部屋の端でジャージに着替えてから軽く寝巻を畳み、布団の上に置いておく。此方も片付けてしまってもいいのだけど、これ以上動いていては起こしてしまうだろう。
ちらと皆の顔を見る。少し時間が経ったと言え暗がりの方が多いが、それでも目も慣れてきているのかある程度顔の違いは分かる。……うん、まだ寝ているみたいだ。
準備が整った事を確認しながら、ゆっくりと扉を開き廊下へ出た。
あの子達との再会から既に数日。未だ参加者の増加は無く、皆思い思いに練習を続けながら、少しずつ普段以上の共同生活にも慣れてきた様子がうかがえる。シンボリルドルフを筆頭に、私達のグループも概ね他の子達と同じような流れで能力を伸ばしている所だ。
とはいえ以前の会議でも話していた通り、メインの練習の関係で必ずしも同じ所に集まっているわけではない。
例えばスタミナトレーニングに重点を置いているシンボリルドルフと根性トレーニングを主としているマルゼンスキーは練習後を除いて一緒に居る時間が短い。逆に重点を置くものがないミスターシービーは一日毎に行く場所を変え練習相手を変えながら練習をしているので、皆の様子を空いている時間にトレーナーや私に話して暇を潰す事がある。それぞれにそれぞれの時間を充実して過ごしながら、次のレースを目指している。
静かな廊下を通り、そのまま玄関へと歩みを進める。薄暗がりなのは部屋の外も同じで、弱くとも冷房もつけているのだろう精々小さな空調の音や物音が響く程度。早くに練習している子達も流石にこの時間では起き出したか準備をしているくらいだ。
少し肌寒い……くらいの筈の時間帯だから、少し厚着するにしても、そのくらいで大丈夫、だろう、多分。……駄目だな、真冬のような寒さしか感じられない所為で誤魔化せているか不安だ。とはいえ時間が沢山ある訳でもない、今日はこれで行こう。
合宿所は二階が生徒の宿泊用となっており、一階に食堂や浴場などの施設がある。施設自体は結構古めかしい所もあるのだが、秋川理事長以前から色々と手を尽くされているのか荷物搬入用兼療養中の生徒用のエレベーター、元は何かしらのデッドスペースとなっていたらしい部屋を作り変えた休憩室(この間使った所。卓球台や何故かちょっとしたアーケードゲームなどもあった)も備え付けられている。どうやら夏以外の季節は宿泊施設としても使われているようで、時々入浴後の自由時間などに休憩室で遊びに興じている子達を見かける事もある。長い期間ここを利用するのを施設側も想定しているからだろうが、正直思った以上にここでの居心地は悪くなかった。
「……今朝は味噌汁と…魚かな」
漂う香りを嗅ぐ。
階段から一階へと降りると、小さく響いていた音が少し大きくなる。廊下の先で漏れる光から既に厨房では朝食の準備が進んでいる事が見て取れた。未明、それも夏ともなれば深夜といっても差し支えない程の時間だが、学園より少ないと言え大半が大喰らいばかりな分早くから作る事で皆の胃を満たしているのだろう。一応は私も迷惑をかける側なので、その努力に頭が上がらないばかりだ。
邪魔にならないよう静かに玄関へ向かっていたが、偶然にも合宿所のスタッフさんが厨房から出てくる所に出くわす。
何か必要なものでもあったらしく近くの部屋に入り、直ぐに出てきたところで此方に気付かれる。声を出して集中を削がないように会釈するが、どうやら相手はそれで終わるつもりがなかったらしい。小声ながらに挨拶をされる。
「あら、おはよう…って言っても、この時間じゃこんばんはかしら」
「…はい。おはようございます」
「今日もこの時間に朝練するの? 一番乗りね」
「え、ええ。まあ」
思わぬ言葉に少し驚く。困ったな、今まで人とすれ違う事が無かったから、見られているとは思わなかった。
表情に出ていたのか、マスク越しのスタッフさんの口許が笑う。
「厨房ね、窓から外の様子が見えるの。合宿初日からアナタがこの時間に走ってるのもずっと見えてたわよ」
「そうだったんですね、ちょっとびっくりしました」
