シリウスシンボリ。
前年クラシック三冠を獲得したシンボリルドルフを送り出した新堀牧場が、期待と共にクラシック戦線へ挑ませた次の競走馬。多くの経緯から皐月賞と菊花賞こそ落としたものの、東京優駿を勝利、二年連続、同一冠名のダービー馬という珍しく、そして栄誉ある称号を齎した新堀牧場の栄華を表すうちの一頭。
その現身たる少女を含めエキシビジョンレースを観戦した私は、現在彼女と二人きりで学園の端、人もまばらな校舎裏へと足を運んでいた。家族の方は元々カツラギエースが担当する予定だったので、後の事は任せている。姉妹には大分ごねられたものの、カツラギエースが本来の案内人だから仕方ないという両親の説得もあり何とか離れてくれた。本人が笑いながら許してくれたからまだよかったものの、カツラギエースには後で謝っておかなければならない。
因みにエキシビジョンレースはマルゼンスキーとミスターシービーがデッドヒートのままゴールし、数分審議を続けた上で同着という形になった。まああくまで催しなので、そこまで厳格にする必要は無いのだろう。
塀と校舎の境目。比較的狭い道の中で、シリウスシンボリは私に向け小さく頭を下げた。
「まずここまで来てもらって感謝する。知り合いとの時間を邪魔したのは……あー、まあ、悪かった」
最初のパンチが聞いたのか、シリウスシンボリの態度がかなり静かだ。私の反応を確認しているような素振りにも見える。
無理に怒らせるようなことはしたく無いくらいに私の事が気になっているという事なのか、それとも。
「まあ、どうしても来て欲しいようでしたから。それで、ここまで私を連れてきた理由は?」
「…遠慮とかないのかよ」
「遠慮している時間がもったいないです」
「そうかよ。……じゃあ、いきなりだがはっきり聞かせてもらおうじゃねえか」
そうして彼女は身体を屈め、私の眼前に顔を近付ける。
「私はシリウスシンボリ、あんたがこれまで仲良く付き合ってきたシンボリルドルフと同じ、シンボリのウマ娘だ」
「それはお名前から把握しております」
「そして私は、あんた以上にシンボリルドルフの事を知っている」
「幼馴染だそうですね。時折お話は伺っておりました」
「じゃあ知ってるじゃねえか」
「自己紹介も真面に出来ない人に話しかけられたのは初めての事でしたので、つい」
「……チッ、続けるぞ。私はこの一年、シンボリルドルフのレースを見てきた。何時までもつまらねえ走りをしてるアイツをな」
「……つまらない、ですか」
「ああ。アイツの走りはあんなちんけなものじゃない。もっとぎらついて、もっと研ぎ澄まされて、そして……、」
そこで言葉が一度止まり、再び続く。
「ルドルフはその走りを捨てた。これからは全てのウマ娘の為に結果を出さねえと、シンボリのウマ娘に相応しい在り方を、だとよ」
「あなたは、それが気に入らないと?」
「当たり前だろ。……アイツの、アイツの走りは、あんなもんじゃないんだ」
彼女にとって、今のシンボリルドルフの在り方は納得がいくものでは無いらしい。各媒体でも描かれていた歪な関係は、この世界でも変わっていない。
「そんな中で、アイツが対戦を楽しみにするライバルがいるってインタビューで語ったのを見た。それがお前だ、スタートワン」
……ライバル、か。
「そして、去年末のホープフルステークス。お前と共に、アイツが走るのを見た。相変わらず面白くない走り方だったがな。……、だが……。」
「…だが?」
「……だが、ルドルフは楽しそうだった。昔見た時と同じくらい…、いや、もしかしたら、あの時以上かもしれねえくらい。アイツは心からレースを楽しんでいた」
「!」
かつてのシンボリルドルフを知る彼女が、思わず唸る程。あの時のレースは、それほど見違えたものとなっていたのか。
……しかし、それを理由に私を呼び出すという事は。
「あなたには、それが不服だったのですか?」
シリウスシンボリにとって、シンボリルドルフは越えるべき目標であり、同時に幼い頃その走りを記憶へ刻み込まれた相手でもある。上に立つ者として義務感を持ちレースへ出る姿を嫌うほどに、彼女はかつてのシンボリルドルフを求めている。
