G1目指して頑張ります   作:あかし/さんさい

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61 そういう見られ方

 一人で活動する時間が増えた。なんとなく、そう感じる時間が増えた。

 学園に入学してから最初の頃は一人暮らしだったし、当然トレーナーとの契約以前も一人の時間が圧倒的に多かった。

 

 ただ、ここ最近、日中にここまで一人で居る事が殆ど無かったのではないかと感じている自分が居る。朝から昼を過ぎ、そして午後の西日が伸び始める時間まで一人で活動するというのは。

 

 暖かい風が窓越しに部屋の中へ入り込んでくる。普段なら暑いと思うところなのだけど、むしろその熱気が丁度良かった。

 宿の一角。私は廊下の途中にある休憩室の椅子を借りて勉強……はしておらず。置かれているテレビを使ってレース映像……を見ている訳でも無く。手元に用意した本を読む……事もせず膝の上に置き。スマートフォンを開いて姉妹の家族と連絡……しようにもそもそも部屋に置いてきており。

 

 ただ、何をするという訳でもなく。椅子に座ったまま、ぼうっと天井を眺めていた。

 

 

 領域調整の翌日は理由がない限り必ず休みにする。トレーナーが昨日の氷漬けの森を見て決めた予定の為に、今日の私はトレーニング、調整共に禁止の完全な休みとなっていた。昨年もクラスメイトに言われた気がするが、我ながら急な休みに対応するのが苦手なのは変わっていないようだ。

 何をしても良い。電話、食事制限も無し、門限に引っ掛からなければ何処へ出てもお咎め無し。

 

 折角の自由だというのに、既にその内の半分を私は何もしないという選択で消費していた。

 

 ……いや、半分は嘘になる。

 浪費しているというのは間違いないが、同時に。

 一日の半分もの時間を使って、私はひたすら考え事を続けていた。

 

 トレーニングは禁止。とはいえ練習に参加する方法自体は決して無いわけではない。マネージャーの様にドリンクの差し入れなり、ちょっとした映像記録の撮影なり出来る事はあった。

 なんなら、本気でさえなければ軽い併走くらいなら許可も取れる可能性もあった。今日はシンボリルドルフ達クラシック級の三人が一緒に走るとの事だったので参加もしたかったのだが……。

 

「早く治ればよかったものを」

 

 制服のスカート、その下に隠れる膝へ触れる。手袋越しと言え軽い圧迫感があるはずのそこに感覚は無かった。

 

 

 気付いたのは昨日、調整を切り上げ立ち上がろうとした時。違和感と共にバランスを崩して彼に支えられたまま、呟くしかなかった。

 

『あぶねえな、何してんだ』

『……トレーナーさん』

『聞いて…、なんだ』

『…、足の感覚がありません』

『病院行くぞ』

『いえ、これも恐らくは治るものではありません。感覚が戻るのを待つしかないでしょう』

 

 彼が日を置く指示を出したのも、これが原因にある。事実、保健室の先生に診てもらった結果も『恐らくは長時間の座位による負荷。それ以上は不明』というもの。ここまで酷くは無かったが以前も調整での出し過ぎで似たような状態になった事は多々あったため、経過観察の結果によって判断するという私の提案に決まった。彼も今回の事を受け、お世話になっている病院の先生と今後の方針を決めるため今は連絡中だ(本当なら直接会いに行くべきだったのだが、距離もある上事情が特殊な為後日という方針になった)。

 

 シンボリルドルフ達にはまだ話していない。いつ治るか不明というのもあるが、これで余計に心配させると面倒……という以上に合宿自体にも大きな支障を来す可能性がある。私が離脱するだけならば良いが、誰かの行動に制限をかけてしまう事があれば忍びない。参加を決めたからには状態管理も己の手で行わなければ。

 

 それに、理由はもう一つ。

 

