ようやくツルマルツヨシの育成シナリオを見たのですが、まさか似た流れを公式で見る事になるとは……しかもあっちの方が緊迫度高い……
追記:ちょっとだけ書き足してます。忘れちゃいけねー部分忘れてました。
泡が排水溝へ流れていく。出来た塊の幾つかは冷たく凍り付いていて、お湯に溶かされると共に水音の中に小さなしゃりしゃりという音を立てる。
流し終わったところで、今度は身体。泡を立ててもその場で凍り付いてしまうので、シャワーを流しながら洗っていく。石鹸を使う意味があまりないが、身体についた水や泡を剥す時に火傷痕を抉るとかなり痛いので仕方ない。
「まだ氷点下じゃないんだけどなあ」
一応体表はまだ5度を保っている。しかし内部やそもそもの温度降下が極端なためか、水滴程度となったお湯が張り付くと数分程で氷になってしまうらしい。相変わらず風邪っぽい自覚以外全く違和感が無いが、身体自体の状態は最悪を更新し続けている。
それでもトレーナーとの調整だけは止められない。続けない限り領域が何かしらの危害を加えかねない。それだけは避けなければ。
身体を洗い終わった所で湯船に浸かる。温度は決して低くない。遅くまで練習する子の関係で定期的に追い炊きをしているらしく、決してぬるま湯ではない。
「……。痛い」
四肢の末端が痛みとして熱さを伝える。熱くはあれど熱湯ではない筈だが、それが身体には上手く伝わってはいないようだった。
軽く手を開いて、閉じる。動きに支障はない。感覚は鈍っている。辛うじて寒くない、その程度だ。
調整の度足の感覚は無くなる。しかし動作が遮られる事は一切無い。間を空ければまた感覚は戻ってきて、また調整をすると無くなる。その繰り返し。時々勉強をして、練習している皆への差し入れなどを手伝う時もあるが、基本が休息と言うこともあり積極的には手伝えない。
決して多くは無いが、練習に出る事もある。トレーナー直々に走る事を大幅に制限されているので走る時はちょっと楽しい。人間を経由したウマ娘ではあるが、本能がしっかりあり、抗えない事を常々感じるものだ。かく言う今日もその練習日で、一度シャワーを浴びているのだが、就寝前という事で再度入浴に来ていた。
そこそこの広さがある浴場だが、今は私一人の独占状態だ。
「……人が居なくてよかった…」
状態が状態という事もあり極力人を避けて行動をしているのだが、一定の時間を一緒に行動する以上、完全に一人な時間を作るのは難しい。特に食事や入浴は一人の方が助かるのだが、場所が閉まってしまう為に殆どの場合は誰かしらが居る事が多かった。…偶に妥当先輩やミスターシービーが乱入してくる事はあったが(幸か不幸か首に手を当てたら静かになるので助かった)。
それで言えば今日は助かった方だ。後二十分程で閉場時間になってしまうが、まだ余裕がある。他に人が来て色々と焦る必要が無い。
……まあ、もしかしたら何処かから私の状態が漏れて人が来ないようにと話が回っているのかもしれないが。仮にそうだとしても、今はその可能性の方が有難かった。
少しだけ湯船の中を移動し、湯を攪拌。かき混ぜられた湯が新しい熱を身体に送ってくれる。
湯に浸かる時にすら定期的に動かないと自分の周りだけ水になってしまうのがどうにも面倒くさい。立ち上がる時に身体に氷が付いていた時は頭を抱えそうになった。
ウマ娘の世界、特にアプリを基準にした世界は非科学なものが散見される世界だ。
三女神による干渉をはじめ、霊的現象、非物理的現象、VRウマレーターなど科学技術さえ部分としては比較できない程に発達しているし、ゲームとしてのスキルもある意味ではそう考えられるだろう。
根本に置いて、この世界は元の世界よりも遥かに理解を越えた事象が発生しやすい。それはアプリにおける各々の育成シナリオなどでも描写されていた。存在し得ない存在を認識するマンハッタンカフェ。世界すらも飛び越えてきたネオユニヴァース。運命を受け入れるか、抗うかの戦いだったアストンマーチャン、ケイエスミラクル。ある意味では私以上に領域を使いこなしていると思しきマーベラスサンデー。
特にマンハッタンカフェは体重の異常表記があったし、ケイエスミラクルは月単位での昏睡があった。私のこれも、恐らくは彼女達の育成シナリオのような事が起こっている。