「あら、ごめんなさいね。でもアナタ、こんな時間からなんて熱心ね。他の子でも早くて三十分は後から出ていくものよ?」
「そうなんですね。何時もこの時間に走っていますが、通りで中々会わないと」
話を合わせるためにそう返すが勿論嘘だ。人の居ない時間帯を選んで走っていたので、まさか見られているとまでは考えていなかった。
「こっちはちゃんとシフトを組んでるけど大丈夫なの? 幾ら就寝時間が早いからって、眠れていないんじゃないの?」
「大丈夫です。何時もこの時間に起きられるように調整してますので」
「そう? ならいいけど…」
「ご心配ありがとうございます。それより、厨房に戻らなくていいんですか?」
「あ、ああ、そうだったわね。ごめんなさいねお邪魔しちゃって」
「いえ、朝食、期待してますね」
何とか返答しつつ、言い残して厨房へ戻っていくスタッフさんに手を振る。その後ろ姿が見えなくなったところで、改めて静かに玄関を出た。
扉をくぐると、冷房では分からなかった僅かな熱が身を包む。夏の蒸した空気も、この時間は流石に微かなものになっている。
「……ふう…」
吐く息の白さに寒さを感じながら、足を踏み出す。
朝の走り込みは、毎日ではなかれ学園に来る前からやっていた事だった。合宿参加に当たって再開する事になったのはトレーナーからの指示になる。
休息を基本とするというのがこの二か月間の彼の方針だが、その上で基礎体力を落とさないよう気を付けろというのが彼の注意していた事。実際、競走馬においても二ヶ月の放牧というのは休息として最良であっても、同時に勝負勘を鈍らせてしまう危険も内在している。
しかしウマ娘は人間と変わらない知能を持つ。ただ休んで終わりではなく、休みながらも身体の維持が出来る。少なくとも身体の調子は最低限を保っておかなければいけない。
外灯に照らされた道を進む。白い息を吐きながら、誰も通らない頼りない光が足元に伸びる。日が昇るにはまだ一時間以上は先だ。
身体の表面には汗の一滴も流れない。走れば走る程息は苦しくなるというのに、身体が温まるような心地が無い。説明のしにくい不快感。
……気温が低いと言え、今は夏。起こるわけが無い現象が、それでも私の目の前で起こっている。
寒さを感じ続けているのは確かだが、こうして体温計の誤表記でも何でもなく、内側までしっかりと冷え切っている事を繰り返し見せられると嫌でも不調を実感する。
ちらと横目に見えた暗闇と言っても差し支えない程の海。静かな波の音と海岸線の先に見える頼りない光の連なり。少しでも明かりから逸れれば、そこは視界の効かない闇の中。合宿所に利用されるだけあり、この近くは建物を含め人の気配というものが少ない。少し離れるだけで人の存在が急激に薄れていく。
そんな中を走っていると、まるで自分だけがこの世界に居るかのようだ。酷く見覚えのある空間に似ていて、背をなぞる寒気に身体を震えさせる。
「はっ…はっ…はっ……」
自分の呼吸の音ですら他から邪魔されない程の静かな時間。それは五感に入る情報が少なく、ただ走るのに丁度いい。
余計な事は考えない……考えたくない。
折り返しにしている浜の端の方まで来ると、空も少しは白んできた。宿に帰る頃には皆も起きてきている事だろう。これまでの時間感覚では朝食には十分に間に合う。
このあたりは比較的自然も多いようで、木々の中に入っていると視界に空は見えなくなってしまう。領域の調整に使っている場所も近いので、森としてもかなり深い部分に通り道を作っているらしい。海と森の近しい場所があると、風に木の葉が揺れる音と漣の音が重なり合って聞こえ中々心地が良い。少し青草のような、植物特有の匂いがするのも心を落ち着かせる。
さて、今日も取り敢えず調整と方針についての議論だ。こそこそと移動しないといけないから、誰かしら見つかった時はうまく誤魔化さないといけない。作戦会議と言えばいいだけではあるが、毎回会議していると怪しくも思われるからなあ…。
まあそこはその時毎に言いくるめていくしかないか。ばれると面倒だし、取り敢えず変な事を言わないように気をつけ――
