映画ウオオオオ!!
まだ見れてないです……
「頑張れスタートワン!」
「スワちゃん、もう少し!」
「シリウス! もう少しだぞ!」
「いっけぇ! そのまま差せっ!」
プールの二コースを使って行われるレースに白熱した声援が送られているのが聞こえる。
後ろから聞こえてくる水飛沫の音は大きなクロールでゴールの壁際を目指すシリウスシンボリ。洗練された動きはスピードが乗っており、相手によっては十分に勝てるだろう。
彼女の追い込みに対抗するべく、壁際に付くと同時に水底へ蹴り込み、ドルフィンキックで大きく前進する。大半の時間を息継ぎせず泳ぐのは辛いどころの話ではないが、それを含めてのレースだ、無理くり耐え凌ぎながら泳ぐ。
最後のターンを終え、彼我の距離は一メートルほど。追い付く事も逃げ切る事も不可能ではない距離。クロールで何とか速度を安定させるシリウスシンボリを一瞬だけ視界の端に確認しながら、ほぼ半分を過ぎた頃水面に浮き上がりクロールを開始する。
「こん、のぉっ……!」
私に気付いたのか一気呵成に追い上げようとするシリウスシンボリ。1メートルの差が詰まり、そしてあと少しという所まで追い付いてきた。流石のガッツだ。
「……っ!」
しかし抜かされはしない。
プールの壁に手をついたほんの一瞬後、強い力で壁面を叩く音がした。勝負の決着に、観客から歓声があがる。
「はあっ、はあっ、はあっ……! くそ、届かなかった……!」
「お疲れ様シリウス。さあ、タオルを使うと良い」
「……ちっ」
肩で息をしながらプールから出るシリウスシンボリ。未だ身体が完成していないのもあるが、走るのとは違い水による抵抗を受けながら行う運動には体力を削られたようだった。シンボリルドルフに手渡されたタオルをひったくるように掴み、乱雑に頭へ被せる。
「…………、っ…」
それから十秒以上遅れてゆっくりと這い上がる。隣に目を向ける事も無く、数秒程腕で身体を支えたものの、力が抜けて崩れ落ちる。
勝ちはした。だがこれじゃあどっちが勝者だか分からない。
「スタートワン?」
「…………」
「大丈夫じゃあないだろう。ほら、まずはタオルだ」
「……」
「すまない、スタートワンを運ぶから手伝ってくれ!」
「はいはーい……うわ、ちべた!」
「手伝う…唇、青い」
そのままハッピーミークとクラスメイトに運ばれ、プール脇に横にさせられた。
「気分悪いとか無い?」
「……」
「…はい、タオル。そこで、暫く休んで」
「体力戻ってきたら起きてもいいよ」
そう言い残して二人がトレーニングに戻っていく、薄く目を開くと次はリトルココンとマルゼンスキーがレースをしているようで、二人に声援を送る皆が見える。経験の差などからして圧倒的に分が悪いようだが、なんとか喰らい付いているリトルココンを胸の中で応援する。シニア級相手に善戦するのは骨が折れるぞ、体力配分に気を付けるようにして欲しい所だ。
少しずつ呼吸を整えながら様子を見ていると、不意に頭の上に影が差す。続けて聞こえてくる低い声。
「大丈夫か?」
「……ええ」
「おう。そのまま寝てろ」
短いなら声も出せるまでに戻っていたらしい。トレーナーは私の頭をぐりぐりと撫でつつレースの様子を眺めている。
「カツラギエースも新入生の三人も、結構調子がいいようだな」
「……ですね」
「このトレーニングも人数が増えてきて、お前が休める時間も増えてきたな」
「……直ぐ、動きます」
「違ェわバカ。ゆっくり休んでろっつってんだ」
事情が事情と言え休み過ぎや怠けていると思われるのも不本意なので起き上がろうとしたら、肩を押されてその場に転がり直す。
ちらと視線を向けると、鼻を鳴らす彼が此方も見ずにプールへ視線を向けている。私も練習中の様子を眺めた。
暫くの間二人でそうしていたが、体力がほどほどに戻ってきたのでゆっくりと身体を起こす。