そんな彼女が、今の義務と充実のバランスを保ったまま走る”皇帝サマ”の姿を見た時、そこに感じるのは強い反発の筈だ。
二度とあの走りを見る事が出来なくなるかも知れない。そうなりかねない現在の状況は、彼女にとって一番危険な筈だ。
そこまでは私も想定していたし、最悪互いの関係を悪化させてしまう可能性も考えていた。
いざとなれば私を仮想敵に据えさせる事で関係の修復をするという策も考えていたのだけど……、シリウスシンボリの顔には、問われたことに対する負の感情こそ見えるものの、明確な敵意のようなものは見受けられない。
それどころか。
「……悔しいが。今のルドルフ相手じゃあ、私にあの顔はさせられない。多分だが、これから先も不可能だろうな」
「……」
「今のアイツは確かに、走る事を楽しんでいる。勝った先にあるものだけじゃなく、今ある勝負をじっくりと味わうようになった。それは私じゃない、アンタの力だ」
手放しの賞賛に少し驚かされる。罵られこそすれ、よもや褒められるとは思っていなかった。
「それは、良い結果では無いのですか?」
「確かにな。私の求めた結果とは違うが、まだ我慢出来なくもない」
「なら」
「――お前の存在を、除けばな」
思わぬ発言に一瞬行動が遅れ、塀を壁に身体を抑えられたまま、顔の直ぐ隣に手が叩きつけられる。睨みつける瞳は――
「ルドルフは自分のやりたい事を楽しみながら出来るようになった。私はそのルドルフを気にする必要が無くなった。……だが、私達の間に居るお前は、何のためにここまでの事をやった? 私が見ていなかった半年の間に――あんたは、ルドルフに何を見た?」
……そうか、シリウスシンボリから見れば、私の存在の方が遥かに異常なんだ。
長い付き合いがあって、かつてのシンボリルドルフを見ているからこそ固執する彼女に対して。ほんの一年前に初めて会って、それから極めて短い時間で今の彼女の走りを手伝っている私は、情報の少ない謎の女という事になる。
彼女に勝ちたい、彼女を越えたいという関係ではウオッカとダイワスカーレットが有名だが、あれと比べれば私とシンボリルドルフの関係は互いに一方的で、それでいて圧倒的な上下関係の基に形作られている。
何のために行動しているのか分からないだけでなく、理想の相手を誑かし、自分とは違うアプローチで楽しませる事の出来る私は、正に不倶戴天の敵に見えるのだろう。当然存在が気になるだけでなく、出来れば自分からも遠ざけたい相手に映るわけだ。
「私は邪魔者、ですか」
「…まあ、そういう事だな。言っておくが、非難するつもりじゃない。私は知りたいんだ。今のルドルフの、どこにお前が魅了されたのかをな」
「魅了……、」
多少の贔屓は自覚しているが、別にシンボリルドルフに心酔しているわけではないのだけど。
彼女がそう問うという事は、傍目にはそう見えているのか。今後は少し気を付けた方が良いかな。
しかし……理由、か。今の彼女を手伝いたいと思う理由。アプリやその他の媒体でも語られた、彼女の未来への覚悟。それが私の老婆心と言ってもいい感情を刺激している事が理由の一つであるというのは間違いない。
ただ、シリウスシンボリはその答えを拒むだろう。彼女が聞きたいのは私個人の、もっと独善的な欲望の現れた本心からの言葉だ。
「……才能と、努力と、運。この三つが完璧に備わっていなければ、レースを勝つことなど出来ません」
「……。」
「どれほどの才能があろうとも、どれほどの努力を積み重ねようとも、どれほどの運に恵まれようとも。その全てが合わさっていなければ、どんな苦痛を耐え続けたところで、結局は負け続ける」
「……それが勝負だ。そして、アイツがどんな目標を掲げようと、その事実は揺るがねえ。負けた奴を救いたいってんなら、勝たせるしかねえんだよ」
ナイスネイチャの“ブロンズコレクター”。或いはシーキングザパールの子であるシーキングザダイヤ、結果的にはG1勝者となったヴィルシーナ、ゴールドシップの父ステイゴールドの“シルバーコレクター”。
今でこそ愛すべき呼び名として語られる事の多いこれらの称号は、同時に「
一着と二着と言えば聞こえはいいが、所詮それは「勝った」と「負けた」だ。ニアイコールですら無い。
