G1目指して頑張ります   作:あかし/さんさい

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5 トレーニング

 選抜レースが近いという事もあり、私達新入生も本腰を入れてトラックで走るようになった。数週間前には選抜レースの詳細な日程も説明され、学園全体が俄かに騒がしくなっている。放課後のトレーニング時間になっても多くのウマ娘が残って走り込みを続けていた。

 

 勿論私も、そしてシンボリルドルフもトラックにて練習に励んでいるのだが。

 

「スタートワン。その恰好、そろそろ暑くないのかい?」

「慣れみたいなものです。動き自体には支障ないですし」

「問題ないようなら、それでいいんだが……」

 

 こちらをなんとも言えない表情で見てくるシンボリルドルフに、返答に困って軽く肩を竦める。まあ、春先だった初対面の頃と違って、最近はちょっと薄着でも過ごしやすくなってきた。上下長ジャージ姿だけでなく、下にインナーも着ている私が暑そうに見えるのも分からなくもない。動くときに少し見える程度だが、手首足首、当然手や首元までしっかり隠れているので、見た目は殆ど全身タイツみたいなものだ。ちゃんと上下で分かれているものなのでちょっと違うし、通気性の良いものを着ているので見た目ほど暑くはない。

 

 こうして彼女と共にトレーニングをするのも、もう何度目になるか。他の相手とも何度となく共に走っているが、彼女と走るときは、大抵二人でとなっている。

 

「それより、また併走しますか? それとも別のトレーニングに切り替えますか?」

「ん……。もう一度併走を頼んでいいかな?」

「構いませんよ。距離は?」

「同じ二千で構わないだろうか? 少し疲れて見えるが」

「問題ないです。何度でも付き合いますよ」

 

 そういって先ほど走った際のスタート地点に二人で戻る。今日だけですでに相当な回数の併走を繰り返しているが、彼女はあまり息が上がったように見えない。一方の私は割と深刻なレベルで体力を消耗していて、休憩中だというのに少し呼吸も乱れている。得意距離の長さに関しては、彼女の方が分があるようだ。

 

 道を進む途中、ちらと近くを走っていったウマ娘達の会話が耳に入る。

 

「あの子、またシンボリルドルフさんと走ってる」

「すごいよね。あんなに離されてたのに」

「模擬レースでも勝ってたし絶対速いけど、シンボリルドルフさんもっと速いなあ」

「あれ見てからだと、シンボリルドルフさんとは一緒に走りにくいよね」

「うん。ちょっと自信無くしちゃうかも……」

 

 声こそ潜められていたが通り過ぎる私の耳にも聞こえたという事は、当然隣を歩くシンボリルドルフにも同じ内容が聞こえていただろう。

 

 本来あった競馬での走りとは違って、ウマ娘でのシンボリルドルフの走りは他のウマ娘と別物だ。単純にスペックが違うという事を、私との練習なんて些細な事ですら見せつけてくる。

 その圧倒的な力を前にして、一緒にトレーニングをしようという相手はまず現れない。食堂での一件以降マルゼンスキーやミスターシービーがたまに参加することはあるが、基本的には私と彼女だけでのトレーニングが大半だ。

 

 全てのウマ娘の導き手として在る事に迷いを持たないシンボリルドルフと言えど、今はまだ年若い少女、自分が敬遠される存在だというのは内心辛いだろう。普通に会話するのすら難しく、慕い、目標としてくれるトウカイテイオーとの出会いは恐らく数年先。私が練習でもそれなりに戦えていれば彼女の評価も多少柔らかいものになったと思うのだが、ぶっちゃけ追随するのでも一苦労だ。先の通り、練習で出せるスペックが違う。

 

「すみません、私がもう少し強ければ…」

「すまない。私のせいで君が軽視されていて…」

「…………」

「…………」

 

 言葉が重なり、一瞬互いの口が止まる。

 

「もう少しトレーニングして…」

「もう少し君に合わせて……」

 

 もう一度そう言い出して、また互いに言葉が止まる。驚きで目を丸くする彼女には、たぶん同じように目を丸く私が映っているのだろう。

 それから沈黙したまま数秒時間が経過して、どちらとなく小さく笑みを浮かべる。

 

「さっさとまた走りましょうか」

「ああ、そうだな」

 

 考える事は案外近いものだったようだ。

 

 

 スタート地点に戻って、シンボリルドルフに少しだけ呼吸を整える時間を求める。了承を得て深呼吸をしていると、不意にまた声が聞こえてきた。

 