「ふう……」
「もう大丈夫なのか」
「ちょっと、辛いですが……。以前よりは、多少、持ちます」
頭が少し痛む感じはあるが、気にしなくても問題無い程度だ。入学直後の頃と比べれば、明らかに呼吸の整うペースは早くなっている。
「……足りそうか?」
「ダービー、までなら、十分、持つでしょう」
「菊花賞はどうだ」
「分かりません」
2から3ハロン。400から600メートル相当。
彼と契約を結んでから現在までの一年と数ヶ月をかけてようやく伸ばせた距離の限界。2000メートルの完走で喘いでいた昨年と比べれば、その成長は圧倒的とさえいえるだろう。多少無理をすれば更に先も走れるだろうが、ここまでならばまだ余裕をもって走る事が出来る。
二週間の休養で筋肉はやや落ちたが、それはシンボリルドルフも同様。身体の調子だけなら万全に戻った分、私の方がアドバンテージはある。
少なくとも、日本ダービーまでならば。
「前回は、失敗、しました。ですが、次を、逃すと、後が無い」
「…………」
「菊花賞は、賭けに、偏り過ぎる。ダービーは、本当に、最後のチャンスです」
来年、再来年なら可能性は少し変わったかもしれない。彼女が今以上の能力を手に入れたとしても、こっちにも出せる策が増えていた可能性がある。
だがもうクラシックは始まってしまった。残された時間も決して多くない。
アクシデントがあったといえ皐月賞を取り逃したという事は、今年彼女が走るレースはクラシックの二走を除けばセントライト記念、ジャパンカップ、有馬記念の三走。アプリ版では前者二つは走らないのでその流れを取る可能性もあるが、そうだとするなら、尚更勝機は皐月に次いで距離の短い2400メートルになる。
「残った時間で出来る事、全て行います。でなければ、来年からは、より苦しいでしょう」
「……狙うとしたら、春と秋のシニア三冠か」
「間違いなく、出るでしょう」
競争中止となった宝塚記念は少し分からないが、日本の芝G1であり、称号も狙う事の出来るここを選ぶ可能性は非常に高い。アプリ版でも宝塚を除けば育成時の確定出走となっていた。
そしてこの称号の為の六つのレース中、これまでの成績と同じ距離で走るのは秋の天皇賞のみ。絞れる範囲で1ハロン先となると、私にはもう距離延長を強行するか一発だけの勝機を狙うしかない。
そして私がその二つから選ぶとしたら、はじめから決まっている。
「……伸ばせよ」
「勿論。行ってきます」
会話を切り、彼の傍から移動して皆と合流する。現在のレースはカツラギエースと先輩で、先行するカツラギエースを先輩が追い込む白熱した戦いが行われている。
最初に私に気付いたのはシリウスシンボリ。
「……戻ってきたな。次だ、次は勝つ」
「もう少し、時間を置いてから、なら。いいですよ」
「スワちゃん、もう大丈夫なの?」
「多少なら、です。まだちょっと、時間、欲しいです。それより、私も観戦中なので」
俄かに集まりが生まれた所でそれを促し、プールで競う二人に視線を戻させる。
残るは1レーン分のみ。カツラギエースは華麗なターンを決めると逃げる勢いそのままに真っ直ぐゴールの此方目掛け突っ込んでくる。僅かに遅れてターンした先輩は距離が離されているのを認識した瞬間、水面下へ深く潜りドルフィンキックで大きく差を詰める。そして浮き上がると共に猛追。奇しくも少し前に私とシリウスシンボリが行ったレースと少しだけ逆の流れで最後の直線を競い始めた。
「エース、もう少し踏ん張れ!」
「お二人共、頑張ってください!」
此方を見ていたが注意もしていたらしいミスターシービーと共に応援。少しの間二人は横並びに拮抗した後、ほぼ同時に壁へ手をついた。
一瞬だけ全身が水の中に潜り。
「「っぷは! 勝負は!?」」
「んー…………こっちかな」
「っし!」
「くっそぉ負けたぁっ!」