「それは否定しません。彼女の発言は、何処まで行っても夢物語です」
シンボリルドルフの言う『全てのウマ娘への幸福』にこうした子達は想定されているのだろうが、それは無敗神話と呼んでもよいものを残したシンボリルドルフになし得る未来ではない。
彼女は勝てない悔しさを知っているだけで、それを真に理解し、寄り添い、そして支えるという事が出来ない。そうした感情を全て糧として、尚前へ進む事が出来るから。そこで足を止め、迷い、苦しむ事が出来なかったから。
根本的に思考が違うのだ。何故なら彼女は“
出来もしない事を無理してするくらいなら。本来の自身の姿でいてくれる方が、見ている此方も苦しむ姿を見なくて済む。
シリウスシンボリはこう考えている。そして私自身も、同じことを考えている。
「……なら、何があんたを衝き動かす」
そしてその志を支持するだけでなく、自身と同じように圧倒的な力に叩き潰されて尚未だ刃向かう姿勢を崩さない私に、何かを感じている。無駄に長く苦しもうとする、
内実が良いものか悪いものか、それは聞かなければ分からない。
なら、私が言う事は簡単だ。
「そう、ですね。敢えて言うのなら、私がしたい事と彼女がしたい事は、重ならなかったというだけです」
「…はあ?」
「負ける事は勿論悔しいですよ? ですが、目的が違うから、彼女の事を手伝える。競い合う理由が無いから、彼女と競い合う事を楽しめる。あなたには、それが妙に見えるのだと思います」
流石に自分でも意味の分からない事を言っている自覚はある。しかし、こういう言い方くらいしか出来ないのも事実だ。
私は勝ちたい。出来ればG1だって取りたい。シンボリルドルフと戦い勝ち取れたなら最高だ。
だが、それは様々な情報や感情を一纏めにした最終的な結論であって、別に勝てなくても構わない。私の存在が消えるその時まで、ほんの少し何処かに刻まれてさえいれば。育成シナリオにおけるアストンマーチャンのそれと比べれば少し動機が不純なだけで、本気な事は変わらない。
「私は彼女の手伝いをする事が楽しいんです。ただそれだけ。彼女の理想が何であれ、彼女が楽しんでいるのなら、私がそこに当てはまらなくても構わない」
誰でもよかった。自分のレース人生で、ついでに誰かの手助けが出来たのなら、誰でも。
そこに偶然シンボリルドルフが居て、だから私は彼女の栄光を支える事を選んだ。
シンボリルドルフの陰に隠れながら、私は自分の好きなように、楽しく走りたいだけだ。その果てにどうなろうと、その時はその時決めればいい。この間みたいのは流石に勘弁で、せめて痛みや恐怖無く、静かに消えさせてくれればそれでいい。
シンボリルドルフは
どうせこの世に残らないのなら、残っている間だけでも楽しみたいのだ。
「結局はその程度の事です。シリウスシンボリさんの求める答えとは違うでしょうが、どうかご理解をお願いします」
ありのままの言葉に、シリウスシンボリが見た事の無いものを見るように私を凝視する。
「そんな顔をされても困るのですが……、とにかく、私にあなたの考えるような特異なものはありません。今後もシンボリルドルフさんとは対戦する事になりますが、どうかその時も悪しからず、羽虫の足掻く姿を笑ってください」
それではと会釈をして、彼女の腕を擦り抜け校舎裏から移動を……しようとしたところで。
「まて!」
腕を掴まれ、再び向き直される。最初の頃は何処か余裕のあったシリウスシンボリの顔は真剣なものになっていた。
「何でしょうか?」
問うと、数拍の沈黙。遠く響く感謝祭の音だけが続いて、それから小さく息を飲む音。
「なんで、そんな事が出来る。」
「言ったでしょう、私とシンボリルドルフさんは意見がかち合わないから……」
「そうじゃねえ!」
今度は両肩を掴まれた。なんだ、何がそこまで彼女を切羽詰まらせる。
「あんたのそれはルドルフへの自己犠牲ですらねえ、なんなんだそれは、ウマ娘だろ、もっと勝ちたいと思わねえのか」
「…? 勝ちたいですよ? でも、それはそれです」
マルゼンスキーなんて正にそうだろう。走る事が楽しくて、一緒に競う事が愛しくて、だから何度もレースへ臨む。私も似たようなものだ。
