ。そこまで無理には聞かないから」

「こちらも、なんでも、隠して、ますから。言える事、それなりに、言います」

「……ん。とりあえず順番に聞いていくとして。一応準備の時間も取れるけど、どうする?」

「……いえ、大丈夫、です。続けて、ください」

「おっけー。……最初に聞きたいのは、スタートワン。君自身の話」

 

 さあ、早速話しにくい所から来たぞ。

 

「聞きたいのは、一人になった時期と、領域の存在に気付いた時。保健室で聞いた時は子供の頃だって言ってたけど、具体的には?」

「……大体、十年、くらい、前です。細かな、時期までは、すみませんが、私も、曖昧で」

「そっか…。やっぱり、領域の事があって?」

「恐らく、ですが。気付いたら、一人で、暮らして、ました」

 

 嘘ではない。

 

「……ごめん、そこもうちょっと聞かせて。家族から、何か話とかは? 何があったのか、とか、一緒に居られないのはこういう理由で、とか」

 

 まあ、聞くよなあ、このあたりの事。

 連絡自体はある…みたいに誤魔化す事も出来るけれど。証拠を見せる事が出来ないので詰められるとばれてしまう。

 無理にぼかすのはやめたほうがいい。

 

「なにも」

「……本当に」

「はい。もう、十年以上、消息も、分かりません」

 

 ウマ娘となったあの日から、家族との関わりはない。私が一方的に、今も住んでいるだろうあの人達の住所と連絡先を覚えている程度。

 あの日から、私達は「同じ血の親類」ではなく「どこかよく似た他人」になった。

 

 ミスターシービーは暫くの間言葉に悩んだようだが、諦めたように首を振り、もう一度此方へ目を向ける。

 

「ごめん。言いにくい事まだまだ聞くから、覚悟してね」

「承知の、上です」

「……分かった。それじゃあ、次に行くね。聞きたいのは、今回の加護について。何をされたってのは絶対言いそうにないから、アタシの推測交じりで聞く」

 

 まだ数時間と経過していないというのに、もう推測できるレベルまで情報を整理したのか。

 

「多分だけど、三女神の噴水のところまで、それから加護を受ける直前くらいまではアタシと同じなんだと思う。どういう違いがあるってのは個人差もあるんだろうけどさ」

「そう、ですね。そこは、三女神も、あまり、いじって、ないと、思います」

 

 誰かに呼ばれた気がして噴水前まで行き、継承の空間へ飛ばされる。アプリで散々見てきた流れは今回私自身が見てきたので、あそこまで手は加えていないのだろう。

 

「で、今回スタートワンが見たものは自分の前を走る誰かを見なくて、体が熱くなって力が湧いてくるような感じも無かった」

「……。」

「しかも、それはスタートワンにとって思い出すだけで震えが止まらなくなるような経験だった。そこは間違いないよね」

 

 そこまで細かく推測したか。根本の見ていたものが変わらないから、順序立てやすかったのかもしれない。

 嘘を言ったところで意味が無いので頷く。

 

「その結果、数日以内に万全に戻せるとはいえ、丸一日立てないどころか喋る事もままならないダメージを受けた。しかもその事実を、一旦はアタシ達にまで隠そうとした。ここまでで反論は?」

「…無い、です」

「ん」

 

 自分の行動を客観的に教えられると、その異常性が見えてくる。どんな意図があったにせよ、自分に危害を加えられたにも関わらずその相手を庇うような対応をすれば、そこに表には出ていないなにかを見出すのは当たり前の感性だ。

 

 見つめられる視線に圧されるのを自覚しながら、それでも口を噤む。少しの間耐えていると、やれやれと再び首を振ったミスターシービーが視線を一度切った。

 

「ま、ここはこんな感じでいいかな。次に移るね。聞きたいのはスタートワンの領域の事」

 

 ああ、そこもか。一応ホープフルステークスの時に領域のシステム周りの話はしたのだけど、そこだけじゃ足りないよなあ。

 