ミスターシービーの采配に水飛沫を立てながら両手を上げ喜ぶ先輩と、逆に頭を抱えてショックを受けるカツラギエース。ぎりぎりの勝負は少し意外な事に先輩が掴み取った。
プールから出てきた二人にハッピーミークとクラスメイトがタオルを渡す。
「お疲れ様です!」
「…これ、タオル」
「ん、ありがと」
「悪い、助かる……。あー、やっぱ途中で大き目に離しておきゃ良かったな……」
「とはいえ、最後はぎりぎり、でした。次の勝負で、きっちり、決めれば、良いんです」
「……そうだな。ありがとなスタートワン」
そういってカツラギエースはへへと笑う。上手く切り替えられたようだ。
「次はあたしと泳がないか?」
「おい待て、次も私が
「それはスタートワンが決める事だろ? どうするんだ?」
「シリウスシンボリさんが、先約、なのですが……。すみません、順番で言えば、一度競って、ますから、カツラギエースさんに、お譲り、してもらえないですか?」
「……その次は私だ、変更は出来ないぞ」
「勿論。ありがとうございます」
「おお、ありがとうな二人共! じゃあ、その次はあたしとも泳ごうな!」
「……フッ、分かった分かった、後でな」
あまりに単純な話をされるからだろう。苦笑いと共にシリウスシンボリがオーケーを出した。カツラギエースの快活さは彼女に良い刺激になりそうだ。
……ところで。
「あの。出来れば、人の頭を、撫でるの、止めてもらえます?」
「え? あ、すまん。つい」
「……つい、手が出る程、小さくは無い、はずですが」
手を引っ込めるカツラギエースに自分でも微妙と分かる視線を向ける。少し前にもクラスメイトに頭を撫でられたのを思い出す。私の頭はそんなに撫でやすいのか……?
なんて事を思っていると、またも頭の上に重みを感じる。少し上を見れば赤い瞳と口がにやりと弧を描いていた。
「しかし、私と比べれば随分差はあるな。こうやって手がついつい出ちまう」
「あなたは、大きい方でしょう。私は、平均くらいの、はずです」
「ほう? とは言うが、他に背が小さいのなんてあそこの金髪とお前のクラスメイトくらいじゃないか?」
そういって私の前に指を持ってきて周囲を指すシリウスシンボリ。それに合わせて視線を動かせば、シンボリルドルフをはじめとする周囲の子達が視線に気付いて私達を見てきた。
手を無理矢理私から降ろし、彼女と離れて改めて周りを見る。
この中で一番身長が高いのはシリウスシンボリの167㎝。同率で打倒先輩も同じだ。そこから一センチ差でミスターシービーの166㎝、カツラギエースとシンボリルドルフの165㎝と続く。マルゼンスキーの164㎝も私達の中ではかなり高い方だが、上が細かく刻んで並んでいるせいか概ね真ん中あたりに来ている。
「私もクラスだとそこそこ上に来るけど、ここだとそうでも無いのよね……」
「160㎝でも結構下の方なの、なんか不思議な気持ちになりますね」
「…平均を、割ってる…」
私達の会話を聞いていたのだろう、それぞれに少しだけ上を見たり、他の子に視線を向けたりする。
もう一人の先輩が確か162㎝、そこからこの世界でのビターグラッセとハッピーミークが160㎝丁度(特にハッピーミークは初めて会った頃より少し身長が伸びていた)。クラスメイトが157㎝で、学園の生徒でも比較的平均となる。
残るのが私とリトルココンの二人なのだけど……。
「えっと…その、すみません」
「い、いいんです、謝らなくて。成長なんて、個人差です」
私達の身長は、ここでもまた一センチという極めて微妙な差でリトルココンの方に軍配が上がった。十人以上いる中で、155㎝と決して低くないはずの私が一番小さい。
……そう、この集まりの中で、何故か私だけが一番背が小さいのだ。150㎝を割っているとか、140の半分にも足りないなんていう事も無いというのに。