 椅子から立ち上がり、窓の方へ進んで外を見る。丁度宿の外から見える浜辺と、各々に走る生徒達。位置はずれているが、少し離れた場所にある競技場の笛の音も微かに聞こえている。少し手を触れた硝子の表面が白く曇り、やがて水滴となって伝っていく。ついた雫が流れていくのは私が触れていた側の反対。外の外気と中の著しい温度差によるものだ。幾ら薄手だとは言え、手袋による間接的な接触だというのに。

 

 今朝の話ではシンボリルドルフと先輩二人、クラスメイトは走り込み、ミスターシービーはタイヤ引き、マルゼンスキーは午前に同じくタイヤを引いて、午後の方でカツラギエースと混ざって座学。ハッピーミークは遠泳だった筈だ。記憶の通りに浜ではミスターシービーと思しき後ろ姿が大きなタイヤを引いており、ハッピーミークを含んでいるだろう複数人が丁度浜辺に向かって歩いてくるのを教官やそれぞれのトレーナーが迎えている。

 

 ふと生徒の誰かが私に気付いたらしい。何人かの顔が此方へと向いた。それなりに離れている上に硝子越しなので相手から見えるのかと思ったが、彼女達の動きになんとなく視線が合っているような間を感じる。

 とりあえず誤魔化しを兼ねて軽く手を振り、先の椅子の元へ戻る。

 そこまでの間、足の動きは一切乱れる事は無い。

 

 

 理由のもう一つ。感覚が無い以外に一切の影響が無い事。

 一日経って薄々分かってきた部分もあるのだが、最初によろけたのは本当に座り過ぎただけのようで、痛みも無ければ動きにくさがある訳でもない。足の感覚が全く無い事を除いて、状態は普段と変化していなかった。恐らくは無痛症のような触覚が機能していない状態になっているらしい。つまり、皮膚の感覚以外の全ては問題が無いという事。歩行は勿論、普段との違いに対する戸惑いを含めても走る事だって不可能ではないだろう。彼の事だからそのつもりで一歩でも踏み出した瞬間拳が落ちてきそうなのでやめておくが。

 敢えて表現するのなら、状態の悪化点が一つ増えただけ、その程度とすら言える状態だった。アプリで言うならバッドコンデションが二つに増えたような感じだろうか。私だったら育成を諦め次の育成に変更する選択も視野に入ってくるところだ。

 

 椅子に座ると共に、思わず息を吐く。

 どうにもこうにも、私がしっかり腰を据えてレースに臨む機会は少なくなっていく運命にあるらしい。昨年の入学以来、想定内の事を遥かに超える想定外が延々と続くだけでなく、確実に私の調子を崩してくる。シンボリルドルフ含む皆の調子が落ちていない事は喜ばしい事だが、一人だけ超常現象を起こしてまで状態を悪化させているのはもう何なのだろうか。嫌がらせか何かか。

 

 そういえば、初詣に行った際もおみくじの運が凄まじく悪かったのを思い出す。あれも段々結果が悪くなっていたな。

 ……なんか思い出したらちょっと腹が立ってきた。なんだ末吉、凶、大凶って。下げ幅が極端過ぎるだろう。やっぱりこれ嫌がらせじゃないのか。三女神の考える事は分からないが、人も馬も鞭だけで動けるようには出来ていないんだぞ。

 

「せめて三ヶ月は持たせてくださいよ……」

「何を持たせるって?」

「? ……皆さんは」

「お久しぶりね」

「お、お久しぶり、です」

 

 つい漏れ出た呟きへの返答に視線を上げると、そこには三人のウマ娘。日本ダービー以来となる三人だった。

 

「お久しぶりですね。皆さんは練習は?」

「今日は休み。と言っても、殆ど自習かな」

「あれ以来、結構一緒に動く事が増えたのよ。今日もそれで集まったわけ」

「そうなのですね。今度の菊花賞に向けてですか?」

「う、うん。一応」

 

 なるほど、少なくともこの三人は出走してくれるようだ。クラシック皆勤が最低でも五人。実に良い。

 ちょっと雑談でもしようかという時に一人だけ座っているのも忍びないので、休憩室のソファの方へ促す。特に理由は無いのだが、三人が同じソファに座り、向かいに私が座った。

