精密検査を前提とした、一週間の強制入院。
お医者さんに言い渡された条件は、殆どドクターストップのようなものだった。
最終的に学園へ戻ってくるのには、二週間かかった。
目が覚めて最初に行われたのは「大」が付くほどの叱責。ライブに参加できるか確認する際、大丈夫であるように無理矢理身体を動かして騙したところまでは良かったのだが、マイクを手に声を落として歌うようにという指示を無視して大声で歌い、挙句に終わった直後気絶したものだから卒倒しそうになったらしい。
……自業自得と言われればそれまでだが、此方にも無理をしたい理由があったのだという説明をしても駄目なものは駄目と雷を落とされたのは流石に理不尽だと言いたい。
更にこれまでの後遺症のアフターケアについても大目玉を受けた。火傷痕や切り傷の中には、手術によって痕を限りなく目立たなくする方法があるし、ケロイドもものによっては切除が必要になるものもある為、年単位でしっかり経過観察をする必要があった。
退院直後は手術代や家族との関係、入学してからは練習や学園生活の事があり、放置とまでは言わないが最低限のケアしかしていなかったので、いくら何でも無頓着が過ぎるとこんこんと説教をされる事になった。
『お世話になりました』
『これからは少なくても月に一度、必ず来院するように』
『は、はい、本当にすみませんでした…』
ようやく退院許可を貰えるようになる頃には、先生と私の力関係は逆転してしまった。
ぺこぺこと頭を下げる様子をトレーナーは腹を抱えて延々と爆笑していて、帰り際腿に蹴りを入れたのも記憶に新しい。
そんなこんなの入院生活を過ごして、学園へ戻った翌日。
「報告! スタートワン。今回の皐月賞について、URAから通達があった」
「はい」
たづなさんを脇に据えた秋川理事長に呼び出された理事長室。私とトレーナーだけでなく、シンボリルドルフのコンビ、更にはあの三人とそのトレーナーを含めた十人近くが部屋の中に立つ。
レースの場では確かに揺るぎない結果として認められたシンボリルドルフの勝利。しかしそれはそれとして、起こった問題については無視する事が出来ない。
私が緊急事態だったという事もあり、一旦は様子見という形になったようだが。全員が揃った今、改めて本件の措置が下される。
「まずは――」
そうして理事長は手に取った書類へ目を落としながら、問題発生の順に何が起こったかを確認する。
まずレース中盤に起こった落鉄。それから集団の動揺と斜行(結局URAではそう判断されたらしい)。そしてシンボリルドルフの接触と、私の接触。
領域の展開による混乱と、レースにおける私の強引な行動とライブ終了後の気絶。
一連の流れを一つ残らず読み上げた理事長が、視線を上げる。それと同時にほぼ全員の視線が此方へ向かってくるのを感じながら、敢えて無言を貫く事にした。
十秒近く質量すら感じる程の重い空気が漂った後。目の前の少女がゆっくりと口を開く。
「本件の問題は。落鉄、斜行、接触。及びスタートワンの無理通しが争点となる」
「私だけ名指しですか?」
「妥当ッ!」
どことなく怒りを滲ませた返答をされながら、言葉は続く。
「最大の問題は諸々の行動を引き起こした落鉄である。基本突発的に起こるものである為仕方ないが、使用品の不備によって引き起こされた一連の混乱とその影響は決して無視出来ない」
「……はい」
「続いて斜行。落鉄の発生時真横だったために反射的な回避を行ったことは情状酌量の余地があるが、内ラチの走行者が外へ大きく膨らめば、後続に与える影響は計り知れないものとなる」
「……私の判断不足です」
「そして連続の接触。先と同じく回避を目的としたもの、且つ咄嗟の判断として最小限の移動であったことは認められたが、それと同時に周囲の確認不足があった事も認めざるを得ない」
「……全て、事実です」
「また、バランスを崩した相手を助けようと動いてしまった事ばかりは咎めにくい点だが、レース中においては決して良い行動とは言えない事もここで明言する」
「甘んじて」
