G1目指して頑張ります   作:あかし/さんさい

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44ー2 歌声は三つ、踊る影は二つ

 ステージに足を運ぶシンボリルドルフを眺めた後。白い目で此方を見ているだろう背後のトレーナーに気付かない振りをして、未だこの場を去ろうとしない少女達に向けた言葉を画面に打ち込む。

 

 さあ、まずは。

 

『落鉄は大丈夫でしたか?』

「っ……。う、ん。一応、大丈夫」

『なら良かったです。あなたは斜行として扱われなかったですか?』

「え、ええ、状況が状況だったから注意はされたけど、今のところはそのくらいよ」

 

 少なくとも、この二人は問題なかったようだ。

 で、一番気になるのは。

 

『あなたは色々と災難でしたね。あの後は大丈夫でしたか? 折れているとか、罅があるような事は?』

「……軽く腫れたしアザも出来たけど、そこまでは行ってないよ。腫れは、もう引いてるから……」

 

 …………そうか。競争中止にならず完走も出来たとは聞いていたので、改めて確認が取れて私も安心した。

 それにしても、一番被害を受けた彼女が最終的にほぼ無傷で、加害者側ともいえる私が満身創痍というのもおかしな話だな。

 

『すみません、私が近付いてしまったばかりに』

「それは…、別に…」

『こういうとおかしな話ですが、あまり気にしてはいけませんよ。私のこれは無理の結果ですので。お医者さんにもそちらについて一番怒られました』

 

 画面を見せながらつい苦笑いする。切羽詰まっていたとはいえ、やっぱり鳩尾を殴って腿を殴っての疾走は絵面が不味かったな。

 曖昧な表情で返事をする彼女達に、そのまま次の言葉を見せる。

 

『それで、皆さんはどうしてここに残っているのですか?』

 

 その問いを受け、僅かな反応。互いに視線を交わしながら、けれど誰か前に出るという事も無く、ただ苦い表情を浮かべる。その様子だけで何をするつもりなのか薄々察する。

 ……まあ、私も鬼ではない。

 

「え、と。その」

「さっきのレースは、本当に…」

 

 そこで画面を見せ、続く言葉を止める。

 

『今回の事に謝罪は不要です。というか、してはいけません』

 

 疑問を問われる前に画面をスライド。ここについては予め書いて用意しておいたので、スムーズに説明が出来る。

 

『本レースにおけるあの一連は、全て私の判断ミスが招いた結果。皆さんに責任が無いとまでは言いませんが、私が悪くないという事も出来ません』

「で、でも」

『「誰が悪い」も「誰も悪くない」も無益な論点。それが無いから、掲示板は審議のランプを灯さなかった。私達は走った、そしてシンボリルドルフさんが勝った。それが全てです』

 

 そういうと、彼女達も流石に押し黙る。今日の事については後々理事長経由でURAから異議なりなんなりが来る可能はあるものの、今日この場においては誰も文句を言う義務も権利も無い。というか、その場合文句を言える立場側の私が言わないのだから、言えないのだ。

 

『さて、皆さんも早くリハーサルに戻りましょう。私の分も、お客さん達に練習の成果を全て見せてください』

 

 少なくとも今日は踊る事は禁止されてしまった。診断結果にもよるが、ライブに参加出来なくなる可能性だってまだ残っている。

 である以上、彼女達には私の分まで頑張って観客にアピールをしてもらわなければいけない。今はリハーサルとしても、ライブでまで気持ちを引きずられるのはシンボリルドルフ以外であっても困る。

 

 とはいえど、気持ちの面でここを去ろうと出来ないらしい。うーん……。口で言うだけだと、あんまり実感を持たれないかな。

 ここはやっぱり、行動で示すのが一番か。

 

 

『三人とも、此方へ』

 

 突然の要求におっかなびっくり近づいてきた内、まずは落鉄した子。

 視線を向け膝を叩いてもう少し寄るようにジェスチャーし、私の前へ屈ませたところで抱き寄せる。

 

