ずっと「こめくいてー顔」と呼んでいたのですが人によっては「でもやせたーい顔」と呼ぶ人もいる模様。
あれはこめがくいてー顔ではないのか……?
「日本最長距離の重賞は」
「ステイヤーズステークス」
「ではかつて行われていた最長距離レースは」
「ええーと……」
「…日本最長距離ステークス」
「正解です。次、ウマ娘の耳や尾の色を概ねの枠にした毛色。日本で登録されていないものの海外では登録されている毛色を挙げてください」
「…日本のは鹿毛、栗毛、黒鹿毛、青鹿毛、芦毛……」
「あとは青毛と栃栗毛、白毛だから、確か月毛がそうか」
「それから、河原毛」
「お見事、海外ではほかにも駁毛、粕毛が登録出来る毛色になっています。では少し趣向を変えて。『応援が当たるのは、人の心を当てるより難しいではありませんか』」
「『三四郎』だっけか」
「ふむ。ではもう一つ。『シャーロックホームズ』に登場するウマ娘が関係する話は『シルバーブレイズ』と」
「……分からん」
「……そっちしか知らない」
「『ショスコム荘』です」
「むうーん……」
「…そっちを出してくれれば」
「それはまあ、運もありますから」
自分が白毛という事もあって名前に惹かれたのだろうか。『シルバーブレイズ』、此方の世界では別名『白銀事件』含めホームズの事件は元の世界ではウマ娘的にデリケートな内容だが(まあ直接関わっているこれに関しては、案の定というか被害者が怪我程度になっている為嘘を暴くものになっているが)、幼いころに読むと結構ショッキングな内容が多いから、他のものを読んだのかちょっと気になるな。
椅子に座って此方の問いに答えていくカツラギエースとハッピーミークを見ながら、窓際に座る私はノートを一度閉じる。
「さて、これで連続五十問は終了です。少し休憩を挟みましょうか」
「おう。……っかー、やっぱ暑い中で考え事すんのはキツイな…!」
「…水分補給、しないと」
「飲み物は此方に。私の隣に置いているのでしっかり冷えてますよ」
厨房から借りてきたやかんには麦茶を入れている。一時間以上外気に晒しているので中の氷も既に解けている筈なのだが、私が片手で触れていた為か持ち上げるだけでがらがらと音が立った。
前半一ヶ月はシニア級とクラシック級で別れる事になっている私達の夏合宿。しかし、例外的に一つだけ、共同の練習を可とする場合があった。
それがこれ、夏の賢さトレーニングに当たるクイズである。
他のトレーニングでも一緒に練習する事自体は難しくないのだけど、他の子の事も考え基本は合同という形はとらない事になっている。それに対し、クイズの時のみは期間に関係なく参加する事が可能。その為まだ前半期間中にも関わらず、私、カツラギエース、ハッピーミークの三人は部屋の合宿所の一室を借りてクイズをしているという訳だ。
というのも、この時期に合宿所でまで態々座学に重点を置く子は少ない。普段と違う環境での練習という事で外に出る場合が多いのもあるし、単純に身体を動かす方が身体機能向上という面で重要だからだ。ひたすら座って勉強するよりも走る方が良いに決まっている。アプリの育成では体力回復を同時に行えるという事で夏の間にお世話になった事も多かったのだが、案外と現実はこんなものだった。
それでも偶に部屋を借りてしっかりノートを取る子も居るそうだけど、生憎今日は私達三人だけの貸し切り状態である。
畳に扇風機、風鈴に麦茶。ちゃぶ台に並んだ教科書とノートに、遠く聞こえる練習中の子達の声。冷房はあるのだけど、私の状態が状態なので冷やし過ぎないようにという事で使っていない。
その分合宿所のスタッフさんの配慮もあり、日中室内に日が殆ど入らない上に窓を開けると風も良く通る部屋を用意してもらったのだけれど……、それでも定期的に水分補給をしないと汗で干からびてしまう程に蒸している。いっそ外に出て思い切り身体を動かした方が気持ちよく汗を流せる。これもあって、夏場は外に出る子が多いのもあるだろう。