今回のものは体温の異常低下。ウマ娘は競走馬に近しい性質を持つ関係上体温は人間の標準的な体温36℃より1℃程度高い。私の体温は元々35℃を最低値にしてその上を行ったり来たりする体温。ウマ娘としてはかなりの低体温だったが、今はその平均の凡そ七分の一にまで下がっているわけだ。人間基準で1℃上下するだけでも影響は少なくないというのに、私の幅は言葉通り桁違い。無視する事は出来ない。
この異常を解消する方法は、分かる限り三種。
一つ、時間が解決するに任せる。……自分で挙げておいてなんだが、これで成功する可能性は無いといってもいい。ウマ娘の世界に置いて、ただの停滞は後退と変わらない。
二つ、トレーナーなど外部に頼る。これは繋がりを重要視するウマ娘の世界では非常に効果的だが、同時にそれだけで解消出来る程この世界は生易しくない。彼ら彼女らの繋げた軌跡があればこその可能性。その恩恵を私が受けられるとは限らない。
そして三つ、恐らくこれが私に出来る最大の可能性。レースに出て、そして勝つ。
ウマ娘は走るという本能を基に生きている。特にトゥインクル・シリーズを走る者にとってその行為はレースという焦点に当てられる。競技者としてある限り、ウマ娘は走り続ける事で自身の運命と向き合う。
である以上、レースに出て勝つ事は物事の打破にすらなり得ると言うことだ。私に出来るとすれば、それだけしかない。
そうなれば現状出来る事は最低限の現状維持。停滞は後退と変わらないのは先の通り、しかし今回の本題は領域の最終調整だ。そこを間違えて勇み足になれば、待っているのは破滅と同義の引退のみ。
今はとにかく座して待つ志しでもって、体力の低下を抑える事を意識するだけだ。
「……なんて」
そんな悠長な事を言える程、私に残されている時間が多いとは思えない。
身体が冷えれば冷える程、その感覚は確信に近付いてく。
なんとなく、この領域が今のレベルで使えるのは菊花賞が限界だという感じがする。それ以降一生枷は緩める事が出来ないだろう。緩めたその時、私は自分をこの世界から消さなければならない。
恐らくは、アドマイヤベガやケイエスミラクルなど何人かのシナリオにもあった競走馬としての運命。あれに近いものを私も感じ取っているらしい。
トレーナーには、この事はまだ言っていない。なにせ不安要素という分言い難いし、今の負担だけでも彼には相当大きい。これ以上の重荷は避けたい。領域を使えなくなること、使えなくなった以降もレースに出られるか。この二つがイコールで結ばれているかがはっきりしない事も、言えない理由にある。
なによりこう感じるのは、感覚的な部分によるある種の勘が根拠だからだ。痛みなどの明確な不調は無く、それを証明出来る証拠がある訳でも、事実として必ずそうなるという訳でもない。
予兆が一切無いために、言いあぐねていた。
仮にも元となる競走馬の居ない私に、そんな感覚が発揮されるとは思えない。前世と言える存在が今の延長線にある以上、それをなぞる事は出来ないからだ。
……或いは、三女神の干渉や領域の事を考えるとそれもあり得るのだろうか。この世界のウマ娘が使える領域は、基本的にシンボリルドルフらの領域よりも精度や出力で負けている。けれど『EXECUTE→Don't Stop RUN』はその基準で言えばどちらも実装されていたウマ娘に十分匹敵するレベルだ。一部分においては凌駕しているといっても良い。
その制御はトレーナーの協力があってもかなり難しい。何とか漏れ出る量を少量に抑え込んでいるような状態であり、その漏洩分が冷気として現れたと考えられる。
領域、というか固有スキルが大きく干渉してくるようなストーリーはアプリの各シナリオ、アニメや漫画、映画版などそれぞれの媒体でも見る事が無かった。どちらかというと育成シナリオにおけるそれぞれの「運命」が牙を剥いているような印象だ。決して抗い得ない未来。それに打ち克ち、ウマ娘としての未来を切り開くというのが大きな部分だった。私の場合はそことは全く違う所から問題が発生している。更に言えば私はあくまで粗製のウマ娘擬き。例外と言うことすら烏滸がましい。
菊花賞まで進んだ後は、そのまま領域を使わずにレースに出走出来れば御の字。最悪二度と走る事は出来ず引退となる。……少し前に休憩室で話したような、チームの子のバックアップくらいならまだ出来る可能性があるだけ奇跡だと思おう。