 

「……何故揃ってそちら側に?」

「え? いや、特に理由は無いんだけど」

「強いて言えば、なんとなく?」

「な、なんでだろ」

「流石に窮屈ではないですか? こちらに座れば多少は楽になりますよ」

「それじゃあ……」

 

 と言う事で、接触の子が私の隣へと座る。

 

「合宿開始から少し経ちましたが、調子はどうですか?」

「まあまあかな。チームの皆も居るから調整中だし」

「そう、ね。私はハードトレーニングを何時始めるか検討中よ。スタミナ向上の為にも」

「私は、あんまり。長距離もそんなに得意じゃないし…。もっと、頑張らないと」

「充実しているようならばよかったです。ですが無理は禁物ですよ、特に距離延長は負荷も大きいですから」

 

 延長、というよりは復調だが。私も似たような事をしているので負荷の大きさは分からなくもない。ハードトレーニングも場合によっては身体の調子を落とす原因になりかねないから、しっかり気を付けないと。

 

 軽い念押しだったのだが、三人からそれぞれ何とも言えない視線を向けられる。

 

「それ、貴女が言う事?」

「どういう意味ですか?」

「いや、まあ、明らかに無理してるよね。調子悪くない時殆ど無いの皆知ってるよ」

「皐月賞もダービーも、トレーナーから言われたよ。不調だけど絶対に来るから注意しなさいって」

 

 そんな周知されるレベルで見られてたんだ。周りから見てそう判断されるくらい酷いんだな私。レース当日には好調を維持して出ているつもりなんだけど。

 

「不調なつもりは無いんですが……。そこまでですか」

「だっていつ見ても不機嫌そうだし、耳大体後ろだし」

「調子よさそうな顔してる時殆ど無いでしょ」

「ここ最近は、その。明らかに風邪引いてるみたい」

「ああ、そういう…。風邪っぽいだけではっきり病気はしてないですよ」

「本当に? 熱は出てないの?」

「寧ろ低い方ですね。最近は五度を記録しましたよ」

 

 こそりと手袋を取り隣の手を握ると、相当びっくりしたのか見事に耳と尾が大きく飛び上がっている。以前の水着購入時の様に嫌がられる前に此方から凍った手を下げ謝罪。

 

「失礼しました。思った以上に驚かせてしまいましたね」

「つ、つめ、つめた……!」

「……さっきの、三十五度って意味よね?」

「ふふ。それにしても、まさか皆さんからそのように認識されているとは。少しは見られ方にも注意が必要ですね。チームを結成する上で障害になりかねません」

 

 軽く誤魔化しつつ話を修正。これまでもそのあたりは気にしていたつもりだが、想定外に普段からネガティブな評価が多かったとは。私の評価はトレーナーの評価。調子を崩していても必ず結果を残せるというのはプラスに見えるかもしれないが、調子を全く上げられないというのは単なる悪評でしかない。

 

「……結成、出来るの?」

「それはどういう意味合いで」

「え? だってあなた達、付き合ってるじゃない」

「…………え?」

「え?」

「え、違うの?」

 

 私が? トレーナーと? なんで?

 

「付き合っていませんが……。それ、誰が言い出したんですか?」

「え? 言ってないわよ?」

「だって、見てたら分かるし」

「みてたらわかる」

「うん。トレーナーと一緒に居る時、機嫌良さそうだよね」

「眉間の皺、かなり取れてるじゃん」

「週末はどちらかの家に泊まってるの、有名だよ」

「あれ理事長から許可貰う為に取引したんでしょ?」

「…………」

 

 立て続けな言葉に思わず眉間を揉む。そういえば、距離が近くはないかと以前も言われていたのを思い出す。しかも変な憶測まで。

 