今までの問題をノートに書き写すためペンを走らせるカツラギエースが窓の外に視線を向けながら暑そうに時折シャツの襟を掴んで仰いでいる。開いている為に風は入ってくるが、その風も蒸している為にどちらかと言うとサウナの熱風のようですらある。彼女の隣に座るハッピーミークも普段と同じ表情の中に僅かな眉の歪みがある。薄着にしているとはいえ室温が変わるわけでもないので集中が削がれていると見えた。
「スタートワン、またアレやってくれねーか?」
「良いですよ」
「…あとで、こっちも」
「はいはい、少し待ってくださいね」
シャツの襟を掴んでぱたぱたと仰ぐカツラギエースに、机に置いた団扇を手に取り、更に軽く用意していた水入りの霧吹きを一吹き。
「ふぅー……、ふぅー…」
軽く湿らせたそれへ向け、今度は私が息を吹きかけた。二度、三度と繰り返すうちに団扇の表面は白くなり、熱気盛んな空気に中てられて白く湯気が出始める。
「さ、出来ましたよ」
「すまーん……ふぃー…、すずしいぃー………」
「はい、此方も」
「ん…、ひんやり……」
ぱたぱたと二人を扇ぐと、程々の風に冷気が合わさって丁度いい冷風が送られる。とろんとした様子で風を受ける様子はなんとも可愛らしい。手元にあったのがそこそこのサイズのものだったのだけど、今度もう少し大きいサイズの団扇でも買っておこう。
「サンキュ。しっかしそれホントにヤベーな」
「…ひんやり美味しい」
「それなら上々です。調子はどうあれ、使えるモノは使うが良し」
「いやまあ、それでいいんならあたしは何も言わないけどよ……あー、たすかるー……」
一応は良くない状況という事もありどことなく険しさのある顔のカツラギエースだが、返答代わりに団扇で扇いであげると段々と表情が崩れていく。暑いものは暑いのだから仕方ない。この「コメくいてー」のセリフが似合う顔、いざ間近で見ると可愛いなあ。
少しの間二人を冷やすと、無事に気力も回復したようだ。
「さ、次の問題に行きましょうか」
「「はーい」」
彼女の心配通り、相も変わらず体温は低下の一途を辿っている。日常的な接触は当然、最近は食事、入浴の時間などにも注意が必要になってきた。
なにせ汁物は十分も器を持っていれば冷たくなり、お風呂でお湯を入れた桶へ手を漬ければ三十分もせずに氷水になる。お陰で入浴時間は皆が入り終わるような時間ぎりぎりでもないと使いにくい有様だ。
ここまでどうしようもない状態になると、いっそ自分の状態を加味して上手い事利を作るくらいしか出来る事が無い。確かにやばい状態ではあるが、死にはしていないのだ。夏場に使いやすい移動型冷凍庫として重宝されよう。
そんな事を頭の片隅に考えながら、問題集を手に二人へ次の問題を……んー。
「…、毛色を除きウマ娘の身体に現れる身体特徴の中で有名なのは髪に現れる星や流星ですが、その他はどのようなものがあるでしょう」
「身体的…って言うと…。尾花栗毛とかか?」
「……魚目」
「正解。では分かりやすい所を。クラシック三冠、トリプルティアラ。それぞれのレースの名称と開催レース場を答えてください」
「クラシックなら皐月賞が中山、ダービーが東京、でー…、菊花賞が京都だな」
「ティアラは桜花賞が阪神、オークスが…東京、秋華が京都」
「……ええ、正解です」
問題集を置き、再度麦茶を入れる。
「どうした急に」
「…。やっぱり、暑いですか?」
「えっ。あー、いや…」
「……ごめん、あつい」
一瞬言葉を濁そうとしたカツラギエースだが、ハッピーミークが素直にギブアップを出すと、それに続いて「すまん」と頭を下げる。