また少し湯船の中を動き、身体を温める。まだ時間はあるが寒さは大して減っていない。ひたすら全身が熱さによる痛みを訴え続けているような状態だ。異常が分かって以来ずっとこの調子なので気にしても仕方がないが、寒さで少し寝つきが悪いのは自覚している。もう少しだけ温まっておきたいところだ。
せめて後十分くらいは……っ、っと。
「――、――」
「――――。――」
扉の先、脱衣所から僅かに聞こえる音に耳を澄ます。足音と、少しの話し声。私一人しか居ないので音はよく響いているが、それでも扉の向こうの音は決して大きくない。話し合っているという訳ではなさそうだ。そして聞こえてくる声の感じからして、知っている誰かという訳でもないらしい。
…ただ、なんとなく聞き覚えのあるような、無いような。なんだろう、何を忘れたんだろう。
「はー、今日も疲れた」
「練習後のご飯しかモチベ上がんないわ」
「ホントそれなー…っ」
入ってきたのは三人。それぞれに何かしらの愚痴を言いつつ入ってきて、内一人が此方に気付いて言葉を詰まらせる。不思議に思った二人も私を見て、そして順に表情を強張らせた。
凝視されているので取り敢えず此方からも視線を送ると、慌てて目を逸らされた。……やっぱり、どことなく見覚えがあるような。この時間に入ってくるという事は練習でもしていたのか、三人で駄弁って時間を潰していたのか。
まじまじ見る理由も無いので少し湯船の端の方へ移動して三人に意識を向けていない事をアピールすると、警戒を解いたのか洗面台の辺りに移動していく。ただ、明らかに声が無い。警戒、というよりは私が居る事が予想外で上手くテンションを戻せないのだろうか。
……知り合いではなさそうだが、私の評判が評判だ。見ただけでも気にしてしまうのかもしれない。それだけにしては、何となく違和感はあるが。
時々向いてくる視線に見て見ぬ振りを返しつつ、三人の洗い終りを待つ。湯の中を行ったり来たりしているのを見られると不審に思われるので、軽く手でかき混ぜる程度に抑えた。
「……」
「……」
何ともぎこちない空気。そして視線。なんか、思った以上にちらちらと此方を見てくる。なんだろう、そんなに気になるかな。私彼女達に何かしたっけ。思い出さないと。あの子達の名前、せめて見覚えだけでも。
……ああ、もしかしたら身体の方かも知れない。レースを見ていたのなら、そこ以外の隠れている場所は今裸なので当然見えている。私を確認してから、どうしても傷の事が気になってしまうとも考えられる。
何時かは一緒に走る可能性……が今の私にあるとは思えないが、こんなものを見せ続けるわけにもいかない。洗い終わって湯船に浸かった所で私は上がるとしよう。残り時間もあと十分とかそのくらいの筈だし、丁度良い。
暫く洗い終わるのを待っているど、のそのそと三人が湯船まで歩いてくる。ちらと視線を向けると、何故か三人の内の一人と目が合った。まさかこっちを見ているとは思わず少し驚くと、向こうは私以上にぎょっとした様子で目を見開く。
…? この顔、やっぱり何処かで見たような……。
「あ」
思い出した。そうだ、この子だ。よかった、思い出した。シンボリルドルフとの最初の合同練習で走ってもらった子だ。確かあれで先輩達二人と縁が出来たんだっけ。
というか、よく見ると他の二人もあの時の子達じゃないか? 一年以上前の事だが、三人それぞれに薄らと顔の印象が重なる。
というか、そうか。嫌に見てくるとは思っていたが、あの時の事があったから気まずかったのか。
なるほど……うわ、確かに気まずい。気付かなきゃよかった。
声を出したのが悪かったらしい。どうやら私が気付いたことに相手も気付いたようだ。視線を逸らしながら、目が合った子がぼそりと呟く。
「気付いて無かったのかよ…」
「…すみませんでした、少し考え事をしていたもので」
「っ、聞こえてたの」
「響きますから、声が」
多少の小声ならウマ娘じゃなくても少しは聞き取れるくらいだ、聞きたくなくても耳に入る。
静かにする必要が無くなったからか、その表情が露骨に顰められる。まあ、状況を考えれば仕方も無い。
「なんであんたがこんな時間に風呂入ってんの」