「彼女と走るのは…まあ辛いと言えば辛いですが、楽しいんです。私の予想を遥かに超える強さで、常に私を叩き潰してくれる。だからもっと頑張りたくなるんです」
全力で夢を追いかける子供の手伝いが出来るなら、大人として嬉しい事は無い。
私を掴んだまま顔を俯かせるシリウスシンボリ。やっぱり、思考が違うと受け入れるのも難しいのだろう。
とはいえ、それは私の知った事では無い。今度こそ硬直したその手を肩から放し、一礼して去る。
「これでもう話す事はありませんよね。では、今度こそ……」
「……くわねぇ」
「……? なに、をっ……!?」
呟かれた声に一瞬耳を澄ますが、もう一度声を聞くよりも早く、腰を回った腕に身体を崩され、大きく仰け反る。
ぎろりと音すら聞こえそうなシリウスシンボリの目が、眼前で爛々と輝いた。
「気に食わねえ。今のアイツが気に食わねえ。今のアイツを好きなアンタが気に食わねえ。……何かの為なら自分で自分に首輪をつける、その態度が一番気に食わねえ」
「……気に食わない、ですか」
「ああ、そうだ。私はそういう、勝手に求める奴と勝手に応える奴に腹が立つんだ」
……琴線に触れたというより、逆鱗に触れてしまったか。
「私が、勝手に求められたことに応えようとしていると、そう言いたいのですか」
「そういうつもりは無いってか。だったら言ってやる。それはただの自己満足、自分が良ければそれでいいってだけで、本当は周りの事なんざ何一つ考えてねえやり方だ」
「……あなたには、私とシンボリルドルフさんが共にそう見えると」
「私はアイツにあんな目標で頑張れなんざ言ってねえし、アンタにそれを手伝えとも思ってねえ。……そして私は、餌を求めて口しか出さねえ奴にさえ、喜んで服従しようって態度を取る奴が嫌いなんだ」
…………幼心の見せる蛮勇。そう言ってもいい程に、我儘で、独善的で。
それでいて、真っ直ぐ過ぎる程に自分に正直な言葉。
「ルドルフから手を引け、スタートワン。アイツと一緒に居ればいる程、アンタは苦しみ続ける事になる。それはいつか、アンタ自身を滅ぼす事になるだろう。それよりも、私みたいに生きる方がよっぽど楽しく暮らせるぜ?」
腰を抱くだけでなく、顎にまで手を添えてきながら。
シリウスシンボリはニヒルな笑みのまま、しかしどこまでも真っ直ぐな瞳で私を見つめる。まだ学園に入学して日も浅い筈なのに、既に人を惹きつけるカリスマを見せてくる。こういう所は、二人共、何処か似ている。
生みの親に振り回された競走馬シリウスシンボリ。皐月賞には出走を許されず、ダービーの栄冠を手にしながらも、海外制覇の為海を渡り、そして磨り潰されレースを去ったシンボリの馬。
成果は確かにあった。世界には勝てないとされた当時、日本の馬の底力を見せつけ日本に戻ってからも活躍した新堀牧場の嚆矢スピードシンボリに続いた、確かな実力者。しかしそれ以上の事実は“皇帝”の威光に隠れ続け、ダービー馬という以上の結果も残せなかった。
振り回される辛さは、この世界でも変わらないのだろう。彼女にとって、上に立つ事の意味と、それを軽く扱う者への不信は消えなかった。
なら、自分が上に、自分が振り回す側となる事を選んだ、という事か。
「……魅力的な提案ですね」
「だろう? どうだ?」
「ただ、一つ問題もあります」
「……問題?」
顎を持ち上げる手に触れつつ、腰を掴む腕を軽く掴み返す。
「今、私は無性に機嫌が悪いので、断りたくて仕方がないという事です」
「は――ッ!?」
両腕をぐいと引き、その場で回転して彼女のバランスを大きく崩す。手を離すと同時に今度は私がその背に手を添え、顎に触れる。
シンボリルドルフに出来ない事が自分には出来る。シリウスシンボリの言葉を裏返すとこういう事だ。
今度は自分が。と、もう振り回されたくない。
その二つが混ざり合った彼女の想いは、自分と同じ側に立たされた者へも向けられる。アプリ版であぶれ者を纏める長として活動していたのも、その表れなのだろう。
私も、彼女からすればそうしたあぶれ者の一人になる可能性を持っていると判断された。
だからこそ、それはお門違いだ。