「最後に、最大の被害を被った事についてだが……。これに関しては、競争中止にならなかっただけ運が良かったとしか言う事が出来ない。すまない」
「……大丈夫、です」
それぞれの所見を述べた後、秋川理事長は私達の前に立ち、扇子を開く。書かれた文字は『処分!』。
「決定! 本件において三人には学園生活以外二週間の自室謹慎! 被害者二名のみ、お咎めは一切無しとする! また該当者の担当トレーナーについても、一ヶ月の減給を言い渡す!」
「……承知いたしました」
「……同じく、了承します」
最終的な代表としてシンボリルドルフが理事長の言葉を受け入れ、全員で頭を下げた。
……正直少し厳しい判断だとは思うが、決して文句は言えない。後々の降着とかレースの禁止なんてものが言い渡されなかっただけ万々歳の処罰だ。
そして。
「……ただし!」
「は、はい?」
「本件の通達があったのは今から二週間ほど前。つまり、スタートワンの入院直後に連絡されたものだ。その間三人には処罰が下るまで放課後はトレーニングをせず極力早く自室へ戻る以外、普段通りの生活を行うようにトレーナーを通して連絡した!」
「た、確かにあったけど……」
「それが一体…?」
その言葉を受け、扇子がひらりと翻る。書かれた文字は『達成!』
「解除! 既にこの場の全員が処罰は受けている! 今日からでも普段通りの生活に戻り、次走の為のトレーニングに励むと良い!」
「……は?」
「え……え?」
呆気にとられる子達と、満足そうにうむと頷いて書類をたづなさんに手渡す理事長。
一人だけ何かを察して此方へ視線を向けてきたシンボリルドルフに、あくまで笑みだけを返した。
通達が行われたのは私が入院した直後。全員に連絡を行わなかったのは、私が理事長室に行くことが出来ないため、全員に処分を下すタイミングが無かったからだ。
と言っても結局はただの連絡なので、知らせるだけなら病室に集めて連絡を送るなり、私以外の皆を集めて通達し、私だけ個別に送るなりすれば事足りる。私の為に意味も無く二週間も拘束される必要は無い。
要するに。トレーナーを通して私から理事長やURAに掛け合い、事前に処罰の内容を聞いただけでなく、私の入院期間とシンボリルドルフ達の謹慎期間をくっつけてしまったという事だ。
二週間もの間何も出来ないのは、私達からすると致命的なほどに長い。アプリで言えばほぼ1ターン分を無為にしてしまうようなものだ。更に言えばその二週間の内一週間は私も居らず、下手に時間をかけてしまうとそれぞれの受ける精神的な影響も無視出来ない。
という訳で、ちょっとばかり策を弄させてもらった。一週間私に待たされ、終わってみれば予定より一週間期間が短い謹慎。出来たのはこのくらいだが、これなら長い時間拘束されたという感情も少しは楽になるだろう。
……まあ、まさか私も二週間入院するだけでなく、接触した子も念のためとして二週間分の療養と休息期間を設けていたので、結果的に全員が謹慎を受けたような形になるとは思っていなかったのだが。
「兎角、本件についてはこれにて解決! 部屋からの退出を許そう!」
音を立てて扇子を畳んだ理事長に猫が相槌の一鳴き。互い違いに視線を向け合った四人とそのトレーナーの様子からすると、言われるまま動いていいのか迷っているようだった。唐突な話だし、ちょっと動きにくいのだろう。
軽く手を叩いて視線を私へ向けさせる。
「なにはともあれ、良かったではないですか。今日からは何時もと同じ生活に戻れます。私はまあ、ちょっと事情は違いますが…それはそれ。ほら、ここでぼーっとしていても無駄な時間です」
「ま、そうだな。終わったってんならさっさと退場しちまった方がいいぞ?」
トレーナーの援護と共にシンボリルドルフを見ると、彼女は少し目を瞬かせた後軽く咳払いをする。
「そ、そうだな。今日からは練習も再開しよう。マルゼンスキー達にも連絡を送っておかなければ」
「ええ。私もハッピーミークさんやカツラギエースさんに送っておきましょう。どうですか? 皆さんも今日は参加されます?」
「えっ」
「ああ、それとだがスタートワン」
「……はい?」
うん? なんだ?