「周りに人が多く居ると気になるじゃないですか」
「そんなの、重賞ウマ娘なら気にしなくても良いんじゃないの」
「分かっていていいましたね?」
「…ふん」
不機嫌そうに顔を背ける一人。嫌味のつもりだったのだろうか。
「寧ろ、こんな時間に入浴に来たお三方の方が時間を変えた方が良いのでは? 一応、あと十分ほどで閉場の筈ですが」
「それ普通聞く?」
「練習のし過ぎか遊び過ぎのどちらかでしか、この時間に来ないので。どっちだとしてもやりすぎは良くありませんよ」
「……やっぱあんたわざとでしょ」
「?」
不機嫌さに拍車がかかる。三人揃って半ば睨みつけるような感じだ。
事実を言っただけなのだが…。この時間に来る子はぎりぎりまで走り込んでいたとか、他の子とおしゃべりし過ぎたとか、そういう場合が多い。何かしら引け目を感じて入るようなパターンは私くらいのものだ。
そう思っての言葉だったが、三人は違う風に受け取ったようだ。三人には何かあっただろうか。あり得るとしたら……まさか、私みたいに入りにくい理由がある、と。
「……。お三方とも、現在の出走レース関連ですか」
「……ホンッとに知らなかったんだ」
「それ聞く? 普通」
「…すみません。今のは聞かなかった事にしてください」
「……あっそ」
これは余計な事をしたな。怒らせるつもりは無かったが、言い方が悪かった。
三人共、自分の出走条件にかなり喘いでいるようだ。さしずめ一勝、二勝辺りの条件戦で、未勝利という事は無いと思うが。
合宿に参加する子の中には条件戦や未勝利戦を走っている子も少なくないが、そうした子も時間を気にし過ぎる事は無い。そうした子達がしっかり練習に打ち込むための場がこの合宿であるし、先の通り、未勝利戦を走っている者は少なくないからだ。
そもそもとしてトレセン学園は数百を超える生徒が集まって活動する空間。トゥインクル・シリーズをはじめとするレースもそれに匹敵する人数が走っている。その中で一人だけが勝ち、残りは例え二着で獲得賞金やファンを増やしても敗北という結果となる。極少数の頂点を支えるのはその何十倍の不特定多数。ピラミッド構造そのものだ。
勝てない事に焦る子も重賞の壁に悩む子も多いので合宿期間以外含め交流の場は多いらしく、話題が合うのか大抵は人が多い時間帯に入っている。心が追い詰められる程に切羽詰まっている子は思いの外珍しいものだ。勝てないなら勝てないなりに次の道を探す。という選択もあるという事が学園では周知されていて、不安の何割かをしっかり解消している点もあるだろう。気にしている暇も無い。
……が、当然勝てないという不満を解消するために周りと屯し、管を巻くかのように時間を使う子も居ないわけではない。
今私と共に浴場を利用している三人は、惜しい事にそうした気持ちが優先されているようだった。
互いに何も言わないまま、少しの間湯に浸かり続ける。余計な事を言ってしまったのが響いて、中々空気が重い。
相変わらず身体は冷えたままなので、いい加減上がろうか。このまま残っていると互いの心象に悪い。
「あんたさ」
「…、なんでしょう」
湯船の底に手をついたタイミングで、声を掛けられる。動きを止め視線を向ける。
「何で勝てるの?」
「……仰る意味が、分かりませんが」
「分かれよ。そんな状態で何で勝てんのさ。しかも中距離走って」
「ね、ねえ、それ聞くの…?」
「ちょっと静かにしてて」
隣の子の不安そうな顔を尻目に、彼女は私に問いかける。ここまで聞くような機会が無かったのもあるのだろうが、状況が状況なだけに思わず聞きたくなった、という所だろうか。
「それを聞いてどうすると」
「いいから答えてよ。コッチは態々さっきの聞き流してあげたんだから」
「……まあ、そうですね」
ただ私が居て気分を害したというならともかく、初めての合同練習含め私から気分を害する理由を作ってしまっている所もある。少し譲歩しよう。
とはいえ、勝てる理由を聞かれても困るといえば困るな。理由があれば勝てるなら、私が教えて欲しいくらいだ。
「走り続けていたらこうなっていた……なんて言っても納得するわけはないですね」
「それ聞いて納得すると思う?」
「しかし、それ以上に適切な表現はありませんよ。勝つ為にはレースに出るしかない。レースに出たからには勝つしかない。そして勝つ為には普段から走り続けるしかない。それが事実です」