 んー、と。そんな風に見られていたのか。距離が近いなんてゲームも何も、『ウマ娘』の大体の媒体では当たり前な描写だったから、変であれ気にし過ぎる事も無かった。なんなら観客やファンも一部を除けば認識として変だと思っていないようでもあったし。……でも、流石に私がそういう認識で見られるとはなあ。

 彼とはマンツーマンでトゥインクル・シリーズに挑戦している分、周りよりも距離が近くなるのも仕方ないとは思うけれど。

 

「そういう見方をされる事は偶にありましたが、違うとは繰り返し言っています。理事長の許可は取りましたが、それも健全な関係を前提としたものです。そもそも私達は仮にも学生ですよ。色恋に現を抜かす時間は無い筈です」

「でも、月刊トゥインクルの記事で」

「……あれは特例です。というか、その方面で言えば記事の大半が交際関係のほのめかしになるじゃないですか」

 

 いやまあ、乙名史記者の暴走は前々から知ってはいたけども。その煽りを自分が受けるとは思っていなかった。また今度取材を受けるんだけどなあ……。

 

「でも、トレーナーの事好きなんでしょ?」

「担当トレーナーですよ? 嫌いな相手を選ぶわけないでしょう」

「それはそうだけど」

「皐月賞の後のあれとか」

「あれ……処分通告の時の事を言っているのなら普通の事です。大事なレース方針なんです、あのくらい話せないと駄目でしょう」

「そ、そうかな…」

「そうです」

「……そうかしら…?」

 

 あれこれ詮索される程近く見えるのか? 殆ど同性の感覚だからそこまで異性として認識した事が無い分、あまり距離が離れる事は無いが…。

 だとしても、彼と私が付き合う? それは無いだろう。未成年と成人の交際は良くない印象を持たせるし、彼自身の性格上、契約からの三年間は特にそのあたりに厳しそうだ。今はどうであれ元が同性同士というのも個人的にはひっかかる。

 それに、仮にも私達は信頼と共に勝負へ挑む関係。精神の距離は物理的な距離にもある程度相関する。信頼も築けずに重賞を獲る事など困難だ。

 

 再三違うと言っているが、三人の表情からは納得があまり見られない。仕方ないが、もう少し押しておく方がいいか。

 

「彼は確かに魅力的な男性(ひと)ですが、そういう人は得てして目を付けられているものです。今は私の育成に集中していますが、それが終われば直ぐに引く手あまたになるでしょう。重賞を勝つウマ娘を育成出来るのです。そのくらいは当然でしょう」

「……無理じゃない?」

「何故」

「いやだって、どう考えても貴女一筋よ貴女のトレーナー。契約満了したらそのまま引退かチームのサブトレーナーにでもするんじゃないかしら」

「引退って……大袈裟過ぎですよ。それに態々彼が私を指名すると?」

 

 彼の将来は私一人で終わって良いものではない。半ば消耗戦の私と違い、彼の人生は私が消えてもまだまだ続くのだ。

 サブトレーナーについては……トゥインクル・シリーズからドリームトロフィーリーグにでも移籍出来たらそれも良いかも知れないが、必ずしもそうなると決まったものでも無い。

 

「私達はウマ娘とトレーナー。それ以上でもそれ以下でもありません。契約が終わったら次の契約を促して私は卒業しますよ」

「えっ、そうなの」

「当たり前です。無理に残って彼の選択を狭める事はしたくありませんし、そもそも満了まで行けるかも分からないのです。そんな事を心配している暇もないでしょう」

「…貴女はそれでいいの?」

「良いも悪いも、選ぶのは私では無くトレーナーさんです。あの人が良しと言わないのであれば、私に選択はありません」

「まるで雇用契約ね」

「事実雇用契約ですよ」

 

 書類もある上賞金という名のお金も発生している。学生を相手にしていると言え間違ってはいない。

 

「なんていうか、思ってたよりドライだね」

「皆さんの見方の方が特殊ではないかと…。大人として見るか異性として見るかの違いですが、差は大きいものです」

「でも、身近な異性って言えば大体教官やトレーナーじゃない」

「そうそう。自分のトレーナーが男の人だったら……とか、ならない?」

 