「…………誰ですか?」
丁度折り返しを通って宿へ戻ろうと踏み出すその瞬間。後ろに向けて少しだけ声を掛けてみる。
この先はもう少しだけ道が続いてから崖になっていた筈だ。朝練を始めた際に確認している。人が居るとしても見るものなんて景色くらい、それも私の声が聞こえていれば直ぐにここに来られるくらいの距離しかない。
三十秒ほど待ってみるが、特に何も起こらない。風の音がするだけだ。
「気のせい、だと良いけど」
道の先に立つウマ娘が居た……のだとしたら、私より先に出ていた子をスタッフさんがたまたま見ていなかっただけだろう。
「…………しくじったか」
あの影。間違いなく異形の存在だったようだ。
森を進む事凡そ一時間弱。日が昇り始めてからと考えれば既に朝の練習も終わり朝食もそこそこ経過している時間。
薄暗い森の様子は折り返してから全く変化を見せず。どころか立ち並ぶ木々は隙間なく先へと連なり続ける。今ここに夜も朝の概念もないらしい。
有り体に言えば迷子。悪い言い方をすればウマ娘のホラーシナリオ。
最悪な言い方をすれば、孤立無援の中で神隠しに巻き込まれていた。
マンハッタンカフェやマチカネフクキタルのシナリオなどで特に見る事の出来た超常現象。確かカツラギエースもこんな感じの話をしていたような気がする。
段々と、私も何かしらの怪奇現象を引き寄せる側になりつつあるのだろうか。
そんな事はどうでもいい。問題は、私にこれを解決する方法が無いという事だ。
なにせ相手の正体は不明、人の存在も無し、落すといけないのでスマートフォンも持ってきていない。
正直に言えば、ほぼ打つ手なしだ。
「どうしたものかな……」
手立てが完全に無い、という訳ではない。原因かどうかはともかく、迷う直前に見た人影。あれを見つける事が出来れば少なくともこの状況に大きな変化を生み出す事は出来るだろう。
しかし、それが良く転がるか悪く転がるかまでは分からない。出たとこ勝負といった所だ。更に言えば、それで何かしらの危害を加えられた場合、この合宿だけでなく出走にも響いてくる可能性もある。
……待つ選択は、間違いなく失敗。進むしかない。
「鬼が出るか蛇が……蛇の方が数倍ましか」
下手な事を思って鬼を出したくはない。まだ対処出来そうな方が出てくれたら助かるのだけど。
目についた木の一つに近付き、枝を拝借する。折るのは気が引けるが仕方ない。
それを地面に突き刺して、行先を考えずに森の中を歩く。頭の中で演奏時間が四分の曲を流しつつ、とにかく歩く。
サビが終わり曲の二番に来たところで足元に枝が見えた。二番に入るまでの時間と私の歩く速度から考えると……四方一キロも無いくらいの空間になるだろうか。
既に一時間以上森の中を進んで見て、私に分かる事は大きく三つ。
まず、この空間に時間の概念は殆ど当てはまらないだろう事。たった一時間で日が沈むどころか上りも下がりもしていない。
次に空間そのものも多分相当に歪んでいる。ほぼ一時間歩き続けで出られない程、この森は大きくない。見た目の上ではそこそこ開けているが、ある意味では密室に近い状態という感じか。
そして三つ目。生き物も居ない。多分、ここには私と私を連れ込んだ何かしか居ないのだろう。
ホラーの定型に則れば、打開には何かしら手掛かり、或いは外部からの助けが必要になる。しかし現実はそう簡単に上手くいかない。
今頃帰っていない私を誰かしら心配している頃かもしれない。少し長い朝練という事にして帰りたいので、これ以上の遅延は避けなければいけない。
……あとは現状を作り出した者の目的が気になるが……っ、足音。
「誰ですか」
「…………」
「返事は無し。もう一度聞きます。誰ですか? 三つ数えて返答が無い場合は此方も相応の対応をします」
音の方へ声を掛けつつ、手を握る。武器になるものは無いが念のため。此方から相手の姿は見えないが、攻撃の意思がある事を見せる。
さて、どう出るか……。
「一つ」
音はしない。
「…二つ」
…、一瞬音がした。葉の揺れる音か?