勧誘の最中に再び口を開いた秋川理事長。何故かまた名指しで名前を呼ばれたんだけど。
「君だけはまだ話がある、勝手な退出はしないように」
「えっ」
何故かトレーナーが小さくくぐもった笑い声を出すのが聞こえた上、たづなさんが苦笑いを浮かべている。
ど、どういう事? 何で私だけ?
「レース中における処分は既に終わった話だが、レース後を含めた行動についてはまだ通達を出していなかった」
「レース後、ですか?」
「うむ」
た、確かにそこについては言っていなかったような……。
たづなさんに渡した書類を再度受け取った理事長が、そこに書かれているらしい文字を読み上げる。
「スタートワン。私の元にはURAからレース中の観客の眼前で自傷行為を行い混乱を招いた事、及び医師の制止を聞かずライブへの参加を打診し、更に体調を悪化させないようにという取り決めを破って歌っていたという報告が入っている」
「い、いやそれは」
「また、君のトレーナーからも同様の連絡が届いた」
「トレーナーさんっ!」
「俺の記憶ではちゃーんと止めた気がするな?」
ぐあああああ確かに手が出るくらい止められたけど!?
「スタートワン、此度の報告、相違無いな?」
「…………ぐっ」
「さっさと言えって、楽になるぞ」
「…………あ、ありません…。」
「うむ。よって本件においてスタートワンのみ別件での処分を言い渡す! これより二週間、トレーナーの監視の下生活を送る事! 期間中は個人練習も禁止とし、トレーナーのスタートワン宅への外泊も許可。極力療養の時間を取るように! これはスタートワンとトレーナー両者への処罰であり、トレセン学園、お呼びURAからの命令である! 厳守するように!」
「あいよ」
あっさり受け入れるトレーナー。こ、この人仮にも自分の教え子の家で生活する事に何の抵抗も無いのか? ……この人なら無いな。私がそうしてしまったんだ。
「スタートワン。返事を」
「…………」
「おい、お前が返事しねえと終わんねえぞ」
「……分かりました。承諾いたします」
「うむ! これにて本当に呼び出した事例は全て完了だ! 皆の退出を許可する! 今後の活躍を期待しているぞ!」
猫の鳴き声と共に追い出される私達。私は最後にとぼとぼと出てきたものだから、全員から刺さる視線が痛い。
な、なんで最後の最後に私だけ処分されにゃならんのだ…。皆の事を考えて謹慎期間を短くするように打診までしたのに……。
「……くっ、」
「……。」
「く、ふふふ……! ぐっ…っ、あっはっはっはっはっは!」
為に溜め込んだ後げらげらと爆笑するトレーナーに恨み混じりの視線を向ける。こんのぉ……! 思いっきり腿を蹴り上げてやろうか…!
足を上げる前に頭に手が置かれ、ぐりぐりと乱雑に撫でられる。
「いやー、っはっはっは…! やっちまったな、おい?」
「誰の所為だと思っているんですか。大方あなたがチクったんでしょう」
「んなわけあるか。あの医者が報告するっつーからついでに情報追加しといてやっただけだよ」
「やっぱりじゃないですか!」
「言う事聞かねえで好き勝手やった自分を恨むんだな。ひーっ、あー腹痛ェーーイッデェ!?」
未だ笑い続けている彼の両頬を思い切り挟んでビンタする。廊下に響くようないい音が鳴って、彼がその場に蹲った。張り付いた見事な二枚の紅葉にちょっとスッキリする。
「テ、テメエ自分のトレーナーに容赦ねえ事しやがって……!」
「自分の担当との約束すら守れないトレーナーにはこのくらい当然です。しかも何ですか二週間外泊って! この間の契約内容滅茶苦茶に破ってるじゃないですか!」
「当たり前だ。聞いたぞ、初めてマルゼンスキーとミスターシービー泊めた時の話」
「なっ…!? あ、あの時の事はちゃんと話したじゃないですか」
「念の為二人に聞いたら微妙に情報が違ってたじゃねえかオメーよぉ! 出血してたんなら最初っから言えっつーんだこのバカ!」
「馬鹿とは何ですかバカとは! 情報に見合うだけの条件なら取り決めしたでしょう!」