謝る事ではないのだが、此方の事を考えても流石に…という感じなのだろう。二人共手で顔を扇ぐとか麦茶や私を見る視線が明らかに多い。無意識なものか、身体を冷ますものを見てしまうのだろう。
「大丈夫ですよ。幾ら色々用意したといえ、冷房をつけなければ辛くもなります。はい、どうぞ」
「悪い、助かる…、んぐ……、っぷは。とはいえ、スタートワンがその調子だしな…。あたしらも無理に付けたいとは言わねえよ」
「ん…。風邪引いたら、問題」
「ですが、それで揃って熱中症というのも問題です。少しやり方を変えた方がいいですね……」
動いていなくとも汗が出てくるような気温だ。夏真っ盛りにバスでの移動時と同じ服装をしている私が異常であって、それに合わせようとしている二人の方が余程我慢をしている。
「快適な室温を作るとなると、やはり冷房が一番ですが……」
「絶対やめとけ、な?」
「……だめ、ぜったい」
「そんなに断固拒否みたいな反応をしなくてもいいんですけど…」
体温については最初は言っていなかったし、合宿前までは隠せていたのだが、ただでさえ一緒に行動する時間が増える関係上隠しきる事は普通に出来なかった。体温計の表示と此方を三度見する皆にどう言い訳をしようか考え、素直に保険室の先生を呼んだくらいには心配され尽くしている。体調の問題ではないとは再三繰り返しているのだけど、半ば惰性もあって今は流されつつある。
とはいえ、だ。勉強の為にも大なり小なり環境を快適なものにする必要はある。このままじゃあ休憩の繰り返しもあり効率が悪い。限界を迎えてただ駄弁って終わり、なんて中途半端な事になれば勉強の意味すらなくなってしまう。
「それなら、どうやって勉強を続けるんですか? 私がここで参加終了すればそれも簡単ですが」
「良いわけないだろ。……っつても、麦茶と扇風機じゃあ解決しないしな。毎回スタートワンに扇いでもらう訳にも行かないし」
「いっそ二人の手をずっと握っていましょうか? 多少は気も紛れると思いますが」
「……氷を握れって、言ってる?」
「なら冷房を点けましょうか」
壁に備え付けられたエアコンのリモコンを取ろうと床に手を衝いた瞬間、ハッピーミークがその手の上に手を置いてくる。手袋をつけた方だからまだ冷たくは無いのだろうが、その目から明らかに取らせないという意思が見て取れる。
「……いい方法でもあるのなら、私も手を下げましょう。どうします?」
「……まだ、待って」
「では待っている間に点けておき」
「だめ」
「暑い中考え事は大変でしょう?」
「……いじわる」
「無理は身体に毒ですよ」
「それスタートワンは言えねえだろ」
そう言ってカツラギエースも私を立たせまいとリモコンを先取りする。壁よりは距離的に近くもなったが、人の手に渡ったので操作までの道のりは寧ろ遠のいた。そこまでして邪魔をしても倒れるだけだろうに…。
「言っとくけどなあ、それ普通だったら入院するレベルの筈だぞ。手立てが無いんだから余計に」
「入院して結果が出るのならいいですが。そんな事も無いのでしょう? ならば入院しても意味はありませんから」
「もっと自分の身体を心配しろよ…。とにかく、冷房は無しだ」
「ならどうすると?」
それを聞くと、やはりカツラギエースも言葉に困った様子で「んー…」と唸る。思いついているわけではないようだ。ついでに言えば暑さで思考も上手く回っていないらしく、唸り声は出るが案は出てこない。ハッピーミークも同じように此方を見ながら考え込んでいるが無言。反応は芳しくない。
「……案は出ないようですが」
「ち、ちょっと待ってくれ」
「今は無理をする場面ではないでしょう。さ、リモコンを貸してください」
「早過ぎんだって! ちょっと待ってくれよ!」
「この暑い中で待つ方が良くないでしょう。諦めてください」
それこそこの時間が最たる無駄だ。潔く折れてくれないと……ん?