それどころか一年前まで殆ど横並びだったはずの私、クラスメイト、ハッピーミークの三人は、私だけが一ミリたりとも高くなることなく取り残され、一番小さいという扱いを受けることになっていた。
「百五十五って、小さくないんです。平均より、ちょっと下、なんです。普通なんです」
「まあ、それはそうだな……?」
「シンボリルドルフさんも、大きい方、なんです。ここに居る人が、高めなんです」
「でも、スワちゃん身長は全然伸びなかったよね」
「…………」
「スタートワンが見たことないくらい悔しそうな顔してる……」
アプリ実装組は入学時点で肉体的にはほぼ完成しているのに対して、クラスメイトを始め具体的な数字が出ていない子達は成長による数字の変動があった。ハッピーミークですらあったのだから、存在しないウマ娘である私もその恩恵を受ける筈なのだ。
……はずだったのだ。
「百五十五、普通なんです。普通、なんです……」
「いやまあ、小さくは無いが……」
「ここだけ、全員、身長が、高いんです……」
「……そう言われると、私達って学園でも結構大きい方ね……」
「普通なんです……普通なんです……」
「スタートワンが壊れた機械みたいに」
何故……なぜ私だけ微妙な高さに……。
「ああ、ええっと……! で、でもほら! スワちゃんはスタイルいいでしょ? この間の身体検査でもちょっと変わったっていってたじゃん!」
「…そういえば、皐月賞の前に、言ってた」
「…え? ああ、確かにそう、ですね」
背丈に関して一切の変動なしというのは事実だが、クラスメイトの通り、体格に関しては多少の変動があった。……骨格的な意味では無く、肉付き的な意味でだが。
「そういわれるとスタートワンってさ……」
「身長の割に、結構スタイル良いよね」
「そう、ですか?」
「というか、普通に……」
「だよね、明らかに……」
「「でかい」」
「どこを見て、言ってるんですか」
先輩二人の揃った呟きに思わず額を抑える。所謂女子高のノリという奴なのだろうか。こんな事つい最近あった気がするのは気のせいか?
二人も別に私相手に負けただなんだと言いたくなるような身体付きではないだろう。
言葉に困って眉を揉んでいると、ミスターシービーとカツラギエースが何故か話題に乗る。
「でもまあ、言われると気になるなあ」
「アタシも小さくないとは思うけど、スタートワンには負けるな」
「身長の問題か? それか単純に数値か?」
「なんで、乗り気なんです」
「それはほら、ちょっと気になるでしょ?」
「まあ、女ならちょっとはな……」
そう言いながら二人がちらと視線を向けた先に居るのはマルゼンスキー、シリウスシンボリ、打倒先輩の三人。……あの三人は、身長だけでなく私達の中でもトップのバストを持っている。春の身体測定や勝負服のサイズ調整だったかで聞いた話だと、それぞれマルゼンスキーが92、シリウスシンボリが89、打倒先輩が90だったはず。
もう一人の先輩も比較的スレンダーなだけでバストもヒップも80を超えていた筈だ。ウエストも『ウマ娘』らしく60㎝を下回っているみたいだし、上が青天井気味なだけで、上級生組は全体的にスタイルが良い。
一応、シンボリルドルフを筆頭に私達四人もそこまでスリーサイズが小さいわけではない。ハッピーミークにそこそこの数値があるのはアプリからも推察出来、クラスメイトも身長もスリーサイズもスペシャルウィークとほぼ同じなので、実は結構肉付きが良い方になる。……身長さえあれば、私もそこそこの値として馴染んでいた筈なのだけど。
軽く喉を整え、誤魔化しやすいようにする。
「ん、んんっ。私も流石にあの三人には負けますよ」
「見た目だけなら普通に張り合える気もするけどね」
「数値幾つだっけ」
「……大体シンボリルドルフさんより小さい数値ですよ」