「え…!?」

「レース、お疲れ、さまでした。頑張り、ましたね」

「……っ。」

「備えを、しても、不備は、起こります。問題は、次。行動に、結果は、ついてくる」

 

 背を摩って軽く宥めながら、ゆっくりとそう話す。

 蹄鉄が外れるという問題はアニメ版のメジロマックイーンにサトノダイヤモンドのダービーのレースでもあったり、実際のレースでもエアグルーヴと同じ牝馬優駿勝者イソノルーブルの桜花賞といった、それが原因と考えられる敗北や騒ぎというのもある。レースの基盤が整って以降ですら起こるものを完全に防ぐなど困難だ。

 

「起こった事、は、仕方ない。切り替えて、いきましょう」

「……うん」

 

 引きずるのが一番精神的に辛い。彼女には、気持ちを切り替えてもらうのが何よりだ。

 少しの間抱き寄せてから解放すると、彼女は軽くぐずりながらゆっくり立ち上がった。やっぱり、一連の事の原因を作ったという負い目があったのだろう。

 

 二人目の斜行の子に視線を向けると、なんとなく把握したのか静かに私の前で膝を曲げてくれる。

 

「お疲れ、さまでした。頑張り、ましたね」

「こんな事、しなくていいのに…」

「嫌なら、直ぐに、離れて、いいですよ。私の、わがまま、です」

 

 そう言ってさっきと同じように抱きしめ、背を撫ぜる。

 

「緊急、事態に、その場を、離れる。見事な、判断、でした。私には、出来ない、事です」

「……貴女が咄嗟に助けようとしたことくらい、知ってるわよ」

「良い行動、と、言う人は、いるでしょう。ですが、被害を、増やす、行動、でも、あります」

 

 何かしらの災害や事故が起こった時、最も優先されるべき行動は被害の場から離れる事だ。救急隊に救助隊。人を助ける専門家が来た時の為に、少しでも自分の受ける被害を抑え、別の人に集中させる。

 なんでもない生活を謳歌する私達が本来するべき事。

 

 私が行った行動は、この真逆だ。専門的な知識も何も無く危険な空間へ飛び込み、その場の要救助者を救助する。

 助けられたのは結果論であって、もし助けられなかった場合は、私もその要救助者へと早変わりする。本当に救い出すべき人の足を引っ張るような行動を、する事は許されない。

 

 私はその行動を()()、行おうとしてしまった。しかも今回は状況を悪化させ、自分から飛び込んだにも関わらず一番被害を受けるという、どうしようもない結果だけを残した。

 

「正しい、行動を、行えた、人こそ、褒められる、べき。私は、貴方の、行動を、称賛、します」

「……無理な移動を、したのよ。私は」

「シンボリ、ルドルフさん、も、無理な、移動、で、接触、しました。同じ、ですね?」

「……貴女、結構いい性格してるのね」

「誉め言葉、と、受け取り、ましょう」

 

 結果的にと言え誰ともぶつからなかった彼女と比べれば、明確な接触のあったシンボリルドルフの方が扱いとしては悪い。誰も降着とされなかっただけマシという奴だ。

 自然と、互いににやりとした笑いを交わす。

 

 再度解放して離れるのを見届け、残る一人。

 

「…………。」

「ほら、行きなさいよ」

「多分、大丈夫だよ」

 

 迷っている所に、両隣から急かされている。けれど逡巡したままで、此方へ近付く事は無い。まあ、いくら一連の様子を見ていたとしても流れに乗れないよな。

 

「ほら、どうぞ」

 

 背を押すつもりで静かに腕を広げると、意を決したように私の胸へ飛び込んできた。それを受け止めて頭を撫でる。

 

「レース、お疲れ、さまでした。結果は、ともかく、中止に、ならなくて、良かった、です」

「…………」

「私が、言うと、変ですが。お互い、結果は、あまり、振るい、ませんでした、ね。次は、良い成果、目指し、ましょう」

「……。」

 