 ならないなあ。

 

「ならないって顔に書いてあるの、流石に分かるわよ」

「そういうの、環境が近かったら何にでも当てはまりますからね」

「確かに、似た話とか創作は多いね……その、ミスターシービーさんのご両親とか」

「……あれを典型にしてはいけませんからね?」

「わ、分かってるけど」

 

 競走馬トウショウボーイとシービークインの話があまりにキャッチーな為にウマ娘としても設定された所はあるのだろうが、そうした背景を加味してもトレーナーと担当ウマ娘が結婚するという話が人気になるのも、まあ分からなくもない。元の世界でも教師と生徒の恋愛なんて恐ろしく人気なジャンルだったし。

 

 ……カラオケでの一件を考えるにシンボリルドルフ達もそのあたり意識はしているようだから、彼女達が興味を示すのもさもありなんといった所なのだろうが。そういう下世話な話をしたくなるのも年頃の女の子らしいものとまとめてしまう方がいいだろう。

 

「じゃあさ、もしもトレーナーがチームを結成するとして、そこに入れって言われたどうするの?」

「どうする、ですか?」

「確かに、興味ある」

「私もね。そこまで言うのなら、もし卒業前に提案された時はどうするのかしら?」

「…ふむ」

 

 不意な問いに少し考える。

 契約自体は終わっているわけだから、彼の方針に必ず従うという条件は無い。その上で私がその提案を受け入れるか否か、か。

 

 先に行った通り、目的の成否に関わらずその段階までいったのなら、私としては結成までを支援してそのままおさらばが最善だと思う。私というサンプルを基に育成のノウハウを獲得した以上、そこからの試行錯誤は彼の成長にも繋がる。あれこれと口を出す権利は無い。

 

 …しかし、メインストーリーのメジロマックイーンやキングヘイローのように先達としてある程度の師事をする存在は少なからず居た方がいいだろう。専門家が居るといえ、アスリートとしての経験者の言葉は決して無駄にならない。人手が増えるという意味でも相応の助力にはなる筈だ。一人だけと二人居るでは言葉以上に天と地程の差がある。

 

 彼は彼自身の判断で。私は私自身の選択で。

 トゥインクル・シリーズを走り終えた後、もしも彼が私を必要としたら。

 

 

 

「断るのは、難しいかも知れないですね」

 

 仮にも私の身体は彼と会った時点で最低値以下のようなものだった。模擬レースを含めある程度の結果は出せていたが、かといって本番で通用するとも限らない。そんな危険な賭けに彼は乗り、そして完勝では無かれ、間違いなく勝ちの側に立っている。

 

 全盛期をとうに過ぎたと表現しても良い私を、その全盛期にまで戻し、尚且つそれ以上に引き上げる。トレーナーの弛まぬ努力と私への信頼があるからこそ、私はここまで来ているのだ。一人で行ってきた領域の調整にも協力してくれて、使い方も模索してくれた。恩というだけで言えば、既に私は姉妹の家族にも匹敵する程のものを彼から与えられた。

 

「これまでの付き合いからして人となりも分かっています。彼ほどの人物に必要とされて、断る理由も想定より少なくなるでしょう」

 

 態度の悪さ、口の悪さは玉に瑕だが、トレーニングプラン、出走プランの組み立ては悪くないし、身体のケアも可能。時間があれば外出にも付き合ってくれて、料理も上手い。容姿だって私から見ても整った顔つきだと思うシンボリルドルフのトレーナーと並んでも、見劣りはしないのではないだろうか。

 

「主な方針も既に知っていますので、チームの勧誘や育成も支障があればバックアップは可能。手が届かない所についても十分に支援はできます。お料理も美味しいですし」

 

 学園を離れるまでの間、ゆっくりと二人で生活をするのも悪くはない。どちらかの家に泊まって、偶にシンボリルドルフ達や、或いはチームに加入した子がやってくる。料理をしたり、ちょっとした雑談や、中にはゲームを持ってきたり映画などを見たいと言ってくる子も居るだろう。ゆっくりと時間を過ごしてから、皆が寝静まった頃に彼と二人で晩酌というのも乙だ。

 

「…………ふふっ。なんとも、もしそうなると困ってしまいますね」

 

 彼に言われてしまったら、断れないじゃないか。

 

 

「……貴女、その」

「はい? ……どうしたんですか皆さん」

「いや、だって……」

「……………、」

 

 どうしたのかと思えば、三人そろって顔が真っ赤だ。本当にどうした?