「……ハッピーミークさん」
「ん」
「これは」
「ひんやり涼しい」
「…感想では無く」
「でも、動くから」
動くからって。
手を放してくれたのは良いが、ハッピーミークは私の後ろに回りぴとりと抱き着いてくる。無駄に丁寧にケープを一度外して自分ごと包んできた。直ぐ横に彼女の顔があるため頬がくっついてくる。……近い。
「…スタートワン」
「…なんですか」
「ちょっと冷たすぎ、あったまって」
「出来たら苦労してないんですよ。これの何処が解決策なんですか」
「でも、いい感じ。汗引いてくるよ」
「良い感じって……」
いやまあ、暖まりたい私と冷やされたいハッピーミークがくっついたら、互いに丁度いい感じにはなるかもしれないけど。カツラギエースもおおって感じで手を叩かないで欲しい。
「でもよ、状況を考えたらこの方が効率的な気はするぞ。ちょっとあたしも触ってみるか」
「カツラギエースさん?」
そう言って私の手を取ると、彼女は手袋を外して自分の頬に手を持っていく。あ、思ったより手が暖かいなこの人。
「うおつめてっ! あー、でもこの冷たさ丁度良いかもしれねぇ」
「頬を触られましても」
「あたしもくっつくか。ミークは後ろだし、こっちだな」
「ん、いいきもち」
「二人共、人で遊ばないでください」
「真剣だわ! …まあちょっと遊んでるかも知れないか」
真剣だったらちょっと心配するぞ…というのは置いておいて。実際に両側から挟まれたから邪魔な事この上ない。前にカツラギエース、後ろにハッピーミーク。何故かそれぞれに片手ずつ掴んでくるので本当に身動きが取れない。状態としては包まれているようなものなので、身動きが非常に取りづらい。
「……動けないのですが」
「それはすまん。でもこれ…あ~」
「そんな快適そうな声を出されても。冷えますよ、逆に」
「寒すぎる時は、離れればいい」
そう言ってより密着してくるハッピーミーク。……余計な事言ったかも。
「私はともかく、今は二人とも薄着ですよ。はしたない事は駄目です」
「はしたないって、大袈裟な…。それにこうしてる方がスタートワンとしても助かるだろ?」
「動けないと言った筈ですが」
「…何か必要なら、言って。取るから」
「そういう事では無く…ああ、もう」
私からどく気は毛頭ないらしい。ああだこうだしている間に時間を浪費していては意味が無い。取り敢えず手を開放してもらい、問題集を取り直す。
無理をさせているのは此方としても忍びなかった。少し我慢すれば二人が快適に過ぎせるのなら、これ以上の言葉は飲み込もう。
……とはいえ、だ。
「お、このままやるのか」
「仕方ないでしょう。今回は不問としますので」
「…ありがと」
「そのかわりですが」
「「ん?」」
「直近五年間、十番以下の人気から一着を取ったレースから三つ、及びそのレースの勝者と上がり三ハロンのタイム。全て答えられなければ……次の休憩までお二人共、首に私の手を当ててもらいます。連帯責任ですよ」
必死になって頭を捻り始めた二人。さて、私は手を当てる事になるか否か。それまでにしっかり、この手を冷やしておこう。
「うへぇ、つめてえっ!」
「うー……ぞわぞわする」
「ふふ。麦茶もありますので、存分に冷えてくださいね」
「冷えるどころか凍えちまうって!」
「くすぐったい…」
「涼しくなりたいといったのはお二人ですよ。両手が塞がっているので、麦茶は自前で淹れてくださいね」
「分かってるって……」
「――――あ」
「? どうしました?」
「どうしたミーク、急に」
「……今、この状況」
「この状況が?」
「スタートワンは、両手が塞がってる」
「――ああ、そういう」
「……まさかとは思いますが、二人とっ、ちょ、もう両手を!?」
「悪いなスタートワン。あたし達だけ罰ゲームってのも味気ないよな?」
「…まだまだ、あったかいよ」
「に、二対一はひきょっ…、あ、やめ、服の下はだめですって! はだっ、ぇうっ…」
「おー、ちょっとひんやりしてるが、結構すべすべだな」
「くすぐ…っ、さ、さわりかた、それわざとっ、あ、やぁっ」
「…ちょっと、触ってみたかった」
「えっ、そ、そこは同性でも、ん、ゃ、あっ…だ、だめ…! だ、だれかっ……」
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