「シンボリルドルフの走りは完璧だ。他の追随を許さない程に抜きん出ている」

「彼女なら三冠どころか、無敗の三冠なんてのも夢じゃないでしょうね」

「ああ。だが、その分彼女のトレーナーとなった者の重責は大きいだろう」

「あれだけの能力を持つ彼女を勝たせられなかったら……。そりゃ、大変ですよ」

 

 ほんとに言ってる。思わずそう口走りかけてなんとか止めた。ちらと視線を声の方に向けると、アニメにもあったトラック端の盛り上がった部分に何人かの姿が見える。担当トレーナーの居ないウマ娘を指導する教官達のようだ。

 アプリのトレーナーに近い発言を実際に聞いてちょっと感動してしまった。選抜レースの日じゃないけど、前々からこんな話はされてたんだな。

 続けて行われた会話につい意識が向く。

 

「しかし、彼女と一緒に併走しているスタートワンという子……凄いガッツですね」

「あれだけ実力差を見せられて尚、気にせず併走し何度でも食らい付く…勝負根性は既にデビュー後のウマ娘にも負けないだろうな」

「ですね。ただ、能力はあまり高くないようですが……スタミナが無いようなので、マイルならちょうどいいんでしょうけど」

「おいおい、シンボリルドルフを見て感覚が麻痺したか? あの子も十分重賞クラスの能力はあるよ。まあ確かに、二千以上のG1となると厳しいかもしれんが…」

 

 ……トレーナーの目から見ると、私はそんな評価になるのか。聞いている感覚としては、モブ扱いのウマ娘達よりは上くらいだろうか。過大評価なのか過小評価なのか、比較対象のせいでちょっと分からないけれど。

 ……トレーナー、かあ。

 

 と、集まっている何人かの内少し離れた場所にいた男性と目が合い、慌てて視線を逸らす。しまった、聞いてたのばれたかな……。見てたこと、話されないといいんだけど。

 

「スタートワン、そろそろいいか?」

「っと、ええ、大丈夫です」

 

 いけない。余計な事に集中し過ぎてた。今は練習の方が大事だ。

 

 

「今日はありがとう。また明日もよろしく頼む」

「ええ、また明日です」

 

 シンボリルドルフとの練習を終え、帰宅の準備をする。結局あの後も繰り返し併走したのだけど、終始完敗のまま終わった。最後の方にもなると大差を毎回つけられていたので、平均4、5バ身以上離されていたんじゃないだろうか。

 うーん。G1勝利となると、絶対に越えなければいけない壁は彼女だ。せめてもう少し強くならないと……。

 

 そんなことを考えながらシャワールームで身体を清める。今日はお湯ではなく、ちょっと冷たいぬるま湯だ。

 彼女の前では誤魔化したけれど、流石にこの時期にインナーはちょっと違和感があるか。しかし、着ておかないと色々面倒だし…。

 

「会長の事も考えると、今年いっぱいは我慢しないとなあ…」

 

 一応、十中八九クラシック三冠を選ぶだろうシンボリルドルフとの対戦を避けるという手もある。本来の競走馬シンボリルドルフなら、ティアラ路線や、マイル、スプリントレースにはまず出ない。前後にあたる初の牝馬三冠メジロラモーヌやマイルの皇帝ニホンピロウィナー、後年マイルを席捲したニッポーテイオーはまだ学園に居ない、あるいはこの世界に居ないようなので、彼女が元の流れを踏襲すれば私にも勝機はある。

 

 ……そう考えると、この世界の時間軸が本当にアプリなのかさっぱり分からないな。実装されていた子が全員居るようではないし……、いや、今はどうでもいいか。

 とにかく、彼女と戦わないという選択は確かにある。ある、が。

 

「それはちょっとなあ」

 

 初めからマイルやティアラに進むことを考えているのならともかく、未来の事を知っていて、負けるのがわかっているからそっちを選ぶというのはちょっと心象が悪い。ウマ娘の本能が持つ闘争心が云々、という訳ではないが、私だって、負けを認める方法を選ぶ権利くらいは主張したい。

 

 なにより、対決を避ける選択はレースに対し真摯に向き合っているシンボリルドルフに対しても失礼だ。真正面からぶつかれるとは思っていないが、最低でも彼女が全力で戦える相手でありたい。

 

 なんにせよ、そうした話は私がチームに加入するなり専属トレーナーを持つなりしなければ出来ない事でもある。さっさと選抜レースでスカウトを受けておきたいものだ。

 