「んなモン事後報告と変わんねえだろうが! 男なら潔く全部丸裸にしやがれ!」
「人を男扱いするの止めてくれません!? 私相手でもセクハラですよ!」
「なーにがセクハラだ人の家で半裸になれる野武士みてえな性格の癖に!」
「だぁれが野武士ですかっ!」
「くっ、くくっ……! あはははははは!」
「「なにがおかしい」んですっ!」
顔をつき合わせてトレーナーと言い合っていると、笑い声がそこら中から聞こえてくる。なんだと思って振り向けば、シンボリルドルフどころか他の子やトレーナーまで揃って大口を開けている。
目の端に涙を浮かべながら、シンボリルドルフがなんとか笑いを堪える。
「す、すまない…! あまりに二人の言い合いが面白いものだから、つい」
「面白くて、じゃないですよ。私は今この人の所為で酷い目に遭っているんですよ」
「とは言うがスタートワン、これは君が蒔いた種でもある。コイツがこうまで言うって事は、日頃から心配させていたんじゃあないのか?」
なんと、シンボリルドルフのトレーナーはこの人の肩を持つのか。
「何を言うんですか。この人と比べて私なんて品行方正じゃないですか。シンボリルドルフさんには及びませんが普段の態度も成績も問題視されるようなものではありませんよ、ねえシンボリルドルフさん」
「それはまあ、問題行動はしていないが」
「やめろ肩持つのは。そうやって甘やかすから付け上がんだぞ」
「でもあなた、約束平気で破ったじゃないですか」
「ストップかけられてライブに出るっつって我儘通したのは誰だった? お?」
「歌うだけならいけるからと後押ししていないとは言わせませんよ?」
「「…………」」
互いに頬を抓み威嚇し合う。それを見て皆がまたくすくすと笑っているのが少し不服だ。
「まあまあ二人共。仕方がないとまでは言わないが、今までとそう変わらない生活は送れるんだ。ここで時間を使うより、トレーニングの準備を始めた方が良いんじゃあないか?」
「…………はあ、そうですね。こんなことで遊んでいる暇はないんでした」
「そうだな」
彼と同時に手を離し、そのまま肩をつき合わせて話す。
「今日のトレーニングは良いとして。その後、あなたどうするんですか? 私の家に荷物持ってくるの、時間かかりますよね」
「準備はしてある。今日の分こなしたら荷物取りに行くから待っとけ」
「で、今日は何を?」
「久しぶりに動くからな。アップが中心だ。あと柔軟やっとけ」
「はいはい」
こういう時は準備がいいんだから。
「……相変わらず、見事なまでの意志疎通だね」
「切り替えが早いだけですよ。この人と違って」
「ガキにゃ大人が合わせてやんのが筋ってモンだ」
「「…………」」
「ふふっ、そうやってすぐ張り合って……」
今度は互いの耳を引っ張っていると、ポケットのスマートフォンが振動する。取り出していると彼も同じようにスマートフォンを手に画面のロックを解除していた。
そこで視線を切り自分の手の中へ。届いた連絡はLANEのチャットで、どうやらクラスメイトから。
「えっと…、ん、待ち人ですか」
『スワちゃん、今からコース来れる? スワちゃんを待ってる人が沢山居るんだけど』
……んー、沢山、ねえ。人と会う予定は無かったと思うんだけど、誰だろう。書き方からすると、マルゼンスキー達知り合いでは無いようだけど。
とにかく、返信は『分かりました。少しお待ちを』……として。待たせている以上、ここにずっと居るわけにもいかないか。
「すみません、急用が出来たので私はもう離れます」
「ああ、分かったよ。トレーナーの方は?」
「悪ィが俺もちょっとヤボ用だ。時間はそこまで取らねえ、スタートワン、先に行って待ってろ」
「了解です。では皆さん、また今度」
色々と思う所が無いわけではないが、決まった事にけちをつけても仕方ない。
シンボリルドルフ達に一礼してトレーナーと共に廊下を移動。途中で彼とも別れ、クラスメイト達が待っているであろうコースを目指した。