「ふうん。ルドルフはどのくらいだっけ」
「え、私か?」
今度のダービーに向けた調査で確認した彼女のスリーサイズは上から86、59、85。確か『ウマ娘』共通の数値とも同じだったはずだ。その数字の上だけで言えば私は彼女よりも平坦になる。少なくとも数値上は。
誤魔化しもかねた発言だったのだけど、先輩が「ん?」と首を傾げる。
「でも、全部の数値が下って事はさ、ウエストの数値も下って事だよね」
……何故気付く。
「ああ、確かに」
「二人の腰の細さ違うもんね。四、五センチくらい差がない?」
「シンボリルドルフさんも大分細いけど、スワちゃんの方がこう、すらっとしてるよね」
「…分かる」
「……あの、そうじろじろ見られると私も嫌なのですが。というか、もっと見て楽しめる人たちがいるじゃないですか」
「……え、わ、私達?」
視線をマルゼンスキー達に向けると、何人かがつられる。
あちらはあちらで私達の会話を聞いて自分達の身体に視線が向いていたようだ。
「え、ええと……今の流れでこっちをじっと見られると、ちょっと恥ずかしいわね…」
「別に大きかろうが小さかろうが気にしなくてもいいだろう?」
「あらら、強気。アタシは結構自慢だけどねー。っていうかアタシたち、結構似てない?」
「……そうでもないだろ?」
何故かシリウスシンボリの前に立ち胸を張る先輩。まあ、身長や体格、スリーサイズは言う通り似ているかもしれないが、似ているのなんてそのくらいだ。髪色や性格、纏う雰囲気は全然違うので、赤の他人レベルだと思う。
「大きさに関してもそうだけど、ほら、あの三人は」
「……やばいよね」
「なんていうか、ボン、キュッ、ボンって感じ」
「ち、ちょっと二人共…!」
流石に恥ずかしいのか、先輩達から身体を隠すように少し背を向けるマルゼンスキー。しかしそうすると腰回りの曲線が目立つことになるのだが……。
「おおう…キュッとしてる……」
「お見事」
「無駄な肉がついてねえ。いい腰だ」
「……さんにんともっ!」
「「わー怒った!」」
「悪くは言ってないだろ」
「そうだけどっ!」
楽しそうに逃げる先輩達に思わず肩が落ちる。
なにをしているのだか……っ!?
「す、すごい……!」
「こっちも、細い」
な、何事!?
「あ、ずるい」
「あたしも結構絞ったほうだけど、確かにこれは細いわ……」
「ちょっ、何、してるんですか!?」
「え、だって、ちょっと触りたくなるでしょ?」
さわさわと腰や背中を撫でるクラスメイトとハッピーミーク。一応胸や尻周りを触っているわけではないけれど…脇腹は普通無断で触らないだろう!? 思考も手も軽いし!
「あの、止めてもらえますか……!」
「え、でもすごいよこれ。抱きしめてもちょっと腕が余るよ」
「関係無いですけど!?」
「…背中、綺麗。トレーナーと、同じ」
「あの、ハッピーミークさん?」
そういえばこの子割とフリーダム気質だった。桐生院トレーナーの背中も触ったりしてたのかな……じゃなくて!
二人そろって人の話全然聞いてないんだけど! 前々から若干強引な所が出てたけど、先日のカラオケでタガでも外れ……!?
「ひぃ、う……!」
「うわっ、何? ここ?」
「ちょ…っ、ん……!」
「…大丈夫?」
びくんと大きく身体が跳ねた。クラスメイトとハッピーミークの手が少しだけ緩む。
す、すごい変な声でた……。
「そ、そこは、あんまり……」
「…痛かった?」
「というか、傷痕で、敏感、で……」
二人が触れたのは脇腹の傷痕や背中の火傷があるあたり。スクール水着という点で普段のものより触られた感覚が通りやすいというのもあるが、脇腹の方は元々神経の過敏な所に、ビルの倒壊時瓦礫などが掠めつつ抉るような傷を残していった為、かなり人の手に反応してしまうようになっている場所だ。
と、というか、人の許可くらいとって欲しいのだけど!