「……三つ!」
「見つけた! ここに居たのか!」
「っ、シンボリルドルフさん?」
声に合わせて飛び出てきたのはジャージ姿のシンボリルドルフ。薄暗くて見えにくいが、手には懐中電灯を持っている。一瞬私を照らそうとして懐中電灯を向けるが、何かに気付いたようにしてそれを下に向けた。
「どうしたんですか、こんな所で」
「それはこっちの科白だ。何時までも帰ってこないものだから皆で探していたんだ」
「おや、そんなに時間が経っていたんですか?」
「君が出て行ってからもう三時間以上経っている。厨房で人と会っていたからよかったが……皆心配していたんだ」
三時間。体感では一時間と少しと言ったところだが、どうやらこの中は時間感覚も狂ってしまうようだ。
「よく見つけられましたね」
「その人から向かっていった方を聞いて、皆で探しに来たんだ。やっと見つけられてよかったよ。皆、こっちだ! ここに居たぞ! ……ん、おかしいな。おーい、皆!」
振り向いて声を張り上げるシンボリルドルフ。しかしその声に返事は無く、中途半端な日の光と、薄暗さだけが残る。
「……? …マルゼンスキー! ミスターシービー!」
「……シンボリルドルフさん、残念なお知らせが一つあります」
「……なんだ?」
「捜索する行方不明者に、今あなたが追加されました」
静かに天を仰ぐその姿にかける言葉は思いつかなかったが、冷静なのか溜息を一つ吐いて直ぐに落ち着いた彼女は此方へ顔を向ける。
「スタートワン、君はずっとここで迷っていたのか?」
「そうですね。明かりになるものを持ってこなかったので、視界が悪く」
「確かに、ここに来るまででもかなり暗かった。懐中電灯も持ってきていたのだが……すまないな、途中で電池が切れなければ」
「仕方ありません。とにかく、まずは合流か森を抜ける事を優先しましょう」
「…そうだな。とにかく、歩くしかないか。行こう、通ってきた道を戻れば出られるかもしれない」
シンボリルドルフはそう言って私「ついてきてくれ」と着た道を戻り始める。
私は手袋を外しながら、その背に一つ問いかけた。
「ところでシンボリルドルフさん」
「? どうした?」
「やっぱり、ここまで暗いと、明かりが欲しくて仕方がないですね」
「……? ああ、そうだな」
「そう、その
「ああ、合宿所の備品を借りてきたのだが、災難だっ」
『EXECUTE→Don't Stop RUN』
存在しない銃口からゆらゆらと煙が零れる。吐いた息に合わせ、歯が僅かにかちかちと音を立てた。懐かしさすら覚えるシバリングが起こったらしい。
手袋越しにさえ指先の感覚が無くなっているのを自覚しながら、眼前のシンボリルドルフ……のような存在が動きを止めたのを眺める。
無言のまま、彼女は此方を振り向く。首から下が動いていない、人体構造上不可能な程に捩れた顔には口しかない。
「なぜわかった」
声もさっきまでのそれとは違っている。男でも女でもない。子供とも老人とも言えない。推察も推測も出来ない、耳にこびりつく不快な声だ。
返事をしようか困ったが、一応答える。
「分かったも何も、彼女は今
「なに…?」
「生徒会の関係で昨日から学園に戻っています。帰ってくるのは今日の午後ですから。まあ、理由は他にもありますが」
どうせ言った所で理解するわけもないだろう。彼女の姿を模倣しているのだから、何かしら現実的な整合性を無視した力を持っていると考えられる。ダジャレに反応しなかったのは……まあシンボリルドルフもそういう事はするから良いとして。そもそもこっちに居ないという点は致命的だ。
その体にノイズが走る。テレビの画面に歪みが生まれるかのように。絵画の絵具が剝がれるかのように。
「居ナイ、ダト」
「それも知らなかったんですね。まあ私を狙うような者にそんな思考があるとも思いませんが」
「何ヲ」
返答はせず、指を向ける。人差し指と親指を立てた形は、何時も私を貫こうとする処刑具の形を模している。
『EXECUTE→Don't Stop RUN』
二度目の解放。手を降ろし、ジャージのポケットにしまい込む。自分の腕が自分のものじゃないみたいだ。
ふうと吐く溜息にさえ、凍えるような寒さを感じる。
「あガ、ギギギ……」
呻く声の歪みも更に激しくなる。人の声として認識するのも難しい。
それはもうシンボリルドルフの形を保つ事も出来ていない。殆どが黒塗りされた塗り絵のように変わった、彼女の面影を残した人型の何かだ。そしてその動きも先と違い驚く程に緩慢。より振り向こうとしているようだが、身体が上手く動かないと見える。
人間に効くのだからもしかして、という予想ありきだったが……まさか怪異にも効こうとは。相変わらずこれは領域と呼んでいいのか分からないなあ。いっそ霊能力あたりか何かだと思ばいいと?