「三女神に渡された、っていうのは、ほんとに突然だったの?」

「……はい。祈った、とか、以前に。見てすら、無かった、時に、です」

「じゃあ何で、三女神が行ったと思ったの? 領域ってさ、普通それぞれが自分で獲得するもの、って感じでしょ?」

「最初は、原因、分からな、かった、です。ほんとは、今も。でも、色々、調べて、考えて。三女神、以外、思い、つかなかった」

「……そこまで、自分のものだと思えないんだ」

 

 私の考え方がおかしい事は分かっている。使い方が分かる以上それが私の中から創出されたものであるという結論になるのは当たり前で、そして私以外の全てのウマ娘においても、領域はそうして獲得されてきた。

 

「加護は、三女神の、像が、ある場所、だけで、起こって、るんです、よね」

「一応はそう聞いてるよ。アタシも、あそこに居る時だけアレが起こったし」

 

 ミスターシービー、というよりシンボリルドルフ達三人が掘り下げたいと考えたのも、ここが理由だろう。

 私の発言をまとめると、私が領域を発現させた…、私がウマ娘となったあの日。三女神は継承のための時期も場所も無視して、唐突に私に手を加えたという事になる。

 それはこれまでの慣習からすれば、絶対に起こり得ない。だからこそ私の話す事は、本来疑うべき事だ。

 

 では、その疑うべきことが、本当に起こったことであるのなら。

 

 

「……ミスター、シービーさんは。領域が、なにか、考えた事、ありますか?」

「……なに、って。まあ、アタシ達ウマ娘がそれぞれ持ってる、特別な力だとは分かるけど……」

「そこは、間違い、ないです。でも、そもそも、領域って、何、でしょう」

「それは……、そのものの事だよね。何がどういうものかって、どういう事?」

 

 領域、そして固有スキル。学園への入学までの間自分の恐怖(これ)を弄繰り回して、私はこの世界の領域に、ある程度のルールがあると考えた。

 それが個々のウマ娘を表す力であり、どちらも似たものであり。そして両者は別の存在であるという。

 

 軽く咳払いをして、少しでも喋りやすくする。

 

「ミスター、シービー、さん。領域は、受け継げる、かも知れない、って。考えた事、ありますか?」

「受け継ぐ…って、形も無いのに、受け継げるものなの?」

「必ず、とは、思いません。ただ、三女神、なら、出来る、かも知れない」

 

 固有スキルはあくまでゲームシステム上設定された特有の技術のようなものであり、各競走馬の過去を照らし合わせて設定されている。発動も視覚的に、且つ自他共に認識できるようになっている。

 それに対し領域は集中状態からくるパフォーマンスの向上。名称は漫画の技法としてついているだけであり、ある程度客観的な判定は出来るものの、発動したかどうかはあくまで本人の認識でしか分からない。

 媒体の差を考慮しないとしても。根本の部分に置いて、その在り方は違っている。

 

 最も重要な点として。領域は発現しても継承されるものではなく、固有スキルは幾度も、幾人にも受け継がれていく。

 簡単に言うのなら、この世界における領域とは、あくまで『シンデレラグレイ』から名称を借り受けただけの。ただの固有スキルなのだ。

 

 そして固有スキルは単なる“目に見える集中”ではない。限りなく物理的な現象を伴う“共有出来る幻覚”である。

 限定された環境下のみという前提は付くが、目に見える、現象を発生させている以上、そこには物理現象に近しいことが起こっている。質量の存在しない物質と言えばいいのだろうか。異質で、奇妙で、そして実に非科学だが。確認出来る以上、それを非科学という事は出来ても存在しないものであるとは言えない。

 

 三女神が働きかけた結果の力なのか、それともこの世界そのものの持つ特徴を三女神が操っているのか。そこはどうでもいい。

 重要なのは、同じように目に見える、そして三女神によって共有される幻覚……加護も、固有スキルに似た現象を起こしているということ。加護(継承)のシステムと固有スキル(領域)のシステムに、互換性があってもおかしくないという事。

 

 つまり。この世界の継承のシステム上、三女神が私に『EXECUTE→Don't Stop RUN(私の領域)』を渡してきた可能性は、否定出来ない。

 

「加護を、受けると、強くなる。それは、皆さんが、仰った、事です。恐らく、自分で、作り出す、領域と、受け継がれて、渡される、領域。二種類、あるんじゃ、ないですか?」