「……ふーん」
「あぅっ…み、ミスターシ…ひあっ」
二人と入れ替わるようにミスターシービーが私の腰を掴む。指先が水着の上を滑るだけで、身体の芯から震えが来る。
「おおー…! 凄いよエース! 細い!」
「おいおい、いいのか? 嫌がってるだろ」
「あぅ、く、ん……! そ、そうです、人で、遊んで……」
「そこまで嫌がってるわけじゃないもんね。ね? スタートワン」
「ひあっ……!」
耳元で囁かれ思わず呻く。揶揄うつもりの声音だというのに、思わず流されそうになる柔らかさと心地よさがあった。こ、この人、自分の声の良さで押し切ろうとしてくる……!
「ふふ、ほら、そのまま」
「み、すた、しーび、さ」
「じっとして、アタシに任せて……ん?」
……? て、手が離れた?
というか、ミスターシービー本人が離れた?
「やめんかバカモン」
「あー、ちょっと」
「お前もお前でちょっとは抵抗しろ」
「す、すみません、助かりました……」
脇下に手を通し、まるで猫を持ち上げる様に。ミスターシービーを浮き上がらせたトレーナーがそのまま彼女を隣に立つカツラギエースに預ける。
「おっと、だから言ったろ」
「うーん、仕方ない。じゃあエースで遊ぼ」
「は、おまっ」
そうして遊び倒している二人が他の子達を巻き込んで騒いでいるのを息を整えながら見ていると、頭の上に何かが被さってくる。掴んで目の前に持ってきたそれはバスタオル。トレーナーが用意したものらしい。
「気になるんだったら隠しとけ、何時もみたいにな」
「…ありがとうございます。一言、余計ですけど」
「うるせ」
先の事もあったので、彼の言葉に従ってタオルで身体を隠す。
そうこうしている間にも、皆はそれぞれが楽しそうにプールで遊んでいるようだった。マルゼンスキー、シリウスシンボリ、先輩達はそれぞれの胸を見ながら何かを話し合い、カツラギエースがミスターシービーに目元を撫でられてふにゃふにゃになっているのをクラスメイト、ハッピーミークが顔を赤くしながら眺めている。……あそここっちの世界だと本当に敏感なんだ。
因みにリトルココンとビターグラッセは(シリウスシンボリ程ぐいぐいいけないというのもあるのだろうが)下手に関わると後輩としても人としても窮地に送られるとして気配を消してプールサイドに鎮座している。……先輩として変な事を教えてしまい申し訳ない。
先日と同じで場が混沌としてきたな。なんてことを思っていると、トレーナーの隣にシンボリルドルフが立つ。
「ふふ、随分と楽しい事になってきたな」
「…止めないん、ですか」
「まあ、流石に場が荒れるようなら止めるよ。しかし、彼女達も楽しそうだからね」
「あれを楽しんで見えるんなら相当器が大きいと思うぞ俺は」
「ふふ、それは嬉しいな。
……あれはその器の中に入れなくてもいいと思うけれども。
そうは思えど言葉にするのは流石に憚られ口を噤む。あれで良いのなら何も言わないでおこう。
「で、なんで態々こっちに来た? あっちに混ざればいいじゃねえか」
「いやなに、私も少し気になってね」
「気になった?」
「先程の君の発言についてだよ」
「さっきのって……」
なんてことを言っている間に、彼女は私のすぐ前に立つ。何故かやたらと距離が近く、水着という事もあってか互いの胸が当たりそうな程だ。
「シンボリルドルフさん?」
「……なるほど。レースや練習の折、時々思う事はあったが」
「何を」
「スタートワン、確かに、君は私よりスタイルに優れているようだ」
「えっ」
「つーか、元々線が細いって奴だろ。だから余計に腰が目立つんだろうな」
「そうだな。私も少し腰回りは細すぎると思っていたんだ」
そう言って「少し触ってもいいかい?」と問うてくるシンボリルドルフ。拒否しようとして、皆と違って真剣な眼差しがあるために断りにくく、頷いた。