 んー……。反応は芳しくない。まあ、掲示板どころか完走が精一杯だった彼女からすれば、接触した二人がよりにもよって優勝と二着なんか取ったら嫌な気持ちにもなろう。

 いっそ私だけにヘイトを向けさせるほうが彼女も楽になれるだろうけど……。そういうやり方は悪い方向に成長を促す可能性もあるし、正直に言えば私自身の精神にも悪い。行き当たりばったりにするのはリスクが大きいな。

 

 ……素直に言った方が早いか。

 

「……あの時は、すみません、でした。咄嗟の、事、だった、ので、上手く、対応、出来ず」

「っ!」

「私が、ちゃんと、避け、られれば、余計な、心配、かけなかった、ので」

 

 謝らなくていいといったのは私に対してであるので、私が言う事は対象に含まれない。

 

「怖かった、ですよね。予想外の、事、たくさん、一気に。それでも、あなたは、走る事、止めなかった」

 

 草食動物である馬は……というよりも。そもそもとして、あらゆる生物は臆病に出来ている。

 自分に危機が迫った時、それに抗うよりも、その場から逃げ、安心出来る場所に移動する方が何倍も楽で、それでいて安全だ。勇猛果敢であるには、ライオンのように大きく、そして勇猛であるだけの頑強な肉体を獲得する必要がある。

 

 人間もウマ娘も、そんな身体は持ち合わせない。あるのは生き延びるために知恵を働かせる頭脳と、遠くへ長く逃げるための足。レースの場に用いているのは、戦うためではなく、速く走るためのもの。心の在り方は、後天的に作るものだ。

 

 だから、彼女は逃げずに立ち向かった。何もかもが崩されても、それでも投げ出さず、勇敢に戦った。

 

「見事です。貴女は、確かに、素晴らしい、走りを、しました。それを、誇って、ください」

 

 私が何十年もかかって、途中からは強制的に培った精神(もの)を、彼女は十数年で手に入れた。

 それは最早、シンボリルドルフにだって負けない素晴らしい才能だ。

 

「次の、ダービー。出走、されるかは、あなたの、ご判断、です」

「…」

「でも。私は、その時を、楽しみに、待ちます。今度は、何もなく。全力で、戦い、ましょう?」

 

 潤んだ目元、今にも流れ落ちそうな涙を拭う。

 

「ね?」

「……うん…!」

 

 

 後の事は彼女達自身が変えていく事なので、控えへの道をトレーナーに押されながら戻る。本当は一人一人にも話をしたかったのだが、リハーサルの邪魔をするなと強引に引き戻され終了となった。

 そんな彼はわしわしと私の頭を撫でながら、溜息と共に愚痴を零す。

 

「何も言わねえからって喋りまくりやがって。それでストップがかかっても知らねえぞ」

 

 彼の言葉も尤もで、私がライブの為に無理を徹したというのに、自分でそれを台無しにしては本末転倒だ。

 しかし此方にも言い分はある。

 

『仕方ないでしょう。あのまま放置して下手に不和の根源にでもなったら笑い話にも出来ません』

「一人でどうにかなるもんじゃねえぞ」

『何もしないよりはましです』

「……そうかよ」

 

 私一人で何かしらの結果が変わるのなら、やるに越したことは無い。シンボリルドルフ周りの事でそのあたりが色々と変わるのは実証済みなので、やったモン勝ちというものだ。

 

『言っておきますが、今回の事は内密にお願いしますね』

「はいはい」

『最近、私の扱いに雑さが出てきていませんか?』

「今更だろ」

 

 尚嫌なんだけど?