「…普段から練習してたら誰だって勝てるって言いたいの?」
「そこまでは言っていません。それで勝てると考える程、私も悠長にしてきたわけではありませんから」
似たような事を以前シリウスシンボリにも言っていた事を思い出す。勝負の世界は勝ちたいという気持ちだけで勝てるような生半可なものではない。
ただまあ、勝負に対する自分の考え方が致命的におかしい事は自覚しているつもりだ。私にとってのレース。それは勝つか負けるかの世界ではなく、死ぬか生きるかだ。
「勝てなければ辛い思いをするのは当然です。努力した結果が伴わないというのは、得てして強い心的負担になり得ます」
「…。それで」
「だから逃げる。勝てない事から目を逸らすという選択を、私は取らないだけです……。いえ、言い換えましょう。その選択だけは“初めから私に無い”のです」
「は?」
「説明が難しいですが。まあ、そうですね。負ける度に私は少しずつ死の淵に近付いていく。そんな感じなのでしょうね」
領域の話は彼女達にはしていないし、聞かせるようなものでも無い。質問してきた子を含め、その表情は困惑と不信感が混ざっている。
「…何言ってんの。意味わかんない」
「説明を乞うたのは其方でしょう…、まあこれが
少し寒い。軽く手で湯を掻き混ぜる。指先が痛む。
「私は
「……、?」
「まあ、あくまでそう感じているに過ぎないのですが。少なくとも、私はそれが自分に与えられた選択であると考えています。言ってみれば、切羽詰まっているのかも知れないですね」
三女神の祝福によりこの世界に招かれた彼女達とは違い、私は言うなれば余りを上手く処分する為の袋のようなものだろう。直ぐに捨ててしまえばいいものを、彼女達は書類を偽装してまで何故か手の届く位置に置いておいた。
決して小さくない何かしらの意味はあるのだろうが、その所為で自分が消耗品なのか保存容器なのかも認識出来ない。何かの役割があるのかもしれないし、余計な事をしないようにという釘の意味かも知れない。それも分からない。だから最終的な判断が少しでも処分に傾かないように。相応の成績を持つ事で自分の価値を高めようとしている。
私がレースに出るモチベーションは恐らくこれが根底にある。シンボリルドルフという体のいい指標が居たお陰でそのあたりを誤魔化していたのだろう。私が彼女の踏み台であるように、私も彼女を道具として見ているという事になる。
だからまあ……、言うなれば私は、死にたくないのだ。
いざと言う時の準備は色々としてきたつもりだが、それらを投げ捨てるようにして領域の調整に心血を注ぎ、死に体に無理矢理延命措置を行っている。あれこれと理由は付けてきたが、結局。
死ぬのは、怖い。
目の前に迫る炎は身体を竦ませるし、簡単に話を終わらせられる筈の三女神に関わりたくないと思うのも、会えば結果は分かりきっているから。
「所詮は、その程度の事です。貴方達が比べようとする程のものでもない」
既に確定された未来にいちゃもんをつけ、本来勝つ筈の子達を蹴落とし。それでも生き汚く足掻こうとする姿は、きっと不貞腐れてでもこの場に来て抗う彼女達より醜い。
軽い身震いで、自分の周りの湯がかなり冷めている事に気付く。腕を摩りながら立ち上がった。
「さて、少し話し過ぎましたね。そろそろ閉場の時間ですよ」
「…え、あ」
「? 私はもう上がります。まだ湯は温かいですが、冷えないように気を付けてくださいね」
何処となく焦点の合っていない彼女達にそう告げ、更衣室へ歩く。何を思っているのかは分からないが、もう話す事も……ああ、いや。
「そうです、最後に少しだけ」
「っ。な、なに」
「もしよければですが、また私達と練習しませんか? この夏の間だけでも……ああ、先に言っておくと私は殆ど参加できませんが。そこはすみません。トレーナーさんからストップがかけられているので」
「………………」
「ですが、もし参加したいと思うなら、私から話を通しておきます。その時は言ってくださいね」
返事は聞かずに、今度こそ更衣室へ移動する。
なんだか、お風呂に入る前よりも身体が冷えてしまった気がするな。
なんと前話で感想が複数来るという幸せ
いくつもらっても嬉しいものです