目を白黒させるシリウスシンボリに、今彼女が見せたのと同じにやりとした笑いを見せつける。
「な、あ…」
「あなたの杞憂も理解します。私もシンボリルドルフさんも、何時か自分の行いを何処かで悩みの種とする事でしょう」
「っ、だったら」
「ですが、それは既に理解している事です。私は当然、シンボリルドルフさんも同様、自分の行動にどれだけ悔いる事があろうと、それも抱えて進んでいくだけです」
するは一瞬の悔い、しないは一生の悔い。
私達は、行動にして一生を悔いたとしても、それで構わないつもりだ。
そして、
「何より、後悔しないという可能性をあなたは見過ごしている。私はシンボリルドルフさんに勝てばいいだけです。シンボリルドルフさんは結果を出せばいいだけです。既に彼女の努力は実を結んでいる。それを非難する必要も、揶揄する必要ももう無いのです」
シンボリルドルフのトレーナーが何故彼女と契約出来たのか。それは彼女の進む未来で共に並び立ちたいと、その手伝いをしたいと思ったから。
歩み初めて一年。無敗のままG1を勝利し、クラシック戦線では最有力候補。以前見たSNSの通りファンは増え、生徒会活動も精力的に行っており、生徒会長選に向けての下積みも十分。このままいけば、第一段階である生徒会長への就任も視野の範囲だ。
二人三脚は良好にして順調、申し分ない程に良い関係を築いている。二人なら、これから先どんな事が起ころうと間違いなく乗り越えていける。どれほど私が力を付けようと、
「シリウスシンボリさん。あなたの発言は自身の視点から見た一方的な意見であり、私達の視点から見た、私達の意見を無視している」
睨むほどではないが、据えた目をしている自覚を持ちながら。私の方からぐいと顔を近付け、赤い瞳いっぱいに私を写し込む。
「そんなシリウスシンボリさんにはこの言葉を送りましょう。『どうぞお気遣いなく』」
僅かに息を飲むのが聞こえ、此方も溜飲を下げる。
二人の関係は二人のもの。そこに割って入るような真似を求められても困るし、逆に私を巻き込むような事もしないでほしい。どちらかの陣営につけ、なんて事を言われたら、私でも距離を取らざるを得なくなる。
「大事な事を言い忘れていました。今一度言いますが、私はあなたの事を知らないのです。……知らない人に行動を強要されるのは、嫌いなんです」
「――――ッ!」
というか、その場合初対面の彼女より見知った仲のシンボリルドルフに傾くのは明らかだろう。
「そんなにシンボリルドルフさんの意志を変えたいのなら、ご自分でお話ししてはどうですか? 私からお話しますよ」
「……っ。」
「……どうやら話す気は無いようですね。では、せめて彼女と一緒に走ってはどうですか? 今一度走りを見せれば、彼女も何か感じるものがあると思いますよ。……なにせ私だけでなく、他の人とも本気で併走してくれる人ですから」
そこまで言ってシリウスシンボリを立ち上がらせ、手を離す。彼女は何も言わず、ただじっと私を見つめてきた。
「お返事は何時でも待っています、トレーニング中の飛び入りも構いません。その時を楽しみにしていますね、シリウスシンボリさん」
今度こそ、シリウスシンボリを置いてその場を去る。私にこれ以上の会話はいらない。後は彼女自身が考えて答えを出してくれるだろう。
と、そこでふと足を止め、最後に声をかける。
「皐月賞。あなたならきっと見てくれると思っています。シンボリルドルフさんが勝つか、私が勝つか。予想と結果は簡単でしょうね」
「…………」
「ですが、それだけでなく。その後の事も、どうかよくよく見てください。そしてそれから、もう一度私と話をしてみませんか? その時を、心より待ちます」
校舎裏を離れ、人通りの多い場所まで戻ってくる。
さて、特に集合場所など作っていないのだけど、カツラギエース達と合流でもしてみようか。まだ時間も残っている、姉妹を楽しませる時間ならまだまだある筈だ。トレーナーの方も言っていた用事は終わったはずなので、彼も一緒に行動出来ればいいのだけど。
やたら羽虫発言が出てくるのは獅子身中の虫リスペクトです(適当)
次回、ようやくクラシック本番です。