 

 

 

 日暮れからかなりの時間が経ち、今日のレースのライブが順番に行われる。アプリではG1以下の場合『Make Debut!!』しか歌唱されなかったが、この世界では未勝利からG2までの間に幾つかのバリエーションがあったりする。どれも一曲だけなので結局歌の種類が多いのはG1だけなのだけど…まあ、そこはライブがどれほど重要なものかという事の証明でもあるので、妥協出来ない部分とも考えられる。

 

 そして、その重要な位置を占めるG1のライブが、今から行われる。私にとって、レースの時間よりも長い数分が。

 

 暗いステージに光が灯され、イントロが始まると共に皆が躍り始める。

 『Winning The Soul』の振り付けに合わせ、少しずつ歌い出しへと近付く。

 

 それまでの極めて僅かな時間。シンボリルドルフ達他の子、そして観客から視線が集まるのを感じた。

 お医者さんの目を誤魔化し、トレーナーを騙し。スタンドマイクを杖代わりに両手で掴んで真っ青な顔をメイクで誤魔化す、既に少し息の荒い棒立ちの私が、本当に歌えるのか。

 

 その視線全てに、返事はしない。

 言葉を言う暇も余裕も無い。

 

 だから、視線への返事は――ッ!

 

「―----!!!!」

 

 この歌で返す!

 

「「!」」

 

 一瞬だけ振り付けも忘れて顔を向けそうになったシンボリルドルフ。そんな彼女に僅かに視線だけを向け、歌えと睨む。

 

 慌てて声を張り上げるのを遠く聞きながら、頭の片隅で自分の限界を冷静に考え続ける。

 

 一着の歌唱パートと違い、二着三着のパートは少ない傾向にある。しかし全体での歌唱も含めれば量は相当数になり、下手に力を籠める程に今の私の体力を抉り取っていく。ライブ用に短縮されたバージョンではあるが、このまま歌い続ければ、私は終わりと同時に崩れ落ちるだろう。

 

 ……では、半端に手を抜いて、なあなあで歌ったものを観客に聞かせるのか?

 

 ――――するわけがないだろう!

 

「……ッ、…」

 

 自分のパートが終わった短い時間で息を整える。咳が出そうになるのを無理矢理押し留めた。

 耐えろ。レースの様に全身を磨り潰しているわけではない。最大の弱点である喉を酷使しているだけだ。ステージの死角には車椅子と共にトレーナーとスタッフが待機してくれている。倒れた後のケアも万全。

 

 なら、これで全ての気力を使い果たせ。波乱だらけのレースを、それでも懸命に走りきった出走者達に。

 そんなレースを見せられながら、それでも賞賛し、喜んでくれたファン達に。

 

 出し切れ、何もかもを。

 

「―――――!」

 

 後三十秒。

 足が震えてきた。歌声はまだ響く。まだ笑いは続けられる。視界がゆがんで、光が混ざり合う。遠くなり始めた音を必死に手繰り寄せる。

 

 後二十秒。

 腹が痙攣する。それでも声を張り上げる。歌う自分の声すらも遠い。顔が引き攣ってきた。酸素が足りないのか頭痛がしてきた。

 

 残り、十秒。

 歌は終わった。残るは、ステージが暗転するまで、立ち続けるだけ。顔を上げる事すら苦痛に感じる。

 

 

 それでもじっと前だけを見据える。歪み、暗くなる視界の端で確かに、私の代わりに踊ってくれる、私よりも目立とうとしてくれる彼女達に感謝する。

 観客の中に、満面の笑みでペンライトを振る姉妹を見た気がした。

 

 

 最後の一瞬。ステージが暗闇に包まれ、そこから歓声が響く。

 

 ライブが、終わった。

 その事実を脳が処理し切った瞬間。身体を支える力の全てが消え去り、頭からステージに倒れ込んで――

 

「スタートワンッ!」

 

 真面に周囲を把握できない中、それでも隣に立つシンボリルドルフよりも先に、飛び出してきたトレーナーが身体を支えてくれたのが見えた。もしかしたら、歌が終わる直前には死角から出てきていたのかもしれない。

 揺れる視界で、それでも確かに彼へ視線を向ける。私と目が合い少しだけ動揺したようだったが、それでもトレーナーは冷静に私を担ぎ上げる。

 

「よく歌い切った」

「……。」

「あとは休んでろ」

 

 その言葉に、不思議と安堵を覚えながら。

 

 疲労を回復させるつもりで目を瞑った途端、意識がぼんやりとしていくのを感じていた。

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