本当に忌々しい事この上ない力だが、今回ばかりは助かった。
「あら、随分と遅くなりましたね。大変そうで」
「グ、ア…、オマエ、オマエオマエオマエ……!」
「おお、こわいこわい」
あくまで冷静に煽りながら、次の枷を緩める。主導権は握らせない、私を襲う動きすら許さない。
狙ったのは偶然もあるだろうが、この場所は合宿所から決して遠い場所ではない。対処出来る私が最初だったからよかっただけで、これが他の子だったら対処出来るか分からない。この怪異が迷わされた原因じゃないとしても、人の身体を真似て私を騙そうとした事実は変わらない。良いものとして見る方が分が悪い賭けだ。
人を騙す嘘つきには私みたいに大きな罰が与えられる。
ふふ、今は私が罰を与える側なんておかしい話だな。
「此処はあなたが原因ですか? そうでないなら、どうやって此処に? ああ、私が気付いた時隠れたのはあなただったんですか? どうでしょう?」
「アアアア……フザケルナ…! キサマゴトキニ、ナゼ!」
『EXECUTE→Don't Stop RUN』
肩から先の感覚が無い。まあ仕方ないか。
「……ァ……」
「質問しているのは私です。どうして答えてくれないのでしょうか」
「ナゼダ、ナゼ…、コンナ、コンナコト…!」
「答える気がないのならそれでも構いませんよ」
『EXECUTE→Don't Stop RUN』
足元に霜が張っていた。周囲の空気もひんやりとしているのか、私でも寒さが分かるようになってきた。
「私がここから出られる方法が何だったとしても、今した方が良い事は分かります」
「マ、マテ…!? コレ、イジョウハ」
「何故? あなたがどういう存在であれ、私を騙そうとした事実は変わりません」
「ワ、ワカッタ! モウコナイ! ニドトコンナコトモシナイ!」
「…………。そうですか」
『EXECUTE→Don't Stop RUN』
『EXECUTE→Don't Stop RUN』
足から崩れたそれは地面に倒れ伏す。ついに人の形すら保たなくなった。
声とも言えない悲鳴のようなくぐもりを発するそれに、私は感覚の無い足で近づく。義足などを使って歩く感覚というのは、こういうものなのだろうか。
「…………ァ……」
「あなたは今、自分が何をしているのかわかりますか?」
『EXECUTE→Don't Stop RUN』
「この合宿で神隠しに乗じて生徒やスタッフの方に危害を加えようとし」
『EXECUTE→Don't Stop RUN』
「他人の姿を使って人を騙そうとし。なにより」
『EXECUTE→Don't Stop RUN:Depth2』
「シンボリルドルフさんを侮辱した」
『EXECUTE→Don't Stop RUN:Depth2.5』
「――――――…………。」
「なまじっか自分の力ならばどうにかなるだろうと呼び入れ、小娘一人に遅れは取らないと高を括り。挙句に力の差を見せられて信用されていない中命乞い」
辛うじて残る目のような球体。表情の読み取れないそれが、ほんの僅かに震える。口が無いためか何を言いたいのかはわからない。
腰を下ろし、指先をそれに当てる。触れた感覚は無い。初めから触れられないのか、距離感すら認識出来ないほどに私が鈍ったのか。
まあ、どうでもいいか。
「私達に次はありません。害を成した獣は得てして狩られるものです。ただそれだけです――さようなら」
『EXECUTE→Don't Stop RUN:Depth2.5』
無意識に枷を緩めすぎていたらしい。一瞬球体が真っ白に凍り付いてから、バラバラに砕け散る。
それと同時に森の中に光が一気に差し込んでくる。まるでようやく日の出が始まったかのようだ
おそらく終わった……とみて、良いのだろう。
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