 シャワーを終え、着替えを入れていたロッカーを開く。大分長い事練習していたからか、既にシャワールームには私だけしか残っていない。まあ、元々人の少ないシャワールームに人の少ないタイミングを狙って利用したというのはある。食堂からもちょっと遠い場所なので、シンボリルドルフも別のシャワールームに行ってしまった。

 

 ジャージから制服に戻って、学園からの帰途。校門の方へ歩いていると、時折学園の外から帰って来たらしいウマ娘とすれ違う。外で走っていたのかジャージ姿の者もいれば、外出か私服の者、それにトレーナーらしい人と校門近くで別れている者もいる。

 その様子を少しぼーっとしながら、だれもが学園の方へ歩いていくのを見ていた。

 

 やっぱり、大体は寮暮らしなんだなあ。私の知る限り一人暮らしなのは私とマルゼンスキー、あと最近本人からも聞いたミスターシービーくらいで、こうして学園の外へ出るのは本当にレアケースなんだとわかる。

 マルゼンスキーの場合はトレセンの出来る前の競走馬だから、ミスターシービーはよく分からないけど多分その方がしっくりくるみたいなところだろうけど、私の場合はまた事情がちょっと違う。

 

 私の住んでいる所は、学園から10分程歩いた場所にあるマンションだ。遠からず近からず、それなりの位置である。

 エントランスを進み、エレベーターで階を上がり、そして自分の住んでいる部屋の扉を開ける。外よりも涼し気で、極めて生活感の無いにおい。

 返事をする相手は居ないが取り敢えずただいまを言っておき、部屋の奥に進みながら明かりをつけ途中の洗面台で手を洗う。

 

 ふと顔を上げると、今の自分の顔が反射して映っていた。

 

 後ろに結ばれた赤味のある茶色の髪。鹿毛というには茶が強く、栗毛というには濃い赤をしたそれは、栃栗毛という髪色になる。ウマ娘でいえばマーベラスサンデーやサクラローレル。尾花栗毛としての方が有名だが、枠を広げればサッカーボーイもこの栃栗毛になる。考えられる色がそうというだけで私の場合はより赤が強いので、どちらかというと普通の赤毛だ。結び目は首より下、アドマイヤベガより短いので頭皮を引っ張らない程度に緩く結んでいる。肌はいかにも日本人らしい色だが、血色が悪いからか些か健康そうに見えない。一応、生活習慣は徹底しているのだけど。

 

 そして容姿そのものとしては特に目を惹くだろう灰色の虹彩。中心は白く、メジロマックイーンのそれと同じ。全体的に色素が薄い為か白目を剥いているようにも見え、垂れ目で可愛い系の顔…だとは思うのだけど、目つきが悪く、眉に皴が寄っているのもちょっとコンプレックス。目が悪いわけではないのだけど、自然にそんな顔をしてしまうらしい。左耳には目の色と同じイヤーカバー、右耳にはカバーは無く、「St」というアルファベットを矢印のような数字の1が横から貫くというデザインの飾りがついている。一応、今の名前をもじった元男としての証だ。

 

 並み居るなかでも一際かと言われると疑問はあるが、それなりのルックスではあるはず。背丈や体格はウマ娘としては普通だが、線が細いせいで小柄にも見える。

 そして……。

 

「やっぱり、変な感じになるか……」

 

 制服の下から見えるインナーとタイツ、それに普段使いの手袋。顔を除く全ての部位において黒い布が服と肌の境目を全て覆っており、アプリ版でも見ることの無かった特殊な姿になっている。尚、今着ているインナーは運動中着ていたものとは別で、首回りまでは覆われていない。

 入学式の日に問われた首の包帯も改めて巻き直してあり、皮膚を隠すような黒が目立つ中、白のせいで更に目立っている。シンボリルドルフをはじめ仲の良い者達は聞かないでくれているが、遅かれ早かれ私自身が説明しなければならない。インナーだけで隠しきれるのならその方がいいのだけど、首回りを完全に隠すとなると、それこそマフラーでも巻くか包帯でぐるぐるにしてしまわないと不安がある。

 

「……説明しにくいよなあ」

 

 長い話ではないけれど、細かく説明するのもちょっと面倒。そういうものを隠している以上、現状維持をするしかない。

 ……これ、後々知られるようになったら絶対メディアにも説明がいるんだよなあ。変なこと書かれたりすると普通に困るから、どう言ったものか……。

 

 

 と、そこでスマートフォンが揺れる。誰かと思い画面を見て、並んだ名前につい笑ってしまった。

 

「お久しぶりです。はい。私はいつも通り。そちらはどうですか?」

 

 




正直赤毛って書いた方が早かったんですよね(白目)
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