「……………………」

 

 長い沈黙が、遠く響くマルゼンスキーの調理の音を浮き彫りにする。推測前提の問いだったが、彼女にも何か、思う所はあったらしい。

 彼女の、というより、競走馬ミスターシービーの事を含めての事だが。それぞれの血には、切り離せない特別のものが受け継がれている。物理的でないにせよそれを受け継いでいる彼女も、何かしらの形でそれを意識する時があった筈だ。

 

 少し迷ったような素振りの後、ミスターシービーは私の方を見て、呟いた。

 

「……アタシの領域はね」

「……はい」

「アタシだけじゃあ、多分完成しなかった。三女神の加護があって、初めて今の形になったんだ」

「それは、つまり」

「もしかしたら、スタートワンの言った事は、合ってる可能性がある。勿論、アタシも生徒会とかちゃんと知ってる所に聞いたわけじゃないから、正確な事は言えないけどね」

 

 この世界での領域のシステムがどうなっているかは分からないけど、多分、ミスターシービーの場合は継承を受ける事で未完成だった自身の領域を完成させたという事だ。以前も言っていた、完全なものは出せなかったという話は、恐らくここと繋がっている。

 

 それが父に当たる競走馬トウショウボーイの縁を通してなのか、それともこの世界で残されてきた様々なものからなのかまでは分からないが。

 少なくとも、私の仮説を補強出来る程度には重要な情報だった。

 

「スタートワンは、アタシのパターンと同じ事が自分にも起こったと思ってるの?」

「……恐らく、そういう事、だと、思います。そして、私の、ものは。ミスター、シービー、さんの、領域、よりも、方向が、違う」

「方向って、いうのは」

 

 領域はそのウマ娘の“在り方”で。固有スキルは元の生を()()()事だ。

 

 込められた想いの強さが前世を含むだけでなく、そこに今の生故の感情というプラスアルファを加える領域の方が、その性能は強力になる。そしてその代償として発動に大きなむらを持ち、身体に過剰な負荷をかける。場合によっては、一生付き合わなければならない程の対価を求める。

 対し固有スキルはパフォーマンスこそ領域には及ばないが、高い安定性と再現性を持って使用する事が出来る。勝負の場である為に身体にかかる負荷は避けられないが、それを踏まえても余力を残す事も難しくない。似ているようで、決定的に違う。

 

 そしてもう一つ違うのは――固有スキルは掛け持ちが可能という事。

 一人の身体に二つのスキルを、どころか他人から受け継いだものであっても、それを用いる事が出来てしまう。

 誰かの思いを受け取った時点で、形ある力の一端を身に宿す。使用者本人ではないために性能は得てして落ちるが、その一部ですら本人の使っていたものを再現出来る。

 

 

 『EXECUTE→Don't Stop RUN』の効果は『恐怖を与える』事。

 『恐怖を与える』とは、単に相手を驚かせて怖がらせる事では無い。発動時の風景は単なる映像でしかなく、これ自体が意味を持っているわけではない。

 

「二人共、料理運ぶの手伝って……」

「私の、これは。私が、受け継いで。私が、作り直し、している。渡されたものに、アレンジが、かかっている。そして」

 

 料理を作り終えたマルゼンスキーが皿を手にこちらへ来るのを視界の端に捉えながら。それでも私は目の前で固唾を飲むミスターシービーを見つめる。

 

 この力は怖かったという経験によって発生した『感情のみ』を相手に押し付ける。何故恐れるかという経緯を省いて発生する感情故に、防ぐことが難しい。

 しかし恐怖とは経験を経て発生するものだ。自身の感情が揺さぶられる程の体験だからこそ、恐怖は鮮明に表れ、記憶に残る。本能に刻まれると表現されるのも、結局は『刻まれる程の経験』があったからだ。

 

 では、『EXECUTE→Don't Stop RUN』によって押し付けられる恐怖(それ)は“何”が原因となって“誰”が発生させたものなのか?

 

 

「この、恐怖は。私、自身のもの。「死にたくない」という、気持ち。それが、私の、領域です。怖い経験を、するほどに、私の力は、強くなる。制御が、できないほどに」

 

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