許可を得て、彼女は優しく丁寧に、けれど何処となくぎこちない手付きで腰に手を当てる。思わず身体が震えるが、何とか堪えた。
それから更に許可を得た上で私の胸や尻にも触れた彼女は、僅かに苦々しそうな表情をして私から手を離す。
「……同性として、少し負けた気持ちになるよ」
「あの、触っておいて、そういう発言は、私も反応し辛い、です」
か、彼女がそんな発言をするとは。私のやや不格好な体躯を比べれば、彼女のそれは非常にバランスが良い、アスリートでありながら女性的でもある正に完璧な肉体だ。偏に比べられるものではないと思う。
あっちこっちでスタイルの話が出てるからちょっと羽目を外しているのだろうか。
「それはすまない。だが、それはそれとして、少し思う所もあってね」
「思う所と、言うのは」
「……腰だけじゃない。君の身体は、少し細すぎる。一応は対立陣営の私が、不安になる程にね」
呟かれた言葉に思わず自分の目が開いたのが分かる。胸元に、正確には身体全体を見つめるシンボリルドルフの瞳は、一つだけではない複雑な色を混在させている。
「無理はしないで欲しいと、常々言っているのだけどね」
元々は一度完全に成長が止まった人間だ。この世界に来るに当たって作り直された際も、一定以上の成長は見込めない状態だったのかもしれない。仮に頑丈さとの引き換えだとしても、今の身体に能力としての向上は殆ど見込めないのだろう。
肉付きが良くなったというのはつまり、成長期や本格化とは別に、身体が完成され始めているということの証左でもある。体格はともかく未だ能力的に進化を続けるシンボリルドルフと違い、全てが劣っている私の成長は何時下降を始めてもおかしくない。
そんな私が彼女に勝つ為には、どんなものにでも縋って勝機を作り出すしかない。それが例え自分の傷だろうが、領域だろうが、頑丈さだろうが。
「私は、私に出来る事を、しているだけです」
「……それは出来る事を限界まで酷使している事も含むだろう」
「それについては、黙秘を」
「正解だってよ」
「……」
「やめろ、やめろスタートワン。人の脇腹を抓るのは止めろ」
余計な事をするという点においては他の追随を許さない人に制裁を加えつつ。
空いている片手でシンボリルドルフの手を掴む。
「シンボリルドルフさん。何がどうなったとしても、私の身体は私の身体。文句を言うくらいなら、私は可能性の為に準備を整えます」
「二週間の間に、筋力が落ちていてもか」
「当然」
「筋肉が付きにくい身体。だったはずだ」
「……検査入院なので、動けはしました」
「なら、以前より明らかに落ちた頬にどう説明をつけるんだ」
人の顔をよく覚える特技か。今は少し疎ましいな。
「病院食は制限がありますから。多少は体重も落ちましょう」
「……それでも、出るんだな」
「あなたの栄光に泥を塗る気はありません。ですが、容赦もしません」
掴んだ手を引き、彼女を私に近付ける。
少しだけ体勢を崩したその頬に手を当て、にやりと笑みを浮かべる。
「勝ちたいなら、超えてください。今の私にさえ負けるような人が、私のライバルだと思っていません」
「…………いいだろう。私も容赦はしない。夷険一節なその意志に応えるべく、私も初志貫徹、一切の妥協をしない事を約束しよう」
「そうでなければ」
私が狙う意味が無い。
互いに顔を近付けたまま笑い合っていると、頭にすとんと何かが当たる。普通に痛い。
「お前そうやって発破かけんの止めろ。負けにいってんじゃねえ」
「そんなわけ、無いでしょう。ちゃんと、走ります」
「走りゃいいじゃねえわ」
「ふふ、相変わらず仲が良いみたいだね」
もう、直ぐにぐだぐだな空気にして。もうちょっと静かに出来ないのかな。
ということでスタートワンはデカパイ枠になります。
よかったねルドルフ。