 

「べ、ベタ惚れじゃん…」

「ベタ惚れ? 私が?」

「滅茶苦茶に褒め倒した上に嬉しそうにしてたらもう入れ込んでるレベルでしょ」

「そうですか…?」

「は、恥ずかしくなってきた……」

「ええ…」

 

 それぞれに言葉を濁らせながら視線を逸らしてくる。そんなに惚れ込んでるかなあ…? こういうのはどちらかというと才能に入れ込んでいるという奴ではないのか?

 

「誤解させたようですが、私が言っているのは総合判断として断りにくいという意味です。告白でも何でもないものに恥ずかしがられる謂れはありませんよ」

「ええ……?」

「そ、そこまで惚気ておいてそれ言う…?!」

「その考え方、おかしいよ……!」

「何故そこまで非難されなければ?」

 

 間違った事は言っていない筈では……?

 なんだろう、そこまで私の表情がおかしかったのか? あれか、女の顔という奴にまでなっていたのだろうか。……私がそんな顔をしていたのか? 自分の事だが、微塵も想像できない。

 

「いいですか? あくまで今のはもしもの話。言われたわけでもないのにそう言われても……」

「スタートワン!」

「! トレーナーさん?」

 

 思わぬ声に顔を向ける。休憩室の入り口から此方を覗いているのは、話題にしてきたトレーナー。なんだか表情が怒っているような、焦っているような。

 

「どうしたんですか急に」

「どうしたじゃねえ。お前スマホ見てねえな」

「そもそも今手元にないですね」

「バカやろー連絡の確認怠んな」

 

 すとんと手刀を落としてくるので耳を寄せて軽く防御。もにっと耳が曲がる感覚に不快感があるが、痛みが無い程度の力で落とされた事もありその程度で済んだ。

 

「暴力的なのは嫌われますよ。で、用件は」

「お前以外にするか。明日からの予定が出来た。確認しろ」

 

 ああ、話し合いが終わったのか。確認という事はここじゃ話せないし、彼女達との雑談はここらで打ち止めにした方が良さそうだ。

 

「了解です。では皆さん、今日はここで」

「…うん」

「……そうね」

「………じゃあね」

「?」

 

 それぞれやたら時間をかけながら返答していくのにトレーナーが怪訝そうな顔を浮かべながら私を誘導する。廊下に出てから此方に理由を聞いてくる視線を向けてきたが、内容を聞かせて彼をおだてるつもりは無いので気付かない振りで彼を促した。

 

 道の途中、ふと足を止める。思わず伸びた指先が腿に触れる。

 

「……っ?」

「どうした?」

「……少し足の調子が戻ってきたようです」

「…そうか。時間をかけるのが正解だな」

「に、なりそうですね」

 

 彼の少し安堵したような声音に少し眉が寄る。時間をかけたくないという前日の問答は彼の有利か。

 そんな事を思っているのが顔に出ていたのか、彼の手が頭に乗り、撫でてくる。

 

「時間はある。焦んな」

「……うまくやります」

 

 

 

 その日の夜。夕食の際、何故か昼の三人が私のところまでやってきた。

 

「改めて宣言するよ!」

「は、はい」

「私達、貴女には絶対勝つから!」

「き、菊花賞、負けないよ!」

「は、はい……?」

 

 

 言いたい事だけ言って帰っていった所為で、周りからの視線とミスターシービー達からの質問攻めを躱すのに苦労した。




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